----- レジェンド・メイカーズ!! -----
第4章『過去に囚われた想い』
作:メンチカツ

その5


「マリアも帰っちゃったし……どうしよっかなぁ」
 シーナ、ショーン、マリアは、研究所の配慮により一時的に家に帰らせたと言っていた。今日は自分が帰れると思っていたのだが、当ては外れた。
「うー……つまんない!」
 つまり、この部屋には今、シャルル一人しかいないのである。自分以外に音を立てているのは空調ぐらいだ。
「……みんな今何してんだろ」
 一人で過ごすには、この部屋はあまりにも広すぎた。その広さは、空調によって快適な温度に保たれているのにもかかわらず、寒々しさを感じさせる。空調の空気を排気する無機質な音が、シャルルの孤独感に拍車をかけているのも確かだ。明日の朝起きても、挨拶を交わすものはいない。きっと今日は、オールドアニメで夜更かしする事もなく床につくことだろう。
 そんな事を考えていたときだった。
 コンコンッ
 静まり返った部屋にノック音のインターホンが鳴り響いた。
「こんな時間に誰だろう?」
 そんな風に言葉にしてしまうのも静か過ぎる部屋を紛らわすためであり、シャルルが孤独感を感じている証拠だった。
 だが、いままでFBIの誰かが尋ねてくることはあったが、それも昼から夕方の事である。夜に誰かが来た事など一度もない。一体誰なのか?
「すまんの、シャルル。一人でつまらんじゃろうと思ってな、ちと付き合わんか?見せたいものがあるんじゃ」
 突然の夜の来訪者は、マドックだった。一人でする事もなく、気を紛らわすのに丁度いいと思い、マドックに付き合う事にした。

「ところでさぁ、見せたいものって何?」
 研究所へと続く連絡通路を二人で歩いて行く。他の研究員達を気遣っているのか通路の明かりは消したままで、あたりは月の光が照らす明かりのみ。もちろん二人以外には誰もいない。一瞬通路の壁が動いたような気がしたが、気のせいだろう。壁が動くわけがない。
「フォッフォッフォ、着いてからのお楽しみじゃよ」
 シャルルはマドックの後ろを歩いているので、マドックがどんな表情をしていたのかはわからない。隣を歩いていたとしても暗くて表情を読み取りきる事は出来なかっただろう。
 程なくして、1階の研究所のあの赤い扉……入り口から五つ目の研究室に着いた。
「さぁ、ここじゃ。中に入ろうかの」
 マドックが扉を開け、中へと入って行く。シャルルも続いて中に入った。
「……あれ?」
「どうしたんじゃ?」
「ここってあの赤い扉の部屋だよね?」
 シャルルは違和感を感じていた。
「それがどうかしたかの?」
 この部屋に入った瞬間から。
「だって……扉が一枚しかないよ?」
 そう、前に一度説明を聞き、赤い扉の研究室にもシャルルたちは入った事がある。が、今日の午前中に入ったときは、赤い扉を開けた後、いつも通りさらに二つの扉があったはずだ。暗くてよく分からないが、この部屋に入ってから扉を開けた様な気配は無かった。
「お前さんに早く見せたくての、開け放しといたんじゃ。それよりもちゃんと入り口の扉は閉めておいてくれんかの?」
「う、うん……わかった」
 どうもおかしい。意識ははっきりしているのだが、思うように体が動かない。まるで水の中を歩いているような感じだ。
 そういった良く分からない不安もあったが扉を閉めた部屋の中は真っ暗で、こんなところに置いてけぼりはもっと嫌だった。しかし、マドックは歩き出している。しょうがないのでシャルルは、マドックの着ている白衣の裾を掴みながら着いて行った。
 しばらく歩くと、マドックが立ち止まった。
「ここから地下へいくのじゃ。え〜とボタンは……これじゃこれじゃ」
 マドックがボタンを押したのだろう。機械音が響き、少し明るくなった。床の一部が開いていて、一定の間隔で薄い灯りがともっている。
 それから幾度か右折左折を繰り返し、さらに地下へと下りながら、マドックはある部屋の前で止まった。
「さぁ、ここじゃ」

