「ゆきこち」
蒼樺

--あるく--

 真っ暗な世界がある。夢の中のまた別の夢の世界。現実での出来事から逃避した者がやってくる何処か悲しい場所。
 真っ暗な世界にスポットライトが当たったかのような一点の光が灯る。この世界に迷い人が来た瞬間だ。
 少女は泣いていた。両の手はそれぞれ別の場所を押さえている。片方の手は目頭に、もう片方の手は足に。
「何で泣いてるの?」
 ふと泣いている少女に声を掛ける者がいた。幼さの残る顔はきわめて明るく、やや緑がかった白銀色の髪が真っ暗なこの世界ではその存在感を引き立てている。そして、後ろに回された両手には少女の身長の3倍はありそうなほど長い杖が握られている。
 一方声を掛けられた方の少女はまだ泣いていた。
「う〜〜〜〜〜……」
 無視されて少女の頬がふくれた。
「ねぇ、どうして泣いているの? 答えてよ君原未樹さん」
「……………」
 見知らぬ少女にいきなり名前で呼ばれ、未樹は少女を見上げる。
「ふう、ようやくこっち向いてくれたね。僕はゆらき。夢を司る『ゆきこち』だよ」
「……ゆきこち?」
 未樹の周りには“?”マークが飛び交っていた。
「そうだよ」
 ゆらきは一人で頷いた。
「ここはね、君の夢の中で、でも君自身の夢じゃない夢の世界なの。それでね君がここに来たから僕がここに呼ばれたの」
 余計に“?”マークが増えた気もするが、ゆらきは無視した。
「で、ここで君の悩み事の解決の糸口を渡すのが僕の仕事」
「わたし……別に悩んでない」
「へ? そうなの?」
「うん」
「じゃあどうしてここに来たんだろう?」
「そんなの、わからないよ……」
 沈黙が支配する。ゆらきは床ではねている“?”マークをつついたり、掴んだりして遊んでいた。“?”マークもそれに合わせて震えたり、じたばた暴れたりしてゆらきを飽きさせない。
「………ぐす……」
「あ、消えちゃった」
「………ぐす……」
「何で泣いているの?」
 ゆらきは最初に聞いたことをもう一度繰り返した。
「あなたには、関係のないことだわ」
「そんなことないよ。もしかしたら君が泣いている原因がここに来た理由かも知れないもん」
「……………」
「それにね、ちゃんと解決しないと二度と起きれなくなっちゃうよ?」
「死ぬの?」
「ちょっと違うけど」
「じゃあ、きっと同じだね」
「え? 同じって?」
「解決して起きても、解決しないで眠っていてもそんなに変わらないもの」

 不意に景色が変わる。
 春。桜が満開で、未樹は何人かの友人と花見に来ていた。
「きれー」
 すでに満開を迎え、少し強めの風が吹くだけで花びらが舞う。
 未樹達は写真を撮ったり、走り回ったりと実に楽しそうである。
 夕方。
「あー楽しかった」
「本当だね〜」
「ねぇ、また来年もここに来ようよ。そしてまた今日見たく遊ぼう」
 未樹の提案に大賛成、と大声ではしゃぎ会う。
 秋。木々の葉が赤や黄に染まる頃。未樹は交通事故にあった。脇見運転による信号無視。未樹の他にも2人が犠牲になった。
 病院。
「そう気を落とすことはありませんよ。ちゃんとリハビリをすればまた歩けるようになります」
 トラックにひかれた未樹は運良く死ぬことはなかった。だが、両足の骨折で立つことが出来なくなった。リハビリをすれば再び歩けるようになるとはいえ、未樹にとっては絶望だった。
 友人の見舞いで自分から言い出した約束を思い出し、泣いた。
 元の景色に戻る。

