3つの願いとひとつの思い 作:三剣 由 |
「こら、いつまで寝ているの。早く起きなさい」 元気のいい声が寝室に響き渡る。 ベッドで寝ていた麻生信次は、いつも耳にするその声によって目を覚めした。 そこには青い晴れ着をまとった少女が立っていた。 長くて手入れの行き届いた髪に、薄緑色のリボン。顔は繊細で端正な造りをしており、まさに美少女と呼ぶに相応しい外見をしていた。 彼女の名は桜塚恋。信次とは義理の兄妹であり、おなかつ恋人同士でもあるというやや複雑な関係の間柄である。 「あ、おはよう、恋」 信次は目をこすりながら半身を起こした。 「おはようじゃないわよ。まったくもう、新年早々から何するめが伸びたような顔してるのよ。しゃきっとしなさい、しゃきっと」 恋と呼ばれた少女は、ベッドのそばに寄ると、人差し指で信次の額を軽く小突いた。 「するめが伸びたような顔って、どんな顔だよ?」 理解不能なたとえに、信次はばつの悪そうな表情を見せた。 「言葉どおりの変な顔ってことよ。それよりも、藍がそろそろ来るから、早く起きて出かける準備をしてよね」 「ああ、そういえば、今日は3人で初詣に行くんだったな」 「そうよ。準備が終わったら、すぐ下に降りてね」 「分かった」 信次は恋が部屋から出たあと、ベッドから起き上がり、急いで着替えを始めた。 鷺ノ宮藍がやって来たのは、信次が着替えを終えてすぐのことだった。 「お兄様、恋ちゃん、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」 恋と同じくきらびやかな晴れ着姿で登場したポニーテールの少女は、玄関先で信次と恋の出迎えを受けると、丁寧なお辞儀をした。その優雅な挙動から彼女の育ちのよさがうかがえる。それもそのはず、藍は大財閥のご令嬢で、生まれたときからお嬢様という正真正銘のお嬢様なのである。 そんな筋金入りのお嬢様が信次のことを『お兄様』などと呼んでいるが、もちろん、本当の兄妹ではない。彼女曰く、「恋ちゃんのお兄様でしたら、私にとってもお兄様ですわ」というのがそう呼ぶ理由である。 また、その言葉を別の方向で解釈すると、恋と藍が家族同然の絆で結ばれているという意味を表している。恋と藍は、血がつながっていなくとも、家族としてのつながりを持っているのである。 「あけましておめでとう、藍。こちらこそよろしくね」 「あけましておめでとう、藍ちゃん。今年もよろしく頼むよ」 恋と信次も同じように新年の挨拶を返す。 「こちらこそよろしくお願いしますわ」 藍はにっこりと微笑んだ。 「今日の晴れ着姿の恋ちゃんもすごく可愛いですわ。とてもよく似合っていますわ」 「あ、ありがとう。藍の晴れ着姿もとても綺麗だよ」 「ウフフフ、ありがとうございます。お兄様も恋ちゃんの晴れ着姿を見て、よく似合っていると思いますよね?」 「ああ、とても似合っていると思うよ」 信次は藍の質問に対し、素直な感想を述べた。確かに今日の恋は、普段着姿とはまた違い、艶やかな魅力があった。着ているものが違うだけでこうも変わるのかと、信次は晴れ着姿の恋を見ながら思った。 「フフフ、これでさらに恋ちゃんの魅力の虜になったわね」 無邪気な笑みを浮かべる。 信次は恋の笑顔に胸の高鳴りを覚えた。 「ウフフフ、お兄様、顔が真っ赤ですよ」 「う・・・」 藍に鋭い指摘をされ、さらに顔に熱が帯びる。 「アハハ、信次ってば照れちゃってかっわいいー」 「あ、あのなあ・・・」 信次は、ひとつ年下の少女にいいようにからかわれ、困り果ててしまった。しかし、くやしいが、ときめいたのは事実なので、反論のしようがなかった。惚れた弱みというやつである。 「そ、それじゃあ、みんなそろったことだし、初詣に行こう」 信次はふたりの美少女の小さな笑い声を背に受けながら、先頭を切って玄関から出た。 いつも閑散としている神社も、今日だけは人々の活気と熱気に満ち溢れていた。 信次たちは鳥居をくぐり、長く続く石段を登っていた。 道中、信次はまわりにいる参拝客、特に同性から注目されていた。その視線には、羨望や嫉妬が込められており、ある意味殺意と呼べる感情も含まれていた。