ザワザワザワ……
 ザワザワザワザワザワ……
 駅前通りの、雑踏のざわめきが私を包む。
 サラサラサラ……
 サラサラサラサラサラ……
 吹き抜ける春風が私の髪を撫でる。
 でも、私の心には届かない。
 何もかもが空虚だった。
 何もかもが造り物でしかなかった。
 私は、いったい何をしていたんだろう。
 ねぇ、智也……
 ……………………
「フ、フフフ、アハハハハ……」
 バカみたい……
 この期に及んで、まだ『智也』……
 私は、どこまで……
 私……そんなに悪い子なの……?
 こんなに大好きなのに……
 あんなに大好きだったのに……
 いつも、いつも……
 どうして私は人を好きになっちゃうの?
 苦しいだけなのに……
 哀しいだけなのに……
 絶望しか待ってはいないのに!!
 ……………………
 ……これから……どうしよう……?
 ……………………
 ゴォーーーッ!!
 私の背後を大型トラックが通り抜ける。
 ……………………
 そうだ……
 塔を作ろう……
 もたれかかっていたガードレールから身を起こし、車道を振り返る。
 私の眼前を、次々と鋼鉄の塊が通り過ぎてゆく。
 ……………………
 それが私の…………
 ………………から……

 ザザーッ!!
 靴が地面にこすりつけられる音を耳にしながら、私はそう思っていた……


Memories Off Nightmare
第十六章「想いの証、砂の城」
 Produced By コスモス



4月16日PM5:11
『夢』終焉の刻

 ザザーッ!!
 靴を滑らせ、慣性を殺し、俺は走るのを止める。
 そこに、探し求めた一つの背中を見つけたからだ。
 だが……
 彼女の体はガードレールから離れ、車道へと緩慢に動き出す。
「!!?」
 考えるよりも先に体が動いた。
「音羽さんッ!!」
 駆け寄り様に、抱き締める。
「!? い、稲穂君……?」
 彼女の唇から、虚ろな呟きがこぼれ落ちる。
「聞いてくれ! さっきのは違うんだ!!」
 ど、どうする!? どうやって説明すればいいんだ?
 いきなり俺は言葉に詰まってしまう。
 当然だ。
 俺の放ってしまった言葉は……やってしまった行いは……
 だが、俺に躊躇っている暇はなかった。
 だから……
「さっきのは……アレは……仕方がなかったんだ!
ああするしか、ああするしかないと思ったんだよ!」
 俺は真実だけを告げた。
 彼女なら、音羽さんなら、俺の言葉を信じてくれるはずだ!
 そう、都合よく自分に言い聞かせて……
「このまま俺が音羽さんと付き合っていたら、とんでもないことが起きるような気がしたんだ。
本当なんだよ。さっきの電話だって、相手なんかいやしなかったんだ!!
さっきのはただの演技なんだよ!
お願いだ、音羽さん。頼むから俺を信じてくれ!!」
「……………………」
 音羽さんは何も言わない。彼女は、ただ俺の顔を見つめていた。
 じっと俺に抱き締められたまま、じっと俺を見つめてくる。
 俺を見つめる瞳。その瞳は何を観ているのだろう?
 俺を見ていながら、どこかその瞳は虚ろで、無表情で、そして……
 どこか哀しくて……
「音羽さん……?」
 いつしか俺も、彼女を見つめていた。
 瞳が動かせない。
 視線が外せない。
 俺の意識が、彼女の、音羽さんの瞳へと吸い込まれていくかのような錯覚すら覚える。
 言い知れない不安が湧きあがってくる。
 背筋を冷たい何かが這い回っているような気がする。
 ブロロォ〜〜〜……
 不意に、すぐ傍の所に停車していた車が、ゆっくりと動き出す。
 ほんの一瞬、俺の気がそちらへと向かう。
 次の瞬間、開かれた彼女の手が、俺の視界に覆いかぶさるように迫ってきていた!
「なっ!!?」
 投げ掛けられた闇色の網!
 俺の全身が激しく強張る。
 不気味に伸び来る彼女の手が!禍々しさすら漂わせた彼女の腕が!
 フワリ……
 俺の片頬が優しく彼女に包み込まれた。
 …………え?
 にこり。
「何を怯えているの?」
 彼女が微笑んだ。
 ゾクッ……
 彼女の微笑みと、女の子の微笑みとがだぶる。

