こんにちは……
――あ、白い羽根のお姉ちゃん――
一つ、質問してもいいかな?
――な〜に?――
あなたは……誰なの?
――私?――
そう、あなた……
――さぁ?――
知らないの?
――知ってたよ……――
覚えて……ないの?
――うん、忘れちゃったの――
そう
――うん、ずっとずっと昔に、忘れちゃったよ……――
…………
――ね、私も一つだけ質問していい?――
なに?
――絶望は……どこからやって来て、どこへ還っていくと思う?――
え?


 風、清廉なりし春。
 空気、静謐なりし朝。
 白霧、満ち溢れし大気。
 ここは、この街で遥かな高みに最も近き場所。
 去りし者達の幻影が、時に漂い、時に喚び出されし場所。
 訪れし者が、懐かしさと哀しみに触れる場所。
 その場所の一角、とある墓標の前で、白い傘を片手に、静かに佇む者がいた。
「あなたは……亡くなられてないみたいです」
 乳白色の海から、小さな呟きが漏れ出でる。
「まだ、生きているそうです……」
 朝日と朝風が務めを忘れた今朝は、今にも雨が降り出しそうだった。
「あなたは、あれでよかったのですか?」
 朝が訪れようとしない、この日。
「あんなことを……許せるんですか?」
 目覚めを忘れた街は、いまだ白夢の中でまどろんでいた。
「詳しいことは知らないですけ……」
――知りたいの?――
 そんな中に、一点の染み。
「え?」
 白夢の中の、漆黒の夢。
――真実を……知りたい……?――
 悪夢の囁き……
――知りたい、みたいだね……――
 漏れ出でる、噛み殺された嗤い声。
「……………………」
 そして、少女は手を差し伸べる。
 闇へ……



Memories Off Nightmare
第二十一章「上がらない雨」
 Produced By コスモス






 降りしきる雨が、過ぎ去りし冬を小夜美に思い起こさせていた。
 彼女が持つのは、白くもなければ赤くもない、そんなありきたりな女物の傘。
 そして、二つの花束と一袋の包み。
 それらを持った彼女の姿は、この場所にはひどく場違いな物にみえた。
 煙るような雨が、無音のままその傘に纏いついては、滑り落ちていく。
「この石段、いったいどれだけあるのよぉ〜〜」
 誰に言うともなく、彼女はそんな言葉を呟いた。
 そんな小夜美に応えるかのように、頭上にせり出した枝葉から雨だれがこぼれ落ちてくる。
 彼女は雨だれが伝えてくる軽い傘への振動を楽しみながら、のんびりと上っていく。
「でも、たまにはこういう静かなのもいいかもね〜〜」
 彼女の言葉の通り、辺りは静寂に満ちていた。
 いや、正確に言えば少し違ったか。
 数え切れないほどの、無限と言えるほどの雨粒が、落ちてきては何かにぶつかって弾け飛んではいた。
 だが、それでもその音が小夜美にとって知覚出来ないものである以上、彼女にとってのこの空間が、静寂に包みこまれた場所だと言うこと、それ自体は紛れも無い真実であった。
 無音の世界の中に、彼女の生み出す音だけが花開いていた。
 靴底が石段に擦りつけられる音、石段の上に浅く出来た水溜りが踏み抜かれる音、そして、石段途中のスロープで、敷き詰められた玉砂利が踏みしめられ打ち合わされる軽やかな音。
 玉砂利のたてるその音は、どこか夏の暑い盛りのかき氷を連想させて、なぜだかとても心地良い静寂を醸し出していた。
 小夜美は唐突に足を止めると、ぐるりと振り返った。
「うわ〜〜〜、私、こんなところまで歩いてきてるんだ〜」
 あきれたような、感心したような、そんな声。
 遠景を眺めたその後に、目を細めて空を見上げる。
 見上げた先は、昼と言うのが嘘のような薄暗い空。
 その雲に埋め尽くされた空よりも、さらに遥かな高みへと想いを馳せて小夜美は呟く。
「キミ達は、どこまで歩けたの、かな……?」
 誰に聞くでもなく、そう、問うた。
 彼女が想いを込めて見つめているもの、それはこの雨粒のような存在なのかもしれない。
 今もどこかで、無限と言えるほどの雨粒が、知覚される間もなく消え去っているのかもしれない。
 彼女の目は、そんな哲学的なことを物語って見えた。
「さて、後ちょっとだよ〜〜。頑張れ、自分!!」
 そして、彼女は、再び長い石段を上り始めた……



