「Merry X’mas・・・」 ガードレールに腰掛けた一人の少年の口から、白い吐息と、聖夜を祝う囁きがもれる。 キュポンッ! 軽やかでコミカルな音が、冬の夜空に吸い込まれていく。 「あいつら二人の未来に、乾杯」 寒風吹きすさぶ冬の路上で、少年は手にしたボトルに口をつける。 その中身を一口あおると、今度はそれを路上へとこぼし始める。 夜の闇の中、ボトルから流れ落ちる液体は、ガードレールの下に置かれた、二つの花束を目指して流れていった。 「今年のクリスマスは、最高でしょ?」 呟き、再びボトルを口に当てる少年。 ―ふふ、そうね、こっちに来ちゃってからでは最高のクリスマスかな― いつの間にか、冬の寒風は消えうせ、かわって初夏を思わせる、柑橘系の香りのする穏やかな空気が辺りには満ちていた。 「正直、もうだめかなって思ったときもあったけど、あいつら、今日もここには二人できただろ?」 ―うん、もちろん♪― 「俺も、花束持ってこようかとも思ったんだけどさ・・・さすがに、ね」 言って、苦笑を浮かべる少年。 ―ふふ、確かに。花束持って、シャンペン持って、聖夜の夜を独りで歩くのはちょ〜っと勇気がいるかもね〜〜― ―でも、来てくれただけで、私は嬉しいから― ―こんな大事な日を、こっちに来ちゃってる私の為なんかに使ってもらえるなんて、私みたいな存在からしたら、本当に嬉しいことなんだから― 「いや〜、俺、どっちにしても今日は相手いなくってさ、ちょうど良かったんだよ」 ―前もそんなこと言ってなかったっけ〜♪ まぁ、そういうことにしとこっか。 あ〜あ、智也もこれぐらい気がついてくれれば、唯笑ちゃんのことも心配いらないんだけどなぁ〜〜― 「ま、あのバカの鈍さはともかく、唯笑ちゃんのことは、もう心配いらないよ」 ―・・・うん、そうだね― 「『3人はず〜っと一緒だよ』、だろ?」 ―えっ!? と、智也ったら、そんなことまで話しちゃってるのぉ〜〜〜!?― 「そりゃ〜もう、何から何まで、あ〜んなことから、こ〜んなことまで、ぜ〜〜んぶ聞いちゃっていますよ、お嬢さん♪」 ―えええええ〜〜〜〜!?そ、そんなぁ〜〜〜!!― 「例えば、そう!!」 突如、両手を組んで目を潤ませながら、いやんいやんと怪しく身体をくねらせながら妙な声色で語り始める少年。 「私と智也が、初めて二人だけで遊園地に行った日に、全ては始まったのぉ〜♪」 ―キャ、ちょ、ちょっと! 恥ずかしいでしょ〜、やめて!やめてったら!!ね〜ったら〜〜!!― あたりに立ちこめる空気が、初夏から真夏の猛暑に変わったように思えるのはなぜだろうか? そんな、疑問は無視されたまま、少年と『声』のコントはますますヒートアップしてゆく。 「そして、あの夕暮れの中、噴水のそばで私達は、熱く潤んだ瞳で見つめあってぇ〜〜。 いやん♪彩花ぁ、恥ずかしくってこれ以上言えなぁ〜〜い♪」 ―言わなくていいのぉ〜〜!!もう、何でこんなことまで言っちゃうのよぉ〜〜!!!― ―智也の、バカアアアアアァ〜〜〜〜〜〜!!!!!― 見守り続けた少女と、支え続けた少年の、ささやかな祝宴が続く。 少年の聖なる夜は、まだ始まったばかりだった。 そして・・・ 少年の残酷なる悪夢も、まだ始まったばかりだった。 少年はまだ、 本当の絶望を知らなかった。 希望の灯火を見失ってはいなかった。 今、このときは・・・ |
Memories Off Nightmare 第七章「勝利への道標」 |
