4月16日 AM7:00

そこはこの街で一番空に近い場所
どこよりも風の吹きぬける場所
神なる木に見守られし場所
悲しみと共に人々が来訪し、
沈黙を抱いて佇み、
哀しみと共に去り往く場所
そんな場所に、彼等はいた……
白き翼と、紅き翼を持ちし者達……
春の朝日が、彼等を優しく包み込む
己の墓標に腰掛けた少年が呟く
――そろそろ、だな……――
自らの墓標にもたれかかった少女が囁き返す
――今度こそは……絶対……――
瑞々しい新緑の若葉
文字通りに桜色一色の桜
通りかかった子猫が、眠たげな声を漏らす
穏やかな春の縮図に、少年が曖昧な笑みを漏らす
不意に子猫が少年を見やり、小首をかしげる
少年の向こう側の空を見上げた子猫は、寂しい瞳をしていた
懐かしむような、申し訳ないような瞳の少年
両者を哀しげに見守る少女
不意に、その場が影に包まれる
首を巡らせた子猫の瞳は、太陽を覆う小さな雲を捉えた
その視線が元の場所に戻された時
そこには、桜の降り積もった墓標だけが、静寂と共に鎮座していた……


Memories Off Nightmare
第十五章「The Marionette Carnival」
 Produced By コスモス



4月15日 AM8:10

「信、お前がそんな奴だったとは知らなかったぞ、ゴラァ!!!」
「こんの、裏切り者ぉ〜〜〜〜総統に死んで詫びんかいっ!!!」
「お、お前ら、キャラが全然違うぞ……」
襟首を落ちる寸前まで締め上げて、俺をブンブンと揺すり上げているのが西野。
西野の後ろでダラダラと血涙を流しつつ、俺を睨み付けているのが相川。
そして、二人の猛攻の前に、泡を吹きつつ今まさに落ちようとしているのが俺であった……
 って、なんなんだ!!この展開は!!!
「やめんかい!!!」
正気に返って、狼藉者を振り払う俺。
だが、燃え上がった狂気の炎は、俺の魂の咆哮ですら収まる気配を見せようとはしなかった。
「なんでお前に彼女が〜〜〜!!!」
「お前の幸せなんかよりも、俺達の詳細決定を決めるのが先だろ〜〜〜〜!!!」
「やかましいわっ!!」
亡者の如きうめき声を上げる2人を俺は一喝する。
『俺達に名前を〜〜!!俺達に生年月日を〜〜!!俺達に彼女を〜〜!!』×2人
…………聞いちゃいねえ。
俺に彼女ができたのが昨晩のこと。
そして成り行きで、俺は今朝彼女と一緒に登校して来た。手を繋いで……
昨日の今日で少々気恥ずかしい部分もあったが、もともとお互いさっぱりとした性格(自分で言うのも何だが……)だったから、特に気負うこともなく自然にこういった成り行きになっていたのだ。
だが、俺達のことをあくまで唯笑ちゃんと双海さんを含めた仲良し4人組、という風に見ていたクラスメート達にはとてつもなくセンセーショナルな光景であったようだ。
要するに、その結果が今のこの状況、というわけだ。
まぁ、俺の目の前でトチ狂っている、この世界の創造神様にすら容易には触れられないようなことまで口走っている、余命のカウントダウンが始まっているであろう天罰決定な二人組はともかくとして、それ以外のクラスメート達にとっても多かれ少なかれ衝撃を与えていたようだ。
耳を澄ませば、実に悲喜こもごもで多種多様な意見が飛び交っている。
曰く『同じ想いを背負った二人が、ついに辿り着いた一つの終着点。ああ、ふしだらなカホリが……』
曰く『三上君がいたら、どう思うんだろう……』
『え〜〜!!? 私、稲穂君は唯笑ちゃんを狙ってるんだと思ってた〜〜』
曰く『うぐっ、ふ、副隊長。ついに、ついにこの時が来てしまったんですね……』
『泣くな!!これは我らが天使、かおる様の新しい門出の時なのだぞ!?
総構成員数26名を誇る、この由緒正しきかおる様親衛隊(第一章参照)の、隊員No.15であるそのお前が泣いてどうする!!?
しかも、我らが天使の相手は、我らが親衛隊の創設者にして、隊員No.1たる稲穂隊長なのだぞ!!?
これを喜ばずして、何を喜ぶと言うんだぁぁあぁぁぁあぁぁぁッ!!!!』
『ふ、副隊長ぉぉおぉぉぉおぉぉぉッ!!!!!』
『さぁ、集え、我が同志達よ!!! あの夕陽に向かって、激ダッシュだぁぁぁあぁぁあぁぁッ!!!!』
『ウオォォォオォォォオォォォオォォッ!!!!!』×25人
雄たけびと共に朝日に向かって激ダッシュして、朝のHRが始まる前に早退してゆく元同志諸君。
そこには、確かに小さな人間ドラマが存在していた……
そして、それらの様々な人間ドラマの結果……
俺は、首を締められていたのだった!!
って、納得できるかいッ!!!
「うがぁ〜〜〜〜!! はぁ〜なぁ〜ぜぇ〜。にぃ〜じぃ〜のぉ〜!」
俺はジタバタともがいてみるが、トランス状態の西野の力は常人のそれを遥かに凌駕しており、最早俺が落とされるのも時間の問題かと思われた。
だが……
「あれぇ? 二人とも、まだ出番あったんだぁ〜〜〜♪ 良かったね〜〜♪」
 ドスドスドスドスドスッ!!!
『グフッ……』×2人
 唯笑ちゃんの無邪気な言葉が矢の雨となって、憐れな二人を容赦なく襲う。
「それよりも私としてはむしろ、お二人のタブー発言の方が気になるのですが、大人の事情的に……
まぁ、最後の彼女云々のくだりは、自分達の魅力のなさを棚に上げて、何寝言言ってるんでしょうって気もしますけどね♪」
ドスガスドスガスドスガスドスガスドスガスッ!!!!!
『ガハッ……』×2人
双海さんの冷静な評価が、いたいけな彼等のセンチメンタルハートをえぐりたてる。
だが、それでも彼等は力尽きなかった!!
瀕死状態になりながらも、ニヒルな笑みを浮かべて親指を立てたのだッ!!!
『今のは……効いたぜ……ベイベー……』×2人
『うわ、だっさ!!』(By 唯笑ちゃん&双海さん)
『ゴフッ……』×2人
 ついに矢尽き刃折れた二人が、今、まさに、大地に崩れ落ちようとしていた。
だが、その刹那の瞬間。新たなる惨劇が二人を襲いかかったのだった……!!!
「あ〜〜〜〜!!! 西川、相沢!! 私の稲穂君に、何やってんのよ!!?」
西野曰く、「西川……」
相川曰く、「相沢……」
ハモッて曰く、『私の……稲穂君…………』
同じく曰く、『……燃え尽きたぜ…………』
そして、ニュートラルコーナーで目をつむった二人は、真っ白になっていた……
真っ白に……まぶしいほどに、真っ白に……





