Human Style
ユキノブ


(BF版)最終章 ヒューマン・スタイル




(あの時、親父はなんて言ったんだっけ……)

 パーティーの喧騒の余韻もそろそろ消え去ろうとしていた。リビングは日常の静寂を取り戻し、今はキッチンでハルが洗い物をする水音がわずかに響くのみだった。
 やることがなくなってしまった正臣は、先ほど思い出したはずの記憶を追想していたが、それはまるで夢をみていたかのように曖昧蒙古として現実味が感じられなかった。
 だいたい冷静に考えてみると、本当の記憶かどうかもあやしいものだ。あれではまるで息子を溺愛する理想的な父親のようではないか。 本当は毎年毎年息子を恐怖に陥れるようなプレゼントを送りつける親なのに。
(でももし、それにもちゃんとした理由があるのだとしたら……)
 正臣は苦悩する。父親に対する認識を改めねければならないのだろうか、と。

 その時、飾り気のない携帯端末の着信音が鳴り響いた。胸ポケットから取り出し、発信先を確認すると、番号は非通知となっている。さらに名も知らぬ相手は、映像なしの音声通話を求めてきていた。正臣はうさんくさそうに眉を寄せると、念のため逆探知と録音をセットしてから通話を許可した。
 
「ハッピーバースディ正臣!我が息子よ!プレゼントは届いたかな?

 雑音混じりの能天気な声を聞いたとたん、ふつふつとこみ上げる苛立ちが、抱えていた苦悩を綺麗さっぱり洗い流した。正臣は怒りに震える声をしぼりだして答えた。

「ああ届いたよクソ親父!あんたそんなにオレを犯罪者にしたいのか?」

「あー、まー、その、なんだ」

 正臣は驚くべき寛大さで、続く言い訳を待つ。

「バレなきゃいいじゃん?」

 無責任に言い放ち、快活に笑い飛ばした。
正臣の心にどす黒い感情が湧きあがり、あらん限りの罵詈雑言となって溢れ出そうとする。しかし彼は恐るべき精神力でそれを押し留め、代わりにこう言った。

「…………訊きたいことがある」

「何だ、息子よ」

 正臣はふと気づいて、音声を指向性に切り替えてから、重い声を絞り出した。

「あれは、……彼女は、なんだ?」

 質問の意図が理解しがたかったのか、答えるまで長い沈黙があった。

「彼女は私が中心となって造ったアンドロイドだ。それはもう聞いているのだろう?」

「あんたの口から確認したかったんだ。本当に……本当にあんたが造ったのなら」

 胸のうちで荒れ狂う激情をたたきつけるかのように、正臣は叫んだ。

「どうしてあんなアンドロイドを造ったんだ!」

「…………」

 返答はなかった。静まり返ったリビングには、耳障りな雑音だけが響いている。正臣は気づかなかったが、いつの間にかキッチンからの水音は聞こえなくなっていた。

「答えろよ、親父!」

正臣は抑えきれない苛立ちをぶちまける。

「……アンドロイド法が施行される前から研究していた。どれだけ人間に近いアンドロイドを造れるかという命題の、彼女は完成形(こたえ)だ」

 平静さを無理に装っている、そんな声だった。
 正臣はどうにか冷静さを取り戻したが、追求の手は緩めない。

「体は別にいい。人体を人工的につくる、それはわかる。でも、心は?あんたは、あんた達は人間の感情まで造ったっていうのか?」

 携帯端末の向こうで、かすかに息をのむ音が聞こえた。

「……限りなく人間に近いアンドロイドを造る研究だ。心は再現できないが、感情なら近いものをプログラムできる。人間が嬉しいと感じるときに喜び、人間が悲しいと思うときに悲しむ。その上で、膨大なパターンを学習させた」

「それじゃあ、彼女の感情は人間の真似事なのか?ニセモノだっていうのか?」

「それは人間の感情をどう定義するかによる。脳内に起こる電気信号の変化にすぎないのか、神が人間だけに与えた奇跡なのか」

 違う、そういうことじゃない!相手に見えないのも構わず、正臣は大きく首を振った。

「そんな御託はいい!あんたはどう思ってるんだよ!」

「……他人の見解など意味を為さない。彼女の心が本物かどうか、その答えは本人の中にしかない。正臣、お前はどう思っているんだ?」

 正臣は大きく目を見開いた。

「オレは……」

――冗談ですよね、そんなことできませんよね。わかってるんです。正臣さんがいかにやさしい心を――

――わかりました。気をつけてくださいね――

――自分で出ていきます――
 
――正臣さんにご迷惑はかけたくありませんから――

(ああ、そうか)