「……もう歩けないもの。だからこのまま一生眠ったままでもいい」
「だめだよ」
「いいのよ」
「そんなのだめだよ。君は別に起きれなくなったわけじゃないんでしょ? リハビリっていうのをやればまた歩けるようになるんでしょ? だったらやればいいんだよ」
「簡単に言わないで!」
 未樹は耳を塞ぎいやいやをする。
「そうやって逃げちゃだめだよ。だって、約束したんでしょ?」
「約束なんてもう無理よ。わたしは動けないのに、花見なんて、みんなと遊ぶだなんてできっこない」
「動けるじゃん」
「動けないの!」
「ほらなんだっけ、椅子にタイヤが着いたヤツにのれば動けるじゃん」
 未樹の動きが一瞬止まる。
「車いすのこと?」
「そう、それだよ」
「……そんなの動いた内に入らないわよ」
「そうかなぁ?」
 ゆらきの前に特大の“?”マークが現れる。
「……わたしは……みんなと一緒に遊びたいのよ。お花見をしたいの。また一緒に、走りたいの」
「それでいいじゃん」
 ゆらきは“?”マークを抱きながら言った。
「え?」
「ようは気持ちだよ。君が友達と遊びたいのならそのためにがんばればいいんだよ。約束はその次でいいじゃん」
「それで本当にいいのかな?」
「いいと思うよ。ゆっくりゆっくりやっていけばいいんだよ。友達と遊びたいっていう気持ちを心にしみこませてさ、ゆっくりとね。まずはそれを目標にして歩けるようになればいいんだよ」
「遊ぶのを目標に……」
「約束なんて一番最後に考えればいいんだよ。だって、桜は来年も再来年ももっと先にも必ず咲くんだからさ」
「そう……だね……何も来年じゃなくても一緒に行けるんだよね」
「そうだよ。そうゆう思いが力になって君を支えてくれるよ。その、簡単じゃないかもしれないけどさ」
「……うん」
 未樹が小さく頷く。
「何もやらない内に諦めちゃダメだよね」
「そうだよ」
「私が歩けるようになれば約束が先遅れになっちゃってもみんな許してくれるよね」
「きっと許してくれるよ。だって、君の友達なんでしょ?」
「うん……うん……」
 いつしか、未樹の顔に笑みが戻っていた。
「君なら大丈夫だよ。僕の保証じゃ頼りないかもしれないけどさ、君はやろうと思ったんだからきっと出来るよ」
「うん……わたし、がんばってみるね」
 ゆらきは杖を振った。すると、そこに光の柱が現れる。
「これが現実世界への出口だよ。ここで解決の糸口を見つけた人はこれを通って戻るの。未樹さん、がんばってね」
「うん。ゆらき、ありがとう」
「もし息詰まったらまたここに来ていいよ。そしたらまた話そうね」
「うん。じゃあね」

「あら、起きてたの?」
「うん」
「そう……」
「あのね、お母さん」
「なぁに?」
「わたしがんばるね。リハビリ受けて、絶対にもう一度歩くんだ」
「未樹……」

 春。今年も桜は満開で、また花見に来た。
「でもよかった」
「何が?」
「未樹が歩けるようになって」
「がんばったもん。それに、ゆらきにも応援してもらったし」
「ゆらきって?」
「友達だよ」
 未樹は笑った。
「さ、一年遅れの約束の日なんだから思いっきり遊ぶぞっ」
「気合い入っているね〜」
「うんっ♪」

あるく 了

     コメント

 まず、この物語は架空のものです。また、全国の『君原未樹』さんとも何の関わりのありませんのでご注意を。
 で、今回は交通事故が原因で一時的に歩けなくなってしまった人のことを書いてみました。でも、これで本当にいいのかと疑問にも思ってます。なぜなら、僕は歩けなくなったことがないから。
 足の怪我はしたことがありますが、骨にヒビが入った程度でした。でも、それだけでも動くのにかなり不自由したものでした。もし、立ち上がることすら出来なくなったとしたら、きっとものすごくへこむと思います。
 ま、それもちょっと視線を変えて見てみればやり直すきっかけになるのではと思うのですが、どうでしょう。



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