また、カップルの男性の視線がこちらに釘付けとなったため、先ほどまで仲睦まじい雰囲気が一転して険悪になり、恋人の女性と喧嘩になるという事態まで起こっていた。 しかし、それは信次の置かれて状況を考えると、無理のないことであった。何しろ、彼のそばにいる相手が私立撫子学園屈指の美少女だからである。 ───本当に嫉妬に狂った奴に刺されるかもしれないな。 信次は物騒なことを考えながらも優越感にひたった。 「あら、今度はあそこでカップルが喧嘩していますわ。なんか喧嘩するカップルが目につきますわね。どうしてでしょう?」 藍は左手のほうで言い争っているカップルを見ながらつぶやいた。 「藍、あれは私たちのせいだったりするのよね」 恋は何も気づいていない親友の疑問に答えた。 「まあ、そうなんですか。でも、どうして私たちのせいなのですか?」 「それはね、私たちが可愛すぎるからよ。私たちが可愛いから、カップルの男のほうがつい浮気心を丸出しにして見ちゃって喧嘩になるのよ。はあ、可愛いというのは罪よねえ」 「まあ、そうなのですか。それは困りましたね」 心底困ったような顔をする。 「藍が気にすることなんてないわよ。だいたい、彼女がいるのに鼻の下を伸ばして別の女性を見るほうが悪いのよ。あ、信次も他の女性に目移りなんかしたら承知しないわよ」 恋は顔を藍から信次のほうに向けて言った。 「恋や藍ちゃん以上の女性なんて、そうそういないから大丈夫だよ」 信次は何事もないように答えた。 「まあ、お兄様ったら。でも、それじゃあ、私や恋ちゃんよりも綺麗な方がいたら、目移りしてしまうってことになりませんか?」 藍はクスリと笑って尋ねた。 「あ、いや、そういう意味じゃないよ」 信次は、意表を突いた藍の問いかけを慌てて否定した。そのとき、信次の右隣から殺気が漂い始めた。 「へえー、その割にはずいぶん慌てているみたいだけど、どういうことかしら?」 恋の目つきがたちまち険しくなる。どうやら彼女は藍の軽い冗談を真に受けてしまったようだった。 「どういうことって言われてもなあ・・・」 どう説明すればいいのか困ってしまい、言葉を濁す信次。その態度が命取りとなった。 「はっきり否定しないってことは、やっぱり藍の言うとおりなのね!私というものがありながら・・・信次の馬鹿!」 恋は思いっきり信次の腰をつねった。 「イタタタ、俺はまだ何もしていないぞ」 「まだってことは、いつかは他の女を見るってことよね。まったく、アンタってひとは・・・」 さらに指先に力を込める。 「ち、ちょっと待てって、なんでそうなるんだよ。イタタタ、そんなにつねるなって・・・とりあえず冷静になって話し合おう」 「問答無用よ!」 恋は信次の提案をはねつけ、まったく聞く耳を持たなかった。 「・・・お兄様、申し訳ありません・・・」 藍は苦悶の表情を浮かべる信次に向かって、小声で謝った。 信次たちは石段を登りきり、神社の拝殿へたどり着くと、賽銭箱に小銭を入れてお参りをした。 「ねえ、藍はどんなお願いをしたの?」 「私は恋ちゃんとお兄様がいつまでも幸せでいられますようにと神様にお願いしました」 藍は柔和な笑みを浮かべて恋の質問に答えた。 「藍・・・ありがとう・・・」 恋はじっと親友の顔を見つめながら、感謝の気持ちを言葉に変えた。 「お礼なんて水臭いですわ。恋ちゃんの幸せは私の幸せですから」 ふたたびにっこりと微笑む。 「信次は何をお願いしたの?」 「俺は恋がいつまでも心の底から笑っていられるようにとお願いしたけど、そういうおまえは、どんなお願いをしたんだ?」 「私は信次と藍とずっと一緒にいられますようにってお願いしたんだけど、なんか私だけ自分本位のお願いをしちゃったみたいね。それなら、今度はふたりのためにお願いするわね」 恋は財布から小銭を取り出して賽銭箱に投げ入れると、手を合わせて願をかけた。 「私の大切なひとたちが幸せになれますように」 「恋・・・」 「恋ちゃん・・・」 一心に願いをかける恋の姿に、信次と藍は顔を見合わせて小さく笑った。 