 上っていく……
 ふわふわ、ふわふわと、上っていく。
 デパートでもらえる風船のように、ただ、ゆっくりと上っていく。
 漂い続ける存在は、理由もなくそう感じていた。
 ひょっとしたら、その存在は沈んでいっているのかもしれない。
 だが、それがどちらであろうとも、漂う者自身には何の意味も為さないことだった。
 ともあれその存在、彼はそこにいた。
 本当に真っ暗な闇の中、両手を伸ばして重ねてみれば、そこに両手の感触は確かにあるにも関わらず、シルエットすらも見つけられはしない。
 そんな、月明かりどころか星明りすらない、真なる闇夜のいと深き森の奥。
 そんな場所に、彼は存在していた。
――なにを……やってるの?――
 そんな闇の中から、別の声がした。
――聞いてるの、お兄ちゃん?――
 少年のような、少女のような、そんな声。
――聞こえて……ないんだね……――
 闇の中には、もう一人がいるようだった。
――これを、見てるんだね……――
 二人は、何も見えない闇の中で、何かを視ているようだった。
――全部倒れたら……――
 カタカタと、何かが打ち合わされる小さな音が、休みなく続いていた。
――どんな絵になるんだろうね……――




「哀しい絵、ですね……」
 詩音は窓を見つめてそう呟いた。
 窓の向こうには、雨に煙る校庭が広がっていた。
 その片隅には小さなベンチが。
 そこは少女と今は亡き少年の、小さな小さな想い出の眠る場所。
 だが、詩音が見つめていたのは、そんな懐かしい風景ではなかった。
 詩音が視ていたのは……
「頼む、何も言わずにそのノートを見せてくれ!!」
 ガラスに描かれた、一枚の絵。
「かおる!!」
 詩音は、一心にそれを見つめていた。
「ダ〜〜〜メ、そんなの、昨日真面目に宿題してきた私がバカみたいじゃない♪」
 その絵には、笑いあう信と唯笑の姿が大きく描かれていた。
「かおるぅ〜〜〜〜〜〜」
 それを見つめる詩音は、なんとも言えない不安に駆られずにはいられなかった。
 ガラスの世界の住人は、ころころとその表情を変えてゆく。
 だが、その絵を鑑賞する者達、自分を含めた30人を数えるクラスメート達、彼らは誰一人として口を開かない。目を合わせようともしない。身じろぎすることすらはばかっている。
 詩音は思わずにはいられない。
 ひょっとして、ガラスの世界に住んでいるのは……
 そこまで考え、彼女の小さな口から、その口よりもっと小さな吐息が漏れる。
 空気の抜ける音と共に肩から力が抜けてゆく。
 何度も辿った思考の回廊をまたくぐり、少女が辿りついた場所はまた同じ。
 全く同じ、袋小路だった。
 結局……




