----- レジェンド・メイカーズ!! -----
第4章『過去に囚われた想い』
作:メンチカツ

その6


 心の奥に封印されていた、知られざる過去に愕然とするシャルル。その過去はあまりに酷く、そして今の自分とはかけ離れた自分だった。そしてそれと共に蘇った数々の感情。それらに混乱したシャルルは現実を見失い、呆然としていた。
 そんなシャルルをルシャナに操られたマドックから救い出し、脱出に向かう稚叉とdaiki。そして脱出まで後一歩というところで、研究所1階へと続く階段は……彼らの目の前で閉じられてしまった。
「おい、どうする?」
「なぁに、あのスピードならあと1時間は余裕あんだろ。ま、早く脱出するに越したこたぁねぇけどな」
「確かに。だが、どうやって脱出する?」
「おめぇでもこの扉ぶち破んのは無理か?」
「そうだな……ん?」
 二人で脱出方法を相談していた時、不意に何かの気配を感じた。
「……おいおいおい、そんなんありか!?」
 階段下に現れる気配。それは複数だった。つまり……
「瞬間移動だと!?そんな馬鹿な!!」
 無限ともいえる魔力を持つ精神生命体のルシャナにしてみれば簡単な事である。魔力を物質化するほどに凝縮し、実験体を運んだだけである。しかし明かりが消され、そばにいる相棒の姿すら見えないこの暗闇の中では、ルシャナが何をしたのかなど分かるはずも無い。稚叉たちにしてみれば、まさに瞬間移動したとしか思えないだろう。
「やべぇ、こう真っ暗じゃぁ下手に攻撃も出来やしねぇぞ?」
「一か八かやってみるか……稚叉、一回でいいから扉を撃ってくれ」
「マジで言ってんのか?規村なら簡単だろうけどよ。兆弾して死にましたじゃぁ笑い話だぜ?」
「なに、どうせこのままじっとしてても殺られるだけだ。なら行動起こして死んだほうがましさ」
 どうやらdaikiは覚悟を決めたらしい。いや、彼らはその仕事の性質上いつ死ぬかわからない。覚悟なら常にしている。そう、決めたのは生き方だ。このまま黙って死ぬよりも、足掻き、抵抗して、最後の最後まで生きることを選んだのだ。すぐ傍には、死そのものが待っている。彼らの心にも恐怖が犇(ひしめ)いている筈だ。その恐怖を抑え、最後まで戦い、生き抜く事をあきらめない。その精神力の強さたるや、いかなるものか。
 間違いなく彼らは強い。そして彼らは仲間を世界中の誰よりも信頼している。
「よっしゃ、んじゃぁいくぜ、端に寄ってろ!」
「真ん中狙えよ!」
 そしてその信頼は……
「うまく当たれ!」
「ナイスだ稚叉、扉が見えた!ぶち破ってやる!」
 その強い想いは力となり……
「……く、拳がやられた」
「ちくしょう、ここまでかよ」
 時に奇跡を引き起こす。
『……daiki!?』
「その声は……まさか!」
「<エイプス>……真悟兄ぃか!?」
『出来るだけ扉に近寄って!今救出するよ!』
 そう、daikiとの通信を経て、研究所へと向かっていた規村たちがついに到着したのだ。
 その<エイプス>の言葉どおり、扉の真下の階段に身を伏せる稚叉たち。
『んじゃま、いくよ!』
 次の瞬間、光線が奔る。レーザー式熱線銃を使ったのだろうか?光線はいともたやすく鉄板を溶解させて貫通し、四角い軌跡を描く。それと共に、扉から向こう側……つまり、階段の上に当たる通路の部分がごっそりと抜け落ちる。それによって、階段の半ばまで近寄っていた実験体たちは、元は通路であった巨大な鉄板に押し潰された。こうなれば後は簡単である。daikiと稚叉は実験体たちを押し潰した鉄板に乗り、<エイプス>のいる1階の通路へと飛び上がる。
「いやぁ〜待たせちゃったね。以外にピンチぽかった?」
「いえ、隊長直々に助けていただいて……ありがとうございます」
「こら、daiki?僕も任務に参加したんだからいつもどおりに話してよ」
「真悟兄ぃ、来てくれるって信じてたぜ!」
 ピンチから逃れ、束の間の再開を喜ぶdaikiたち。
 そう、彼らを救ったのは特殊戦技能力部隊隊長、<エイプス>こと『練氣真悟(れんげしんご)』だった。隊員のみんなからは、親しみを込めて真ちゃんや真悟兄などと呼ばれている。隊長である彼の能力は『氣』を操る事だ。対象となる人間の体内を流れる『内気』という気の流れを自分の『氣』と同調させ、気の流れを治すことで病気を治したり、逆に狂わせる事で行動不能に、または死に至らしめる。そしてその『氣』を練り、放出したものを『外気』と呼び、それを操りぶつける事で対象に触れることなくダメージを与える事が出来る。彼の操る『氣』の量は桁違いに多く、放出された『氣』が目に見えるほどだ。
