Innosent dreams 〜遠い世界の歌〜
作:marin

第1章 〜交錯〜

歩く。
此処が何処かも解らないまま、ただ足を前後する。視線はボンドでもはられたかのようにただ地面に貼り付けて。
辺りには真っ白い、『無』とも言えるべき空間が広がっていた。あらゆる物質が見えない、いやそれとも気体だけは見えるのかもしれない場所を、歩いていた。前には、何もないと言うのに。
苦笑する。
しょうがないのだ。人間は最初は、目的が無いままで生きている。しかし、それでどうなる事も無いのでともかく這いつくばって生きる。辛い経験をいくらかしたとしても、しょうがないのでともかく生きようとする。
今自分がやっているのは、普通の人間の姿と同じ行為。
ふと、顔を上げてみた。何となく有るはずのない様々な光景を想像し、実際になってるかどうか、ただほんの少しの好奇心であった。
が。
驚くべき事に、その好奇心は的中した。
前には、うっすらと透けた映像の様な光景では有ったが、人が居るのがややぼやけながらも見えたし、それに喋る声も聞こえる。
耳を澄まし、聞いてみた。
――――――――――――・・・・・よ・・・・・この子は・・・・貴方たちと一緒に生きる価値がないわ
この子?
目を見開き、栗色の髪の女性が、人差し指で一人の女の子を指差したのが見えた。彼女はまだあどけなく、幼い雰囲気を持っていた。それに、栗色の髪の女性と同じ髪の色をしている。
一体、なんで子供相手にあんな酷い事を?
もう少し聞いてみよう。
――――――――――――何故ですか?あの子が特殊な遺伝子を持っていたとしても、私達には・・・・・
黒い髪の女の人が、反論するのが見える。
しかし、栗色の髪の人は。
――――――――――――黙って。悶着起こしたら私も打つ手が無いのよ。良い事?私の話、ちゃんと聞きなさい
その後は。
離婚する際、あの栗色の髪の少女以外の二人の女の人は、父親についていく。
何故か言われなくても解っていた。
どうして?
わからない。
ただ心の中でそう感じただけ。なのに、目の前で繰り広げられる光景は、とても懐かしく感じられるし、まるで自分の記憶に有ったかのようだ。そして・・
最後に。
あの栗色の髪の女の子が、背中に不思議な羽根を浮かべ、額に不思議な紋章を浮かべて、周囲に波動を放つのが見えた。彼女はその行動の後すぐに得体の知れない液体を吐く。
・・・・見ているこちらの方が、もっと吐きそうになった。
でも、我慢する。いや、その前に吐く事が出来ない。何故か唇がからからに乾き、しかも動かないから。
しかし悟った物が、ふたつ。
――――――――――――あれは私だ。あそこで周囲に波動を放った子は・・・・・・それに、私は人間じゃない・・・・・
と、そこで。
思考が途切れた。



じりりりりりりりりりりりりりりりり
「あーーーーーーーもぅっ、うるさいーーーーーーーーーっ!」
何故か言葉を伸ばしたが、それはいつもの口癖なので気にしない事にする。
かなり五月蝿くて今にも爆発しそうな時計の音を止める際のセットボタンを押して、杉町かおりの一日は始まる。
かおりはふと、時計の時刻を覗き見た。午前06時30分である。大丈夫、まだ遅れていない・・・・・というか、早すぎるかもしれない。まぁそんな事はどうでもいい。
とりあえず起き上がり、洗顔をさっさと済ませる。それが済んでから、制服へと着替え、髪をまとめて、朝食を作るため居間へと向かう。
相変わらずそこには誰もいなかった。現在かおりは訳があって母と二人で暮らしている。が、母は何故かあまりこの家にいない。そのせいか、かおりは朝食を自分で作る事がしょっちゅう有った。いや、まぁ母がこの家に居たとしても、
あまり作ってはくれないけど。
今日は、バラエティな中身のおにぎりを作る。数は適当に食べれるくらいにした。皿に作ったおにぎりを全て乗せ、テーブルに持っていき、片っ端から全て貪った。
そうして簡単な朝食を済ませ、ふとテーブルの上にある時計を見た。午前7時10分。時間はスポンジケーキ1個分くらい残っている。その時間をどう持て余そうかと考えたが、すぐに答えを決めた。
「よーし、外へ出てぶらぶらしようじゃないの」
そう呟き、鞄を持った後に、ドアを勢い良く開けてかおりは外へ出る。
外は夏の雰囲気に包まれている。が、今年の夏は少し涼しい。基本的な温度は暑いのだが、風がかなり沢山吹くのでこれが夏なのかと疑ってしまうくらい。