「やっぱり私は、部外者なんだよね〜〜〜」
 呟きながら、小夜美はそっと花束を墓標の前に置いた。
「智也君の時もそうだったけど、いつの間にか、ほんっとにいつの間にか。
ほんの一週間くらい前までは私の前に立ってたのに、なのに今じゃ、この下にいるんだよね?」
 そこで言葉を切った彼女の前にある墓標には、こう、墓碑銘が刻まれていた。
『音羽家之墓』
「この小夜美さんに、な〜〜んの断りもなく死んじゃってるんだもの、ひどい話だよねぇ〜〜。
次から次へと、ポンポン簡単に死んじゃってさ。
ホントに、さ……」
 穏やかで気軽な口調だったものが、微妙に変化し、そして途切れた。
 小さな小さな溜め息のような、舌打ちのようなそんな空気の漏れる音。
 下唇を噛み締めた小夜美は、しばらくそうして無言で佇んでいた。
 雨に洗われ、水をかける必要もない墓標。
 洗われ続け、そこに在り続け、ただその訪問者を見守り続ける無数の墓標群。
 その中にあって、小夜美はただ下唇を無心に噛み締めていた……
 やがて、小夜美はその墓標の前に花束を一つ置くと、今度は別の墓標へと足を向ける。
「や、久しぶり、少年♪
智也君と会うのは、随分久しぶりよね〜〜
確か……智也君がここにいるって聞かされて、それから一回来たっきりだから、もう二ヵ月近くになるんだよね」
 そう言いながら、彼女はとある墓標の前にかがみ込んでいた。
 その瞳は、とても優しげで温かげで、でもどこか哀しげで……
「智也君。君はとっても幸せ者なんだよ?
智也君がいなくなって、たくさんの人が哀しんでる。
あんなにたくさんの人から、あんなに想われて、智也君は本当に幸せ者だよ……」
 そう言いながら、彼女は持っていた包みを墓標の前に供え、言葉を続けた。
「智也君は本当に幸せ者。だけど、それだけに君はとんでもなくひどい子なの。
わかってる?って、わからないわけないよね?
そう、智也君はみ〜〜んな置いてきぼりにしちゃった。
ご両親、友達、先生、ご近所の皆様。
まぁ、言い出したら切りがないけど、あなたを好いてくれてた人みんなを、すっごい悲しませちゃってるの。
で、当然、この小夜美お姉さんだって、と〜〜っても悲しかったわけよ」
 そこまで言った小夜美は、その表情を穏やかながらも悪戯っぽいそれへと変える。
 そして、供えた包みの口を開き、少しだけ微笑んでみせる。
「だから、智也君へは花の代わりにこれ♪」
 包みの中には、パンが三つ。
「ふふふ、毎度お馴染み、うちの特製パン。懐かしいでしょ?
みんなにすっごい迷惑掛けたんだから、これでも食べて、少しは反省してなさい」
 そう言いながら、しゃがみ込んだ膝頭に肘を乗せて頬杖をつく。
 そうしてしばらくの間、小夜美はただその墓標を見つめていた。
 やがて……
「にゃ〜〜」
 小さな呼び声が彼女に掛けられた。
「ん?」
 声のした方を振り向いた小夜美の目に映ったのは、巨大な一本の大木。
 注連縄(しめなわ)が巻かれているところをみると、それは神木なのだろう。
 その神木の根元に、小さな子猫が雨宿りをしていた。
 神木の根元で小さな身体をさらに縮こめて、その子猫は小夜美をじぃ〜っと見つめていた。
「おいでおいで〜〜」
 小夜美が気楽にそう呼びかけると、子猫もあっさりとその声に応えて立ち上がる。
 小さく伸びをした後、子猫は小走りに小夜美の足元までやってきた。
「にゃ〜〜〜」
「おお〜、中々賢い子だねぇ」
 ひょい、と小夜美はその子猫を掴み上げると、足裏の肉球の汚れに気をつけながら膝へと乗せる。
 それは傍から見ればなかなか疲れそうな姿勢ではあったが、本人が気にする風でもないところを見ると、案外楽なのかもしれない。
 何はともあれ、どこかのんびりとしたよく似た表情を浮かべた一人と一匹は、特に何をするでもなく『三上家之墓』と刻まれた墓標を眺めていた。
 そっと優しく子猫の温かな背を撫でながら、小夜美は小さく子猫に語りかける。
「ね。知ってる?
本当はね、部外者っていうのも、哀しいものなんだよ。
ある日、突然言われるの。
もう、智也君はどこにもいませんよって。かおるちゃんとは二度と会うことは出来ないんですよって。
私、思ってたのよ。関係ない人は気楽でいいねって。
でも、違った。
関係なくても、やっぱり哀しかった。
智也君には悪いけど、どこかあの子を思い出させてくれて、智也君と会えるのが私はちょっと楽しみだった。
智也君がいなくなってから、唯笑ちゃんを支えようとして必死だった信君も、かおるちゃんも好きだった。
言われるまでは、私の中では確かにかおるちゃんは澄空の生徒で、いつも通りに学校に来てるはずだった。信君もいつも通りにバカなことをやってるはずだった。
なのに、それが全部なかったことにされちゃうの。
たった一言で。そう、たったの一言で……」
 黙って背を撫でられていた子猫が振り向き、小首を傾げて小夜美を見上げる。
「ふふ……猫ちゃんにはわからないかな?
さよならもできないんだよ。
見送ることも出来なくて、残された子達が哀しんでるのにも気づけなくて、それでそのことを知らされた時に思い知らされるの。
自分は部外者なんだって……
智也君達の為に、大声で泣いてあげることもできやしないの。
これはこれで、哀しいものなのよ。本当に、ね……」
「にゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 ただ黙って聞いていた子猫が、不意にサイレンを連想させるような長い鳴き声を上げた。
 雨に煙る墓地に染み渡っていくその音は、哀切に満ち、その猫までが何かを哀しんでいるかのようにさえ見えた。
「…………ふ、ふふ」
 小さく笑いながら、そっと小夜美が目元を拭う。
「へ、変な……鳴き方しないでよね。
驚いて、涙が出ちゃったじゃない。
も、もう……あれ?涙って、驚いた時にも出る物だったっけ?」
 そんなことを言いながら小夜美は立ち上がり、子猫を神木の元へと戻すと、妙に早足で歩き始める。
「全く、な、なんでこんなことになっちゃうのかなぁ……」
 小夜美のぼやきが、何に対しての物なのかは分からないが、小さく鼻をすする彼女は、哀しげではあったが、それでもどこか嬉しげでもあった。
「だいたい二人とも知らないんだろうけど、私、ここにはあんまり来たくないんだからね……?」
 言いながら、更に小夜美は別の墓標の前へと歩みを進めて立ち止まる。
 残っていた花束をその墓標の前に供えると、彼女は数分の間じっと瞑目した。
 瞑目を終えて立ち上がった彼女は、ここに入ってきた時の気楽な表情に戻っていた。
「さ、学校に行かなきゃね。また、みんながお腹を空かせてるに決まってるんだから〜」
 そして、のんびりとそう言った彼女は、白でも赤でもない女物の傘を揺らしながら、ゆっくりと歩み去っていった。
 後にはただ、神木と子猫と雨と墓標と、それら物言わぬ者達だけが、ただひっそりと残されていた……
 



