部活帰りの少女達の影がグランドに長く伸びているのが、しっかりと鍵を掛けられた教室の窓から見える。
ガラスの向こうで、少女達が笑っている。
その笑い声は聞こえないけれども、影法師達が微笑みあって帰ってゆくのが見える。

カツ〜〜〜ン、カツ〜〜〜ン、カツ〜〜〜ン・・・
ガラララッ・・・

グランドには、誰もいない。
昇降口には、誰もいない。
階段にも、廊下にも、誰もいはしない。
しかし、教室には二つの闇があった。
紅から藍を経て、静寂と漆黒へと世界が沈んでゆく中、闇は、人影は、憎悪の想いを吐き捨てる。
「・・・ユルセナイ・・・」
夜を迎えた世界の中で、一冊の本を凝視するもう一つの闇が、絶望のうめきを漏らす。
「・・・ナゼ、ワレワレダケガ・・・」
夜の闇と同化した彼等は、祝詞を詠うかの如く粛々と唱和してゆく。
『・・・ユルスマジ・・・』
二つの声が、混じりあい絡まりあい、密やかなハーモニーを奏でてゆく。
『・・・カノオンナ・・・』
そして、2人の司祭は告げる。
『・・・ユルスマジ・・・』
聖戦の始まりを・・・
『・・・オトワ・・カオル・・・』