木々のざわめき、そして小鳥のさえずり。自然の調和はなんて美しいものなのか、しみじみと実感が出来る。
その時。
視線を地面に固定させて歩いたかおりは、思わぬ人物とぶつかった。
「いたっ!」「いてっ!」
見事な声のハモりである。かおりは尻餅をついたが、やがて起き上がる。
と。
もう一方の人物に、見覚えが有った。そうだ、この男の子は幼なじみなのである。3年くらい引越しをしたというので、暫くの間会えなかった・・・・・・
「佐々木 太一・・・・またここに来たのね・・・」
懐かしい、彼の顔がそこに有る。しかし昔と全然変わってはいない。少し幼い印象を与える雰囲気ながらも、男の子と言うのが少しもったいない、整った綺麗な顔立ち。
太一を足のつま先から頭のてっぺんまでぐい、と覗き見たかおりは、思わず感嘆の吐息を漏らす。
それに気付いたのか、
「・・・・・やっぱ、変わってない」
太一はそれだけ言う。
何を言っているのか、すぐに解るような気がする。
「何言ってるのよ、人ってものは、すぐに変わらないんだからね。あ、そうだ、
あんた転校する中学は決まった?」
それに次いで、
「もちろん」
即答された。
何となく、気になる。
「どこ?」
太一はわざとらしくこほんと咳払いをすると、一言だけ。
「田宮中学」
ちょっと待て。
それって、私の中学!?
意外な展開だった。
かおりは思わず今が夢じゃないのか、という錯覚に囚われ、もう一度聞き返してみる。
「は、はぁ?」
太一は呆れたように、
「だーかーらー、た・み・や・ちゅ・う・が・く」
驚きだ。
半ば開きかけの口を閉じ、とりあえず結論を述べてみる。
「あ、私と同じ中学に入る事になるのね・・・・」
太一はそれを聞くと驚いた様な様子で、
「はえぇ・・・凄い偶然だ」
腐れ縁なのだろうか。
ともかく、あの空白の3年間以外は、同じ学校、同じクラスに居る事がほとんど全部だったのである。とりあえず偶然には感嘆の嵐が漏れる。
かおりは大きく伸びをすると、太一に向かって一言。
「・・・・ねぇ、こうやって会うのも久しぶりだから、中学まで一緒にちょっと行かない?・・・・あ、もしかして用事ある?」
恐る恐る訊ねてみた。
太一は少し考え事をしてから、
「ん〜・・・・まぁ別にいいか」
とだけ答えた。
良かった、用事なくて。当然のことだが、別に太一とやりたい事が有る訳では無い。何となく、一人だとつまらない気がしたのでである。
「じゃあ、行きましょっ」
こうして二人は並んで歩き始める。
夏の風が、懐かしく再会した二人の間を、ふわりと通りぬけた。



密閉された空間の中、厳重なセキュリティの中に置かれて、重苦しい雰囲気の中で峰崎祐一は、パソコンウォーキングを続けていた。モニターには大量の数の文字が表示され、祐一は最後の一文字を打った所で、一息を吸う。
ふと腕時計を見る。『クロスグラフィティ』という時間/日付精密測定装置のついたその時計は、正確に『二千十九年六月十五日 時刻 十二時〇〇分』を刻んでいた。そろそろ休憩しよう。もう4時間もぶっ続けていたのだが、別に視力の低下問題などはない。しかし、彼も所詮は人間、疲労は溜り過ぎると良く無いのである。
上半身だけで少し伸びをし、ふとチタニウム製の天井を見た途端、すぐさま現在、世界の状況が危機に達している事を思い出す。
それはつい先ほど、ネット上で調べられた情報である。ヨーロッパ、アフリカ、
アメリカ、オーストラリア、アジアそして北極と南極の何処かに一つずつ点在している『管制システム』――――――その大陸内の情報を管制、処理するシステムで、大気を自在に操る権利はこのシステムに有ると言っても良いだろう――――――がまず、北極と南極で極的な暴走を起こし、効果が比較的少ない核爆弾効果を勝手に発動させてそこにいる全ての動植物が滅亡。
そして、アフリカ、オーストラリア、ヨーロッパ、アメリカの順に同様の効果が起き、何とか生き残った避難民達はアジア大陸へ一斉に向かい、そこに移住している。
が。
医学の発達によって寿命促進が可能となった今、それはかなりの問題であった。
寿命促進が進められ、当然ながらかなり多くの人間がアジア大陸に住んでおり、(まぁ、『管制システム』が暴走する前はその他の大陸も大勢の人間が住んでいただろう)しかも彼らはその他の人間が来るのを精神的に拒んでいたのだ。理由は環境のせいとでも言うべきだろうか?ともかく、直接的に『管制システム』の暴走が起因し、避難民がここに訪れた今、世界は戦争の嵐である。
