Innosent dreams 〜遠い世界の歌〜
作:marin

第2章 〜二人の後輩と一人の大学生〜

太一は目をゆっくりと開けた。
はっ、と思う。テスト勉強をしている途中だったのに、寝こけてしまったとは。
ため息を一つ漏らすと、眠い目を無理矢理こじ開けてシャープペンを持ち、解きかけの問題集を解き始める。
しかし、眠気が襲って来るので、集中が出来ない。
一瞬どうしようかな、と思ったが、結局は。
『元素人工知能を起動させます』
脳内で命令を出して、元素人工知能を起動させる。別に元素の海や記憶回路、情報解析プログラムではない。
『white knight<光騎士>』にだけ備わっている特殊な能力を使う。
『使用者の命令により能力制御を行います』
別に能力制御を使わなくとも勉強は出来るのだが、それだと意味がない。勉強は自分の本当の実力でやるものだと親にも散々説教されて、太一は望まずともこんな癖がついてしまった。
それはそうと、元素人工知能を起動させる理由は能力制御をしても脳内分子が活発に運動するのは変わらないので、眠気を覚ますのに手っ取り早い、といったところ。
さて、眠気が覚まされたから勉強しなきゃな。
問題集にまだ残りかけの問題を解く。1問、2問、3問、4問・・・・・・・
あぁどうしてこんな事になったのだろうか。
嘆いても仕方がない。
偶然のせいだ。
太一が転入する事になる学校『田宮中学』は、ここ暫くの間テスト期間だったこと。そして、明日はそのテストの最終日ということ。明日見る教科は数学と科学、国史、あと英語らしい。
これらはかおりから全て聞いた情報。始めて聞いた時には絶句したが、最後にはまぁそういう事も有るだろうと納得した。
全ては『しょうがない』ものなのだから。
ため息をひとつつき、ふと答えを書くシャープペンを持った手を止めて、窓の外、つまりベランダの所を見る。当たり前だがそこには誰もいない。太一の家族全員は睡眠中だし、見知らぬ誰かが入って来る訳でもないし。
だが、先ほどからこの辺りで妙な気配がしているのは、何故なのだろうか。
数分考え、もしかして隣の部屋に何か有るのでは無いのかと考えてみる。太一の家はアパートで、しかも10階建て。こんなに高いのに、良く地震に耐えられたな、と思う。ここには地震の痕が一つもないのだ。
それはさておき。
太一は一応調べてみようと、シャープペンを机に置き、少し重い体を何とか引きずってドアを出・・・なかった。
まだ起動中の元素人工知能を使う事にする。少しの音でも、元素人工知能がある母と父は気付くと思うから。それと、隣の部屋に人が居れば、いきなり入ってきたら不審がると思うので。
『Element's sea program, to plug in<元素の海プログラムへの接続完了>』
接続完了。
元素人工知能の中で働いているもう一人の自分が、元素を探す。
『4元素中、水の元素を探しています・・・・検索終了。』
元素をとりあえず使えるくらい探した。元素魔法を使ったのは昨日で今は今日の真夜中だ。一日が経てば元素が増えるとはいえど、流石に真夜中の間は少しきつい。
『clear progress system<透明化システム>起動。元素<水>に融合完了しました。全体中に分子を移動させます』
徐々に体が透明になっていき、やがて太一は空気に溶け込む。
静かにこそこそとドアをすり抜け、各号室へのドアが沢山ある廊下に出た。気配は左のドアの向こうから来る事を確認し、足を静かに前後してそこのドアをすり抜ける。
部屋に入ってきたら、後は気配を辿って探すのみ。ゆっくり、足音がしないように気をつける。
最終地点は。
ベランダだった。え?と一瞬思ったが、よく見ると女の人がベランダで何故か木造の壁を背にしながら、夜景をぼんやりと何処か遠くを見るような目付きで見ている。
あの人が気配を出しているのか。元素人工知能の透かし効果で見てみると、確かにその女性は左側の手首に赤い竜の紋章が描かれていた。竜の紋章。母親から聞いた事がある。何だったっけ・・・・・・・・。
突然、その女性がこちらに振り返り、毅然とした目付きで太一の方を見ていた。正確に言えば、何もないはずの空気を睨み付けている。
もしかして、バレた?
