本日午後4時、東京都千代田区のマンション3棟が爆発、炎上。
そのマンションに住んでいた300世帯の人たちが被害に遭った模様。
マンションは崩れ落ち、瓦礫の中に埋まった人たちの救出作業が急がれている。
親を探して泣き叫び、彷徨う子供達の姿が目立つ。
警視庁に「DESPAIR HEAVENS」と名乗るテロリスト集団から犯行声明が届いた。

               
        ――――――――――8月27日 新聞記者のメモより抜粋


「本当にビックリしましたよぉ!!
なんかこのホテルの前歩いてたらね、でっかいリムジンが前通ったの。
友達とスッゲー、とか言いながら見てたわけ。そしたらオッサンが出てきたのよ!!
え?そうそう!!髪の毛薄くってサ、もうケラケラ笑っちゃったよ。
そんでね、いきなりオッサンの頭から血がドピュって出て、グラって倒れたの。
スッゲー悲鳴が響き渡って・・・ホント、ビックリしちゃった!!
え!?あの室町(むろまち)ってオッサン、政治家なの!?マジ!?暗殺ってヤツ?」


        ――――――――――9月17日 ある女子高生の証言より



昨日午後7時ごろ、東京都港区の火力発電所が爆発、炎上するという事件が発生した。
爆発の影響で約五千世帯が停電し、被害は現在も拡大している。
電気会社は復旧を急いでいるが、暗闇によって市民たちがパニックを起こし、暴動も起こっている。
警察は、この事件をテロ集団「DESPAIR HEAVENS」による犯行だと発表している。
「DESPAIR HEAVENS」は過去にも二件のテロ活動を行っており、警察は国家反逆罪として捜査を行っている。
事件が起こったのは帰宅ラッシュの時間帯で、駅に立ち往生となったサラリーマンの姿が目立った。


        ――――――――――9月22日 朝夕新聞より一部抜粋





ワレワレハ、日本ニ宣戦布告スル。






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written by daiki





AM 7:00 September 28





紅葉が美しい。
夏の残暑もどこへやら、世は秋一色に染まっている。
だが、毎年訪れている秋とは少し違った。
何かが違う。どこか、ひっそりとした空気が流れていた。
―――恐怖。
誰もが心の底に抱いているであろう、そんな感情。
そんな負の感情が、この日本中に渦巻いている。
東京は今、テロの恐怖で満ち溢れていた。
「DESPAIR HEAVENS」。和訳すると、絶望の天国。
天国に絶望なんてありはしないだろう。だがこのテロリスト集団はそれを作り出したのだ。
平和な環境。まさに、天国。だが、今まさにその<天国>は破滅への道を歩んでいる。
いつ、どこで、何が起こるのか分からない。
いつ、どこで、誰が殺されるか分からない。
日本は今、ただ恐怖という名の鎖に縛られていた。


「国家反逆罪、か。確かそれに相応する事件は西郷隆盛の西南戦争が最後らしいぞ?」
警視庁。東京全てを見下ろし、監視するような姿でそこに立ち尽くす。それはまさに平和の象徴だと言える。
警視庁だけではなく、どの警察署・・・いや、どの警察官もこのテロリスト集団の確保に追われていた。
新聞を見ながら長髪の男、日向 龍二(ひゅうが りゅうじ)は隣の女性へと問い掛けた。
「そうなの?まぁ、それまでこの国に反感を持った人はいなかったってことかな」
ショートカットの活発そうな女、沢村 葵(さわむら あおい)は答えた。
2人はこの警視庁の強行犯捜査係の刑事、階級は巡査部長である。
共に24歳の同期であり、この場所に来てからはずっとペアを組まされている。
そう、組まされているのだ。当時の上司が勝手に決めたことなので今更どうこう言うことはできないが、だが、お互いに別れるつもりもない。
龍二は冷静沈着な性格の持ち主だが、事件に関する情熱は人一倍だ。
現場を観察・洞察するインサイト(眼力)はかなり優れている。
彼がまだ警視庁に来たばかりの話だ。そのとき丁度一家殺人事件が発生し、彼も現場へと向かった。
そのとき重要な手がかり―――犯人が被害者と揉め、足に重傷を負った。犯人は遠くに逃げていないこと―――を見つけ出し、犯人の確保に一役買ったのだ。
また、中学・高校時代と剣道部に所属し、かなりの腕前でもある。
普段、捜査の上で役立つことはほとんどないが。
警察になってからも続けており、未だにその実力が衰えることはない。
大会に出ればいつも上位入賞―――「静の日向」、と言うのは彼のことだ。
葵と龍二の性格はまさに正反対だと言える。彼が冷静沈着とすれば、彼女は活発、明朗なのだ。
龍二とは反対に、頭よりは体を使うほうが得意である。中学・高校生のときに陸上部に所属し、長距離走で有名なランナーだった。
なかなか顔も可愛い顔立ちをしているので、男のあいだからはそこそこ人気があるようだ。
だが、男から見て、胸がないことが少し残念ではあるが。
「違うな。反感持った人物なんて山ほどいる。行動に移さなかっただけさ」
「ふ〜ん…よくわかんないけど、そうゆうことなんだね」
「……まぁ、そうゆうことだ」
額を押さえると、龍二は呆れたように考え込んだ。
葵の天然ボケっぷりはいつものことだが、これほどまでに理解力がないと頭が痛い。
いつも思うのだが、彼女はどのようにして試験に受かったんだろうか?
「ったく、こんな頭でよく刑事になれたな…」
「うるさいなぁ〜、もう。いぃ〜っだ!!どうせ私は龍ちゃんみたいに頭良くないもんっ」
「体力だけで受かったんじゃねぇの?」
「う〜る〜さ〜い!!しつこいよっ!?」
「お〜い、日向、沢村!!遊んでるヒマあったら聞き込みでもしてこんか!!このクソ忙しいときに!!」
奥のほうで上司が舌打ちするのが聞こえた。確かに、部屋内にもピリピリした空気が流れている。一生懸命PCに向き合っている後輩刑事が睨んでいた。
「…行くか、葵」
「そだね〜、ここいても源さんがうるさいだけだし…」
「おっしゃるとおり」
お互いに耳打ちで話をすると、2人は必要な物を持って立ち上がった。





AM 9:00





2時間。2人が警視庁を出て、早くもそれだけの時が流れていた。
もちろん目立って大きな情報は無く、誰もかしこも「恐い」の一点張り。
「恐いのはオレもだっつ〜の」
「ハハッ、それもそうだね」
風の吹きぬける道路沿いを2人並んで歩く。今日は少し肌寒い。
心なしか、道路を通り過ぎる車の量が少ないような気がした。
「いつになったら解決するんだ…警視庁とか、都庁ビルが吹っ飛ばなきゃいいけど」
「ちょ、ちょっと、恐いこと言わないでよ!!」
「さすがにそんなことはないだろうけど。ニューヨークみたいに飛行機が突っ込んでくるわけでもないし」
9・11ニューヨーク同時多発テロはまだ記憶に新しい。
たくさんの死者を出し、アメリカを恐怖のどん底へと陥れたこの大惨事。それはアメリカを知る全ての人たちの記憶から消えることはないだろう。
しかし、今の日本の現状を考えればこれと同じような惨事が起こっても不思議ではない…
そう考えると、身震いした。
寒さのせいもあるが、それ以上の寒気がしたのだ。悪寒を感じた、とでも言うのだろうか。
誰かに…見られている。それも、少し殺気のこもった視線で。
だが、ここで首をブンブン振り回して周りを見渡すようなマネはしない。感づかれると厄介だからだ。
近くのショーウインドウの前に立つと、鏡を見るように自分の後ろを見渡す。
「どうしたの?」
「ん?いや、ちょっと髪型をな…」
どうやら葵は気付いていないらしい。それとも、見られているのは龍二だけだろうか?
「髪型って…後ろで縛ってるだけじゃない…」
それらしく見えるように髪をいじる。といっても、葵の言うとおり縛っているだけなので長いあいだしていることはできないが。
視線の主は見つからない。いつの間にか、さっきまで感じていた悪寒も消えていた。
「気にするな。さ、場所変えるぞ。室町議員が暗殺されたホテルに行こう」
「うん。ここにいても大して進展なさそうだしね」


「なんや、まだ警察の捜査は進展しとらんのか?情けないなぁ〜」
『いや、進展してないほうがいいだろ。それにまだ分からんぞ。アイツらはただの下っ端で、ただ基本に忠実に聞き込みしてるだけかもしれん』
電話越しに、くぐもった声が聞こえる。
「大丈夫やて。雄哉(ゆうや)さんの計画は今までに失敗したことないんや」
『しかし、注意はしておかないとな。…オレはそんな楽観的主義な圭介(けいすけ)が羨ましいよ。それで…<駒>は決まったのか?』
龍二達が通っていた道の、道路を挟んで反対側に位置する喫茶店。
そこに、圭介と呼ばれたスポーツ刈りの関西弁を話す男が電話で会話していた。まだ20代半ばといったところか。
「ああ、駒なら今決まったわ。まぁポーン兵っぽいヤツやけど、役不足っちゅ〜わけやない。オレの視線に気付いてそれとなくやり過ごしよった。写真はまたメールで送るわ」
テーブルの上には、湯気の昇ったコーヒーが置かれている。
店内には、挽きたてのコーヒーの匂い。
『遅いんだよ、お前は…分かった。ソイツらのデータを調べとくよ』
「で?雄哉さん…プロジェクトは何時からや?」
『午前11時丁度だ。祐輔のヤツ、もう用意できてるのか?』
「大丈夫や。さっきヘリの停留所に着いたって連絡あったわ。火薬・爆薬の用意もぬかりはない。それが終わったら<駒>の監視につかせる」
そう言って凶悪な笑みを浮かべる。先ほどまでの人懐っこいそれはどこかへと消えていた。
『ふっ、やっぱりお前は人を使うのが上手い』
「お褒めに預かり光栄ですわ。というわけであと2時間でプロジェクトを実行、以上」





AM 10:30





東京アコーディオンホテル。地上37階建てのビルだ。芸能人も御用達のこのホテルの玄関でそれは起こった。
9月17日午後5時ごろ。衆議院議員の室町 卓司(むろまち たくじ)議員が何者かによって射殺されたのだ。
室町議員が殺された場所に立つ。まだ、薄っすらとだが鮮やかな真紅がそこには残っていた。
まるで天まで昇る墓標のような建物を見上げる。
空は曇っている。あいにく、今日の天気はそんなによくはない。少し肌寒いのも、そのためか。
室町議員はナンバー法――世間では国民背番号法と呼ばれている――を推進する代表的な1人だった。
ナンバー法。それはすなわち国民全てに16ケタの数字を持たす、というもの。
その個人の情報はすべてネットワークで管理され、データベースでその数字を入れるだけでその人物の個人情報―――住所、電話番号などはもちろん、犯罪履歴までも―――が全て表示される。そのため、わざわざ履歴書などを書く必要も無くなるし、引越しの際の住所変更などもネットで手続きするだけでいいのだ。
だが、プライバシーの問題もあって、今のところは反対派が多数である。
しかしこの室町議員は、あらゆる手を使って反対派の政治家に根回ししていたらしい。
何が楽しくてこんな法律を推進するのかは分からないが、本人にとって何か利益があるのだろう。
自分の利益しか考えない。人間の悪いところだ。
テロリスト集団「DESPAIR HEAVENS」の犯行目的も、これの阻止だとも思われた。
だが、あまりにも他2つのテロ活動の内容が…それとは疎遠なものばかりなのだ。
マンションの爆破や、発電所の爆破…すべてが、記憶に新しい。
彼らの目的は未だに理解できない。尻尾さえもつかむことができない。
あちらの手の上で踊らされているかのような錯覚にも陥る。
「厄介な敵だよ、まったく」
周りにいる人に、手当たり次第聞き込みを続けている葵を見ながらボソッと呟いた。
ホテルの従業員たちの顔が、少し暗いように思う。やはり事件によって受けた精神ダメージは相当大きいのだろう。
ここにも大した情報はなさそうである。そうなれば長居は無用だ。
「おい、葵〜!!次行くぞ!!」
「え、うん!!分かった〜!!あ、ちょっと待ってて。トイレ行ってくる」
「車で待ってるぞ〜!!ちょっと薄着過ぎた…寒ぃ〜〜…」
車の扉を開き、急いで中に乗り込む。エンジンを入れると、暖かい空気が車内に流れ込んできた。
ガソリンの残量表示を見ると、あと3分の1も残っていないことが分かった。
「あ、もうこんだけしかない…後でガソリンスタンド寄ってくか」
龍二が呟いたそのときだった。無線から声が聞こえる。
『ピーッ、ガーッ…おい、日向!?…沢村!?』
ノイズがはいって聞きづらいが、おそらく上司の声だろう。
「ん?無線?…ハイ、こちら日向。どうぞ」
『ピーッ…今すぐ帰って来い。そっからだと、15分もありゃ着くだろう、どうぞ』
「了解した。沢村が帰り次第、帰還する」
「なんかあったのか?…ったく、行けって言ったり帰って来いって言ったり…」
思わず口から愚痴がこぼれた。仕方がないことだが、下っ端だからって人使いが荒すぎる。
ガチャッ。助手席のドアが開かれ、葵が乗り込んだ。
「いいよ〜♪さ、龍ちゃん、レッツゴー〜!!」
「いや、予定が変わった。今すぐ警視庁に戻れ、ということだ」
「えぇ!?…もう少しのあいだ気楽にできると思ったんだけどな〜…」
「気楽にしてる場合でもないだろ。さっさと帰るぞ」
「ほ〜い」
アクセルを踏んで、車を発進させる。車内の時計は、10:51を表示していた。