しかしこの『日本』という国は例外だった。管制システムの元となった元素人工知能プログラムと、それだけでは暴走を抑えるという域には満たされないためそのシステムの暴走を抑えるための元素人工知能を埋め込まれた人間を作る為に長々と研究を続けてきた事により、戦争の手から逃れて来る事が出来たのである。日本の他にも中国や韓国等の国が人工知能の研究を進めており、それらは日本と数多くの面会を通じてより画期的で永久的な管制システムを作る事を指向としていた。
ついでに言っておくが、実はというと祐一、彼は元素人工知能を埋め込まれた人間で、通称『エレメンター』である。もっと簡単に言うと魔法使いの様なもので、戦闘タイプや使える元素魔法によって色々な種類に分ける事が出来たりもした。その中で祐一はある意味最強とも言える『Chaos knight<闇騎士>』の肩書きを背負う。どうして元素人工知能がよりによって自分に埋め込まれたのは祐一にも良く分からない。が、それがリスクでもありアンリスクでも有る事は、彼自身にも承知の事実。
元素人工知能という物は一種の脳である。その脳が普通の人間の脳に埋め込まれているとしたら、脳が回転する速度も、脳命令からそれを行動に移す速度もとても早い物になり、運動能力はずば抜けて高い上、もともと祐一の明晰な頭脳はもう元素人工知能が無くても良かったくらい、常人を遥かに超えたものと化していた。しかも魔法によって元素を自在に操る事が出来れば、もう非というものが無い人間。
それ故に、彼は幾度となく元素知能研究所からの襲撃を受けてきた。生身と魔法だけでは研究所が作った『サイレントマーシナリー<対魔法用鎮静機械>』で魔法が封じられてしまうので、仕方なくも騎士用剣を使用したのだが、闇騎士の剣の威力は絶大だ。本当に剣を使用すると常人はほとんどの場合死んでしまうので、とりあえず生傷でも負わせないと研究所は自分を追うのをやめないと思い、鞘の威力を使って傷だけは軽く負わせておき、なんとか食い扶持等は稼ぎながら生きてきた昔の日々。何故自分が追われているのかも解らなかった、ただの人形でいた日々。
そんなこんなで過ごしていたのだが、ある日、祐一に因って死人が出た。望みもしなかった結果であったが、これは事実である。何処かの研究所の研究員のうち、一人がエレメンターであって、そのエレメンターがしつこく決着を要求し、終いには剣を取り出す事も要求したので、自殺行為なのかと当初は嘲ったが、どんな実力なのか見てみたいと言い、彼は挙げ句の果てに故人に成り果てた。しかし、最後にそのエレメンターは満足げに笑いながら『貴方は闇騎士だったのですね』と言った。その言葉を、祐一は今でも覚えている。永遠の烙印であり、また永遠の救いとなった言葉を。
闇騎士、という事が残りの研究員に知らされた途端、状況は一変し、彼らは恐怖を伴いながらも必死に許しを請うのだった。そして、生き延びたいなら、この研究所で働いてみればどうなのかと、自分に提案する。
結果。
悪くない考えなので受け入れた。とっくの昔に父母が死んで団体生活を余儀なくされた後、その対象となる団体を抜け出して来たので何処にも居場所がなかったのだから。研究員のレッテルを新たに貼るという事は、現在では常時研究所の隣にある官舎とも言えるべき建物に住めるという事だ。そのために今自分がこうやってこの重苦しい場所にいる。
仕方ないか。
苦笑混じりに、ため息を一つこぼす。その時、『セキュリティを一時解除します』という音と共に、ドアがばたんと開かれた。
「祐一、エレメンターと言えるべき人間の調査が済んだぞ・・・・・あ、お前も管制システムについての詳しい情報は手に入れたか?」
口の端を吊り上げながら言う。彼はそれでも仲が良いと言わざるを得ないかもしれない研究員'柴谷雅之'である。
祐一は頷き、
「とりあえず、そこで手に入るだけの情報はラボドキュメントの中に追加記録しておいた」
「そうか」
雅之は暫し考え込むと、
「なら後で読んでおくとするぞ。あ、そうだ、さっきも言ったが、エレメンターと言えるべき人間がとりあえず現在状況では3人。特定キーワードで練り込んで'小学''中学'と探索してみたが・・・・後者の方で出た。この街にある'田宮中学'の方だ」
そう言うと、祐一に白い紙を渡す。
