星たちの声に、一人耳を傾ける。 月の光。星の光。幾千にも散りばめられたガラス片のように、その全ては輝きを放っていた。 どこか幻想的な、儚い世界。サラサラと手の隙間から落ちていく砂は、まるで時の流れ。 それは止めることの出来ないものだけど、手を伸ばして受け入れることは可能だということ。 当たり前の中に紛れ込んだ当たり前を、気付かずに生きていく。 人工的な光と、自然な光。それは見事な調和を織り成して、流れ行く砂を明るく輝かせる。 まるでそれは宝石のように、細かい粒たちは微かな光を乱反射させる。 鏡のように砂浜が夜空を映し出す。そして、なんとなくぼんやりと空を見上げた。 星たちが作り出す道標に従って、目線が空を旅していく。 ただ握り締めた砂だけが、温かい。爽やかな風が露出した肌を撫ぜ、虚空の中へと消えていく。 その風はどこから始まり、どこから終わるのだろう。 そんな些細な問いに、答えられなかった。優しい質問だけど、難しい答え。 優しく降り注ぐ月光と、星の灯りの下で一人、立ち尽くす。 いつかきっと、分かることだと信じている。 自然からの祝福を、ただただ待ち望んでいた。 |
「ヨルノニジ」 |
written by daiki |
むんむんとした湿気が、肌に纏わりついている。 照りつける太陽は、いかにも今が夏であるということを物語っているようだ。 パタパタとうちわの代わりに手を使いながら、風を起こす。 それでも熱気を含んだその風は、まったく涼しいとは感じさせてくれない。 少しだけ速度を速める。一刻も早く涼しいところでゆっくりしたい、それだけだった。 「優希ー? ちょっとぉ、速いって……」 後ろから情けない声が聞こえてきて、めんどくさそうに優希と呼ばれた少女が振り返る。 ショートカットの短い髪が揺れる。前髪につけられたピンが太陽の光を軽く反射した。 特徴的な大きな瞳。暑さで少し赤く染まった頬を膨らませながら、声のした方向を向く。 「……大丈夫? みゆき」 優希が尋ねる。僅かに息を切らしながら少女は「無理」と一言だけ答えた。 その軽く怒りが込められていたその言葉に、ただ優希は苦笑を浮かべる。 高森優希と、綾瀬みゆきは近くの高校に通う二年生。 二人とも、世間一般で言うところのどこにでもいる高校生だ。 少しだけ色気づいてみたり、素敵な恋に憧れてみたり。そして時には勉強に悩んでみたりもする。 そんな様々な「日常」を繰り返す毎日。 ――夏、本番。 春が終わり、夏の始まりを告げる梅雨という名の幕間。 そしてそれさえも終わりを告げると、今度はセミの鳴き声と共に夏は始まりを告げる。 彼女達の学校では、七月のテストが終わってすぐの時期に修学旅行が控えている。 高校生活最大のイベント。今日はその二日前、最後の休日。 つまり、何かを買い揃えようと思ったら今日しかないのだ。だから、二人は共にショッピングへ行っていたところだ。 目的は水着を買うこと。彼女達の行く先―――それはハワイ諸島。 青い海、白い砂浜。よく聞かれるフレーズだが、それを目の前にスクール水着というのもなんだか情けない。 勿論、そんなもので行くつもりはさらさらなかったが。 と言うよりスクール水着ってOKだったっけ? なんてことを思う。 長い間悩んだ末に選んだ水着を購入し、適当にそのあたりをブラブラしていたところだ。 みゆきが軽く走りながら優希へと近寄る。 長い髪と、どこかのお嬢様みたいに優しそうな顔立ち。そして、白いワンピース。 彼女にはよく似合っている服装だった。逆に、優希は緑のTシャツにGパンという到ってラフな服装。 端から見たら正反対の二人。見た目どおり性格も正反対だが、妙に息は合う。 高校に入ってからの付き合いだったが、それは途切れることなく今も続いている。 「大丈夫? ……ちょっとここで休もっか?」 少し疲れの見え始めてきたみゆきを気遣い、優希が言う。 その指差す先には、質素なイメージな喫茶店があった。 「そだね。喉渇いた、私」 「オッケー。それじゃ、入ろうか」 頷き、扉に手を伸ばす。開くと中から、爽やかな冷たい空気が流れてくる。 暑い空間から、急に涼しい空間に入っていったときのこの感覚。ある意味、これこそ夏の醍醐味。 急速に引いていく汗。