AM10:51





ガチャ。雄哉がパソコンのキーボードを叩いてるとき、部屋の扉が開かれた。
そこに立っていたのは、喫茶店で圭介と呼ばれていた男。
「おぉ、圭介か。…時間ギリギリだぞ、来るならもっと早く来い」
「スンマセン。ちょっと2人に業務連絡をね。準備できてます?」
「バッチリだ。ホラ、早くマイクに向かえ」


同時刻。東京都上空にヘリコプターが3機、集団で飛んでいるのが目撃された。
そんなに珍しいことでもないのか、誰も気にすることはなかった。そう、誰も。
そのヘリコプターには、普通のそれとは違う特徴がある。
全てヘリコプターの下に、ちょっとした大きさのコンテナが吊るされているのだ。
そのコンテナが開かれたとき、初めてそれを見た者が異変に気付いた。
そのヘリコプターは3機とも、不自然にも警視庁の上空で制止している。


警視庁にはそのとき、所属する全ての警官たちが集結していたという。




AM11:00




最初に異変に気付いたのは、警視庁の外でトラックから荷物を積み降ろしている男性だった。
「…なんだありゃ?」
空から降る6本の棒らしき物体。上空にあるそれは遠くて判別しづらいが、明らかに何かがおかしい。そう、それは日本中にあるまじき物体。
赤と白のラインを基調としたその棒らしき物は、ある物体と形がそっくりなのだ。
「まさか…」
そのある物体とは…よく、戦場で使われるある兵器と同じ形をしたもの。
「ミ、ミサイル!!!???」
気付いた時には、轟音が轟いていた。


それから遅れて5分。龍二と葵を乗せた車が警視庁へと到着…したはずだった。
「な、なんだよこりゃぁ…」
そこに、警視庁と思われる建築物は存在していなかった。
ただ、紅蓮の炎が上っている。音を立てて崩れていく平和の象徴。
市民の平和と安全を守るために作られた警視庁。それが、炎で覆い尽くされている。
消防車が必死の消化を試みるが、無駄な抵抗にしか過ぎない。
あまりにも火が激しすぎて、消防隊員たちは突入できないらしい。
それに、すでに爆破の衝撃でほぼその建物は原型を留めていなかった。
「う、ウソよね…?私、夢見てるのかな…あ、そっか、これは夢なんだ、ハハ」
「夢なら、なんで痛いんだよ…」
頬をギュっとつねってみる。痛みを感じない、なんてことがあるわけなかった。
「中にいた人たちは!?」
近くにいた消防隊員を捕まえて問い詰める。だが、彼もかなり困惑しているようだ。
「分かりません!!分かっていることはこの警視庁にミサイルらしき物体が落とされたことだけです!!」
「ミ、ミサイルだとぉ!?なんでこの日本にそんなのがあるんだよっ!?」
その隊員の胸倉を掴んで叫ぶ。あらぶる感情を押さえられなかった。
「そんなの分かるわけないでしょう!!こっちも驚いてるんです!!」
負けじとその隊員も叫ぶ。困惑と焦りで彼も精神的に参っているようだ。
「ちょっと、落ち着いて龍ちゃん!!」
「ちっ、みんなは!?みんなはどうなったんだよ!?」
「今、突入するタイミングをうかがってますが…建物の倒壊と、炎が激しすぎて近寄れません!!」
「じゃ、中にいた人は…」
「ほとんどの方が、すでに亡くなられているかと…」
押さえきれない怒りが、龍二の中でふつふつと燃え上がる。
「龍ちゃん!!アレ!!」
葵が上空を指差す。そこには3機のヘリコプターが上空を漂っていた。
「アレは…消防署のじゃ、ない!?」
先ほどのコンテナの姿はすでになく、そのヘリコプターはただ宙を漂っているだけ、という感じだ。
「あのヘリコプターが…ミサイルを?」
葵が尋ねる。しかし龍二には答える余裕がなかった。
あのヘリコプターが普通のヘリコプターとは違うことを見つけたからだ。
「アンテナ…?」
得意の観察力で普通のヘリコプターとは違うことに気付く。コンテナがあった場所に、いつの間にか避雷針のような棒が突き出していた。アンテナとしか考えられないのだが、そもそも、ヘリコプターにアンテナ、という意味さえ分からない。
「なんだ、アレは…?何に使うつもりだ?」
龍二が片手で頭を抱えた時。突然街中の音響―――テレビ、ラジオ、そしてスピーカー等―――というあらゆる音響から、ある音声が流れ出してきた。
『あ〜、あ〜…皆さん聞こえますかぁ〜?』
周りが急に静かになる。どこを見回してもその声が聞こえてくるのだ。
『初めまして〜♪オレが「DESPAIR HEAVENS」のリーダー、藤田圭介や』
男が「DESPAIR HEAVENS」と名乗った途端、人々が急にざわつき出した。
『警視庁を爆破したんはオレらや。まぁ、悪く思わんといてな〜、そうする必要があったんや』
まるで仕方がなかったかのように喋る彼の言動に、龍二は怒りを覚えた。
『ちょっとな、これから君たちにやってほしいことがあるねんな〜。ま、簡単なことや』
周りのざわつきがまた激しくなる。何が言いたいのかイマイチ理解できない。
『人を2人ばかり、殺して欲しいんやわ』


「お前、よくそんな言い方できるよな…絶対恨まれるぞ、いや、もう恨まれてるか」
雄哉が横目で圭介を見る。
「しゃーないやん。ガチガチに喋るよりはいいと思うんやけど」
「まぁいい。好きにしろ」
「それより雄哉さん、そろそろ準備お願いしますわ」
またあの凶悪な笑みを浮かべて圭介は言う。思わず雄哉は身震いしそうになった。
「了解。あと30秒で起動する」
そう言うと、雄哉はキーボードのエンターキーを叩いた。


『ルールは簡単。その2人を殺せば君らの勝ち。殺せなきゃ負け〜。
まぁ、まずは君らをここに閉じ込めることが先決やねんけど…あと10秒ばかし待ってな〜』
人々の喧騒がなくなることはない。周りから怒号や悲鳴、泣き声が聞こえる。
そして、10秒後――――再び、その場に轟音が鳴り響いた。地面が震えている。
ところどころから悲鳴が聞こえる。葵もその1人だった。
次に轟音がおさまったとき、再びその場に訪れたものは沈黙だった。
『ハイ、完了。これで君らはこの警視庁を中心に、半径5キロ以内から外には出れなくなりました〜♪』
「何が起こったんだ!?」
龍二が叫ぶ。しかしその声が圭介たちに届く、なんてことがあるはずがない。
『まぁ、何が起こったのか分からん人がいるやろうから、一応説明しといたる。
警視庁から半径5キロのところにある…あ、陸内の話やで…建物を倒したんや。
丁度ここを中心に円を描くようにな。まぁ、出れないやろうね。海に出る手段はないぞ〜。船という船は全部爆破させてもらったから。オレらが確認できる限り、のやけど』
そこで藤田圭介と名乗る人物は一息おいた。
『ルール説明するわな。さっき話したとおりある2人の人物を殺したらそっちの勝ちや。
タイムリミットは24時間。24時間の間に殺せなければそこら中にある爆弾全部ドッカーンや。
まぁ、その2人はあとで発表するけど…ちなみにその2人の自殺は認めへんぞぉ!!そしたら新しく2人を駒、要するにターゲットにするだけや。
もちろん、すでにその2人はオレらの仲間が監視しとるからな。余計な行動はするなよ。
周りの<狩る側>の人たちは外に出ることは許さんで。そこら中に監視カメラがあるからすぐ分かる…この日のために準備はしてきたんや。その辺りは抜かりないで。
この5キロ以内を火の海にしたくなかったら、逃げんことやな。
それでも、逃げた人は助かっちゃうよな?中にいる人なんて知らん、自分が助かればいいだけの話や。とか言う輩がおるやろ。けどな…助からんよ』
妙に「助からんよ」のところに重圧がこもっている。この男は軽い口調で話してはいるが、この場にいるすべての民衆を脅迫しているのだ。
『ナンバー法って知ってるよな?アレ、まだ施行されてないけど…実は東京都の人間で実験されてたんや。だから、東京に住んでる人だけナンバーを持っている。いやぁ、羨ましいねぇ。逃げた人の情報はそのナンバーによって全部分かる。その情報を日本中に公表するから、覚悟しいや。
要するに、その人は社会的に死を迎えることになるな。死ぬより辛いで、これは…』
最後の部分に、少し哀しみがこもっているような気がした。自分自身それを味わったかのような。
『ん?そんなんオレらがナンバー調べるなんて軽い話や。簡単にデータベースにもぐりこめるからな。
要するに、自分等は狩るしかないんや。助かるためには。
外からの助けは期待せんほうがええで。この<放送>は、日本全国で行ってるからな。
警察は頼りにならん。生き残るためにはどうすればいいのか、それが見ものや…
はい、これでルール説明は終わり♪じゃぁ、<狩られる側>の2人を発表すんで〜。
ジャラジャラジャラジャラ…ジャン♪日向龍二・沢村葵!!!』
「なっ!?」
「…え?」
思わず動揺を隠せない2人。周りの人たちが気付かなかったのが不幸中の幸いだろうか。
『ちなみにヒントは一切なし。男と女やって言うことだけ。
一応言っとくが、これはゲームや。<狩り>、という名のなぁ。
我々は日本に宣戦布告する。このゲームは…その始まりにしか過ぎん。
おっ、あと18秒で丁度12時やないか。んじゃ、18秒後にスタートすんで〜』
その18秒は、とても早く感じられた。
狩られる?どうゆう意味?そんなことばかりが2人の頭をよぎる。
『よっしゃっ!!それじゃぁ、ゲームスタートや!!』





PM12:00 タイムリミットまであと24時間





<放送>が終わった直後、警視庁跡の周りは大パニックになった。
そのパニック状態の民衆の中で、一際パニックに陥っていたのは葵だった。
「ちょ、ちょ、ちょっと龍ちゃん!?なんで私たちが狙、ウグッ…」
龍二は葵の口を慌てて塞いだ。周りに気付かれていないことを確認すると、彼女の口を解放する。
「もう、何するのよ!!」
「落ち着け。狙われてる、って自分で言ってどうすんだ。死にたいのか?」
極力、彼女になんとか聞こえるような小さな声で言った。
「とにかく、今は動こう。オレたちのことを知ってるヤツがいたらマズイ。今は車の中で作戦を練るんだ」
こんな状況でも冷静、慎重な龍二を、葵は尊敬のまなざしで見つめた。
「おぉぉ、さすが龍ちゃん…」
「分かったらさっさと行くぞ!!早く乗れ」
葵が乗り込んだことを横目で確認すると、龍二はその場から逃げ去るようにアクセルを踏み込んだ。


