『挨拶ってそういうもんだ』
ゆげちまる



おはよう、と声をかけられたので、おはようと返した。
 ただそれだけなのに、彼女はそれがとてもお気に召したらしい。
「お前の背中に女の幽霊が見えるよ!」
「マジで!?」
 気づけば彼女は、いつも僕の傍にいた。背中とか枕元とか肩の上とか。

          


「いいか、言葉ってのには魂が宿るんだよ」
「随分と使い古された言葉だよね、最近」
 僕は喫茶店のテーブルで大仰な態度を見せながら語る孝史に冷静に突っ込みを入れた。というか、両肘をついて人の顔を指差しながら偉そうな態度で言われれば、内容がどんなだって僕は一言キモいで終わらせそうだ。
 コーヒーに砂糖を入れながらその条件反射で答えた僕は、顔を顰めた孝史を無視する。
「お前な、人が折角相談に乗ってやってるのにそういう態度はないだろうよ」
「相談ってなにさ。僕がいつ君を頼った? 
 自惚れて図に乗ってのぼせあがるのもその辺にしておいた方がいいよ。明日の朝刊では君の住む地域一帯が全焼してる写真が載るから楽しみに」
「ごめん調子に乗りました。俺の興味半分です、ええ」
 なんだかんだ結局偉そうな態度を改め頭を下げる孝史。
 もっともお互い本気ではなく、ただ純粋にお決まりのやりとりというやつだ。じゃれ合いのようなもの。ただ、聞いてる方は物騒に思うだろうけど。
「しかしなあ」
 頭を上げた孝史が、ぼやくように僕を――いや、厳密には僕の背後を見やる。その表情は苦虫を噛み潰したようでいて、ひき潰された猫を見るようでもあった。
「それ、平気なのかよ?」
 若干僕とはズレたところを指差す孝史。彼が言わんとしていることはよくわかってるし、仮にそこを向いたところで僕にはわからないだろうから、顔を孝史に向けたまま答えた。
「平気だよ……と言いたいところだけど、正直、あまりいい気分じゃない」
「おいおい、そういうことあんま言うなって。お嬢さんの機嫌損ねてご臨終とかシャレにならねえぞ」
「だったら最初から訊くなって」
 それもそうだ、と頷き、孝史はソレから視線を逸らした。
 孝史の言うそれ、とは何と言うかかんというか、単純かつありていに言えば、幽霊。夏とかによく出るアレ。病院とか墓場とか映画館にたむろしているらしい、死んだ人。
 幸か不幸か――まあ僕だったら不幸以外の何者でもない――孝史という男はあれで寺の住職の息子だったりする。次男坊なので世継ぎは免れたようだが、そういう霊的な力は家族で一番らしい。もっとも幽霊がぼんやりと見える程度らしいが、彼に言わせれば『今時の坊主、幽霊が見えてもしょうがない。坊さんはいかに檀家を騙して毟りとるかが重要なんだ』とのこと。そこでもっともだ、と頷いてしまう僕も随分とバチ当たりだなと思ったりする。
 話はズレたが、とにかくそういう霊視とやらができる彼が、僕の背後に女の幽霊が付きまとっているというのだ。なので事情を話したところ、突然コトダマとかに話を持ってきた。
「ああそうそう話が逸れて忘れかけてたよ、言霊がどうだっていうんだ?」
「お前が逸らしたんですけれどもな。まあいいけどよ」
 そこで言葉を区切って、孝史はコーヒーをブラックのまま啜り、窓の方を一瞥した。つられて僕も外を見ると、木々が大きくしなっていて、道行く人も髪の毛を押さえていた。
「白か……」
 その孝史の呟きが何を意味するのかは考えないことにした。