4月15日 AM12:20

キ〜〜ン コ〜〜ン カ〜〜ン コ〜〜ン……
ふう〜〜〜っ……
やっとお昼休み〜〜♪
「みなも〜〜、早くおいでよ〜〜。お弁当食べよ〜〜」
「うん。ちょっと待って〜〜♪」
あれ?あ〜〜〜〜〜!!!
 お弁当忘れちゃった〜〜〜!!
 あ〜〜あ……今日は購買か〜〜。
 ちょっと、きゅうちゃんが残念だけど、しょうがないか……
「みなも〜〜? どしたの〜〜? 早くおいでったら〜〜」
「ごめんなさ〜〜〜い。あのね…………」


ああ、もうこんなに混んでるよぉ〜〜
お昼休みが始まって、およそ5分後に私は教室を出ました。
チャイムの音が鳴り終わる前にダッシュしていく男の子達の様子から、だいたいの予想は出来てたんですけど……
けど、予想できてたからって、長蛇の列に並ぶのが楽しくなるわけじゃないんですよね。
やっぱり、お弁当忘れちゃったのは痛いなぁ〜〜。きゅうちゃんも食べれないし……
心の内で呟きながら、私はぼんやりと順番が来るのを待っていました。
「あ、みなもちゃんだ〜〜〜♪」
唐突に横合いから自分の名前が呼ばれました。
聞き覚えのある声に視線を向けると、そこには唯笑ちゃんが……
にこにこと、唯だ楽しそうに微笑む唯笑ちゃん。
その傍らには、どこか私の大好きだった従妹を思い出させる髪の長い先輩と、悪戯っぽい笑顔を浮かべた2人の先輩。
確か、男子の先輩は智也さんのお友達の、稲穂先輩……
「みなもちゃん、唯笑達と一緒にお昼しよ♪」
 駆けよって来るなり私を誘ってくれる唯笑ちゃん。
「ええっ?いいの〜〜?」
 思わずそう言ってしまってから、私は気づきました。
私、唯笑ちゃん以外の先輩とは、全然知り合いじゃないよ〜〜
でも、そんな心配はいらなかったみたい。
と、言うよりも……
「もちろん、大歓迎だよ〜〜♪ あ、俺、稲穂信。よろしくね、伊吹さん♪」
「え?あ、はい、よろしくお願いします。稲穂先輩♪
って、稲穂先輩、私のこと知ってるんですかぁ〜〜?」
「フッ、当たり前だよ。伊吹さんみたいな可愛い娘のこと、知らないわけがないだろ?」
「え?ええ〜? 可愛いって、みなものことですか〜〜?」
「そうそうそうそう♪ もっちろんみなもちゃんのことさぁ〜〜♪」
私が稲穂先輩と話している間、唯笑ちゃんは髪の長い先輩とひそひそと何か話していました。
「もうすでに『みなもちゃん』呼ばわりなのですね……」
「信君……いつもの癖が抜けてないよ……」
「まぁ……自業自得ということですね……」
 あれ? 唯笑ちゃん以外の先輩って、3人いなかったかな?
「んん〜〜♪ な〜〜んか、楽しそうだねぇ? い・な・ほ・く・ん?」
 振り向いた先には、満面の笑みの先輩がいました。
「ぐぅええあああぅぁいいぎぃえぁ〜〜〜!!!」
 ただし、目だけ笑っていません。
 ちなみに、つま先がぐりんぐりんと、フィギアスケーターも真っ青な高速回転をしていたりします。
「ん、ん〜〜♪ なんだかすんごく楽しそうだったけど、ど〜したのかなぁ〜〜?」
 とりあえず、二人の関係がとても良くわかった、お昼休みの一コマでした♪