 一方daikiたちは稚叉の応急処置を終え、<エイプス>に連絡を取っていた。
『こちら<エイプス>。良くやったな、フリー・バード所長といろいろ有益な対談が出来た』
「それどころじゃない、緊急事態だ!ここは何かがいる。危険レベル特Aクラス。稚叉が透視の最中に、目を……潰された」
『なに!?稚叉は大丈夫なのか!?』
「ああ、両目は失明、透視も出来ないが、遠視は出来るようだから周囲の確認は大丈夫だ。両目の治療は応急手当してある」
『そうか……では、至急規村を完全武装のヘリで向かわせる。そこを動かずに、迎えに来るのを待て』
「……いえ、調査を続けます」
『何?』
「稚叉は、目を潰される前に声を聞いたと言っていました。『私の計画を邪魔するものは許さない』と」
『計画……?』
「はい。それが何かは分かりませんが……嫌な予感がするんです」
『……そうか、分かった。だが決して無茶はするな』
「了解」
 daikiは通信を終えて、通信機能付きの腕時計を通常機能に戻す。
「稚叉、大丈夫か?」
「へ、このくれぇ大丈夫だ。そろそろ行くか?」
「あぁ、こっからは手加減なしで行くぞ」
「おうよ、俺を怒らせるとどうなるか……よぉく教えてやんなんきゃな」
 二人は部屋を飛び出し、研究施設へと向かった。

「フリー・バード所長、これは一体どういうことですか?」
 ここはFBI本部の、特殊戦技能力部隊指揮官の<エイプス>の部屋だ。
「研究所で何が起こっているのか……私にもわかりません」
 研究所の実質上の最高権力者であるフリー・バード所長ですらわからないという。だが、それを簡単に信じるようでは、ここで働く事は出来ない。
「とりあえず、あなたと同行した規村を完全武装のヘリで向かわせます。危険がある以上研究所にも被害が出ると思いますが……よろしいですね?」
 しかし、無駄に話を長引かせる事も出来ない状況であると判断し、強行手段に出るつもりなのだろう。
 研究所への被害とやわらかい言い方をしているが、強行手段……すなわち研究所の完全破壊である。
「……はい、研究所に危険があると分かった以上、しょうがないでしょう。……ですが、一つお願いがあります」
「お願い?」
「私も同行させてください」
「……ふむ」
 フリー・バード所長の申し出に、考え込む<エイプス>。その様子を見たフリー・バード所長は、決断を迫るようにもう一言付け加えた。
「私ならば研究所の内部を大体把握しています。何か手伝える事もあるはずです」
「……分かりました。ですが、今回は私も同行します」
 必死に頼み込む姿に、<エイプス>が折れた。しかし、<エイプス>としてはまだ信用してはいけない範囲だ。そのため、一つの条件を出した。
「もしも変な動きをした場合は……わかりますね?」
「……はい」
 こうして話し合いは終わった。となれば後の行動は早い。FBI特製の腕時計を通信モードに切り替える。
「規村、準備は整っているか?」
『OKです』
「よし、私とフリー・バード所長も同行する。乗り込み次第出発だ」
『了解』
 まさにその数分後、ヘリは飛び立った。

「さぁ、中にお入り」
 行き着いた場所は研究所最下層の地下9階。たった一つしかない部屋。部屋の前でなぜか照明の明かりを消すとその扉を開け、マドックが中へ入るよう促す。ここまできていまさら引き返すわけにもいかなく、シャルルは促されるままに中へと入った。
 中は細長くトンネルのような感じで、もちろん照明は点いていない。横幅は人が5人並べる程度で奥行きは10メートルほど。横に何かがぶら下がっているが機械の類だろうか?油が滴っているのか液体が落ちる音がする。その部屋の一番奥にたった一つモニターが置いてあり、何かを映し出している。何が映っているのかはまだ分からない。この部屋の明かりは、このモニターの放つ光だけだ。
「見せたいものってあれの事?」
「そうじゃ。さぁ、わしからの贈り物じゃ」
 シャルルは服を汚さないように、横にぶら下がっているものに当たらないよう真ん中を歩いて奥へと進んだ。
 そしてモニターの正面に立つ。
「え?これって……パパ、ママ!?」