 真悟と一緒にいたのはフリー・バード所長だけだった。規村がいない。
 彼らはひとまず安全を確保するため、フリー・バード所長の部屋に向かった。

「シャルル!私だ、フリー・バードだ!シャルル!シャルル!!」
 部屋に着いた一行は、まずシャルルをベッドに寝かせた。部屋に着き、一時とはいえ危険がなくなった事に気が緩んだのだろう。いや、どんな危険な状況でも想いを寄せる者の身に何かあれば、何とかしたいと思うのは当然だ。この部屋に着くまで良く取り乱さなかったと言うべきだろう。
「シャルル、シャルル!目を覚ましてくれ!」
 フリー・バードのその叫びが届いたのだろうか?シャルルの目に光が戻っていく。
「……フ……リバ?」
 シャルルがその口を開く。その視線はフリー・バードを見つけ……涙が溢れていった。
「フリバ……あたし、あたしぃぃ!」
 泣き崩れるシャルルを胸に抱くフリー・バード。シャルルが泣きやむのに、それからしばらくの時間を必要とした。
 そしてシャルルは泣きやんだあと、自分の身に起きた事をみんなに話した。そのあまりの衝撃的な内容に、一同は無言になる。
 そしてしばらくの沈黙の後、フリー・バードが口を開いた。
「シャルル……今の自分は嫌いか?」
「……え?」
「一度にそれだけの過去を思い出させられたら……その辛さや苦しさ、悲しみに潰されてしまうかもしれない。自分を嫌いになってしまうかもしれない。だが、それは『過去』だ。どれだけ後悔しても、どれだけ苦しんでも……そしてどれだけ過去の自分を憎んだとしても、過去は過去だ。もう変える事は出来ないんだ。それなら……私は、私と会った時のような、明るくて純粋な君でいて欲しいと思う」
「フリバ……」
 フリー・バードのシャルルを思う気持ちが痛いほど伝わる。シャルルの瞳には、再び涙が溜まってきている。
「確かに私は実際に経験したわけでは無いから、シャルルの心を苛むものがどれほどのものかわからない。そう簡単に忘れられる事ではないとも思う。いや、忘れる事なんて出来ないだろう。……だが、それに負けないで欲しい。記憶を封印されていたとはいえ、その後のシャルルも本当のシャルルだと思うから。私は……今の君のほうが好きだから……」
「!!……うん、うん!私も……フリバのこと好きだよ!!」
 辛い記憶というものは心の深い傷となり、決して消える事は無い。だが、フリー・バードの言葉はその傷を温かく包み込み、シャルルを元気付けるのに充分だった。そして突然行われた告白に、FBIの面々は苦笑しつつも暖かく見守っていた。場の空気が次第に暖かいものになっていく。
「クックック……そうだぜ、シャルルちゃん。所長さんの言うとおりだ。『過去』よりも『今』のほうが大事だと俺も思うぜ。嫌な過去がある?いいじゃねぇか。嫌な自分を知ってれば今の自分を、これからの自分をもっと良く出来るじゃねぇか。そうだろ?」
「……うん、ありがと!ちまちま♪」
 まだまだ立ち直るというには程遠いだろうが、それでもシャルルは『今』の自分を取り戻す事が出来た。いまはそれでいいのだろう。
 そしてシャルルの所々血に汚れた服を見かね、フリー・バードは自分の服を渡した。
「こんなものしかないが……我慢してくれ」
 そういって手渡したのは、白のタンクトップと、何度か洗って程よく味のでたジーンズだった。
 そして着替え終わったシャルルがすこし気恥ずかしそうに出てくる。
「どうだ?服は大丈夫だったか?」
「うん、ありがとう。……フリバの匂いがする♪」
 きちんと洗ってあるので気持ち良い。
「気に入ってくれたのならその服はシャルルにあげよう」
 シャルルにしてみれば、これはフリー・バードからの初めてのプレゼントである。こんな状況でなければ、もっと素直に喜べただろう。……いや、こんな状況だからこそ、シャルルはその気持ちが嬉しかった。彼らに自分の過去を受け入れてもらえた気がして。
「さぁてと……そろそろ再開しようじゃねぇか。敵さんもお待ちかねのようだしな」
「そうだねぇ。それにしても何で待っててくれたのかな?」
 真悟がそういうと、扉の外から声が聞こえてきた。
『フッ、知れた事。これから貴様等は死ぬのだからな、別れは必要であろう?』
