Human Style
ユキノブ


第一章   プレゼント




「未登録のお客様がいらっしゃいました」

 合成音声が来客を告げる。休日の午後を特に予定もなく、いつの間にか最終回まで配信されていたTVドラマをまとめてダウンロードして、適当に流しながらのんびり過ごしていた正臣は、はて?と首をかしげた。

「天塚(あまつか)正臣さま宛てにお届物です」

 リビングのスピーカが玄関先の音声をひろった。配達員には不釣合いな若い女性の声に、彼の疑念は眉間の皺とともに深まる。
 あやしい。ロクでもない訪問販売か何かではないだろうか。正臣は不信感にとらわれた。
 いつもならここで顔も見ずにお引取り願うところなのだが、少々退屈を持て余していた彼は、好奇心と得体の知れない胸騒ぎに突き動かされ、通り一遍のチェックを済ませると玄関のドアを開けた。

 実際に姿を目の当たりにしても、正臣が声から受けたイメージは変わらない。配達員を装うふうもない少女が立っていた。
 少女は彼の姿を見るなり、長く綺麗な髪を揺らし、嬉しそうに顔をほころばせた。
 心臓が鼓動を早めたのを、正臣は自覚する。だがその理由は釈然としない。同年代の可愛い女の子の笑顔に見とれたから?……誰かに似ていたから?

(誰かって、誰だよ……)

「えっと、オレに届け物って?誰から?だいたいキミ誰?」

 未整理な感情が、正臣の誰何を詰問口調にしてしまう。

 しかし彼女はその笑顔を少しも曇らせることなく、折り目正しく一礼して朗らかに名前と目的を告げた。

「申し遅れました。わたしはハルと申します。博士……あなたのお父様からお誕生日のプレゼントを預かって参りました。ハッピーバースデー!」

 叫ぶと同時にハルと名乗る少女はホロクラッカーを鳴らした。
 3D処理された幻の紙ふぶきが、茫然自失といった呈の正臣の頭上に降り注ぐ。

「…………………………………………………………」

 まったく反応のないことに不安を覚えたのか、少女は恐る恐る尋ねた

「…………あれ?驚きました?……もしかして怒ってます?」

「…………………………………………………………」

 反応なし。

「おかしいなあ。毎年恒例だし、正臣さんはいつも心待ちにしているから届け物っていえばすぐわかるっていってたのに……」

 それはただの独り言だったが、正臣はピクリと反応を示した。

「……だれが心待ちにしてるって?」

「は、博士からそううかがいました。……間違ってます?」

「激しく違う」

 正臣はきっぱりと否定した。

「むしろ嫌すぎて誕生日ごと忘れてた。……そっかあ、今日誕生日かー。あのクソ親父に今年こそ送るなって釘刺しとけばよかった……」

 正臣はうなだれてなにやらブツブツと呟いている。

「なんか聞いていた話と違うんですけど……。毎年プレゼントをくださるなんていいお父様じゃないですか」

 ハルがフォローを入れると、泣きそうな目で睨まれる。

「品物にもよるだろう」

 お前に何がわかる、と言わんばかりの口調だった。だがハルはここで引き下がるわけにはいかなかった。

「でもお父様は最高の技術者の誇りにかけて、趣向を凝らしたプレゼントを送っていると」

「それは間違ってない」

「でしたら!」

「でもその方向性が著しく間違っている」

「あうー」

 ハルは涙目になる。しかし泣きたいのは正臣も同じであった。

「一流メーカーの技術主任のくせに、門外不出の最新技術を惜しげもなく注ぐし、そもそも機能が高すぎて犯罪行為にしか使えないものばかりなんだぞ?」

「た、例えばどのような?」


「例えば、だ」

 正臣は物心ついてから今日まで、毎年毎年欠かすことなく送りつけられてきた恐るべきプレゼントを指折り数え上げた。
 はじまりは何だっただろうか。国防庁のデータベースにも侵入できる高性能ワークステーション、料金を徴収されない携帯端末、存在しないはずの軍事衛星を利用した×××、殺傷力だけはないと信じたい防犯グッツ、×××な××××……。