 daikiたちは連絡通路を走り抜け、1階の通路……赤い扉の前まで来ていた。
「よし、行くか、稚叉」
「まて」
 意気込むdaikiを制止する稚叉。
「どうした?」
「……こっちじゃねぇ。右隣の部屋のはずだ」
「なに?だが、赤い扉はここだぞ?入り口から……四番目の研究室だ」
 そう、最初の日、いかにもといった怪しい雰囲気を出していたこの部屋を、彼らはチェックしていたのだ。だが稚叉は、右隣の普通の扉の研究室だと言う。先ほど調査した部屋も赤い扉の部屋だったというのに。
「だが、俺の記憶は右隣の部屋を示してる。どうすんだ?俺を信じるか?お前に任せるぜ」
 考えるまでも無かった。daikiは稚叉のその能力を信頼している。なぜなら、稚叉の透視や遠視の能力は、人間であれば誰でも持っている『空間把握能力』によるものだからだ。
 空間把握能力……それは、物体の立体的な座標を正確に把握する事が出来る能力である。スーパーで買い物をした客やコンビニの店員が、たくさんの商品を小さめの袋に綺麗に納めていることがたまにあるが、それはどの商品をどの順番にどのように置いていけば袋に収まるかが分かるからだ。稚叉の場合、その空間把握能力がずば抜けているのである。稚叉の透視や遠視は、空間把握能力の延長線上のものなのだ。それはつまり、この研究所内で通った事のある場所を完全に記憶していると言うことだ。
「よし、稚叉を信じよう。……行くぞ!!」
 そういって全身に力を溜め込んだdaikiは、電子ロックをされているその扉に、パワー全開の拳を叩きつけた。
「うお!」
 daikiのそばにいた稚叉は、殴りつけた轟音に耳をふさぐ。扉は完全に引き剥がされ、彼方へと吹っ飛んで行った。
「おい!ちっと派手すぎやしねぇか!?」
「なぁに、どうせばれてるんだ。関係ないさ」
 堂々とそういいのけたdaikiは、闇に包まれた研究所の中へと入って行った。
「……ったく、もっと潜入する雰囲気ってのを大事に出来ないのかねぇ」
 稚叉は肩をすくめながら呟き、daikiの後を追って走り出した。

「パパ!ママ!」
 モニターに映し出されていたのは、どこかの道を走っている車の中に乗っているシャルルの両親だった。久しぶりに見る両親の姿に、シャルルの顔も自然と緩んでくる。
「どうじゃ?久しぶりに見る両親は。そのスイッチを押せば話すことも可能じゃよ」
 マドックのその言葉に、早速スイッチを押すシャルル。
「パパ、ママ、私!シャルルだよ!」
 シャルルがそういうと、モニターの中の両親が驚いたように動いた。そして運転手と、何事か話し始める。
「い、今の声って、シャルル!?ねぇ、あなた!」
「あ、ああ……運転手さん、こっちから話す事は出来ないんですか?」
「ええ、通話可能状態ですよ。ご両親の今の声も届いてるはずです」
 そんな、ほほえましいやり取りが聞こえてくる。
「シャルル、元気だったか?」
「うん、元気だよ!」
「ちゃんと、ご飯は食べてるの?体調は崩してない?」
「うん、ご飯も美味しいし、風邪とかも引いてないよ!」
 シャルルの目元に、うっすらと涙が浮かぶ。よほど嬉しかったのだろう。
「どうじゃ?シャルル、気に入ってもらえたかの?」
「ありがとうマドックさん!さいっこうのプレゼントだよ!」
 それからシャルルは、久しぶりの両親としばらく会話を続けた。どうやらシャルルを帰すわけにはいかなく、両親をこっちに連れてくる事になったそうで、車はその途中なのだそうだ。
 一通り話を終え、会話が一段楽した頃。
「……そろそろじゃな」
 そう呟き、シャルルに話しかけた。
「そういえばシャルル、他にもプレゼントがあるんじゃ」
「え?他にも?」
「そうじゃ、よぉくモニターを見てるんじゃぞ?」
 シャルルは言われるがまま、モニターを見つめる。そう、怪しんだ事もあったが、無理をしてでも両親に合わせてくれた。その事がマドックを信じさせていたのだ。
 マドックが、暗く、冷たく笑っている事にも気付かずに。
「……さぁ、計画発動といこうかの」
 マドックはシャルルに聞こえないよう小さく呟くと、隠し持っていたスイッチを押した。
 その直後である。信じられない光景がモニターに映し出された。
 轟くような爆音を上げ、突如車が爆発、炎上したのだ。
「…………」
 あまりに突然に起きた光景に、シャルルは硬直した。だが、通話モードになっているので、スピーカーからモニターの向こう側の状況が生々しく聞こえてくる。
「……え?」
 炎は車全体を包み、車体はすでに完全に止まっている。
「……うそ……でしょ?」
 荒れ狂う炎は今もなお轟々と燃え盛り、音となって現実である事を伝えてくる。
「……い、いや……いやよ……」
 炎に包まれたタイヤがころころと転がり、しばらくして倒れた。
 まるでそれが合図だったかのように……研究所にシャルルの悲鳴が響き渡った。
「いやああああああああぁぁぁぁぁぁあああぁああああ!!」
 悲劇の幕開けである。