「まあ、その、なんだ」
 コーヒーを飲み終えた直後に水の入ったコップを掴み、氷ごと口に流し込んでぼりぼり言わせながら、孝史は曖昧に言葉を紡ぐ。
「お前惚れられたな」
「言霊全然関係ないね」
 速攻の問答で場を凍らせる。わずかな秒間、睨み合う僕と孝史。その間もがりがりと口の中の氷を噛み砕いている孝史を突っ込みたくてしょうがなかった。
「ああ、それについては言ってみたかっただけなんだが」
 突っ込みの誘惑に耐え切ったところでまたもカミングアウト。確信犯じゃないのかこいつは。
「まあともかくだよ、お前はおはようと言われ、おはようって返した。それは既にこっち側にアクセスできない筈の彼女にしてみれば、嬉しいことなんじゃないのか?
 普段なんの気なしに言ってるけどよ、いざ言われなくなると寂しいもんだぜ。簡単に思えるけどよ、十分意思がこもってるんだよ。挨拶ってなそういうもんだ」
「それってさあ、僕が悪いのかなあ?」
「悪いわけないだろう、お前は良いコトをしたんだ。誇れ。生まれて初めてだろ、人に感謝なんてされたの」
 なんだろうこの黒い感情は。まあいいけれど。
「まあ、要は運がなかったってことかな……」
 孝史の言葉を無視して、カップに残ったコーヒーを最後の一滴まで煽る。その真白いカップに、一瞬だけ女の顔が浮かび上がった。
 ――これは悪質だ。
 そう思うけれど、やっぱりなにより悪質なのは、その女はずっと笑っていて、とびきり可愛いってことだ。幽霊とはいえ、これじゃあ邪険にできないじゃないか。 
「さて、それじゃあそろそろ出るか。俺はこれから現世の女とデェトだ」
 コーヒーをおかわりする気がないらしい彼は、僕の相談を受けるだけしてもう帰るつもりのようで、ゆっくりと立ち上がろうとする。
「現世といってもパソコンの画面の中でマウスクリックしながらのデートだろ?」 
「くそっ! なんで知ってやがる!」
 当てちゃったよ。
 人間としての終わり具合が素晴らしいな、孝史は。
 その場でぶつぶつと何か苦悩するように呟いて立ち尽くしている孝史と伝票を置いて、僕も立ち上がる。
「代金はあそこの連れが払うんで」
 店員にそう告げ、僕は喫茶店を後にした。
 店から出ると途端に、むわっとした肌を包み撫でさするような不快な温かさを覚える。肺に取り入れる空気すら暑く、思わず顔を顰めた。
「幽霊か……夏だもんなあ」
 一度死んだ人間があの世からこっちに戻ってくる季節、なんてよく考えれば大惨事でしかないだろう。盆について少々考えを改めながら、昇る熱気を放つアスファルトの上を歩き始めた。
 とりあえずすることもないのでこのまま自宅に帰ろうと思うのだが、やはり幽霊なら幽霊でさっさと御払いを済ませた方がいいのだろうか。だが御払いをしようとしたら恨まれて殺されちゃいました、とかも冗談にならない。まあ現状、彼女が僕のところにいて困ることはないし、放っておいても構わないか。体がだるいのは仕方がない。
「……でも、風呂とかトイレ入ってるときに見られるのは鬱入るよな」
 彼女に憑かれてからこっち、機会があれば彼女にじっくり見られてる。必死に隠そうとはしてるが果たして隠れているように見えてるかは疑問だ。だって楽しそうだし。
 いずれにせよ考える問題は山積みだ。こういう時冷静になれるのはやはり自室に限る。
 そう思って、心なしか忙しない街の風景の中、ことさら急いで足を動かした。

