Lilac
N・O



Fool on the life










夢。
夢を見ている。

私は以前百貨店に立ち寄ったとき「北海道物産展」に迷い込んだ事がある。
たくさんのブースの中に、キツネの毛皮を売っている店があり、襟巻きが陳列してあった。
これを巻いて自転車に乗ったらと思って手にとってみたのだが、ついている値札を見て元の場所に戻した。
とても一学生の返る物ではなかった。
かわりにキツネの手のかたちをしたキーホルダーが目にとまった。
こっちは値段も高くないし、一緒に鈴をつけて「ちりん、ちりん」とやったら楽しい気がした。
でもよく見るとやけにリアルな爪がついていたので、買うのをやめる事にした。
それが「本物」だったのか、確かめる勇気はついに出なかった。
その店の目玉商品は「キタキツネの剥製」で、中型犬くらいの大きさで、思っていたより手足が細かったと思う。
美しい色をした毛並みが、とても温かそうで、きれいだった。
値札の桁数は多かったが、想像していたよりも安かった。
可愛かった。
悲しかった。
人間て本当に良いものかしらん?
以前読んだ絵本に出てくる親狐の様に、
そんな風に感じる自分が、少し可笑しかった。

夢。
これは夢。
夢を見るのだろうか? 次の日も。
眠るのが少し怖い。
自分を見るのは嫌だった。
自分が嫌いだから。
朝、起きたらもう忘れているだろう思考。
そして何時ものように学校に行き、帰ってくる。
そんなことを、夢の中だけで、思い出す。




私は高校に入り、日常を過ごしていく。
友人らしい友人も作らず、一人で。
意識的にそうしていた訳ではなかったが、結果的にそうなった。
ドストエフスキーはかつて「自分をそっとしておいてくれるなら、全世界をだって売り渡したいくらいだ」と言ったらしい。
今ではその気持ちが良くわかる。
好意や善意もあったのだろうが、向けられる悪意や憎悪、好奇心がまるで雑音のように煩わしかった。
一人で過ごすのは寂しい、けれど、それは決して不快な気持ちではなかった。
私はよくそれを紛らわす為、本を読む。
フィクションの世界に思いを馳せることは、時に「現実逃避」と言われる。
それは、現実こそが真に人の生きるべき世界だからだろう。
でも、私にはそのことがよくわからず、実感できない。
めぐりあわせが悪くて、傷付いたり、不幸だったりして、フィクションに生きる場所を求めたのではない。
訳も無く、最初から。
この世界に生きる理由がよくわからない。
現実を生きることにあまり実感が持てない。
人とのふれあいをそんなに楽しいと思えない。
社会の出来事に殆ど関心が動かない。
この世界を大切に感じることができない。
どれほど自分に言い聞かせても、それを肯定することができない。
そして、そんな自分自身をも、愛することができない。
自分を肯定することは、世界を否定すること。
世界を肯定することは、自分を否定すること。
何時までこんなことを考えればいいのだろう。
やめてしまえれば楽になるのに。
私が私であることを。
だがそれはできない事なのだ、とわかっている。
私は路傍の小石にはなれないのだ。
そして私は物心ついたころから、ずっと心の片隅に思い続けてきたことがある。
自分は「出来損ない」ではないかという疑問だ。
打ち消すことも、忘れることもしないままに、日々を過ごしている。
色々な物が満ち溢れた、現実ではない、でも自分もいない、フィクションの世界に想いを飛ばしながら。

私は、
疲れ過ぎてるだけ、たぶんそれだけ。
きっとそうだ。
少し休みたい。




「人に会うのは嫌い」以前の私はそう公言して憚らなかっただろう。
今でも、決して得意ではない。
ときに誰にも会いたくない状態になってしまう。
それでも、変わったのだろう。
それとも気付いたのだろうか。
今の私は、人に会うのがそんなに嫌いではないらしい。
不思議な気持ち。