「まぁ、とにかく企画の第一段階は成功ってことやな」
「ああ。あそこで爆破したことによって、これが現実だということが伝わったようだ。お前の作戦は成功だよ」
ある機械で覆われた部屋の一室。そこに藤田圭介と渡辺雄哉の声が反芻した。
「で?準備はできたんか?見つからんように気をつけろよ。大事な武器やねんから」
無線機を手にとり、仲間に連絡を取る。
その仲間は今、2人がいる場所から少し離れた小さなビルにいた。
ある会社の所有物である、小さなビル。
普段はちゃんと建築会社としての役割を担っている。そこの若社長の関西人は、人をまとめるのが上手い有能な人物だと、ちまたでも有名になっていた。
若社長の関西人。その男の名は、藤田圭介――――DESPAIR HEAVENSの若きリーダーである。
「何言ってんねん。あそこを半径5キロの範囲で囲むように爆破できたんは雄哉さんの頭脳があったからや」
「そう誉めるな。照れるだろ」
「祐輔(ゆうすけ)はちゃんとターゲットに付いてるのか?」
「あぁ、今、アイツら車に乗ってるって言ってたわ。どこへ向かってるかは知りまへんけどね」
ディスプレイに映ったGPSと思しき画面は、点滅を繰り返して進んでいる。
この祐輔という名の男も、圭介が直々にスカウトしたメンバーだ。
バイクのレーサーとして一時期名を馳せた男。愛車はスズキ製の真紅の機体、バンディット250。
「じゃぁ、そろそろメンバーに指示します?」
「ああ。頼む。派手にやってくれ、って言っといてくれ」
その言葉を聞いた圭介は、マイクを手にとった。


千代田の道路を、1台の黒い車が駆け抜ける。
龍二と葵を乗せた車は、今警視庁から丁度5キロの地点へと向かっていた。
『出れない』と言った圭介の言葉を確認するためだ。どんな綺麗に爆破しても逃げ道が1つもないわけがない。
しかし、そこに広がる光景は壮絶なものだった。
「……なんだよ、こりゃ」
ビルが横向けに倒れている。それも、見事に道を塞ぐかのように。
その周囲を見渡す。そこには黒山の人だかりができていた。
車である程度その壁沿いに走ってみる。たくさんのビルが倒れ、見事に壁の役割を担っていた。
「こんなキレイにできるものなの…?」
「…できてるんだから仕方ないだろう。どうも、あちらさんには頭がいいのがいるみたいだな」
その壁を登ろうとするもの、破壊しようとするもの・・・いろんな人がいる。
龍二と葵がその人たちを眺めている時、それは起こった。
「ふざけんじゃねぇぞ!!テメェがここから出ればなぁ、みんな死ぬんだぞ!!」
「そんなことオレが知るか!!何がゲームだ!!オレには関係ないんだよ!!」
2人の男が何やら揉めているようだ。壁をよじ登ろうとした男が、下にいた男に捕まえられている。
「うるせぇ!!どうでもいいから降りやがれこの野郎!!」
下にいた男が上にいた男を思いっきり引っ張る。バランスを崩したために、男は地面に落下した。ドスンと大きな音を立て地面に激突する。
「テメェ!!何しやがる!!」
「お前が逃げようとするからいけねぇんだろ!!」
「なんだとコラァ!!・・・ははぁ〜ん、読めたぜ」
急に何かを悟ったかのように語りだす男。その目には、見えない殺気がこもっていた。
「なんだよ」
「お前が日向龍二だな?自分が死ぬからって、オレたちまで巻き込むんじゃねぇぞ!!」
「な…ふざけんな!!オレは谷川(たにかわ)だ!!」
「ハハハ・・・んなこと言っても無駄だぜ。そうだ、お前が死ねばみんな助かるんだ・・・」
この男、狂っている。飛び出して止めたい衝動に駆られたが、本当に狙われている立場の今、うかつに飛び出すことはできない。それが例え、相手に顔を知られていないとしても。
震える手で飛び出そうとしている葵を押さえつける。だが、激しく心が痛んだ。
「ざけんじゃねぇぞ!!なんでオレが<狩られる側>になんなきゃ…!!」
谷川と名乗った男が、負けじと反論する。周りの人たちの注目が谷川に注がれていた。
しかし、その言葉が最後まで言われることはなかった。
響き渡る銃声。男の手には、リボルバーが握られていた。
「キャァァァァァァァ!!!!!」
刹那、女性の悲鳴。一瞬の出来事だった。
―――――谷川が撃たれた。
眉間を突き抜けた銃弾は、脳しょうと血飛沫を後ろへと飛び散らす。
即死だった。
「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ…殺らなきゃ殺られるんだよ…殺してやる!!殺してやるぅ!!」
突如、男は銃をそこら中に向けて乱射し始めた。
男の叫び声がする。銃声が響き渡る。悲鳴が聞こえる。
男に撃たれたらしく、何人かが血を流して倒れる。
「…葵!!行くぞ!!」
目をそらしたくなるようなその光景に、龍二は再びアクセルを踏んだ。
「え…!?でも、止めなきゃ…」
「分からねぇのか!!今あそこに行ったらオレたちも殺られるだけだ!!今は…生きることだけを考えろ!!」
止めたかった。
警察として、1人の人間として。あの男を止めたかったというのが本音だ。
しかし、今は――――生きるために、逃げることしかできない。
生きていれば、何か打開策が見つかるかもしれないのだから…
同時刻、同じような事件が28件、壁沿いで起こった。





PM13:42 タイムリミットまであと22時間18分





谷川という男が撃たれたあと、ただなんとなく2人は警視庁跡近くの路地裏へと来ていた。
不幸なことに、車に残されたガソリンはあと少ししかない。
あのときガソリンを入れておかなかったことを後悔すると同時に、少しずつ冷静さを取り戻す自分がいる。
エンジンを切った車内で、2人はただ呆然としていた。
「なんでオレたちが<狩られる側>なんだろうな…」
「うん…私たちに恨みでもあるのかな?」
「さぁな…」
ゆっくりと流れる時の中、2人はその中に身を任せていた。
『ピーッ…ガーッ…』
「ん?」
突然、無線からノイズが流れた。警視庁が潰れた今、2人に命令する者は誰もいない。
2人の視線がその無線機に注がれる。すると、あのときと同じくぐもった音声が聞こえてきた。
ありえないハズの声。そう、さっきとまったく同じ声だった。
『まだ生きてるかぁ〜?2人とも』
この声には聞き覚えがある。そう<放送>によって民衆を恐怖の渦に巻き込んだ悪魔の声。
――――藤田圭介の声だった。



「アンタら2人はもう分かってると思うけど、ちゃんと逃げなきゃ狩られるで」
無線機に向かって、圭介が2人にコンタクトを取っている。
『お前…藤田圭介だなっ!?』
「あったり〜♪実はな、他の人には言えない隠しルールがあるんで、こうして連絡してるんや」
『…隠しルール?』
「そ。よ〜考えてみぃ。さっきオレが説明したルール、余りにも理不尽なところがありやしないか?」
『理不尽な…ところ…だと?』
無線機の向こうで考え込む2人を、安易に想像することができた。
龍二のように頭のいい男を相手にできる。なぜか圭介はワクワクしていた。
『あぁ、分かったぁ!!<狩られる側>の私たちが助かるルールがない!!』
急に声が変わる。おそらく、沢村葵の声だろう。
「あたり。アンタらがクリアする条件を言うために、今こうやって連絡してるわけ」
『で?その条件というのは?』
再び龍二の声に戻る。
「簡単なことや。普通のRPGと一緒。ラスボスを倒したらクリア」
『はぁ?』
「オレたちを倒せ、っていうこと」



『オレたちを倒せ、っていうこと』
余りにも楽観的な圭介の態度に、少しずつ龍二は怒りを覚えていた。
「簡単だな」
『だっしょ?まぁ、このルールをさっきの<放送>で言わなかったのには理由があんねん』
「理由…?」
『なんでって、こんなこと言うと絶対みんなは<狩る>よりオレらを捕まえることを選ぶやろ?』
確かにそうである。お互いに殺し合い、身を削るようなことをするならば皆で協力することを選ぶだろう。もし龍二が<狩る側>の立場だったとしても、きっとそうしていた。
「なるほどね。でも、オレらがそのルールを公に言えばどうなるんだよ?」
『自分アホやなぁ…ホンマに警察か?』
そろそろ怒りが爆発しそうだ。葵が隣で慌てふためいている。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと龍ちゃん?…勢い余って無線機壊したりしないでよね〜?」
「…大丈夫だ」
『さっき見たやろ?日向龍二やと勘違いされて殺されたヤツを』
「なっ…なぜ知ってる?」
『言ったやろ?監視してるってな。それに―――――仕組んだのは、オレらやからな。
あれと丁度同時刻に、28人ほど同じことをさせた』
その言葉を聞くと同時に周りを見渡す。しかし、それらしき面影は見つからない。
それに、さっき谷川という男が撃たれたのも圭介達の仕組んだシナリオの1つだったのだ。
ただ、その目的のために罪のない人を殺す。そのやり方が許せなかった。
『あんなの見たら、みんな「殺らなきゃ殺られる」って思ったやろな、きっと』
「そうか…だから今になって連絡したのか、お前は」
『そゆこと。でもいきなり倒せって言われてもなんやろうから、お前らがオレを殺す理由を教えたるわ』
「理由、だと?」
『警視庁に全ての警官がいた理由はな…オレらが呼んだからや』
「何っ!?」
『無線あったやろ〜?「今すぐ戻って来い」って。もう分かってるとは思うけど、アレやったの、オレやねんな〜…実は』
「まさか…お前…」
『そう、そのまさか。無能な刑事諸君を皆殺しにするためにオレは言ったんや…「戻って来い」ってな。まさか、「墓場へ来い」って言われてるなんて誰も思わん勝ったやろうな』
「貴様…」
『まぁ、自分らは最初から<狩られる側>に決まってたから遅れて呼んだんやけど』
「ざけんじゃねぇぞテメェ!!人の命をなんだと思ってやがる!!!」
『ホラ、キレた。んじゃその怒りを忘れようにオレらを倒してや〜♪』
その言葉を最後に、無線は途絶えた。
「おい!!コラ、藤田!!返事しろ!!!…ちっ、切りやがった」
舌打ちをすると、無線機を投げつける。堪えていた怒りが、彼の言葉によって再び湧き上がった。
「でも…これでやっとやることが決まったね」
葵が龍二を真剣なまなざしで見つめている。そう、2人にもようやくやることが決まったのだ。
「あぁ、そうだな。倒してやろうぜ…・『DESPAIR HEAVENS』をな」
「うん!!」
2人の置かれている状況は決して楽ではない。
ここに閉じ込められた住民たちは全て敵。テロリストたちももしかしたら自分たちを狙っているかもしれない。
それでも、やるしかない。
生きるためには…自分から、何らかの行動を起こさなければならないのだ。





PM14:10 タイムリミットまであと21時間50分





圭介からの無線連絡の後少ししてから、龍二が口を開いた。
「まずは…車を降りよう。燃料が切れた車なんて役に立たない」
「うん。でもガソリンスタンドで給油しちゃダメなの?」
「考えても見ろ。あそこは石油の塊。暴動を起こした奴等に爆破でもされたらお終いだ」
その言葉を聞いて、ゾーっと葵の顔がみるみる青くなっていく。
「そ、そうだね…」
「とにかく、乗るものを探そう。パニックで乗り物を捨てて逃げた人がいるかもしれない」
「あまり荷物はないほうがいいな…ってオイ」
「え?」
「なにやってんだよ」
葵のほうを見ると、彼女はバッグになにやらいろんなものを詰め込んでいる。
車の中に乗せられていた貴重品や何やらだ。しかも、今後必要なさそうなものに限って。
「何って…車盗まれちゃダメだから貴重品は持っていこうかと…」
「お金なんかなんの役に立つんだよ。持ってくのはいざというときのための手錠と…」
スーツの中に忍ばせてあるホルダーに差し込まれた、2人に残された切り札。
「この拳銃だけだ」
拳銃をホルダーから抜き取る。残された弾は6発。葵のと合わせても12発しかない。
「そだね」
葵も拳銃を抜く。その銃身をまじまじと見つめていた。
「…どした?」
「ううん、なんでもない。ただ…」
「ただ?」
「無事に生き残れますように、って祈ってただけ」
「…拳銃にか?」
「うん」
「危険なお守りだな。大事に使っていこうぜ。いや…使いたくはないけどな」
こんなこと彼は言いたくなかったが、龍二は射撃が得意なわけではない。どちらかといえば苦手の部類に入る。
逆に葵はどちらかといえば得意の分類に入るようだ。
「よっしゃ、そろそろ行くぞ。あ、それと…」
「何?」
「これからはお互いに龍ちゃん、葵なんて呼んでたら勘付かれる。だからこれからは太郎と花子で行くぞ」
「えぇえぇえぇええぇぇえ!!??ヤダよぉ〜、花子なんて可愛くないじゃん!!!」
おもむろに反感を示す葵。無理もないだろう、そんな古風な名前誰だって嫌がる。
「可愛いって…そんな問題じゃないだろ!!」
「そうゆう問題なの!!」
「んじゃどうすりゃいいんだよっ!?」
すると、急に葵は腕を組んで頭を捻り始めた。こうゆうときだけ頭が回るのだから少し驚きだ。
「え〜っとね…龍ちゃんは龍だからドラゴン。私は向日葵(ひまわり)の葵だからひまわり!!」
「ちょっと待て。なんでそんな某アクションヒーローみたいな名前つけにゃならんのだ」
思わず反論する龍二。だが、葵はニコニコ笑ったままだ。
「カッコいいじゃん」
「アホか!!ひまわりはとにかく、ドラゴンなんて日本人じゃないだろ!!」
「じゃぁ、ドラゴン太郎?」
「そんな妙な名前嫌じゃぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
結局、この言い争いは龍二の龍は「たつ」とも読めることから、彼女は彼のことを「たっちゃん」と呼ぶことで互いに同意した。
なぜ「ちゃん」にこだわるのかまでは教えてくれなかったが。





