はじめまして、これからよろしくね、お隣さん♪
ああ、俺は三上だ、よろしくな
音羽さん

出会い
それはあなたとの始まりの刻
私の想いの始まり
今度こそは、崩れない
そう信じられた想いの始まり

・・・秘密、クラス中にバレちゃうよ?
か、かおるっ・・・
あれれぇ?友達でしょ?
・・と・・智也・・・

初めてかおると呼ばれた日
初めて智也と呼んだ日
お互いを認めた『友達』としての第一歩

智也に・・・智也に何がわかるって言うのよっ!
私がどんな気持ちで今日まで過ごしてきたのかも知らないで・・・
大体、智也にはこんな経験ないからっ・・・
俺はかおるの邪魔をする気はない
でも、かおるが間違ってたら止めることぐらいはしてやりたい
俺なんか、一生掛かっても逢えないんだぞ

互いに触れあう心と心
過去と向きあう私
私を通して過去の想い出と向きあう智也
私達は同じだった
同じ哀しみを持った、仲間だった

かおる、俺、唯笑と付き合うことにしたよ
みんなのおかげで、やっとわかったんだ
あいつは、今でも俺の中にいるって!
俺は、唯笑のことが好きなんだって!!
やっぱりねぇ〜〜
こうなるだろうと思ってた♪
困ったことがあったら、頼りにしてくれていいからね〜
ああ、これからもよろしくな、親友!!

届かなかった想い
でも、悲しかったけど、哀しくはなかった
これでいいと思えた
あの二人は、哀しすぎたから
それに、怖かったから
塔を作るのが、怖かったから・・・

塔さえ作らなければ、大丈夫
そう、思っていた
思い込んでいた
思い込んでいたかった
でも、
時の流れは止まらなかった
私がどんなに目を背けても、時の流れ、潮の流れは止まらなかった
やがて、潮が静かに満ちてゆく
そして、やってきた大波

「音羽か?先生だが、今から言うことを落ち着いて聞いてほしい・・・」

大波が、砂の城を、壁も堀も、全てを呑みこんでゆく
今度こそは、崩れることはない
そう、固く信じた私の想いを・・・



私の作る、砂の城
波に呑まれる、砂の城
もう、作らない
絶対に、作らない!!
どうせ
波に呑まれてしまうのだから
私の前から
消えて無くなってしまうのだから・・・・



Memories Off Nightmare
第六章「オリオンへの旅路」
 Produced By コスモス




大地は、白い海の底へと沈んでいた。
だが、その白い海を突き破るようにしてそそり立つ直方体のオブジェがあった。
靄にかすむ風景の中で、その直線的なシルエットだけが、強烈に自己の存在をアピールしていた。
その様は、まるで朝靄に沈む高層ビル群を連想させる。
だが、両者には何か決定的な違いがあった。
何が違うのだろうか?
高層ビルに比べて、余りに小さすぎるそのサイズだろうか?
それとも、そのオブジェの材質の違いだろうか?
あるいは、窓の有無だろうか?
いや、おそらくはこのオブジェが、誰の為に、なんの為に存在しているのかということだろう。
高層ビルは、人の力の象徴。
今を生きる人々の、力の象徴。
だが、
このオブジェは、人の哀しさの象徴。
そして、今を生きる人々の、想い出の象徴なのだから・・・

カツ、カツ、カツ、カツ・・・

静寂の中に、無機質な音が響く。
白い靄の中に、曲線部を含んだシルエットが生まれる。
白の中に生まれた灰色は、ぐんぐんと闇の濃度を高めてゆく。
やがて、灰色から黒へと変色したシルエットは、とあるオブジェの前で動きを止めた。
そして、新たなるシルエットもまた、黙したままオブジェとなった・・・