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「考えごとは、終わったかい?・・・音羽さん」 水のヴェールの向こうから、そっと耳元で囁かれたかのような、静かで穏やかな声が私の耳に滑り込んでくる。 冬の冷たく張り詰めた空気が、一段と引き締まってゆくのがわかる。 ヴェールの向こうの稲穂君は、今、どんな表情をしているのだろうか? 私は、まず何を言えばいいのだろうか? 今、私達は、危うい均衡の上にいる。 ガラスは、一定以下の衝撃には何の影響も受けない。でも、その一定を越えた瞬間、ガラスは木っ端微塵となってしまう。ゴムのように伸びることも、針金のように曲がることもない。存在するのは0%と100%だけ。 単純に今日のこの場でのやり取りからえられるのは、成功か失敗か。二つに一つ。 今坂さんが、来週から登校して来るということを考えれば、今日のこの場での失敗は、私達の今の状況が今坂さんにばれてしまうことを意味する。 自分を助けようと周囲が勝手に動いて、そして傷ついてゆく・・・ そんなこと、絶対に今坂さんに知らせるわけにはいかない!! 私は、ざわめく自分の心を落ち着かせる。 今坂さんのためにも、真実を知るためにも、ここが踏ん張りどころだと言い聞かせる。 そして、大きく深呼吸。 再び夜空を見上げれば、オリオンは変わることなくやや西よりな、南天の空に佇んでいる。 噴水から飛び散る飛沫の坊やが、こちらも変わらず、愛嬌たっぷりに笑いかけてくれる。 そんな幻想的でありながら、どこかほほえましい光景に、今度こそ私の頬が緩む。 うん、大丈夫! これならいける!! そして、私は答えた。 「うん、今、終わった。 考えもまとめ終わったし、覚悟もついた。 もう、私は逃げないから、稲穂君」 「そう、良かった・・・時間も押しちゃってることだし、ね・・・」 シルエットは、そう、答えた。 「時間・・・?」 私の疑問の言葉が終わらないうちに、私はその疑問への答えを見つけた。 絶え間なくこぼれ落ち続けた水のヴェールが、みるまにその勢いを弱めてゆく。 水音も次第に小さくなっていき、ヴェールにも切れ目が入ってゆく。 そして、あたりに静寂が訪れ、ヴェールが完全に取り去られたとき、私の眼前には、稲穂君がいた・・・ 「そういえばここの噴水ってさ、夜の9時になると止まるんだよ。知らなかった?」 穏やかな表情をたたえた稲穂君がそう私に聞いてくる。 「うん、初めて知った・・・」 「俺も今まで忘れてたよ」 言って、苦笑を浮かべる稲穂君。まるで孫娘の悪戯に気づいた老人のように穏やかだった。 正直、怖くないわけじゃない。この温和な表情だけが、彼の全てではないということを知ってしまった今、いくら覚悟を決めたといっても、以前のようにはいかない。 今すぐにでも逃げ出してしまいたい誘惑にかられる。 でも、今、私の肉体を制御しているのは私の意思であり理性だった。 これなら、何とかなりそうだ・・・ そんな私の内心を知ってか知らずか、対する稲穂君は、全く普段どおりの稲穂君だった。 まるで、いつもの教室で、次の授業についてのとりとめない会話をしているかのようだ。 そんな稲穂君を見ていると、そこの街灯の裏から『よ〜〜し、授業始めるぞ〜〜』と先生が出てきても、何の違和感も感じないかもしれないのでは?とまで思えた。 それほど、彼はいつもと変わらなかった。微塵の揺らぎも見つけることはできなかった。 そして、予想通りの内容の言葉を発し始めた。 「じゃ、まず最初に謝らさせて欲しい」 言うなり稲穂君は、気をつけの姿勢をとると、そこから頭をガバリと大きく下げる。 「この前はホントごめん!!!」 私に後頭部を向けたまま、言葉を続ける。 「詳しい理由は言えないけど、俺ちょっと頭に血が昇っちゃって、音羽さんにとんでもないことを・・・」 そこで、ガバリと顔を上げると、つばがここまで飛んできそうな勢いでさらに言葉を続ける。 「本当にごめん。お詫びに俺にできることだったら何でも言うこと聞くから、だからお願いだ!!また、今までどおりの関係に戻ってくれないかな? 