「一応エレメンター達にはこの事は話した方が良いかもしれないから、俺はちょっとこの中学行って来る。俺達とて世界の不安定は望ましいものでは無いだろう?」
それはそうだが。
「お前の説得力じゃその学生達が・・・・って、もう行ったのか」
祐一ははぁとため息をつく。
あの軽い性格に付け加え、説得力があまり無いし、そもそも黒いサングラスをかけて黒と赤が微妙に織り交ざったあの容姿では、不審に思われて学校に入る事すら拒否されるのではないのだろうかという不安が、彼の頭を絞めきっていた。
かと言って祐一が行って雅之の代わりに説明を出来るという可能性もとても低い。雅之とは違って彼は比較的説得力が有る方だし、サングラスとかもしていない上おまけにそこそこルックスは良いのでは有るが、見知らぬ人間を勝手に入れる学校等、有る筈が無い。いやそれよりも学生達に疑われないはずがない。
しかし、それでも―――――――――――あいつは止めておかなければならない、そう思い、とりあえず祐一は重い足取りでセキュリティ解除の後ドアを開く。



「へぇ〜〜そうなんだぁ〜〜〜かおりん、人気あるぅ」
女友達第1。
「幼なじみとそんなに並んで歩けるなんて羨ましいわ・・・・」
女友達第2。
冷やかしてるのか、羨んでいるのか、ただ声の抑揚だけを聞けばどっちなのかすら解らない彼女達の声は、妙に上ずっている。
それにはある理由があった。
今朝、太一と歩いていた場面を目撃したとの事。話に夢中でその時は知らなかった。そのせいで学校に来た時、二人の友達に'あの子とどういう関係?''あの子とどんな話をしたの?'等としつこく聞かされ、止むを得ず放課後にこうやって話す事にした。それにしても、まさか女友達が覗き見てるなんてストーカーか。一瞬それを言おうとも思ったが、止めた。それを言えば爪弾きにされるかもしれない。
暫くの沈黙が過ぎた後、
「あ、そうだ、そういえば、かおりん、なんか今日夢がどうのこうのって・・言ってなかった?昼食一緒に食べる時・・・・」
あの夢の事か。
昼食の時、テストの話と同時に少し漏らしたのが今朝の夢の事である。
かおりは少し考え込むと、
「それはね・・・・・」
歩いて、歩いて、最初に見た物は栗色の髪の女の人一人、少女一人。
そして黒い髪の女の人。栗色の髪の男の人。良く見たら栗色の髪の女の人がもう一人。
彼らはよってたかって離婚の話をしていた。何となく今思えばそうだと思う事も、友達に告げた。
栗色の髪の一番年上そうな人が、男の人に一番幼い少女以外を連れて行けと行った事。
最後に栗色の髪の、一番幼く見えた少女が波動を放ち、額に不思議な紋章を浮かべ、更には得体の知れぬ液体を吐いたこと。
その光景が何故か懐かしく、心の中で'あれは私だ''私は人間じゃない'と思ってしまったこと。
気が付いたら長々と語っていたらしく、二人の友達は口をぽかんと開けて、絶句してしまっている。
暫しの静寂。
それが終わり、
「かおり・・・それ、本当に有ったら凄い事だよ。懐かしいとか漠然と思ったら、過去に有った事を見せてくれる過去夢なんじゃないの?」
過去夢。それも有るかもしれない。しかし。
次の言葉は、もう一つの友達によって遮られた。
「でも、漠然として、ハッキリしていない・・・それが何となく引っ掛かるなぁ。夢の中だからだと言う事も有り得るけど。でも、もしかしたら・・・・・
かおりんは昔の記憶がほとんど無い事になっちゃうよ?」
記憶が、無い。
記憶喪失。聞いて背筋が凍ってきた。
蒼白な面持ちで硬直するかおりを見て、さっきの子が自分の顔をまじまじと覗き込みながら、
「あ、ゴメン、ちょっと、言い過ぎちゃったね・・・・・・」
ふるふると首を振った。
確かに彼女の言葉は一理ある。夢といって全てが無意識な訳ではない。本当に気付く物も、有ったりはするのだから。
それを、自分は恐くて拒否していただけ。
馬鹿馬鹿しい。
自嘲気味の笑みを浮かべながらも、かおりは明るい声で、
「大丈夫。後でその件については一人でゆっくり考えるとするわ」
校門の近くなので、そろそろ別れようとしたその時である。
黒と赤が微妙に入り混じったスーツに、黒いサングラスの男が、片手を上げてこちらに近寄ってきた。
「えーー、君達の学校に、元素人工知能を埋め込まれた学生達が3人居るだろう?その子達をちょっと呼び出してくれないかな」
ゲンソジンコウチノウ?