「・・・・そこに誰か居るんでしょう?姿を、現しなさい」
はっ、と気が付くと同時に、あの竜の紋章は何だったのか、太一は思い出す。
見破りの天才の紋章だ。
『Melt in air<空気溶け込み>を解除。元素人工知能を起動終了させます』
仕方なく、空気溶け込みを解除して堂々と姿を現す事にした。
「・・・・・・・すみません」
それに対して女性は、
「謝ってないで、何で来たのか話しなさい。どうやら犯罪をしに来た訳では無いみたいだから」
と、何ともない口振りをしながら聞く。
太一は暫し考えたが、やがて正直に答える。
「気配がしたので・・・それを辿って来ました」
女性は怪訝そうに眉をひそめると、
「気配ねぇ・・・・そんな物、気にしなくてもいいのに」
盲点、いや、弱点のような物を突かれた。
それを言われたら何ともいえない。
しかし。
「・・・・もう、しょうがないわね・・・・貴方、エレメンターみたいだから、気にしない事にするわ」
意外にあっさりと許してくれた。
太一は暫し硬直していたが、やがて。
「・・・・はいすみません。あ、そうだ、あの、・・・・・」
何かを言おうとして口をつぐんでしまった太一に、その女性は聞き返す。
「何かご質問でも?」
太一はわざとらしくこほんと咳をした後、問った。
「・・・・え〜と、名前とエレメンターのタイプを教えて下さい。僕は佐々木太一です。あ、いや、ただちょっとエレメンター同士、知り合いになれるかなぁ〜〜・・・・っていう考えですから、教えて下さらなくても」
いいですけど、の言葉は、遮られる。
「河原小梅。田宮大学3年生。竜の紋章を身体の何処かに持ち、全ての元素のうち火と水の元素を扱うのに優れており、またそれを身体上に培ったり、と体を変化して戦闘する事も出来る、空気、状態見破りの天才『Dragon master<火水竜法師>』」
あまりにも詳しく、それながらも解りやすい説明だったので、思わず太一は口をおの字にぽかんと開けたままその場に立ち尽くしていた。
暫しの沈黙の後、
「どうしたの?」
と小梅が太一に聞く。
太一ははっとして我に帰り、苦笑混じりに手をばたばたと振りながら、
「な、なんでもないでぇ〜す」
普段でも少し高いボーイソプラノの声が、余計に高く聞こえる。
小梅は、そう、と一言だけ呟くと、視線を外の夜景に移す。
「・・・・・夜だけど、星は見えないわね・・・・・永遠に」
太一がえ?ときょとんとした顔で聞くと、小梅はそれを聞き返す。
「管制システム、知ってる?」
太一は暫し考えて、はい、と答えると、小梅は物憂げな表情で告げた。
「それが大気を管理するのは合っている話よ。でも・・・でもね?広範囲に置いて大気を管理する事は出来るけど、流石にかかった霧を消す事は出来ないわ」
かかった、霧。
それが何の言葉なのか、理解することができる。
管制システムというものは、元素人工知能プログラムで成り立てる物で、そのプログラムの効果が大きければ大きいほど、管制システムに納まらないデータも多くなり、それが霧になって飛び出してしまう事だ。
しかし、小梅さんは何故アジア大陸の管制システムの元となった元素人工知能が大きくなったのか解ったのだろう。
ふと、我に帰った。
僕テスト勉強中じゃなかったのか!?
