Human Style
ユキノブ


第二章  フレンズ



「それでは改めまして」

 ハルは固まってしまった正臣の目の前で、スカートの裾をなびかせてくるりとまわり、

「私はハル。そう呼ばれています。そして博士は、あなたのお父様は」

 大輪の花のような笑顔を彼に向けて、

「私を造ってくださった方は、天塚羽瑠と、名付けてくださいました」

 三つ指突かんばかりに深く頭を垂れた。

「ふつつかものですが、よろしくお願いします」

 正臣は乾ききって開きにくい唇の隙間から声をしぼりだす。

「や、」

「はい?」

「やっぱりキミはロボット……」

「アンドロイドです」

 即座に訂正された。重要なポイントらしい。
 正臣は小刻みに肩を震わせはじめた。

「や、」

「はい?」

「やりやがったなあのクゾ親父いいいいいい!」

 突然の叫び声に、ハルはキーンと鳴る耳を押さえる。

「と、突然どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもあるか!アンドロイドの個人所有が国際法で禁止されてるの知ってるだろう?」

「あー、うー、そう、でしたっけ?」

 ハルは落ち着きを失い、正臣からそらした視線を宙に泳がせる。人間が痛いところをつかれたときによく見せる反応だった。
 そもそもアンドロイドもロボットと同じく、人間の質問をごまかしたりはぐらかしたり偽って答えることなどできないはずなのだが。

(あのマッドサイエンティストにそんな常識は通用しないのか……)

 正臣はめまいがしてきた。

「でもでも、例えそうだとしても、誰かに迷惑をかけたり損害を与えたりしませんし、今までのプレゼントほどの危険はないじゃないですか」

「本気で言ってるのか?」

「…………」

 冷気を帯びた声が、視線が、ハルの舌を凍らせる。

「ある意味、今までで一番性質が悪くて危険なプレゼントだよ」

「そんなに……危険ですか?」

「ああ。今までのプレゼントなら見つかっても捕まるだけで済む……かもしれないけど、もしも今回キミが見つかってアンドロイドだとばれたら、オレは社会的な意味で死んだも同然だ。これ以上のいやがらせがあるものか」

 彼の危惧は、決しておおげさではない。

 そもそも、人類の夢であったアンドロイドが何故ここまで規制されているのか。
 そこには語るのもはばかれるような歪んだ歴史が隠されていた。
 最大限穏便な表現を選んで要約すると、麗しき女性の姿が世の男性を狂わせた、となる。

 そして現代においては、男性が女性アンドロイドを隠し持っていた場合、与えられる刑罰以上に不名誉なレッテルを貼られることになるのだ。

「だ、大丈夫です!」

 ハルは胸の前で両こぶしを握りしめて力説する。

「ばれたりしません。人間とアンドロイドを見分けるチューリングテストにおいても、私は100%見破られませんでした。あなたのお父様の腕を信じてください!」

「そのお父様が信じられないから困ってるんだ」

「う、そうでしたね……」

 力なく両腕を下げるハルに、正臣はさわやかに追い討ちをかけた。

「ま、どっちにしろ送り返すのは決まってるからどうでもいいんだがな」

「そんなあっさり!?」

 いえ待って、そんなはずはないわと、ハルは自分に言い聞かせる。

「冗談ですよね、そんなことできませんよね。わかってるんです。博士は息子さんのことを誇らしげに語ってくださいました。正臣さんがいかにやさしい心を……って何をなさっているんですか?」

 正臣の視線があちこち注がれているのに気づいて、ハルは頬を赤らめ、遮るように自分のからだに両手を巻きつけた。

「いや、機能停止させるスイッチとかないのかなって」

「博士のうそつきー!」

 失礼といえば失礼なハルの叫びに、しかし正臣はこの上ないやさしさで応じた。

「簡単に人間を信用しない方がいい」

「ああ、私の学習機能に重要な情報が追加されました……」

 最新入力情報:時には、やさしさが何より残酷であること。


「スイッチも刺し込み口もありません」

 それは厳しい取り調べに観念した犯人みたいな口調だった。

「私はいかに人間に近づけるか、それだけを目的に造られたアンドロイドですから、外観上の違いは皮膚を切り裂かない限り確認できません」

 それでもやりますか?やりたいならどうぞ?
 恨めしそうに注がれる視線にそう責めたてられているような気がして、さすがの正臣も言葉に詰まった。
 同時にもう何度目になるかわからない疑問が脳裏をよぎる。

(こいつ、本当に人間じゃないのか?)