――もう、いいよね? お姉ちゃんは、金翔鳥なんだから……――

「何を……怖がっているの……?」
 怖がって……る……?
――別にあんな奴のことはなんとも思っちゃいないんだって!!
 誰かの声が聞こえてくる。
――俺の親友の彼女を助けるためには、仕方がなかったんだよ!!!
 誰かの……誰かの声だ!! 俺じゃない!! 俺じゃないんだ!!
 俺は、そんなこと考えちゃいない!! ああ言うしかなかったんだ!!
――あんなデリカシーのない野次馬根性の塊りみたいな胸くそ悪い女、どうやったら好きになれるんだよ!!!?
 違うんだ!! どうしてこうなっちゃうんだ!!? どうしてやることなすこと……
 これじゃあ、まるで……
 不意に脳裏に、禁断のピースがちらついてゆく。
 全身が悪寒に包まれる。
 ちが……!!?
 フワリ……
 俺の思考を遮って、左頬を包み込んだは右手はそのままに、左手も俺へと彼女は差し出してくる。
「いいんだよ……稲穂君……」
 右頬もまた、温かく柔らかな人肌に包まれていた。
 ちぢに乱れた俺の心が、嘘のように安らいでゆく……
 あぁ……かおる……
 状況を忘れた感情が込み上がってくるのを、俺はどうしても抑えられなかった。
 でも、その安らぎは……所詮……
「もう……怖がらなくても……いいんだよ……」
 俺の頭を捧げ持つかのように、左右の両手で俺の両頬を包み込んだ彼女が囁く。
 優しげに、愛しげに、そして、哀しげに……
「……………………」
 俺は、何を言えばいいんだろう? 俺は、何を語ればいいんだろう?
 俺の頭に霞がかかる。
 俺は、ここで何をしている? 何をしなければならない?
 そうだ……
 俺は、彼女が好きだったんだ……
 だから、俺は彼女を守るんだ……
 この、愛しい少女を……
「もう……怖がらなくて……いいんだよ……」
 彼女は同じ言葉を繰り返す。
 そして、言う。
「だから、その顔を見せて……もっと、その顔をよく見せて……」
 どこか夢を見ているかのような恍惚とした表情を、彼女は浮かべていた。
 彼女のしなやかな指先が踊る……
 温かな指先は、俺の両頬を滑り落ち、顎の先端で出会う。
 そして顎の裏側をなぞり、喉仏を過ぎたところでまた分かたれる。
 一瞬の邂逅……
 その時を経て、鎖骨の間で再び彼女の両手は分かたれたのだ……
 右手は、左胸をなぞって背中へと。
 左手は、右胸をなぞって背中へと。
 そして……
 彼女の両手は失われた伴侶と再会し、再び結ばれる。
 俺は彼女に……抱き締められていた……
「むかし、むかし……あるところに……」
 彼女は俺の胸に顔を埋め、そっと語り始める。
「小さな小さな……女の子が……」
 俺の知らなかった、とある哀しい物語を……
 そっと……小さく奏で始めていた……
 波の調べに呑み込まれてしまいそうな……小さく切なく、哀しい旋律を……
 
 
 