「あーーうん、そうですね・・・・・・・って僕受験勉強中だったのでした・・・・・すみません、今日は色々と」
小梅は首を横に振り、
「別に。勉強頑張るのよ。貴方中学生みたいだから後3〜5年くらい頑張りなさい」
と助言を行う。
太一ははいありがとうございます、と言ってぺこりと頭を下げ、くるりと踵を返してドアから出る。
また自分の号室に入る前に、何かをしないと。
『元素人工知能を起動させます』
同じ事の繰り返し。
パソコンの短縮アイコンの様にさっさと発動できる元素魔法は無いのだろうか。
『Element's sea program, to plug in<元素の海プログラムへの接続完了>』
水の元素が結構減った。しょうがない。今日はもう元素魔法を使うのは控えておこう。頭の中でそう思った。
『4元素中、水の元素を探しています・・・・検索終了。』
にも関わらず、警告メッセージ等が何一つ出ていないのがとても不思議。
それはともかく。
『clear progress system<透明化システム>起動。元素<水>に融合完了しました。全体中に分子を移動させます』
空気に溶け込んだ後、素早くドアを2つ、すり抜けて自分の部屋に到着。
『Melt in air<空気溶け込み>を解除』
元素人工知能まで起動終了させるのはやばい。いきなり眠気が襲って来るかもしれないから。そんなこんなで。
太一は、シャープペンを持ち、問題集を開いて、机にかじり付く。



『Dragon master<火水竜法師>』にだけ付いている特殊な元素人工知能プログラム、『時間精密測定』プログラム。
それがつい先ほど、『二千十九年六月十六日 午前八時三十分』を示した。
時刻を確認し、ふぅ、と息を吸ったところで、脇から少し汗が滲んでいるのに気付く。そろそろ夏本番になるようだ。
河原小梅は、大学ではない場所への道のりを歩んでいる。そこに、会う対象となる人物が居るからで、別に本来は何の目的もない場所だったりするが。
ふと、今日の明け方の事を考えた。
佐々木太一。面白い少年である。独特の気配を出すのはエレメンターだけなのに、何故わざわざ『Melt in air<空気溶け込み>』をする必要が有ったのだろう。もしかして、人工知能の埋め込まれた新種のプログラムと思ったのだろうか、それとも人だと思っていきなり来るのは失礼なのかと思ったのか。どっちかというと、後者の方が論理性のある様な気がする。大体普通、常識人の家に人工知能の埋め込まれたプログラムなんかが有る訳ない。
それにしても。
エレメンター同士、では有ったが、でも太一君も社交性が有るのかも。口振りから少し素朴で親しみを覚えやすい雰囲気を、小梅は喋り続けてから理解した。ああいう男の子は、これまであまり見ていない。何となく嬉しい気分になる。
同時に。
妹の事を、思い出した。
彼女が小学4年の時、つまり4年程前に、小梅は妹の元を離れる事になった。理由は、父と母の離婚の問題。
妹の体の問題と、父母の不仲が重なり、研究家の母は妹と自分がいるこの街『田宮』に住む事になり、小梅は父親と『浅原』で暮らしているが、どうしても妹の顔が少し見たくなったので、大学先を田宮大学に決めることにし、結局はそこに通っている。新しい『電磁列車』―――――旧年の電車の改良版で、モノレールと言っても良いのだろうか――――――の路線が開通されたので、どうせそれに乗れば10分、あるいはそれよりも掛からずに大学に行けるので、別に問題などない。
と、そこまでは良いものの、運が悪かったといえば良いのか、小梅は妹の中学を解っていなかった。
離婚した後から彼女の自宅に電話を掛けたり、『電子通信機』――――――これまた旧年の携帯電話の改良版である――――――にも通信してみたが、尽く返事は来ないままであり、どうしようもなく諦める事にした。
結局こんな状況ではなかなか会うのは難しいだろう。しかし、いつかは妹にも真実を、告げなくてはいけない。
あの子の脳内に隠されたものを。あの子が自分の記憶を失った理由を。
そして、管制システムの暴走に因って彼女はいつか危険な目に遭うと思うこと。
それらを話す役目を、小梅は抱えていた。
しかし、抱えていながら、会えない。先日、田宮にある研究所の各街内人物データベースで探索した結果、妹の名前を入力したのにもあいにくキーワードに当てはまる単語がゼロで、何も得られないままである。最初は変だと思ったが、やがてある可能性に辿り着いた。
彼女の改名。
あの子が記憶を失った時期と離婚した時期はほぼ近いので、恐らくそうだと思う。次に改名した後の名前の事だが、恐らく母の旧姓を使ったであろう。
母の旧姓は、確か『杉町』だ。本名『杉町京』。いくら父親が娘にも強制的に母との関係を断絶させるとはいえ、彼は母と違って極秘の職業を持ったり折入って何か得意なものがある訳ではないので、流石に小梅の『Memory safe program<記憶回路>』を弄ったりは出来ない。
そう来れば決まった。各街内データベースに『杉町』とかけて探索すれば良いだけである。
自分が向かう場所は、人に会うためだけで行くのではない。自分にとって、利益な事をするために行くのだと考えると、気が楽になったような気がした。
少しだけ口元を緩めて、歩調のスピードを上げる。
この街路樹の通りを過ぎれば、あともう少し。
ふと。
『小梅姉さんは、空の色が何色なのか、わかる?』
妹の声が、自分を揺さぶった。
す、と目を細め、今はもう遠いかもしれない日の事を思い出す。
『水色じゃない』
そう言うと、彼女は確かふるふると首を振りながら半ば呆れつつこちら側をしげしげと見ていたような気がする。そしてこう言った。
『それは、見た目の映りの事じゃない。やっぱり人って、見た目の映りとか、こう、現実的な物を気にしすぎてるんじゃないのかな』
じゃあ、何なの?