「あー、涼しいー」と声に出しながらウェイトレスの案内通り窓際の席に腰掛ける。 木目調の店内。優しい自然な感じで統一された空間から、芳しいコーヒーの香りが届く。 さっき買った水着を自分の隣に置き、向かい合うようにして座った。 「もう買うものないわよね?」 メニューを見ながらみゆきが尋ねる。 「うん。これであとは出発待つだけ」 「ハワイかぁ……外国って初めてだよぉ。私」 「私も。パスポート取るのだって結構苦労したんだから……あ、私はアイスコーヒー。みゆきは?」 手続きにかかった待ち時間のことを思い出して苦笑しながら、注文を取りに来たウェイトレスに告げる。 「それじゃ私も同じのお願いします。でもやっぱり楽しみだよね」 アイスコーヒー二つ、と紙に書いて去っていくウェイトレス。その後姿を見ながら、みゆきが笑顔で言った。 「もち。やっぱり、修学旅行って言ったら……」 「うんうん」 「友達との永遠の思い出作りだもんねぇー」 優希のその言葉に、軽くみゆきはずっこけた……ようなフリをする。 「何言ってるの。修学旅行は恋が発展する、あるいは新たにカップルが誕生する可能性がかーなーりー高いのよ? つまり、青春のためにあるイベントと言っても過言ではないのよっ!!」 かなりの部分を思いっきり強調するみゆき。そんな彼女の様子に優希は目を丸くして、 「私みゆきみたいに彼氏がいるわけでも、好きな人がいるわけでもないし」 そう、みゆきには彼氏がいる。 逆に、優希にはいない。 些細な反対。だがそれは、世間体から見るとSとNのような対極の存在。 そんな優希の言葉にみゆきは軽くため息をつく。何か言いたそうなその表情に、頬を膨らませて優希が反論する。 「何よー。事実でしょ?」 「好きな人云々は置いとく。まぁ、でも優希のこと好きな人から告られたりとか……」 「あぁ、ないない」 即答だった。 「分からないわよぉー。人の気持ちなんて、誰にも分からないんだからさ」 「人の気持ち、ねぇ」 みゆきと「アイツ」は付き合ってもう半年以上経つのだろうか。 その相手というのも、優希の小学生頃からの友人ということもあって二人の相談役を時々受けたりする。 しかし、端から見たら仲睦まじいそのカップルに、悩み事なんてものがあるのかとか考えてみる。 恋というのはよく分からない。それが優希の本音だった。 好きと好きじゃないの微妙なライン。LikeとLoveの境界線。恋って、何だろう。 時々みゆきがその姿に似合わず、拳を握り締めながら語ったりするが漠然としない。 ウェイトレスが二人分のアイスコーヒーを運んでくる。何も入れないまま一口飲むと、体の芯まで冷たさが伝わってくる。 「優希って、彼氏欲しいとか思わないの?」 優希とは違い、丁寧にガムシロップとコーヒーフレッシュを一つずつ入れながらみゆきが聞く。 うーん、と軽く首をかしげながら視線を窓の外へ彷徨わせる。 どうもこの手の話題は苦手だ、と優希は思う。 「欲しいとは思うけど、思わない」 「はぁ? 何それ……」 ちんぷんかんぷんだ、とでも言いたそうな表情を浮かべながらみゆきはストローでコーヒーを掻き混ぜる。 氷と氷がぶつかり合う乾いた音が、やけに大きく聞こえた。 「どっちでもいい、ってことかな」 「どっちでもいい、じゃ恋愛できないよ」 みゆきが苦笑する。それに合わせるように、優希も苦笑した。 「まぁ、現在進行形のみゆきさんには分からないことですのよ」 茶化すように両手を挙げながら、変な口調で言ってみる。 「いいもーん。ラブラブだもーん」 自分でそんなことを言う彼女に、「ははは、そうだね」と優希は笑った。 「それでさー、昨日ね――」 みゆきの惚気話が始まったので、軽く聞き流しながら再び窓の外へ視線を巡らせる。 父と母に手を繋がれた子供が、歩いていく。端から眺めている優希には目もくれず、笑いながら。 不意に子供が近くの玩具屋のほうを指差し、物欲しそうな目で親を見ている。 そんな我が子を見て、二人の親は柔らかな笑みを浮かべた。 その家族にはその家族だけの世界があった。見知らぬ他人は背景としての、自分達だけの……主観的な世界。 思わず見入ってしまう。無いものねだり? いや、この場合は「あるものねだり」だろうか。 子供は親に連れられていく。 