凍てつく空気の中に、一条の光が差し込む。
大地と平行に疾しる光は、あたりに立ちこめる霧の海に、その大半を吸い取られてしまう。だが、朝の訪れは確実に迫っていた。
やがて、一条は数条に、数条は無数に・・・
そして、あたりに光が満ちてゆく。
オブジェと化していた人影にも、その恩恵は与えられてゆく。
だが、それでも人影は、少年は、立ち尽くしていた。
白い海は、次第に冷たくも清廉な朝の風に吹き散らされてゆく。
散り散りになった白の粒子が、光の粒子と溶け合って消えてゆく。
朝の喜びを歌い上げる、鳥達の賛歌が聞こえ始める。
そこは、空に最も近い場所だった。
この街のどこよりも風の吹きぬける場所。
翼を持ちし存在に会うに最も相応しい場所。
そんな場所だった。
そして、白い粒子が大地と大気に溶けきりその姿を完全に消した時、少年もまた姿を消そうとしていた。
「ちょっと、バカやっちまったよ・・・
ひょっとすると・・貧乏くじ引かせちまうかもしれない。そん時は、勘弁してくれよな・・・」
短いつぶやきと共に、少年は立ち去った。
そして、今日という日が、今日もまた、変わることなく始まってゆく・・・




どうしよう?
私は、困っていた。
私、音羽かおる16歳は、とても困っていた。
今日は2月22日月曜日。
いつもと変わらないはずの登校風景。
駅まで歩き、電車で澄空駅まで行く。
そして、澄空駅から学園までの長い坂を歩いてゆく。
空を見上げれば抜けるような青空。
昨日の夕刻に降り出した雨もやんで、まぶしい日差しがささやかな春の鼓動を連想させる。
そう、何も変わってはいない、変わってなどいないはずだった。
しかし・・・
そんな変わらない朝の風景とは対称的に、今の私の状況は変わってしまっていた。
昨日までとは、180度対照的な立場に、今の私は立たされている。
私がこんな状況を望んだわけじゃない。
彼がこんな状況を望んだわけじゃない。
誰もこんな状況を望みはしなかった。
しかし、訪れてしまったのだ、こんな状況が!!
それでも、時の流れは止まらない。
私達の都合などにはお構い無しに、今日という日は訪れる。
いつもと変わらず、訪れる。
そして、日常の訪れは、私に日常的行動を取ることを強制する。
それが何を意味していようと、それは私の問題。
私と彼の問題。
世間全般には何一つ変化はない。
ならば、私は向かわなければならない。
天使と見まごう、友達思いな彼の待つ場所へ。
悪魔と見まごう、昏い双眸の彼の待つ場所へ。
そして、何らかの結論を出さなければならない。
でなければ、私は今坂さんに会うことができない。
今坂さんに会わない。会えない。
それでは、彼女を助けることなどできはしない。
智也への恩返しなど、できるはずもない。
ならば、私は会わなければならない、話し合わなければならない。
あの、闇を宿した双眸の主、稲穂信に・・・


2月21日、つまりは昨日に起こった出来事を思い返す。
降りしきる雨の向こうに闇を宿した一対の瞳が。
ブルッ!!
背筋を駆け抜ける寒気に思わず身震いしてしまう。
『恐怖』
その言葉の本当の意味を、はじめて私は知った。
まさか、稲穂君があんな一面を持っているなんて思いもよらなかった。
私が今までに知っていた稲穂君とは、あまりにかけ離れすぎていて同一人物であるということが嘘のようだった。
稲穂君。私の知っていた稲穂君は・・・
――稲穂信。智也の親友。
テストの時には智也に勝負を挑み、憐れを誘う激戦?を繰り広げていた稲穂君。
智也と二人で今坂さんを困らせたり、今坂さんと二人で智也を困らせたり、今坂さんと智也の二人に困らせられたりしていた稲穂君。
ナンパの成果を誇らしげに智也に語る稲穂君。
双海さんに冷たくあしらわれたのを、智也にからかわれてへこんでいた稲穂君。
いつだって、私の中の稲穂君は智也と一緒にいた。
そして、いつだって穏やかだった。
智也の一番の親友。
智也は言っていた。
「あいつは、何ていうか・・・重くないんだよな。だから、俺達はうまが合うんだろうな」
「あいつは、信は・・・俺の、親友だよ」
少し、気恥ずかしそうに、少し、誇らしそうに・・・
???
あれ?何か・・・違和感がある・・・
何かが・・おかしくない?
これ・・は・・・?
かすかな違和感。それは、何を意味するのだろうか?
この時の私には、それを悟ることはできなかった。
ただ、不自然だった。そう、何かが決定的に不自然なのだ。
雲は海を漂うものではない。空を漂うものなのだ。
星は昼間にきらめくものではない。闇の訪れる夜にこそ光り輝くものなのだ。
それと同様、私の持っている稲穂君に関するイメージというか、情報。
これには決定的な不自然さが備わっていたのだ。
だが、自分が海中にいるにも関わらず、そこが無生物の領域、風の吹き抜けし大空だと信じている者に、雲がそこにあることに疑念を抱くことができるだろうか?
今が夜だと信じる者に、昼間にきらめく星々の矛盾を指摘することができるだろうか?
できはしない。
できるはずがない。
真実を見えなくさせている何か。
これがわからないうちは、この不自然さの正体は掴めない。
この何かの正体を暴き出さなければ・・・