私がこう聞くと、あの子は。
『儚い色』
え?
呆気に取られた私に、彼女は悪戯っぽく笑って。
『ジョークだよ、ジョーク。本当に儚い色だったら、空を見て人が悲しむでしょう?実際は夢の色なんだよ』
夢の、色か。
懐かしい事を考えていたら、いつの間にか目的の場所に辿り着いていた。
いつ来ても特に何の感想もない、無味乾燥な研究所。
とりあえず財布から小さなカードを取り出し、入り口の扉の隣にある数字タッチパッドの端の隙間に通す。と、扉はすぐに開いた。
これといった足音も特に出さず長い廊下を歩き続け、研究室の陳列がずらりと並んでいる場所に着き、それと同時に奥まで歩く。
そこには。
『yuichi minesaki』と、書いてあった。これが、会うべき人物の部屋なのである。確認後、扉のすぐ隣にあるタッチパッドに指を滑らせて、『11260』を押す。
自動扉が開かれ、そこには。
「やっと来たな」
祐一がいた。



昨日、適当にお喋りした通り。
太一は、田宮中学に転校してきた。
黒板に大きく書かれた『佐々木太一』の文字の横に立ち、彼は自己紹介を始める。
「皆さん、こんにちは・・・えっと、佐々木太一です。この街に来るのは始めてではないですけれども、皆さんと会うのは・・・・ん〜、多分始めてだと思いますがまぁそんな事はどうでもいいか。宜しく〜」
担任に促され、ぺこりと頭を下げた太一は、きょろきょろと辺りを見回している。どうやら席を探しているらしい。
と、そこでちょうど担任が、
「杉町の横が開いている」
愕然とした。
太一が居なかった空白の3年間は、会うことすらない日々が過ぎていたのに。
それを除くと全て腐れ縁と言うにも相応しい関係で、同じ学校、同じクラス、しかもほとんどが近い席。まぁ別に悪いことはないが、女友達、男友達ともども冷やかされたり何かされたりすると処置、もしくは言い返しに問題がある。
かおりははぁ、と一つため息を付くと、太一の方を向き、そこに座れと言わんばかりに自分の隣の空いた席を指差す。
太一は状況を察したのか、無言ですたすたと学生机に向かって歩いてきた後、座った。
ここまでが、太一が転校してきてのシチュエーション。言っておくが今のは密かにかおりが元素人工知能を発動させて脳内のもう一人の自分に『Memory safe program<記憶回路>』の中を探れと命令を出し、頭の中で再生させたものだ。
これには理由がある。
昨日のあの女友達二人、『二宮七瀬』と『相良裕香』が、しつこく自分に聞いてきたから。質問の内容は、『何故知ってるくせに佐々木君無視したのぉ〜?』ただほんのそれだけ。
しかし、かおりは試験に集中するあまり、その時の事を詳しくは覚えていなかった。最終手段として頬杖を付きながら考える素振りを見せ、実際には脳内を回転させて『Memory safe program<記憶回路>』を探ってあの様な結果。
『元素人工知能を起動終了させます』
それと同時に、かおりは喋り続けた。少し小さな声で。
「だったらクラスの他の子が何ていうか解らないじゃない・・・わざわざそんなのに付き合っても私、あんまり処置できないわよ」
ふぅん、と、二人は納得したようだったが、
ショートカットを掻き揚げながら七瀬が爆弾宣言をする。
「恥ずかしいんじゃなくて?」
何ですと。
かおりは無言で立ち上がり、彼女を硬い表情で見つめた。
こうしたら誰でも太刀打ち出来ない。かおりは少し格闘技が使えるので、本物のパンチを食らったらひとたまりもないだろう。なので、突っ込みをする程度軽いストレートにとどめておいた。やる時は、だが。