――残ってるのは、後何枚?――
 闇に響く、少女のような少年のような声。
 その闇の中で、倒れ続けるドミノの音が延々と鳴り続いていた。
 天井裏を走る鼠の足音のように小刻みなその音は、残酷なほど正確に、ひたすらに規則正しく鳴り続けていた。
 その正確さと辛抱強さは、さながら時計の秒針であった。
 だがその音は……
――もう、数えなくてもいいみたいだね……――
 その子の言葉と共に、延々と刻まれ続けていた音が一変する。
 狭苦しい路地裏を駆けていく風のように、遥か水平線の彼方から押し寄せてくる津波のように、音の波紋が瞬時に、そして一斉に広がってゆく。
 その音に耳を傾けながら、その子は闇に向かって呟いた。
――ほら、もうすぐだよ……――
 聞いているのかいないのか、闇はひたすらに沈黙していた。
 その囁きを聞きたくないかのように。
 その音の波紋の到来に、恐れおののいているかのように……




 彼女はそこに立っていた。
 今坂唯笑、狂気と共に歩むことを選択した少女は、その場に立ち尽くしていた。
 ついに始まった、真実からの糾弾に晒されて、少女はその小さな身体を精一杯に強張らせていた。
 真実の欠片を理解することもできずに、ただ本能的に自分の背後に隠れる、愚かしい程に憐れで、惨めな程に哀しい敗北者を護る為に……

