Human Style
ユキノブ


第四章 ダブル・クッキング


テーブルの真ん中には大きめのケーキが鎮座し、それを囲むように色とりどりの料理がところ狭しと並べられていく。
(どうしておとなしく隠れていてくれなかったんだよ)
真広とともに熟練のウエイトレスみたいな手際良さを発揮するハルを、正臣は非難の意をこめて睨んだ。
するとどう勘違いしたものか、ハルは、
(どうです?うまく誤魔化しましたよ?)
 とでも言いたげに得意げな笑顔をかえしてきた。

 正臣はため息をついて視線を戻した。
 どの道こうなっては、彼女の用意したウソに合わせる以外手だてがないのも事実だった。
 腹は決まったものの、ボロを出さずに誤魔化しきれるかどうか、正臣は今一つ自信が持てない。

「しかし、お前も罪作りなやつだよなあ」

 エプロン姿で準備に精を出している二人を眩しげに眺めながら、雅人が肘で小突いてくる。

「な、なんだよ罪って」

 罪という単語に敏感に反応して、ほんの少しだけ声が裏返っていた。

「だってお前、今どき誕生日に手料理を作りに来てくれる娘なんてそうはいないぜ?」

「あ……」

 正臣は大事なことを失念していたことに気づかされる。雅人の言うとおりだった。

 自炊が出来合の食事より安くついたのは昔のことで、現代では外食もインスタント食品もネット宅配も、味と栄養価に優れ、料金も手ごろだった。だから今では「手料理を作る」ということが、いささか古風で敷居の高い、お嬢様向けのスキルという認識さえされている。

「それも同時に二人だからなあ」

 雅人は妬ましそうに指摘した。

 そう、二人なのだ。しかしもう一人は依田藍理ではない。

 正臣がいない間に、ハルが料理を手伝わせてほしいと申し出たらしい。ハルの説明では、いとこである彼女の目的も真広と同じく、材料を持参して手料理を作りにきたということになっていた。
(なるほど、確かに悪くない説明だ)
 正臣は素直に感心した。察するにその目的は嘘ではないのだろう。圧縮カバンに入っていたのは、プレゼントではなく料理の材料だったわけだ。
 それにしても、と正臣は思う。平然と嘘をつき、人間ですら忘れつつある料理までこなすアンドロイドなど、世界中どこをさがしても他に存在しないに違いない。いい加減驚き疲れてすらいた。

「よし、みんな、パーティの支度できたよ〜」

 エプロンの腰紐をほどきながら、真広が告げた。
 すかさず雅人が快哉を叫ぶ。

「待ってました!うほ〜、すげえ、うまそ〜!」

「羽瑠さんの作ったのが上手いんだよ。わたしの作ったのはちょっと劣るかも」

「そんなことないって。なあ正臣」

「ん、そうだな。どれもすごくおいしそうだ。ありがとう増村さん」

 正臣が正直な感想と礼を述べたとたん、真広はそれとわかるほど顔を赤く染めた。
 依田藍理はそんな二人の様子をニコニコしながら眺めている

「よし、飲み物も行き渡ったな?」

 雅人は芝居がかった咳払いをして、声を張り上げた。

「えーそれでは、めでたく誕生日を迎えました正臣クンの友人を代表しまして、不肖この私南坂が」

「乾杯!」

藍理が口上を遮って叫んだ。

「「乾杯!」」

 正臣と真広とハルの3人が笑いをこらえながら唱和し、雅人は口をぱくぱくさせる。
 それは何十年も変わらないお約束だった。

 テーブルに並んだ料理は、和食と洋食が半々といった割合である。
 どちらも十分に食欲をそそる出来だったが、どちらかというと煮物やおひたしなど素朴な印象のある和食より、グラタンやカナッペなど見た目に鮮やかな洋食の方がおいしそうに映り、先になくなっていった。特に肉じゃがにはまだ誰の手も延びていない。

 自分の皿によそった料理をたいらげ、次なる料理を吟味していた正臣は、自分の足に小さな刺激があることに気づいた。どうやらハルが何かを伝えようとしてつま先でつついているらしい。
 なんだよ?と問いかけるように視線を向けると、ハルはまわりに気づかれないようにそっと肉じゃがを指差した。それを選べということらしかった。
 理由がよくわからなかったが、正臣はとりあえずそれを皿に盛り、口に運んでみた。