Memories Off Nightmare
第十三章「夜空への階段」
 Produced By コスモス



ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
『キャアアアアアァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!』
青い空の下、白い雲の下、凄まじい轟音が、うららかな春の陽気を切り裂きながら駆け抜けてゆく。
その鉄の弾丸が急斜面を滑り落ちるたび、轟音にも負けないような悲鳴の大合唱が起こる。
やがてコースターが停止すると、足をふらつかせ、力尽きた乗客達が降りてくる。
その乗客達の中には、高校生ぐらいの男女の4人組もいた。
「ふにゃぁ〜〜〜〜、唯笑、恐かったよぉ〜〜〜〜〜〜」
「・・・お父様、詩音は無事に生還することができました・・・」
「はぁ、2人ともあれぐらいでノックダウン? だらしないなぁ・・・」
「さぁみんな!! 次はあのフリーフォールにレッツゴー♪」
今にも泣き出しそうな少女と、青ざめたまま明後日の方向に向かって何かを呟く少女。
そして、腰に両手を当てながらやれやれと首を振る少女と、嬉々として次のアトラクションを指差す少年。
彼ら、唯笑・詩音・かおる・信の4人は、今日、遊園地に来ていた。
唯笑の父親が、フリーパスのチケットを会社でもらってきてくれたからだ。
「え〜〜〜!!! 唯笑、もうあんなの嫌だよぉ〜〜〜」
言いながら、かおるのパーカーについたフードをぶんぶんと引っぱる唯笑。
「や〜〜め〜〜て〜〜〜!!!」
「うぅ、だって唯笑、嫌なんだも〜〜〜ん」
「今坂さ〜〜ん。そんなこと言わないでさ、もう1個くらいはチャレンジしようよ?」
「そうそう、絶叫系のアトラクションは早い時間に乗っちゃわないとすぐに行列になっちゃうからね〜〜」
「やだもん。やだもん。やだもん。やだもん。やだもん。いやなんだも〜〜〜ん!!!」
『グッ・・・』
説得を試みようとしていた2人が同時に言葉を詰まらせる。
(くっ、これは手強いんじゃないか?音羽さん)
(そ、そうみたいだね・・・こうなっちゃっうと手に負えないよね・・・)
「すいません。私も次はもう少し気楽に楽しめるアトラクションをお願いしたいのですが・・・」
『ガクッ』
詩音のダメ出しの止めを刺され、信とかおるが力尽る。
「はぁ、仕方ないなぁ〜〜。稲穂君、この近くであんまり恐くないアトラクションってなんかあった? 」
信は、詩音が小さなハンドバッグから取り出した園内マップを受け取り、それを広げながら答える。
「う〜〜〜ん、そうだな〜〜〜。おっ、これなんかいいかな?
唯笑ちゃん、お化け屋敷とかはどう?
恐いっちゃあ恐いけど、これなら全然大丈夫でしょ?」
信の楽しげな表情とは対称的に、唯笑の顔が曇る。
「お化け・・・屋敷・・・?」
不安げに口元に手をやるその子供っぽいしぐさは、唯笑の怯えを明確に現していた。
きゅぴ〜〜〜ん♪
信とかおるの目が妖しく光る。
2人は一瞬だけ視線を交錯させ、唯笑からは見えない位置でニヤリッと笑う。
(稲穂君、これはこれでイケルんじゃない?)
(ああ、イケル! これは間違いなくイケル!!)
(じゃあ、わかってるよね?)
(もちろんさ♪ そっちこそしっかり頼むよ)
(オッケ〜〜♪)
『ガバッ!!』
音をたてて勢いよく信とかおるが唯笑に向き直る。
一人置いてきぼりにされた詩音が少し寂しそうにしていたりするが、もはや2人の目にはターゲットしか映ってはいない。
「ねぇ、今坂さん。私もお化け屋敷に行きたいんだけど、ダメかなぁ?」
「唯笑は・・・あんまり・・・」
「でも唯笑ちゃん、遊園地に来たらお化け屋敷に行っとかないと、後でけっこう面倒くさくない?」
「え?どうして?」
「あれ?今坂さん、知らないの?」
「え?え?」
「あっれぇ〜〜〜? 唯笑ちゃん、てかりひょんのこと、マジで知らないんだ!?」
(て、てかりひょ〜〜〜ん? いくらなんでもそれは無理があるんじゃない?)
(いいから、いいから〜〜〜♪ 音羽さんは話だけ合わせてくれればいいから。俺に任せといてよ)
「て、てかりひょん?」
「そ、てかりひょん。ぬらりひょんの親戚の奴でさ。
でことかほっぺたとかが、脂ぎっててさ、てっかてっかなんだよ!!」
「うわ〜〜、気色悪すぎるよ、それ〜〜〜」
無茶な話に、上手く話を合わせるかおる。
「だろ? で、そいつがなんだけどさ、出るんだよ。ここのお化け屋敷・・・」
「・・・はい? お化け屋敷に、お化けが出るなんて当たり前じゃないの?」
「ふふ〜〜ん♪ 甘い!!甘い甘い甘い甘い甘すぎるよ、音羽さん!!!
作り物だったらちゃんとメジャー級なぬらりひょんを作るって。
あそこのお化け屋敷にはさ、出るんだよっ!! 本物のてかりひょんが!!!」
「嘘ぉ〜〜〜〜〜!!!」
「・・・うそ・・だよ・・・ね・・?」
わざとらしく驚くかおるに対して、唯笑は本気で恐がっていたりする。
こんなみえみえの嘘を、どうして信じこめるのかは永遠の謎だが、ともかく唯笑の顔色はもう真っ青になっていた。
震え上がる唯笑を、信は更に追い込んでゆく。
「しかも!!!!
このてかりひょんって奴、見かけどおりに性格もすんげーねちっこいわけよ。
それでこの遊園地に来てお化け屋敷にこない奴を逆恨みしまくってさぁ、夜な夜な夢の中に出てくるんだよ。
で、夢に出てきては朝までほお擦りをしてくんだよ。
ねちょ〜〜〜〜、ぬちょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、ってさ。
朝、目が覚めるまで延々と、ずぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っと、ねっちょり、ぬっとり、ほお擦りされ続けるんだよ、脂ぎってて、てっかてっかのてかりひょんにさ♪」
「・・・・・・・・・・い・・や・・・」
唯笑の顔色が青から白へと変わりゆく中、信のトークはいよいよクライマックスを迎えていた・・・




ヒュ〜〜〜〜ドロドロドロ〜〜〜♪
「ここが、日本文化の源流『オバケヤシキ』なのですね?」
詩音が嬉しそうに周囲を見回す。
「そうそう、こここそが日本の神秘、侍と忍者の魂の故郷なんだよ♪」
騙した2人と、騙された2人、計4人の一行は、微妙にずれた会話をしつつもお化け屋敷内へと進んでいく。
彼等は知らない。
この先に待ちうけるモノを。
彼等の訪れを待ちわびている、邪なる悪意の存在を・・・