 それは、学食で昼食を食べ終え、購買部の前を通り過ぎようとした時のことだった。
 唯笑と信があれこれと賑やかに話しながら歩き、その少し後ろに詩音が影のように無言で付き従っていた。
 カウンターの中の小夜美が、それを曖昧な表情で、しかし何も言うことなく見送り、そして……
「………………さい」
 誰かが呟いた。
 だが、聞き取れなかった二人は更に歩き去ってゆこうとする。
「待って下さい!」
 二度目ははっきりと、決意を秘めた声が購買部に響いていた。
 振り向いた唯笑の前に立ち塞がっていたのは……狂気を見守り続けた者、双海詩音だった。
「……詩音ちゃん……」
 その声音に何かを感じてか、唯笑も少女を『詩音ちゃん』と呼称した。
 向き合うの二人のそれぞれの背後には、状況を理解していない信と、状況を持て余している小夜美とがいた。
 一瞬の沈黙の後、それを破ったのは唯笑だった。
「どうしたの、双海さん」
 『双海さん』そう、唯笑は言った。
「あなたは、いつまでそうして夢を見続けるつもりなのですか、稲穂さん?」
 詩音は唯笑を無視し、唯笑の肩越しに信の瞳を見つめてそう言った。
「ゆ、夢……?」
「そう、夢、です」
「双海さん!」
 手を広げた唯笑が、二人の視線の間を遮る。
「……あなたが夢から覚めない限り、こうしてみんなが傷ついてゆくのです。
あなたの夢が続けば続くほど、こちらの世界に歪みが溜まっていくのです。
わかりますか?」
 だが、視線を遮られたまま、詩音の言葉は続いてゆく。
「みんなが、傷ついてゆく……? 歪み……?」
 その言葉が、一言一言信へと染み込んでゆく。
「そう、あな……」
「止めてよ、双海さん!!」
 悲鳴のような声を上げた唯笑が、強引に話を断ち切り詩音へと詰め寄る。
「どうして?どうしてそんなこと言うの?ひどいよ、双海さん!?」
「私が話をしたいのは、今も確かにここにおられる方とであって、いらっしゃらない筈の方に話すことなどありはしません。
少なくとも、あなたが私を『詩音』と呼んで下さるまでは、私は稲穂さんを直接説得させて頂きます」
 目に涙を浮かべて言い募る唯笑を、ぴしゃりと突き放す詩音。
 この言葉で、第一ラウンドはあっさりと終了した。
「……ごめんなさい、詩音ちゃん」
「わかって頂ければけっこうです。
それで、なぜあなたはこの夢を肯定されようとするのですか?」
「そ、それは……」
「こんなことを三上さんが、ましてや彼女が望まれていたとでも思われているのですか?」
 敢えて、『彼女』を名前でなく『彼女』と呼称する辺りに詩音の配慮が見て取れたが、やはりその表情は厳しい物だった。
「そ、そうじゃない、けど……」
 明快な詩音の言葉に対して、唯笑の言葉はどうにも歯切れが悪く、要領を得なかった。
「でしたら、どうして?
確かに今の現実は、稲穂さんにとってあまりにつらいものでしょう。
でも、だからといって、それが彼女をないがしろにしていい理由になどなるはずがありません。
そのことは、ご理解頂けますよね?」
 次々と畳み掛けられる詩音の言葉に、唯笑の表情がますますと強張った物へと変化してゆく。
「でも、でも……」
「でも、なんですか?」
「……………………」
 沈黙が落ちた。
 唯笑は、何も答えられず、詩音はあえてそこから追求をしようとしなかった。
「………………なぜ、答えてくれないのですか?」
 しばしの間雨音に耳を傾けた後、詩音がポツリとそう言った。
「答えることが、できないのですか?」
「……………………」
 その言葉にも、やはり唯笑は言葉を返せずにいた。
「答えられない、からですか?」
 それは、最後通牒だった。
 唯笑に与えられた、最後の弁明の機会であった。
 それは唯笑にも分かっていたことだった。
 痛いほどに分かっていたことだった。
 だが、それでも、唯笑には……
「……………………」
 何一つとして答えることは出来なくて、ただ、貝のように口を閉ざしていることしか出来なくて……
 沈黙したまま刹那、唯笑は黙祷するかのように目を閉じ、そして開いた。
 唯笑が瞳を開いたその瞬間、少女が目にしたのは、空気を一杯に吸い込み、その胸を限界までに膨らませた大好きなクラスメート、双海詩音の激怒した姿であった。
「どうして答えてくれないのですかっ!!!」
「……ッ!!」
「何か理由があるのではないのですか!?
ないのですか?
ただの自己満足でしかなかったのですか?
今坂さん、あなたは、あなたは……
理由もなく、あんなことをされたというのですか?
自分が何をされていたのか、わかっていらっしゃるのですか!?」
 物静かなはずのその少女の声が、購買部の空気を震撼させていた。
「だって、だって……」
「理由があるならおっしゃってください。
せめて、理由を持っていて下さい。
でないと、本当に可愛そうじゃないですか。
彼女が、本当に惨めじゃないですか……」
 半泣きになっていやいやと首を左右に振り続ける唯笑。
 その唯笑の両肩を鷲掴みにして縦に振りたくる詩音。
 見るも異様な光景だった。
 両者を見守る信にも、小夜美にも、立ち入れる隙など微塵もありはしなかった。
 やがて、涙ながらにも唯笑が毅然と顔を上げる。
「詩音ちゃん……」
「なん……ですか?」
 そこまで言って、詩音は唯笑の肩から手を離して向き直る。
 そして、おもむろに唯笑が言葉を紡ぎだす。
「これは、唯笑の自己満足。
ただ、唯笑がそうしたいから。唯笑が信君に夢を見続けさせて上げたいから。
だから唯笑が勝手にやってるの。
音羽さんはきっと怒ってる。でも、怒られて、恨まれて、呪われるのは全部唯笑。
唯笑だけなの。
信君はなんにも悪くなんてないの!
全部、全部!何もかもは唯笑が悪いの!!
唯笑だけが、悪いんだよぉ!!!」
 唯笑の語り口調は徐々に熱を帯び、最後は先程の詩音にも負けぬほどの絶叫になっていた。
「どうして、なのですか……」
 だが、詩音は、まるで動じてなどいなかった。
 こうなることが分かっていたかのように、こうなることを覚悟していたかのように、涙を瞳に溜めたままそう囁いた。
 逆に、それに答える唯笑の頬では、すでに熱い雫が何度も伝い落ちていた。
「ねぇ、詩音ちゃん……
どうして、唯笑が音羽さんなんだと思う?」
「え?」
「もう、音羽さんは、どこにもいないんだよ?
どうせウソの世界で生きるなら、最初からいなかったことにしちゃえば良かったんじゃないの?
転校しちゃったりとかで、二度と会えなくなっちゃったことにしちゃえば良かったんじゃないかな?
なのに……なんで、どうして唯笑、だったのかな?」
「……………………」
 詩音は、聡明だった。
 それ故に、ここまでの唯笑の言葉で、全てを理解してしまっていた。
 いや、どうしてこれまでこのことに考えが至らなかったのか、そのことの方が不思議でさえあった。
 そう、彼女は一つの可能性を見落としていた。
 目を背けていた、そういった方が適切でさえあった。
 厳しい現実を直視しているつもりでいて、誰もが一番厳しい現実からだけは背を背けていた。
 ただ、唯笑だけが、誰よりも辛く、誰よりも哀しく、そして惨めであるはずの彼女だけが、唯一その可能性に気がついていた。
 唯笑は、こう言った。
『音羽さんはきっと怒ってる。でも、怒られて、恨まれて、呪われるのは全部唯笑。
唯笑だけなの』
 詩音は思う。
 そう、音羽さんは怒っているだろう。でも、怒られ、恨まれ、呪われるのは私。
 ずっと隣で見守っていたのに、結局何も出来ずに彼女を逝かせてしまい、そして今また今坂さんの傷口をえぐりたてるようなことをやっている。
 なのに今坂さん、あなたという人は……
「信君はね。もう、思い出したくなかったんだよ。
もう、つらいばっかりのことなんて、思い出したくなんか、なかったんだよ……」
 そこまで言った唯笑が、そっと詩音に微笑みかける。
 その笑顔は、何よりも美しく、そして儚かった。
 詩音の頭によぎる昨日の唯笑の、凄絶な笑み。
 どうしてこれが、同一人物といえるのか。
 どうして、この少女はこうも哀しいのか。
 詩音はこの日、運命を呪った。
 そして、少女はゆっくり振り返る。
「ね、信? 智也って、覚えてる?」
「トモ、ヤ……?
それ、誰だ……?」
 信にそう尋ね、現実を再確認した今坂唯笑であって今坂唯笑でない少女、音羽かおるの紛い物は、双海詩音を振り返って、唯だ、微笑んでいた。
 詩音には、唯だ、絶句することしか出来ずにいた。