 その言葉にシャルルが怯えたような、不安な表情をする。それを見たdaikiは、シャルルの不安を打ち消すような怒声で答えた。
「貴様には悪いが、死ぬのはお前だけだ!!」
 そして……最後の戦いが始まった。
「みんな、壁の中央に一列で並んで!」
 真悟のその指示に従い、彼らは壁の中央に一列で並び、戦闘態勢を構える。シャルルとフリー・バードはdaikiに抱えられるようにして立ち、稚叉と真悟は銃を構えた。真悟が用意してきたものの一つで、弾倉連動式自動小銃だった。銃本体には50発の弾しか装填できないが、予備の弾倉と連動させる事で、250発まで連続して撃つ事が出来るという代物だ。
 彼らの態勢が整ったその時……部屋の中に気配が現れた。複数の闇が扉付近に現れ、扉を開くことなく実験体が現れたのだ。
「一体どんな手品使ってやがる……」
 稚叉のぼやきに、真悟は命令で答えた。
「稚叉!」
「了解!」
 その直後、二人の持つ自動小銃が火を噴いた。息をつく間もなく吐き出される弾丸が、実験体たちをでたらめに躍らせる。だが、敵は死人。怯む事などなく、一人、また一人と倒れて行く屍の上をのっそりと踏み砕いて迫る。
 8体ほどの実験体を倒したところで弾が尽きてしまった。そんな事はお構いなしに、実験体は次々に近づいてくる。その数残り17体。
 だが真悟は、焦ることなく次の命令を素早く下した。
「みんな、伏せて!」
 その声に全員が床に伏せた瞬間……轟音が轟いた。そう、部屋の外で待ち構えていた規村が、戦闘ヘリに備え付けられていた対要塞戦闘用の重機関銃を部屋に向けて連射したのだ。
 その弾丸は完全防音の分厚い壁をいともたやすく撃ち抜き、そのまま実験体すら粉々に吹き飛ばしていく。
 銃声が止み、瓦礫を払いながら立ち上がると、そこには立っている実験体は一体もいなかった。
「……ずいぶん派手にやったな」
 daikiがそう呟いたときだった。
「!?……daiki!!危ねぇ!」
 daikiを稚叉が突き飛ばした。そしてその直後……
「ぐあぁああああぁぁぁあああ!」
 天井の一角を崩して降りてきた実験体に、稚叉は左の肩を切り裂かれた。
「稚叉ーーーーー!!!」
 daikiは叫び、実験体を睨みつける。
 その実験体は……ショーンだった。
『クックック、シーナたち3人はな、他の実験体と違い身体能力を限界まであげてあるのだ。一筋縄ではいかないぞ』
 ルシャナの声が部屋に響いた。……マドックの死体が……先ほどの銃撃でばらばらになった死体があるというのに。シャルルなどは、その光景に声を失っている。
「なに!?貴様、何故生きている!!」
『フッ、その男が私の本体ではないと言うだけの話だ』
 ほとんどの実験体が倒されたと言うのに、いまだにこの余裕。まるでこうなることが当たり前のような言い方だった。
「daiki、今は稚叉を助けるよ!」
「く、了解!」
 そういうと真悟は、右手に『氣』を集中しだした。daikiが稚叉へと走るのと同時に、その『氣』を放つ。それは見事にショーンに当たり、吹き飛ばした。その間にdaikiは稚叉を助け出している。
 真悟たちの元に戻り、次の攻撃に備えようと振り向くと、崩れた天井の瓦礫から張り出した鉄骨に、ショーンの体は数箇所貫かれていた。もはや動く事は出来ないだろう。
 見てみれば辺りはあまりに酷い惨状だった。あらゆる壁には穴があき、調度品類は全て粉々に砕け散り、それらを血肉が満遍なく汚している。空気すらもその血生臭さに侵されていた。
「……所長さんの部屋が台無しだぜ」
 daikiに体を支えられながらも無事だった右肩をすくめる稚叉。その稚叉の体が、小さく揺れた。
 稚叉はゆっくりと振り向きながら自分の背中を見る。
「……あ?」
 ナイフが刺さっている。
 柄をしっかりと手が握っていた。
 その手をゆっくりとたどる。
 そこにいたのは……
「……うそ……だろ?」
 ゆっくりと倒れこむ稚叉。その体を、daikiが支えた。
「ち、稚叉!?」
 その背中に生えているものを見た一同の顔に、驚きが生まれる。
「……どう……して?」
 呟いたのはシャルルだった。その声には力がなく、聞き取るのがやっとの小さな声だった。
「……そんな……」
 この中で一番驚いているのもシャルルだった。それはそうだろう。稚叉を刺したのは……シャルルだったのだから。
「そんな……そんな……そんな……」