「……機能停止なんてしなくてもいいです」

「え?」

「自分で出ていきます」

 正臣は狼狽した。

「正臣さんにご迷惑はかけたくありませんから」

 笑顔だった。

 こんな時に。

 彼女が人間でないという、確信が揺らいでいるのに。

「……わかってくれ、もし誰かに見られたら、何て説明したらいいかわからないんだ」

 正臣は罪悪感にうずく胸を抑えて、言葉を搾り出した。

「わかります。悪い噂でもたてられたら嫌ですものね」

「そうだ。なるべく早い方がいい。いつ誰が来るかわからない。今この瞬間にも」

「照合終了、ご友人の南坂雅人さまがいらっしゃいました」

「そう、最悪あいつが来るとも限らない。だから早く……なんであいつの名前を知ってるんだ?」

「いえ、今のは私ではなく……」

「あまつかー。いるんだろ?遊びにきてやったぞー」

 スピーカーが来訪者の能天気な声をひろった。
 チャイムが奇妙なリズムを刻む。

「………………………………………………」

「………………………………………………」

 運命を呪って嘆く暇さえ、正臣にはあたえられなかった。

「………………どうするんですか?」

「しかたない、居留守を決めこんでやり過ごすさ」

 正臣を呼ぶ声が、勢いを失っていく。
 チャイムはまだ断続的に鳴り続けていた。

「あまつかー。おーい。……おかしいなあ。表示は在宅になってるのに」

 南坂がもらした一言に、正臣は凍りついく。

「表示って、携帯端末のフレンドサーチですか?」

「……ああ。オフにしておくの忘れてた……」

 フレンドサーチとはあらかじめ登録しておいた友人が、GPSによって現在どこにいるかを検索できる機能で、本来オフにしておいても構わない。
 しかし友人が訪ねてきたと同時にオフにしたとあれば、やましいことがありますと言っているようなものだった。

「あいつ、この俺に黙って女でも連れ込んでるんじゃないだろうな」

 スピーカーから流れる声は、いよいよ物騒になってきた。
 正臣は頭脳をフル回転させ、この窮地を切り抜ける算段を練る。

「あの、私どうしたらいいですか?」

「……玄関から見えない場所でじっとしていてくれ。客はなんとかして外へ連れ出す」

「わかりました。気をつけてくださいね」

 心配そうに声をかける彼女に、正臣は大丈夫だ、と言うように親指を立ててみせる。

 心温まるやりとりだが、冷静に考えるとその彼女のせいで苦労しているのだった。

 正臣の計画は、悪友の性格を利用して周到にたてられた。
 時刻はちょうど夕飯時。これから夕飯を食べにいく、一緒にいかないか?と持ちかける。
 彼は所持金不足を理由に断るかもしれない。
 そこで切り札をだす。奢ってやるというのだ。例え少々いぶかしもうとも、彼の性格からいって人の好意(タダメシ)を無下に断ることはありえない。

「完璧だ」

 正臣は成功を確信し、玄関のロックを解除した。

「おお天塚。遅いじゃないか、なにしてたんだよ?」

 見飽きた軽薄そうな顔を見たとたんに湧いてきた感情を、正臣は作り笑顔の下に苦労してしまいこんだ。

「いや悪い悪い。夕飯を食いに行こうとして準備していたんだよ。良かったらおまえも」

「おー、これからメシか。丁度良かった」

「へ?」

 用意したセリフを遮った友人の笑顔の意味を計りかね、間抜けた声を返す。
 そんな正臣の虚を突くように、「パン!」という短い破裂音が玄関に響いた。

「????」 

 驚くよりなにより、とにかく訳がわからず混乱する彼に、明るいソプラノとメゾソプラノが、ステレオでこう告げた。

「「ハッピーバースデー天塚くん!!」」 

「はい?」

 それぞれの声の持ち主が、南坂の左右、カメラの死角から、ひょっこりと見知った顔を覗かせた。
 クラスメートの増村真広と依田藍理であった。

 正臣の顔にゆっくりと理解の色が広がる。
 「突然祝いに行って驚かせよう」という計画だったに違いない。
 3人は正臣の反応に満足した様子だ。

 悪友はしてやったりと言わんばかりの笑顔を見せた。

「そういう訳だ。こういうの嫌いじゃないだろ?」

「いや、えーと……」

「お台所借りていい?材料は買ってきたから」

「だから、その」

「……もしかして、迷惑、だった?」

 すがるような真広の視線に、正臣は声をつまらせた。

 もちろん、人の好意を無下にはできなかった。




第二章    了






後書き

慣れない長編は大変です。
どこで区切るかとか、伏線はり忘れてないかとか。

次回はもう少し間が空くかもしれません。

でわまたー。




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