『ねぇ・・・智也。今週の日曜日・・・ヒマ・・・かな?』
『ね、ね。次はあのジェットコースターに乗ろうよ』
『ううん、ゴメン。なんでもない・・・』
『私も・・・好きだったんだよ・・・』
『どれだけ離れていても・・・心は、いつも一緒だよ?』


ジリリリリリリリ!!!!
「ん・・・もう朝か・・・」
珍しく時間通りに起きることができた智也。しかし、いつもと同じ目覚めではなかった。
夢の中に現れた彩花は妙に新鮮で、懐かしかった。
「なんで、今さら・・・」
そう・・・桧月彩花は今、彼の近くにはいない。
「・・・そうか、もう、そんな時期か・・・」
彼女が智也の側からいなくなって、もうすぐ三年が経とうとしていた。
季節は秋の始まり。それは、彼女がいなくなった季節。彼は秋が嫌いだった。
智也は恐れていた。いつか彼女の存在が心から消えてしまうのではないか・・・と。
だから彼は決めた。
だから彼は忘れない。
だから彼は求めない。
そうしていることが、彼女にできるただ一つのことだと・・・智也は信じていた。




Memories Off another stories
------------『I Never Forget Memories, and I will Meet Memories』------------                
 written by daiki

  第一話「動き始めた歯車」

夏もすでに終わり、秋が訪れてきた頃。
今ではすっかり日常となってしまった登校風景。三人は電車の中にいた。
月曜日、休日明けともあってか、周りの人たちはとても憂鬱そうな表情である。
心の中では「今日から一週間、また仕事か・・・」などとつぶやいていることであろう。
三上智也もその一人であった。よっぽど眠いのか、さっきからあくびばかりしている。
「ふぁぁぁぁ〜・・・眠ぃ・・・」
その右隣、こげ茶色の髪の毛にカチューシャをつけたもう一人の幼なじみ――今坂唯笑は呆れ顔で智也を見つめていた。
彼女とは彩花と同じく小さい頃から付き合いで、かれこれ十五年ぐらいの付き合いである。
性格はよく言えば純粋で、悪く言えば騙されやすい。実に損な性格である。
小さい頃からよく智也に騙されているが、本人はよく分かってはいない。というより気付いていない。
智也、唯笑・・・そして彩花の三人は昔、近所で有名だった悪ガキ集団だった。主犯はほとんど・・・いや、全て智也だったが。
近所の木に実っている柿を勝手にとったり、リアル鯉のぼりを作成したり、壁に落書きして逃げたり、挙句の果てには勝手に人の庭に侵入し、栗拾いをまでしてしまう始末。当然、犯罪である。小さい子には犯罪もへったくれもないが。
すなわち、ほとんどは智也の犯行で唯笑と彩花は巻き込まれるような形だった。
そしてさらに、唯笑とは中二以外ずっとクラスが一緒である。智也が言うには腐れ縁とのことらしい。
「もう。智ちゃんったらシャキッとしなさいよ、シャキっと」
唯笑はこう言っているが、智也本人にまったく正す気は無い。しかし、昔からこうなので彼女は諦めきっていた。
「ホントですよ。智也さん、遅くまでゲームでもしてたんですか?」
智也の左隣の可愛らしいツインテールの女の子――伊吹みなもは不思議そうに智也に尋ねた。
ちなみに智也と唯笑は高二、みなもは高一である。智也と唯笑がお互いに知り合いなのはとにかく、なぜ一つ年下のみなもと知り合いなのか?