PM14:35 タイムリミットまであと21時間25分





そこからの行動は慎重だった。
特に圭介たちのいる場所の情報が掴めない今、迂闊に動き回るのはマズイかもしれない。
しかし、今警視庁跡から半径5キロの範囲で、人々はどんな状況になっているのかが知りたかった。
だが、それは思ったより凄まじいこととなっている。
2人が思わず目を疑ったほどだ。
所々から煙が上がり、一部死体が散乱しているところもある。
民衆はと言うと―――様々だった。
泣き叫ぶ者、恐怖に怯え狂った者。そして―――龍二と葵を捜し求める者。
まさに弱肉強食の世界。弱い者は強い者に殺され、生き抜く糧とされる。
こうして、今ここにいる人たちは生き残ってきた。
5分ほど歩きつづけると、ようやく目当てのそれは見つかった。
「スティードVLXか…ガソリンも満タン、キーもささってる。2人乗りもできるな。上出来上出来。おっ、なんだヘルメットも2つあるじゃん。2人乗りしてた輩が逃げたんだな、きっと」
黒く神秘的な輝きを放つホンダ製の中型バイク、スティードVLX。
前・後のサスペンションの変更により最低地上高を10mm低く設定することで、ロー&ロングのプロポーションをより強調させているこの機体。龍二が好きな機体でもあった。
「まさかこんな状況でこれに乗れるとはな…」
「え、車じゃないの?」
「こっちのほうが小回りが利くからな。それに、オレは車よりバイクの運転のほうが得意だ」
龍二は大のバイク好きで、非番の日には愛車のシャドウ400でツーリングを楽しんでいる。
もちろん、葵もそのことは知っていた。
「ホレ」
「え?キャッ」
葵に向かってヘルメットを放り投げる。彼女はそれを慌ててキャッチした。
「よっしゃ、行くぞ!!」
自分もヘルメットを被ると、スティードVLXに跨った。
葵もそれに続く。しかし――――そのときだった。
「…沢村…葵…」
どこからか、葵を呼ぶ女の声がする。狙われていることも忘れて、葵は振り向いた。
「ん?何…」
その刹那、銃声が響き渡った。
「キャァッ!!」
「あお…ひまわり!?」
バイクを発進させようとしていた龍二は、慌てて葵のほうへと振り返る。
そこには、バイクに跨ったまま右足を押さえる葵がいた。
「お前…誰だ!?」
「りゅ…じゃなくて、たっちゃん!!!いいから早く発進して!!全速力!!!」
「わ、分かった!!しっかり掴まってろよ!!」
そう言うと思いっきりアクセルを捻った。エンジンが火を噴く。
後ろを振り返ると、3台の車が追いかけてきているのが確認できた。さっき葵を撃った女の仲間だろうか?
それよりも、今は葵の具合のほうが心配である。
「おい!!葵!!大丈夫か!?」
龍二に掴まる腕には力がこもっていたので、気を失っているようではなさそうだ。
しかし、バイクが走り抜けたあとには、点々と葵の血が垂れている。
「う、うん…なんとか…」
「アイツら誰だよ!?お前の知り合いか!?」
「高校のときの…クラスメイト…不良娘だった…」
「くそっ!!ツイてねえな!!」
サイドミラー越しにもう一度後ろを見る。車の追撃が止まることはない。
「ゴメンね…」
「お前のせいじゃない!!耐えろよ〜…逃げ切るまで、絶対に離すな!!!」
「うん…」
気を切り替えて、後ろの敵に集中する。
車が1台も通っていない一般道路で、爆走する1台のバイクと3台の車。
時々サイドミラーで後ろの様子を確認しながら、龍二はバイクを操りつづけた。
早く逃げ切って葵の治療をしなければならない。心なしか、龍二を掴む手の力が弱くなってきているような気がする。
龍二が動かすバイクのすぐ右隣が音を立てて爆ぜた。おそらく、拳銃だろう。
右へ左へ動きながら走った。狙い撃ちされないためにだ。
道の途中で止まった車をかわしながら進む。たまに右折や左折しながらできるだけ狭い道を走った。
一瞬、銃撃が止んだ。弾切れしたのかと思い、再びサイドミラーで後ろを覗き見る。
「おいおい、なんであんなのがここにあるんだよ!?というかなんで持ってるんだ!?」
思わず大声で叫んでしまった。敵が持ち出してきたのは…なんと、サブマシンガン。
拳銃ならとにかく、ただの拳銃より明らかに危険なそれが、次々と火を噴いた。
アスファルトでできた地面が爆ぜる。サブマシンガンの発射音が聞こえてくる。
「うわったぁ!!ど、どこか…逃げ道は…」
すると、いつの間にか目の前には巨大な壁が立ちふさがっていた。
それは倒れたビルだった。しかし、圭介たちの手によって破壊されたものではない。
おそらく暴動か何かで倒れたビルだ。「DESPAIR HEAVENS」が崩したビルほど、綺麗に倒れてはいない。
それに、さほど大きくはない。
だが、そこが狙い目だった。発射台のように転がる塊が、そこにはある。
龍二の目が、一瞬にしてその塊を見つけ出した。
バイク1台乗れるか乗れないかくらいのその幅、大きく傾斜しているその塊。
―――――飛び越せる。
「掴まってろよ!!」
気付けば、2人を乗せたバイクは宙を舞っていた。タイヤがギリギリ触れただけで、バランスを崩すことはなかった。
危なげに着地すると、止まることなく龍二は走った。
そのまま1キロほど走った後、バイクを止めて葵の止血を行う。
自分のTシャツを破り、彼女の腿へときつく巻きつけた。
「大丈夫か?」
「う、うん…なんとか」
「とにかく、どこか治療できる所に…」
再び、彼はバイクのエンジンを吹かした。目的地は決まっている。


龍二がバイクで壁を乗り越えた直後、真紅のバイクが後を追って飛び越えたらしい。


龍二たちが謎の女たちに追われる数分前。
圭介と雄哉は相変わらずカメラのモニターを監視していた。
無論、逃走する人物がいないかどうかを見るため、だ。
今のところ逃げ出そうとするバカな輩はいない。
「雄哉さんの計算はバッチリやね。見事に壁になってくれてみたいや」
「ちゃんと爆弾を設置できたみんなもスゴイよ。オレだけの手柄じゃない」
「それもそうやね」
そして、圭介はある1つのモニターを見つめた。
そのモニターには、龍二と葵が映し出されている。
「なんや、車は降りたんか。これじゃもう連絡はできんなぁ」
「もう連絡する必要はないだろ」
「ま、確かにそうやけどね」
「で…アレは配布したのか?」
「おぅ、バッチリや。もうすでにそこら中にバラまいた。これで殺し合いも激化するでぇ〜〜!!」
「お前も根っからの悪だな…拳銃やらミニマシンガンをばら撒くなんて…」
龍二達は知らなかったが、圭介たちの部下が拳銃やミニマシンガンを配布したのだ。
手渡しではなく、地面に置いておく形で。それを拾った人は、一瞬にして殺人マシンへと姿を変える。
それも――――かなりの数を。
龍二たちを追っていた女たちも、どこかで武器を入手したのだ。
しかし、それは逆に龍二たちに反撃のチャンスを与えることにもなる。
だが、それも彼らの狙い目だったのだ。
自分を狙わせること。それが目的。
このゲームの裏に隠されたある陰謀が渦巻く。
彼らは、本当に日本に宣戦布告を行っていたのだ。





PM17:29 タイムリミットまであと18時間31分





目的地は決まっていた。おそらく、この状況の中では安全であろう場所。
そう、警察署。警視庁跡から4キロほど離れたところにそれはある。
本牧(ほんもく)警察署と言う警察署だ。このゲームの舞台で警察署は他にそこしかない。
というより、警視庁が爆破されたならそこも爆破されていてもおかしくはない。
彼らが警視庁を爆破した理由は、民衆の暴動をおさえるのを防ぐためだ、と龍二は見ている。
それならば、もう1つその役割を担うかもしれないその場所は爆破するのが得策だ。
2人を乗せたスティードVLXは、本牧警察署の駐車場へと着いていた。
――――おかしなことに、その本牧署は綺麗なまま、爆破されたような痕跡は残っていない。
「おい、葵起きろ。行くぞ」
「う〜ん…あ、龍ちゃん…助かったんだ」
「一応…な。さ、行くぞ。肩貸してやるから掴まれ」
「う、うん」
葵をバイクから降ろすのを手伝う。彼女の腕を持つと、自分の肩へと回した。
自動ドアを潜り抜けて中に入る。周りを見渡しても、人1人いない。
「誰もいないね…」
「しっ。静かにしてろ」
空いた左手で葵の口を塞ぐ。周りを見渡しながら、警戒しながら歩きつづけた。
誰もいないロビーに、2人の足音だけが木霊する。
「誰だ!?」
不意に龍二が叫んだ。振り返った先には、龍二と同じようなスーツを見にまとった男性が立っている。
歳は―――三十前後といったところか。その目は、ギラギラと燃えるように龍二達を見つめている。
その男の眉間に拳銃を向ける。当てる自信はないが、ハッタリのつもりで向けたのだ。
「お前…只者じゃないな」
手を上げながら、その男は呟いた。
「どうも」
「だが…詰めが甘い。奥の手というのは最後まで残しておくものだ」
「何っ!?」
「ちょ、ちょっと…たっちゃん…」
「どした、ひま…!?」
葵の視線が自分達の周囲に向いている。そこには――――数十人の男女が、2人に拳銃を向けていた。
「どうやら、お前達の負けのようだ。拳銃をよこせ」
「くそっ」
観念して、切り札である拳銃を男へ向かって放り投げる。
「お前達、もういいぞ。銃を降ろせ」
その言葉と共に、2人へ向けられていた拳銃は降ろされる。しかし、龍二はある違和感に気付いた。
「お前…警察官だな?」


コンピューターで覆われた部屋の1室。2人はコーヒーを飲みながら一服していた。
「しかし…なんで本牧警察署は爆破しなかった?邪魔にならないのか?」
雄哉が隣でコーヒーを飲んでいる圭介へと尋ねた。
「ん?それは…」
「それは?」
「試してみただけや。日本の警察官がどれだけ頼りになるのかってことを」
「はぁ?」
「本庁が消えた今、ただの所轄が住民のために動くとか考えられへんやろ?」
「それもそうだが…」
「だからや。安心しているのもあるし、確信しているからや。警察は民衆を裏切る、ってな」
まだ湯気の昇っているコーヒーをすする。ブラックの匂いが、鼻腔をくすぐった。
「それに…少しでもヤツらに反撃の機会を与えないと、ゲームは成立せんからな」
そう言うと、圭介はまだ熱いコーヒーを一気にあおった。