その日は土曜日で、授業は昼まで。
何人かのクラスの男子たちが外でソフトボールをすると言って騒いでいた。
放課後、私は例によって裏庭の片隅で野良達に餌をやっていたのだ。
がきん、という金属音、そして歓声。
それにかなり遅れてやってきた鈍い衝撃に突き飛ばされて膝をつく。
「痛っ……」
目をやると脇に転がるボールと芝生のへこみ。
「大丈夫か、鹿島?」
それは最近付き合いのある、時折話しを聞いてあげたりしていた人。
小学校のころにささやかなお節介を焼いた彼。
「平気、何とも無い」
野良達は皆逃げてしまった。
それが少し不愉快で、
手早く荷物をまとめて立ち上がる。
「じゃあね」
「え…鹿島?」
呆然とした彼に背を向け立ち去った。
「鹿島!?」
ボールの当たった肩口が鈍く痛んだ。




そして時計が4時を指した時。
何となく予想していた通りに、彼は家に来たのだった。

もう少しきちんと話をしておけばよかったと、少しだけ後悔した。
「肩にボールぶつかったんだよね?本当にごめん…」
彼は謝り通しだ。
「吉野君、別に大した事じゃないわ、バウンドしたのが当たっただけだし…」
痣が少しできたけど、と口には出さず付け加える。
「でも硬球だぞ!勢いもあったし本当にごめ…んっ!?」
手で、彼の口を抑える。
私は少しだけ息を吐いた。
「同じ事を何度も言わないで、何度も聞くのは鬱陶しい。それに時間の無駄」
手に力をこめる。
体を寄せる。
「私は平気だし怒っていない、それで良いでしょう?」
嘘。
嘘だったが、わざわざ謝意を伝えに来てくれた事を考え、許すことにした。
少しだけ表情を緩め、手を離し立ち上がる。
「それより、折角来たんだから…ゆっくりして行きなさいね」
それを聞いて何故か彼は少し慌てたようだった。
「い、いや、なぁ鹿島?その、俺、汗だくで汗臭いし…」
「何?私が今日出すお菓子とお茶より、そんなことの方が気になるの?」
「そ、そういうわけじゃ…ない、けど」
「そう、じゃあつまらない事言わないで、……大体学校にもシャワー室あるでしょう?使ってから来れば良かったのに……」
「授業でもないのに使わせてくれないって、そんな事より早く謝りたかったからさ……」
「ふうん…」
じっと、彼を見る。
「…なんか今日少し意地悪くないか?」
「人聞きの悪いことを言うわね」
「…正直言うと昔にもぶつけちゃった事があってね、さんざなじられてさ、怖かった」
苦笑しながらお茶に手をつける彼。
まずい。
私は、
彼のことが好きなんだろうか。
でも、
愛や恋は嫌だ。
あれは一種の麻薬。
人を脆く変えてしまう。
もう「それ」以外の、何かなんて気にせずに。
気にもならなくなる。
そんな風になるのだ、でも。
甘酸っぱい、希望にあふれる日々にも、
いつか 終わりが来る。
残されるのは、少しの不安と、大きな未練だけ。

嫌だ。

暫し互いに無言、黙々とお茶とお菓子を減らしていく。
ハーブの香りと砂糖の甘さが、そんな思いを僅かながら紛らわしてくれた。




時計が6時前を指した時、彼は素っ頓狂な声を出した。
「げ、もうこんな時間!電車がそろそろやばい」
カチリ、と分針が動く音がする。
「駅に行くのよね?夕飯の買物があるからついでに送って行くわ」
「いや、俺が送っていく、何かそれは逆だろ?少しは格好つけさせてくれ」
「…そう、有難う」
気に入りの白いダッフルコートを羽織り、靴のつま先で地面を叩く。
「ああもう、今日はボールぶつけるわ何やらで迷惑かけ過ぎたな、ほんとごめん」
どこか済まなそうに言う彼。
それが気に障って、
だん、と。
彼のすぐ後ろのドアに掌を叩きつける。
「全く……同じ事を何度も言わせないで!」
顔を近づけて続ける。
「怒っていないって言ったら怒ってないの!はい、リピートアフターミー、私は怒っていない!!」
彼はきょとんとしていたが、恐る恐るといった風に続ける。
「か、鹿島は怒っていない…」
「そう、私は怒っていない、理解した?」
「あ…、うん……わかった……」
溜息。
「これでこの話は終わり、行くわよ、電車が近いんでしょう?」
「げ、そうだった!」
走るのは真っ暗な夜道。
そこに並ぶ木々から抜けてくる風がとても心地良くて、
私は彼の少しだけ前を歩く事にする。
何故か顔を見られたくなかったからだ。



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