その答えを智也は知らない。唯笑とみなもが昔からの知り合いなのだ。しかし、智也がその理由を聞いても二人とも教えてくれない。二人が言うには『女の子のヒミツ』・・・らしい。
美術部に在籍していて、その実力は部のみんなに認められている。智也は彼女の絵を見たことは無かったが。
みなもは昔から病弱で、今も入院と退院を繰り返している。病名を智也は知らないが、大変な病気らしい。
ちなみに彼女は一つ先の駅の近くに住んでいるのだが、二人と一緒に行くためにわざわざ一駅下ってきている。
みなもの言ったとおり、智也は昨日・・・いや、今日の朝四時までゲームに夢中になっていた。
毎朝ギリギリに起きている智也にとってこれは痛手である。しかし、今日はあの夢が原因で目覚ましの音とともに目覚めることができた。
彼のもう一人の幼なじみの夢。二度と、正夢になる事はない夢・・・
「あぁ、みなもちゃん、よくわかったな」
「えへへ。智也さんがすることと言ったらそれぐらいじゃないですかぁ」
ヒドイ言われ様だな・・・と思いながら智也はみなもに向かって苦笑いをした。
「唯笑だってそれぐらい分かるよ〜!!!」
膨れっ面で二人を眺めていた唯笑が突然、口を開いた。
「ハイハイ。もう着くぞ。降りる準備しねえと」
唯笑の言葉を軽く流して、智也は降りる準備を始めた。
いつの間にか、電車はゆっくりと速度を落とし始めていた。



智也、唯笑、みなもの通う澄空学園高等学校は駅から五分ほど歩いた坂の上に位置している。
ここは一応進学校なのだが、比較的自由な校風でありなおかつ制服も可愛いので女子からは絶大の支持を得ている。
だから、生徒の数も女子のほうが少し多いと言ったところか。
各学年十クラスずつあるはず・・・なのだが、なぜか二年生は九クラスしかない。
その秘密は、「あかずの間」と呼ばれるどこにでもある七不思議のようなもののせいだ。
その部屋の中心に一人で座ると、何者かに首を締められるというおぞましいウワサだ。どこからでてきたのかは謎だが、その出所不明のウワサをすっかり信じ込み、二年生を九クラスしか作っていない学校にも問題があるが・・・
唯笑なんぞ、この話を聞いた日には隅っこで震えながら泣いていたほどだ。
今、三人が登っている坂は俗に「心臓破りの坂」と呼ばれるもので、自転車通学の生徒や遅刻しそうな生徒には辛い。
現に今、三人の横を過ぎていった男子生徒・・・思わずエールを送りたくなるほど苦しそうな顔をしている。
みなもも少し苦しそうだ。美術道具がたくさん詰まっている重そうなキャンパスバッグを持っている。
そんな苦しそうなみなもを見て、智也はヒョイとキャンパスバッグをみなもから取り上げた。
「あ・・・」
「持ってあげるよ。重いでしょ?」
「あ、ありがとうございます!!」
真っ赤になって頭を下げるみなも。揺れるツインテールが可愛らしくて、智也は思わず微笑んだ。
「ぶーっ」
それとは反対に、唯笑は頬を膨らまして反論したげな顔をしている。
「なんでみなもちゃんにはそんなに優しいのよ〜」
「なんでもいいじゃねえか」
みなもは真っ赤になって俯いたままだ。それに対し、唯笑は智也を鋭い眼光で睨んでいる。
唯笑は智也の一歩前に出て、後ろ向きに歩きながらビシッと智也に向かって指を立てた。
「なんで唯笑にはいっっっっっつも冷たいのよ〜!?」
「唯笑・・・」
智也は見つめるような視線で唯笑を見ている。その視線に、思わず唯笑はうろたえてしまった。
唯笑には何がなんだか分からなかったが、その答えはすぐにわかることとなった。
「な、何よぉ?・・・ってキャッ!!」
ドンッ!!