「こう暗くっちゃ思うように進めねぇな」
「まったく、照明まで所員確認が必要とはな。思っても見なかった」
 愚痴を吐きながら地下3階の研究所通路を、暗闇の中探りながら歩いていた。
「透視だけじゃなくて遠視も暗闇の中で視えるように修行したらどうだ?」
「無茶な事言うな!こっちゃぁてめぇと違って元からの能力なんだよ」
 先頭を歩いているのは稚叉。二人は手を繋ぎながら歩いていた。……念のために言えば、はぐれないためである。
「おっと、ここら辺に……あったぞ、地下4階への階段だ」
「……ほんっと稚叉って勘がいいな」
 そんな事を言いながら階段を下りて行く二人。両目を失明したせいか、稚叉は他の感覚が鋭敏になっていた。そのせいか、初めて来る場所にもかかわらず階段がある場所をここまでは正確に当てていた。
「つーかそんな事言うんならよぉ、daikiこそ素手でダイヤモンドでも砕けるように修行したらどうだ?」
「……む、それは厳しいな」
 なにやらやろうと思えば出来るとでも言いたげな答えを返すdaiki。こんなことを言い合っているのも、ともすれば焦りそうな心を落ち着けるためなのだろう。
 二人がそんなくだらないやり取りをしているときだった。
(いやぁぁぁぁぁぁ…………)
「……いまのは……」
「シャルルだ!……畜生、懐中電灯かなにかねぇのかよここはぁ!」
 シャルルの悲鳴が聞こえてきた。どこに居るのかはわからないが、ここまで響くくらいだ。相当大きな悲鳴だったのだろう。二人の心は焦っていたが、あたりは暗闇で、走るわけにはいかない。
 結局、はやる心を抑えながら、闇の中を探って歩くしかないのだ。
 二人は、今の悲鳴を頼りにさらに地下へと続く階段を探しにいった。