 一つあげるごとにハルの笑顔はひきつり、隠匿に苦心した思い出が蘇る正臣も、古傷をえぐられるような思いを味わった。

「……こんなところで勘弁してもらえるか……?」

「……はい、その、お気持ちは十分伝わりました……」

 大切な何かを諦めた、そんな悲壮感が漂うセリフだった。

 ハルは正臣の父親に対するイメージを苦労して修整している。そんなふうに見えた。
 なんだか痛ましくも思えたが、彼女を思いやってそっとしておく余裕すらないほどに事態は切迫している。
少しだけ落ちつくのを待って、正臣は本題を切り出した。

「というわけで今回の品の危険度を確認して、送り返すなり隠蔽するなり対処を決めないといけないわけだが。早速見せてくれないか?」

 断る理由はないように思われたが、彼女は申し訳なさそうに目をそらした。

「はあ、その、お渡ししたいのはやまやまなのですが……」

「ん?そのカバンに入ってるんだろ?」

 正臣は彼女が大事そうに携えている小さなカバンを指差した。 
 そこそこの容積が収まる圧縮カバンだから、プレゼントが多少大きな物でも入るはずだと、彼はあたりをつけていたのだ。他にはよほど小さな物でない限り入るスペースがない。

「いえ、これは私の私物……がほとんどで、プレゼントその物じゃありません」

 どうにも歯切れの悪い返答。正臣はだんだん不安になってきた。

「じゃあどこかに預けてあるのか?まいったな、さっきもい言ったけどまず間違いなくいろいろな意味で危険な代物なんだ。はやいとこ運ばないと。大きさはどれくらいだ?」

「えーと、標準的だと思います……たぶん」

 足元に視線を落としたまま、彼女は曖昧な説明をぼそぼそと述べた。
 不安が膨らんでいく。もどかしさに正臣は語調を強めた。

「いや、それじゃわかんないって。オレひとりで楽に運べる物か?」

「楽かどうかはわかりませんが、おそらく、可能かと」

「見た目は?誰かが見てすぐ怪しいとは思わないか?どう見えるんだ?」

「……見た目、ですか?」

 声が、何かの感情を帯びて響く。

「ああ、それの、プレゼントの、外観だ」

「……あなたには」

 ハルがうつむけていた顔をあげる。
 いたずらっぽく光る一対の瞳が正臣を捕らえた。

「正臣さんには、……どう、見えますか?」




 落ち着け、落ち着いてよく考えるんだ!正臣は自分に言い聞かせた。
 ここにきてようやく、漠然と抱いていた不安の正体が見えはじめてきた。彼女の返答が見当違いや冗談でないとすれば、彼女はこう言っているのだ。

 プレゼントは彼の目の前に<いる>

 姿をあらわした悪意の片鱗は、最悪だと思っていた今までのそれを寄せ付けないほどに禍禍しくいびつな光を放っていた。

「つまり、親父のプレゼントっていうのは……」

「はい、私です」

 最後の望みすら断たれ、あっさりと肯定されてしまう。



 シャレにもならなかった。



 プレゼントそのものに誕生日を祝ってもらうなんて。







第一章 了





後書き

最早何年ぶりだろうか?というくらいお久しぶりの新作です。

続きはすぐに書きあがりそうです。とりあえずの感想が求められるくらいの量は
こちらに投稿させていただくつもりですが、その後の発表形態は現在のところ未定です。
もしかしたら完成させて然るべき所に応募などするのかも知れませんので。
作りかけの自分のHP(未公開)を利用するのも検討中です。

途中までしかこちらへの掲載をお願いしなかった場合、かつて応援してくださった方や読みたいと
言ってくれる方々に送りつけるつもりでいます。(内容で相談したいことがあるのです)

感想などはどのような物でも歓迎いたします。

ではまた。





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