4月15日 PM5:00

「詩音ちゃん、一緒に帰ろ〜〜♪」
 図書委員の仕事ももう終わりという頃、無人の図書室に明るい声が響きました。
「ええ、いいですよ。少々お待ちになっていただけますか?」
 私は今坂さんに返事をしつつ、今日借りた20冊ほどの本を鞄へとしまっていきます。
「うん……」
 小さく頷きながら、今坂さんは私の椅子の後ろ側に来られました。
 私は作業の手を休めることなく、背後の今坂さんに声を掛けます。
「あのお二人。やっと、自分達の為に笑ってくれましたね……」
「そ……だね……」
 なぜか話しに乗ってこない今坂さん。どうかしたのでしょうか?
「……………………」
 私がしばらく黙っていると、不意に今坂さんが呟かれました。
「ありがとう……」
「……え?」
小さな衣擦れの音と共に、椅子の背もたれから、私の背を押し戻そうとするかのような力がかかります。サラッとした布地が、かすかに私の髪を揺らしました。
私の背後にいる今坂さんも、こちらに背を向けているのでしょう。私の後頭部に、今坂さんの背が軽くもたれかかってきます。
「詩音ちゃんも、音羽さんも、みなもちゃんも、お母さんも、お父さんも、先生も、クラスのみんなも……みんな、ホントに優しくしてくれた。いっぱい助けてくれた……
特に……信君。
唯笑……ホントに嬉しかったんだ……」
「……………………」
「でも、唯笑のために、唯笑のせいで、どんどん信君が傷ついていっちゃった。
信君の顔から、笑顔が消えてっちゃってた……
唯笑の前では、いっつも笑っていてくれるんだけど、笑ってるのに泣いてるみたいに見えて……
でも、唯笑にはどうすることもできなくて……
唯笑、とっても哀しかったんだよ……」
「……………………」
「でも、詩音ちゃんが助けてくれた……」
「……………………」
「信君を、また微笑ませてくれた……
唯笑はしてもらうばっかり。心配をかけるばっかり。
だから、せめてこれだけは言いたいんだよ……」
「……………………」
「……ありがとう…………」
三上さん、あなたは良い幼馴染に恵まれましたね……
「唯笑は……幸せだよ…………ね、智ちゃん……」
 今坂さん……本当に、どこまでも強い人なのですね。あなたという人は……
 私に背を向けた今坂さんは、どんな表情をされているのでしょうか?
 きっと……唯だ、最高の微笑みを浮かべているのでしょう。
 一筋の涙を流されながら……





4月16日 PM1:10

「起立〜!! 礼!! 着席!!」
 昼下がりの一時、子守唄にしか聞こえない数学の授業を聞きながら、俺は物思いにふけっていた……
 音羽さん……
 …………
 ……………………
 俺と音羽さんが、想いを確かめ合ってから、丸1日が過ぎ、2日目もまた過ぎ去ろうとしていた。
 ぎこちなさがあるのはどうしようもないけれど、俺はこの2日間、とても幸せだった。
 隣りで音羽さんが微笑んでいる。ただ、それだけのことが嬉しかった。
 音羽さんとくだらないことでじゃれあった。ただ、それだけのことが楽しかった。
 音羽さんと二人きりの時に手を繋いだ。ただ、それだけのことが安らぎをくれた。
そして、俺と音羽さんの隣りには、いつもより、更にいい笑顔の唯笑ちゃんがいた。
俺達3人を見て、微笑んでくれる双海さんがいた。
俺達4人を見て、微笑んでくれるクラスメート達がいた。
全てが好転し始めていた。
全ての哀しみが影を潜め、歓喜のさざ波が俺の心に広がってゆく……
「ああ、つまり、ここで三角定理を利用することによってだ……」
 俺は思う。
「お〜〜い、お前ら、サインとコサインの使い方、ちゃんと覚えてるだろうなぁ?」
あぁ、俺は幸せだ……
「仕方がないな〜〜。よ〜し、教科書の……」
本当に、幸せだ……
まるで……『夢』のようだ……
――フフフ……それは違うよ……――
そして、俺は、夢の世界へと……沈んでいく……
――ちょっとだけ……違うよ……――
夢の世界へと……
――フフフ……アハハハ…………――


「…………ん……?」
――おはよ〜〜♪――
 まどろむ俺に、聞き覚えのある声が掛かる。
――お兄ちゃん、ひどいよ〜。全然こっちに来てくれないんだも〜ん――
 机から顔を上げると、教室からはざわめきが、いや、人の存在自体が消えていた。
「あ、あ……ごめん……」
 耳に届く声には、確かに聞き覚えがあった。
 中性的なその声に反して、ぼんやりとした視界に映っていたのは、幼い1人の女の子だった……
――うん、もういいよ♪――
腰まで届く長いさらさらした髪に、短く小さな指を絡めながら……その子ははにかみながら微笑んでくれる。
「……………………?」
 何かがおかしい気がした。
――もう、迎えに来ちゃったから♪――
 その子に、その愛らしい女の子に、どこか違和感を覚えた。
――ほら、お兄ちゃん……いこ?――
 微笑みと一緒に、女の子は俺に手を差し伸べる。
「いくって……どこへ?」
にこにこにこにこ。
――ほら、お兄ちゃん……いこ?――
にこにこにこにこにこにこにこ。
 女の子は、唯だ、微笑んで、同じセリフを繰り返す。
――ほら、お兄ちゃん……いこ?――
 にこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこ。
「……………………」
言い様のない不安が、俺の中で膨らみ始める。
 無言のまま、俺は少女を見つめる。
 にこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこ。
――ね、どうして?――
 不意に女の子が、疑問を投げ掛ける。
――どうしてお兄ちゃんは、来てくれないの?――
 ……怖かった。
無邪気な笑顔の女の子が、どうしようもなく怖かった。
――そっか♪ まだ、幸せな『夢』をみてるんだね♪――
 ゆ……め…………?
――あの、お姉ちゃんとの『夢』を……――
 不意に、1人の少女の笑顔が頭に滑りこんでくる。
 その少女は、大切な少女は、微笑んでいた……
 幸せそうに……