ガッキョン!!!
「いぃやああぁああ!!!」
飛び出して来た造り物のお化けが、唯笑の悲鳴を響かせる。
信とかおるの目論見どおりの状況展開となっていた。
ポンポン。
小さく肩を叩かれ、信が振り向く。その先には笑いを、こらえようと一生懸命なかおる。
(思った通りの展開だね♪)
(ああ、全く・・・だ・・?)
返事をしかけて、信はかおるの後方を凝視して固まる。
ポンポン。
小さく肩を叩かれ、状況の変化に気づいていないかおるが振り向く。
「ッ!!!?」
そこには、右手があった。
手首から血をしたたらせた、右手だけがそこに浮いていた。
ゴトッ。
突如として浮力を失った右手が、鈍い音を立てて地面に転がる。
「うわぁ〜〜〜、この手、すんげぇリアルだよ〜〜
あ、このピアノ線でつってたのか〜〜」
何事もなかったように、信が楽しげな声をあげる。
「な、なかなか・・・こった・・仕掛け、だよね・・・ハ、ハハ」
かおるもなんとか強がりを返す。
しかし、そのかおるの声に答えたのは信ではなかった。
・・・オマエモ・・コイ・・・
しわがれた声が、かおるの耳元でそっと囁いたかのように聞こえる。
「えっ!?」
慌てて振り向いた先には、きょとんとした詩音がいるばかり。
「あの、どうかされたんですか?」
詩音は平然としている。
お化けが恐い恐くないというレベルではなかった。
そう、そもそも『ナニカ』の声など、聞こえてなどいないかのように・・・
一行は再び歩を進め始める。
死体の打ちつけられた扉をくぐって、次の部屋へと入る。
・・・サビシイ・・・
「え?」
不意に響いた声に、かおるは驚いて立ち止まる。
「音羽さん? どうかされたのですか?」
そして、そんなかおるを訝しげに見つめる三人。
「・・・えっと・・今、声しなかった?」
「聞こえませんでしたが?」
「唯笑には聞こえなかったよ〜〜」
「ひょっとして〜〜 実は音羽さんも恐いとか?」
「そんなんじゃ・・ないけど・・・」
かおるは歯切れの悪い答えを返す。
「ふ〜〜ん。じゃあ、続き行くけど、いい?」
信の確認にコクリと頷くと、心持ち緊張した表情で歩きはじめる。
・・・・・・・・・・
・・・・・
やがて・・・
・・・オマエモ・・コイ・・・
「ッ!!?」
・・・コッチヘ・・コイ・・・
慌てて周りを見回すも、かおるの目に映るのは妙にリアルなぬらりひょんと、不思議顔の詩音だけ。
「・・・・・どうして?」
呆然とつぶやくかおるに、信達もようやくその異変を感じ取る。
「あの、先程からどうされたのですか?」
「ええと、てかりひょんが出た、とか?」
「ええっ!? でも・・・それはぬらりひょんじゃないのぉ?
あんまりてかってないよ〜〜〜?」
ぬらりひょんの人形を指差して、一人ずれたほほえましいリアクションの唯笑に、信と詩音は思わず顔を見合わせてしまう。
だが、
「違うよっ!!!!!
そんなんじゃない!!! 確かに聞こえたんだから!!!」
「お、音羽さん?」
かおるのヒステリックな叫びに、今度は唯笑がうろたえる。
だが、今のかおるにそのことを気づく余裕はない。
「さっきから聞こえてるじゃない!!
『オマエモコイ』って、『コッチヘコイ』って!!」
「わかった!!わかったから!!
とりあえずは落ち着きなよ、音羽さん」
「ええ、私達も気をつけておきますから、今度その声がしたらはっきりしますから!!
だからまずは落ち着いてください!」
「・・・・・う、うん、ごめん。取り乱しちゃって・・・」
「音羽さん、そんなの気にしちゃダメだよぉ〜〜
唯笑なんてさっきからもう恐がってばっかりなんだから〜〜♪」
『・・・・・・・・・・』
(まぁ、唯笑ちゃんは置いとくとして、音羽さんのこと、双海さんはどう思う?)
(普通ではないのは確かなのですが・・・)
(ああ、何か・・・何かがあるのは間違いないみたいだけど、なんなんだっていうんだ?
いったい・・・)
囁き合いながら、信は4人の先頭に、詩音はかおると唯笑を挟んだ最後尾へとつく。
「さぁ、行こう。
どっちにしても半分以上はきてるだろうから、もう戻っても意味はないよ」
「ええ、では行きましょう」
そして、4人は注意深くあたりに気を配りながら歩き出した・・・