厚かましいこと言ってるのも、都合のいいこと言ってるってのもわかってる。 だけど、お願いだ、音羽さん!!!」 そして、最後に再びこうべを深くたらすと、稲穂君は言葉を切った。 余りにも予想通り過ぎる展開に、少々拍子抜けすら感じられたが、本番はここから、そう自分に言い聞かせて、慎重に言葉を選んで答える。 「・・・あのね、あの墓地でのことはもういいの。確かに、びっくりしたし・・怖かった。でも、あれは無神経だった私にも責任があるから・・・」 「それより、今週ずっと稲穂君のことを避け続けちゃって、私の方こそごめんなさい。 できれば、もっと早くに仲直りしたかったんだけど・・・やっぱり、稲穂君の前に立つとどうしようもなくなっちゃって・・・ 稲穂君、何度も仲直りしようとしてくれてたのに、本当にごめんね?」 そう言って、私も頭を下げる。すると、稲穂君が慌ててそれを止める。 「あ、いや、そんなことは全然気にしないでよ、音羽さん!! そんな頭なんて下げないでよ、悪いのは、全部俺なんだからさ、ね?」 「ううん、そんなことないよ、稲穂君。でも、ありがと」 「いや、ほんと、音羽さんはまったく悪くないからさ、そんな気を使わないでよ。 でも、それじゃ、俺のこと、許して・・・もらえるかな? 来週から、また今までどおりにやっていけるかな?」 「うん、もちろん私もそうしたいと思ってる」 「ほんと!? 音羽さん、ありが・・」 「でも!!!」 稲穂君が感謝の言葉を言い切る前に、その言葉を遮る。 一瞬の沈黙。 「・・・でも?」 そして、私のきったカードに、稲穂君が小さく応える。 その表情から、喜びと、おどけたような雰囲気とが消える。そして、まだその表情は、穏やかそのものだったが、瞳には真剣な色が浮かんでいた。 ス〜、ハ〜〜・・・ 改めて一つ深呼吸をしてから、稲穂君の瞳を見据え、私は言葉を紡ぐ。 「でも、今のままじゃ私は今坂さんを迎えられそうにないの。今坂さんの前で、いつもの音羽かおるでいられそうにないの。 私には、わからないの! わからなかったの!! この前唯笑ちゃんが登校して来たとき、稲穂君が、いつも通りにしろって言った理由がわからなかった。 唯笑ちゃんの前で、稲穂君が『智也は、死にました』って言った理由もわからなかった。 あの後、唯笑ちゃんはいつの間にか立ち直ってて、墓地で見たときにはもういつもの唯笑ちゃんだった。なんで?何で立ち直ってるの?あんな状態から!! 稲穂君でしょ?あれも稲穂君なんでしょ? 私にはさっぱりわからないけど、全部、全部、稲穂君なんでしょ!!? わからないよ、稲穂君・・・ 私には・・・何がなんだか、さっぱりわからないの・・・」 そこまでを一度に言い切ると、そこで私は一息入れる。 「・・・・・音羽さん・・・」 困ったような、憐れむような視線を稲穂君が投げかけてくる。 でも、稲穂君には、もっと困ってもらわなければならない。 私のため、稲穂君のため、そして、今坂さんと智也のために・・・ 「でもね?」 そのために、私は次のカードをきった。 「・・・?」 「私が、本当にわからないのは・・・本当に知りたいのは・・・そんなことじゃないの」 「え・・・?」 稲穂君の表情に、初めて戸惑いの色が浮かぶ。 私は、一瞬の躊躇いを覚え、目を伏せる。この糸車を回してしまったら、この言葉を紡いでしまったら、もう、後戻りはできなくなる。 いいんだろうか?言ってしまって・・・ これ以上は何も聞かずに、このまま何事もなかったように今坂さんを迎えてあげることはできないのだろうか? 刹那の逡巡。私の中で鎌首をもたげた蛇が、林檎を食べろと囁きかける。 揺らぐ決心。臆病な私が、心にそっと忍び込んでいた。 鈍ってゆく決意。醜く卑怯な、もう一人の私がぐんぐんとその存在を膨らませてゆく。 