そうこうするうちに、私は正門にたどり着いてしまった。
ここまで、来てしまったからには余計なことを考えているわけにはいかない。
稲穂君は私を待っているだろう。
そして、ひたすら謝ってくるはずだ。
だから、私はそれを受け入れなければならない。
今、誰よりも今坂さんの心に触れているのは、間違いなく稲穂君だ。
今、誰よりも今坂さんのことを、智也のことを、理解しているのも稲穂君だ。
私じゃない。
なら、私は稲穂君のフォローに回るしかない。
悔しいけど、それぐらいしか私にできることはないのだから。
その為には、何が何でも稲穂君と仲直りしなくちゃならない。
たとえ形だけでもいい、稲穂君のことを許して上げて、少なくとも今坂さんの前だけでは、今までどおりの仲の良いクラスメートを演じなければならない。
だから、絶対に逃げちゃいけない。
もう、稲穂君はいつもの稲穂君に戻っているはず、バカで、ドジで、軽薄そうだけど、だけど、なぜだか頼りになって、優しい、智也の一番の親友。
そんな、頼りになる相棒に戻っているはず。
だから、怖いことなんか何一つない。
何度も頭を下げさせて、3日間くらい私専属の下僕君になってもらって、それで許してあげればいい。
きっと、先週までと何一つ変わるはずはないんだから。
昨日のあれは、一時の気まぐれ。
そう、そうに決まってる!!
だから、怖がることなんて、怯えることなんて何一つない!!
私は、自分にそう言い聞かせ、肩で風をきって歩き出す。
今、私はどんな顔をしているのだろう?
泣きそうだろうか?怯えているだろうか?緊張しているだろうか?怒りに満ちているだろうか?それとも、意外に穏やかだろうか?微笑みすら浮かべられているだろうか?
わからない。
全くわからない。
自分の顔が自分の顔でなくなったような、のっぺらなマネキンの顔に、紙で作った目・鼻・口を目隠ししたまま貼り付けたような、そんなわかるようなわからないような気分に捕らわれる。
わからないままにもなぜか私には、他人に今の自分がどう見えているかがわかる気がした。
きっと、形容しがたい、不自然極まりない、できの悪い蝋人形みたいな表情と顔色をしているのだろう。
できれば、余裕の笑顔で教室に入りたかった。
でも、もう教室はすぐ目の前。
あと、10メートル、5メートル、3、2、1・・・
ガララッ・・・
私の目の前に広がる教室の風景。
昨日のドラマをネタに盛り上がる女子生徒達、鞄を机に置きながら、挨拶を交わしあうクラスメート達、宿題を忘れて途方にくれる男子生徒。
そんな中に、私の探し人が・・・いた。
「双海さん、おっはよ〜〜♪」
「おはようございます、稲穂さん」
「ああ、孤高の美少女モードの頃も、ミステリアスで良かったけど、最近の双海さんも、王道路線でいいよね〜〜♪」
「王道・・・ですか?」
「そう、王道だよ!!高貴かつ美に満ちた銀の髪とその瞳。加えて、読書好きで、世界にその名を轟かす教授の愛娘!!もう、王道でしょ?」
「・・・・・」
「で、そういうわけで、来週の日曜日、デート・・」
「お断りします」
「・・・・・」
ある意味とっても楽しげ?なトークを展開する、稲穂君が、そこにいた。
涙目になりながら、大げさに首を左右に振って悲嘆に暮れる稲穂君。
その彼の視線がこちらへ向いた。
そして、正面からぶつかり合う私の視線と、彼の視線。
あらかじめプログラムされていたかのような早さと正確さで、稲穂君の泣き顔が瞬時に温和な笑顔に切り替わる。
そして、その柔和な笑顔のまま稲穂君がこちらへと歩み寄ろうと席を立つ。
こちらへ向かう、第一歩を踏み出しながら、口を開く。
「音羽さん、おはよ〜〜〜」
流れるような一連の動作には、何の躊躇いもなかった。
自己を完全に制御した上での行動。
計算された行動。
なら、この笑顔は?
この笑顔も、計算されたものなの?
この笑顔は偽物?
じゃぁ、本物は・・・?
本物は?ホンモノハ・・・?
脳裏を駆け抜ける昨日の記憶。
悪夢の記憶。
絶望した自分。絶望に追い込まれた自分。
なぜ私は絶望した?
それは、私に恐怖が届けられたから。
あの、瞳の前に、私があまりに無力だったから。
私の意思も、想いも、全くの無力だった。
為す術がなかった。
あの瞳の前には全てが、何もかもが無力で、どうしようもなかった。
そして、今、私の前には正体を隠した笑顔。
その裏に隠されたものが、もし、モシ・・・
この笑顔の裏で、あの瞳が私を見ていたら?
あの瞳が笑顔の裏でほくそえんでいたとしたら?
戦慄が疾しる。
観ている!!
そう、あの瞳が観ている!!!
私を悪夢のどん底へ叩き落そうと企む、あの悪魔の瞳に観られている!!!!