 そう、かける言葉など、あろうはずも無かった。
 唯だ、ひたすらに絶句し、唯だ、疲れきった眼前の微笑みを見つめ返し、呆然と硬直し続けることしか出来ずにいた。
 遠くで、五時間目の開始を告げるチャイムの音が鳴っているような気がした。
 だが、それも右から左へ通り抜け、二人の少女と、一人の少年は雨音に包まれながら立ち尽くしていた。
 そして、どれ程の時間が流れていったのだろうか。
 突如、耳をつんざく轟音がその場に響き渡った。
 雷光が駆け抜け、購買部から辛うじて闇を払拭していた電灯の灯りを奪い去っていく。
 昼というのが嘘のようだったこの日。
 電灯が消えてしまえば、そこには暗闇しか残されてはいなかった。
 先程の落雷が合図だったかのように、雨足もまた、叩きつけるようなそれへと変わっていた。
 闇の中、誰もしゃべらなかった。
 そんな中、どこからともなく音が聞こえた。
 それはまるで、狭苦しい路地裏を駆けていく風の音。
 遥か水平線の彼方から押し寄せて来る津波の音。
 心を不安と怖れで彩り、わななかせ、ざわめかせてゆく……そんな音がした。
 誰もが金縛りにでもあったかのようだった。
 その場にいる者の全員が、呼吸をすることにさえ困難を感じていた。
 そして、更に幾ばくかの時が流れた……
 不意に、叩きつける雨音の大音響の中で、妙に澄みきった透明な音が響いた。
 その音は、足音だった。
 大理石でできた大回廊を歩いて来るかの如く、その足音は轟音の中に響き渡っていた。
 その音は、購買部へと繋がる廊下の最奥から響いてくるようだった。
 雨音よりも小さな音が、雨音自身よりもはっきりと聞こえた。
 明らかに矛盾していた。
 明らかに異常だった。
 全員が、固唾を呑んで廊下の最奥を凝視していた。
 やがて、闇の中に燈る小さな灯火。
 それは、小さな白い炎。
 闇の中からにじみ溢れ出てくるかのように、その輝きはゆっくりと大きくなってゆく。
 やがて、皆がそれに気がついた。
 それが輝く灯火ではなく、闇によく映えた、白い、まぶしい程に真っ白な傘であることに。
 誰もが沈黙し、凍り付く中、その傘は徐々にこちらへと近づいてくる。
 その白い傘の持ち主は、顔こそ見えないものの、その制服から女の子だということは判別できた。
 程なくしてその傘が、ゆっくり後ろへどけられて……
 刹那、再び鼓膜を揺るがす大音響、そして目も眩む光の白刃が全員の視力を奪う。
 そして、全員の視力と聴力が回復した時、雨は小雨へと戻り、購買部には人口灯が輝き、全員の呪縛が解きほどかれ、白い傘の少女の姿もまた、煙のように掻き消えていた。
『………………………………』
 余りの出来事に、誰もが何を言うべきなのか、答えを見出せずに沈黙してしまった。
 だが、その沈黙は即座に引き裂かれた。
「白い傘、似合わない天気になっちゃいましたね……」
『……ッ!!?』
 全員が向いていたのとは逆方向。
 背後からの突然の言葉に全員が振り向けば、そこには綺麗に巻かれた白い傘を片手に持った、伊吹みなもが立っていた。
「………み、なも……ちゃん?」
 恐々とそう尋ねた唯笑に対して、みなもはクスクスと微笑むことで応えた。
「みなもは……許してあげませんよ。稲穂先輩」
 そう、みなもは微笑みはそのままに囁く。
「伊吹さん。稲穂さんは……」
「みなもは、ヒトゴロシを許してはあげられませんよ」
 詩音の言葉を遮ったみなもの言葉に含まれた単語に、信の肩がピクリと震える。
「み、みなもちゃん!?」
 唯笑が、驚きと戸惑いの声を発する。
 みなもは、クスクスと微笑んでいた。
「みなもは、全部知ってますから。
稲穂先輩がどうして智也さんに近づいて、どうして唯笑ちゃんに近づこうとしたかを。
それで、その結果、何がどうなってしまったのか。
稲穂先輩がこれまでに誰を殺してしまって、これから誰を殺してしまうのか。
みなもは全部知ってます。だから、みなもは今の稲穂先輩を許してあげられないです。
だから、ね……」
「ど、どういう……」
「ヒトゴロシの稲穂先輩?いつまで先輩は、そうして逃げ続けているんですか?
卑怯ですよね?
音羽先輩に、智也さんに、申し訳ないとは思わないのですか?」
「な、何を言ってる。かおるはここにい……」
「いるのは唯笑ちゃんです。先輩が勝手にいないことにしちゃってる、唯笑ちゃんがそこにはいますよ」
 みなもの糾弾には一切の容赦がなかった。
「だ、だいたい、そのトモ……」
「智也さんは、智也さんです。三上智也先輩。
唯笑ちゃんの幼馴染で大切だった人。
稲穂先輩に大切だった人を奪われて、それから立ち直った途端に今度は自分まで殺された。
稲穂先輩に何もかもを奪われて、人生をぐちゃぐちゃに踏み躙られて憐れに散っていった、とっても可哀想だった、私も、彩花ちゃんも大好きだった先輩です」
 みなもの言葉は辛辣だった。
 歯に衣着せず、などという次元を通り越え、抜き身の刃のように血に飢えていた。
「み、みなもちゃん……」
 唯笑は、呆然とみなもの暴走を止めようともせずに見つめていた。
 あるいは唯笑もまた、このシーンを心のどこかで必要だと思っていたのかもしれない。
 唯笑にもわかってはいた。
 自分のやっていることが、本当の意味での信の助けにはならないということを。
 それでも、唯笑にはああせざるを得なかった。
 自分を助けようとして、自分の存在その物を受け容れられなくなるまでに叩きのめされてしまった者を眼前にしては……
「お、俺は……」
 だが、それでも今のみなもは余りに異常だった。
 だから唯笑は、止めないのではなく、止められなかった。
 みなもの言葉は、確かに信を現実の世界へと着実に追い詰めていっている。
 だが、それと同時に、薄皮一枚でなんとか塞がっていた信の傷口からは、またも新たな鮮血が滴り始めようとしていた。
 そして、今のみなもは、その鮮血に舌なめずりをしているかのような印象さえ見せている。
 唯笑とみなもの付き合いは決して短くはない。
 にも関わらず、今のみなもを、唯笑は全く知らなかった。
 止めなくてはならない、止めたくはない、止めていいのだろうか、止められるのだろうか、それらの疑問が、唯笑の中で渦巻いては消えていく。
 結局唯笑が辿り着いた答えは、消極的反対。
 事実上の黙認。
 信とみなもの当事者二人を除いた中で、両者に最も近しい者がそう判断した時点で、信の壁となる者はいなくなった。
 小夜美は言うまでもなく、詩音ですら全く想定外の展開に、驚くばかりでどう対応すべきかを図りかねている。
「俺は……そんな奴、知らない……」
 そんな状況の中、いよいよみなもは信の精神の根幹部へと肉薄していった。
「雨はいつ上がる? でしたよね?」
「知らない。知らない……俺は、知らない……知らないんだ……」
 何かを振り解くかのように信は首を振り、みなもはクスクスと可笑しそうに笑っていた。
「信じられないような大雪だったあの日。
智也さんと一緒だった稲穂先輩は、待っている唯笑ちゃんを見つけたんですよね」
「止め、ろ……止めてくれ……」
「そして、稲穂先輩のこの手が……」
 言うなり、みなもは信の右手を両手で握り締める。
 白い傘が鈍い音をたてて床に倒れ、それと同時にみなもは信の耳元に口を寄せて囁く。
「智也さんに、翼を与えたんですよね」
 言葉と同時に、信の体が痙攣するようにびくりとはねる。
「紅い、まぶしいほどに真紅の翼を、ね……」
 耳元で囁きながら、みなも変わらず嗤っていた。
 クスクスクスクス……
「クッ……と、も……止め…ろ…」
 信の口から零れ落ちている声が、悲痛なそれか、苦悶からくるそれなのか、観衆達にはもはやそれすら見分けがつかなくなっていた。
 ただ、分かっていることが、一つ。
「そして、今日から六日前のあの日。稲穂先輩は、先輩自身が愛したその人さえも……」
 夢が、終わろうとしている。
 あの日から、信の過ごしてきた夢幻の世界が、今まさに終わろうとしている。
「あの日、音羽先輩を絶望させて、死地へと送り出したのは、あなた。稲穂先輩」
 ただ、この夢が終わった後、信はいったいどこへ行くというのだろう。
 現実に耐えられなくて、夢の中へと逃げ込んだ信をそこから連れ出し、みなもはどこへと信を連れて行こうというのだろう。
「止め……止、めて……くれ…」
「それでも、あの時、奇跡は起こった。音羽先輩は助かるはずだった。でも……」