そんな自分の弱さから、逃れるように、伏せた視線を上向ける。 上向いた視線の先にあったもの・・・私の瞳に映し出されていたもの・・・ それは、冬の南天に輝く、英雄オリオンの雄姿だった。 まさに、頭から冷や水をかけられたような気分だった。 そうよ!! 私は何をまたバカなことを考えてるのよ!!! ごまかしちゃいけない。そんなことをしたって、誰のためにもなりはしない。 今坂さんは、私達の異変を一目で見抜いてしまうだろう。私は、稲穂君に怯え続けなければならないだろう。そして、稲穂君は、これからもずっと孤独な戦いを強いられてしまうだろう。 逃げちゃいけない。 私のために、みんなのために、目を逸らしてはいけない!! 私達は、生きているのだから。未来をみつけなければならないのだから!!! 私は意を決すると、再び稲穂君の瞳を真正面から見据え、口を開く。 「私には、わからないの」 今言ったばかりの言葉を、静かにもう一度繰り返す。 「・・・・・」 稲穂君は黙したまま、ただ私の次の言葉を待っている。いつの間にか、その表情からは、全ての感情が消え去っていた。 「稲穂君。私が本当にわからないのは、あなたなの」 「・・・・・」 「稲穂君。稲穂信君・・・あなたは一体・・ あなたは一体何?何なの?あなたは誰?」 「誰ってそりゃ〜、稲・・」 「ごまかさないで・・・」 おどけて答えようとする稲穂君を静かに制する。 「ねぇ、稲穂君。私が言うのも何だけど、あと3日しかないんでしょ? お願いだから、真剣に話そうよ・・・」 「・・・・・わかったよ、音羽さん。でも、答えは変わらないよ。俺は、智也の親友、稲穂信。それ以上でも、それ以下でもないさ。 だいたい、それ以外にどんな答えを期待してるんだい?音羽さんは・・・」 小さく肩をすくめて、何をわかりきったことを、と言わんばかりに稲穂君が答えてくる。 そう、確かに稲穂君の言うとおりだ。稲穂君は、稲穂信以外の何者でもない。 でも、私の期待してる答えは、そうじゃない。 「私が期待してる答え・・・そう・・例えば・・・・・ どうしても、今坂さんを助けなければならない理由を持った人間。 ずっと前から今坂さんのことをじっと観察していなければならなかった理由を持った人間。 今坂さんに対して、親友の彼女という以上の、何か特別な想いを持った人間。 そんな人間の名前、それが・・・稲穂信・・とか、ね?」 できうる限り冷静に、稲穂君が私や今坂さんに時折やってみせる、全てを見透かしているかのような口調で私はそう言った。 「・・・・・」 全身を凍りつかせ、視線すら動かさず、瞬きすらせずに、稲穂君は私の目を見据えたまま沈黙している。 そんな稲穂君に、さらに追い討ちをかける。 「稲穂君は、今坂さんのことを知りすぎてる。単純に考えて、親友の彼女でしかなかった今坂さんのことを、あそこまで正確に理解することなんて絶対に無理よ。 まして稲穂君は、他人のことにそこまで深く首を突っ込もうとするタイプじゃないでしょ?相談を受ければ話は聞くし、アドバイスぐらいはするかもしれないけど、それを実行するもしないも自分次第、そこから先は自分で決めてくれ、って突き放すタイプじゃない?だから智也ともうまがあってたんでしょ? なのに、今坂さんに対しては手取り足取りどころの話じゃないよねぇ?どう考えたって不自然すぎるよ! 私、ついこの前までは、稲穂君のことを頼りになる相棒だって、本当の意味での智也の親友だって思ってた。でも、この前もう一人の稲穂君を知って、そう思えなくなった。あなたが何なのか、誰なのか、わからなくなった。こんな状況で、今坂さんの前だけは今までどおりにしてくれ、なんてホントに都合よすぎるよ。 そんなことできるわけないじゃない! 