「これ、うまいな……」

 口のなかに広がるどこか懐かしい味わいに、思わず賞賛の声が漏れた。

「お、どれどれ?」

 雅人が耳ざとく評判を聞きつけ、自分の皿に山と盛りつける。

「うん、これは確かに後をひく味だなあ」

「これって確か真広の家の伝統料理だよね」

 藍理は何度かごちそうになったことがあるらしい。

「うん。わたしの得意料理なんだけど、気に入ってもらえてよかった」

 真広は本当に、本当に嬉しそうだった。

 正臣はふいにある可能性に思いあたった。ハルが作ったのが主に洋食で、真広が作ったのはほとんどが和食で、皆の嗜好が洋食にかたよっていることを憂いたハルが、彼女に気を遣ってこうなるように仕向けた、という可能性。
 もしそれが事実だとしたら、それはもう、驚嘆するなどというレベルではなかった。
 正臣はそろそろ、彼女の異常性に戦慄を覚えはじめていた。

 ここまで人間に近いアンドロイドを造る理由が、いったいどこにあるというのだろう。
 心を持ったアンドロイドなど、あってはならないはずなのに。

 彼の苦悩をよそに、ハルが与えたきっかけによってパーティはとても楽しく、和やかに進行していく。
 特に盛りあがったのはやはり学校の話で、あの先生がどうしたとか、誰と誰があやしいとか、内輪ウケしかしないようなくだらない話に、聞き役にまわっていたハルは羨ましそうに耳を傾けていた。


「そういえば正臣」

 雅人は何気なく話題をかえた。

「何?」

「今年は親父さんのプレゼントまだ届いてないのか?」

 飲んでいたオレンジジュースを気管につまらせ、正臣は思いっきりむせた。

「俺、お前に話聞いて一度見せてもらいたいと思ってたんだよ」

「げほっ、てめえ、それは口止めしておいただろうが……」

 涙目で咎めると、お調子者の顔に一瞬申し訳なさそうな表情が浮かんだ。

「なになに?お父様のプレゼントってそんなにすごいの?」

「そうなんだよ真広ちゃん。実はさあ」

 本当に一瞬だけだった。
女の子の興味が引けるなら、男の約束など彼にとって紙くずほどの価値もないのだ。
「ほら、こいつの親父さんてあのエランの開発主任とかしてるわけ。んで毎年開発中の試作品やコストの問題で開発中止になった製品とかを送り付けてくるんだけど。それがもうすげえらしいんだ」

 おおげさな身振り手振りを交え、雅人は興奮気味に語った。
 昔の話とはいえ、真実を全て明かすほどに正臣は彼を信用していたわけではないから、雅人が知っている情報はさして多くない。だから彼はそこにあきらかな誇張や創作を交え、おもしろおかしく脚色して聞き手を楽しませた。

「あははっ!それ本当なの?」

「いくらなんでもそれは嘘でしょう?でも可笑しい」

 大好評だった。

 しかし正臣は引きつった笑顔にびっしりと汗を浮かべ、必死に動揺を押し隠していた。
 おもしろおかしく脚色した話が、幾度も真実の端をかすめ、時にはど真ん中をつらぬきさえしたことなど、語り手は知る由もないのだろう。
 聞き手のウケがあまりに良かったので、雅人はいよいよお調子者の本領を発揮しはじめる

「毎年毎年内容の過激さがエスカレートしてたからさ、今年は一体どんなヤバイ物が送られてくるのかなって楽しみにしてたわけ」

 正臣は心臓に冷たい刃物をつきつけられたような錯覚をおぼえた。

「えー?でも今までの以上にすごい物なんてわたし思いつかないよ?」

「そうだな。例えば……女性型アンドロイドとか」

 ビクンッ。
 正臣の心臓が大きく脈打ち、全身に細かい痙攣がはしった。
何か言って誤魔化すべきだと思ったが、ショックが大きすぎて口もきけない。

「まさか。いくらおじ様でもそこまで非常識ではないですよ」

 大人びた笑顔でやんわりと否定したのは、あろうことかその非常識本人だった。

「そうですか?俺はもしかしたら羽瑠さんがそのアンドロイドなんじゃないかって思ったりしたんですが」

 ビクンビクンッ。
正臣のからだは電気を流されたカエルみたいに収縮した。
(いっそひと思いに殺してくれ……)
 正臣はそのとき、心の底からそう願った。
 もしここで真実を洗いざらいぶちまけたら、少しはラクになれるのだろうか。名探偵にトリックをあばかれた犯人みたいな精神状態で、正臣はあと少しでそれを実践にうつすところだった。