        
  ◆


 霊というものは自分を認識できるものにとにかく寄ってくるという。現世に未練があって彷徨っているのだから、現世との繋がりを求めるのは至極当然なことだ。
 つまりそういうこと。波長があったのか、僕は迂闊にも彼女を見てしまい、声をかけられ、また声をかけた。それにより彼女が僕を拠り所とするのは流れとして正しい。
 けれどそんな理由で僕が納得する訳もなく、今こうして彼女を目の前に正座させ(そんなことができたことに驚いている)、話し合いをすることにした。
「別れよう」
 ……………………。
 冷房をつけてないのに部屋が寒くなった。
「ああ、いや間違えた。僕に憑くのはやめて、どこか別の場所に行ってくれないか?」
 どうもこの暑さで僕も混乱しているらしい。妄言を取り消して必死に言い直した。
 しかし彼女は、その結論だけを述べた提案にはとりあえず頷かなかった。まあ、そうだろうな、と半ばわかってた答えに肩をすくめ、改めて話に入る。
「なんで僕に憑いてるんだい? そのことで、君が何か得することがあるのかな」
 自分も正座したまま尋ねる。すると幽霊は、こくりと頷いた。
 けどそれは頷いた雰囲気があったので、そう思っただけだ。 
 補足しておくと彼女には明確に表現できる形というものがない。形容しようがないくせに、笑ったら笑ったとわかるし、怒ったら怒ったとわかる。そしてその笑顔が凄い可愛いってことも、知らないうちに思えてしまうのだ。幽霊にはカタチがないとは言うが、なるほど既存の考え方じゃ説明ができない。形而上、というのはあるのだろうが、それは真であり贋であるということだろう。
 識る者に依存するというのなら、一つ美少女だと思っておこうじゃないか。いくらか気分が楽になる。
 話は逸れたが、彼女は僕と居ることが得だという。それは一体どういう意味なのか、訊いてみる。
 何か言いたいことでもあったのか、食べたいものでもあったのか、幸せにしたい人がいたのか、不幸にしたい男でもいるのか、或いは僕の生気を啜ってみたい等など。あ、最後のは多分もう実行されてるな。だるいし。
 が、どれも彼女は首を横に振る。幽霊のやりそうなことは一通り挙げたつもりだったんだけど。
「それじゃあ、君は一体何がしたいんだい?」
 もう自分で考える分にはお手上げだ。直接聞くしかない。今まで会話したことがないから、話せるかどうかは甚だ疑問だけど。
 と、彼女は急にそわそわしているような様子を見せる。やはり話すことはできないようで、伝達方法に困っているようだ。
 ――あ、待て、嫌な予感がしてきたぞ。
 口では伝えられないことと、口で言ってもわからないことを教えるには、やることは一つだ。
「ごめん、僕が悪かっ――」
 けどもう遅い。彼女はとっても名案を思いついたような無邪気な顔で、僕の心臓を思い切り掴み、引きずり出した。
 完。
 というのは嘘だが、彼女はおもむろに僕の胸に手を当てると、そのまま中身を押し出すように動かした。
 瞬間に、どんというわずかな衝撃を覚える。視界は流転し、随所に黒い穴が空く。なにか、とても理解できない状況に陥っている。が、昔からその手の漫画ばっかり読んできた僕は不覚にもすぐに理解してしまった。
「ああ、これが幽体離脱ってやつか」
 自分の体が遠くに見える。というのは天井付近に自分がいるということで、自分が二人居るはずはないわけで、ならこんなところしか考えつかない。ご都合主義と言うなかれ。
 ってこれじゃあ心臓引っこ抜かれたのと変わってないぞ。
「君も無茶するね」 
 苦笑混じりに、改めて眼下の少女を見下ろす。すると、彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべて、うん、と頷いた。
 どうやら同位の存在になったせいか、言葉もわかるし体もはっきりと見える。ただ僕と違うのは、体の一部から線が伸びてないというところ。いわゆるシルバーコートというやつで、離脱した幽体を肉体に留めるためのコンセントとアダプターケーブルのような関係のものだ。それが僕らの違いを明確にしている。
 僕は生きて、彼女は死んでいるということ。
「面倒だから昔のことなんて訊かないけどさ、なんでこんなことしたの?」
 栗色の髪の毛のショートヘアー、見た目高校生くらいで……そうだな、僕の方が頭一つ分身長抜けてる。その彼女の前に立ち、単刀直入に尋ねる。
 こんなこと、とは、別に僕のハートをぶっこ抜いてゴーストな体験させたことを言ってるわけじゃない。彼女もそれをわかっているようで、それほどの罪悪感を露にはしていない。いや、それはそれで問題なんですけど。
 僕の簡単な問いに、彼女は押し黙ったまま暫く何かを考えているようだった。視線を右往左往させ、表情を幾たび変える。
