幼き頃の思い出
作:メンチカツ



ここ、ラインヴァン王国の外れにある森の中を、1台の馬車が走っていた。
御者台には、一人の青年が手綱を握っている。
女のように長い黒髪を、白い細布で適当に縛って束ね、黒い外套に身を包んでいる。それほど珍しい旅装束ではないが、腰に揺れる刃物・・・・太刀と呼ばれる片刃の剣は、どことなく異国風の趣がある。
年の頃は二十歳ほど。だが、妙に物憂げな眼差しのせいか、若さ故の覇気はあまり感じられない。
キィィィィィィッ!!
馬車がけたたましい音を立てながら停止する。
「ちょっとぉ!危ないじゃないシャノン兄ぃ!」
停止した馬車の窓から、一人の少女が顔を出す。
ラインヴァン王国の貴族によく見られる黄金色の髪に、蒼い瞳がよく映える。
やや吊り上がりぎみの目のせいか、その少女にはどこか野良猫を連想させるしたたかさが感じられる。
「ああ、悪い悪い。これ以上馬車じゃ進めそうに無いんだが、ラクウェルに聞いてくれるか?パシフィカ」
シャノンと呼ばれた青年が少女に話しかける。
「わかった。ちょっとまっててね、シャノン兄ぃ」
一方パシフィカと呼ばれた少女はシャノンの言葉を聞き、馬車内に顔を引っ込める。
馬車の中にはもう一人の娘がいた。
年の頃はシャノンと同じ年なのか、やはり二十歳ほど。
腰まで届く黒髪に、やはりぞろりと長い黒の外套と、一見すれば陰鬱に見えかねない格好なのだが、不思議とこの娘には妙にほんわかとした雰囲気がある。
さきほどパシフィカを野良猫と例えたが、同じ猫でもこちらは満腹して日溜りに寝こける飼い猫といった風情だ。ただ見ているだけでこちらまで意味もなく幸福感に侵食されそうな娘であった。
「ラクウェル姉ぇ、この先馬車じゃ通れないって」
パシフィカは娘にそう告げる。
そう。この3人は実は兄娘だったりする。まぁ、パシフィカは実の子ではないが、詳しいことは小説読め?( ̄□ ̄;)!? 
「あらあら、それは困ったわねぇ」
ラクウェルはのんびりとした口調で応える。本当に困っているのか、疑いたくなる。
「・・・・・あら?道を一本間違えてたみたい」
「ラクウェル姉ぇ・・・しっかりしてよぉ」
「てへ♪」
パシフィカの非難に、舌なんぞを出しながら可愛い子ぶるラクウェル。
大抵の男達ならその表情を見ただけで全てを許してしまいそうな笑顔だった。
しかし、パシフィカとシャノンはこの表情に何度か痛い目を見ているのであろう。
特に気にした様子もなく次の行動に移る。
「まったく・・・・一端ひき返すぞ」
シャノンはそう告げると、馬車の方向転換に移ろうとする。
「シャノン、そろそろ休憩にしない?馬も疲れてるようだし」
「確かにそうだな。丁度腹も減ったし、休憩にするか」
ラクウェルの言葉により、シャノンは馬車の方向転換だけ終えて御者台を降りる。
 
3人は赤々と燃える焚き木を囲んで食事をとる。
やがて食事を終え、身体を休ませていると、パシフィカがシャノンに話しかけた。
「・・・・シャノン兄ぃ・・・・」
「・・・ん?なんだ?」
心なしかパシフィカの表情に陰りが見える。
シャノンもそれを感じてか、穏やかに聞き返す。
「・・・・・お父さんって・・・・・どんな人だったの?」
パシフィカが問いかける。その視線は焚き木の炎に向けられていた。
シャノンは、視線を星空に移すと、思い出すというよりは懐かしむように過去に思いを馳せた。
 
