Human Style |
ユキノブ |
「邪魔するぜー」 勝手知ったる他人の家。ためらいも遠慮もなく、南坂雅人はあがりこんだ。 初めて訪れた女の子二人は遠慮がちだったが、 「二人ともそんなところにいないで入りなよ。キッチンに案内するからさ」 「うん、それじゃあ」 「お邪魔しまーす」 完全に家主気取りな雅人に促され、彼の後に続いた。 正臣はもちろん、止めようとした。 誰にも怪しまれず、気分も害さず、穏便にお引取り願う、いや、時間をかせぐだけでもいい。そんな方法はないだろうか。 学年でも常に上位をキープしている頭脳を再び、焼けつくほどにフル回転させてそれを捜し求めた。 そして導き出した結論はこうだ。 「もうだめだ……」 玄関でひとり、絶望に打ちのめされ、正臣は壁にもたれかかったままずるずると崩れ落ちた。 この後の展開は容易に想像がつく。 それはひとつではなく、幾本にも枝分かれしていたが、行きつく先にたいした違いはないと思われた。 特に彼を苦しめたのは増村真広の存在だ。明るくて人懐っこい彼女は、いつも正臣にいくらかの好意を含んだ目を向けていた。 正臣はそういう感情に敏感でなかったし、自分が特別視されているなどとうぬぼれていたわけではないが、それでも気づいていて、悪い気はしていなかった。 もしも自分に向けられるあの目が、軽蔑のそれに変わったとしたら。 想像しただけで恐ろしかった。 (でも待てよ?) 正臣の胸に、かすかな希望の灯がともった。 (まだ見落としている可能性があるんじゃないか?) そうだ!諦めるにはまだ早いかもしれない!正臣の目に生気が蘇る。 その時、彼の頭の中に、絶望の闇をかき消すような、神々しい声が響く。 「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」 (ありがとう!オレ諦めないよ!でも試合って何さ?) どうやらまだ錯乱しているようだった。 どうして考えが及ばなかったのだろうか。 ハルは人間とまったく変わらない思考能力を持ち、心の機微まで理解しているように見えた。 ならば状況の変化を理解し、自ら姿を隠すくらいの機転を利かせてくれていても不思議はない。 不思議はないのだ。 そしてそれを証明するかのように、彼らがリビングに入ってから随分経っているはずだが、正臣が危惧していたような騒ぎは起こっていない。ごく普通のトーンでの会話が漏れ聞こえるだけだ。 もはや疑う余地はなかった。あの信じられないほど良くできたアンドロイドは、誰の目にも触れることなく、自分の判断でどこかに隠れおおせたのだ。 「おお。神よ……」 正臣は信じてもいない神に感謝した。 そうとわかれば恐れることは何もない。正臣は何食わぬ顔でリビングにもどり、ありがたくも自分の誕生日を祝いに来てくれた面々を見渡した。 真広の姿はリビングにはなかった。キッチンの方から芳しい匂いが漂ってくるから、すでに料理を始めているのだろう。 残る二人はその完成を待ちながら、食卓をかねているテーブルに自分の席をあてがい、くつろいでいた。雅人はパーティーの主役の姿をみとめると、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。 「なんだよ正臣、お前柄にもなく照れてるのか?うん?」 「うるさいな。お前がめずらしく友達想いのフリなんかしてるから戸惑っただけだよ」 いつものような軽口を返す余裕すら、正臣は取り戻していた。 「違いねえな。ホントは計画したのは俺じゃ……ぐっ」 雅人は突然小さくうめいて、言葉をつまらせた。 彼の隣にいる依田藍理が何かしたのかと正臣は思ったが、優雅に紅茶を楽しんでいる彼女からは、そんな様子はうかがえなかった。 「いや、とにかくお前を驚かせればそれでいいやと思って計画したんだけどな、俺が」 俺が、の部分に強いアクセントがおかれていた。 「まあ、それもお前らしいっていえばらしいか」 正臣は苦笑する。冗談や悪戯を交えなければ誕生日も祝えない。そんな関係がおかしかった。 「まあでも、こっちも驚かされたからおあいこみたいなものだな」 「へ?おあいこって?」 嫌な予感がした。 「とぼけるなよ。仕返ししてやろうと思ってわざと言わなかったんだろ?まったく。お前も結構いい性格してるよなあ」 「いや……ちょっと待って……」 正臣は早鐘を打つ胸をおさえて訴えた。しかし雅人は気づかない。 「早く言えよな。羽瑠さんて言ったっけ?付き合い長いのに全然しらなかったよ。お前にあんな美人のいとこがいるなんて」 「オレも……知りませんでした……」 その声はあまりによわよわしく、誰の耳にも届くことはなかった。 キッチンからは、油のはじける音と、料理に関する楽しげな会話がもれ聞こえている。 第3章 了 |
後書き そろそろシリアスになってくるかも。 あと2,3話で一区切りの予定。 とりあえずそこまでは間を空けずにいけるかな。 |
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