「ふっ、やっぱり面白いヤツだ。なぜ分かった?」
「拳銃だよ。オレたちの拳銃と、同じヤツだ。警察官だけが所持することを許されているリボルバーをな」
不敵な笑みを浮かべる男。それが少し不気味に思えた。
「よく知ってるな。お前も警察官か?」
「いや…ただの警官マニアさ」
葵の口を塞いだまま龍二はそう言った。葵が龍二の目を見たが無視する。
あえて自分の立場は伏せておく。警視庁の刑事たちは全滅したことになっているのだ。
生き残りがいたと言えば、何かとややこしいことになりそうだ。
それに手帳を見せろと言われれば2人の正体がバレる。それだけは防がなければならない。
この男たちが警官だとはいえ、まだ信用できるわけではないのだ。
ここは、少し様子を見ることにした。
「左様。オレたちは本牧所の強行犯捜査係だ。オレは警部の坂本浩市(さかもと こういち)。
オレたちは今…「DESPAIR HEAVENS」を倒すために武器と仲間を集めている」
「えっ!?」
「ムゴモゴッ!?」
思わず動揺を隠せなかった。浩市が訝しげな視線を向ける。
「どうした?」
「いや…なんでもない」
額に冷や汗が浮かぶ。こんなに緊張したのは初めてだ。
この男達は「DESPAIR HEAVENS」を倒す、と言っている。すなわち、仲間だ。
だからと言って信用していいのだろうか?龍二は決めかねていた。
「で、お前達の名前は?」
浩市が尋ねる。ここは、あのとき決めた偽名を名乗ることにした。
「日向龍也(ひむかいたつや)だ。よろしく」
「そっちの女の子は?」
葵のほうに目を向けると、上目遣いでこっちを睨みつけている。「離せ」と言いたいらしい。
「悪い悪い」
少し力を入れすぎて、左手には汗が滲んでいた。
「私は沢井ひまわり。よろしく〜」
「で、どうしてここに来た?」
「ここなら安心できると思ってね。まぁ、まさかいきなり拳銃を向けられるとは思わなかったけど」
最大限の皮肉を込めて言ってやる。だが、浩市がまったく気にしていないようだ。
「悪い悪い。いつ、変な暴徒が来るか分からないからな。それより、先にその娘の治療をしよう。血が滲んでるじゃないか。どうしたんだ?」
「撃たれたんだよ。タチの悪い不良娘に」
「そうか…おい、救急箱の用意をしろ!!ひとまず奥に行こうか…龍二くん、葵くん」
「あぁ、って…え?」
龍二は驚愕の表情を浮かべる。今、この男はなんと言った?
龍二くん、葵くんと言った。確かにそう言った。
葵も龍二と同じく驚愕の表情を浮かべている。なぜ、どうしてといった顔だ。
「簡単なことだ。1つ目はオレの気配に気付き、あの拳銃を向ける反応速度。只者じゃない。それに…2つ目は君たちのことは本庁の刑事から聞いたことがある。最初<狩られる側>の人が発表されたときからずっとそうだと思ってたよ。2人って言った時点でなんらかの共通点があると踏んでいたからな。3つ目は、警官の鼻といったところだ。刑事の匂いなんて、嗅げば分かる」
そう言って、浩市は軽く笑みを浮かべた。
2人は、車に追いかけられて以来生命の危機を感じていた。
逃げ道はない。四方八方さっきまで拳銃を向けていた人たちで囲まれている。
「何をしているんだ?早く来い。治療をすると言っているだろう」
「「え?」」
思わず龍二と葵の声が重なった。無理もない、すぐに殺されると思っていたのだ。
「最初に言っておくが…私は君たちの味方だ。殺すつもりもなければ、監禁したりするつもりもない」
「…本当か?」
浩市の言うことは、にわかには信じられない。まさか<狩られる側>にも味方がいるなんて。
「…本当だ。こんな状況で信じろというほうが酷かもしれないが、信じてほしい」
「龍ちゃん…どうするの?」
隣で葵が龍二を見つめる。少しのあいだ逡巡したが、出した結論は…
「オレは…信じる。アイツの目を見てると思うんだ、アレはウソをついてる目じゃない」
「なら…龍ちゃんが信じるなら、私も信じるよ」
「よし、治療してくれるって言ってくれてるんだ、治療してもらってこい」
「うん。龍ちゃんはどうするの?」
「あの男に話を聞いてくる。あの男が具体的に何を考えているかをな」





PM18:16 タイムリミットまであと17時間44分





「坂本…浩市だったな、確か」
「龍二くんか。丁度いい、私も君たちと話をしておこうと思っていたところだ…座りなさい」
浩市に促されて、近くにあったイスに腰掛ける。
すぐ離れたところに、浩市が座っている。腕を組み、何かを考え込んでいるようだ。
「警察官というのも落ちたものだな…」
「え?」
「ここ本牧署には2百人ほどの署員がいた…もちろん、皆…警察官だ。
桜田門の勲章に誓い、住民の平和を守ることが使命だったハズなのになぁ…」
そう言って遠くを見つめる浩市。その目には、かすかに哀愁が漂っていた。
「実際のところ、本庁の使い走りでしかない。みんなが嫌気を指すのも仕方がない…」
その言葉に少しドキッとした。一応、龍二も下っ端ではあるが本庁の捜査員なのだ。
「気にするな。ただの独り言だ。それで、今回の事件…所轄として、警察官の意地を見せてやると思ったよ。だが、残った警察官はたったの23人。他の連中はどこ行ったと思う?」
「…どこに行ったんだ?」
「地獄だよ」
軽く蔑むような笑いを浮かべながら、彼は言った。
「…地獄?」
「殺しあったんだよ。拳銃を使ってな。そうであるわけもない偶像の『日向龍二』と『沢村葵』をね。
お互い仲間だったんだ…相手の名前だって知ってたハズだよ。それなのに…」
「………」
「だから、オレはアイツらを倒す。<絶望の天国>なんてないことを証明してやるんだよ。だから、君たちにも協力してほしいんだ。君たちも奴等を倒さなきゃならないんだ…目的は一緒だろう?」
坂本が手を伸ばす。握手を求めているのだと思い、龍二も手を取った。
「分かったよ。こっちもやらなきゃ殺られるんでね。手を貸してもらうよ」
しかし、すぐにある疑問に気付いた。龍二と葵しか知らない秘密をこの男は知っている。
「ちょっと待て…なんでオレたちがアイツらを倒さなきゃならないってことを知っている?」
「あぁ、簡単なことだよ。君たちと藤田が会話している無線を聞いたんだ。本当に偶然だったんだけどな」
「何ぃ!?」
「だから、奴等が根城としている場所も掴んでいる。あとは…武器を集めて突入するだけだ」
「おいおい…やること早すぎだよ。一瞬でオレたちの仕事なくなったじゃねぇか」
「いや…こんな言い方をしたくないが、君たちにはまだまだ利用価値がある。まず、君たち2人は常に監視の目にあるんだよな?」
「ああ、どうやらそうらしい。さっきからオレたちの行動は把握されている」
「それを利用する。正面からお前が攻めてきたと思わせ、また違うところからオレ達が攻める」
「オレたちは囮…ってことか」
「悪いがそうゆうことになる。それにもう1つ。君を襲う<狩る側>の人間達だ」
「それがどうかしたのか?」
「一緒にそこへ乗り込むんだ。もちろん君が囮になってね」
「また囮かよ!!」
「たぶん、街にはいくつかの<グループ>が出来ているハズだ。その<グループ>を奴等のアジトへと誘い出し、利用する。何せこの状況だ、彼らは目の前にあるものすべてを破壊しつくすだろう」
「で、いつから始めるんだ?」
「明日の明朝6時だ。タイムリミットまで6時間、一気に片を付ける」
「だが…もし間に合わなかったらどうなるんだ?12時になったら…」
「大丈夫、奴等も自分達が逃げてないのに爆破するバカな真似はしないさ。自分達もドカンだからな」
「なるほど」
彼の言葉に頷く。どうやら、彼は龍二と同じ、あるいはそれ以上頭が切れるようだ。
「で?その場所は?」
龍二が尋ねる。一瞬の間を置いて、浩市は言った。
「テレビ東亜だよ」
テレビ東亜。それがDESPAIR HEAVENSの根城。
それだけ言うと、浩市は立ち上がった。
「今日はゆっくり休むんだな。武器調達はオレの部下達に任せておけ。大丈夫、ちゃんと護衛もするさ」





PM 23:00 タイムリミットまであと13時間





ひどい疲れのためか、龍二は急に眠気に襲われた。
浩市に尋ねると葵も仮眠室にいるとのことなので、そこで仮眠をとることにした。
それがPM20:00のことだ。疲れていたのか、龍二は布団に入ってすぐに眠りについた。
しかし…ゲームは簡単に眠らせてくれない。
悪夢は、深夜の警察署で起こった。
「うわぁあぁあぁぁあぁ!!!!!!!!」
「な、なんだ!?」
男の悲鳴。その悲鳴で龍二は飛び起きた。刹那、銃声が鳴り響く。
「ん〜…どしたのぉ?」
葵が目を覚ます。まだ寝ぼけているらしく、何が起こっているか理解できていないようだ。
無論、龍二も状況が把握できていない。
龍二は慌ててベッドを飛び出すと、ロビーのほうへと向かった。
仮眠室からロビーへは1つの曲がり角を曲がるだけで行ける。
つまり…角を曲がれば、何が起こっているのか見ることができるのだ。
しかし、そこから見える風景は壮絶なものだった。
「日向龍二と沢村葵はどこだっ!?答えろ!!!」
「誰だよソイツら?そんなヤツらここには来てないぜ」
「ふざけるな!!証拠は上がってるんだよ!!」
先ほど龍二達を保護してくれた警察官23人と、何やらタチの悪そうな軍団が戦っている。
そう、まさにそれは戦争しているかのようだった。サブマシンガンが火を噴き、凶弾が人を貫く。
それが本当に日本で起こっている出来事だとは到底思えなかった。
加勢しようと龍二が飛び出す。だが、強い力で腕を掴まれた。
「待て!!」
それは、足と腕に怪我を負った坂本の姿だった。
「坂本…!?どうしたんだよ、その怪我!?」
「撃たれたんだよ…ヤツら、お前たちがここにいるって情報を掴んでここに押し寄せてきやがった」
「何だと…!?」
「どうも、DESPAIR HEAVENSの情報員が伝えたらしい…」
外では、未だに激しい銃撃戦が続いている。悲鳴や叫び声がここまで聞こえてくる。
「今からお前達にすべきことを伝える。…逃げろ。荷物はお前のバイクに結び付けてある。バイクは裏口だ」
「そんな…!!アンタらを置いて逃げれるかよ!!」
「逃げるんだ。ヤツらを倒せるのはお前達しかいない。お前達が死んだら終わりなんだ」
「だからって…」
「だから…生きるんだ。生きて、奴等を倒してくれ。それが…警察官として、オレたち最後の願いだ」
「………」
龍二は何も言うことができなかった。押し寄せる感情をグッとこらえる。
「可愛い娘じゃないか…大事にしろよ」
それだけ言うと、坂本は駆け出した。その手には、警察官にだけ持つことが許される、あのリボルバーを持って。
それが…龍二が見た強行犯捜査係警部、坂本浩市の最後だった。
後ろを振り返って駆け出す。すぐそこに、松葉杖で立つ葵がいた。
「龍ちゃん!?どしたの!?なんか銃声がするし…叫び声も」
「説明してる暇はない!!逃げるぞ!!」
葵を抱えて走る。浩市はバイクは裏口にあると言っていた。目指すは裏口。
裏口の扉を蹴り開けると、スティードVLXがそこにあった。
少し大きな袋が乗せられている。黒い銃身――おそらく、サブマシンガンであろう――が口から顔を覗かせている。
「乗れ!!」
ヘルメットを放り投げると、急いでそのバイクに跨る。
アクセルを最大まで捻る。スティードVLXは爆音をあげて、道路へと駆け出した。
丁度そのとき、本牧所は轟音を上げて爆発した。
おそらく、流れ弾か何かが剥き出しになったガス管に当たったのだろう。
それとも…誰かが、故意にやったのかもしれない。
最後の警察官たちの勇姿に、彼は心から尊敬の念を覚えた…


「予定が狂ったんや。まさかあんな男がいるなんて思いもしなかったわ…」
「だから爆破したほうがよかったんだよ」
「…まぁ、祐輔に<グループ>との接触を試みさせたからな…今ごろ、きっと本牧所は襲われてるんとちゃう?」
とんとんと足で床を叩きながら、圭介はイラついた口調で言った。
「気にするな…結局、<狩られる側>は2人で頑張るしかないんだよ」
「そうやといいんやが…まさか、こんなに早く位置がバレるとは」
彼らDESPAIR HEAVENSはテレビ局を根城としていた。
<放送>の際に、電波をとばすためにはそれなりの装置が要るし、またテレビ局はゲリラ等に襲われないように複雑な構造になっているため、いろいろと都合がいい。
その場所は、警視庁から大して離れてはいない。
タイムリミットを迎えたとき、この場所から脱出できるように屋上にはヘリも用意してある。
計画は完璧だと思われた。しかし、イレギュラーな出来事が起こってしまった。
<狩られる側>が本来<狩る側>であるべき人物と手を組んだのだ。
しかも、自分達の情報を流されてしまった。いや、流されすぎてしまった。
予定が早まったのだ。もう少し…彼らは、最後まで粘らなければならないわけがある。
だから、<狩る側>の強力なグループに協力を要請するしかなかった。
「失敗やったわ…警察にも、あんな男がいるんやな」
日向龍二といい、坂本浩市といい、厄介な人物が多すぎる。
「人選を誤ったかもしれんわ」