 
 むかし、むかし……あるところに……
 小さな小さな……女の子がいました……
 女の子には、大きく力強いお父さんと、いつも穏やかで優しいお母さんがいました……
 女の子は、お父さんとお母さんの惜しみない愛情を受けて、すくすくと元気いっぱいに育ってゆきました。
 そんな幸せな親子は、ある日、海へと遊びに行きました。
 泳ぐには、まだ早い。けれども水は優しく温かい、夏と見紛う梅雨入り前の、ある晴れた日の出来事でした……
 親子は、太陽が真南に来る前にやってきました。
 3人そろってお昼のお弁当を食べ、波打ち際で走り回り、磯の岩場で蟹を探しました。
 波打ち際の砂浜で、大きな大きな砂の城を作りました……
 女の子は楽しげに、お父さんは優しげに、お母さんは穏やかに……
 3人とも、幸せそのままの笑顔を浮かべていました。
 そして、空がオレンジ色に燃え上がり、砂浜には長い長い影法師が生まれ、海が光り輝き始めた頃、親子は川の字になって砂浜を歩いていきました。
 後には、ただ……
 塔のない砂の城だけが……
 砂の城……それは、幼い日の些細な戯れ。
 でも、この時の哀しみこそが……
 女の子の原風景、心の還る場所となりました……
 数多の雲が流れ……幾多の季節が巡り……幼かった女の子も大きくなりました。
 大きくなった女の子は知っていました。
 自分の心の故郷を……
 還るべき場所、あの日の翌朝の砂浜を、翌々朝の砂浜を……
 なぜなら……
 女の子は出会ってしまったから。
 夢を追い続けるあの人に……
 初恋相手のあの人に……
 初恋とは実らない物。
 誰かが言った、残酷な言葉。
 女の子は、そんな言葉を知りませんでした。その時は、まだ……
 だから、女の子は疑いませんでした。
 自分達の明日を、二人の未来を……
 やがて……
 女の子は、その言葉の意味を知りました。
 女の子は、その人が大好きだったのに。
 その人も、女の子が大好きだったのに。
 でも、二人の絆はたちまち押し流されてしまって……
 想い出の欠片も残ることはなくて……
 それから女の子は、塔を作ろうとは思わなくなりました。
 思えなくなりました……
 やがて……女の子は新たなる出会いの刻を迎えました……
 出会ったのです。
 夢を見続けるあの人に……
 女の子は、その人が大好きでした。
 その人も、女の子が大好きでした。一番に、ではありませんでしたが……
 二人は、少しずつ想い出を積み重ねてゆきました。
 大波にさらわれないように、しっかりと壁を作って、しっかりと堀も作って……
 塔を作ることなく、絆を深めてゆきました……
 でも……
 夢を見続けたあの人は、夢から目覚めた途端に旅立ってしまいました。
 遥かな高みへと……
 そのことが、女の子に決心させたのでした。
 もう、決して砂の城を作らないと……
 けれども、その決心は一瞬で揺らぎ、そして崩れ去ってしまいました。
 なぜなら。
 もう、女の子は出会ってしまっていたから……
 夢を清算しようとするあの人に。
 幻想の罪状に縛られて、必死にその償いをしようとするあの人に……
 その人は誰よりも健気で、一途で、優しくて……
 そして、誰よりも孤独で、残虐で、哀しい人……
 女の子は、また砂の城を作りたくなってしまいました。
 でも、女の子は、砂の城を嫌い過ぎたあまりに、その作り方を忘れてしまっていたのでした。
 女の子は、悩みました。
 どうして、作り方がわからないの?
 本当に作りたいの、私は……?
 作ってしまって、本当に大丈夫なの……?
 結局、女の子には、作り方を忘れてしまったことに気づくことしかできませんでした。
 そして、夕陽に暮れなずむ砂浜を、1人寂しく歩いてゆきました。
 とぼとぼ……とぼとぼと……
 でも……その先には……
 夢を清算しようとするあの人が……
 にっこりと温かな微笑みを浮かべて、女の子を待っていてくれたのでした。
 その足元には、塔のない砂の城……
 あの人は、女の子に優しく囁きました。
 さぁ、後は塔を作るだけだよ……作ってごらん……
 女の子は、塔の作り方を教えてもらいました。
 そして、砂浜にしゃがみこんで……一生懸命に塔を作り始めました……
 自分を見下ろす、あの人の冷笑には気づかずに……
 苦労して、ようやく女の子は塔を完成させました。
 女の子は、出来上がった砂の城を二人で見ようと、あの人の方を振り返りました。
 そうして、やっと気づいたのでした。
 あの人の後ろに、もう一人の女の子がいることに……
 あの人は言いました。
 さぁ、これが君の為に用意したお城だよ……気に入って……もらえるかな?
 もう一人の女の子は……よく顔が見えませんでした。
 ただ、笑顔が印象的な女の子でした。
 女の子には、何が起こっているのか、理解できませんでした。
 そんな女の子に構うことなく、二人は楽しげな会話を続けていました。
 ………………………………!
 そうだろ? なんていっても道具が良かったからね……
 ………………………………?
 そんなことはないさ……ちょっと手入れが大変だったけど、コツさえ掴めればすごい使い易いんだよ。ホント、すごい性能なんだ……
 女の子に、ゆっくりと会話の意味が染み込んでゆきました。
 残酷すぎる……現実が……
 