「いやあああああああああ!!パパぁ!ママあぁぁぁあぁぁぁ!!」
 地下9階において、シャルルはモニターにしがみつきながら泣き叫び続けていた。
「くっくっく、泣き、喚き、叫ぶのじゃ。心から光も、希望も、全て消し去ってやろう」
 マドックはシャルルの後ろで、泣き叫ぶ姿を眺めながら嗤っていた。
「……く……くぅ……うっく」
 シャルルはしばらく嗚咽をこらえると、唐突にマドックに掴みかかった。
「ちょっとぉ!どういうつもり!?なんなのよぉ!!」
「プレゼントといったじゃろ?」
 シャルルの詰問にたいし、とぼけた答えを返すマドック。
「これのなにがプレゼントだって言うの!?絶対許さないんだからぁ!!」
「許すも許さないもあるまいて。わしはお前さんの心を、感情を取り戻してやっているのじゃよ」
「感情!?なにいってんの?ふざけんじゃないわよ!!」
 いきなり変な事を言い出すマドックに、シャルルの怒りは増幅されていく。
「では聞くがの?シャルル。『何故悲しみという感情を知っておるんじゃ?』」
「…………はぁ?何わけわかんない事……」
 そこまで言った時、シャルルは自分に疑問を抱いた。確かに、今まで抱いた事のないはずの感情だったから。それをなぜ当たり前のように表現できるのか?
「そもそも、『実の親でもない者の死に何故そこまで悲しむ?』」
 そして告げられた、あまりといえばあまりに衝撃的な事実。簡単に信じられることではないが、シャルルの心は冷水を浴びせられたかのように静まっていた。
「貴様の心に封印された過去を解き放ってやろう」
 マドックの口調が変化する。それはすでに老人の声ではなく、さらにモニターの光のせいか顔が青白く見えた。
「さぁ、時はきたれり。今こそ貴様の心の檻は開かれん!過去を取り戻し、闇に染まるがいい!!」
 そして、シャルルの心の中の、光と闇とを隔てていた檻は消え失せた。

「一体どこまで続いてやがんだここは!?」
 苛立ちから壁を蹴飛ばす稚叉。だがそれは自分の足を痛めるだけの結果に終わった。
「落ち着け、稚叉。シャルルを助けるんだろ?こんな時こそ冷静に対処しなくては、助かるものも助けられなくなるぞ?」
「……ち、分かってらぁ」
 daikiの言葉に冷静さを取り戻す稚叉。
「だが、本当に広いな。今は地下何階だ?」
「……8階だ」
 先ほど取り乱した事を気にしているのか、ボソリと呟くように返答する。
 さらにしばらく歩いたところで、地下へと続く階段を見つけた。
「稚叉、この階段は……」
「ああ、最近作られたみてぇだな。造りが荒い。これで最後だな」
 今までは手すり付きの堅牢な鉄製の階段だったが、ここは手すりが無いばかりか溶接の後まで残っている。正式に作られたのであれば溶接後の凹凸は綺麗に鑢がかけられ、磨かれているはずだ。だが、この靴を通しても分かる凹凸が、最近――しかも無許可で作られたものである事が分かる。
「よし、行こうか」
「ああ」
 二人はシャルルを助けるべく、この研究所の最下層へと下りて行った。

「……なに?……これ」
 シャルルは呆然としていた。頭の中を次々と映像が過ぎていく。
 自分が生まれた本当の場所。自分を生んだ本当の両親。その両親に虐待されていた事。大嫌いな生徒しかいない学校。近所に住んでいたたった一人のトモダチ。そのトモダチが学校のいじめグループを指揮していた事。
 そして……その本当の両親に棄てられた事。
 それと共に封印されていた、数々の感情がシャルルの心の中に溢れていく。
 悲しみ、憎しみ、恨み、辛み、嫉妬、怒り……それら人間のもつ負の感情が、シャルルの心の中を荒れ狂う。
 そして最後にやってきたのは……恐怖。シャルルにとって、恐怖は傷つけられることだった。そう、過去形である。シャルルを取り巻く全ては、シャルルを傷つけてきた。肉体的にも、精神的にも。
 そして心は移り変わって行った。悲しみから苦しみへ、苦しみから怒りへ、そして怒りから憎しみへ……。
 日々憎しみを募らせ、関わるもの全ての死を望んでいたシャルルに、ある出来事が起きた。
 両親の事故死。
 生みの親の死にも、シャルルは泣きはしなかった。いや、それどころか、どこかすっきりしたような気分になり、冷たく微笑んでいたのだ。
 そしてシャルルの願いをかなえるかのように、立て続けにシャルルの周りの人間は死んでいった。
 そして最後に親友であり、シャルルをいじめていたグループを指揮していた少年が死んだとき、シャルルの頭の中に声が響いた。
(……種は植えられた)
 そして一週間の施設生活の後に今の両親に拾われ、現在に至る。
「……うそ……うそうそうそ……こんなのうそよぉ!」
 だがシャルルは心のどこかで実感していた。これがまぎれもない真実だと言う事に。
「くっくっく、どうじゃ?記憶が戻った感想は」
 口調がいつものマドックのものになっていた。だが、シャルルにそんな事を気にしている余裕は無い。
「うそ……うそようそ……そんな……だって……」
 もはやシャルルにはマドックの声は聞こえていなかった。ただただ頭と心の中に荒れ狂う記憶に混乱している。
 そんなシャルルに、マドックはさらに声をかけた。
「そうじゃ、見せたいものはまだあるんじゃ」
 そう言って、モニターの横にある大きなスイッチを押すマドック。それとともに蛍光パネルで埋められた壁に光が宿る。その光によって、辺りは明るく照らし出された。
 部屋の異変に気付いたシャルルがふと顔を上げる。
 そして……
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」