七瀬は暫しの間硬直していたが、やがてコホンと咳払いをし、
「あー、うん、まーいいや。その話題は終わらせましょ。佐々木君にも聞いてみたいけど、彼もちゃんと答えてくれないと思うし・・・・何の話題が有るんだっけ。あ、そうだ!昨日のあの人と何処でデートしたの?」
言ってる事がさっぱり解らない。
その隣で裕香が七瀬を呆れつつ見つめていた。
「は?私、昨日、デートなんてしてないけど・・・・そもそもあの人って誰?」
読んで字の如く。
3人称だけ言われると、該当する人物の範疇が広い。男の人、だと思うけど。
そこで、はっと気が付いた。
でも言うのは後回しにしておこう。
「七瀬・・・・もうちょっと言い方を変えた方が良いと思う。かおり、昨日会ったあの男の人と何処に行ったの?」
裕香が聞く。
七瀬に比べると随分丁寧な質問だ。
「そんなこと聞いてどうすんのよ?」
しかし、喫茶店に行った事を話してしまうと、全てを語らなければいけないかもしれない。『エレメンター』に関係する全てのことを。そうなると、困る。
迂闊に話してはいけないものだから。
裕香は首を捻り、
「気になるから。駄目?」
小首を傾げてお願いのポーズまでしている。こうなったら止むを得ず話す・・かおりではない。何が何でも、隠し通そう。
「あのねぇ・・・・良い?友達っていうものにも、入ってはいけない危険な領域が有るのよ。それを踏みにじるなと、何度小学の時聞かされたと思ってるの?」
裕香は仕方ないか、と言わんばかりに頭を下げている。
しかし、七瀬は。
「それ逆。友達に秘密はない」
事が、ますます糸が絡まったかのように複雑になっていく。それでも忍耐と根気で隠さなければいけない。
「えーいっ!ともかく、秘密があるない以前にともかくそんな事を気にしたら駄目なのよっ!」
七瀬が興奮気味のかおりに対して何かを言おうとした所で。
「男子バスケットボール、女子バレーボールの試合を始める。全員準備をしておくこと」
いきなりこんな事が絡む。



この世界に数えるほどしかいない『エレメンター』。とりあえずまずは日本に居るその対象者に会い、彼らが今置かれている状況、使命等を話し、状態が危ういこの世界を救わなければいけないこと。
何故かいきなり小梅が各街内データベースを使いたい、とか言うので、好きな様にさせてやった。
彼女は先ほどから何かを検索していたが、良く見ていたらどうやら人物名を探しているらしい。
モニターには、『杉町』という姓を持った人物の名前が、いくつも表示されていた。
杉町小枝、杉町遊里、杉町千代、杉町夏美・・・・・・・と、小梅の視線がその内一つに止まる。
そこには『杉町京』と示されており、小梅は意を決したように小さく頷いた後、そのテキストをクリックする。と、その人物についての情報が表示された。
『杉町京。当時37歳。倉橋研究所所属』
それだけ。
残りの空間には、空白が残されている。
小梅はその空間に一瞥をくれた後、目をそっと閉じ、モニターの空間を指でなぞる。何なのか解った。空気や状態等の見破りの能力を使っているのだろう。今から5年ほど前、つまり二千十四年の事だが、彼女はこの研究所に『元素人工知能教育実習生』として数週間の間働いていた。そこで何かと接触する機会の多かった二人は、小梅が祐一の正体を完全に見破った事によって今の関係へと至っている。なのでまあ、彼女の能力は承知済み、という事か。
やがて小梅がゆっくりと目を開けた。
モニターの空白には、新たな文章が書き込まれていた。