教えて!! なんでそこまで今坂さんにこだわるの? あなた達の間に一体何があったの? それがわかれば、ううん、それがわからなきゃ、私、今坂さんを笑顔で迎えられない!! あなたは何?あなたは誰なの?ねぇ、稲穂君!!」 「・・・・・」 フワ・・・ しばらく収まっていた冬の寒風が、再び私達をなぶり始める。 私の短めの髪が、スカートが、風を受けてそよぐ。 私達を取り囲む、夜の木々がざわめきを取り戻す。 言いたいことを言いきった私と、稲穂君の間に、沈黙だけが流れてゆく。 木々の葉擦れの音だけが、私達の耳をくすぐる。 長いような、短いような時間が過ぎた後に、稲穂君が口を開く。 「まいったね、どうも・・・」 稲穂君は、水の止まった噴水に視線を向けつつ、頭をポリポリと掻きながら言ってくる。 その横顔からは、何の感情も読み取ることはできず、その胸中を窺い知ることはできそうもない。それでも、私は稲穂君を凝視し続けた。 「そんなに見つめないでよ、音羽さん。照れちゃうよ、俺」 改めてこちらに向き直り、苦笑を浮かべながら答えてくる。 「それで?あなたは誰なの?」 冗談に取り合わず、短く答えて話を戻す。 「ああ、わかってるよ。別にはぐらかそうってわけじゃないから」 言いながら、今度は公園の木々へと視線を移す。 「・・・・・」 「でも、正直意外だったよ・・・ まさか、音羽さんがそこまで考えてるなんて、思ってもみなかった」 「・・・・・」 「これは・・・きちんと・・答えないと・・・ダメだよな〜〜・・やっぱり・・・」 一言一言を区切りながら、考えをまとめるように言葉を漏らす稲穂君を、私はただ黙したまま見つめ続けた。 そして、風が何度か吹き抜け、周りの木々がそれに呼応し、単調なステージを何度かこなしたころ、稲穂君が、彼の瞳が、心持ち細められた・・・ 暗く闇に沈んだ木々を映しだしていた稲穂君の瞳が、再び私を大きく映しだした時、彼はにっこりと微笑んでいた。 汚れを知らない幼子のような、全てを受け入れてくれる天使のような、優しさと穏やかさに満ちあふれた稲穂君の微笑みに、なぜだか私は不安を感じずにはいられなかった。 そして、稲穂君のきったカードは、ジョーカーだった・・・ 「俺が、唯笑ちゃんにこだわる理由、ね・・・」 笑顔は崩さぬまま、今までの長い沈黙が嘘だったかのように、詩でも朗読するかのように、流麗に言葉を滑らせる稲穂君。 「まぁ、こんな状況にまでなっちゃったんだ、やっぱり、音羽さんにも知る権利はあるんだろうね〜〜」 「いや、ここまで巻き込んじゃた以上、話すべき、っていうよりも話さなきゃいけないんだろうなぁ〜」 「じゃあ、おしえ・・」 「でもね?」 「・・・・・」 「それだけは、教えてあげられないんだなぁ〜〜♪」 「どうして!!?」 「ど・う・し・て・も♪」 思わず荒くなってしまった私の声など気にも留めずに、憎らしいほどの笑顔で、余裕たっぷりに答えてくる。 なんなの? これは? 私をバカにしてるの!? 「じゃあ来週からはどうするのよ!!もう今坂さんは来るんでしょ!? それとも何? 私の助けなんか必要ないって言うの!? 自分さえいれば、それで十分。私なんか邪魔なだけ、とでも言いたいの!!?」 「まさか!! そんなわけないよ〜〜♪ 唯笑ちゃんを助けるのに、俺一人の力だけなんて、無理無理、絶対無理♪ ここはもう、クラスの皆々様のお力、そして何より!! 智也の親友であらせられた音羽かおる様のご協力が、何にもまして!! 必要不可欠なのですよ!!!」 手を横にパタパタと振りながら、ますます芝居がかった言い回しを強める3流道化師がそこにはいた。 「だから、さっき言ったでしょ!? 今のままじゃ、私は今坂さんを迎えられないって!! 大体ね〜〜! そんな言われ方されて、それでも手伝おう、なんて奇特な人いると思ってるの!?」 