俺には親友がいる
 
話しかけても、答えはない
 
笑いかけても、何の反応も示さない
 
それでも俺達は親友だ
 
今までも、そしてこれからも
 
親友であり続ける
 
例え、あいつが嫌だと言っても
 
・・・もっとも、あいつがそんなこと言うわけがない
 
あいつが俺のこの言葉を知っているならば
 
最初は恥ずかしがるだろうけど
 
きっとこう言うだろう
 
「言われなくても分かってますよ・・・信君」
 
そう、言ってくれるに違いない
 
なあ、そうだろう?・・・イナケンよ


Memories Off 2nd  Append Scenario (The end of “Hope”)
『Pandora’s box』
 Chapter T “A stray friend”
作:NK



目の前にそびえ立つ大きな白い建物。
−桜峰総合中央病院−
という巨大な字が屋上近くの軒先に取り付けられている。
ここには、俺の友人がいる。
世に言う、「入院」という奴だ。
俺は足早に中に入り、友人の病室を目指す。
 

 中にはいると、病院特有の消毒液臭が鼻につく。
最初の頃は、これが嫌でたまらなかった時期があった。
しかし、今となってはもう慣れっこだった。
なんせ、かれこれもう一年近くここに通い続けているのだ。
慣れもするさ。
だけど、あいつの容態はいっこうに変わりそうにない。
・・・見守るしかない。
見守ることしか、できないんだ・・・
 

 病室に着いた。
「302号室 伊波 健」
プレートには消えかかった文字でそう書いてある。
・・・もう、長いからな・・・
俺は、ノックもせずにいきなりドアを開けた。
ノックをしても、返事がないことは分かっているから。
病室に入ると、ベッドの上に一人の男が横たわっている。
その隣には、無機質な音で脳波を示している機器。
見慣れた光景だった。
「・・・お前、いつになったら目覚ますんだろうな・・・」
 思わずそんな言葉が口にでた。
正直、見ていられなかった。
一年近くの歳月は、イナケンの体をすっかりやせ衰えさせていた。
無造作に伸びた髪の毛。
すけるように白い肌。
一年前、海岸で共に騒いだ、あのイナケンとはどう見ても同一人物には見えない。
しかし、彼は「伊波健」だ。
それが、現実だった。
俺はため息をつくと、ベッドサイドの椅子に腰掛けた。
 

 「・・・でさ、こないだ、店に来た子なんだけどさ、これがまたすっげえかわいいの!」
 俺は世間話に花を咲かせていた。
バイトの近況、新しくバイトに入った女の子のこと、トモヤのこと、朝凪荘のこと。
次から次へと、俺の口からとりとめのない話題が流れていく。
当然、それに対するイナケンの答えはない。
我ながら、無駄なことをしているな、と思う。
一方的な会話。
相手の受け答えは、皆無。
それでも、俺はこの会話をやめる気はさらさら無い。
これは必要なことだから。
きっと、イナケンにはこの会話が聞こえている。
この会話を待ってくれているに違いない。
そして、何時か・・・
・・・・・いや、違うな。
この会話が必要なのは・・・
ほかならぬ、俺自身だ。
こうやって、一人、イナケン相手に独白することで・・・
・・・俺は自分自身に救いを求めているのかもしれない。
 

 イナケンがこの状態・・・植物人間の状態になったのは、今から一年近く前の八月の終わりのことだった。
妙に涼しい日で、客の入りも少なかったのを今でも鮮明に覚えている。
あの日のバイト中、突然店を飛び出した希ちゃんを追いかけて、イナケンも店を飛び出した。
二十分近く経っても、二人が戻ってくる気配はない。
俺は、二人のことが気にかかり、店長に無理を言って抜けさせて貰った。
妙に、胸騒ぎがした。
手がかりは、希ちゃんがつぶやいた言葉・・・
「踏切の・・・音が・・・する・・・」
 

 踏切の前には、かなりの人だかりができていた。
胸騒ぎが、悪い予感に変わる。
人をかき分けて中に入ると・・・
そこには、意識を失って倒れているイナケンの姿があった。
「イナケン!!」
俺はイナケンを抱きかかえる。
完全に脱力しきっていた。
目は開かれているが、その瞳には何も映っておらず、半開きになった口からは涎を垂らしている。
視線を踏切の中に移すと、そこは・・・
赤いペンキをぶちまけたような凄惨な光景が広がっていた。
 

 その後、イナケンは病院へと運ばれていった。
俺は付き添いとしてついていった。
イナケンには外傷は全くなく、心因性のショックによるものだろうという診断だった。
さらに、到底信じられない真実を医師から告げられることとなる。
一つ、相摩希には望という入院中の双子の妹がいること。
一つ、踏切で亡くなったのはその二人だということ。
一つ、イナケンが意識を回復する可能性は不明だということ。
信じられなかった。
信じたくなかった。
しかし・・・
今までのことが、これで全て辻褄が合うようになる。
希ちゃんの二面性。
戻らないイナケンの意識。
全てが、「これが真実だ」ということを示していた。
受け入れざるを得ない、最悪の真実。
 

 あの後、俺は自分を責めた。
お門違いだってことは分かってる。
どうにもならないことだって、重々承知している。
無論、イナケンがそれを望んでいないことも。
それでも、俺はこう思わずにはいられなかった。
「もし、俺がもっと早くいってやっていたら?」
「もし、何かイナケンの相談に乗ってやっていたら?」
「もし、イナケンをバイトに入れなかったら?」
「もし・・・・・」
 

 智也にこのことを話すと、笑ってこう言った。
「全く、相も変わらず独りよがりで迷惑な奴だな。健も困ってると思うぞ?決してお前の責任じゃない。」
・・・自分でも分かってるんだよ。そのくらい。
・・・でもな、智也・・・
・・・ダブるんだ。
・・・何故か、お前のあの時とダブるんだよ。
白い傘。
それを抱きしめて、その場に呆然と佇む智也。
その時とは、全く状況は違うのに。
同じ・・・感じなんだ。
桧月さんを失ったお前と、希ちゃんを失ったイナケン。
何か、いやな予感がした。
 

 その時だった。
脳波計の波系が突如として乱れ、イナケンに僅かではあるが苦痛の表情が現れた。
しかしそれもほんの一瞬のことで、次の瞬間には既にいつも通りの表情に戻っている。
俺は看護士を呼ぼうと、ナースコールを手に取った。
しかし、結局は何もせずに元に戻した。
おそらく、この事実を告げたところで、主治医はまともに取り合わないであろう。
それならば、俺の心の中に留めておこう。
一瞬だったが、イナケンの見せたあの表情。
そして、さっきの予感。
イナケンの救いを求める声のような気がする。
分かった。
絶対、救ってやるからな、イナケン。
そう心の中で誓い、俺は病室を後にすることにした。




後書きです。
え〜。まず、希&望ファンの方々に謝罪を。
あの二人をあっさりと死なせてしまい、申し訳ありません。
我が駄文に期待されている方はいらっしゃらないとは思いますが、もし、この二人の活躍を期待されていた方がいらっしゃるならば。
ほんっとオオに、申し訳ないです。
内容としては、信の視点から描いた世界のプロローグのようなものでしょうか。
前話とはこの後にリンクしてきます。
・・・それにしても、暗い。
信も何かキャラが違うような気が・・・
はあ・・・
これからどうなることやら、本人にも分かりませぬ。
皆さんのご意見ご感想ご批判等々ばしばしくださいませ。
首を長くして待っておりますゆえ。
それでは。
敬具



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