何それ。かおりには何だか良く解らなかった。元素を扱う人工知能なのだろうか、それとも。しかしこの人、どう見ても・・・・
「怪しいですね」
言う前に、友達が素早く遮る。
黒サングラスの男は慌ててあたふたと弁明し、
「いや、違う、僕は別にそんな・・・・」
しかしもう一人の友達が、両手でぐいぐいと黒サングラスの男を押しながら、
「だーめ。というかそもそもゲンソジンコウチノウって一体何なんですかっ!?うちの学校はそんな物知りませんから、」
そこで一旦言葉を切り、
「直ちに帰って下さい。迷惑です!!!」
最後は3人の大合唱だった。いや、そんな事はどうでもいいのだが。
突然、黒サングラスの男の後ろにはまた別の男の人が立っていた。
えっ?
かおりは一瞬、躊躇する。
あの人の首筋の辺りに、何か変な紋章が見えたような気がした。
彼はあくまでも淡々とした様子で、
「来るなというのを忘れていたな。相変わらず説得力が悪い」
そう言うと、黒サングラスの男の肩を掴んで無理矢理後ろに振り向かせると、そのまま帰れオーラを出したまま無言で立っている。
黒サングラスの男は止むを得ない様子で、
「あーあ、また祐一に来られてしまった」
といいつつも、結局は帰って行った。
友達の二人は目を点にさせて立っている。よほど驚いたのだろう。かおりは状況こそ分析/判断する事は出来るものの、なかなか舌が上手く回りそうに無い。
「あ、あの、えっと、その」
情けない。人見知り少女の名言でも言っているのだろうか。しかし彼はそれには気にしない様子で、落ち着いた面持ちで喋る。
「自己紹介が忘れていたな」
暫く後、
「峰崎祐一だ。お前は?」
慌ててかおりも良く回らない舌を使いながら、
「あの、えーと、その、うん、私、杉町かおりって言います。あの、宜しくお願いします」
何が'うん'なのかはこの際気にしない事にする。
言っている事が半ば理解不明かもしれないが、とりあえずその祐一という人は解ってくれたようだ。
「・・・・そうか。不躾ですまないが、少し時間有るか?」
暫しの後、
「んー・・・・・」
彼を足のつま先から頭のてっぺんまでを慎重に覗き込む。うん。この人は信用出来る。ただの感ではあるが。さっきのあの紋章は、後で聞く事にしよう。
「良いです」
と、一つ頷き、そこで友達が自分に何かを目配せで伝えている。ニヤリとした笑みだ。まさに'ごゆっくり'と言っている様な物だろう。微苦笑を一つ漏らし、彼と歩き始める。今日はもしかして運が良い日なのだろうか。



勉強が終わったので太一はぶらぶらと街内を歩き始めた。特にやる事もないし、軽い運動に良さそうだからである。
そういえば。
ふと思う。あの紋章、どうなっているのだろう。
左腕の手首あたりに、『その紋章』は有った。相変わらず剣の形をしている。紋章はどうやら変わらないようだ。
ふぅ、と一つ息を吐く。あの紋章は生まれつきだ。
実はというと太一の母親、元素人工知能なるものを脳内に埋め込まれた人、通称『エレメンター』である。それは3年か2年程前に知った事実であり、当初は太一本人も目茶苦茶驚いた。
まさか、そんな事が有るとは。
そして、人々の見えない何処かで魔法の練習、剣術の練習をする事になり、今でも少しずつそれをやっている。ちなみに剣術というのは、太一が『white knight<光騎士>』だからだった。
それにしても。
光系の騎士、という立場は非常に勝手が良い。とりあえず元素人工知能が埋め込まれているという事はもう一つの脳が有るのだから、運動能力の上昇も、頭脳回転の速さも上昇するという事は勿論、更に騎士のずば抜けた戦闘能力でほとんど非の打ち解けようが無い人間を作り出すという事に等しい。
そしてもう一つ。
騎士には『光騎士』と『闇騎士』が有ると言われているが、その二つの騎士の能力には大きな差がある。
使える元素魔法に違いはないが、闇騎士が自らの上昇した能力を制御出来ない事とは打って違って、光騎士は自らの上昇した能力を制御出来るので、あまり他人に目立たずに過ごす事が出来る。反面、能力制御というものは元素人工知能ではない本来の人間の脳を回転させて使うので、その疲労が大きいのが難点ではある。