(どうして?)
(どうしてなの?)
かおるは恐怖していた。
姿無き囁きに。
自分だけが、自分一人が、呪いを受けてしまっていることに・・・
あれからも、状況は何一つ変わらなかった。
あの『ナニカ』は、かおるにだけ囁き続けていた。
信や詩音がどれだけ警戒しても、その声はかおるにしか聞こえない。
かおるが3人に自らの恐怖を訴えても、3人を戸惑わせるばかりで、自らの孤独を再確認してしまうだけだった。
かおるは願った。
恐怖の終わりを。
ここに入って始まった呪いならば、ここを出さえすれば、全ては元に戻るはずだ。
都合よく自分にそう言い聞かせ、かおるはむやみに広いお化け屋敷を足早に歩く。
だが、わずかなはずの時間が、無限の刻となってかおるを縛る。
歩いても歩いても、闇と囁きだけが待ち受けているような錯覚に捕らわれてしまう。
かおるの意識が、だんだんと白くなってゆく。
もう、考えることすら満足にはできなくなっていた。
(ああ・・・何で、何でこんなことになっちゃったんだろう?)
(私、そんなに悪いことばかりしてたのかな?)
「ほら、出口だよ!!音羽さん!!!」
(ああ、また声が聞こえる・・・)
(もう、いいよ・・・もう、わかったから・・・)
(出口なんでしょ・・・って!?)
「出口ィ!!?」
かおるの意識に覆いかぶさっていた白い靄が、陽光の白い光へと、希望の灯火へと変じる。
「あああぁぁ!!!」
無意識のうちに奇怪な叫びを発しながら、かおるは光りへと向かって走り出そうとした。その瞬間・・・闇が囁いた。
・・・ニガサヌ・・・
そして、足首が万力のような力で掴まれる。
ガシィッ!!!!
直後、世界は暗転し、かおるは地に伏せていた。
地面へと引きずり倒されたのだ。
その有無を言わせぬ理不尽なまでの力に、かおるは抗う間もなくねじ伏せられていた。
声を上げることすらできなかった。
呆然と顔だけを上に向けると、その視線の先には闇だけが漂っていた。
かおるが待ち望んだいた、太陽の下への道標は失われていた。
「・・・だ、大丈夫かい?」
かおるは温かな肉声のする方に顔を向ける。
そこには戸惑いと憐れみが同居しながらも、それでもかおるに向かって手を差し伸べる、優しい微笑みを浮かべた信がいた。
「・・・・・信・・君。
信君〜〜〜!!!
どうして!?
どうして、こんなことになっちゃうの!!?
もう、嫌・・・
嫌なの・・・
こんなの、嫌だよ〜〜〜〜〜!!!!」
かおるは泣いていた。
わんわんと大声で泣きわめいていた。
信にすがりついて、泣きじゃくっていた。
その様はまるで幼い子供のそれで、恥ずかしさも体裁もあったものではなかった。
この時、かおるは思った。
ただ、この温かな胸のぬくもりの中に居続けたい。
どんな囁きも聞こえてない、どんな理不尽な力に打ちのめされることもない、ただこの温もりに包まれていたかった。
その願いさえかなえば、もう他には何もいらないから・・・
ただ、この広い胸の中に顔を埋め、この両腕に抱きしめられ続けていたかった・・・
ただそれだけを、願った・・・
「稲穂君・・・・・信君・・信君・・・」
だが、かおるは完全に浮いていた。
信は、おもいっきり困っていた。
何故か?
それは・・・
「え〜と、音羽さん?
落ち着いたかな?よ〜〜〜〜〜〜く、落ち着いてからでいいんだけど・・・
俺の話を聞いてくれるかな?」