――助かりはしなかったんだよね……――
 闇の中に浮かび上がる一枚の絵。
「言わないで、言わないでくれ……俺じゃない、俺じゃないんだ……」
 闇の中からは、若い男の怯えきった声。
 浮かび上がった絵は、黄金色に輝いていた。
 静かな湖面に広がる波紋のように、端から順にドミノが倒れ、真実が明らかになってゆく。
 一人の少女が、ゆっくりとその身を路上へと投げ出した。
 そして、彼方からは唸りを上げて鋼鉄の弾丸が……
 もう、彼女は決して助かりはしない。
 彼女が助かりうる要素は、何一つとしてありはしなかった、筈だった……
 だがその時、奇跡は起こった。
 ドライバーの技量の為せる業か、はたまた荷台の過積載が幸いしたのか、トラックは何の障害物もなかった直線道路で横転し、横転しながらも彼女を回避したのだ。
 但しそれは、彼女の体が、予定通りのその場所に在ったなら、の話ではあったのだが……


「どんな音が、したんですか?」


 ひどく、重たい音がした。


「ぶつかったその時、彼女は?」


 なんでだろう?なんでかあいつは、笑ってたな……


「その後は?」


 気がついたら、俺は倒れてた。あいつも倒れてた。
 それから俺は、あいつを抱き締めた。
 ぼろぼろの、ぐちゃぐちゃのあいつを抱き締めて、そしてキスをして……
 看取った。最期を。
 最期の最期まで、あいつは笑顔で、俺を責めもしないで……
 俺に、俺に。
 この俺に、殺されたっていうのに!
 なんで俺を責めてくれないんだよ!?
 かおるッ!!