「そして、もう一人の女の子が帰った後、あの人は言いました」
 哀しく、残酷な物語が、終わりを迎えようとしている。
「さて、それじゃぁ、お手入れしとこうかな」
 この物語が終わった時、俺は……どうすればいいんだろう……
「大切な、大好きな……道具の、ね……」
 どうすることが……できるんだろうか……? こんな俺に……
「むかし、むかしの……」
 こんな、俺なんかに……
「とある場所の、とある小さな女の子の……」
 何ができると言うんだろうか……
「愚かで……滑稽で……少しだけ、哀しいお話でした……」
 俺は……天を仰ぎ見た……
 彼女の顔を見ることができなくて……


 そうして、どれぐらいそうしていただろう?
 俺と彼女の間には、沈黙だけが長々と寝そべっていた。
 だが……
「でもね……稲穂君……?」
 沈黙を破ったのは、彼女だった。
「もう、いいんだよ……」
 顔を上げ、俺の瞳を見つめ、先程の言葉を繰り返す。
「ど……、ゆ……、こと……?」
 声が擦れて、上手く喋ることができない……
「もう……いいの……いいんだよ……」
 どこか正気でない彼女は、ただひたすらにその言葉を繰り返していた。
 不意に……彼女の瞳に色が宿る……
「ね? 稲穂君……私のこと……好き……?」
「え?」
 唐突に、彼女はそう聞いてきた。
「ね? 私のこと、好き? 私のこと、愛してる?」
「あ、あぁ……好き……だよ……」
 わけがわからないまま、俺はそう答えた……
「嬉しい……嬉しいよ……稲穂君……!」
 そう言い、彼女は再び俺の胸に顔を埋める。
 そして、俺の胸を味わい尽くすかのように、頭を左右に振って顔を擦りつける。
 戸惑う俺に、彼女は子犬のように俺に甘えつきながら、こう囁いた……
「私、本当に嬉しいんだよ、稲穂君……その言葉が……」
「嘘でも……」
 俺の胸に重く鈍い衝撃が走った。
 どうして、どうして……こんなことになってしまったんだろう……
 俺達は……
 俺は、何も思いつくことができないでいた。
 後ほんの少しだけの時間で、俺達の全てが終わってしまうというのに……
 どんな手を使ってでも阻止しようとした、あの託宣が成就しようとしているのに……
 もう、俺達は……終わってしまっているのだろうか……?
 彼女は……こんな近くにいるというのに……
 俺の胸の中にいるというのに……
 なのに……
 どうしてこんなに……彼女を遠くに感じてしまうのだろう?
 腕の中の温もりが、どうして死体の様に冷たく感じられるのだろう?
 もう、何もかもが……全ては手遅れなのだろうか……
――そう……手遅れなんだよ……何もかもが……――
 どこからともなく、あの子の声が聴こえる。
――あの時、あの瞬間……あの悪夢に出会ってしまった時に……始めから……決められていたことなんだよ……――
 俺を絶望へと誘う、あの子の声が……
――これで……やっと逢えるね……お兄ちゃん……――
 嬉しげで、でも、どこか哀しげなあの子の声だけが、俺の耳に木霊する……
「ありがとう……稲穂君……」
 現実へと俺を引き戻したのは、正気なのか、正気でないのか、もはやそれすら判別ができない音羽さんだった。
 正気でない?
 それは、音羽さんが?それとも、俺が……?
 全てが狂い切っていた。
 何もかもが歪み捻じ曲がり、何が現実で、何が幻なのか、俺にはそれすら、もうわからなかった……
 やがて、音羽さんの姿をしたモノが口を開き、音を紡ぐ。
「ありがとう……稲穂君……そして……
さようなら……」
 そう言い、俺の胸から顔を上げ、俺の両肩に両手をあてがい、その腕の長さだけ、俺から距離を置く。
 フワ……
 俺と彼女の間に、春の空気が滑りこんでくる。
 暖かなはずの春の大気も、どこか寒々と感じられる……
「あ………………ぅあ…………」
 俺は、何かを言おうとしたようだった。
 でも、俺が何を言おうとしていたのか、それは俺自身にもわからないことだった……