後ろ向きで歩いていた唯笑は、いつの間にか自分の後ろにいた少女に気付かなかった。
二人は勢いよくぶつかってしまったので、お互いに転倒してしまった。
「痛った〜い・・・」
「っ!・・・もう、どこ見てるの!?あ・・・ですか!?」
その様子を見て智也とみなもは慌てて駆け寄った。智也が唯笑を見つめるような形になったのは、後ろの少女を見ていたのだろう。
「危ない・・・って言おうと思ったんだが遅かったか」
(もっと早く言ってやるんだったな)
智也はそんなことを考えながら、唯笑に言った。
「もっと早く言ってよぉ〜・・・」
唯笑が何やら言っているが、智也は気にせずにいた。
それにしても辺りはひどい有様である。地面に座り込んだ女の子が二人、そして本が散らばっている。
しかし、その本がスゴイ量だった。智也がさっきまで見ていた限り、唯笑は本を一冊も持っていなかった。
とすれば、ここに散らばっている本はすべてこの少女の物であろう。どれもすべてハードカバーの分厚い本だ。
みなもと智也は二人で本をすべて拾い集めた。不幸中の幸いと言ったところか、本に傷一つついてはいなかった。
「二人とも、怪我無いか?」
「ヒジ、ちょっと擦り剥いちゃった・・・」
「どれどれ・・・これぐらいなら洗ってバンソウコウ貼っとけば大丈夫だろ」
智也はその傷を見た。見た限り、あまりひどい怪我ではなさそうだ。何かハンカチかティッシュがあればいいのだが、智也はあいにくそんな高潔なものは持ち歩いてはいない。そのとき、スッと横から手・・・詳しくはハンカチが差し出された。
「これでよければどうぞ」
それは白を基調とした、何かの花の柄が刺繍された綺麗なハンカチだった。
「ありがと〜。ゴメンね。唯笑、前見てなかったから・・・」
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。本で前が見えなかったもので・・・」
そう言ってはいるが、この少女はまったくさっきから表情をかえていない。
この丁寧な口調、キレイな髪・・・智也にはどこかで見覚えがあった。
「あ、あの〜・・・この本どうしましょう?」
3人が声の主のほうを見ると、そこには十冊あまりの本を持ったみなもが立っていた。
そして、智也の手の中にも本が約十冊。つまり、この少女は一人で約二十冊の本を持っていたことになる。
この少女の細い腕のどこにそんな力があるのか・・・そう疑問に思いながらも、智也はあえて口にしなかった。
「あ、ありがとうございます」
と言って少女は智也とみなもの手の中から本を受け取った。かなり重そうだ。しかし、少女は平然としている。
しかし、その様子は端から見るとかなり不自然だった。
「ホントにゴメンね。詩音ちゃん」
(詩音ちゃん?詩音ちゃん、詩音ちゃん・・・って誰だ?)
智也は頭の中で考えをめぐらせた。そうすると一つの人物が彼の頭に浮かんだ。

「もしかして、双海さん?」
「はい。双海は私ですが」
双海詩音。夏休みが終わり、二学期が始まってすぐに智也と唯笑のクラスに転校してきた。
その容姿によって、最初は何人もの人たち――主に男子だが――が彼女のもとに集まってきた。
しかし、誰をも近づけようとしないオーラをまとっていた彼女のまわりに近づく人はほとんどいなくなったのだ。
彼女の父親は有名な考古学者で、世界を飛び回っているのだという。
そして、智也の悪友とも言うべき男の隣の席である。その悪友と話をするために、たまに智也は彼女の席の椅子を借りていた。ちなみに、智也は彼女とは一度か二度ぐらい、しかも一言ぐらいの会話ぐらいしかしたことしかない。
だから、あんまり智也の記憶になくてもそんなにおかしいことではない。
「失礼ですが・・・どなたでしょう?」
・・・どうやら、詩音も智也と同じように覚えていなかったようだ。
「同じクラスの三上智也だ。よろしくな」
「・・・同じクラスでしたか。申し訳ありません、私あまりクラスにいないものですから」
会話終了。彼女とは、智也はあんまりウマが合わないようだ。
「あ、智也さん。早く行かないと遅刻しますよ」
みなもが時計を見ながら智也に言った。いつの間にかだいぶ時間が過ぎていたらしい。
「ホントだ、早く行かないと。行くぞ唯笑。ほら、双海さんも」
「うん!」