 自分の手を見つめながらパニックに陥っていくシャルル。焦ったのはシャルルだけではない。daikiや真悟も稚叉に駆け寄り、傷の具合を見る。ナイフは内臓を傷つけていて、予断を許さない状況だった。真悟はすぐさま『氣』による治療を開始した。daikiは振り返り、シャルルの様子を見る。
「…………」
 シャルルはうつむき、その表情は見えない。
「……シャルル?」
 daikiがシャルルを呼びかけたとき……その表情に変化が現れた。
「……クックック」
 シャルルの口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
「まさか……ルシャナに乗っ取られたのか!?」
「シャルルーーー!」
 それまで急な展開に呆然としていたフリー・バードがシャルルを後ろから抱きしめた。
「シャルル、頑張れ!負けるな!」
 シャルルの心を取り戻そうと、必死で叫ぶフリー・バード。だが、それに答えたのは冷たい声だった。
「貴様の出番はまだだ。消えていろ」
 直後……フリー・バードの体が吹き飛ばされ、廊下へと投げ出された。
「がは!」
 フリー・バードは血を吐き、崩折れる。シャルルのその様子から危険と判断したのだろう。真悟は稚叉の治療をいったん止め、daikiと共に逃げに掛かった。daikiはその力で稚叉とフリー・バードの二人を担ぎ上げ、真悟と共に走り出す。
「フン、どこへ逃げようと無駄だ」
 そう吐き棄てるように言うと、シャルル……いや、ルシャナはゆっくりと歩いて彼らの後を追った。

「規村、聞こえるか規村!」
 研究所を出た真悟たちは、研究所の裏へと回ってから規村と通信を試みた。
『通信状態良好、聞こえてます隊長』
「非常事態なんだ。研究所裏手に隠れてるから急いできてくれないかな?僕たちを収容後、緊急離脱。大丈夫?」
『了解、直ちに急行します』
 通信を終えると、daikiは見張り、真悟は稚叉の治療を再開する。稚叉の傷はまだ止血が終わった程度で、いまだ危険な状況に変わりはない。このまま治療を続ければ何とかなるかもしれないが、敵もそう待ってはくれないだろう。いまはこの場を逃げる事が先決なのだ。
 通信が終わってから数分。規村の操縦するヘリが到着した。
「よし、早く乗ろう」
 真悟のその言葉にdaikiが稚叉をヘリに乗せようとしたときだった。そのヘリが急に大きく動き出す。それと同時に、辺りに何かが撒き散らされる。……それは血と肉だった。何者かがヘリのテールローター(後部のプロペラ)に実験体の死体を投げたのだろう。
「daiki!」
「了解してます!」
 真悟の命令を待つまでもなく、daikiは行動に移った。稚叉とフリー・バードを担ぎなおし、真悟と共にその場を離れる。テールローターから火が上がっている。
 規村は不安定なヘリをその巧みな技術で操り、広い場所まで来たところでヘリから飛び出した。
「隊長、すみません」
 規村は真悟たちの下に来るなり、そういった。
「いや、しょうがないよ。気にしなくていいよ」
 真悟はそういったが、規村の顔からは申し訳なさそうな表情が取れていない。それはそうだろう。ここには他の乗り物はないのだ。つまり……脱出手段が現時点では無いと言うことだ。通信で呼べば来てくれるだろうが、問題はそれまで生きていられるかどうか。ヘリから逃げ出す際に武器を持ってきておいたのは幸いだった。
「……真悟兄さん」
「分かってる」
 daikiに呼ばれ、真悟もdaikiの見ているほうに向き直った。稚叉とフリー・バードはここから少し離れた倉庫の壁で休ませている。
「……だ……ダイキチ……私……私……」
 そこにいたのはシャルルだった。姿も変わらず、雰囲気も先ほどのような冷たいものはなく、いつもどおりとは行かないがシャルルのものである事は気配でわかる。
「……連れ戻してきます」
「daiki?」
 daikiはそういうと、真悟の返答も待たずにシャルルの下へと向かった。
 シャルルは涙を流していた。ルシャナに操られていたとはいえ、稚叉を刺してしまったのだから。一部隠していたとはいえ、封ぜられていた過去を聞いてもなお、自分を元気付けてくれたみんな。その稚叉をこの手が刺した。シャルルの心を、再び恐怖が覆い始めていた。
「シャルル、大丈夫か?」
「……め……ないで……」
「……何?」
「駄目ぇ!来ないで!早くはなれて!!」
 語りかけたdaikiに対し、叫ぶシャルル。
「ど、どうしたんだ?」
「早く逃げて!そうしないと……!」