恋が願い事を言い終えると、信次は穏やかな口調で話しかけた。 「いかにもおまえらしいな」 「こういうことはきっちりしておかないとね」 恋はきっぱりと答えた。 「それじゃあ、せっかくだからおみくじを引きに行きましょ」 「ああ、そうだな。藍ちゃんもいいかな?」 「はい、結構ですよ」 3人は拝殿を離れると、その近くにあるおみくじ売り場に向かい、そこでおみくじを購入した。 「よし、大吉だ。今年は幸先からいいな」 「あら、私も大吉ですわ。今年はいい年になりそうですわ」 信次と藍は嬉しそうにおみくじに書かれている内容を見た。 「・・・」 それにひきかえ、恋は無言のまま難しそうな顔をしていた。 「おい、どうしたんだ?そんな顔して」 信次が尋ねた瞬間、恋は突如大声で喚き出した。 「うきーっ!なんで私だけ大凶なのよ!だいたい、藍はともかくとして、信次が大吉というのは納得いかないわ!」 「まあ、これも日頃の行いの差というやつかな」 信次はわざとらしく胸を張った。 「そんなわけないでしょ!そうだったら、アンタと私は逆になっていなきゃおかしいでしょ!あー、腹が立つ!」 恋は地団駄を踏みながら怒りをぶちまげた。こんなふうに、むちゃくちゃなことを言うのも彼女ならではの行為だ。 「ひどい言われようだな」 信次が思わず苦笑する。 「もうっ、こんなものなんてこうしてやる!」 「ちょっと待ってくれ。そいつを俺に貸してくれ」 信次は、おみくじを丸めて捨てようとした恋を慌てて止めた。 「え、こんな縁起の悪いものをどうするつもりなの?」 恋はきょとんとしながら尋ねた。 「俺のおみくじと一緒に結ぶんだよ。そうすれば、お互いの運勢が相殺されて恋の運勢も小吉ぐらいにはなるだろ」 信次は恋の手からおみくじを取ると、自分のおみくじと重ねた。 「あ・・・」 恋は目をまばたかせながら信次を見つめた。 「お兄様、それなら私のおみくじも一緒にしてください。そうすれば、3人の運勢が中吉ぐらいにはなると思いますから」 藍がそう言っておみくじを差し出した。 「ありがとう、藍ちゃん」 信次は彼女からおみくじを受け取ると、他のおみくじと同じように、御神木として祭られている木の枝に結びつけた。 「これでよしっと」 信次が満足げにうなずく。 「・・・ありがとう、信次、藍。私ってきっと世界一の幸せ者だね。だって、こんなに私のことを思ってくれるひとが近くにふたりもいるんだから」 恋は感慨深くつぶやくと、穏やかな微笑みをふたりに返した。 「恋ちゃんにそう言ってもらえる私も世界一の果報者ですわ」 「恋がそばにいてくれる俺も、世界一の幸せ者だ」 信次と藍も満面の笑みで答える。 「信次、恋、ふたりとも大好きだよ!」 笑顔の恋がまっすぐで純粋な思いを伝えた。 「私も恋ちゃんのことが大好きですわ」 「俺も恋のことが大好きだ」 信次と藍も同じように正直な気持ちを返した。 信次の「好き」と藍の「好き」と恋の「好き」は、形こそ微妙に差異があるものの、その根底にある思いはまったく同じだった。 それは家族としての思い・・・信次は恋と藍を、藍は信次と恋を、恋は信次と藍を家族の一員として大切に思っていた。 父親を幼い頃亡くし、母親も仕事でほとんど家に戻らなかったため、いつもひとり寂しく過ごしてきた恋。 恋の寂しさを少しでも癒し、本物の笑顔を見たい一心で、彼女の家族になろうと決めた藍。 幼い頃、母親を亡くして恋と同じ境遇にいたため、彼女が家族のぬくもりを欲していることに気づき、それを与えてあげたいと願った信次。 それぞれの思いが重なり合って築き上げられたのが、強い情で作られた家族の絆だった。だから、たとえ血のつながりはなくとも、大切な家族だと胸を張っていえる。 家族だから一緒にいたい。 家族だから何か困ったことがあったら力になってあげたい。 それが友人、恋人という関係をまるごと含めて、家族という絆で結ばれている3人の共通の思いであった。 「よし、そろそろ帰ろうか」 「ちょっと待って。せっかくだから、商店街のクレープ屋さんに寄って行こうよ。もちろん、信次のおごりでね」 そのまま帰ろうとした信次に向かって、恋がいたずらっぽい笑みを浮かべながら提案した。 