「・・・はい」



一年生のみなもと別れ、智也たち一行は二年B組の教室へと向かった。
しかし、いつの間にか詩音の姿はどこにもなかった。さっきまで智也たちと一緒にいたはずなのだが。
「おい!!智也!!」
智也が教室に入ると、いきなりある男が声をかけてきた。智也を呼んだ男の名は、稲穂信。
智也と信は、高一のときからクラスが同じで、入学初日から意気投合し、それから親友兼悪友としてつるんでいる。
智也が言うには「非常に仲のよい顔見知り」なのだが、客観的に見るとそうではないことが伺える。
性格はクール。しかし、性格は助けを求められても平気で見放すタイプだ。要するに、軽いのだろう。
そうゆうヤツだからこそ、智也は気兼ねなく付き合うことができる。
趣味はナンパを自称しているが・・・自称するだけあって、休日はいつも街に駆り出しているらしい。
「でな?またいい話聞いちまったんだよ!!」
さらに結構な情報屋で、よく仕入れた情報を智也に教えてくれる。しかし、入手ルートは謎である。
しかし、誰にでも教えるわけではなく教える人物は選ぶ。その辺はしっかりしているのだ。
その情報の内容としては、学校の生徒や先生、さらには商店街の店の情報までと幅は広い。
そして、智也と信がバカをすれば、クラスが少なからず盛り上がる・・・そんな微妙な位置にいるムードメーカー的な存在。ちなみにナンパが趣味のわりには彼女募集中である。
「今日、転校生が来るらしい」
「・・・またかよ」
詩音が転校してきて一ヶ月も経っていない。それなのに、また転校生が同じクラスに来る。
違うクラスならまだ分かるのだが、また同じクラスとなると・・・どうゆう基準でクラスを決めているのか微妙なところだ。くじ引きで決めていたりするのだろうか?
「で?なんでお前はそんなに冷静でいられるんだよ」
「何故転校生ごときでそこまで騒がねばならん?しかも前に来たばっかりじゃないか」
もっともである。しかし、次の信の言葉もある意味正論だった。
「それがな・・・また可愛い女の子らしいんだよ」
またか、と思いながら智也は席に着いた。第一、智也にはそんなことに興味はない。
「へぇ〜。また増えるんだ〜・・・楽しみだね♪」
智也とは対照的に、ピョンピョン跳ねて喜ぶ唯笑。
(何が嬉しいんだか・・・)
近くで転校生の話に盛り上がっている唯笑と信を放っておいて、智也は少しばかり眠りに落ちた。
ちなみに、学校へ来てすぐに眠りにつくのは智也ぐらいだろう。



「「「「オォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」」」」
男子の叫び声。その声のボリュームはあまりにも高く、智也は目を覚ました。
寝ぼけ眼で前を見ると、視界ははっきりしないが先生と・・・あと一人少女が立っている。
いつの間にやら朝のホームルームが始まっていたらしく、どうやら先ほど信が言っていた転校生の紹介のようだ。
ようやく視界がはっきりしてきた智也は、その転校生の顔を見た。
「音羽。自己紹介しろ」
「音羽かおるです。親の都合でこの街に引っ越してきました」
ショートカットの髪、活発そうな少女である。そして何より明るい笑顔。
「この街のことはよく分かりませんが、教えてくれると嬉しいです」
そう言って彼女は微笑んだ。その途端、クラスが――ほとんどが男子で、女子は一部だが――興奮の絶頂に達した。
智也がふと、信のほうを見てみると信の目が光り輝いている。・・・下心が見え見えだ。
「何かと不便だろうから、いろいろと教えてやるように」
担任がそう言った瞬間、智也はクラスの男子の『やる気』がさらにパワーアップしたような気がした。
「それじゃ・・・音羽の席は・・・」
暑い。いや、熱い。智也は猛烈に熱気を感じた。よほど男子集団・・・いや、飢えた獣たちはかなり燃えているらしい。
(オレには関係無いな・・・)
そう思った智也はもう一度眠りにつこうとした・・・が、しかし・・・
「三上の隣が空いてるな」
「・・・はぁ?」
どうやら、その智也の行動はかえって担任にとって目立つ行動になったらしい。
智也に注がれる痛い視線・・・男子は怒り、女子は哀れみの視線を智也に投げかけている。
(おい、信。お前もか・・・)