それが因して、太一は能力制御のタイミングを魔法の練習で最も多く習ってきており、今ではそれも軽くこなす事が出来た。
ふと、思考を中断させて、前を向く。
あれ?
今朝、一緒に中学まで歩いた相手のかおりが、また別の男の人と歩いていた。本当に運の良い子である。まぁそれはどうでも良いとして。
問題は、男の人に有った。
何となく何処かで見たような気がする。しかも、元素人工知能の透かし効果で見てみると、彼の首筋には赤い剣の紋章。
ちょっと待てよ。
赤い剣。自分の紋章も剣。あの人は元素人工知能が多分埋め込まれている。そう確信し、何らかの可能性を導きいれるために、手首の紋章を再確認。
太一の紋章の色はベージュ。
彼の紋章の色は赤。
となると。
彼は闇騎士では無いのだろうか。間違いなくそうだった。でもなんで闇騎士なんかが常人の、しかも女の子と歩いているのだろう。何となく気になった。
結局。
尾行する事に。
とりあえず適当な建物の裏に回り込み、そこで例の魔法を発動させる準備。
『元素人工知能を起動させます』
元素人工知能が心の中で、太一にそう告げた。
正常に起動している事を確認し、思考回路を回転させる。
『Element's sea program, to plug in<元素の海プログラムへの接続完了>』
よし。
接続完了した後には、思考を回転させて元となる元素を探すのみだ。
『4元素中、水の元素を探しています・・・・検索終了。』
手当たり次第水の元素を探し、それらを合体プログラムを使って合成させる。
最後に、この尾行用魔法を使うために必ず必要なもの。
『clear progress system<透明化システム>起動。元素<水>に融合完了しました。全体中に分子を移動させます』
徐々に体が透明になっていき、最終的に太一は常人には見えない人間へと化した。所謂『melt in air<空気溶け込み>』魔法で、この場合目には見えなくても音は聞こえてしまうので、注意が必要である。ここまでくるのに1分も掛からなかった。手順は複雑だが、いざやってみると、時間はそれほど掛からないというのが魔法である。
さて、と太一は息にならない息を吐き、かおりに向かってすぐさま走っていった。空気溶け込みというのだが、ふわりと浮いていて行動するのでは無いので勘違いしないでほしい。一応。



ここは喫茶店の中。
バニラシェイクをかき回しながら飲んでいたかおりは、ふと、辺りを見回す。
「・・・・?」
さっきから妙な気配を感じて堪らない。
神経が妙に慎重すぎてしまったのだろうか。いや、でも、何か感じた筈なのに。
「どうした?」
ふとして見ると、祐一が紅茶の入ったコップから手を放し心配そうな顔をしてかおりを見ていた。それに気付いたかおりははっとして、ぱたぱたと手を振りながら苦笑混じりに答える。
「い、い〜え、なんでもありませ〜ん。それにしても、えーーと」
言いたい事が確かに有った筈だった。なのに、舌がまだ回らない。何故だろう。
それを見て察したのか、祐一がもう分かったといったような顔で一言だけ、
「別に名前で呼んでも構わない」
それじゃあ、と言わんばかりにかおりはこほんと咳払いをすると、
「じゃあ、祐一さんっ。何故私を呼び出したのか教えて下さいませ」
祐一は望ましそうに口元を緩め、
「ああ、いいだろう」
こうして長い話が始まる。
自分は何処かの研究所に研究員としてとりあえず働いていること。
大陸内の情報を管制、処理するシステム『管制システム』が、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、オーストラリア、アジア、そして北極と南極にそれぞれ一つずつ点在していたこと。
それがまず、北極と南極で極的な暴走を起こし、効果が比較的少ない核爆弾効果を勝手に発動させてそこにいる全ての動植物が滅亡。