 なんだろう、それほど深く考えるような事情があったというのか。
 それとも、もしかして喋れないとか?
 ならさっき頷いたことや、まして僕におはようと語りかけてきた時の説明がつかない。だめだ、頭が混乱してきた。やっぱりもう一度訊いて何かしら話してもらうしかない。
「なんでもいい。別にどんな理由だって怒らないから、兎に角少しでも君のことを教えてくれ」
 真剣な眼差しで、真剣に問う。
 だが――
「あ……う……あ……ああ……」
 彼女は泣き出した。瞳からぼろぼろと涙を溢し、それを両手で必死に拭うがそれでも止まらず、まるでその様子は顔を掻き毟っているかのようだった。
 酷く、胸の痛む光景。けれど彼女は言葉を口にしない、ただ赤子のように唸るだけで。僕はそれがとても不愉快だった。
 何で泣くというのか。なら、訴えればいい。恨みでもなんでも、思い切り口にしてしまえばいい。未練があるならそう叫べば――
「――いや、もしかして、君は喋れないのか?」 
 少し考えれば、わかった答え。
「あ……うん」
 そして泣きながら彼女は頷いた。
 なんだ、要はそういうこと。彼女は喋れないからこそここにいるんだ。
 あまり詳しくはわからないが、恐らく彼女は生まれつき何かの障害で言葉をうまく操れなかったに違いない。だから長い言葉は使えず、うんとかううんといった、単純な『受け応え』しかできなかったのだ。
 ならきっと理解できる。彼女はきっと死ぬまで誰かに、自分から話すということがしたかったのだろう。だから挨拶だ。
 挨拶は単純だ。だが、自分から相手に伝える意思だ。彼女はそれを求め、僕がそれに答えた。
 嬉しかったに違いない。僕にはとてもわからないが、彼女にしてみれば、それは最大限の自己主張であり手段だ。だからその交わされた挨拶には、きっととても大きな想いが詰まっている。
 それに気づいた瞬間、もう僕の中に彼女への嫌悪感は微塵もなくなった。
 だけどまだ疑問に思うことはある。何故幽霊になり、僕へ近づいたのか。
 正直な話、彼女が挨拶という形で誰かに意思を伝えたことなど無いわけはなかった筈だ。親や兄弟、知人だっていただろう。リアルな話になるが、そういう障害を持っていれば、ケアに携わっている人達だって相手になる。ならそのことで幽霊になるということは無い。
 また僕に近づいた理由。浮遊霊としてたまたま歩いてたら波長の合う人間がいて、声をかけたら答えてくれた、じゃ幽霊なったと考えられる理由に矛盾する。
 しかし、ならもしかして、と考えることが一つ。
「思いあがりだったらあれだけどさ、君、僕にあれを言う為に幽霊になっちゃったの?」
 それを彼女は、満足そうな笑顔で頷いた。
 なんて、幸せなんだろう。不意にそう想い、涙が出た。
 自分でもなんで泣いてるのかはわからない。肉体のカラを出たせいで、感情が剥き出しにでもなってるのか。けれど、とても悲しくて、嬉しくて、幸せだと感じる心が震えていた。
 人間よくわからない理由で泣くもんなんだな、といつもの自分らしいことを思っていると、不意に僕の手が柔らかいものに包まれる。見ないでもわかった、彼女の手だと。
「あったかいね」
「うん」
 感情が高ぶりすぎてるから涙が止まらない。けどとても穏やかな気持ちで、彼女と微笑みあう。
「僕のことが好きかい?」
「うん」
 躊躇いの無い告白。
「なら僕も君が好きだよ」
「うん」
 偽りのない同意。
「君から言うことはないかな」
「……ありがとう」
「うん、僕もありがとう」
 ささやかな感謝。
 やっと涙が止まる。
「さようなら」
「え?」
 でも違う。涙は凍ったんだ。
「ちょ、さようならって、嘘?」
「ううん」
 彼女は否定する。
「ねえ待ってよ、それはないだろ?」
「ううん」
 彼女は否定する。
 同時に、彼女の姿がうっすらと霞んでいく。
 目をこする。こする。けれど彼女の姿は戻ってこず、止まることなくその影を薄くしていく。気がつけばやっぱり涙は止まっていない。
「嬉しかったのかい?」
 頷く。
「楽しかったのかい?」
 頷く。
「それで、満足なのかい?」
 やっぱり、頷く――。
 ああ、なんでだろう。さっきまでまるでどうでもよかったのに、今はこんなにも苦しい。苦しいのは僕の方だ。
 これが好きになったってことなら、人はこうも穴だらけだ。
 でも、なら、なら、僕ができることは。
「……さよう……なら……っ」
 痛い。胸が痛い。心が痛い。全部痛い。
 食いしばった歯が砕けそうで、泣き叫ぶ心が砕けそうで。
 俯いたまま握り締めた彼女の手が、ついに温かさを失う。
「……だいすき」
「――っ!」
 そうして、彼女は僕の前から消えた。
「……くっ……うん、うん……大好きだっ……うん!」
 噛み締めて、僕も意識を失った。