信も・・・そしてなぜか唯笑でさえも智也に怒りの視線を投げかけていた。
担任はそそくさと逃げ出していた。そして、例のかおるの周りにはたくさんの野獣が集まっていた。
(はぁ・・・)
智也は、心の中で大きなため息をついた。そして・・・やっぱり眠りについた。
その一匹の女狐をめぐった、十数名の野獣の群れは一時間目が始めるまで退く気配はなかった。



「ねえ、三上クン」
「ZZZZzzzz・・・・・・」
「ねえ、三上クン!!」
「・・・んぁ?」
隣から誰かに声をかけられて智也は目を覚ました。いや、隣といっても一人しかいないのだが。
これが唯笑や信なら『安眠妨害だ!』とでも言って終わりたいところだが、相手が相手、さらに今日初めてこの学校にきた転校生。さすがにそんなことは言えない。智也とてそれぐらいの気配りはできるつもりだ。
「教科書。腕で隠れてるところ・・・見えないんだけど」
今、例の転校生に教科書を見せてあげている。理由は二つ。お隣だから、ということと教科書がないから、だそうだ。
それも教科担任に頼まれたことだ。そのときも周りからは鋭い視線が飛んできた。正直、智也はうんざりしていたが・・・
「あぁ・・・ゴメンゴメン」
そう言って手をどけると、智也は再びマリアナ海溝より深い眠りにおちようとしたが、お隣さんの質問はまだ続くようだ。
「三上クン、授業聞かなくていいの?」
「いいんだよ、別に。いつものことだし・・・ふぁぁぁ・・・」
これでもかとばかりに大きな欠伸をかおるに見せつける智也。
今は現国の授業で、先生が何やら教科書の内容をスラスラと読み上げている。
その読んでいる教科書の内容。ある主人公と父親の話。
題名は『命』。主人公と父親、そして母親の絆を描いた物語。
命とは、この世の中で最も尊いものであり、一人一つしかもっていないもの。
そして、一度失ってしまえば二度と戻ってくることはないもの。
主人公は小さい頃、母親と死別してしまった。不運な交通事故で・・・
主人公は当初絶望のどん底にいた。そして、彼を救ったのがその父親だった。
父親もつらいはずなのに・・・愛する妻を失ってつらいはずなのに。
しかし、その父親は涙を流す事もなく息子に訴えつづけた。「母さんのぶんも生きろ」と。
そして主人公は立ち上がった。母親が主人公に託した夢を叶えるために。
愛しき人を失ったことに対する悲しみ、絶望・・・その主人公と・・・智也の心にはそれらによって鍵がかけられていた。
二度と開くことはない。そして本人も開くことを望んではいない。
教科書の主人公みたいに上手くいくはずがないのだ。所詮、作り物だ。
生徒が学ぶために作られた架空の物語。そんなものの主人公の傷と智也の傷は比べ物にはならない。
しかし・・・智也には、この物語が自分の過去と酷似しているような気がしてならなかった。
「・・・どうしたの?」
かおるが怪訝そうに智也に尋ねてきた。気が遠くに飛んでいた智也は、反応するのに時間がかかってしまった。
「・・・え?何?」
「はぁ・・・な〜に物思いにふけってるのよ?」
「いや、ちょっと昔を・・・な」
「・・・昔?どんなこと?」
「・・・」
(言えるわけないよな・・・)
そう、言えるわけがない。今日出会ったばかりの少女にこの痛みが分かるものか。
「転校早々仲がいいな。二人とも」
「「え??」」
思わず声がハモる二人。後ろを振り向くと、そこには先生が立ちはだかっていた。
「仲がいい二人には、あとで職員室に来てもらおうか。いっぱい課題があるぞ。特に三上にはな」
丁度クラスが静かだったときだったらしく、タイミングが最悪だった。
「あ〜ぁ、やぶへびぃ〜」
(こっちのセリフだ・・・)
厄介なお隣さんが越してきたな。そう思いながら智也は残り時間をふて寝して過ごした。
胸に過去を思い出したことに対する、小さな・・・小さな痛みを感じながら。



キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
一時間目を終える合図のチャイムが鳴り響いた。先生はそそくさと職員室に戻り、教室は朝と同じく再び騒がしくなった。
智也のお隣の転校生のまわりには、まだ懲りてないのか野獣どもが校内の案内役を買ってでていた。
そろそろかおるも困ってきたらしい。
(人・・・増えてないか?)