夜の街を、漆黒のマシンが爆走する。
後ろからは、昼と同じような車の群れが漆黒のマシンを追跡している。
その先頭には、真紅のマシンがいた。男はライダースーツを身にまとい、漆黒のマシンを追尾している。
「しつけぇなぁ!!」
「怖いぃぃぃ〜〜〜〜〜〜」
もちろん止まれば後ろから蜂の巣にされる。ただでさえ弾をかわし続けているのだ。
「こうなったら…葵、威嚇射撃しろ」
「い、威嚇射撃ぃぃぃ!!??こんな状態じゃ無理だよ〜〜〜!!」
「お前ならできる!!サブマシンガンを後ろに向けてぶっ放せばいいだけだ!!」
アスファルトの地面が火花を散らせて爆ぜる。いつ2人の乗るスティードVLXに当たってもおかしくはない。
「わ、分かった!!やってみる!!!」
坂本たちから受け継がれた銀色のサブマシンガン。葵はそれを後ろに向け、適当に引き金を絞った。
「わ、わ、わ、わわわわわ…怖いってぇぇぇ!!」
葵の慌てふためくが聞こえる。
マシンガンから数多の弾が飛び出る。金属に当たるようなカンカンという音がした。
後ろを追跡する車やバイクに当たっているようだ。
「な…う、うわぁああぁぁああぁあぁぁぁあ!!!!!」
突然、男の叫び声がし、その直後に巨大な爆発音がした。
サイドミラーで背後を確認する。真紅のバイクはすでにそこにはなかった。代わりに紅蓮の炎がその場所に立ち上る。
おそらく―――かなり偶然だろうが―――葵が撃った弾がバイクのガソリンタンクに直撃したのだ。
「…やるじゃねぇか、葵」
「ま、まぁね〜」
撃った本人もビックリしているようだ。
だが、車の追走は止まることはない。爆発したバイクには目もくれず、龍二達を追いまわす。
「おいおい、仲間が死んでも知らんフリか!?」
「ヤバイよ龍ちゃん!!この銃、もう弾がない!!」
「ちっ、仕方ない。他の銃は使いたくない…その銃思いっきり投げつけてやれ!!」
2人の逃走は続いた。アクセルを最大まで捻りつづける。
速度計は時速160キロを表示していた。十分危険すぎるスピードだ。
「どうやって振り切るのよぉぉぉ!!!!」
葵が叫ぶ。今にも泣き出しそうな声だ。
「仕方ない…突入用に渡されてたヤツだけど、ここで使う」
「何を!?」
「…爆弾だよ」
坂本たち残された警察官が、突入用にと作った手作りの手榴弾。
それも、彼が渡した荷物の中に入っていた。しかし…その数、1個。
つまりチャンスは1度きり。投げるタイミングが重要だ。
「あそこにガソリンスタンドがあるだろ?あそこで向こうの道路へ移動する。ガソリンスタンドを丁度通過したらあそこに向かって投げろ」
龍二が顎で示した先に、道路と道路で挟まれたガソンリンスタンドがあった。
「わ、分かった!!」
葵がうなずく。目標のガソリンスタンドまで約100メートル。
50メートル。後ろの車からの射撃が止まった。おそらく弾が切れたのだろう。
10メートル。ハンドルを左に切る。滑り込むようにしてガソリンスタンドへと突入する。
通過。葵が精一杯の力を出してガソリンの補給機へ向かって手榴弾を投げた。
車も同じくガソリンスタンドを通過する。そのときだった。
―――――小さな爆発が、最大の爆発を引き起こした。
宙へと舞い上がる3台の車。男達の叫び声が聞こえる。
思ったより派手な爆弾の威力に言葉を失う。
「よっしゃ!!よくやったぞ、葵!!」
「う、うん!!」
再び投げた本人が驚いている。
いつの間にか、スティードVLXのガソリンも底をつこうとしていた。
「とにかく、新手が来ないうちに適当な場所で息を潜めよう。そこで作戦会議だ」
「了解!!」





AM2:00 タイムリミットまであと10時間





<グループ>を振り切った後、2人は小さなビルで息を潜めていた。
警視庁跡からさして離れていない。
運良くそこには食糧も水もある。しばらくはここでゆっくりするつもりだった。
ただ、電気だけは点けられなかった。誰かいると思われると困るからだ。
「藤田建設…か。アイツと同じ名前でなんだか嫌だな」
社名を見つけると、龍二がボソッと言った。
「そだね。でも食べ物とかあったからよかったじゃない」
「ああ。しかし…生々しいな。いかにも<ゲーム>が始まって逃げ出した後じゃねぇか」
近くにあった社員名簿をめくる。そこには、34人の男女の写真がそれぞれ貼られている。
一番最後のページには、社員と思しき男の写真が貼られていた。まだ20代前半といったところだ。
しかし、驚くべきはそこに書かれている名前。そう――――藤田圭介。
「なっ!?ここ…藤田の会社だったのかっ!?」
「え?藤田って藤田圭介?社長だったんだ…」
会社の若社長。それでも、この会社は不景気の中それなりにちゃんとやってきたような印象がある。
社内の様子を見てそう思った。
少し経歴が気になって、その男の経歴を見る。関西で生まれ、親の都合で上京。
その後両親が死んだため祖父母のもとで育てられる。21歳のとき、会社を設立。
両親の死を除き、到って普通の経歴だ。学校も退学などしていないし、ちゃんと卒業している。
「こんなヤツが…なぜ?」
「なんでだろうね…?」
隣から、葵もその経歴を覗き込んでいた。
「でもね、これだけは言えると思うの。普通の人ほど…変わりやすい」
「…そうかもな」
何かが起こったのだろう。この男の心を180°変えてしまう、悲しい出来事が。
「ここが藤田の根城になっていたのなら…何かヤツらが残した物があるかもしれない…」
「そうだね。手分けして探そっか」
「でも、こう暗いとな・・・懐中電灯とか置いてないのか?」
「あ、それならさっき見つけたよ。確か非常用のだったと思うけど…」
「十分だ。そのかわり、窓を照らさないようにしろよ。外から見えるから」


大体こうゆう場所では、地下に秘密が眠っている…とはよく言ったものだ。
案の定、地下へと続く階段を見つけた。
少し年季の入ったその階段をゆっくりと、一歩ずつ慎重に歩を進める。
開けた場所に出ると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
そこら中に転がるあるゆる武器、武器、武器。
拳銃はもちろん、サブマシンガン―――龍二たちが使ったものと同じだ―――しかし、異様なのは、それらの銃すべてが失敗作であることだ。
そして、もう1つ異様なのが武器の種類は拳銃とサブマシンガンの二種類しかないこと。
ロケットランチャーなど一度に大量の人物を殺せる武器はここには置いていない。
もしかすると、テレビ東亜を根城とする圭介達が保管しているのかもしれない。
「キャッ!!」
突然、葵が短い悲鳴をあげた。しりもちをつく音が聞こえる。
「どうした!?」
龍二が尋ねても、彼女はある一点を指差すだけだ。
龍二もその方向を見てみる。なんと、そこには武器ではないあるものが転がっている。
「し、死体…!?」
日本人ではない…おそらく、白人―――だったもの―――が4体ほど転がっている。すべて眉間に風穴があいていた。
「葵…立てるか?」
「う、うん…なんとか」
ただでさえ彼女は足を負傷して、歩くのさえ苦しい。
彼女の手を取ると、グイと上に向かって引っ張った。
「おそらく…ここは武器工場なんだろう。あそこの4人は武器職人、といったところか」
「じゃぁ、やっぱりここが…」
「間違いない、ここがDESPAIR HEAVENSのアジトだ」


「何っ!?祐輔が死んだやって!?」
「あぁ…間違いない。バイクが爆発したらしい。仲間が確認済みだ」
「じゃぁ、あの2人は今どこにおるんや?」
つい数時間前、雄哉が指差していたあの赤い点はどこかへ消え去っていた。
おそらく、祐輔が持っていた発信機も爆発の衝撃で破損したのだろう。
「…分からない。ただ1つ言えることは、ヤツらの逃走ルートから見て警視庁跡から半径1キロ以内にいることは確かだ」
「予想外のことばっかりやないか…<グループ>の奴等は危うくあの2人を殺しそうになったし、あの2人を見失うとは」
「いや、まだ計画は死んじゃいない。残った時間…あの2人が死ななければ計画は成功だ。下の奴等に2人を探せって指示をしておこう。もし、監視していないあいだに死なれたら厄介だ」


あまり広くはない地下の1室。だが、そこにも隠し扉があることを発見したのは葵だった。
「アレ…?ここ扉になってるみたいだよ」
「何?本当だ…まだ何かあるのか?」
「こ、これは…?」





AM9:14 タイムリミットまで2時間46分





「さぁ…そろそろ行きましょうか?」
テレビ東亜、正面玄関。そこには1台の漆黒のバイク。
ヘルメットを被ったその顔を見ることはできない。
玄関から、数十人の男女が銃を持って出てくる。
「動くな!!」
一斉に向けられる銃。その数、20丁と言ったところか。
「お前達に…殺せるのかな?」
不意に、バイクに乗った人物がヘルメット越しに微笑んだ。


「圭介さん!!奴等です!!正面玄関から突っ込んできました!!」
「とうとう来たか…」
機械類で埋め尽くされた一室。藤田圭介は不気味に微笑む。
まるで、これから始まることを愉しむかのように。
「けど…おかしいんです!!沢村葵の姿が見当たりません!!」
「何…?」
「バイクに乗ってるのは…ヘルメットを被ってて顔は分からないんですが、これまでの情報からして日向龍二だと思われます!!」
一瞬だけ考え込む。だが、深く考え込んでいる時間はないようだ。
「何をしてくるつもりかは分からんが、奴等はあの修羅場を生き残ってきた奴等や!!油断はすんなよ!!」
その言葉と同時に、藤田圭介は立ち上がった。
その手には、銀色に輝くサブマシンガンを持って。


「あと2時間46分…1日をこんなに長く感じるのは初めてだよ」
PCのデスクトップに向かい、渡辺雄哉はせわしくキーボードを叩く。
その画面に表示されているのは―――日本地図。
ほんの少しずつのスピードではあるが、真紅がその地図を覆い尽くしていく。
それはまるで、ウイルスが日本を侵食するかのように。
もう少し…もう少しでその真紅は地図をすべて覆い尽くそうとしていた。


先に動いたのは、バイクに乗った男だった。
爆音をたててバイクのエンジンが唸る。
20丁あまりの拳銃が一斉に火を噴いた。
それをぎこちなく左右にかわすと、そのまま正面玄関に突っ込む。
止まることなく、バイクはテレビ局の廊下を駆け抜けた。
「くそっ…追うぞ!!」
1人の男が指示する。だが、他の連中は一点を見つめたまま動かない。
「お、おい…奴等、とんでもないのを連れて来たぜ…」
「何?…アレって…まさか…」
クレーンの先に鉄球をつけた昔懐かしい機体。
すべてをひき潰してしまいそうな、ローラーを持った機体。
その他10以上の建機が、集団を成してテレビ局へと襲い掛かろうとしている。
それは、彼らを脅かすには十分すぎた。
「<グループ>、だとぉ!?」
刹那、建機のいろんなところからサブマシンガンが火を噴いた。


「銃声…?サブマシンガンか!?…急がなあかんな」
誰もいない廊下に、彼の駆ける足音だけが響き渡る。
こんなときに、複雑に入り組んだテレビ局の構造が仇になった。
これでは、玄関まで行くのにかなり時間がかかる。
彼が階段を降りようとした直後だった。
「急ぐ必要はないぜ」
後ろから、声がかかる。まだ若い男の声。
「…何!?」
後ろを振り返る。だが、その首は最後まで回ることなく止まる。
頭に銃口が向けられていたのだ。
そこにはそこにいるはずのない人物が立っていた。
少なくとも、その人物は今正面玄関にいると思われていた男。
「やっと面が拝めたよ…藤田圭介」
そう言って、男――――日向龍二は、微笑んだ。


バイクはとうとう廊下の突き当りまで進んだ。
入口のほうから、銃声が響き渡る。
立ち止まっている暇はない。彼女には仕事がある。
沢村葵は、ヘルメットを外すと彼の元へ足を引きずりながら向かった。
「でも…胸が小さいからって男役にするのってヒドイよね…いくら陽動役だとは言え…」