そして、アフリカ、オーストラリア、ヨーロッパ、アメリカの順に同様の効果が起き、何とか生き残った避難民達はアジア大陸へ一斉に向かい、そこに移住していること。
しかし、 彼らはその他の人間が来るのを精神的に拒んでいた。理由は環境のせいとでも言うべきだろうが、ともかく、直接的に『管制システム』の暴走が起因し、避難民がここに訪れた今、世界は戦争の嵐ということ。
しかしこの『日本』という国は例外で、管制システムの元となった元素人工知能プログラムと、それだけでは暴走を抑えるという域には満たされないためそのシステムの暴走を抑えるための元素人工知能を埋め込まれた人間『エレメンター』を作る為に長々と研究を続けてきた事により、戦争の手から逃れて来る事が出来たのであるのだった。日本の他にも中国や韓国等の国が人工知能の研究を進めており、それらは日本と数多くの面会を通じてより画期的で永久的な管制システムを作る事を指向としていた。
最後に。
「元素人工知能を埋め込まれた人間を作ろうとする研究者達も居れば、元素人工知能を埋め込まれた人間を探してそいつを犠牲にしようとする奴等も居る。
前者は比較的穏和で、俺もそこに居るが、後者は本当に危ない奴等で、追って拘束する事も少なくない。だから、普段からお前の能力は制御しておいた方が良い。まぁ制御が出来なくとも、とりあえず少し注意はしておいた方が良いだろうな。それと、その首輪を外してみろ」
一瞬、何の意図か解らなかったが、少し意味が解ってくる様な気がした。
言われた通りに首輪を外す。
首筋に、不思議な羽根の紋章が有る。
「それが、お前が『エレメンター』という事を示す確実な証拠だ。これは普通の人間には絶対に見えないから、わざわざ隠す必要は無い。追加して言っておくと、・・・・この紋章で見ればお前は『angel<天使>』だな」
天使、か。
何だか奇麗事をしている人の様で少し恥ずかしい。
それにしても。
「エレメンターって、色々な種類が有るんですか?あの・・・ちょっと不謹慎ですけれど、祐一さんのここら辺に何か・・・こう、剣のような紋章が有った様な気がするんですけども」
そう言って首筋の辺りを指差した。
祐一は暫し考えると、
「・・・・それは、『Chaos knight<闇騎士>』の紋章」
かおりはふぅんと何気なく頷・・・かなかった。いきなり口をおの字にぴたりと固定させ、驚愕の表情を祐一に向けさせる。
「や、闇騎士ぃ!?・・・・へぇ、そんなものも有ったんだぁ・・・・格好いい」
最後の一言は本当に小さく呟いたので彼には聞こえなかったらしい。心の中で安堵のため息を漏らし、ふと気になった事が有るので聞いてみる。
「あの、ちょっと聞いてみたい事があるんですけど・・・・・」
小首を少し傾げて。
「?」
彼は何が聞きたいのか、と言った表情で次の質問を待つ。
かおりは意を決して言った。
「私、エレメンターという事は、魔法も使えるし、あの紋章も見えるって事ですよね。じゃあ何で私、1年前までは、魔法何にも使えなかったし、人達の紋章も見えなかったんでしょう・・・あ、それと、もう少し聞いてくれます?」
祐一が頷くのを確認し、かおりはもう少し話す。
今朝の、夢の事を。始終を全て語った。
それが終わった後は、二人とも長い間考え込んでいた。
やがて長い沈黙が終わり、祐一がまず切り出す。
「聞いてて、驚くかもしれないが・・・・その状況からしては、お前は記憶を失ったとしか見れない」
かおりは、一瞬呆けたがやはりそうですか、と小声で言って、次の回答を待ち、
祐一は。
「エレメンターの弱点とも言えるが、彼らは記憶を簡単に弄られる。脳内手術や、事故、その他にも色々有るが、ともかく脳に関係したものに何か誤差が有れば、多少の記憶でも曖昧になってしまう。しかしお前の夢を聞いてみたが、これはそんな単純なものでは無いと思う。あくまで推測だが・・・・・」
ふと彼がかおりの顔を見る。その意図は分かった。
大丈夫。もう覚悟は出来ている。