「太陽の如く燃えよ!! 黄金色に輝け!!
朝日を受けし海原の如く、我に輝きを与えよ!!」
我が双眼を黄金色で焼き尽くせ!!」
 銀色に輝く髪を揺らし、1人の少女が託宣の詩を歌う。
「おお、金翔鳥!! おお、金翔鳥よ!!!」
 力強い歌声とは裏腹に、その少女の瞳には、かすかな逡巡の色が浮かぶ。
「我は汝を称えよう!! 我は汝を愛そう!!
汝こそが、汝だけが、金翔鳥なのだから!!!」
 そして、託宣の儀が終わる。
 少女は言う。
「……………………以上です」
 ……そう言ってしまうことを、ほんのわずかに躊躇いながら……
 一瞬、眩暈がした。
 俺の脳裏に、新たなイメージが流れ込んでくる。
 俺が立っていたのは、夕陽に染まった教室だった。
 無人の教室に、無人の机、そして、読み手のいない一冊の本。
 開かれたその本には、聞き覚えのあるフレーズの後に、聞き覚えのない一文が記載されていた。
――『汝を喰らえば、全てが我が物となるのだから!!!』だって……――
 女の子の、どこか嬉しそうな囁きが木霊する。
 木霊した囁きは、反響し増幅され、異なる音色へ変化する。
『これは……運命なのですか? ただのお遊び、占い遊びではなかったのですか?
でしたら、何故? 何故……こんな結果が導き出されてしまうのですか!!?』
憂いと不安に満ちた、銀の音色が鳴り響く。
『ガルーダ……金翔鳥……それ、すなわち、空翔けし者の王……』
 破滅へのプレリュード……
『汝が翼、美の女神をも霞ません』
 『夢』の終焉の宣告……
『汝が雄姿、光の神王すらも凌駕せん』
 新たな『夢』の始まりの宣告……
『それゆえ……』
 現実という名の、悪夢の幕開け……
『汝、神々より賜らん。滅びの運命(サダメ)を……』
――滅び朽ち往く美しさ。儚なさと哀切の刹那の煌めき。これを象徴した鳥さんなんだって、金翔鳥は……――
 音色に転じた囁きが、再び囁きへと還る。
――もう、いいよね? お姉ちゃんは、金翔鳥なんだから……――
 女の子は、無邪気に微笑んでいた。にこにこにこにこと……
 女の子が、ゆっくりと右手を掲げる。
「…………ッ!!」
 女の子の右手に、どす黒い何かが集まろうとしていた。 
 背筋を冷たいものが流れて往く。
ゆらゆら、ゆらゆらと……黒い何かが、蛇のようにうねりながら、煙のようにたなびきながら、女の子の右手へと集まってゆく。
徐々に闇が、その密度を増してゆく。
掲げられた右手に絡み付くように、闇が醜く這い回る。
――フフフフ……さぁ、楽しい『夢』を、一緒に見ようよ……――
 闇の一部が鎌首を持ち上げるように、蠢く。
 そして、笑顔をその顔に貼り付けた、女の子の姿をした何かが、掲げた右手を……!
振り下ろすッ!!
ゴォウゥッ!!!
唸りをあげて、闇の奔流が押し寄せてくる!!
「う、うわあああああああああ!!!!」
 だ、ダメだぁぁぁあぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁッ!!!!
『信!!!!』
 忘れようのない声が響く!! 不意に突風が轟き、吹き抜けてゆく!!!
 荒れ狂う風の中で、無数の真紅の羽根が舞い踊る。
 紅き輝きを纏ったその羽根が、一呼吸で俺を守護する盾と化す!!
闇と紅がぶつかりあい、せめぎ合い、打ち消しあってゆく……!!!
そして、紅き羽根が、全て消失したその時、同時に闇も消え失せる!!
「智也ッ!!」
 歓声を上げかけた俺を、焦りの色を滲ませた智也の声が遮る!!
『逃げろ、信!!!!』
 な!!?
 俺と、何かの間に舞い降りた紅き天使は、明らかに消耗していた。
『走れ、信!!!』
「な、と、智也!!?おま……」
『いいから行けぇ!!!!』
 ドンッ!!! ゴウッ!!!!
 智也に突き飛ばされたその瞬間、俺の立っていたその場所を、黒の奔流が駆け抜けてゆく!!
――フフフ……邪魔は……させないよ……――
『早く!!』
「わ、わかった!!!」
 俺は全力で走り始める。
 どこに行けばいいなんて、全く分からなかった。
 俺の前には、ただ、延々と廊下が真っ直ぐに伸び続けてゆく。
 その無限の檻の中を、俺は無我夢中で駆け続けた。
『信!! 急げ!!』
 智也の悲鳴のような焦りの声が、俺の耳元をかすめたその瞬間!!!
 バリンッ!!
 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!!!
 俺の走ってきた方から、教室と廊下を隔てる曇りガラスが連鎖的に割れてゆく!!!
 割れたガラスの中から漆黒の霧が一斉に噴出する!!!
まずい!!まずすぎる!!!!
何なんだ!!あのどす黒い霧は!!
 もう向こうが真っ黒で何も見えないじゃないか!!!
――フフフフフ……アハハハハハ…………――
 俺の焦りを煽り立てる嗤いが聞こえたその瞬間、霧の海の中で、何かが蠢くのが見えた!!
 そして……
ルグオオオゥッ!!!!
闇が吠えた!
闇の霧から、黒き奔流が、闇の龍が、螺旋の軌道を描きつつ飛来する!!
ドクン……
ドクンドクンドクンドクン……
重く、昏い、俺の胸からでない鼓動の音が、すぐ耳元で聴こえた。
反射的にその音源、真横に首を向ける。
そこでは、闇が胎動していた!!
曇りガラスのその向こうで、闇の霧が収縮を繰り返している。
今、この瞬間にも、このガラスが割れて闇に喰われてしまうかも……
絶望的なビジョンが頭を霞める……
 そして……
「うわぁっ!!」
 足をもつれさせて、俺は地面に顔面をおもいっきり打ちつける。
だが、俺にはそれを痛がる余裕すら与えられてはいなかった!!
 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!!!
 グオワアアアアアァッ!!!!
 霧の津波と闇の龍が、背後から猛然と迫ってくる!!!
闇が俺の頬をかすめ、龍の牙が俺の頭を噛み砕……ッ!!?
『させないっ!!!!』
 カッ!!!!!!!!!
俺の視線の先で、純白の輝きが弾け飛ぶ!!
白き光の奔流が、闇の龍を薙ぎ払う!!
グオオオオオオゥ!!!!
20メートル程後退した所で闇が悶えていた。
「桧月さんッ!!」
『お久しぶり。でも、今はそんなことを言ってる時じゃないの。
ここも長くは持たないから!! さぁ、あそこまで走って!!!』
 少女の指差す先には、光が渦巻いている。
「わ、わかった!!」
 応えて俺は、一気に残りの距離を走破し、光の中へと飛び込んだ!!!
 フワ……
 かすかな風の揺らぎと共に、光の粒子が俺に纏わり付いてゆく。
 光の輝きが、加速度的に増していく!!!
『キャァ!!!』
『くそったれがぁぁぁあぁあぁぁ!!!』
 二人が闇の龍に弾き飛ばされるのが、一瞬だけ見える!!!
「智也ッ!!桧月さん!!!」
 叫んで手を伸ばそうとしたその瞬間、光が爆発的に膨張する!!!
 目も開けられないような圧倒的な輝きの中、俺の意識は、急速に……失われて……いった…………