智也はふとそんなことを思った。それもそのはず。
ウワサを聞きつけた他のクラスの人たちがやってきたらしい。当然男だけだが。女は近寄りたくても近寄れないだろう。
「音羽さん、校内の中オレが案内してあげるよ!!」
「馬鹿野郎!!オレが案内するんだよ!!」
「何言ってんだ、オレだ、オレ!!な、音羽さん?」
もはや質問どころではない。端から見ればまるで恐喝のようだ。
このままではいずれ「音羽さん校内案内ツアー」なるものが行われるだろう。案内役数十名、参加者一名だろうが。
その様子をボケーっと眺めていた智也に、突然唯笑が声をかけてきた。
「ねぇ、智ちゃんは行かないの?」
「・・・あの中にか?オレに死ねと言っているようなものだぞ」
「べ、別にそんなわけじゃないよぉ。・・・そういえば稲穂クンは?」
「あの中」
と言って群れの中を指差す智也。なんと信はかおるのすぐ右隣にいた。
「バカだよな。あの中に入るなんて。自殺行為に等しいぞ」
「あ、あのっ!!」
急にかおるが叫んだ。一瞬にして静まった男子・・・いや、野獣の群れ。皆「誰と行くのか決めたのか?」とでも言いたげな疑問の表情を浮かべている。
(何か打開策でも思いついたのか?)
「私、三上クンに案内してもらうように頼んだから!!」
「・・・・・・・・オレ?」
まさかそこで自分の名前が出てくるとは智也は微塵にも思っていなかった。
当然、男子の視線が一気に智也に集まった。信でさえ――彼からすれば当然だろうが――智也を睨んでいる。
「智ちゃん・・・いつそんな約束したの?」
「え?し、してないって!!」
このままでいれば殺される、と智也は野生の勘で感じ取った。それほどまでに男子の視線が痛かったのだ。
「何言ってるの今坂さん!!朝、あの後今坂さんも約束したじゃない!!」
相当彼女は焦っている。顔は男子に囲まれていて見えないが、なんだかいかにも今、思いついたような様子だ。
「ほぇ?唯笑?」
「おい、唯笑。そんな約束したのか?」
「ううん。朝ちょっと自己紹介しただけで・・・」
少しずつ、男子の視線が疑いの目つきに変わり、標的も智也と唯笑からかおるに戻っていこうとしていた。
(もしかして・・・逃げるためにオレたちを使っているのか?)