そこまでだった。
稲穂君の笑顔と、あの瞳の稲穂君がダブって見える。
私の背筋が粟立ってゆく。
足が痙攣を起こしたかのようにガクガクと震えはじめる。
自分でもそうとわかるほどに顔から血の気が失せてゆく。
もう、私の肉体は私の制御を離れてしまっていた。
稲穂君は、昨日のことを謝り、これまでどおりの関係を修復しようとしている。
それは、わかるし、私自身もそうすべきだと思う。
でも、理屈じゃなかった。
私の内臓が、髪が、皮膚が、筋肉が、骨が、脳が、私の肉体の全てと、私の魂の全てが、この場を逃げ出せと大合唱をはじめる。
この場を立ち去れと、姿を隠せと、あの恐怖を思い出せと!!
その言葉に抗うことは、不可能だった。
そして、私は・・逃げ出した・・・




あれから二日が過ぎ去り、今日は2月25日木曜日。
あの日の音羽さんは、俺の声に反応するかのように、いや、俺の声に、動きに、俺の存在そのものに反応していた。
俺と視線が合った瞬間、その顔は引きつり、見る間に青ざめていった。
そして、俺が二歩目を踏み出せずにいる間にその身をひるがえすと、走っていってしまった。
俺は、そんな音羽さんを追いかけることができなかった。
追いかけることなど、できるはずもなかった・・・
俺の軽率な行動が、俺の心の弱さが、俺の犯した罪悪が、彼女を深く傷つけてしまった。
あれほど、智也と唯笑ちゃんのことを想っていた音羽さんに、俺はなんてことをしてしまったのだろう。
いい加減、自分のバカさ加減にうんざりするが、今更どうすることもできはしなかった・・・
あの後、音羽さんは、HRが始まっても帰っては来なかった。
一時間目の始まる直前に、担当教師とほぼ同時に教室へと入ってきたのだ。
そして、授業が終わり、放課になったとたんに教室を飛び出し、また次の担当教師と同時に戻ってきた。
言うまでもなく、そこに俺が音羽さんに説得を試みる余地はなかった。
なんとか強引に声をかけても、彼女からまともな解答が得られることはなかった。
ただ、ひたすらに怯えた表情を浮かべ、露骨に話をそらし、あるはずのない用事を思い出し、走り去ってしまう。
完全に、八方塞がりだった。
とはいえ、来週からは唯笑ちゃんが登校してくる。
それまでには、なんとしてもこの事態に収拾をつけなければならない。
そして、クラス全員の笑顔で唯笑ちゃんを迎えなければならない。
幸い音羽さんを除いたクラスメート達は、ほぼ理想的な対応をとってくれそうだ。
俺と、音羽さんのごたごたにも、あえてみんなは触れずにいてくれる。
そのことだけは、不幸中の幸いと言うべきだろう。
だが、いずれにしろ、今のこの危機的状況に好転の兆しは全く見受けられない。
唯笑ちゃんが来週の月曜から登校してくる以上、今日、明日、明後日の内に全てに片をつけなければならない。
もう、
手段を選んでいられる余裕は、ないのかも知れない・・・