「もちろん、思っていますとも!! なぜなら、音羽かおる様には、三上智也に対して大きな借りがあるのですから!!!」 「!!!!!」 「音羽さん? 音羽かおるさん? 智也に受けた恩を、忘れた、な〜んて言うつもりはないよね?」 「な、なな・・」 「何でそれを、かい? それとも、何のこと、かい? ま、どっちでもいいけどね。音羽さん、俺は詳しくは知らないし、知る気もない。だけど智也と親しくなって、音羽さんは何か得るものがあったはずだよ。時々音羽さんが見せてた作り笑い、あれをしなくなったのは智也のおかげなんだろ? 音羽さんが気づいたようにね、俺には智也と唯笑ちゃんを見守らなきゃいけない理由があるんだよ。だから、智也と接触していた以上、音羽さんのことも俺はそれなりに観てたのさ。それに、さっきのリアクションだけでも、状況証拠としては十分だろ? だから、嫌でも何でも、やってもらうよ。唯笑ちゃんの前ではね」 「・・・・・」 何も言えずに絶句している私に構うことなく、笑みを消した稲穂君が淡々と命令を続けた。 そう、これはお願いなどではなかった。体のいい脅迫による命令でしかなかった。 「正直、あそこまでびびってたんじゃ、どうしようもないかと思ったけど、あれだけ俺に噛みついてくる元気があるなら大丈夫でしょ? 正直、俺もこんな方法は使いたくはなかったんだけどさ、音羽さんがあんなところまで嗅ぎつけてきちゃったからね〜〜」 「こ、こんなのって・・・」 やっと私の口からこぼれ落ちたのは、意味無き呟きだけだった。 そして、その呟きすらもあっさり無視した稲穂君は、最後通牒を言い放つ。 「悪いね、俺も手段を選んでられないんだよ・・・ そんな余裕は、もうないから。 もちろん、俺のことを恨むな、何て言うつもりはないよ。だから好きなだけ恨んでくれればいい。 でもね? もう、君に、選択の自由はないんだよ・・・」 そういう稲穂君の表情は、言葉の内容とはうらはらに、再び穏やかな微笑みに彩られている。 だが、私を優しく見下ろすその瞳には、あの日と同じ狂った闇が、静かに宿っていた・・・ 「ほらほら、そんなにそわそわしてないで、少しは落ち着きなさい、唯笑」 「お、お母さん、唯笑、そわそわなんかしてないよ〜〜」 「はいはい、でも、今日は本当にどうしたのかしらね?いつもならもうとっくにかかってきてるのにねぇ?」 「別に唯笑達は毎日9時に電話する、なんて決めてるわけじゃないんだからぁ〜。時間なんて関係ないもん!!」 「そう?ま、お母さんは、唯笑が元気になってくれさえすればそれでいいからどっちでもいいんだけど・・・」 「うう〜、ならわざわざ冷やかさないでよ〜〜〜」 「う〜〜ん、お母さん、別に唯笑を冷やかしてるつもりはないんだけどな〜〜」 「う〜〜〜〜!!!」 「はいはい、もう言わないから♪ そうだ、今あったかい紅茶煎れてあげるね、唯笑」 「え、紅茶? やったぁ♪ お母さんありがと〜!」 「あ〜あ〜〜、でも信君、今日はホントにどうしちゃったのかなぁ〜〜」 「唯笑、今日はなんとかご飯を全部食べれたし、夜もやっとお薬なしで眠れるようになったのに・・・もう・・電話くれないのかな・・・」 「もう・・唯笑ったら何言ってるのよ♪ さっき自分で言ってたじゃない。9時に電話するって決めてたわけじゃないって」 「そ、それはそうだけど・・・でも・・」 「はい♪ 紅茶よ、唯笑」 「ありがと・・」 「唯笑?ちょっとお母さんの話、聞いてくれるかしら」 「・・・? な〜に? お母さん」 「あのね、この前稲穂君が唯笑の部屋に来てくれた時のこと、唯笑は覚えてる?」 「うん、覚えてるよ」 「あの時ね、稲穂君。唯笑の部屋に行く前に、少しだけお母さんと話しをしたのよ。