「おーい、買い物に行くぞー」
大柄な男が、少年を呼ぶ。
年の頃は30代中盤だろうか?黒髪黒眼で、どこか異国の印象がある顔だち。しかも妙にごつくて獰猛そうな印象がある。夜道ではあまり出会いたくない類の顔だろう。
しかしいまは昼。しかもその顔にはうきうきとした笑顔が浮かんでいた。
「分かった」
それに対し少年・・・・シャノンは、一言で返す。
大柄な男は、シャノンの父親であった。名をユーマ・カスールと言う。
すでに玄関先には、赤ちゃんを抱えた母親と思しき女性と、一人の少女・・・・ラクウェルが用意を済ませていた。
女性の名はキャロル・カスール。その手に優しく抱えているのは、赤子の頃のパシフィカであった。
まだハイハイを覚えたばかりのパシフィカの頭を、いとおしむように撫でている。
やがて仕度を済ませたユーマとシャノンが玄関先に現れる。
「よし、じゃぁいくか!」
まるで号令のように大声で叫びながら先頭を切って歩くユーマ。
そのあとをまだ出発したばかりなのに疲れきった表情で皆がついていく。
平穏な日常。望んだ日常。幸せな日常。空は青く太陽が燦燦と輝いている。
やがて市場につく。道の両脇に並べられた店から威勢のいい声が飛び交う。
「えいらっしゃ−らっしゃーい!」
「やすいよやすいよぉー!バナナ一本でたったの500円だぁ!」
「ほらほらほらぁ!見るだけならタダだよぉ〜!」
中にはボッタくってる店もあるようだ。つーか高すぎ。
ふと、ラクウェルがふらふらと誘われるように歩いて行ってしまう。それをみたキャロルもパシフィカをユーマに預け、我が娘の後を追う。
こうして、この混雑した状況の中、カスール一家は分断された。
「おう、お前も何か見てきたらどうだ?」
ユーマがシャノンを促す。
「・・・・別にいいよ」
シャノンは通りの少し開けた場所にある大木に寄り掛かりながら、面倒くさそうに答える。
「・・・全く、無趣味な奴だなお前も」
そういいながらユーマも大木に寄り掛かった。
やがて、ユーマを睡魔が襲った。
日頃の疲れが出たのだろう。いつ来るか分からない刺客の警戒。そして現れる刺客との戦い。
そう、たまに出かけただけの、普通の日。だが、ユーマの神経を緩めるには、それで充分だった。
暖かい日の光に次第に眠気を覚えたユーマは、うつらうつらとし始めていた。
パシフィカはシャノンが遊んでいた。
「親父、トイレ行ってくるからパシフィカ見といてくれよ」
「・・・・ああ・・」
シャノンの言う言葉の意味を理解もせずに返事をして・・・・・ユーマは眠りに落ちた。
数刻後。
「ふぅ・・・・ん?親父!?」
シャノンが戻ってくると、ユーマはまだ眠りに落ちていた。
「親父!パシフィカはどこだ!?」
「・・・・んぁ?」
「んぁ?じゃねぇ!!」
「・・・・は!?シャノン!パシフィカはどこだ!?」
「それは俺が聞いてるんだ!!」
二人でパシフィカを探し始める。
「もしもこれが母さんに知れたら・・・」
「・・・・手分けして探すぞ!」
その後、なかなか見付からず、二人は広場にいた。
「親父・・・・どうする?」
「・・・・どうしよう」
こうなっては百戦錬磨のユーマも、ただの子煩悩な父親。パシフィカの身を案じて願うばかりだ。
その時。
「キャーーーーーーッ!」
辺りに悲鳴が響き渡る。
「!?」
ユーマの顔が瞬時に引き締まる。・・・が、どうやら刺客では無い様だ。
遠くから物凄い音を上げながら突っ込んでくる物体。
暴れ牛だった。
ユーマの3倍はあろうかという、物凄い牛だった。
・・・そして。
「パシフィカ!?」
暴れ牛の進路に、パシフィカがいた。
とっさに駆け出すユーマ。
息を呑むシャノン。
通りの反対では、偶然にもラクウェルとキャロルがその光景を見て驚いていた。
迫り来る暴れ牛の進路に、パシフィカをかばう様に身を投げ出すユーマ。
そして・・・・・
ズガァッ!
大きな音が辺りに響く。
吹き飛んだ物体は空高くを舞い、そして地に落ちた。
辺りに散乱する流血が、地を紅く染め上げていた。
「親父ーーーーー!!」
悲鳴を上げながらシャノンがユーマに駆け寄る。
ラクウェルはその余りの光景に呆然としていた。
キャロルも顔を伏せる。
シャノンが声を荒げながら言う。
「親父!やりすぎだろ!」
「・・・・・ああ、シャノンか・・・」
ユーマが酷く疲れたような口調で語りかける。
「でも・・・・しょうがなかたんだよ・・・・パシフィカを救う為だったんだ・・・・」
「だからって・・・だからって!!」
シャノンの声は明らかに怒気を含んでいた。
その怒気は何故の物なのか・・・・
「なにも牛を殺す事ないだろ!?」
・・・・・そう。ユーマは迫り来る牛から我が子を護る為に、一瞬で剣を抜き放ち、牛を必殺の剣で葬ったのだ。
「はっはは・・・・凄かっただろう?・・・・あれは『狂技牛舞斬』という技でな・・・・一発で牛を捌けるんだ」
「そんなこと聞いちゃいねぇ!親父ならあんな牛くらい抑えられただろう!?」
「・・・・あなた・・・・」
シャノンがユーマに突っかかっていると、キャロルが顔を伏せながら近づいて来た。
「・・・・やべぇ」
キャロルの顔を見たシャノンは、一言だけ呟いてその場を離れた。
「お、おい!待てシャノン!親父を見捨てるのかぁ!!」
「あなた!」
「は、はい!」
キャロルの一括にユーマが情けない表情で答える。
シャノンはすでにパシフィカを抱えながらラクウェルの傍にいた。
「人様の前で・・・・・騒ぎは起こさないでと言ったでしょう!」
「ままままままってくれぇ!あれは・・・・!」
「問答無用!!」
キャロルが何やら構えをとる。
「キ、キャロル?・・・まさか!」
ユーマのその声に微笑でかえしたキャロルは、言葉を紡いだ。
「雷槌よ・撃て!!」
その瞬間、キャロルの手から生み出された魔力の雷がユーマを直撃した。
「ギャーーーーースッ!!」
ユーマの悲鳴が、辺りに響き渡った・・・・・・・・
 
ハッとしたシャノンが顔を振るわせる。
「どしたの?シャノン兄ぃ」
「・・・・いや、思い出したくないことを思い出しちまっただけだ」
「・・・・・ふ〜ん・・・・まぁいいけど、お父さんの話し聞かせてよ」
「駄目だ!」
シャノンは力いっぱいに却下した。
「な、なんでよぉ!!」
「なんでもだ!2度と思い出すもんか!」
「聞かせてよぉ!!」
「いやだ!!」
やがて迫るパシフィカからシャノンが逃げ、逃げるシャノンをパシフィカが追う。
おいかけっこが始まった。
・・・・・こうして、とある日の夜は深けていった。静かに、それでいて賑やかに。
そして幸せそうに。
「いいから聞かせなさいよぉ!!」
「絶対に、いやだぁぁぁぁぁぁ!!」
二人の声は、いつまでもいつまでも辺りに木霊していた・・・・・・・・・。
 
 
終わり
 



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