「何を言ってるんだシャルル。お前を見捨てられるわけ無いだろう?」
 混乱しているであろうシャルルを落ち着かせようと、諭すように語り掛けるdaiki。だが、シャルルの言葉に全ては覆された。
「駄目なの……私が傍にいたらみんなを殺しちゃう……」
「……シャルル、そんなわけ……」
「だってルシャナは私の心にいるんだからぁ!!」
「な!?」
 daikiたちに衝撃が走った。それが本当であれば、確かに危険だ。だが、daikiたちにそれが本当かどうかを知るすべは無い。
「シャルル、落ち着くんだ。吹き込まれただけかもしれない。ルシャナの事は放っておけ!自分を取り戻すんだ!!」
 daikiは動揺しながらもシャルルの肩を掴み、言い聞かせるように叫ぶ。そう、このときdaikiは、動揺していた。
「……はっ!?」
 daikiが振り向くと同時に銃声が響いた。そこには……マリアがいた。二つの豊かな乳房を隠そうともせず、血に汚れ、変色した肌を露にしながら。その手に握られた拳銃からは硝煙が立ち上っている。
「……チッ!」
 daikiは舌打ちをし、その場を飛び退る。
「助かった、規村」
「……フン」
 そう、遠距離から発砲したマリアの銃弾を、規村が撃ち落としたのだ。こんなことが出来るのは規村だけである。規村と真悟がdaikiに駆け寄った。
「そろそろ終わらせなきゃね」
 呟く真悟は両の手を軽く握り、その中に青い光を生み出す。
「…………」
 瞳に何も映さず走り出すマリア。真悟たちほどではないが、普通の人間よりも早い。そしてまるで消えるかのような速さで跳躍する。ざっと10メートルほどだろうか?人間とは思えない跳躍力だ。そのまま上空で銃を構える。
「撃ち落としてやる」
 daikiが懐から拳銃を出し、狙いをつけようとする。
「散って!」
 真悟の鋭い命令が聞こえた。即座にその場を離れる規村とdaiki。3人がいなくなった空間を、銀光が疾った。
「……シーナか」
 そう、突如3人を襲ったのは、美しいプロポーションを備えた裸体を露にしたシーナだった。彼女も血に塗れてはいたが、その美しさのせいか理性を狂わせるような危険な魅惑がある。だが、その魅惑も打ち消す異常がその体には刻まれていた。数々の傷……そして3人を襲った武器でもある、指の変わりに埋め込まれた細身の鋭いナイフ。短い間とはいえ共に過ごしたことのあるdaikiは、その姿を見て激昂した。普段冷静で必要以上の事しかしゃべらない規村でさえも、怒りを理性で無理やり抑え込んでいる状態だ。
 そこへ上空から下降しながらマリアが拳銃を乱射してくる。3人はその全てを避け、再度集まった。マリアはその間に撃ち尽くした拳銃を棄て、シャルルの元へと走る。シーナはすでにシャルルの傍らにいた。
「シャルル……今助けるぞ」
「……駄目……お願いだから……私を……殺して!」
『!?』
 daikiに対するシャルルの返答を、真悟たちは一瞬理解できなかった。そしてその意味に気付き、真悟が問う。
「どうしてそんなことをいうのかな?」
 すこしの沈黙の後、シャルルは語りだした。
「私は全てを知ったから……。みんなに思い出させられた過去を話したけど、一つ言ってない事があるの」
「……話してないこと?」
「そう……両親が事故死したっていったけど、私はそれを見てるの。親の乗った車に衝突した、相手の車の……運転席で」
『な、なに!?』
 シャルルから語られた過去の真実。だが、それだけではなかった。
「私、笑ってたわ。憎くて憎くてしょうがなかったから。他の人たちもそう。いじめっ子も、友達だと思ってた人も、みんな私が自分の意思で殺したの」
 殺されたのと殺したのとでは、意味合いがまったく違ってくる。心に受ける衝撃も、その傷の深さも。そして……人に与える印象も。嫌われるのが怖くて話せなかったのは分かる。だが、今になって何故?
「そしてその全ては……ルシャナの計画だったの。私の周りの人間の心を操って、私に人間に対する憎悪を抱かせて……その間にニューハーレムの人たちの心の悪意を吸収して、みんなを善人に仕立て上げた。記憶を封印されて何も知らない私をニューハーレムの人間に引き取らせて、今の私を『造った』の。……記憶と共に全ての負の感情を封印されて、人の汚い部分を何も知らない、穢れの無い心を持った私を」
 離れたところで聞いていた稚叉は、吐き気がした。人間を何だと思っているのか?一体何のためにそんな事をするのか?
