――私は今日、あの人と別れました。


――オレは今日、アイツと別れた。





「雨ノチ晴レ」
written by daiki





どんよりと空を覆う、灰色の雲。
硬いアスファルトを数多もの水の粒が叩きつける。
空は、心の鏡。
軽く風に吹かれて揺れるブランコ。雨粒は葉っぱの上で跳ねて、同化する。
どろどろに溶けて混ざり合い、消え行くその姿に自分を重ね合わせた。
「なんで……」
近すぎず、遠すぎず。そんな微妙な距離。
手を伸ばせばきっと届く。けど、きっと届かない。
心の中の葛藤。抑えつけるのは、理性。けれど本能は、麻痺している。
「どうして?」
肩が濡れる。頬が濡れる。濡れて濡れて、ぐしゃぐしゃになる。
――雨音だけが、聞こえてくる。
「……知ってるよ、きっと」
耳元で反芻する声。曖昧なフレーズ。文字の集合体。意味のない、言葉。
側の道路を車が通過した。ヘッドライトが揺れている。
「知ってるはず、ない」
搾り出すような声だった。苦渋の表情を浮かべ、俯く。
迷路のように張り巡らされた思考回路の中から、適切な言葉を探し出す。
まるで自分だけに都合のよい小説を書くように。読み手は選ぶ、選ばれた世界。
「もう……」
「もう、遅いってこと?」
最後までその言葉は聞かなかった。雨音で聴覚を封印して、ありのままの言葉を並べる。
それでも、気付いていた。もう終わりなんだと。もう、戻らないのだと。



どんよりと空を覆う、灰色の雲。
所々に水溜りが出来ていて、雨が叩きつけるたびに小さな波が立つ。
揺れる水面は、気持ちの鏡。
雨に打たれ水の流れ落ちていく滑り台。雨粒は枝から滴り落ち、大地へ消え行く。
少しずつ溶けて無くなっていくその姿に、自分を重ね合わせた。
「なんで……」
足を一歩踏み出せば、届く。そんな微妙な距離。
一歩踏み出せば届くのに。でも、きっと届きはしない。
心の中のまどろみ。揺れているのは、過去。けれど未来は、何も示さない。
「どうして?」
頭が濡れる。掌が濡れる。濡れて濡れて、くしゃくしゃになる。
――雨音だけが、聞こえてくる。
「知ってるよ、きっと」
鋭く、音を立てるように胸を刺す言葉。分からない。覚えはない。確証のない、記憶。
側の道路を車が通過した。テールランプが、揺れている。
「知ってるはず、ない」
細く、とても小さな声だった。悲哀の表情を浮かべ、俯く。
どこまでも残酷な自分の考えの中から、それはウソだと否定できる自分を探す。
まるで自分だけを納得させる論文を書くように。読み手はいない、孤独な世界。
「もう……」
「……もう、遅いってこと?」
その言葉の最後は待たなかった。雨音の中に身を投じて、その言葉をゆっくりと紡ぎだす。
それでも、気付いていた。もう何も帰ってこないと。もう、これが最後なんだと。





「好きだ、っていうのは過去形」

「過去って言葉一つで終わらせたくない」

「でも、もう未来はない」

「目を見て……何か、何かあった?」

「もう、終わり……」

「終わらせたくない」

「ダメ」

「お願いだから……」




雨の中で望むのは、愛の言葉。
二人は待っていた。ありのままを照らしてくれる、光を。
でも待っているのは別れという残酷な時と、
ありのままを包み込んでしまう、闇だけ。
そして二人は背を向けた。涙は、流せなかった。
もしかしたら、この雨は二人の涙を代弁してくれたものなのかもしれない。
「ふぅ……」
ため息を一つつく。もうすでに彼は、行ってしまった。
まだ雨は降り続いている。
――好きという気持ちは本物なのに。
そんなことをぼんやりと考えながら、ゆっくりとその場所を後にする。
いつか訪れるはずの別れ。
きっと心の中では分かっていたこと。いつまでも続くものなんて、ないのだから。
そしてこれは雨の中の思い出となって、記憶に残りつづける。
これから募らせていく思いの糧となって、きっと。
傘は持っていなかった。当然かもしれない。突然の呼び出し、まだ雨は降っていなかった。
歩くたびに聞こえてくるパシャパシャという音。もう、濡れても気にはしなかった。
靴下までぐっしょりと濡れている。肌着は、ぴったりとくっついていた。
――帰ったらお風呂かな、そんなことを思った。
そして彼女は歩き出した。
降り続ける雨。彼女の涙を代弁する、悲しい雨。
しかし今は、優しく頭を撫でてくれる雨。
ゆっくりと歩を進め、公園の出口に立った。いつも二人で寄った公園。
今は、一人だけの公園。
――では、なかった。
「ふぅ……」
ベンチに腰掛け、ため息をついている一人の少年。
その少年には見覚えがある。傘も差さず、少女と同じようにびしょ濡れだった。
「なんで……」
少女は驚いた。そこにいるなんて、思ってなかったから。
「あ」
少年が少女に気付く。照れたように頭を掻きながら、少年は軽く微笑んだ。
「どうしたの?」
「え、ちょっと……」
視線を逸らしたまま、少女は今にも消えそうな小さな声で言う。
「そっちこそ、どうしたの?」
「……ちょっとね」



ある二つの物語は、ゆっくりとその幕を降ろした。
しかし、物語から漏れ出した一つの物語は、今始まりを告げようとしている。
止んだ雨。
雲の隙間から差し込む一条の光。
「あ、雨止んだね」
「本当だ」
「せっかくだし……一緒に、帰らない?」
雨のち、晴れ。



――今日私は、あの人と別れました。

――今日オレは、アイツと別れました。






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