キーンコーンカーンコーン・・・
いろいろと考えているうちに、いつの間にやら昼休みに入っていたようだ。
一応、音羽さんの席に目を向けるが、そこには無人の席が寂しく置かれているだけだった。
予想通りの結果にため息を一つつくと、弁当を持って席を立つ。
こんな気が滅入りそうな時には、屋上に行くのが一番だろう、そう思ったからだ。
屋上へと続く階段を昇り切り、鋼鉄製の重く冷たい扉を押し開ける。
・・・・・
鋼鉄製の重く冷たい扉を再び閉める。
はぁ、
またしてもこぼれ落ちるため息。
俺は何をやってるんだろう?
こんな真冬に屋上で飯を食べるなんて、どう考えたって正気の沙汰じゃない。
本当に、俺はいったい何をやってるんだろう。
滅入った気分がさらに沈んでゆく。
と言っても、今更教室に戻って食べるのも間抜けすぎるので、屋上前の踊り場の、小さな日溜まりに座り込んで弁当を広げる。
正直、今の自分の姿も十分に奇怪で間抜けだとは思ったが、半ば意地になって弁当をかき込む。
床の固さと冷たさがダイレクトに伝わってくる。
階下からは、昼休みの解放感に満ちた、華やかで楽しげな喧騒がかすかに伝わってくる。
真下の4階から、その下の3階から、さらにその下の2階から、そして、1階のざわめきまでもが、静寂に包まれた、独りぼっちの俺の耳に届いた。
弁当をかき込む音が、缶ジュースを床に置く音が、冷たいご飯を飲み下す音が、ささやかすぎる音だけが、踊り場に虚しく響く。
本当に・・・本当に・・・俺は一体、何をやってるんだろうな・・・
みじめだった。
悔しかった。
虚しかった。
孤独だった。
なんで、こんなことになっているんだろう。
なんで、こんな思いをしなくちゃならないんだろう。
幾度となく繰り返した質問が頭に浮かぶ。
答えはわかりきっているのに。
答えは一つしかありえないのに。
何も考える必要は無い。
俺には、やらなきゃならないことがある。
そう、俺は償わなければならない。
だから、この苦しみも受けて当然の代物。
これは俺が受けるべき罰。
俺が犯した罪の重さを、俺が忘れないための、茨の冠。
この苦痛がある限り、俺は忘れない。
俺の罪の重さを。
彼女のことを。
あいつのことを。
だから・・・俺は・・・