自分にすがりついているかおるに、ばつが悪そうに信が言葉をかける。
「???」
昼寝から覚めたばかりの仔猫のような、あどけない表情で信を見上げるかおる。
「と〜〜〜っても、言いにくいんだけど・・・
さっきからの声って・・・これ、だったんじゃないかな?」
言った信の手には、少し大きめなサイコロの様な物が摘まれていた。
・・・ヤーイ、ヒッカカッタァ・・・
・・・バーカ、バーカ、オトワカオルノ、アホアッホー・・・
『・・・・・』
「・・・・・・・・・・何・・これ?」
「ええと、超小型のスピーカーじゃないかな?
で、これが音羽さんのパーカーのフードに入ってたんじゃないかな・・・?」
・・・フッフーーーン、ソノトーリサーー・・・
・・・ミギテデオドカシタトキニ、イレテオイタノサーー・・・
「それから、音羽さん。後ろ、向いてくれるかな?」
「後ろ?」
信に抱きついたその格好のまま、ぐるんと頭の向きだけが回る。
そして、そこで動きが止まる。
「・・・・・・・・・・」
『や♪』
そこには、黒装束に身を包んだ、信達のクラスメート2人が立っていた。
その2人の背後には、ただ閉められただけの出口の扉があり、2人の横には困ったような顔をした唯笑と詩音が。
要するに、2人組みの片一方がかおるを引きずり倒し、その瞬間もう一方が出口を閉めただけなのだろう。
だが、たったそれだけのことだが、陽光に目を灼かれていたかおるを錯覚させるには十分だった。
その結果、見えざる囁きに限界まで消耗させられていたかおるは、あっさりと恐慌状態に陥ってしまったというわけだ。
状況の飲み込めないかおるは、しばらくの間、ただ呆然としていた。
やがて、ぽつりと一言。
「・・・・・・・・・・誰?」
「唯笑もちょっと・・・」
「知りません」
『西野と相川だぁ〜〜〜〜!!!』
「西野君に、相川君?って、ああっ!?
昔、智ちゃんに救出(?)されたリアル鯉のぼりさん!?
ひょっとして、唯笑達に恩返しに来てくれたの?」
『違うわ!!!』
「ええぇ〜〜〜、ちょっと面影があるんだけどなぁ〜〜〜〜」
『あってたまるかああぁ!!!!
大体、何なんだ、そのリアル鯉のぼりってのは!!』
「それは、私から説明させて頂きます。
私が読んだ文献によれば、リアル鯉のぼりとは・・・
昔、昔、一人暮らしの若者に命を助けられた鯉がいました。
鯉はその恩返しのため、夜な夜な自分のうろこを使って鯉のぼりを・・・」
『作るか!!!
そんなリアルさを追求してどうする!? きしょいだけだろうが!!』
なぜか妙に指摘が鋭い。
「では・・・仮説其之三。
お婆さんが川へ洗濯に行くと、どんぶらこ〜、どんぶらこ〜〜、と鯉のぼりが流されてきました。その流れゆく様は、まさにリアルの一言。こうして・・・」
『終わってどうする!!鬼退治はどうした!!!鬼退治は!!!
だいたい、なんだ、その“どんぶらこ”って擬音は!!?どんな音よ、オイ!!!?』
繰り返すが、なぜか妙に指摘が鋭い。
「詩音ちゃん違うよぉ〜〜〜
リアル鯉のぼりはね。昔、智ちゃんが池に飛び込んでって本物の鯉を使って鯉のぼりを作っちゃったんだよぉ〜〜」
『作るかあああああ!!!』
「ホントなのにぃ・・・」
不毛なやり取りを見守る信の顔は、ただひたすらに引きつっていた・・・
(仮設其之二はどうなったんだ? やっぱポイントはそこだろ?)
・・・たぶん違うぞ、信。