――正臣さんには、……どう、見えますか?――

(そんなの、決まっているじゃないか)

「オレには、少なくとも今のオレには、……彼女はこころを持った人間と同じにしか見えないよ」

「……そうか。ならばそれが答えだ。そういうことなのだろう」

 雑音混じりのその声は、こころなしか安堵に緩んでいるような気がした。

「でも、だからこそ、オレは彼女を造った親父が許せないんだ」

 それは激情にまかせたわけでなく、抑制の効いた低い声だった。だからこそ鋭利で、彼の父親の胸に深く刺さるのだろう。

「人間の探求心のために人の心を持ったアンドロイドが造られたとしたら、もしそのアンドロイドが喜びも悲しみも感じられるとしたら」
 乾ききった唇を湿らせて続ける。

「そいつは、幸せになれるのか?アンドロイドは人間のために利用し、奉仕させるものだと思ってる奴らが、それによって利益を得ようとする企業が、彼女に人間としての幸せを与えられるのか?」

 床にこぶしを叩きつけて、さらに叫ぶ。

「悲しみしか与えられない存在に感情があるなんて、あんまりじゃないか!」

 沈黙がある。長い、長い沈黙が。

「……私は彼女の、言うなれば生みの親だ」

 沈黙をやぶったのは、苦渋に満ちた声だった。

「当然彼女の幸せを願っている。……だからお前の元に送ったのだ」

「お、おい!何言ってるんだよ!」

「正臣、お前に頼みがある」

 今までに聞いたこともないくらい真剣な声で、彼はとんでもないことを言い出した。


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「冗談じゃないぞ!そんなことできると思うか!?」

「準備はすでに整っている。蛇の道は蛇というやつだ。しかしリスクはゼロと言う訳ではない。強制はできない。私はただ親として頼むだけだ」

「か、勝手なことばっかり言ってるんじゃねえよ!おい、なんか雑音が……」

「……すまん、時間切れのようだ。片付けなければならない仕事が残っている。あとはお前にまかせた。……よろしく頼む……」

「おい!親父?」

 返答はない。音量を増した雑音の後、携帯端末は不通を報せる電子音を繰り返すのみだった。

「まったく……」

 ブツブツと愚痴を漏らしながら、正臣は携帯端末を名刺サイズに戻し、胸ポケットにしまいこんだ。
 と、電話の終わるタイミングを見計らったかのように、いつの間に移動したのだろう、ハルが、彼女の荷物が置いてあった客間から姿をあらわした。
 ハルはなぜか、ここへやってきた時と同じ格好で、同じカバンを携え、しかしここへ来た時に見せた笑顔だけがない。感情の読み取れない、「アンドロイドみたいな」表情でそこにいる。
 正臣は胸が締めつけられるように痛むのを自覚した。

「どうしたんだよハル、そんな格好で」

「片付けは終わりました」

 やはり感情のこもらない、抑揚のない声。

「ああ、ご苦労様。少し休んだらどうだ?」

「いいえ、それはできません」

 ハルはゆっくりと首を振る。長い髪が揺れ、表情のない顔を覆い尽くした。

「約束ですから。さっきは緊急でしたので果たせませんでしたが、今果たします」

「約束?約束ってなんだ?」

 ハルは顔をあげ、作り物めいた笑顔で答えた。

「正臣さんのご迷惑にならないように出ていきます。お世話に、なりました」

 言葉を失った。

「……ちょ、ちょっと待ってくれ」

 声が、思うように、出ない。

「短い時間でしたけど、私、とても楽しかった。生まれてきて一番、幸せな時間でした」

 このまま彼女を行かせていいのか?