「ずいぶん長いな、この通路は」
「まったく、こっちの身にもなれってんだ」
 稚叉とdaikiは悪態をつきながら、研究所の最下層である地下9階の通路を、ただひたすら慎重に歩いていた。
「それにしても何か罠でもあるかと思ったが……」
「不気味なくれぇなにもねぇな。壁ばっかで研究室らしきもんもねぇ。まじで突貫工事かよ?」
 そう。稚叉たちが9階へと下りて以降、延々と続く通路のみで、触れている意外に滑らかな壁にも継ぎ目以外の凹凸は無い。
「……daiki、ストップ。ここで行き止まりだ」
「なに!?ここまで来て行き止まりだと!?」
 daikiたちは調査よりも、シャルルを助けるためにここまで来たのである。そして先ほどの悲鳴。早く助けなければシャルルの身が危ない。
「そう慌てんなって。扉があるんだよ。この先にシャルルが……」
 daikiを落ち着かせ、稚叉がそこまで答えたときだった。
「ん?」
「く!?」
 唐突に廊下の天井に備えられていた白色蛍光灯が眩い光を放ち、daikiの目が眩む。その光に照らし出されたのは通路の壁を成す並んだ鉄の壁と、目の前にあるドアノブ付きの扉だった。突貫工事のために精密な機械をつけた扉は取り付けられなかったのだろう。
「一体なんなんだ?」
「そんなのぁいまさらどうでもいいじゃねぇか。こっちにゃぁ都合がいいってもんだろ?」
 いままでのような1センチ前も見えないような闇の中では思うような行動が取れない。しかし、明かりが点けばこちらにも勝機がある。
「まずは扉が開いてるかどうかだな」
 稚叉が少しずつ、ゆっくりとドアノブをまわす。その感触に、稚叉がニヤリと笑う。
「どうやら開いてるようだぜ」
「こっちの準備はOKだ」
 稚叉に力強い答えを返すdaiki。そしてその時、
『うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!』
 先ほどよりも大きな悲鳴が……いや、それはもはや悲鳴ではなかった。より恐怖に追い詰められた、心の叫びである。
「おい、稚叉!?」
「わかってらぁ……往くぜ!」
 そして扉は開かれた。開け放たれた扉の向こう側で稚叉とdaikiを待っていたものは……
「な……なんなんだこりゃぁ……」
「……く、酷すぎる……」
 細長い部屋の一番奥に備え付けられた、何かが燃えている様子を映したモニター。そのそばに立つマドックに、茫然自失といった様子で座り込むシャルル。だが、彼らを驚かせたのはそこへと至る通路の両脇に並べられたものだった。
 この部屋だけはそれまで続いていた廊下とは違い、研究室らしさを備えていた。天井から延びる複数のコードやケーブル。そして何に使うのか分からない道具に、何かを計測しているであろうメーター。だが、それらに囲まれているのは……人間。首から下腹部までを切り裂かれたものもあれば、体中切り刻まれたもの、串刺しにされたもの、皮を剥がれ、その上で焼かれたものなど様々。……そしてそのどれもが、血に塗れた凄惨な姿だった。数は数十人分はあるだろう。
 その中でも稚叉たちから一番遠い、シャルルに一番近いところに並べられた人間を見たときには心臓が跳ね上がった。
「まさか……シーナ!?」
「シーナだけではない……ショーンとマリアもいる……」
 シーナたち3人の顔は、無表情だった。痛みを超え、苦しみを超え……絶望すらも超えて心を壊されたものの顔。彼女達は何を見たのだろうか?その瞳は、空虚を映すのみだ。