 にこり。
 彼女が再び俺に、笑いかけてくれる。
 この微笑みが、どこか遠くに逝こうとしている。
 俺の前から、消えてなくなろうとしている……!!
「嫌だぁアアアア!!!」
 何かが、俺の中で弾けていた。
 俺は無我夢中で彼女を抱き締め……いや、羽交い絞めにしていた!
 どこにも行ってしまわないように、俺が決して辿りつけないような、遥かな高みへなんか、逝かせはしないために!!
 俺は彼女が潰れてしまうのではないかというぐらい、力いっぱいに抱き締めていた。
「嬉しいよ……嬉しいよ……稲穂君……」
 彼女の熱い吐息が、俺の耳を撫でてくれる……
 あぁ……温かい……温かいよ……
 ほんの少し前に、あれほど冷たく感じられた音羽さんが、熱いほどに……温かかった。
「でも……」
 え?
 小さな、小さな……耳元で囁かされてすら、聞き取れないほどの小さな音が漏れ出た……
 そして……始まろうとしていた……
「ね? 稲穂君? 私のこと、好き……?」 
 運命の刻が……
「他の誰よりも……誰よりも……一番大切?」
 今、まさに……
「ああ、もちろんだよ!!誰よりも好きだ。大好きだ!!誰よりも……誰よりも……愛してる!!」
「…………ぁぁ……」
 声にならない吐息が漏れた。
「音羽さんッ!!!」
 瞬間、吐息が止まった。
「……………………そう……ありがとう、稲穂君……」
 どこか、夢から覚めたかのような口調だった……
 そして……
「聞こえちゃったよね……? ごめんね……今坂さん……」
 な!!?
「唯笑ちゃん!!?」
 俺は、反射的に振り返っていた。
 そして、気づけば俺は、いつもの稲穂信に……
 冷静沈着で……ただ、贖罪のみを生きる目的とした……稲穂信へと戻っていた……
 振り向いた先にいたのは、唯笑ちゃんには似ても似つかない、1人の怯え顔の少女。
「結局、それがあなた……」
 背後から……氷のように冷たい声が投げ掛けられる。
 彼女は、音羽かおるは、俺から3メートル程離れた、ガードレールの切れ目の部分に、その車道の側に立っていた。
 その距離、わずかに3メートルだった。
 だが、決して届かない3メートルだった……
 俺と彼女の間には、越えられない何かがあった……
「ただ……償いのためだけに生き……」
 音羽さんは泣いていた。
「自分のことなんか……まるで考えない……」
 両頬を濡らし、それを拭おうともせずに言葉を続けた。
「あなたを見ている私のことなんか……気にも留めてはくれない……」
 俺は、今度こそ何も言えなかった。
 いや、正気に返った今の俺なら、いくらでも言葉は並べられるだろう。
 だがその言葉には、なんの意味もありはしない……
 俺は……無力だ……
「あなたは……結局……私が望んだ、たった一つのことすらしてはくれなかった……」
 望んだこと……?
「私は、智也も、今坂さんも……大好き。だから、別に私だけを見てくれなくても良かった……」
 え……?
「でも、結局あなたは、今坂さんだけを、智也だけを見ていた……」
 だけを……?
「あなたの中に、私の居場所はなかった……あなたの心に……私はいなかった……」
 居場所がない……?
「だから……もう……私は…………」
 誰かに、言われたような気がする……
『あなたは、あの頃の三上さんと同じです』
『過去の想いと罪悪感に縛られて、今坂さんを拒まれ続けた三上さんと……』
 誰かが、俺に語ってくれた気がする……
『智ちゃんの中には……彩ちゃんしか……いないんだよね……?』
 己のかつての過ちを……
「稲穂君……」
 俺は、同じ轍を踏もうとしているのか?
「そう、結局、最後まで……稲穂君……」
 俺は……お前と同じ過ちを犯してしまっていたのか!!?
「稲穂君……今まで、ありがとう……私……あなたのこと!!」
 なぁ! なぁッ!! そうなのか!!? 智也ァアアアアアアア!!!