         
 ◆


 ――こんな夢を見る。
 その子は僕を見つめていた。車椅子に乗った少女は、遠くからずっと僕の姿を見つめている。
 ただなんとなく、その子が寂しそうだったので、僕は言った。
「おはよう」
 その時の僕は急に人に呼ばれて去ってしまったのだけれど、残されたその子はとても嬉しかったに違いない。
 太陽に照らされ輝くような笑顔に、曇りなんてある筈がないから。
 だから後悔なんてなく、きっとそれは素敵なことだった。
 
 


「いいか、ゲームの中の女の子は裏切らないなんて妄信だ」
「何があったんだよ怖いよ」
 僕は喫茶店のテーブルで大仰な態度を見せながら語る孝史に冷静に突っ込みを入れた。というか、両肘をついて人の顔を指差しながら偉そうな態度で言われれば、内容がどんなだって僕は一言キモいで終わらせそうだ。っていうか、既に内容がキモい。
「くそっ! ハードディスクがクラッシュして今までのデータ消えちまった!」
「バックアップ取れよな。っていうか元のゲームディスクはあれだ、金欠で売ったでしょ」
「その通りだよ畜生!」
 しかしなるほど、ハードディスクの容量だけがバカみたいに大きかったのはそのせいか。
「唯一信じてた画面の中の女の子にまで振られるとは、哀れだね」
 やれやれと首を振り、カップを手にとって、コーヒーを少し啜る。
「……お前はどうしたんだよ」
 ――どきり、とした。
「いつの間にかいなくなってるけど、アレ。フラれたか?」
 別段、孝史は深い意味を込めていった訳ではないのだろう。だが、否応なしに僕は押し黙る。
 それだけで、孝史は察してしまったようだ。
「なんだよ、トゥルーエンドかよ」
 孝史は、よくわからないことを言う。でもふざけてはいない、というのは雰囲気でわかった。
「なんだかんだ両想い、だけど幽霊だから満足して成仏、さようならってな」
 ああ、そういうこと。的確だ。
「なんて顔しやがる。図星かよ」
 呆れたように言って、孝史はコーヒーを一気に煽った。
 飲み終わると、そのカップを半ば乱暴にテーブルに置いて、よっこらせなんて言いながら立ち上がる。
「行くぞ」
「え?」
 突然、孝史は僕の腕を強引に掴み、立ち上がらせる。
「行くって、どこへさ?」
「心霊スポット。メジャーじゃないがな、霊が見れる俺からするととんでもねえ量がいる。中にゃ美人もいるだろうよ、そん中から新しい恋でも見つけろ」
 思わず絶句した。なんだそれは、それじゃあまるで僕が幽霊フェチ(?)みたいじゃないか。
「失礼だな。いいよ、新しい恋くらい見つけてやる。幽霊じゃなくて、現実のちゃんとした女の子をさ!」
 そうだ、見つけてやる。
 今度は見逃さない。僕の好きだという気持ちと、僕が好きだという気持ちを。
 名前も知らないあの子――もう会えないけど、彼女みたいな想いを忘れてなんてやるもんか。
「おうし、その調子だ」
「そうと決まれば早速出るから、勘定よろしく」
「待てぇい!」
 僕は伝えよう。その人に。
 そうだな、始めに言うなら、おはようがいい。
 うん決めた。
 おはよう――

 了
  


 
   



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