ようやくかおるの意思を察した智也と唯笑はお互いに目配せし、仕方なく彼女の三文芝居に付き合うことにした。
「あ、あぁ、そういえばそうだったな!!なぁ、唯笑?」
「う、うん、そういえばそうだったね!!智ちゃん!!」
わざと男子に聞こえるように叫んだ2人。後はかおるがフォローしてくれることを祈りながら・・・
「そうなのよ〜。せっかく誘ってくれたのに、ゴメンね」
この一言がとどめとなったらしく、男子たちは諦めて自分の席やクラスに帰っていた。2人を――特に智也を――睨みながら。
ようやく、クラス内にいつもの喧騒が訪れた。
(今日はよく巻き込まれる日だな・・・)
智也はそんなことを思った。



「なんでオレが・・・」
昼休み、智也、唯笑、そしてかおるは校内を歩き回っていた。
原因はもちろん、先ほどの教室でのやりとりにある。そしてしぶしぶ智也は案内をすることになった。
すでに昼食は済まし、残った時間で案内することになったのだ。
理科室、家庭科室、屋上、購買、学食、保健室、職員室などの主な場所の案内はほぼ済まし、今は図書室に向かっている。
しかし、智也は図書室の場所など記憶に無かった。
なので唯笑が図書室までの道案内を行い、智也とかおるはそれについていく形になっていた。
そして、少し会話をしていたら、いつの間にか図書室に着いていた。
扉を開けて中に入ると、外とは何かが違う雰囲気を感じ取る事ができる。
本はデリケートなので、管理には気をつかうと誰かが言っていたのを智也は微かに覚えていた。
「へぇ〜・・・広いね」
ふと、かおるが少し小声で唯笑に話し掛けた。
「そうかな?前の学校は小さかったの?図書室」
「う〜ん・・・ここよりだいぶ小さかったかな・・・」
「広いんだな、ここって」
智也がかおると共に感心したような声を出した。すでに一年半以上この学校にいるのに、智也は初めて図書室に入ったからだ。彼の辞書には『勉強』という二文字はうっすらとしか書かれていないのであろう。
「なんで智ちゃんが感心するのよぉ・・・」
と、三人が話しているその時だった。
「図書室では静かにしてください」
3人が声のかかったほうを振り向くと、そこには智也と唯笑が朝出会った少女、双海詩音がいた。
詩音は図書委員だった。他にやる人がいなくて即決だったのを智也は覚えている。
「あ、悪ぃ、双海さん・・・」
「ゴメンね、詩音ちゃん」
「ゴメ〜ン、・・・双海さん・・・かな?」
「はい。双海は私ですが・・・失礼ですが、あなたは?」
まわりが凍りついた。何故、彼女は朝自己紹介した人の名前さえ覚えていない?
どうやら唯笑も、そしてかおるも同じ考えらしい。二人とも「なぜ?」というような表情を浮かべている。
「私は音羽かおる。今日の朝も自己紹介したでしょ?」
「そういえばそうでしたね・・・すみません、朝は読書をしていたもので」
「ならいいけどね。よろしく。双海さん」
「はい、よろしくお願いします」
そう言葉では言っているものの、全く表情は変えない詩音。
その理由は本人以外に誰も知る者はいない。そして彼女はこれからもずっとこのままでいるのだろうか。
ずっと、『拒絶』という名の仮面をつけたままで。
三人が図書室を去るまで、彼女が表情を変える気配はなかった。


校内ツアーを終えた三人は、昼休みが終わる少し前に教室に戻ってきていた。
もうすでに野獣と化した男どもが襲ってくる事はなく、いつもの状態となっている。
「お〜い、智也〜。校内の案内は終わったのか?」
信が智也に話しかけてきた。どうやらいつもの信に戻ったみたいだ。
「ハロ〜、音羽さん。校内案内ツアーはどうだった?」
「あぁ・・・えぇ〜っと・・・あ、稲穂クン・・・かな?ゴメンね、せっかくのお誘いを断っちゃって」
「い〜の、い〜の。約束してたんだろ?・・・でも名前覚えててくれたんだ。感激〜!!神様ありがと〜!!」
かおるはとても曖昧に覚えていたのだが、信はそれでも嬉しいみたいだ。謎のポーズで天を仰いでいる。
しかし、この様子ではかおるが男を振り切るためにウソをついたことには気付いていないだろう。
反応に困った唯笑とかおるはお互い顔を見合わせている。