「で?結局一体全体、何が原因でこんなことになっちゃったわけ?」
すっかりいつもの調子を取り戻したかおるが、腕組みをしながら2人組に尋ねる。
「なぁにぃいいいいい!!!!」
「お前、人様をあれだけ侮辱し、屈辱のどん底に叩き落としておきながら、それでそのセリフか!?」
『貴様、それでも軍人か!!』
「高校生に、きまってるでしょ・・・」
『・・・・・・・・・・』
「お母さ〜〜〜ん、アレなに〜〜〜〜?」
「しっ、目を合わせちゃダメよ!!」
無邪気な少女と、無邪気でない女性が通り過ぎてゆく。
「ば、場所を変えませんか?」
詩音の提案は、満場一致で即決された。
場所を移動しながら二人は、今日の原因となった事件についてを語り始めた・・・



それは、ある日のある朝のできごと・・・
『汝の足は美味!!汝の胸は美味!!汝の卵は美味!!
・・・・・以下略』
「といった感じで激しく語りかけてますけど、続き、聞きたいですか?」
「・・・・・いえ・・・もう・・いいです・・・・・」
燃え尽きた信が、教室の床へと沈没して逝った。
そのしばらく後のことだった。
沈黙したその場に、二つの声が投げかけられたのだ。
「へぇ、占いかぁ〜〜〜。面白そうだねぇ?」
「ねぇ、俺達のことも占ってくれない?」
どこからともなく湧いて出てきた彼らは、そう聞いた。
「じゃあ、双海さんに苗字と『名前』の総画数を言ってね。
それから、『生年月日』もね」
『・・・・・・・・・・』
「?????」
『どちくしょぉ〜〜〜〜〜〜〜!!!!
覚えてやがれぇえええ!!! 音羽かおるぅううううう〜〜〜!!!!!』
2人は走り去り、後には疑問符を浮かべたかおる達だけが残されていた。
「ところで、あの方々はどちら様なのですか?」
「へ?双海さんの知り合いじゃないの?」
「いえ、違いますが・・・」
「唯笑も知らないよ〜〜〜♪」
「ま、いっか♪」
そして、悪夢へのカウントダウンが始まったのだった・・・



話は4分27秒で終わった。
シ・ニ・ナ。彼らの未来を暗示した、ナイスなタイムと言えるだろう。
「どうだ、音羽かおる!! 己の罪深さをどれほどのものか理解したか!?」
『・・・・・・・・・・』
やたらと誇らしげな2人に、冷たい視線が集まる。
(これって・・・要するに・・・)
(はい、完全な逆恨みです。お二人は自分達の設定に『名前』も『生年月日』もない、という事実を受け入れられなかったのでしょうね。
つまるところ、脇役としての心構えができていなかったということでしょう)
(冷静に解説されると、あいつらもかなり可哀相な身の上なんだな・・・)
(うわぁ〜〜、音羽さんの形相がすごいことになってるよぉ〜〜〜)
(大丈夫ですよ、今坂さん。こんなこともあろうかと、私、いろいろとナイスアイテムを用意して来ましたから♪)
(ナ、ナイスアイテム?)
(ええ、稲穂さんへの突っ込みアイテムとして用意させて頂いたのですが、たぶんお二人にも使えるでしょう♪)
(・・・・・・・・・・
ありがとう、西野、相川・・。君達の犠牲は、決して無駄にはしないよ・・・)
(大丈夫だよ、信君。2人はいなくなったりはしないよ。
信君と唯笑達の心の中で、いつまでも逝き続けるんだよ!!!)
ビシィッ!!と明後日の青空を指差しながら、唯笑と信が偽善に満ちた自己満足にひたっている間にも、処刑執行の刻は静かに2人に忍び寄っていく。
「ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふぅ〜〜〜〜〜〜〜♪」
『・・・・・・・・・・』
「ふ〜〜〜〜〜っふっふっふっっふっふふふふふふふふふ〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
「コロスッ!!!!!」
滝のような脂汗が、2人の顔をだらだらと流れている。
「あ〜〜〜!! てかりひょんだぁああ♪」
ようやく発見されたてかりひょん達は、すでに絶滅の危機にさらされていた。
「ねぇ、双海さん?」
「はい、なんでしょう?」
「何か、今の私の気分に相応しいモノを持ってないかな?」
「はい、では、これなど・・・」
言って、詩音は小さな可愛らしいハンドバックから、それに似つかわしくない凶悪そうな物体を取り出す。
『人体はどこまでの圧力に耐えられるのか!?
万力の限界をついに突破!!億力圧力実験機、みしみしミシシッピ君4号』
かおるはソレをちらりと一瞥してつぶやく。
「もっと残忍なモノを・・・」
「はい、では、これなど・・・」
『人体の最も嫌がる音質を極限まで追求しました♪
死の絶叫とはこの音のことだ!!キーキー君バージョンV』
かおるはソレをちらりと一瞥してつぶやく。
「もっと邪悪なモノを・・・」
「はい、では、これなど・・・」
『お1人様、20セットまででお願いします。
アナタの体に、てこの原理を教えてア・ゲ・ル♪
ボタン一つで傷口ぐりぐりまでやっちゃってくれます!!
全自動爪剥ぎマッシィ〜〜ン弐式改』
「・・・全部貸してもらえる?」
さらりと、残虐非道極まりない選択をするかおる。
「仰せのままに、女王様♪」
ためらいなくそれに頷く詩音。
ある意味、息がピッタリな2人だった。
『・・・・・・・・・・アウアウアウ〜〜・・・』
恐怖と絶望に打ち震える2人を見下ろし、かおるは微笑んだ。
にっこりと・・・