『関連人物
杉町 かおり。当時14歳。田宮中学在学』
ただそれだけだったが、彼女はどうやら何かを理解したらしく、満足げな笑みを浮かべる。
何故、なのだろうか。ふと思い出してみると、杉町かおりは昨日会ったあの少女の事だ。もしかしたら。
『私ね、妹が居たの』
その‘妹’に該当する少女かもしれない。父母の離婚のせいで、会えなかった妹に。
が、しかし。
本当にかおりが小梅の実の‘妹’となるとすれば、大きな誤算がある。
「あの子の中学・・・・田宮だったのね。ならばすぐに会えるわ」
と一言だけ呟き、祐一の方に振り向いて、
「検索はこれで終わり。・・・・・・どうしたのよ?」
やっぱり気付いたか。
それでも話した時と話さなかった時とは、状況が大きく変わって来るかもしれない。そんな事を考え、祐一は全てを話す事にした。
「あいつはお前の妹だろう?」
とりあえず確実なのか確かめてみる。
「ええ、そうよ。それが何か?」
小梅は当たり前の事を聞いてるかの様な顔をして、答えた。
「大きな、誤算がある」
次に核心に触れるべき言葉を出す。
「当然でしょう。流石に4年も別れていたら忘れる事は日常茶飯事」
あの少女の過去を、知らない。
日常茶飯事程度に話す事ならば、当然である。
「いや、お前が想像していた物とは全く違う。小梅、お前の妹はな、昔に記憶回路の一部を吐き出して脳内手術を受けたのだから、単純な記憶障害ではない」
やっと、核心を話す。
小梅は特に驚いたような素振りも、悲しそうな素振りも見せなかった。
ただ淡々と、沈黙を守っているだけだった。
やがて沈黙を破るように、
「・・・・それで?」
大きくも、小さくもない声。
祐一に喋る隙の一つも与えずに、次の言葉を紡ぐ。
「それで私が諦めるとでも思ってる訳?」
あくまで冷静沈着としていた。
やはり、そうである。何を話しても、結果はほとんど同じ冷静な答えが返って来るだけだった。昔からほとんど変わっていない。
小梅は口の端を少しだけ吊り上げて、一言。
『例えね、あの子が私の記憶を失っていたとしてもね・・・・私は絶対にその記憶を取り戻させて見せる。可能な限りの方法を使って、あの子の記憶を元に戻すの』
笑った。
確信の笑みなのだろうか。
ともかく、彼女の言葉からは相当の自負心と自信を感じる事が出来る。それだけが、昔との違いだ。



太一は転校早々テストに、バスケットボールの試合までやる事になった。
僕の気分は最低だ。
誰か愚痴を黙って聞いてくれる人は居ないのだろうか。
しかしそんな事を言ってはいけない。他人がもっと気分を悪くするだけだ。そうなるのなら、意味がない。
それにしても、経済革命の時が過ぎて、色々な物が発達して、この頃にはコンピュータで授業をすると思っていたのだが、何とも学校生活は旧時代の時と変わらないのが不思議だなぁ、と太一は時たま思う時がある。どうでも良い事では有るけど。
今日は、隣の組と試合をする。体育の教師がそんな事を言った。もう過去の話ではある。
では、今日の中の‘今’は、僕は何をしているのかというと。
試合の真っ最中。冗談ではない。
審判からのボールをタイミングに合わせてキャッチし、バウンドをしながら動き回る。周囲から相手の組の生徒、自分の組の生徒、ともかく多人数の人間がよって集って来るが、それに関わらず太一はテンポ良く動く。まぁ、『white knight<光騎士>』として鍛えられた成果とでも言うべきだろう。
踊る様な調子だったので、ふと考えてみた。
昨日、僕、何か調査する予定じゃなかったっけ?