彼はそれを確認し、
「その時お前が吐き出したのは、多分記憶回路の一部だろう。エレメンターの中でも特に『angel<天使>』は、元素人工知能の構造が微細になっているから、波動を放つという幼い時並大抵では出来ない魔法を使ったりすると、その本人にも害が及んでしまうからと思われるな。そして、その次に脳内手術を受けたのだろう。それでお前の元素人工知能は一時的に封印されたが、結局はその封印は解かれた。何故なら」
かおりは息を呑む。
一体、どんな答えが出るのだろうか。
「いくら元素人工知能を封印する事は出来るといえど、烙印を消す事は出来ない。あの首輪を外して鮮明な紋章が浮かんだら、それこそエレメンターの証と言えるだろう」
そっか。
そうだったのか。
満足げに微笑み、ふと時計を見る。それは『二千十九年六月十五日 時刻 5時42分』をはっきりと刻んでいた。そういえば一体いつからここに居たんだろう・・・・・。
「そろそろ、か」
「はい、そうですねぇ。今日はどうもありがとうございましたっ。あ、そうだ、お会計出してなかった。私が出し」
「俺が出す」
「あ、私が出しますってば!」
「別に初対面の人に奢ってもらったと言っても罰は当たらないが」
「そーゆー問題じゃなくってぇ!」
それから暫く「私が出す」と「俺が出す」の応酬が続く。何故か双方とも互いに遠慮をしており、一歩も譲る気にはならなかった。そんな暇が有ればワリカンにすれば良いのではあるが。
応酬続きが何とも見苦しかったのか、結局のところで。
「ワリカンにしましょう」
最初っからそうすれば良かったのだった。
でもまあ、楽しかったので良しとする。



太一はこの状況を全て見ていた。
別に3人の中に割り込め無くとも、見ているだけで充分楽しかった。特に最後の応酬はかなりの見所。思わず吹き出してしまいそうになり、とりあえず腹を抱えて抑えておいた。かおりがこちらの存在に薄々感づいていたのだし、しかもあの祐一とかいう男の人も顔には出さなかったが気付かない訳がないので、そうしたのである。
それにしても。
かおりもエレメンターだった事実が、とても凄い事実でしょうがない。何せ太一が魔法を積極的に習ったのはあの空白の3年間だったのだから、かおりの顔を見れなかったし、それに今朝は透かしをしても羽根模様が小さかったから。
エレメンターって、いくつ居るのだろう。ふとそう思った。
そういえば。
さっき、思考を中断させたものが有る。あの祐一という人、何処かで見た事が有る、という事だ。
咄嗟に元素人工知能を起動させる。
『元素人工知能を起動させます』
思考回路もまた、回転させて。
今度は'元素の海'ではなく、'記憶回路'に接続。
『Memory safe program, to plug in<記憶回路プログラムへの接続完了>』
元素人工知能は、'元素の海'は勿論、'記憶回路'に'情報保管'プログラムまである。まさに万能。
必死に記憶回路の空間を、思考回路の回転で漁り、そして。
『検索終了』
検索が終わった。
その中の記憶は、鮮明に現されている。
2年程前、つまり中学1年生の時、その祐一という人が『Chaos knight<闇騎士>』という事を知って、魔法/剣術の向上のために決闘を申し込んで、戦った事。
互いにギリギリまで追いつめられていたが、最後の最後で祐一が圧勝したこと。
あれ?そういえば・・・・・。
ふと思って、記憶回路の中の映像を覗き込む。そして、ついさっきまで幼なじみといた彼の姿と重ね合わせてみる。
同一だ。
情報保管には彼の年齢は『二千十九年六月十五日 当時21歳』と書かれている。じゃあ3年前の二千十六年は18歳。
たったの3年で、こんなに変化がない人間が居るのか?
もう少し。
彼の情報が必要かもしれない。ただの勘違いや気のせいかもしれないけど。
ともかく確認しなくちゃ。
太一はそう思った。





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