その時にね、こう言ってくれたのよ」 「???」 「『おばさん、唯笑さんと話させてください。お・・私は智也君の親友です。 智也君が言ってます。唯笑さんには、自分みたいに言葉を失って欲しくはないと・・・ 唯笑さんには、ただ、笑っていて欲しいと!! だから! 俺に唯笑ちゃんと話させてください!! 今の唯笑ちゃんには、智也の声が聞こえてません。だから、俺が唯笑ちゃんに、アイツの声を聞かせます。それで、唯笑ちゃんがまた笑えるように、絶対にしてみせます!! 約束します!!だから、唯笑ちゃんと話させてください!!!』って言ってくれたの。真剣な瞳だったわ。最初は敬語で話してたけど、途中でそんなことすっかり忘れちゃってたわ。 わかる?唯笑。稲穂君はそれぐらい本気だったの。言葉使いのことなんて忘れちゃうくらいに、唯笑のことを一生懸命に考えてくれていたのよ?」 「・・・・・」 「だからね? 唯笑も稲穂君を信じてあげなさい。稲穂君は信じていい子よ。本当に唯笑のことを心配してくれてる。 あの子が電話してくれるって言ったのなら、あの子はちゃんと唯笑に電話をくれるはずよ。 もし、くれなかったら、その時はきっと何か理由があるのよ。 だからね、唯笑も稲穂君のことを信じて待ってあげなさい。智也君のことを信じたみたいにね。そうすれば、必ず稲穂君は唯笑に答えてくれるはずよ」 「・・・・・うん・・うん、そうだね!!お母さん♪」 「ええ、いい娘ね、唯笑は♪」 そうしてお母さんは、唯笑がマグカップをそうしているみたいに、唯笑のことを両腕でしっかりと包み込んで、抱きしめてくれたの。 両手の中のマグカップも、とってもあったかかったけど、唯笑を抱きしめてくれるお母さんは、もっともっとあったかくて、火傷しちゃいそうなくらいにあったかくて・・・ 唯笑の目からまで、あったかいモノがあふれてきちゃった・・・ ありがとう・・お母さん・・・ ありがとう・・信君・・・ 唯笑、がんばって生きていくよ・・・ その瞳の中に悪魔を飼っている、天使のような微笑みを浮かべた男が、勝利を確信して私にこう囁きかけてきた。 「もう、君に、選択の自由はないんだよ・・・」 だから、私は、教えてあげることにした。 切り札は、最後までとっておくものだということを・・・ そして私は、勝利をもたらすカードを、スペードのエースを、 今、きった!!! |
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>>八章へ |
---あとがき---- みなさん、こんにちは〜〜、コスモスです♪ ナイトメア第七章「勝利への道標」いかがだったでしょうか〜〜?今回は、比較的間をおかずアップすることができまして、ほっと一安心しているところあります。 ちなみに、冒頭で信が飲んでいるのは、もちろんノンアルコールのシャンペンですのであしからず・・・(^^; ところで、6章から始まった、メモオフナイトメア火曜サスペンス劇場バージョンはいかがでしょうか?6章がいわゆる事件編、そして今回が犯人と探偵による対決編、といったところです。そして、次章は、怒涛の種明かし編!?です!! かおるの切り札とは一体!! そして、信にあそこまでの手段を選ばぬ行動を取らせる動機、つまり智也が散ってしまったあの時、信は何を・・・? そもそも、智也はなぜ散ってしまったのか?死因は?そのとき唯笑は?彩花は? そして、信とかおると唯笑、今後の3者の関係は? 全ての謎が、明らかになる(かも)、次回を乞うご期待!! それでは今日はこの辺で失礼しま〜す。次は、8章のあとがきでお会いしましょう♪ ごきげんよう(^o^/~~~~~
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