 そして、彼女は軽やかにバックステップを踏んだ……
 鋼鉄の塊の行き交う、自らを肉塊へと還らせる、無慈悲な屠殺場へと……


――フフフフ……アハハハハ…………キャハハハハ…………――



私の作った、砂の城
波に呑まれた、砂の城
どうして
作ってしまったんだろう?
いつだって
波に呑まれてしまうのに
私の前から
消えて無くなってしまうのに……
そしてまた、あなたも私の前から消えてゆく
あなたはあなたの誓いを果たすため
失われた友への誓いを果たすため
全てを捨て去り孤独に歩むあなた
誰よりも優しいあなた
誰よりも残虐なあなた
私は
音羽かおるは……
あなたを
稲穂信を……
大好きです
愛しています……
だから
もう、大波はすぐそこまで迫っているけれど
それでも塔を作りたいと思います
旗まで立てたいと思います
そして……
波が来る前に
自分で壊してしまいます
稲穂、信……
これは私の想いの証
そして、ささやかなあなたへの復讐
私の歪んだ愛情表現……
あなたが私を想ってくれなくても
あなたが私を道具としてしか見てくれなくても
それでも
あなたは私を忘れない
こんな使い勝手の悪い道具がいたことを
あなたは決して忘れない
忘れられない
だって……
あなたは優しすぎるから
あなたが……私の大好きなあなただから……
私の愛しいあなた
誰よりも大切なあなた
いつだって傍にいたくて……
いつだって傍にいてほしいあなた……
私はあなたを愛しています

稲穂、信……




さようなら





>>十七章へ



あとがき

 皆さん、こんにちは〜〜。メモオフナイトメア第十六章「想いの証、砂の城」をお届けしました〜〜。いよいよ物語も佳境へと入ってきたわけですが、今後、このナイトメアワールドはどうなってしまうんでしょうか?あの少女の正体は?最近、影の薄い唯笑は?このまま完結してしまった場合、西野と相川よりも出番が少なかったことになってしまう小夜美のメインキャラとしてのプライドは?そして、何より。
信とかおるの運命は?
色々と謎が深まってきて、作者的にも苦労の多い今日この頃ですが、今後もどうぞ、よろしくお願いします!!m(_ _)m
ところで、今日は2002年12月23日だったりするんですが……聖夜の前になんちゅう内容の作品を書いてるんでしょう。私は……(苦笑
全然、ホーリーじゃないです……(^^;
それでは、次は、第十七章のあとがきでお会いしましょう!!(^o^/~~~~~

Presented by コスモス  deepautumncherry@excite.co.jp <mailto:deepautumncherry@excite.co.jp>



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