「葵が陽動してくれたおかげで、裏から簡単に入れたよ。…2人ほど見張りがいたけど」
「ソイツらはどうしたんや?」
拳銃を頭に突きつけられたまま、前を向いた状態で圭介は尋ねた。
「あぁ、気絶してもらったよ。隠れて近づいて気絶させるなんて容易いからな」
「さすが警察官といったところ…やな」
「どうも」
訪れる沈黙。ただ、入口のほうからは絶えず銃声が響き渡る。
「ったく…貴様にはやられたよ」
「何がや?」
「この<ゲーム>とやらの、真の目的」
それでも、圭介が動揺することはない。ただ、圭介は静かに沈黙していた。
「なんのことや?」
「とぼけんな。貴様…<日本>というシステムを根本から破壊するつもりかっ!?」
「なんや、分かっとるやないか。そう、オレらの目的は日本のリセットや」
「なら…室町議員暗殺はナンバー法の正式な採用を阻止するためというのは納得できる。だが、他の2つのテロ活動にはなんの意味があった?」
「ふっ、それはただの演習に過ぎんわ。このゲームのための…サバイバル演習」
「な…ふざけるな!!お前は…命をなんだと思っている!!」
「五月蝿い!!黙れ!!お前には分からないだろう…日本という国に親父を殺された哀しみをなぁ!!」
親の仕事の都合で、大阪から東京へとやってきた圭介は何不自由ない、幸せな生活を送ってきた。
そう――――彼が19歳になるまでは。
彼の親は衆議院の議員だった。その温厚な性格と、彼の掲げた政策に人は皆、彼を支持した。
総理大臣の座にいちばん近い男だと世間一般に言われていた。
しかし…彼は日本という国に殺されたのだ。
彼が丁度絶頂期にいたとき、その事件は起こった。
彼の秘書が謎の自殺を遂げた。まだ若かった男の、謎の自殺。
発見された遺書には、こう書かれていたのだ。
『あの人の下には、もういられない』
そして、その遺書にはその言葉のほかに圭介の父がやったという悪行が長々と書き綴られていた。
こんなネタをマスコミ、世論が見逃すはずがない。
圭介の父は散々叩かれ、家にもたくさんのマスコミが押しかけてくる。
世間の目は冷たく、まもなく彼の父は苦しい状況に耐えられず、自らその命を絶った。
そして圭介の母も哀しみの中、その後を追った…
もちろん、あの性格で、しかも優しい父がそんなことをするはずがない。
そう信じていた圭介は自らその真相を探り始めたのだ。
秘書が残した遺書の筆跡も彼のもので、他の人が書いたという痕跡はない。
しかし、調べていくうちに圭介の父を恨んでいるという人物が浮かび上がったのだ。
その人物の名は―――――室町卓司。
ナンバー法を推し、暗殺された男。
つまり圭介の父、そして彼の秘書は室町卓司の手によって社会から抹殺されたのだ。
しかし、彼だけの責任ではない。日本中の冷たい目が、圭介の父を殺した。
そう確信した圭介は、2年後「DESPAIR HEAVENS」を立ち上げた。彼が21歳のときである。
その後3年間の時を経て、今にいたる。
その3年間の間に、彼は着々と準備をすすめてきたのだ。
オフィスとして使われていたビルには、もうひとつの顔があった。
武器の作成。海外からその道のプロを雇い、作らせていたのだ。
警視庁を爆破したミサイルもそう。全てバラバラで日本に持ち込み、ここで組み立てたのだ。
この日のために「DESPAIR HEAVENS」は各地にカメラを設置し、遠隔性の爆弾を各所に設置してきた。
参謀役を受け持つ、渡辺雄哉を勧誘したのもそのためだ。
彼はIQ200の天才で、「ファントム」の名で一時期名を馳せたハッカーである。
圭介は彼に接触し、「DESPAIR HEAVENS」に勧誘した。作戦参謀役として。
彼の事情を知った彼は、快くDESPAIR HEAVESに入ったのだ。
「それでもお前にオレの苦しみが分かるって言うんか?ふざけるんやない」
「お前の親父は…こんなことを望んじゃいないハズだ…」
「黙れって言うとるや…うわっ」
圭介がその言葉を言おうとした瞬間、轟音が響き渡った。地面が揺れている。
「藤田圭介…ここが、お前の墓場だ」


「日向龍二と沢村葵は中だ!!この建物の下敷きにしてやれ!!」
正面玄関。建物を守る連中を殲滅しつくした<グループ>。
そのリーダーらしき人物が指示を出す。建機が唸りをあげて建物を破壊する。
この<グループ>の正式名称は、花村組。
そう――――建築会社に務める男達の集団である。
元々、この男達は仕事態度も悪く、<作る>よりは<破壊する>ほうが好きだった軍団だ。
この<ゲーム>に乗るまで、大した時間がかかることはなかった。
<ゲーム>開始から21時間。ようやく彼らは2人の尻尾を掴んだのだ。
建機を動かし、バイクを追ってやって来たこのテレビ局。
ただでさえ気が立っていた。もう、奴等を殺せるなら何をしても構わない。
トニカク、奴等ヲコロセ。
すでに――――人格というものは、残っていなかった。


「今、ある<グループ>がこのテレビ局を破壊している」
「なんやて!?」
「ここに置かれているお前等のシステム。全て破壊し尽くす」
圭介の頭に向けた拳銃は動かさない。
お互いに顔を合わさないまま、淡々と会話は進んでいく。
「ふ、ハハハハハハ!!!!!」
「何がおかしい?」
「お前は1つ間違っている」
「何?」
思わず拳銃を握る手に力が入った。だが、未だに圭介が動ずる気配は微塵にもない。
「すでに、日本を破壊する準備は整ってる。もう…遅いわ。あとは時間を待つのみや」


事前に用意しておいた地図を見ながら、葵はある1室を目指していた。
その部屋には、このテレビ東亜のシステムが全て眠っている。
足の痛みに耐えながら、彼女はできる限り走った。
「ここ…だね」
目的の部屋まで辿り付き、息を潜める。
拳銃を胸の前に構えた。あのとき、祈りをこめたリボルバー。
「いくよ…」
せーの、という掛け声と共に、彼女は扉を蹴破った。
そこには、見渡す限りのテレビ、テレビ、テレビ。
そう、ここはテレビ東亜のコントロールルーム。だが、しかし改良されている。
そこら中に電線が張り巡らされている。テレビには、日本全国の様子が映っていた。
画面越しではあるが、久々に見る外の風景。
まったくこの<ゲーム>の舞台とは違った、平和な風景だ。
そのうちの1つのテレビに、外で放送されているであろうニュースが映し出されていた。
『昨日発見された新型ウイルス「GAMER」は、急速な勢いで日本中のPCへと広まっています。このウイルスは全て、感染したPCのシステムを根本から破壊し尽くすという恐ろしいウイルスです。このままだと約2時間後には日本中のPCがストップしてしまいます!!直ちにネットワークから切り離し、PCには触らないで下さい…え!?今、我が社のPCにウイルスが潜入、システムを破…』
そこで、放送は途切れた。
テレビ局のPCにウイルスが潜入し、放送を総括するシステムが全て破壊されたのだろう。
「とうとうここまで来たんだな…」
その丁度中心に位置するところに、1人の男が座っていた。
「だが、ここに来たのは間違いだった。もう、全ては終わっていたんだよ。<ゲーム>が始まった時点でね」
男――――渡辺雄哉は、葵に向かって微笑んだ。
「あなたが…渡辺雄哉ね。ファントムの名で名を馳せた有名なハッカー…」
「その名前はもう捨てたよ。今はただの渡辺雄哉だ」
「手遅れなんかじゃないハズよ。ここには――――あなたが作ったワクチンがあるはず」
この部屋にも、地響きの波は押し寄せてきている。
「ほぅ…なぜ、そう言いきれる?」
「知ってるからよ」
負けじと、沢村葵も微笑んだ。
拳銃の照準を、彼の眉間に合わせたまま。


時間は遡る。
葵が見つけた隠し部屋。そこはコンピュータで覆われた部屋だった。まだ、電源も生きているようだ。
「これは…」
呟き、主電源を入れる。
おぼつかない手つきでキーボードを叩くと、そこにはDESPAIR HEAVENSの全てが記されていた。
彼らの恐るべき真の目的も。
<ゲーム>を起こした理由も。
そして――――日本を破壊する、恐るべきコンピューターウイルスの設計図も。
彼らの真の目的は、サイバーテロにあったのだ。
しかし、これほどまでに強力なウイルスを作るのならば、当然あるものも必要となる。
ウイルスを作成する際、様々な事故に備えての準備をする。
そう、ワクチンである。そのワクチンソフトも用意されていたのだ。
「このウイルスが日本中に散布されると…電気やガス、ほとんどのシステムが停止するな。
外国にも漏れちまったら…日本はその責任を負わされることになる。そうなったら…日本という国はお終いだ」
「でも、そのウイルスを広めるだけならこんなゲームをやる必要はないんじゃない?」
「いや…おそらく、時間稼ぎだ。奴等の真の目的は警視庁の破壊…おそらく、日本の機動力を無くすためだ。24時間そうやって世間の目をこっちに向ければ、ウイルスなんて誰も目もくれないだろうからな。壁を作ることによって、外からの進入を防ぎ、自分達はその安全な殻の中に閉じこもる。そして、オレたち<狩られる側>は…」
葵の顔を見る。その顔は、やはりあんまり理解できていないようだ。
「奴等から目をそらすための、囮だ」
「そっか…そういうこと…」
「本当に分かったんだろうな、オイ」
だが運悪く、そのPCのワクチンソフトに関するデータは全て消去されていた。
手がかりはゼロ。ただ、ウイルスの仕組みに関するデータが残されているだけ。
しかし、2人はそこまでPCに関する知識はない。無論、ウイルスの設計図を見てもチンプンカンプンなだけである。ここからワクチンを作れ、なんて言われても無理な話だ。
「とにかく…今は、奴等に接触することが第一だな。そして、このソフトを作ったヤツを探し出す。そして…ワクチンを使わせるか、作らせる」
「でも…大丈夫なの?もしもそのソフトはすでに消去されていたら…作るって言ってもかなり時間がかかると思うよ?」
「普通のヤツならそうかもしれんな。けど…アイツならできる」
「アイツ?」
「渡辺雄哉…『ファントム』だよ」
「ファントムって確か…あの天才ハッカーの?」
「ああ」
「アイツならそんな芸当、お安い御用だ。とにかくすぐに準備してテレビ東亜に攻め込もう」
「うん、そだね。時間との勝負…ってことか」
そして、現在に到る。


「なるほど…これで合点がいった。貴様等はあのビルに侵入したのか」
「本当に偶然だったんだけどね。でも、おかげであなたたちの目的に気付けたんだけど」
拳銃を構える葵。ただ腕を組んでイスに佇む雄哉。その姿は何かを考えているようだった。
「ところで、1つ質問がある。どうして<グループ>を連れて来たんだ?」
「…簡単な話よ。あなたたちにプレッシャーをかけるため」
「だが…ここが崩れると、ワクチンなんて作れなくなるかもよ」
「うってつけの場所があるじゃない。いざとなればアナタを連れて行くわ」
「…うってつけの場所だと?」
「あなたたちがいたビルよ。システムはまだ生きてるじゃない」
地鳴りはまだ続いている。ガラガラと建物が崩れるような音がする。
「なるほど…だが、行けないと言ったらどうする?」
「え?」
「貴様等の目的はすべて聞かせてもらった。日向龍二がここに来なかったのは失敗だったようだ」
目を見開き、しまった…という表情を浮かべる葵。思わず、拳銃を握る手から力が抜ける。
そのときだ。
「キャッ!!」
葵の手から拳銃が叩き落とされる。その拳銃を素早く拾い上げると、雄哉は拳銃の照準を彼女の額へと向けた。
「形勢逆転…だな。一瞬の気の緩みが死を招く」
引き金に力が込められる。葵は、自らの最後を悟って目を閉じた。