 …………
 …………………………
 囁きが耳をくすぐる。
――おはよ〜〜♪――
 なッ!!!?
「うわぁぁあぁぁぁ!!!!」
 ドガラガッタ〜〜ン!!
「あたたたた……」
「何やってんだ? お前……」
 椅子から転げ落ちた俺を待っていたのは、クラスメートの失笑と、数学教師の冷たい一言だった……
 …………ゆ、夢……?
「あ、あの、ごめんね? 唯笑、そんなに驚くなんて思わなくて……」
「い、いや……」
 上手い返事も返せないまま、俺は周囲に目を配る。
 そこはいつもの教室だった。クラスメート達が、ひそひそと囁き合いながら、こちらを見ている。
 左を見れば、唯笑ちゃんが両手をあわせて頭を下げている。
おそらく、寝ている俺を起こそうとして声を掛けてくれたのだろう。
ただ、タイミングがあまりに悪すぎた……
『――おはよ〜〜♪――』
あの囁きと全く同じセリフだったのが、どうしようもなく頂けない……
 不意に視線を感じ、首を180度捻って右隣のクラスメートに視線を向けてみる。
 そこには、やんちゃ坊主をたしなめるお母さんのような、柔らかで温かな微笑を浮かべた双海さんがいた。
『何をバカなことをやってるんですか……? 本当に仕方がないですね♪ 貴方は……』
 双海さんの心の声が聞こえてくるようで、俺は思わず赤面してしまう。
 微笑みはそのままに、彼女は左手でその長く綺麗な髪を掻き揚げる。
ちらりと俺の目に飛び込んでくる白く滑らかなうなじが、ドキリと俺の胸を跳ね上がらせる。
そんな俺の内心の動揺を見透かしているのかいないのか、彼女は絶妙なタイミングで追い討ちを掛けてくれる。
髪を掻き揚げたその手で、そのまま彼女は後方を指し示したのだ。
その導きに従い視線を巡らせた先には、おもちゃを見つけた子犬、あるいは獲物を見つけた獰猛極まりない肉食獣よろしく、目を爛々と光らせた音羽さんがいた。
ドクンッ……
「……………………」
 俺の胸が、今度こそ飛び跳ねる。
 音羽さんの目の光は、あえて形容するなら、それこそ『きゅぴ〜〜ん』とでもしか言い様がなかった。
 だが!!!!
 俺の胸を飛び跳ねさせたのは!! 俺の心をざわめかせ、鷲掴みにして、凍りつかせたのは、そんなことではなかった!!!
 そんな、どうでもいいようなことではなかったのだ!!!
 フラッシュバックする一瞬前の出来事。
 アレが、夢?
 夢!!?
 そんなはずがない!! そんなわけがない!!
 なら、アレは現実だ!! 思い出せ!! あそこで、何が起こった? これから何が起こる? 俺は何をする必要がある!!?
 次々と、脳裏に一瞬前の出来事が駆け巡る!!
 そして、一つのフレーズにぶち当たる。残酷すぎるフレーズに……
――もう、いいよね? お姉ちゃんは、金翔鳥なんだから……――
 金翔鳥……
――滅び朽ち往く美しさ。儚なさと哀切の刹那の煌めき。これを象徴した鳥さんなんだって、金翔鳥は……――
 つまり……金翔鳥は……音羽さんは……
 音羽さんは…………どうなる!!!?
にこにこにこにこ。
にこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこ。
にこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこ。
女の子の無邪気で残酷な笑顔が浮かび上がってくる……
「……………………ッ!!!?」
 俺の全身を戦慄が駆け巡る!!
 瞬く間に、俺の顔から血の気が引いてゆく。
 どうすればいい? どうすればいいんだ!!?
 俺は、どうすればいいんだぁぁあぁぁぁあぁぁぁッ!!!!!