「ルシャナは……何故……そんな事を?」
 怒りのせいか、聞くdaikiの声が震えている。そして……
「ルシャナは魔王なんだって。神様の悪意から生まれた魔王。人間は神様が創ったらしくて、その神様を馬鹿にするために私を造った。神様が創った世界を、神様が創った人間に壊させるために……」
 そこまで言った所で、シャルルの表情が変わった。冷たく、禍々しく、そしてさもおかしそうに。
「クックック、貴様らに分かるか?この悦楽が。奴の創りし世界を奴が産み落とした人間の手で滅ぼさせるのだ。分かるか?これは一つのゲームなのだよ。奴の創ったものをこの私が作り変え、破壊することで私もまた神であると言う事を思い知らせてやるためのな」
 もはやdaikiたちには理解できない話だった。いや、理解したくも無い。世界を滅ぼすことをゲームだと言う。そのゲームのためだけにシャルルは人生を狂わされたのだ。
「安心しろ。今言った様に、人間の手でこの世界を滅ぼさなくてはならんからな。この娘の心を洗脳し終わったら私は眠る。力を渡してな」
 シャルルの表情がシャルルのものに戻った。両の目からはとめどなく涙が流れている。
「……ね?わかったでしょ?私は……生きてちゃいけないんだよ……」
 そういって、シャルルは微笑んだ。涙に彩られたその笑顔は、あまりに哀しく、そして儚かった。
「……ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 daikiの咆哮が轟く。悲しみが怒りを超え、ルシャナに対する憎悪へと変わる。隣にいる真悟と規村の表情も、怒りに染まった。
 話は終わったのだろう。それまでじっとしていたシーナとマリアが走り出した。真悟と規村は横っ飛びに避けたが、daikiはゆらりと顔をあげ、睨みつける。高速で接近するシーナに全力のパンチを放つdaiki。だがシーナはそのパンチを掻い潜り、後ろに回る。怒りで理性を失ったdaikiの攻撃は、隙だらけだった。後ろに回りこんだシーナは、左手に埋め込まれた5本のナイフをdaikiに突き刺す。
「……ぐぉあ!!」
 daikiが悲鳴を上げる。シーナはすぐさまナイフを引き抜こうとしたが、daikiはその持ち前の筋肉で締め付けそれを抜かせず、右手で無理やりシーナの首を掴んで投げ飛ばす。結果、シーナは左腕の根元から千切り飛ばされた。
 daikiは背中に刺さったままのシーナの左腕を引き抜くと、それを棄てて投げ飛ばしたシーナの後を追った。
「うおおおおおおおおお!!」
 そのdaikiに向かってマリアが右手の指を伸ばし、構える。その直後、銃声に似た音を立ててマリアの指が撃ち放たれた。
「なに!?」
 一瞬怯んだdaikiだが、マリアの攻撃をことごとく規村が打ち落とす。
「……助かったぜ!」
 daikiは規村にそういうと、さらに加速してシーナへと向かう。同時に攻撃を終えたばかりで態勢の整っていないマリアに向かって真悟が走った。両の手に『氣』を生み出し、マリアへと肉薄する。それに対してマリアは後ろへ飛びのき、左手を構えた。そして銃声。
「……甘いね!」
 真悟は左手の『氣』を爆発させ、マリアの指弾をそらし、右手の『氣』を叩きつけた。爆発音が響き、マリアが吹き飛ばされる。辺りはもうもうと煙が立ち込め、視界が遮られた。
「手ごたえはあった……終わりだね」
 呟く真悟。だが、その煙の中に人影が立ち上がる。もちろんマリアだろう。次第に煙は晴れていき……
「……なに!?」
 そこに立っていたのはやはりマリアだった。腰辺りの皮膚はごっそりと消えていて……代わりに銀色の骨格が覗いていた。
「……一部機械の体に改造されてるのか……どこまで人間を冒涜すれば気が済むんだ!!」
 真悟は叫び、先ほどよりも大きな『氣』を生み出して再びマリアの元へと走った。

「今楽にしてやるぜ!」
 シーナへと肉薄し、その豪腕を振り上げるdaiki。だが、シーナの体が闇に包み込まれる。そしてdaikiの拳が当たろうと言う瞬間……daikiは拳を止めた。