それから、4分27秒の間。
遊園地は。
恐ろしいことに・・・
(ところで、信君? 詩音ちゃん、あんな大きさのアイテム、どうやってあのちっちゃなハンドバックに入れてたのかな?)
(おお、いい所に気がついたな、我が愛弟子よ!!!)
(ええ!?では、師匠はあのハンドバッグの秘密を知ってるんですかぁ?)
(うむ、実はあのバッグ、正式名称をO次元ハンドバッグと言ってだな・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・)




「あ、もうこんな時間だ〜〜〜」
「そうですね、もう1時ですね。
では、そろそろお昼にしませんか?」
「あ、私もそれ賛成〜〜〜♪」
「じゃあ、あそこの休憩所にでも行こうか?
ファーストフードでいいよな?」
「ええ、そうしましょう。
でも、テーブルだけ借りられれば、ファーストフードは買わなくていいと思いますよ、稲穂さん♪」
「???」
休憩所のテーブルに、大きなバスケットが置かれた。
また例によって、詩音がハンドバッグからとり出したのだが、あえてそのことに触れる者はいなかった。
テーブルには、色とりどりのお弁当が並んでいる。
かおると唯笑との合作ということだが、どちらがどれを作ったかは一目瞭然だった。
(智也も案外苦労してたんだなぁ〜〜)
信は内心苦笑しながらも、楽しくお昼の一時を過ごしていた・・・
「さて、じゃあ、お礼にデザートぐらいは俺が奢るよ」
「やったぁ〜〜〜♪
それじゃ、唯笑、ん〜〜〜と、どれにしよ〜〜〜?」
そんなこんなで、信はアイスを買いに行き、かおるは運ぶのを手伝いに信についていった。
そして、テーブルには唯笑と詩音だけが残されていた。
しばらくの沈黙の後。
『・・・あの』
二人が同時に口を開く。
「あ、詩音ちゃん先いいよ〜」
「いえ、言いたいことは私も今坂さんも、たぶん同じことだと思いますので・・・」
「詩音ちゃんも、そう思うの?」
「・・・はい」
『・・・・・・・・・・』