「優希さーん? 聞いてますかー?」 不意にみゆきに呼ばれ、意識が引き戻される。 ぎこちない笑みを浮かべながら、アイスコーヒーを一口だけ口に含んだ。 「うん、聞いてるよ」 苦笑。 逃げ、だった。 氷が溶けて、水が混ざりこんだコーヒーは不味い。 そして……苦かった。 無機質な音が、部屋の中に響き渡る。 それはとても単調な音だった。ただ一定の音階を、続けるだけの悲しいメロディ。 起伏の存在しないその曲には、悲しさという概念だけが存在していた。 「どうして?」 一雫の涙が、地面に落ちた。 「どうして、お前が?」 自責の念。後悔の念。締め付けられるような胸の痛み。 ただ真っ白な部屋の中。布切れを顔に被せられた少女にすがる。 一度だけにしたかった。もう喪いたくはなかった。左薬指のリングが、揺れるロウソクの光を受けて輝いている。 それは、とても悲しい光。 光は、光じゃなくなった。 それとは違う、胸の奥のほうの輝き。失われてしまったそれはとても大事なモノだと、分かっていた。ずっとそう思っていた。 「お願いだから……」 願っても、叶いはしないと知りながら。 「帰って来いよ……」 そしてもう、帰ってこないことも知りながら。 再び、彼は涙を流した。 みゆきと別れ、優希は帰路についた。 右手には今日買った水着。左手には、衝動買いしてしまった小物類。 時計を見ると、時刻は七時ちょっと前を告げている。まだ沈みきっていない太陽。 オレンジ色の光が、彼女の頬を染めていく。爽やかな風が、肌を軽く撫ぜた。 夏の夕暮れ。今日も何事もなく終わりを告げ、また新しい明日と言う日を過ごしていく。 日常は、それの繰り返し。 みゆきのように彼氏がいたりしたら、もう少しその日常に潤いを与えられるのかもしれない。 道端に転がっている缶を、軽く蹴り飛ばす。 カランカランと小気味よい音をたてながら、転がり続けていた。 無抵抗に転がるその姿は、今の自分自身を映しているようだ、と優希は思う。 「彼氏、かぁ……」 その呟きは、せみの鳴き声に混ざって、消えていく。 少しだけ背伸びしてみても、届かない。きっとそれは掴むものじゃなくて、経験上身につけていくもの。 経験値。 例えるなら、そんなゲームで使われるような値が相応しい。 優希が迷っていることもそうゆう次元の話なんだろう。 しかし今のこの生活や日常に不満を抱いているというわけではない。 だからこそ、迷っているのだ。 少しずつ住宅街へと近づいてくる。優希の「家」はそこにある。 錆びついた門をゆっくりと開く。鉄と鉄が擦れ合う嫌な音がした。 ――もう、聞きなれてしまった、けど。 「おかえりなさい」 出迎えてくれたのは、女性の声だった。 柔らかい微笑み。優希とそう歳は離れていない、お姉さんみたいな存在。 「ただいま」 そう言って優希は微笑む。靴を脱いでいると、漂ってくる夕飯の匂い。 芳しいその香りにしばし身を預ける。きっと今日の晩御飯はカレーだろう、そんなことを思った。 「あ、ねーちゃんお帰り」 「ただいま」 「優希ねーちゃんお帰りなさーい!!」 「ただいま」 繰り返されるそのやりとり。「おかえり」といわれ、「ただいま」と返す。 そう、これが優希の家だった。彼女の居場所にして、心安らぐ場所。 気が付けばここにいた。その表現が正しいのかもしれない。ここは家であって、家じゃない場所。 言葉で表すことは出来ない。ただ、文章で表すのなら「家」である場所。 意味。 それだけが、家と同じ。 「お帰りなさい、優希」 「ただいま、園長先生」 優希の姿を見、初老の女性が声をかけてきたので、笑ってそれに応える。 その女性が優希にとって「母親」と呼べる存在だった。「孤児院」という名の彼女の家では。 ぼんやりと頭の隅に残っている記憶。それは今思い出しても冷たく、辛い記憶。 それは、雨の降る夜だった。 『待っててね』 覚えているのはその一言。頭に乗せられた大きな手、そして顔は思い出せないが……ある女性の笑み。 本当の親。 存在していたはずの家族。 分かたれてしまった絆。 しかし、そんな自分の境遇を嘆いたことはなかった。 欲することは、あっても。 「明後日から修学旅行ね……全部買ってきたの?」 柔らかな笑みを浮かべながら園長が尋ねる。 