「な……シャルル!?」
 そう、シーナが瞬時にシャルルと入れ替わっていたのだ。その直後、左腕に激痛が走った。
「ぐぅ……くっそぉ!」
 真後ろに現れたシーナに左腕を切り落とされたのだ。後ろにいるシーナを睨みつけるdaiki。
「……!?……ごふ」
 シーナに気を取られているうちにルシャナに操られたシャルルに腹を刺され、血の塊を吐いた。
「だ……ダイキチ?」
 シャルルの呆然とした声が漏れる。地面に崩れ落ちたdaikiの首にシーナの右手に埋められたナイフが振り下ろされた。だが、daikiの首にナイフが届こうと言う瞬間……シーナの体が吹っ飛んで行く。
「……へ、へっへっへ……どうしたよ?daiki。もう終わりか?」
 そう、そこには小機関銃を構えた稚叉がいた。傷口が開いたのか新たに血が染み出している。
「……くっ……ぐぅ……」
 何とか立ち上がろうとするdaiki。だが、激痛のあまり右腕だけで体を支える事が出来ない。
「……どうしたdaikiぃ!シャルルを助けるんだろうがぁ!!」
 稚叉の絶叫がdaikiの心を奮わせる。激痛をこらえながら再度立ち上がろうと試みるdaiki。シャルルは手を貸そうとするが、体が言う事を聞かない。そしてそんなシャルルの傍らを、何者かが通り過ぎた。シーナである。体に無数の穴を空けながらも再び立ち上がり、daikiに攻撃をしようとする。そしてその振り下ろされたナイフが、肉を切り裂いた。辺りに飛び散る鮮血。それを見たdaikiが、顔を上げた。
「……なにいつまでも休んでんだよ……さっさと終わらせて帰ろうぜ?」
 シーナが切り裂いたのは、daikiを庇った巷の背中だった。傷は深く、明らかに致命傷である。
「……稚叉?」
 その稚叉に向かい、シーナのナイフがさらに突き刺さる。
「……ゴフ……」
 daikiの目の前に稚叉の鮮血がぼたぼたと落ちていく。そして引き抜かれるナイフ。支えを失った稚叉の体は、その場に崩れ落ちた。
「……稚叉ぁああああああああああああ!!」
 その瞬間、daikiから全てが消えうせた。激痛すらも感じない。理性が消えうせ、動物的な本能による殺意の衝動。それだけが全てだった。
「ガアアアアアアアアア!!」
 勢いをつけて飛び出したdaikiの右腕が、シーナの腹を突き破る。そのまま右腕を横薙ぎに一閃し、シーナの体が二つに千切れ飛んだ。
「ウオオオオオオオオオオオ!!!」
 天に向かって咆哮するdaikiの体に、マリアの指弾が撃ち込まれた。daikiはマリアを睨み据え……そのまま崩れ落ちた。

 真悟は右手に集中させた『氣』を携え、マリアへと疾走する。マリアは左手を真悟に向け……指弾を発射した。
「……な!?」
 もう指弾はないと思っていた真悟は慌てて『氣』でカバーするが、かわしきれずに2発を左腕に受けてしまった。隙を逃さずマリアが迫るが、そのマリアに規村が発砲する。しかしマリアはそれをものともせず突っ込んで行く。
「簡単にはやられないよ!」
 真悟は右手に『氣』を生み出し、マリアの手前の地面に打ち放つ。『氣』は爆発し、大地をえぐりながらマリアを吹き飛ばした。
 その時だった。
「稚叉ぁああああああああああ!!」
 daikiの絶叫が響き渡った。
「!?」
 その声に振り向く真悟。その目に映ったのは地に倒れ付す稚叉だった。そして、目をそらしたその一瞬は、致命的な隙だった。マリアは両手を構え、合計10発の指弾を放ったのだ。弾丸を装填しなおした銃で規村も指弾を撃ち落とそうとしたが、いかんせん量が多すぎた。規村が打ち落としたのは7発。残りの3発が真悟の体に撃ち込まれる。
「……うぁ!?」
 よろめく真悟。そこへ走りこむマリア。そこへ覚悟を決めた規村が疾走する。真悟はよろめきながらも『氣』を練ろうとする。だが、激痛でうまく『氣』を練る事が出来ない。
「……は!?」
 顔を上げればそこには、指弾の変わりに指からナイフを生やしたマリアが腕を振り上げていた。
(殺られる!)