「おはようございます、稲穂先輩」
 暫らくの二人だけのやり取りの後、みなもが信の耳元から離れてそう言った。
「……………………」
 信は何も答えない。
 ただ遠くを見つめて、乾いた笑みを浮かべていた。
「気分はどうですか?」
 みなもが重ねて問いかける。
 彼のその疲れきった笑みは、いったい何に向けられたものなのだろうか?
「…………ぃ…………」
 小さな音がその口から、小さな雫がその瞳から、一粒ずつだけ零れ落ちた。
「し、信……君?」
 不安そうな唯笑の声。
「………ル………ぁ…ェ……」
 そして、痙攣し始める信の頬と唇。
 目の焦点が、まるで合っていなかった。
「稲穂さん……?」
 唯笑と詩音の不安が、確信へと変わろうとした、次の瞬間!
「ァ、ヒィ、ヒャハ、ハハ、ヒィヒャ、ハハハ、ヒィ〜〜ヒャッハッハッハァ〜〜!!」
 もはやそれは、言葉ですらなかった。
 瞳には光がなく、口許からは涎が垂れていた。
「イィヒィッヒヒヒ、オ、レガ……オレ、ガ……」
 単語らしき音を紡ぐと同時に、信の右手が、前触れなく振り上げられる。
「オ、オオ、オレ、オレ、ガッ、ガガガガガァアアァアアアア!!!」
 凄まじい勢いで振り下ろされた右手が、手近な窓ガラスへと叩きつけられる。
 甲高い耳障りな音がした。
 あっさりとガラスは砕け、破片が信の右腕をざっくりと切り裂いていく。
 冗談のように鮮血が飛び散ってゆく。
 信の右手が更に振り上げられる。
 同時に、常軌を逸した大音量の金切り声が、校舎中へと響き渡る。
 直後、重たい物同士が打ち付けられる鈍い音。
 信の右腕の間接が、一つだけ増えていた。
 止めに入る、女三人。
 それらは皆、あっさりと薙ぎ倒される。
 またも響き渡る奇声と、狂声と、悲鳴と、怒号。
 飛び散り舞い踊る、鮮血と、肉片と、骨片。
 信は延々と自らの右手を振り回し続け、そして慟哭し続けた。
 余りに凄惨過ぎて、どこか浮世離れした光景のその中で、とある一人の少女は、一本の傘を差していた。
 眩しいほどに真っ白なその傘は、辺りの光景などどこ吹く風と、くるくる、くるくると、ゆったりのんびり穏やかに廻っていた。
 廻り続けるその傘は、やがて赤黒い汚れで斑模様になっていった。
 延々と廻り続ける、白くない傘を持ったその少女は、誰よりも優しげに、そして哀しげに、ゆっくりと詩を口ずさんでいた……




――絶望と還ろう――
――悪夢へと還ろう――
――悪夢が絶望を生み――
――絶望はまた悪夢へと還る――
闇の中に響く、少女のような、少年のような声
その闇の中、絶望を知った少年が堕ちていく
女の子に抱き締められた少年は、涙を流しなら堕ちていく
どんどん、どんどん、堕ちていく
絶望という名の、深淵なる海の底へと
悪夢が待つ、闇の底へと……
少年と少女は歌う
哀歌を……
――絶望と還ろう――
――悪夢へと還ろう――
――悪夢が絶望を生み――
――絶望はまた悪夢へと還る――




――さようなら……――





>>二十二章へ




あとがき

 ども、皆さん、こんにちは!!メモオフナイトメア第二十一章「上がらない雨」をお送りいたしました〜〜。さてさて、前章の壊れモードから、さらに壊れてもう、逝きまくりの信君。彼はこの後、どうなってしまうのでしょう?
ああ、なんて可哀想な少年なんだ。よよよ〜〜(T-T)
 な、なんだか、後ろの方から「お前が書いてんだろうが、お前がっ!!」って無言のプレッシャーが感じられますのでこの件はこの辺で。(^^;
 ところで、本章は音の表現にけっこうこだわったのですがどうだったでしょうか?以前から視覚的描写はともかく、聴覚表現が甘いとのご指摘があったのですが、なんやかんやでずっと先送りにしてきたものですから、今回は、落雷や、ドミノなど、擬音での表現を全排除してやってみたんですよ。正直、パクリ臭いと言うか、パクってるんですが(爆)それなりに上手く表現できていれば幸いです。
後、特筆すべきといえば、小夜美さんがついにまともな役回りをGETしたってぐらいでしょうか?(苦笑)
それでは、次回第二十二章も、是非、よろしくお願い致します!!(^o^/~~~~~



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