ザーーー、ザーーー・・・
水音が響き渡る闇の中に、私はいた。
天空を見上げれば、そこは満天の冬の星空。
オリオンが南天の空を駆け昇ってゆく。
見上げた視界の中に、吹き上がった水の欠片達が割り込んでくる。
まるで母親の視界に入りたがる、甘えんぼうな坊やのようだ。
ねえ、お母さん、見て見て〜〜
ボク、こんなにきれいに飛び散れるんだよ〜〜〜
そんな幻想的でありながら、どこかほほえましいはずの光景にも、私の心は動かなかった。
そして、私は思考の渦へ、あたりに満ちる濃密な闇の中へと、沈み込んでいった・・・
・・・・・・・
・・・
先週の日曜日の、今坂さんと稲穂君の会話を思い出す。
『学校には、いつから来るんだい?』
『一週間休んで、来週くらいから行くつもり』
『そっか』
今日は2月25日木曜日。もう、時間がない!!
いつまでも、彼の瞳に怯え続けているわけにはいかない。
だが、あの恐怖は理屈ではない。
あの彼の豹変振りはあまりにも異常すぎた。
なぜ彼は、稲穂君は、あそこまで豹変しなければならなかったのだろうか?
私には、わからない。
だが、わからないでは、もう済まされない。
いずれにしろ、金・土・日の3日間で、決着をつけなければならない。
そして、あの恐怖を、克服しなければならない。
でも、実際問題として、あの瞳を克服するにはどうすればいいのだろうか?
やはり、あの豹変の理由を知ることが必要だろう。
何をどう考えても、あれだけの会話であそこまでの豹変をするのは何らかの理由無しには考えられない。
そして、その為のキーワードは、そう、『白い傘』!!
あの時稲穂君は確かに言っていた。
『いらないんだよ、傘なんか!見たくもないんだ!!白い傘なんか!!!』と・・・
だが、この一言だけではわからない。余りにもヒントが少なすぎる。
そもそも、私は彼のことを知らなさすぎる。
月曜の朝に考えた、稲穂君についての私の知識を改めて反芻する。
そして、あの時感じた違和感のことを思い出す。
そう言えば・・・あれはいったい・・・?
あの時は、考えがまとまらないまま教室に着いてしまって、恐怖でそれどころではなくなってしまったけれど・・・
改めて考えてみてもやはりおかしい。
青いチューリップが咲いているように、阿修羅像に7本の腕があるように、海の色が桜色であるように、なにかが決定的におかしかった。
でも、何?何がおかしいっていうの?
今このとき初めて気づいたが、私は余りに稲穂君のことを知らなかった。
この澄空高校に転校してきて、ずっと近くの席にいて、智也を経由してずっと一緒にいた。
にも関わらず、私は稲穂君のことをまるで知らない。
しかも、私の稲穂君の知識には、必ず智也がいる。
智也とバカなこと企んで、智也と笑いあって、智也と勝負して、智也と、智也と・・・
「!!!!!」
そうか!これだ!!これが真実を見えなくさせていた、『何か』だったんだ!!!
『智也』
彼こそが、違和感の源泉だったんだ!
智也は言った。
『あいつは、何ていうか・・・重くないんだよな。だから、俺達はうまが合うんだろうな』
『あいつは、信は・・・俺の、親友だよ』
いつもへらへらと軽薄そうな稲穂君。
淡白に突き放すようなことを平気で言い放つ稲穂君。
確かに重くない。
確かに『彼女』のことに心を縛られていた当時の智也にとってはうまの合う存在だったろう。
そして、今坂さんのことを誰よりも理解し、誰よりも今坂さんのことを想って行動している稲穂君。
確かに親友の鏡とでもいうべき行動だろう。
だが、この二つの評価は明らかに矛盾している。
智也の言葉は本来同時に成立するはずのない、矛盾した、対称に位置するべき言葉なのだ。
仮に、稲穂君が本当に淡白で重くないだけの理由で智也と気があっていたというのなら、明らかに今の稲穂君の行動には無理がある。
共にバカ騒ぎをする相手がいなくなった以上、今の稲穂君にとって今坂さんは何の意味もないただのクラスメートにすぎないはずだ。
しかし、現実に彼のとっている行動は、一見冷たく見えることはあっても実際には私達が気づくことのできない点までをも考慮しての判断だった。ただの親友の彼女というには、余りに今坂さんを理解しすぎている。
日曜の件にしたって、稲穂君は、『来てると思ったよ、唯笑ちゃん』と言っていた。
つまり、今坂さんの行動を完璧に見越した上であの場に来ていたわけだ。
しかも『唯笑ちゃんのことを心配してくれた、そんな心優しい音羽さんが、唯笑ちゃんは鬱陶しかったんでしょ?何も知らない赤の他人に、わかったようなことを言われたくなかったんでしょ?』と、今坂さんの心を見透かしたようなことを言っていた。
そして、今坂さんも『音羽さんに「智也」、「智也」、って言われるのがつらすぎて、酷いこと言っちゃった』と答えている。
つまり、稲穂君の読みはばっちりと当たっていたわけだ。
言われた本人が全く予想できずにいたことにも関わらず、だ。
ただの軽薄で淡白な遊び仲間にこんなことまでがわかるはずがない。
なら、なぜそんなことが可能だったのか?
答えは一つしか考えられない、何かがあるのだ。
今坂さんのことも観察していなければならなかった、理由が。
そして、観察していたのだ。智也のことを、今坂さんのことを・・・
その理由が何なのか、それはわからない。
あの言葉、『白い傘』が関係しているのか無関係なのか。
そこまではわからない。
だが、いずれにしろまずは知らなければならない。
なぜ、稲穂君が、そこまで完璧な親友なのか?
そして、『白い傘』とは何なのか?
この2点を私は知らなければならない。
あの瞳の恐怖に耐え、彼に問いたださなければならない。
それこそが、私が私の責務を果たすための、第一歩のはずだから。
・・・・・・・
・・・
気づけば、オリオンが西の空へとずいぶん移動していた。
そして、変わらず私の視界の中へと割り込もうと、大地の呪縛に逆らい続ける噴水は、相変わらず寒々しい音を奏でていた。
公園には、いつの間にか街灯の穏やかな光が投げかけられていた。
夕刻よりはむしろ、明るいぐらいだ。
どれぐらい、ここで立ち尽くして考え込んでいたのだろうか?
口から漏れる白い吐息が、オリオンの元へと旅立ってゆく。
私も、旅立たなければならない。
怯え、逃げ惑っているだけでは何一つ変わりはしない。
いや、最悪の事態へと急展開する可能性だけはいくらでもあるだろう。
しかし、私が望むのはそんな結末ではない。
彼が望むのもそんな結末ではないだろう。
私が、彼が、今坂さんが、誰もが望む結末への望みは、あの日、あの時、あの瞬間に、完全に、木っ端微塵に、跡形もなく打ち砕かれてしまった。
でも、まだ私達は生きている。
生きている以上、いつまでも、絶望にとらわれているわけにはいかない。
悪夢は終わらせなければならないのだから。
私は今度こそ、あの瞳と正面から対峙しなければならない。
怯えてもいい、怖がってもいい、けれど、もう逃げることだけは許されない。
おそらく次が、最後のチャンス。
今度逃げ出せば、私が彼と向き合う勇気を手にすることは、もう永遠にないだろう。
つらく厳しく、険しい旅路になると思う。
だけど、その旅路を通らなければ、悪夢を抜け出し未来へと進むことはできないはず。
なら、私はやってみせる。
今度こそ、勇気をもって!!