 真悟がそう思った瞬間、マリアに追いついた規村が横から飛びついた。バランスを崩したマリアは規村と共に吹っ飛び、転がっていく。
「規村!?」
 規村は手にしていた手榴弾をマリアの金属の骨格が覗いている痕に捻じ込み、さらに骨格の奥へと潜り込ませる。
「やめろ!やめるんだ規村ぁ!!」
 規村はマリアが動けないよう押さえつけながら真悟のほうをちらりと振り向き……
「……後は頼みました」
 そう呟いた。
 その直後。大気を震わせる轟音と共に、規村とマリアは爆発の中に消えた。
 呆然とした表情で真悟は辺りを見回す。血の海に倒れ付す稚叉とdaiki。二つに千切られ、動かないシーナ。そして散乱するマリアの金属骨格と爆発で開いた地面の穴。
 その視界の隅で、動くものがあった。真悟はそちらへと振り向いた。そこには、呆然と佇むシャルルへと、銃を片手に歩み寄るフリー・バードの姿があった。

 フリー・バードは拳銃を構えると、シャルルの額に焦点を定めた。銃とシャルルの額は10センチも離れていない。引き金を引けば、どんな素人でも決して外さない距離だ。
「……シャルル」
「……フリバ」
 互いは愛するものの目を見つめ合う。そのまましばらくの沈黙。二人の心には、どんな想いが交わされているのか?やがて口を開いたのは、シャルルだった。
「……撃って……フリバ」
「…………」
 フリー・バードは何も言わない。
「私は……生きていちゃいけないんだよ……」
「…………」
 いや、何も言えないのだ。
「このままだときっと……私はあなたまでも殺してしまう……」
「…………」
 彼の心は、その両の目から溢れる涙と、悲しみに歪んだ表情に表れていた。
「……フリバに殺されるなら……本望だよ」
「……シャルル!」
 シャルルのその言葉に、吐き出すように呟くフリー・バード。
「殺して!お願いだから……私を殺して!!」
「シャルルゥ!」
「もう嫌なの……辛いの苦しいのぉ!!」
 涙を溢れさせながら哀願するシャルル。その叫びは……あまりにも切なく、哀しかった。
「シャルル……また……次の世界で会おう……」
 フリー・バードはフッっと微笑むと、そう呟いた。
「……いや、ここでお別れだ」
 シャルルは自分で何を言ったのか分からなかった。まるで口が別の生き物のように……勝手に動いたのだ。
「……ぐ……っはぁ!?」
 daikiに千切り飛ばされたシーナの左腕が、フリー・バードの背中に突き刺さる。
「……シャ……ル……る……」
 フリー・バードの体がシャルルに覆いかぶさる。シーナの指から生えたナイフは、フリー・バードの心臓を貫いていた。
「……フリ……バ?」
 何が起こったのかわからない。一体何が起きたのか?なぜフリー・バードは倒れているのか?なぜ、フリー・バードは死んで……
「!!」
 その瞬間、シャルルの心は闇に沈んだ。今まで何とか堪えていた心の防波堤が一気に崩れ去り、闇の激流がシャルルの心を流して行く。
「GAAAAAAAAAAAAA!!!!」
 シャルルの体から黒い光が溢れ、天を貫くように立ち上る。そのあまりに巨大な力に大地が揺れ、研究所が震え、崩れて行く。
 そして……その勢いのままにシャルルは黒い光と共に空へと消えて行った。
 それから数百年にわたり、ルシャナはシャルルの心を洗脳していった。
 お前は人殺しなのだと。
 人が人を殺すのだと。
 大切なものを奪うのは人だと。
 大切なものを壊すのは人だと。
 ならば……人を滅ぼせばいいのだと……。
 神々が戦いの末に生みだした宇宙。数多の惑星と、星々に彩られし静寂。
 その死に似た空間に……声が響いた。
「……私はルシャナ……悲しみを司る者。……この心に従い……人類を滅ぼす」


終わり







あとがき

 余談ではあるがその後、唯一生き残った特殊戦技能力部隊隊長である練氣真悟の報告により、魔力の存在が知られ、やがて魔法という存在が世界に広まって行った。
 その事件を気に練氣真悟はFBIを退職し、都心から離れた田舎の一軒家で静かな余生を過ごしたと言う。


いつものあとがきw
お待たせしましたレジェンド・メイカーズ第4章その6過去編最終話。
当初全員死亡予定でしたが、や、真悟さん生き残りましたw
ちまたさん、daikiさん、木村さん、真悟さん、フリバさん、御出演ありがとうございました!
これからもよろしくです!(意味深w)
さて、次回からは現代編に戻るわけですが、諸事情によりかなり間が開くと思います。
非常に申し訳ないのですが、少々のお別れですw
さぁて、来週のサザエさんは?w

明らかになったルシャナの過去。
それを聞いた明たちはいったいどうするのか?
ルシャナへの対抗策は見つかったのか?
そしてルシャナはいつ襲ってくるのか?
次回レジェンド・メイカーズ第5章『神王の絆』お楽しみに♪



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