 普段ふざけたようなしゃべり方をし、しょっちゅう相手をからかう稚叉。長い付き合いであるdaikiや規村しかわからないことだが、その本性は以外にも心優しい。彼らは自分自身の善悪を持ち、自分の正義を護るために行動する。
自らの正義を護るため、悪と認めたものを処分するのだ。
 そんな稚叉の心が怒りに支配されるのは、1秒も必要なかった。
「マドック……てめぇか?こんなひでぇことをすんのは」
 それは冷たく、底冷えするような静かな声だった。同じくそのあまりに酷すぎる光景に怒りを覚えたであろうdaikiも、稚叉の隣でマドックを睨みつけている。
「くっくっく、いかにも。このわしが行った事じゃ」
 まるで悪びれずに、さもおかしそうに嗤うマドックの顔色はまるで死者のようである。それに対し、今度はdaikiが問う。
「一つだけ聞こう。なぜ、こんなことをした?」
「シャルルの秘めたる魔力を暴走させるためじゃよ。このクズどもで実験し、感情が高ぶったときに魔力が増幅する事はわかっておったからのぉ。シャルルに過去を教え、両親を殺しただけでは心もとなかったんじゃが、こうしてシャルルの恐怖を煽る事が出来たんじゃ。まさに一石二鳥という奴じゃの、ヒョーッヒョッヒョッヒョ!」
 魔力の増幅のための実験。そしてシャルルの恐怖を煽るため。ただ、ただそれだけのために、これだけの人数が死ぬ事を余儀なくされた。
 稚叉とdaikiは、その怒りを爆発させた。
「マドォォォォック!!貴様は許さんぞぉ!!!」
「マドック……クズはてめぇだ。……死ね」
 二人は一瞬アイコンタクトをし、駆け出した。
「くらえ!マドック!!」
 daikiが拳を振り上げ、マドックへと肉薄する。
「ふん、簡単にはやられんぞい!」
 マドックはそういい、後ろへ下がろうとする。いや、下がろうとしたマドックに、声が聞こえた。
「堕ちな」
 直後、daikiの体が消え、銃声が響いた。稚叉が引き金を引く瞬間、daikiは横っ飛びにかわしつつシャルルの体を引っ掴み、救出したのだ。彼らが激しい怒りを感じているのは確かだが、するべき事を忘れてはいない。実験台にされた彼らには申し訳ないが、今はシャルルを助ける事が最優先なのだ。私情に任せてするべき事を忘れるようでは、FBI失格である。
 稚叉の撃った銃弾は、マドックの額を撃ち抜いていた。
「あの世で罪を償え」
 daikiが呟き、放心状態のシャルルを担ぎながら稚叉と共に出口に向かって歩き出す。だが、二人が歩き出して数歩も行かないうちに小さな物音がした。二人は振り向く。
「くっくっく、そう簡単に連れて行かれては困るんじゃよ」
 額に穴を開け、血を流すマドックが立ち上がっていた。いや、モニターに寄りかかって、やっと立っている様だ。だが、眉間を撃ち抜かれて生きているなど信じられない。しかも痛みも感じてはいないようだ。
「……そろそろ茶番は終わりにしようか」
 今までモニターに寄りかかっていたマドックが、急に立ち上がる。口調も変わり、さらには体の色まで変色していく。
「……お前は誰だ?」
 daikiの問いに、青黒い色に変色したマドックが……いや、マドックの姿をした何かが答えた。
「我こそは宇宙創生の際、神の戦いより生まれし悪意。三イビルが一人、『悲しみのルシャナ』である!」
 闇と光の神々の戦いにより生まれた悪意の化身、イビルの一人ルシャナ。この時、初めて世界に顕在化した。だが、ルシャナの言っている事は稚叉たちには分からなかった。宇宙創生が神々の戦いによって生まれたと知るのは、まだまだ先の話である。