「そんな、私、アンドロイドみたいに美人じゃないですよ?」

「いやいやホント。最初あなたを見た時あんまりに綺麗で、これはアンドロイドに違いないって」

 どうやらお世辞を交えた冗談だったらしい。またしても冷静に対処したハルの機転で窮地を脱した形だが、正臣は誰も彼もがよってたかって自分を笑い者にしようとしているのではないかと、疑心暗鬼にとらわれはじめていた。
 安堵のため息をついてテーブルにつっぷしたその時、彼のこころの間隙を狙い済ましたかのように、

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 真広が突然大声を張り上た。

「すいませんすいませんすいません」

 正臣は条件反射であやまりたおした。

「大事なこと忘れてた!」

「はい?」

「ケーキにろうそく立てて吹き消すのやらなくちゃ!」

 彼女を除く面々に億劫そうな表情が見え隠れしたが、真広にとってそれはすでに決定事項らしく、確認のひとつもなく着々と準備を整えていく。一同がその手際に見とれている間に、ケーキの上には17本の炎が揺れ、照明は適度な明るさに調節されてしまった。
 ちらちらと揺らめく炎が演出する非日常的な空間に、緊張をはらんだ真広の細い歌声が響く。

「ハッピバ〜スデ〜トゥ〜ユ〜」

「……………………………………………」

「……………………………………………」

「……………………………………………」

「……………………………………………」

 誰ひとり後に続かなかった。壁に反響した真広の声が、静まり返った空間にやけに長い余韻を残して消えていく。

「な、なんでみんな歌わないのよっ!」

 見事なくらい顔を真っ赤に染めて真広が抗議した。

「いや、なんでって言われても、ねえ藍理さん」

 矢面に立つ雅人は気まずそうに目をそらして同意を求めた。

「うん、ねえ真広、これどうしても歌わなくちゃいけないの?」

「当然だよ!」

 真広は胸の前で両こぶしを握り締めて力説した。

「誕生日っていうのは本来、その人が生まれてきたことをみんなで祝福する、大切な儀式なんだから。みんながその人を大切に思う気持ちを、歌や言葉にして示すんだよ!」

 日ごろの大人しそうなイメージからはかけ離れた、冷静さを欠いた主張だった。
 間違ってはいないのかも知れないが、少々おおげさに過ぎるその表現は、雅人たちの賛同を得られなかった。

「雅人くんだって正臣くんがそれくらい大事だから誕生日を祝いに来たんでしょう?」

「いやそれはそうだけど……ってちょっと待った!なんかそれすごい語弊があるぞ!」

 そんな恥ずかしいことを認めてなるものかと、雅人は力強く反論した。

 正臣はひとり、呆然として立ちつくしている。二人が言い争う声が遠くなっていくように感じた。真広の発言が鍵となり、無意識のうちにしまいこまれていた記憶を無造作に引き出してしまった、そんなふうに思う。

「正臣はそんなに、誕生日嫌いか?」

 それはたぶん、父親の声だ。

「毎年誕生日が来るたびに、そうやって閉じこもってるつもりか?」

 ――そうだよ、だって――

「母さんは、お前の幸せを願ってお前を生んだんだぞ」

 ――でも、ボクが生まれなければ母さんは――

「お前がそうやって忘れるなら、父さんは何度だって言ってやる」

 …………………

「毎年毎年、忘れられないようなプレゼントを贈って伝えてやる」

 ――それは、――

「お前が――、――  ―――  。」





「正臣、お前からもなんとか言ってくれよ!」

 助けを求める雅人の声が、正臣の意識を呼び覚ました。

「……正臣、どうしたんだよそれ」

 驚きに軽く見開かれた目が、正臣の顔に向けられている。
 視線を追った指先が頬に触れると、なるほど湿り気を帯びていた。

「あれ……ホントどうしたんだろうな」

 正臣はそのまま濡れた頬を乱暴に拭うと、きまり悪そうに笑った。
 珍しく雅人はからかうこともせず、億劫そうにため息をつき、なぜだか大きく息を吸い込んで、やけくそのような大声で、バースディソングを歌い出した。
 今度は真広も、藍理も、ハルも、笑顔でその後に続いた。

 ろうそくの炎に揺れ、不器用な歌声が響くそこは、日常から切り離された異空間だった。


     第四章   了





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