4月16日PM2:05

 キ〜〜ン コ〜〜ン カ〜〜ン コ〜〜ン……
「双海さん、この前の鳥占いの本。アレ、今日も持ってるかな?」
 5限目が終わった後の休み時間に、俺は彼女にそう尋ねた……
「ええ、持っていますが……どうかされたんですか?」
 ほんのわずかな、最後の希望にすがりたくて……
「ちょっと、見せてもらえるかな?」
 彼女の顔を、躊躇いの色がかすめる。
「アレは、あまり読書慣れしていない方には……」
 その答えが、明瞭な真実を伝えてくる。だが、それでも……
「構わない」
俺が読みたいのは、たったの一行だけだから……
「……………………」
 いや、読みたくないのは……か……
「見せて……くれるな?」
 俺の否定を許さない口調が、彼女に諦めと悟りとを与える……
「……わかりました」
 俺は、託宣の書を手に取る……
「ありがとう……」
 これは、神の定めた運命なのだろうか……?
 最初に開いたページは、まさに俺が欲したページであった……
「……………………」
 俺は、天を仰ぐ……
 そこには、青空もなく、白き雲も浮かばず、ただ、味気ない天井だけが……
「……い、稲穂さん……?」
 俺は、決意した……
「頼みがあるんだ、双海さん……」
 『夢』からの目覚めを……
「そう、とても……とても……大切な頼みが………」


俺の開いたページには、こう記されていた……
――汝を喰らえば、全てが我が物となるのだから!!!――
 女の子が語った、まさにそのままに……





4月16日PM4:20

 唯笑の記憶が合ってれば……
その日は7限目まである、いや〜な日だったんだよ……
「稲穂く〜〜ん、帰ろ〜〜〜♪」
 HRが終わった時には、もう夕暮れ時だったんだっけ……
「あ、音羽さん。信君なら用事があるって、どっかいっちゃったよ?」
「あれ? 双海さんもいないんだね……」
「詩音ちゃんは、図書委員のお仕事だって」
「あ、そうなんだ……」
「うん、でも、信君は荷物置いてってるよ」
「じゃあ、待ってれば戻ってくるかな?」
「うん、そうだと思うよ。じゃ、唯笑はもう帰るね〜」
「え? 今坂さんも一緒に帰ろうよ〜」
なんで?
「だ〜〜って、唯笑、二人のお邪魔にはなりたくないんだもん♪」
なんでこの時、帰っちゃったんだろう。唯笑は……
「い、今坂さん!!」
そうすれば……
「あははは、音羽さん、じゃ〜ね〜〜♪」
あんなことには、ならなかったのかもしれないのに……





4月16日PM4:40

「うぅ……稲穂君、遅すぎ……」
「何やってんのよ……」
「探しに行っちゃおうかな……」
 バッグを手にとり、肩に掛ける……と、
ピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ン……
「生徒のお呼び出しを致します」
 え、双海さん?
「3年B組音羽かおるさん。至急、図書室までおいでください」
 わ、私〜〜!? うぅ、なんかやっちゃってたのかなぁ〜?
「繰り返します。3年B組音羽かおるさ…………」





4月16日PM4:44

「来たか……」
 図書室へと向かう音羽さんが、A棟校舎とB棟校舎を結ぶ、2階渡り廊下を歩いてゆくのが見える。
 彼女は、渡り廊下を抜けた後、階段を下り、B棟1階にある図書室へと向かうため、今、俺が立つ、この廊下を通り抜けようとするだろう。
 そして……
「さて、始めるか……」