「おい、俺は今月苦しいのに、おごれと言うのか?」 「あ、ひどい!お兄ちゃんはこんなに可愛い妹がクレープを食べたいと言っているのに、食べさせてくれないんだ。ねえ、藍もお兄ちゃんにクレープをごちそうしてもらいたいわよね?」 恋は今にも泣き出しそうな素振りで藍の援護を仰いだ。もちろん、恋の仕草が演技であることはいうまでもない。 「そうですわね。私もお兄様とご一緒にクレープを食べたいですわ」 藍は微笑みながら恋の言葉に同調した。 さすがは幼稚園からの親友同士。見事なまでにぴったりと呼吸が合っていた。以心伝心とはまさにこのことである。 「う、分かった。おごればいいんだろ。おごれば。まったく、こういうときだけ妹になるとは・・・」 ふたりがかりで言い寄られた信次は、抵抗するのをあきらめ、しぶしぶ観念した。 「わあ!ありがとう、お兄ちゃん!」 恋は全身で嬉しさを表して、信次の右腕に抱きついた。 「現金なやつだな」 「フフフ、だって嬉しいんだもん」 恋の無邪気な笑顔を見て、信次はやれやれといった感じでため息をついた。 「ありがとうございます、お兄様」 藍は一礼すると、ニコニコしながらそっと信次の左腕に自分の腕を絡めた。 「あ、藍ちゃん・・・」 信次は藍の行動にひどく驚いた。 「あの・・・ご迷惑ですか・・・?」 上目づかいで遠慮がちに尋ねる。 「あ、いや、迷惑じゃないけど・・・」 藍ほどの美少女と腕が組めることは嬉しいかぎりなのだが、それを口にするわけにはいかない。反対の腕にれっきとした恋人がいるのだから。 ───恋は藍ちゃんの行動をどう思っているんだろ? 信次は反対側にいる恋の様子を恐る恐るうかがった。彼女も突然の出来事に少し驚いていたが、すぐに気を取り直して笑顔を見せた。 「あら、藍もやるわね」 「恋ちゃん、勝手なことをしてごめんなさい。一度、お兄様と腕を組んでみたかったので、ついやってしまいましたわ。もし、駄目でしたら駄目と言ってください」 藍は顔をほんのり赤らめながら、おずおずと言った。 「藍だったらいいわよ。こんな腕でよければ、いつでも貸してあげるわ」 「おいおい、こんな腕で悪かったな」 信次が軽く恋を睨みつける。 「こんなに可愛い女の子に挟まれて歩けるんだから文句言わないの。それよりもほら、早くクレープを食べに行きましょ。藍、今日は格好いいお兄ちゃんに、クレープをたくさんおごってもらおうね」 「はい。よろしくお願いします、お兄様」 恋と藍は同時に無邪気な笑みを浮かべた。 信次はふたつの可愛い笑顔を見せられて、幸せな気分にかられた。そして、この笑顔を少しでも多く見たいと思った。 「お手柔らかにお願いしますよ、おふたりさん」 ふたつの可愛い笑顔を見せられた信次は、財布の中身がなくなる覚悟を決めて歩き出した。 |
あとがき 積み上げられていたDVD版Canvasを引っ張り出してプレイし、恋ちゃんの魅力にふたたびとらわれたことによって、このサイドストーリーを書いてみました。(^^; ミもフタもない言い方をすれば、また浮気して書いたということになります。(爆) ただし、ここ最近まとも(?)な作品を書いていないというのも理由のひとつになります。 自分でいうのもなんですが、久しぶりにまともな作品を書いた気がします。(苦笑) ちなみに主人公の名前は私がゲームプレイ時に変更して使った名前になります。由来は特にありません(^^; Canvasでは天音ちゃん、彩ちゃん、恋ちゃんがお気に入りのキャラで、そのうち天音ちゃんと彩ちゃんのサイドストーリーは書いたのですが、恋ちゃんだけは何故か書いていなかったので、これでお気に入りのキャラについてはすべて書いたことになり、タイミングとしてはよかったと思います。 内容については、藍ちゃんの言動がおかしいかなと思う部分もありますが、個人的には結構気に入っていたりします(^^; 成り行きで書いた作品ですが、読んで少しでも楽しんでもらえれば幸いです。 |
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