かつて、私を見てくれた者へ
 pranning and presented 千石 狩耶






 肌に触れる春風が気持ちを穏やかにさせる。


 冬が過ぎて春の伊吹が目覚めようとしても、その余韻が残っているだけあって、や
はり寒いと言えば寒いものだ。所々から茶色の大地が顔を出しているが、それ以外は
白い雪に覆われている。春風が吹いていると言われても、冬が完全に消え去った訳で
は無いから肌寒い。
 雪に覆われている公園に、一人の少年が立っている。
 少年が何時からそこにいたのか、何故ここに来たのか、何を見つめ、感じながら時
の流れに自分の身を捧げてきたのか、それを立証出来得る人間は誰もいない。ただ一
つ分かっているのは、その透き通った琥珀色の瞳が放つ眼差しは、一人ベンチに仰向
けになって青空を見上げている少女に向けている事だけだ。


 聖とて、何も特別な理由も無く、ましてや何も好きこのんでこんな辺鄙な公園に来
た訳では無かった。未来が過去を清算し、心の傷を癒してくれる事は分かっている。
分かってはいるが、彼女が受けた栞との別れは相当ショッキングなものだっただけ
に、それを癒すには時間がかかる。だがもしも彼女との出会いが無ければ、聖自身が
変わるきっかけは二度と手に入らなかったかもしれない。また一歩成長した事を自認
する自分としては、あ
の時以来そろそろ寂しさが積もってきた頃だ。思い切って長かった髪を短くしただけ
に、冷たい風をまともに受ける事になった。特に首筋が肌寒いが、日差しが暖かく包
み込んでいるのでそれほど気にはならない。
 それと同時に、聖は昔の自分に終始構ってくれた蓉子に申し訳無く思った。こんな
自分の身を人一倍案じてくれた人を疎んできたのだから。あの頃は、雪が降り積もる
中で彼女が最後まで自分の事を待ち続けていたなどとは想像もしなかった。
「昔の私は……本当に無知で鈍感で捻くれ者だったな……」
 独り言の後に、苦笑い。元々浮いていた性格だったこの少女にとって、本質的な人
間同士の友情や愛情にはとにかく縁が無い人物だった。これが人間同士が感じ合う感
情だという観点から生じる友情は、栞が学園を去る前までは十分に彼女に抱かせたの
だが、後になってしまえばそれは不十分な形の結果となった。
 聖は空を見上げながら自分が今まで辿ってきた足跡を思い直す。昔の冷たかった彼
女が学園に残したものと言えば、微かな足跡だけ。数日経てば消え失せそうな、おぼ
ろげで脆い存在。こうして自分の意義が希薄になりかけている度に、奇妙な疑問に襲
われる時がある。


(私は……栞無しでは何も出来ないの……?)


 誰にとも無く意見や激励の言葉を求めている訳では無い。公園を吹き抜ける冷たい
風は聖の短い髪をゆさゆさ揺らして弄ぶ。もしもリリアンで栞と過ごさなかったら自
分は一体何になるだろうか。マリア様が見守る庭にこだまする女生徒達の声。優雅で
不定形な白い雲を引き連れながらその光景を空の上から微笑ましく眺める青空。これ
らが交じり合っている空間に立たされても尚、彼女は脳裏に引っ掛かる奇妙な感覚を
拭い去る事が出来ない。その様子はさながら天にも地にも見限られた異端の人間に相
応しい。
 だが異端人というのも納得がつく。白薔薇のつぼみの自覚が足りな過ぎた分だけ彼
女は人間同士が生む感情を知らない。そんな人間は周知から見れば異端人だ。
「そうか……私はもう、私そのものが脆いんだな」
 誰に向けるでもない独り言。それを確認すると虚しさで心を痛めるが、不思議とそ
うはならなかった。天外孤独の自分に慣れてしまったのだろうか?後ろ向きで取り止
めの無い事を考えながらむくりと起き上がる。
「いや……私にとっての『変わるきっかけ』は、これからだ」
 かつて、私を見てくれた者へ。
 かつて、彼女達と一緒に過ごした時間へ。
 その思い出は心の中に何時までも根強く残り、何十年もの時が経とうが色褪せな
い。
 いつかは栞にもう一度会いたいと望むかもしれない。しかしその日はきっとやって
来る。尤もそれは今まさにこの瞬間では無い。ましてや何ヶ月後か何年後かでも無い
事は確かだ。







「ようやく見つけた」
 少年の呟き。それは彼女を幸福な未来へと導く、因果律の羅針盤。彼女の姿を確認
出来なくなった後もその場に暫く佇んだ。しかし彼はそれを分かってて敢えてこの言
葉を紡いだ。
「本当の君は、何処に在るんだい?」
 その言葉が指し示す大意は定かでは無い。しかし、彼女の新たなる本質を作り上げ
るには程遠くても、その可能性を導くには十分なものだった。その声を聞いた者は誰
一人いないどころか誰も少年の姿を確認出来なかった。ただ彼の存在を物語っていた
のは、その場に落ちていた白い羽根だけ。





 今なら何処にでも羽ばたけそうな気がする。地平線や水平線の果てはおろか、見知
らぬ地にも深宇宙の最果てにも。一歩歩む度に気になる点はあれど、この先の旅路を
歩むのに必要な物資は何一つ無い。


 何処までも終わり無く伸び続ける旅路を、在り来たりな光景を見ながら一歩一歩進
んでいく。まるでそれ自体彼女の存在の証であるように、彼女の足跡を残しながら。











後書きに見せかけて実は言い訳



少年については勿論ゼノサーガのアイツです♪



さて、初のマリみてSSチャレンジ記念として、聖が三年になり始めてから
志摩子と出会うまでの中間を文章に表してみました。
昔の自分を見つめ直し、少しでも変わってくきっかけになれば幸いっす。
それでは、ごきげんよう。




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