4月16日PM4:46

ああ、もう!! 絶対今日は厄日よ!! 稲穂君はどっか行っちゃうは、呼び出しは喰らっちゃうは、もう散々!!
でも、稲穂君、ホントにどこ行っちゃったのかな〜〜?
けっこう待ってたのに、全然帰ってこなかったし……いつもなら、こういう時は何かしら声を掛けてくれてたのに……
ハッ!! もしや!!?
カレカノの関係になったことをいいことに、私の都合は一切無視するつもり!!?
……………………
ふぅ、バカバカし……稲穂君に限ってそんなことあるわけないじゃない……
明らかに稲穂君は、尽くして悦に入るタイプなんだから……
 はぁ、でも……
「だから誤解すんなって!!! 俺が好きなのはお前だけだって、何度も言ってるだろ!!?」
 うわぁ、最悪……
 どうやらどこぞの誰かの痴話喧嘩現場に出くわしてしまったようだ。
 いつもならこういうのも面白いと思わないでもないが、至急の呼び出しを受けている今の私には、はた迷惑以外の何でもない。
「別にあんな奴のことはなんとも思っちゃいないんだって!!」
 どうもそこの影になっている、電話コーナーの公衆電話でやりあっているみたいだった。
でも、この声って……?
「前にも言っただろう!!?
俺の親友の彼女を助けるためには、仕方がなかったんだよ!!!」
 …………なっ!!!?
「当たり前だろうが!!?
あんなデリカシーのない野次馬根性の塊りみたいな胸くそ悪い女、どうやったら好きになれるんだよ!!!?」
 う、うそ…………でしょ?
「俺の方が聞きたいぜ!! さっきも言ったが、しょうがなかったんだ!!
一番の被害者は俺だっての!!」
 うそ……うそ、だよね……
 全身から力が抜けてゆく。
 崩れ落ちる身体を、壁にもたれ掛けさせることで、なんとか支えようとする。
 でも、それすらできず、私の身体はずるずると滑り落ちていく……
ズズズ……
 気づけば、壁の向こうの罵声がピタリと止んでいた。
 え、ま、まさか……
「ちょっと、待ってくれ……」
 い、いや!! 待って、待ってよ……来ないでよ……!!
 カッカッカッ……
 だが、無常にも、足音は急速にこちらへと近づいてくる……
 そして、あっさりと……
 廊下の窓の夕陽を背景に、逆光の中、私を見下ろす影が生まれる。
「……あ……ああ…………」
 私は、自分が何を言っていいのかすらわからなくなっていた。
その場にへたり込んだまま、表情の見えない彼を呆然と見上げていた。
 かすかに口からこぼれ落ちたのは悲鳴だったのだろうか?
 私には、それすら理解することができなかった……
 私を見下ろし、影は言う。
「はっ、挙げ句の果てに盗み聞きか……あんたもたいしたもんだな……」
 違う……違うよ……違うんだよ……
「聞いてたんなら、もうわかったろ?」
 わかんない……わかんないから……お願いだから……
「もう、あんたとの遊びはお終いだ。あと、1ヶ月位は我慢しとこうと思ってたんだが、もういいよな?」
 言わないでよ……!!
「まぁ、『唯笑ちゃんのため』とはいえ、いい夢、見れただろ?
せいぜい感謝しとけよ。『唯笑ちゃん』に、な……」
「嫌ァァアァァアァァァッ!!!!」
 また……まただよ…………
 また……もってかれちゃったよ……
 大波に、何もかも……
 もってかれちゃったよ……私の…………が……

 そして私は、全てを捨てて逃げ出した……





4月16日PM4:51

 ど、どうしてですか?
 どうしてなんですか!!? 稲穂さん!!!
 胸に渦巻く想いは唯一つ! 稲穂さん、いえ、稲穂信への怒り!!!
 カッカッカッカッカッ!!!
 足音荒く、私は稲穂さんへと詰め寄った。
「どういうことなんですか!!? アレは!!!」
「……………………」
「言ったじゃないですか!!? 音羽さんを傷つけるようなことは絶対しないって!!?
だから私は、協力してあげたんですよ!!?
だいたい、さっきの電話はどういうことなんですか!!?」
「ハハ…… 我ながら、迫真の演技だったみたいだね。
双海さん、俺のホントの彼女と、話してみなよ……」
「……稲穂さん、あなた、本当に私を怒らせたいんですか?」
「いいから話してみなよ……
………………………………それで、全てがわかるからさ……ハハッ……」
「……………………わかりました」
私は、静かに受話器を耳に当てる。
「…………もしもし?」
 プーッ、プーッ、プーッ、プーッ…………
 え?
 ま、まさか!!?
 慌てて設置されている電話機本体に目を向ける。
 そこにあるのは、何の変哲もないテレホンカード専用電話機。
 ただし、その電話機には、残度数表示がされているわけでも、吐きだし口にカードがあるわけでもなかった……
 と、いうことは、つまり……
「どういうことなんですか!!!? これは!!!」
「おいおい、セリフが前に戻ってるぞ……」
「そんなことはどうだっていいんです!!
あなたの先程の行動に理由があることは、よくわかりましたッ。
でも、ここまでしなければならない理由なんですか!!?
あの本、あの占いのことはわかります!!
でも、あれこそただの占いじゃないですか!!
稲穂さんのこの行動こそが、占いの凶兆を現実にしているのではないんですか!!?」
「そう……
たかが占い……その通りだよ……
でも、相手が悪いんだよ……
あの子にとって、理由はなんだっていいんだよ。
あの子にとっては、俺が『夢』を見ることにこそ問題があるんだ。
だから、いいんだよ……これで……」
「わかりません。わかりませんよ!! 稲穂さん!!
あなたは、何をおっしゃってるんですか!?」
「わからなくても……
いや、わからない方が……いいんだよ……
音羽さんと唯笑ちゃんのこと、よろしく……
俺は……もう、寝なくちゃ……別の夢を……みなくちゃいけないから……
もう……もう…………!! 俺にはできないから……!!」
 稲穂さんは私に背を向け、ゆっくりと歩き始めました。
 1歩、2歩、3歩……
 なんで、なんでこんなことに……
 なんで……こんな終わり方に……
「稲穂さんッ!!!」
 稲穂さんの背中が、一瞬だけ震えました。
 でも、やっぱり立ち止まることは、もうなくて……
「こんな!! こんな結末が許されると思うんですか!!?」
 私の叫びが虚しく木霊して……
 木霊して……
 木霊は別な音色へと……
 叫びは、囁きへと……
――許されるわけ、ないよね……――