「ここを破壊したってウイルスの侵攻は止まらん。止めるにはワクチンが必要や。そのことは承知の事実じゃないんか?それやのに、なぜここを破壊しようとするんや?」
「お前に言う必要はない。オレの目的は渡辺雄哉ただ1人。貴様に用はない」
「さよか…おしゃべりが過ぎたわ…そろそろ終わらせようやないか」
「何?」
何が起こったのか、理解できなかった。
気が付けば、自分の頭にさっきまで自分が持っていた拳銃が突きつけられている。
先ほどまでの2人の体勢がそっくり入れ替わっていた。
「…一応、これでもオレは体術になかなか長けててなぁ。もうお前らには用はないし、死んでもらうと…」
「知ってるよ、そんなこと。だが、それは…どうかな?」
圭介の言葉を遮るように龍二が言った。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「何やと?」
今度は、圭介が驚く番だった。胸に激しい痛みを感じる。
「静の日向って…知ってるか?」
胸に手を持ってくる。そこには、真紅に染まる自らの血が流れていた。
「なんや…それ?」
「剣道でのオレの異名だ…もっとよく調べておくんだな」
龍二の手には、ナイフが握られている。刃渡り15センチの、サバイバルナイフ。
彼は、ズボンのポケットに鞘ごとナイフを差し込んでいたのだ。もしものためにと。
そのナイフを、居合のように抜いた。
『静の日向』。その由来は、彼の剣道のスタイルが元になっている。
音を立てず、静かに試合を決める。会場に響くのは、竹刀が振り抜かれる音のみ。
それが、彼のプレースタイル。
「ちっ…負けたわ、日向龍二。お前のことを甘く見てた…」
「油断したな、藤田圭介。勝ったと真に思い込むのは、勝ってからにしろ」
その言葉と共に、圭介は地面にひれ伏した。
流れる自分の血を見ながら、圭介はボソッと呟く。
「親父…もう少しで…もう少しで敵が取れるからな…」
「敵なんかとれやしない。お前の親父は…そんなこと望んじゃいなかったと思うぞ」
「…え?」
「ただ…お前に、この日本を変えてほしかったのかもしれんな。もっと違う意味で…」
どこか、間違っていたのかもしれない。
人の命を弄んでいた。それも仕方がないことだと思っていた。
――――だが、それは違った。
日本は彼の父を殺した。だが、彼は日本を殺した。
もう戻れない、確かな事実。
自分は罪を犯したのだ。犯してはならない、父親を殺した<日本>と同じような罪を。
それならば――――
「そうか…オレは…親父を殺した<日本>と同じことをしてしまったんかもしれんな」
その表情は、微笑だった。
日向龍二が上から見下ろす中、DESPAIR HEAVENSリーダー藤田圭介は息を引き取った。
――――間違いに気付いた男の、最後だった。
「早く行かなきゃな…頼むぞ葵…持ちこたえていてくれ…」
再び龍二は走り出した。沢村葵と渡辺雄哉が対峙する部屋へと向かって。


「終わりだ…」
雄哉が呟く。引き金に力が込められた。
刹那、響き渡る銃声。
葵はずっと目を瞑っていた。もう、開くことはないと思っていたのだが…
「…え?」
片目だけ開く。そこには、先ほどまで葵の頭を狙っていた男の姿はない。
足元を見下ろす。
「な、なんで…?」
渡辺雄哉が、死んでいた。眉間に穴をあけて。
まだ真新しい風穴からは、真っ赤な血がどくどくと流れ出している。
さっきまで葵が持っていた拳銃が火を噴いたのではない。彼は、誰かに撃たれたのだ。
その事実に気付いた時、彼女は初めて後ろを振り返った。
「あ、あなたは…」
「間に合ったか…」
そう言って笑顔を浮かべる。目元に、少しシワを浮かべて。
――――坂本浩市。死んだと思っていた男が、そこには立っていた。
「いやぁ、怪我が痛いよ。さすがにこんな状態で動くべきじゃなかったな」
その姿はボロボロだった。スーツは一部焼け、一部は千切れてしまっている。
中でも痛々しいのが、腕と太ももに巻かれた包帯だった。共に、赤い染みができている。
おそらく、彼の血であろう。
「君らが行った後…爆発が起こったのは知ってるな?」
「は、はい…」
「アレは、私がガス管を撃ち抜いてああなったんだ。まぁ、咄嗟の機転ってヤツかな」
「は、はぁ……でも…また会えることになって、光栄です」
「私もだよ」
そう言ってお互いに微笑む。久々に笑ったような気がした。
「葵!!無事か!?」
突然、龍二が部屋へと滑り込んできた。少し返り血を浴びたスーツ姿で。
「あ、龍ちゃん!!」
「渡辺を連れてくぞ…って、お?」
龍二が雄哉の死体を見つける。
「え…殺したのか?」
「いや、これは不可抗力ってヤツで…でも私が殺したわけじゃなくて…」
慌てふためく葵。だが、龍二は葵の顔なんて見てはいなかった。
「アンタ…坂本…浩市…?」
「おぉ、龍二くんか。また会えたな」
「なんで生きてるんだよ!?まさか幽霊!?」
「オイオイ失礼な…正真正銘、生身の人間だよ」
「マジかよっ!?よかった…生きてたのか」
「君には少し敬語というものを使ってほしいね」
思わず苦笑いを浮かべる坂本。一応、浩市は龍二達より階級が上なのだ。
「とにかく、今はこうやって再会を喜んでいるヒマはない」
「ああ…だが、渡辺が死んでしまった今、ウイルスを止める方法は…」
「あるんだな、それが」
「え?」
「ワクチンソフトは存在していた。ある場所に眠っている」
「そんな場所があったのか?」
「ああ。DESPAIR HEAVENSのもう1つの基地。テレビ東亜を拠点に出来なかった場合の秘密の基地」
「どこだよ、そこは…?」
「東都タワーだ」





PM11:28 日本崩壊まであと32分





「とにかく今はここを脱出する!!生き残った仲間が車で待っている、早急に東都タワーに向かうぞ、時間がない!!」
<グループ>の手によって崩壊寸前のテレビ東亜をこっそりと脱出する。
そこには、黒い車が1台止まっていた。運転手が手招きしている。
「早く!!」
慌てて3人は車へと乗り込んだ。運転手がアクセルを目一杯踏み込む。
「ここからタワーまでどれだけ急いでも5分かかる。そこからは、時間との勝負だ。さすがにオレたちも東都タワーのどこかなんて把握していない。PCを見つけたらすぐにワクチンソフトを起動させるんだ」
「ああ」
「うん、分かったよ」
唸りをあげて車が進む。交通量が少ない今、道路はまるでサーキットのようだ。
車の窓から東都タワーが見える。ここ、日本の首都東京のシンボル。
そして、最後のジョーカーが眠る場所。
「着いた!!行こう!!」
浩市の誘導で3人は中に入った。散らかったタワー内。だが、そこにはちゃんと人がいた名残は残っている。ほんの少しだったが。
「葵は展望室、坂本さんはここを頼む!!」
「え、龍ちゃんは?」
「オレはあのビルみたいに隠れた入口があるかもしれない。それを探す!!」
1分1分の時間の経過が、とても短く感じられる。
時計の指針は、あと10分で12時を示そうとしていた。
「くそっ…どこだ、どこにある…?」
エレベーターホールの前。4台のエレベーターが並んでいる。
「ん?」
そのうちの右から2つ目のエレベーターが少し開いている。
もちろん、エレベーターの扉は自動だ。人の力で開けるのは緊急時のみ。
「緊急時…?」
その扉に手をかけ、力をいれて扉を開く。
そこには、不自然に頭上で止まっているエレベーターがあった。
「妙な所で止まってるな…」
中を覗きこむ。暗くてよく見えないが、少し離れた所に梯子が見える。
おそらく、調整用の梯子だろう。だが、明らかに不自然なのが足元に広がった黒い穴。
ここ、東都タワーに地下はない。
確信した龍二は、梯子へと飛び移った。一歩一歩、確実に地下へと降りる。
何段か降りたあとに、扉があるのを発見した。
その扉には「従業員以外立ち入り禁止」と記された看板が掛けられている。
鍵は開いているようだ。
慎重にその扉を開いた。蝶番がギィーという音を立てる。
そして、そこには―――――
「やっぱり」
藤田圭介の会社で見た部屋。テレビ東亜のコントロールルーム。
それとまったく同じような光景がそこには広がっていた。
いくつもあるディスプレイ。その真ん中に設置されたキーボード。電源は生きている。
「ヤバイ!!」
カウントダウンはすでに始まっていた。12時まで、あと5分。
電源のスイッチをいれる。さして時間をかけずに、デスクトップが表示された。
「ワクチンソフトってどれだよっ!?」
あと4分。龍二はパソコンの知識はないに等しい。何がなんだか分からない。
「これか!?いや、違う…ただの文書だ」
あと3分。適当にソフトを起動する。だが、どれも狙いのそれとは違った。
「あった!!」
あと2分。確かにその英語で書かれたソフトに、「ワクチン」と記されている。
「起動するには…これか!!エンターキーを…」
起動するためにエンターキーを叩く。だが、しかし。
「パスワードだとぉ!?」
あと1分。無機質に表示された画面。そこに光る文字『パスワードを入力してください』。
パスワードはアルファベットで4文字。
「DESPAIRじゃない…HEAVENSでもない…なんだよ、パスワードって!!」
あと30秒。
「思い出せ思い出せ…藤田が言ったキーワードを思い出せ…」
あと15秒。
「まさか…」
あと10秒。
「くそっ、早く…」
手馴れないキーボードで、目的の文字を入力する。
これが、最初で最後のラストチャンス。このパスワードが間違っていれば、日本は終わる。
あと5秒…



1…
カチッ!!!
エンターキーを、叩く。
『パスワード<GAME>、認識しました。ウイルスを駆除します』
「ま、間に合った…?」
日向龍二は、奇跡を信じるような男ではなかった。
だが――――このときばかりは疑わずにはいられない。
奇跡が、起こった。





PM12:00  GAMEOVER





テレビ東亜跡。そこに、花村組の集団が立ち尽くしていた。
「テレビ東亜は破壊した…けど、日向龍二も沢村葵もいやしねぇ!!」
時間が12時を示している。それでも、街が消し飛ぶ気配はない。
「もしかして…助かったのか?…奴等は、死んだのか?」
助かった。安堵に包まれた男達は、高らかに咆哮した。


『まさに奇跡です!!日本中に散布されたウイルスがすべて駆除されました!!システムが無事復活しています!!』
『何が起こったのかは分かりません。ただ、ウイルスを駆除するワクチンが…』
「間に合ったのか…龍二くん」
「よかったぁ…」
展望台の片隅。2人は疲れ果てた表情で並んで座っていた。
復活したタワーのラジオから、そんなニュースが流れてくる。
「あ、坂本さんアレ見て!!」
DESPAIR HEAVENSが作り出した壁の上、そこに自衛隊と思われる軍隊が乗り込んでくる。
とりあえず、これでゲームの舞台となった警視庁から半径5キロメートルの範囲内は制圧されるだろう。未だにショック状態に陥っている人たちも、救われるはずだ。
「葵…坂本さん…」
龍二が階下から現れる。その顔は、完全に疲れきっていた。
「あ、龍ちゃん!!やったね!!」
「ああ」
Vサインを見せる龍二。微笑む葵。
「自衛隊が来たか…これでもう、大丈夫かな」
「うん…」
ドサッ。急に、派手に龍二が倒れこんだ。
「お、おい、龍二くん?」
「龍ちゃん!?」
2人が龍二を覗き込む。だが、龍二は安らかな寝息を立てていた。
「ビックリさせよって…」
「ふふっ、でも…ちょっと可愛いかも」
「そうか…って、オイ葵くん」
浩市が少し目をそらせた隙に、葵は龍二の頬へと唇を近づけていた。
「ありがとう…龍ちゃん…」
「ったく、若いな、2人とも…」
少し見てる側も恥ずかしいのか、顔を染め浩市は呟いた。


GAMEは幕を閉じた。
だが、傷跡は消えていない。被害者はたくさんいる。
警視庁跡から半径5キロ以内の範囲には、まだDESPAIR HEAVENSによって設置された爆弾が数多に眠っている。自衛隊はその除去に追われていた。
消滅した警視庁の代わりに、ある警察署が当分『警視庁』と呼ばれることとなる。
そこの警視総監に、坂本浩市が指名された。
日向龍二と沢村葵は…坂本の下で、今でも警察官としての職務を果たしている。
かつての日本は少し消えてしまったのかもしれない。
だが、それでも確かに――――
街には、秋の風が吹いていた。




<fin>





あとがき
疲れた…ってのが正直な感想です。
長いですね。まぁ、元は連載にしようと思ってたヤツなんでしゃーないかも(苦笑)
恐ろしいほど長い。原稿用紙80枚以上。
でも書いてる間は楽しかったです。自身、初めて挑戦した分野ですから。
また過去の設定の説明でもしましょうか(笑)
当初の設定では、藤田圭介は日向龍二の親友という設定でした。
そして、沢村葵は龍二の彼女、坂本浩市は直属の上司。
企画段階では連続爆破事件…その調査を彼らが行う、という内容。
犯人は坂本だったんです。信頼していた上司の裏切り、みたいな。
面白くなかったので、断念しました(笑)
そして第二の企画段階。やっぱり犯人は坂本…(汗
あるビルでテロリスト集団が閉じこもる。その中には龍二の彼女(葵)もいた…
結末が書けませんでした(笑)しかも面白くなかったし。
で、今の設定に到ったわけです。
今回はここで筆を置きましょう。
次があれば―――また、お会いしましょう。
daikIでした!!



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