「う〜〜〜〜〜〜〜んっ・・・」
大きく伸びをするかおるの影が、東に向かって長く伸びる。
太陽は西の大地にその身を沈め始めていた。
辺りには夜の気配がそろそろと集まってきていた。
「今日はたくさん遊びましたね」
「唯笑、楽しかったよぉ〜〜〜♪」
「ああ、そうだね。
どうする? そろそろ帰るかい?」
「う〜〜ん、そうだね。
最後に、アレに乗ってお終いにしよ!!」
かおるの指差した先には、夕日を浴びて真っ赤に染まった観覧車。
「・・・・・そうですね」
「・・・・・唯笑も、それがいいと思う」
詩音と唯笑も賛成し、4人は観覧車へと向かった。
「ふぇ〜〜〜、やっぱり間近で見ると、おっきいねぇ〜〜〜♪」
「そうですね・・・」
「ほらぁ、2人とも早くおいでよ!!
置いてっちゃうよぉ〜〜〜」
少し前を行くかおると信が、二人を待っている。
唯笑と詩音は顔を見合わせると、二人の元へと急いだ。
ほとんど待ち時間もなく、唯笑達の順番はすぐに廻ってきた。
「いっちばぁ〜〜〜ん♪」
唯笑が真っ先に飛び込む。
続いて、信・かおると乗り込む。
だが、なぜか詩音は乗ろうとはせず、神妙な顔をしている。
係員が困った様な顔をしている中、観覧車はゆっくりと昇降部を進んでゆく。
そしてやおら詩音は、左手を開くと、握った右手をポンと軽く打ちつける。
「今、大変重要なことを思い出しました」
言いながら、ハンドバッグの中から、にょきっと2枚の紙切れを取り出す。
「実は今朝方、私と今坂さん宛に、緊急電報が届いていたのです。
ただ、今日のあまりの楽しさに、きれいさっぱり忘れてしまっていました」
悪びれた様子もなくそう言い放った詩音は、無言でその紙を開くと中身を読み上げる。
「こちらは今坂さん宛です。
ユエへ
ハハキトク スグカエレ
チチヨリ
そして、こちらは私宛です。
シオンへ
チチキトク スグカエレ
ハハヨリ
・・・・・うわーーー、びっくりしましたー」
完全に棒読みだった。
「ええっ!?お父さんが危篤?
唯笑、帰らなきゃ〜〜!!」
少しは感情がこもっていた。
だが、セリフが間違っている。父が危篤なのは詩音なのだから。
だが、唯笑は気にする様子もない。
「じゃあ、そういうことで♪」
ガタッ。立ち上がった。
てくてくてく。ゴンドラ内を歩いた。
ていっ。軽くジャンプして降りた。
バタンッ。ゴンドラの戸を閉めた。
そして、二人そろって。
『ごきげんよう〜〜〜〜♪』
信とかおるは、あまりのわざとらしさに完全に凍り付いていた。
やっとのことで呪縛から解かれた時には、既に唯笑と詩音は、笑顔で手を振りながら、さわやかな別れのシーンを演出していた・・・
ゆっくりゆっくりと、昇っていくゴンドラを見送りながら、詩音が呟く。
「完璧でしたね・・・」
・・・・・何も言うまい。


太陽が、地平線にその姿を完全に隠した。
急速に、昼の世界が夜の世界に浸蝕されてゆく。
澄み渡った青空が、深みのある群青に。
深みのある群青が、全てを包む哀しい闇色に。
太陽のあった西の空だけがオレンジ色に包まれていた。
だが、そこもやがては切ない赤紫色を経て、いずれは夜へと呑まれてゆくだろう。
変わらない営み、変わらない日常。
今日という日が終わりを迎え、明日という日を迎えるために、世界が静寂にその身を沈める。
世界が、夜への階段を上ってゆく。
そして、信とかおるを乗せたゴンドラもまた、夜空へと続く階段を、ゆっくりゆっくりと上り始めていた・・・


>>十四章へ



あとがき

ふぃ〜〜〜〜。ようやく終わったぁ〜〜〜。あ、ども、みなさまこんにちは、コスモスです。第十三章「夜空への階段」いかがだったでしょうか?前回のあとがきでは、十三章は一人称と断言しておきながら、いきなり三人称リベンジをかけてたりします。(^^;
次章こそは久方ぶりな一人称をいってみたいと思います。ところで、自分で言うのもなんですが、三人称の書き方が、前回に比べてずいぶん様になって来たように思います。もちろん、書いてて気づいたら一人称表現になってたりということもあって、まだまだな部分もありますが、自分のステップアップを実感することができて本当に嬉しいです。
あと、十一章〜十三章は、コメディ系のレベルアップも大きな課題として据えていたのですが、なんというか、最近コメディの息づかい?見たいなモノを、自分なりに感じ取れるようになって来たように思います。ただけっこうパクリネタが多かったりと、まだまだ課題は尽きません。もう少しコメディ系の練習もしたかったのですが、次章はもうばりばりのシリアスモードです。と、ゆ〜〜か、今後当分はシリアス続きになりそうで、どっかで息抜きの章でも入れなきゃいけないかなぁ?なんてちょっと悩んでたりします。とはいえ、モノ書きにとれる時間が急減少中の今日この頃としては、強引に話を打ち切ってしまいたい誘惑にも駆られるわけで、ううぅ〜〜、つらいよぉ〜〜(^^;
さて、ちょっと最後は愚痴になってしまってゴメンナサイです。それでは、次は、第十四章「雪ふる春の、夜想曲(ノクターン)」で、お会いしましょう!!(^o^/~~~~~




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