白髪の混じった頭に、顔に刻まれたシワ。本当の歳よりも、少し老けて見える。 けれどそんなことを差し引いてもあまりあるほどの、優しさを持った女性だった。 「うん。バッチリだよ」 誇らしげに今日の戦利品を掲げてみせる。 ……本当の母親も、こうなのだろうか? と胸の中で尋ねながら。 誰に? 心の隅に生まれたその疑問も、うやむやにして。 「もう少しで夕飯が出来るから、片付けてきなさい」 「はーい」 軽く駆け足で自分の部屋へと向かう。どの場所も、芳しい匂いで満ちていた。 今どきの女の子の部屋にしては珍しく、すっきりとした部屋。 薄い青で統一された部屋。カーテンの隙間から、オレンジ色の光が差し込んでいる。 ソファーに向かって今日買った水着を放り投げた。軽くバサリと音を立てて着地する紙袋。 タンスの側に置かれた大きなバッグ。開かれた口からは、修学旅行に持っていく予定の衣服類が顔を覗かせている。 それを一瞥すると、そのまま踵を返して彼女は「家族」の下へ向かった。 これが、彼女の日常。 慣れではない。これが彼女に与えられたものなんだと、分かっているつもりだった。 ただそれでも、本当の家族を見たら少しだけ自分の境遇を嘆く。 嫌じゃない、けれど。 幸せな家庭。優しい両親。愛、愛、愛―― 使い古された言葉。万国共通。当たり前。どこにでもある。遍在している。 私にも、ある。 過去形かもしれないけれど。 あるいは、生れ落ちたばかりの赤ん坊のようなものかもしれないけど。 と言うよりも。 知らないという表現が正しいのかもしれない。 そう、彼女は「ソレ」を知らなかった。 そう、知らないのだ。 朝の陽の光が、さんさんと大地を照らしている。 彼は行く当てもなく歩きつづけていた。ただぼんやりと、海岸沿いを進んでいく。 この「想い」を失ってから、すでに三時間以上の時が過ぎていた。 ずっと、彼は歩いていた。 言い古された表現ではあるけれど、涙は枯れてしまった。 愛しき人の名を呼ぶための声は、存在すべき理由を失ってしまった。 その華奢な身体を抱きしめるための腕は、今は虚空を掴むことしか出来なくなってしまった。 歩く。 行く先は自分にも分からなかった。 一歩踏みしめるたびに浮かぶ、数多の思い出たち。 右足を踏み出せば、笑顔が浮かぶ。 そして左足を踏み出せば、今度は彼女の照れた顔が浮かんだ。 歩くたびに移り変わる場面。相応しくない走馬灯。虚構と言う名の夢。 自分への嘘。 彼女はいない。 まだ、いる。 何処に。 心の中に。 嘘だ。 ウソだ。 ウソダ。 ピリリリリリリリリ。 はっと気付く。 どんどん闇の淵に引きずられるような考えを振り払い、ポケットに手を突っ込んだ。 「はい」 低く、沈んだ声。 「……分かりました」 電話先の相手は一言二言言っただけで、電話を切った。 気遣ったのか、興味が無いだけか。 きっと後者だろう。そんなことを思いながら、彼はもう一度歩き始めた。 朝日が、眩しい。 目が痛い。 枯れてしまった涙故、なのか。 自分自身に問いかけ、 やめた。 歩く足は、止まらない。 翌日。 説明会という名目で、学校は午前中に終わる。 終わる、けれど。 体育館に集会の形で集められていた。長時間体育座りしていたせいか、お尻が痛い。 「ふぁぁぁぁぁぁ、むにゃ」 端から見れば話してる人に失礼なんじゃないかと思えるほど、大きな欠伸。 こうゆうどうでもいい集会の時は何故か時間が長く感じられる。 きっと皆そうなんだろうなと、どうでもいい一体感を覚えた。 「で、あるからして――」 もう一度欠伸をする。 欠伸というのは、眠いからとかそうゆう理由ではなく……肺の中の酸素が足りなくなったとき、それを補給するために行われる動作らしい。 意味がある動作。意味のある時間――なら今は、どうなんだろう。 活動が行われないからこそ、呼吸は小さくなり、欠伸が起こる。 活動が行われていれば、欠伸は起こらない。 0があって1があるよろしく、始まりがあるからこその終わり。 「なぁ、優希」 不意に後ろから声がかけられ、首だけで振り返る。 「あ、和広」 見慣れた姿を確認し、首だけではしんどいので体を横に向ける。 安藤和広。優希の友達ではあるが親友ではない。単なるただの仲のいい友達。 