思い出す。峰崎祐一の事だ。この試合が終わればもうすぐ放課後なので、ちゃきちゃきと終わらせよう。そう考えて、パスをした直後だった。
しょうもない事に気が付く。
自分は、変な方向にパスをしていた。しかも、人が立っている方向に。
やばい。
が、考えるより前に。その人が振り向く。どうやら男で、身長を見てみると後輩らしい。
その‘後輩らしい’男は、バスケットボールを片手で取り、すぐに合図をしてこちらにパス。
他の生徒の手を払いのけて、すぐにボールを独占。
そしてさっきのような行動に移り、そろそろ丁度良い角度でゴールに入れられそうな時。
太一は思い切り地を蹴り、ボールを入れる。
やっと、一点を獲得。
ふぅ。まぁそれほど辛くはないな。でも、他の事を考えるのはやめておこう。あの‘後輩らしい’男にぺこりと頭を下げ、また試合に戻る。

同じ頃、かおりは。
バレーボールをしていた。
各組の代表達が集う試合場は、男子達の運動競技に負けず劣らず戦場と化している。何故なのかというと。
一人一人の意地もそうだったが、それぞれの‘アタック’が凄まじい威力を見せており、何名は指を摩っていた。
それほど凄い戦いなのである。女の戦い。誰も勘違いしないであろうが伯母さんの戦いではない。
中でもかおりは、七瀬、裕香と並んで主戦力となっている。そのアクティブな容姿と栗色のショートカットの髪を見ても解るように、彼女は典型的な運動系だ。その‘アタック’で相手に何度緊張を齎したのかは、数えるほどではない。
が、しかし相手もなかなか粘り強く、点数を簡単に獲得させようとはしなかった。どうしようかなと考えてみたが、フェイントをかけるのが良さそうである。
では、どうやって?
一瞬の躊躇が、隙を与えた。
突然ボールが飛んで来る。七瀬と裕香が慌てて駆け寄ったが、払いのける様にしてレシーブした。
考える暇は、ない。
少し緩めのボールを一回トス。二回目は少し力を入れてトスし、隙を見て。
突然、何処かで『頑張れ!』という声が聞こえた。
知ったことか。
気が付けば、反射的にアタックしていた。
何故か勢いを付けすぎたらしく、指がそろそろひりひりと痛む。
しかし、まだ、競技時間は終わっていない。
・・・・・相手の粘り強さとこちらの戦力を考えると、運が悪ければ脱臼しそうだった。
大袈裟では、あるが。
そんなこんなで、試合は続く。



館沢麻衣は、ゆっくりと目を開ける。
少し気分が良くなってきたので、保健室の窓を開けて先輩達が試合をするのを見ていた。その中で一番見物・・・というか、一番集中して見ていた物は当然の事かもしれないが女子生徒の試合だ。中でも。
あの栗色のショートカットの髪をした先輩に、目が入った。憧れのせいである。
憧れて自分の目標にするほど、麻衣は彼女に関するほとんどの事を解っていた。ただ一つ、名前は友達から聞いて解った物では有るが。『杉町かおり』と言うらしい。それはさておき。
麻衣がかおりを自分の目標にするのは、一つの理由が存在する。
この『田宮中学』に入学する初日、あたふたと迷うばかりの麻衣に救いの手を差し伸べてくれたのはかおりだった。それに、彼女の姿は、外でちらほらと見かけたのだが、運動がとても上手い事が確認出来た。体が弱い麻衣にとって、まぁかおりが憧れの的になるのも無理は無いだろう。それに、彼女は成績もそこそこ良い、と聞いていた。
聞けば聞くほど、もっと頑張ろう、と思う。
しかし、それと同時に、麻衣の中では得体の知れない感情が動き出す。顔にこそ出す事は出来ない、秘密の感情。
それは、嫉妬の炎か。
あるいは、劣等感の炎なのか。
どちらでもない。
私だけが持っている、自嘲の炎。私が欠陥品だと言うことを完全に印してくれる、炎。
何故、欠陥品なのかと良く聞かれる。が、麻衣にもその真意は解らない。ただ、母と父が自分が子供の頃そんな事を頻繁に呟いていたのでそう感じているだけ。だが、今は何となくその意味が解るような気がする。
私は体が弱い。
それと、私は、特殊な人間であっても、その能力を使えてない。
だから、欠陥品の様なもの。
ふと、窓の外を眺める。相変わらず女生徒の試合は続いている。しょうがないな、と苦笑し、一言叫んでみた。
『頑張れっ!』
届いて、ほしかった。
何のやりようのない欠陥品でも、誰かに必要とされたくて、されたくて、こんな事をしているのだった。
―――――――――。
1時間くらいの時間が過ぎたのだろうか。