「ありがとうございます。……さようなら」

 振り向く時にちらりとのぞいた横顔に、隠しきれない感情が見て取れた。

 冗談ではなかった。それが最後に見る彼女の表情だなんて、許せるわけがなかった。

 玄関に続く廊下で正臣はハルに追いつき、背を向けて遠ざかろうとする彼女の腕をつかんだ。

「……はなしてください」

 静かな拒絶に、しかし正臣はひるまない。

「待てって言ったんだ。どうして行こうとする?」

「……だって、いられないじゃないですか。正臣さんは感情を持ったアンドロイドが許せないんですよね?……私のこと、お嫌いなんですよね?だったらどうか、このまま行かせてください」

 正臣はようやく、自分の失策を悟った。

「親父との会話、聞こえていたんだな」

「……すいません。聞くつもりはありませんでしたが、聞こえてしまいました」

「でも最後まで聞いたわけじゃない、そうだろ?」

 正臣はハルの腕を通して、彼女の動揺を感じ取った。

「どうして……わかるのですか?」

「最後まで聞いたなら、そんなこと言い出すはずがないからだ」

「どういう、ことですか?」

 ハルはまだ振り向かない。だが、正臣の言葉を聞き漏らすまいと、全身を耳にしているのがわかる。
 だから正臣ははっきりと告げた。

「親父と約束しちまったんだ。お前を、ハルを、幸せにするって」

「幸せ……ですか?」

 その声はすでに、無感情を装うことに失敗していた。

「ああ。そうだ。でもそんなの簡単じゃないからさ、できることからやってみようと思って。ハル、オレと同じ学校行かないか?」

「……学校ですか?」

「うん。さっき学校の話してたとき、羨ましそうに聞いてたからさ。どうだ?イヤか?」

「それは……行きたいですけど、行けたら素敵ですけど、行ける訳……ないじゃないですか」

「手続きとか制服とかのことを言ってるのなら心配無用だ。親父のやつ、ウチの学校のデータベースいじって転校生に偽装済みらしいし。制服も学生証ももうすぐ送られてくるし」

「それは、……嬉しいですけど、正臣さんにご迷惑が」

「それからな」

 それ以上言わすまいと、正臣は彼女のセリフを遮った。

「これはオレが考えたんだけど、ハルの誕生日を祝おうと思うんだ」

「……誕生……日……」

 ――誕生日っていうのはね、その人が生まれたことを祝福する――

 ハルはもうこらえきれずに、嗚咽を漏らし始めた。

「きっとみんなも祝いたがるだろうし、我ながら良いアイデアだと思うんだけどな。今思いつくのはそんなところだけど。どうだろう、少しは幸せになれそうか?」

「ダメです……」

「うわショック」

「だって、今だって幸福感でいっぱいでおかしくなりそうなのに、これ以上やさしくされたら私、壊れてしまいます……」

 正臣は照れくさそうに微笑んで、鼻の頭をかいた。
「なあハル、生まれ方はどうあれ、心を持って生まれてきたんならさ、誰だって幸せになる権利くらいある、そう思わないか?」

 ハルはついに振り向き、正臣に抱きつこうとして、思いとどまって、上着の裾をちょこんとつまんで、涙で顔をくしゃくしゃにしながら言った。

「ありがとう、ございます……」

 正臣は苦笑して、この後におよんでまで遠慮する少女を、そっと抱き寄せた。

 ハルは一層、生まれたての子供みたいに激しく泣き始めた。

 正臣は、彼女が泣き止んだら母親の墓参りに行こうと思う。
 伝えたいことがたくさんあった。
 何から伝えよう。

「オレ、もう大丈夫だよ」

「もう少し前向きに生きることにしたんだ」

 でもやっぱり最初は。

「ありがとう、かな」

 この世に生まれてきて良かった。今はじめて、心からそう思えた。



   最終章    了


後書き


とりあえずエンディングとしてまとめました。
BFに掲載していただく分はこれで最後になると思います。

予定ではここで半分。(誤魔化してはいるけどまだ回収してない結構伏線があります)
現在残り半分を書いてますが、どうやって発表するかは未定です。
(ラストは再編集することになると思います)

しかし長編て息切れしますね……。

ところで、影響を受けるかもしれないので未プレイのマイメリーメイ
との相違が気になっているのですが、プレイした方はどう思われますか?

ご意見いただけると嬉しいです。



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