「……なにとち狂ってんのかしらねぇが、よりによって神を語るたぁな。……うぜぇんだよ。さっさと逝きやがれ!」
 稚叉のフルオート連射の銃声が轟く。計7発。集中射撃により右足は千切れ飛び、上半身がモニターにもたれかかる。だが、無くなった足の断面から黒い霧が生まれ、千切れた足を繋ぎなおす。
「……本物の化け物か?それにあの黒い霧は……」
「ああ、気配が同じ……俺の目を潰した奴だ」
 だが、ここまで非常識だとさすがのdaikiたちも打てる手は無い。早々に脱出する事にする。
「稚叉、脱出するぞ」
「あぁ、手持ちの武器も相手がアレじゃ頼りねぇ。シャルルちゃんは救出したし、さっさとズラかろうぜ」
 そういうと二人はきびすを返し、駆け出す。
「そう簡単に逃がすと思うのか?」
 呟き、マドックの体から闇を吐き出した。その闇は実験体たちに吸い込まれ、すでに事切れているはずの実験体が動き出す。
「おいおい、そんなのありか!?」
「……襲ってくるならやるしかないな。死んだ人間まで操るとは……どこまで腐ってんだあいつは」
 走りながら吐き棄てるように呟く二人。扉まであと少しというところで、実験体たちが立ち上がり、のそりのそりと動き出した。そのさまは、まさにゾンビそのもの。
「突っ切るぜ、daiki!」
「OK!」
 彼らの前に立ちはだかる実験体。daikiの代わりに稚叉がシャルルを担ぎ、daikiを先頭に駆け抜ける。
「悪いが手加減はしない……成仏しろ!」
 二人を捕まえようと迫る実験体たちを、あるいは殴り飛ばし、あるいは蹴り飛ばし、道を作っていくdaiki。マックスパワー中の彼に殴られ、蹴られたものは次々と再起不能なまでに粉砕されていく。
 そして十数体を倒したころ。
「こんな扉、軟すぎる!」
 研究所内の正式に作られた、他の頑強なセキュリティーを施された扉と違い、ここはただの鉄の扉である。daikiにとって、それはまさに紙に等しきものだった。
「ふん!」
「……お前の馬鹿力加減にゃほとほとあきれるぜ」
 鉄の扉を簡単に蹴り開けたdaikiは来る時とは違い、明かりに満たされた廊下を稚叉と共に駆け抜けて行った。
 明かりさえ点いていればこっちのものである。あのスピードでは到底追いつく事は出来ないだろう。二人は簡単に地下1階へとたどり着いた。そして1階へと続く階段を上ろうとしたときである。突如照明が消えた。
「チッ、だけどもうおせぇ!」
「さっさと行くぞ」
 一瞬立ち止まった二人だが、すぐに階段を駆け上がる。だが出口付近に急速に集まった黒い霧が出口を閉めて行く。
「俺達を閉じ込める気か!」
「……間にあわねぇ!」
 まさに後一歩というところで出口が塞がれてしまった。
 そして彼らは……暗闇の地下に閉じ込められた。

続く






あとがき

申し訳ありません、過去編最終回といいつつ終わらなかったです(汗
次で終わると思います。……多分。
秘められたシャルルの過去。
蘇ったルシャナ。
操られたマドック。
そして絶体絶命の稚叉とdaiki。
一体この後どうなるのか?
シャルルはどうなるのか?
続きを待て!!

ちょっと裏話。
マドックの名前の由来。
ここまできたからもう話してもいいよね?w
『マッド・ドクター』略して『マドック』w
いやぁ、単純ですなw
でわでわ次回レジェンド・メイカーズ!第4章その6でお会いしましょう!



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