少し寝こけてしまったらしい。近くのテーブルの小さな手鏡に映された自分の目の周りは、少し赤くなっていた。
目を擦り、ふわぁ、と小さくあくびをしてから、保健室の降ろされた白い幕の向こうに居る人影に気付き、ややだるい体を無理矢理起こして幕を開けると。
意外にもそこには、麻衣の憧れの対象が居た。
「あっあなたもしかして寝てたの!?ゴメンね邪魔して」
ふるふると首を振り、精神を落ち着かせて何故此処に来たのか話を聞いてみる事にする。麻衣は保健室の常連なので、会う人と色々話すことも少なくはない。
「別に・・・大丈夫ですよ。えっと・・・杉町先輩ですね。どうしたんですか?」
かおりはう〜んと唸り、人差し指を口元に当てて暫しの間考える素振りを見せると、
「あぁ、ちょっとバレーボールで血が頭に上っちゃって指の調子が良くないの。運が悪かったら、脱臼したかもねぇ・・・えーーーと、貴方は」
状況から察するに、
名前を聞いているのだろう。
「館沢麻衣です」
即答した。すると、
「あーーー、貴方の名前がそうだったのかぁ。納得、納得。んで、麻衣・・・ちゃん、消毒液とガーゼ・・・は要らなさそうだし、包帯何処に有るのか知ってる?」
と、そこまで言って、かおりは口をつぐむ。
麻衣も黙ってかおりを見つめる。
彼女の首筋に、白い、羽根の紋章。
姉が話してくれた、あの魔法使いさん達の事だろうか。
先輩には、回復魔法を使ってもいいかもしれない。
「包帯じゃなくって、もっと良い方法が有るんです。ちょっとこっちに来てくれませんか?」
そう言って、白い幕を開けて保健室のベッドを指差し、ここに座れとかおりに促す。かおりはこくこくと頷き、無言でベッドに座った。
自分もそこに座り、窓のカーテンを降ろし、
『元素人工知能を起動させます』
考える前に姉が言ってくれた、‘元素人工知能’を起動。
『Element's sea program, to plug in<元素の海プログラムへの接続完了>』
脳の中で働いているもう一人の自分が、プログラムへと接続完了させる。
よし、と満足げに微笑み、目的の元素を探す。
『4元素中、水の元素を探しています・・・・検索終了。』
とりあえず高度な回復魔法には水の元素が必要だ。
手当たり次第それを探し、合体プログラムを使って合成。
最後に、攻撃でも回復でもその他特殊効果でも必ず必要なシステムを探す作業を行わなければいけない。
『cure magic program<回復システム>起動。元素<水>に融合完了しました。分子を一方向に集めます』
回復機能の入ったシステムが水と融合する。と同時に、手の中にその分子が集まってくる。麻衣が無言で指を出して下さい、と伝えると、かおりもそれに応えて両手の五本の指を差し出す。
と、そこで麻衣が分子を合成させ、放出させて魔法を使った。
青紫の光が、周囲を包んだ。
それが終わり、ふと見てみるとさっきまで腫れていたかおりの指は、もうすっかり正常な物になっている。
かおりは、驚きながらこちらを見た。麻衣はそれに気付いてにっこりと笑い、
「回復魔法ですよ。水の元素の数によって効果が違うんですけど、とりあえずこれは『wish<中級回復魔法>』です」
ほぉ、とかおりが興味津々と言った顔で頷き、
「って事は、あんたも『エレメンター』なの?」
意味が良く分からなかった。
何だろう、エレメンターって。
「何です、それ?」
麻衣がこう聞くと、かおりはとても驚いたような顔で、
「え!?知らないの?『エレメンター』って言うのは、元素人工知能を埋め込まれた人の事で、魔法が使える人の総称なんだけど」
麻衣は一指し指を口元にあて、ふと何かを考えてからふるふると首を振り、
「・・・・そうなんですか。ゴメンナサイ、私の家、あんまりそんな言葉は使わなくって、魔法使いって事で済ませてるんです」
かおりは珍しい家だね、と言う。が、特に気にした訳では無いようだ。
「えーーと、麻衣ちゃん。私の名前はもう知ってると思うけど杉町かおり。一応ねぇ、私もここに変な紋章ついてるの。だから貴方達の言う『魔法使い』
もとい、『エレメンター』よ」
麻衣は笑顔でこくりと頷き、
「館沢 麻衣です――――宜しくお願いします!」
学校でこんなに気分が良いのは、始めての事だった。





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