そして、私は視線を下げる。
噴水から流れ落ちる水のヴェールが視界いっぱいに広がる。
水のヴェールの向こうには、闇を払拭する街灯が一つ。
いつからいたのだろうか?
街灯に照らされた水のヴェールの向こうには、人型のシルエットが浮かび上がっていた。
シルエットから奏でられた囁きが、冬の冷たく張り詰めた空気を伝播して、私の元へと届いてくる。
「考えごとは、終わったかい?・・・音羽さん」
私のオリオンへの旅路が、今、始まった・・・





>>七章へ





---あとがき----
こ、こんにちは・・・コスモスです〜〜(^^;
ア、 イタタ!! あう〜〜、物は投げないでください〜〜〜(T-T)
いや、まあ、確かに今回はなんか間に1ヶ月も空いちゃって、「やる気あんのか、コラ!!」と、おっしゃりたくなるのも分かりますが・・・
私にもいろいろあったんですよぅ〜〜
それに、5章の誰かさん達の暴走のおかげで話がすごいややこしくなっちゃったし・・・
な、なんか、後ろの方から闇を宿した瞳に睨みつけられてるような気がするんですが、気のせい、ですよね?ハハ、ハハハハ〜〜(←乾いた笑い)
\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
そうそう、言い忘れるところでしたが、皆さんお気づきのように、今回は双海詩音嬢が脇役としてですが出演しています。一時は全く出番無しというのも考えていたんですが、多少なりとも出すことができてよかったです。裏話をしますと、実はこの章で、当初の予定では信と詩音がいろいろとやりあう予定だったんですが、結局前章の暴走の影響でそれは没になってしまいました。「今のところ」ではありますが、詩音にはまだ出番がある予定ですので、シオニストの皆様も、コスモス暗殺計画を発動させるのは今しばらく思い留まってください(^^;
それでは今日はこの辺で失礼しますね。次は、7章のあとがきでお会いしましょう♪
ごきげんよう(^o^/~~~~~


Produced by コスモス  deepautumn@hotmail.com



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