ただの、という単語をつけるには付き合いが長すぎる。 しかし親友と呼ぶには、「異性」というのはかなり高い壁だった。 そもそも優希も和広もそれほど異性と話すようなキャラではないからだ。 付き合いが長い故の付き合い。所詮その程度だ。 その程度、だった。 「……なんでここにいるの?」 「いきなりそれかい」 優希の質問はもっともだった。今は出席順に並んでいる。 優希の苗字は高森。和広は安藤。どう考えても前後には並ばない。優希が前にいること自体何かがおかしい。 「ま、想像つくけどね」 優希がため息をつくと同時に、和広の後ろに座っている、本来優希の後ろに座っているはずの男子が微笑んだ。 その程度、だった。 と過去形なのには理由がある。 「みゆきが泣くよぉ〜。せっかく前後なのにさ」 「どうせ前だからすぐに先生にバレちゃうの」 目が合えば軽く話す、あるいはそのまま目をそらすだけだった二人の関係も、ある出来事によって変化が生じた。 和広が、みゆきと付き合い始めたこと。 最初は意外に感じた。しかし、みゆきの様子を見ていると漠然と納得できた。 0があったから1がある。 彼らにとっての0は、出席番号が前後だったという偶然の出会いなのだろうか。 「で、呼んだからには用事があるんでしょ? どうしたの?」 「や、何も無い」 「え」 「暇そうだったじゃん、優希」 「それはそうだけどさぁ」 優希の焦ったような困ったような、それでいて少し怒ったような反応を見て和広が笑う。 サッカー部で焼けた肌。大人っぽそうな風貌とは違い、笑顔は子供っぽい。 みゆきが言うには、これが可愛いらしい。 「……やっぱり恋って、よく分からないよね」 「どーゆー意味だよ」 二人が付き合うと、みゆきと仲がよかった優希も自然と和広と話す機会が増えてくる。 時には相談にのったりもするし、携帯のアドレスだって知っている。 それぐらいだったら、当然だろう……そんな関係。 言葉にすれば大きな変化かもしれないが、彼らにとっては些細な変化でしかなかった。 一定基準を刻みつづけるグラフ。永遠にあるわけのない、振幅。 「みゆき泣かしちゃダメだよ」 「ナニヲイキナリ」 「ハワイ、かぁ」 「明日からだね〜」 「……フランス料理……」 「僕の教科書返せー!!」 とても長いように感じられた――時間にしたら45分程度だったが――説明会も終わり、教室に戻る。 友達のところへ向かう者、疲れきったように机へ突伏する者。 様々な雑音、声が飛び交っている。 よくある教室の風景。違うことといえば、明日ここには来ないということ。 いろいろな人がいたが、優希は迷わずみゆきの席へと向かった。 「聞いてよ優希〜!!」 しかし、話し掛けてきたのはみゆきの方だった。 「和広がね、集会の時間いなかったの〜!!」 「……知ってる」 「え?」 「私の後ろにいた」 「え〜〜!!」 「安心して、取ったりしないから」 まるで暴れ馬を押さえつけるように。優希のそれは手慣れた物だった。 これも、長い付き合い故か。慣れというのは恐ろしい。 「大丈夫、取られたりしない」 どこからともなく和広の声。いつの間にか近くに来ていたらしい。 「スゴイ自信だね」 「オレ、一途だし」 優希の口から「えー」という言葉が漏れた。 「さすが和広……私の彼氏だけあるっ」 他愛の無いやりとり。 きっと、明日になってもこれは変わらない。 場所が変わるだけ。英語の中に少し日本語が混ざるだけなのだ。 それだけ、なのだ。 夜空を見上げる。 きっと今日も祝福はないことを知りながら。 人工的な灯りと、星空から降る光。仄かに夜は照らされ、海を映している。 反射するほどの光ではなく。ただ、それは波を少しだけ輝かせている。 空にはあった。夜空に映える古代の伝説。星座と言う名の造形物。 動物、人物、無機物。描こうと思えば、何でも描ける空のキャンバス。 明るい黒を背景に、光の白で描かれる絵画。 まだ丸には到っていない、光の足りない欠けた月。 もうすぐきっと、満月だろう。 描く色は、全部白。 ...to be continued chapter1 |
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