 刹那、彼は振り向き、私の背後を凝視する。
いるはずのない存在が、いてはならない存在が、そこに存在しているのを見つけてしまったかのように……
 その顔が、諦めと悟りと少しの安堵から、ただ絶望一色へと塗り替えられてゆく。
「どうして……どうして……?」
 その顔が、くしゃくしゃに歪んでいく。
「これで終わるから……終わると思ったから……」
 歪んだ顔から、ぽたぽたと雫が溢れ、彼の頬を伝い落ちていく。
「あんまりだ……ひどすぎるよ…………」
 その瞳は何を映しているのだろう? その、悪夢そのものを目の当たりにしてしまったような瞳は……
「音羽さんッ!!!!!!」
 そして、彼は、弾かれたように走り去る……
 残された私が振り向いた先には、ただ、漆黒の闇を誘う夕陽だけが、昏く輝いていた……
「???」
 廊下に何かが落ちていた。私はそれを、摘み上げてみた。
 それは、黒ずんでボロボロになった、白と紅の2枚の羽根だった……





4月16日PM5:00

どこだ? どこへ行ったんだ!?
音羽さん!!
校門を出た瞬間に訪れる運命の分かれ道。
左か!!? 右か!!?
左は、噴水のある公園の前を通り、澄空駅へと通じる下り道。
右は、坂を登りきった後に90度折れて浜辺へと続く道。
この場合、音羽さんが行くのはどっちだ!!?
真っ直ぐに家へ帰る? なら……左か!?
一歩を踏み出した瞬間、疑念が浮かぶ。
本当か? 本当に彼女は帰ったのか!!?
違う!! あの状況で真っ直ぐに帰るはずがない、どこか1人になれる場所。
海だ!!
『…………!』
 ッ!!? 一瞬聞こえた、逆側からの囁きに耳を澄ます。
『ちが……こ……だ……』
 弱々しく、とぎれとぎれ……でも、この声はッ!!
 俺は躊躇うことなく走りだす!! 彼女の元へと続く下り坂を!!
 海へと向かう風をねじ伏せ、まばらに歩く生徒達を追い抜き、俺は無我夢中でひた走る。
 すぐに公園入り口が見えてくる。
 入るか? どうする!!?
ハラハラハラ……
舞い降りてきたのは、ちぎれかかった白い羽根。
公園ではなく、坂道の先に……
わかった!!
「頼む!! 二人ともッ!!!」
気づいたことを二人に伝える。
応えはない。
 だが。
ハラハラハラ……
今度舞い下りてきたのは、黒ずみ薄汚れた紅き羽根。
 進むべき方向には、確かな道標があった!!!!
 諦めていない!!
 この二人だって、まだ、諦めてなんかいない!!
 そうだ! 守るんだ!! 守りぬくんだ!!!
 今度こそは、今度こそは……守りぬくんだ!!! 絶対に!!!
 涙を振り払った俺は、ただ全力で走った!!
 悪夢を阻むために!! 大切な人を守り抜くために!!!

 走り続ける俺の脳裏を、あの日の記憶が駆け巡る。
白い傘を抱きしめて泣き崩れる少年。
虚空を舞う白い傘。
俺の横をすり抜けた、微笑んだ少女……
後ろへと流れ去ってゆく景色が、不意にぐにゃりと歪む。
またも胸に溢れる、後悔と苦しみ。

夕陽に映える、若葉の並木を駆け抜け……
坂道を下りきった角を曲がる。
買い物中の主婦達と、学校帰りの学生達で賑わう商店街を走る。
澄空駅へと続く道を走りながら、その中のある通りに気が付く。

パサッ。
白い大地に吸い込まれる手……
少女の頬を流れ落ちる涙。
放物線を描き、宙を飛ぶダミー人形のような物体。
そして。
雪上に広げられる、紅の翼……
クッ!!!
前だけを見据えて走る。
頬が熱い。
視界が悪い。
泣いているのか? 俺は……
溢れる涙を拭いもせずに、俺はただひたすらに走り続ける。
やがて、商店街も通り抜け、駅前通りへと俺は駆け込む。
そして……






4月16日PM5:11
『夢』終焉の刻

ザザーッ!!!
靴を滑らせ、慣性を殺し、俺は走るのを止めた。
そこに、探し求めた一つの背中を見つけて……






>>十六章へ



あとがき

 皆さんこんにちは、コスモスです。メモオフナイトメア第十五章「The Marionette Carnival」いかがだったでしょうか?
今回は、スピード感と、メリハリをきっちりと、っていうのが最大のテーマだったんですがどうでしょうかね〜〜。これまでの、例えば十四章などと比べれば随分改善されているとは思いますが、元々シーンがそういうシーンですからね。まだ、よくわかりません。今回もまた非常に長くなってしまいましたが、実はこれでもかなり削ってます。最近分かったんですが、自分は、情景描写や言葉遊びを偏重し過ぎます。そんなわけで、ちょっとでもそれっぽい箇所を見つけると、延々と描写し倒して1人で喜んでいる部分があると思われます。そんなわけで、今回は、自分的にはこれでも相当にばっさばっさとダイエットしまくりでした。でも、気づけば、またぞろこの長さで、予定のシーンまで進めてなかったり……(^^;
 はぁ、本当に、まだまだ道は長く険しいですのぉ〜〜。

では!! 次回予告!!!
 言うまでもないですが、ついに来ました山場、オブ、ザ、YAMABA!!(^^;
 信の、かおるの運命や如何に!!?
 そして、ついに本格登場(?)オリジナルキャラ!!
 ナイトメアは、このまま剣と魔法のファンタジーワールドへと突入してしまうのか、否か!!? 乞う、ご期待!!(激違ッ!!)
頑張りますので、次回もどうぞよろしく!!

Presented by コスモス  deepautumncherry@excite.co.jp <mailto:deepautumncherry@excite.co.jp>



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