「何をやってるんだお前は。端からみたらただの変人だぞ」
「・・・お前に言われたくないわい」
さすがに智也は手慣れたものだ。そう唯笑が感心していると、かおるがふと尋ねてきた。
「ねぇ、今坂さん・・・」
「え?何?」
「三上クンと今坂さんって付き合ってるの?」
ポッと唯笑の顔が湯気でも立ちそうな勢いで耳まで赤くなった。
「んなわきゃない」
「うわぁっ!!ビックリしたぁ〜・・・三上クンか。稲穂クンと言い争ってたんじゃないの?」
唯笑とかおるの間からヒョッコリ智也が顔を出してそう言った。
「そんなに驚くことないだろ」
「驚くわよっ!!それは置いといて・・・付き合ってないの?」
「あぁ。コイツとはただの幼なじみ。要するに腐れ縁ってヤツだよ」
「あっ、だから下の名前で呼び合ってるんだ〜」
「ちょっと智ちゃん!?腐れ縁ってヒドイよぉ〜!!」
「そうじゃないか」
朝と同じように軽く流す智也。しかし朝とは違って簡単に唯笑がひく気配はなかった。
「なんで腐れ縁なの!?いつも一緒にいるのにぃ〜・・・」
そろそろ唯笑が泣きそうなので、智也は長年の勘で「ヤバイ」と感じ取った。
唯笑は昔から泣き虫だった。だから昔は彩花と智也で唯笑を守ってやっていた・・・というような感じだった。
そして彩花と唯笑が組んだときは大人にも勝てそうなほど、強かった。
前に立って唯笑の弁論をする彩花。その後ろで野次をとばす唯笑。
しかし、三年前のあの日以降から唯笑は強くなった。外面はさほど変わってはいないが。
智也は気付いていないだけで、内面的に彼女はだいぶ強くなったのだ。辛いのは彼女も同じだったはず。
「悪かったよ、言いすぎた」
「うん・・・もういいよ」
「あれ?簡単に許すんだね?」
「そう?」
そして、こんなことになるのも日常茶飯事なのだが、唯笑は簡単に許してしまうのだ。
端から見るととても不思議な事なので、いつも今のかおるみたいな質問が飛んでくる。
「あの〜・・・音羽さん?」
すっかり忘れられていた信がかおるに問い掛けた。
「え、何?稲穂クン」
智也と唯笑の痴話喧嘩を眺めていたかおるは、突然声をかけられて素っ頓狂な返事を返してしまった。
「今日の放課後、この辺り案内してあげようか?」
そう小声で、そして回りの視線を気にしながらかおるに尋ねる信。どうやらまたいつものナンパモードになったらしい。
「え・・・え〜っと・・・」
チラ、チラと横目で助けを求めるかおる・・・だが、智也と唯笑は痴話喧嘩が再開していた。
「アホかぁ!!脳をゆすげ、脳を!!だからオレは携帯は買わんと言っているだろうが!!」
「脳をゆすげってどうゆう意味よ!?ってそうじゃなくて!買ってよ、智ちゃん!!あったらいろいろ便利だよ!?」
「買ってよとかいうお前も持ってないじゃないか!!」
「智ちゃんが買ったら唯笑も買うよぉ!!・・・たぶん・・・」
どうやら、智也と唯笑は『携帯電話を買うか否か』ということで口論しているようだ。
その白熱ぶりは、かおるや信のもとまで熱気が伝わってきそうな勢いである。
いつ、そんな話題が出てきたのかどうかは知ったことではないが。
「たぶんって何だよ!?それに、前から言ってるようにオレは電話に束縛されるのが嫌なんだよ!!第一、通話料を払う金もない!!」
「で、でもぉ・・・」
そろそろ唯笑が押され気味のようだ。しかし、ピンチなのはかおるも同じである。
「で、どうする、音羽さん?行く?」
かおる絶体絶命。頼みの綱の二人がこんな状態では、この状況を打開できない。
だからと言って信と二人きりで出かけるのがそこまで嫌なわけではない。かおるにはそうできない理由があった。
そのときかおるが思いついたのは、やはり智也と唯笑を巻き込む方法だった。
(あ、そうだ!!ゴメンネ、三上クン、今坂さん・・・)
「い、いいよ。でも・・・」
かおるが「いいよ」と言ったとき、信の顔は輝きに満ちていたのだが、「でも・・・」と言った途端、その顔の輝きが少なからず曇った。
「でも・・・何?」
「・・・四人でね♪」
ガックリ。信が肩を落とした。しかし、信の切り替えの速さは国宝級だ。
『音羽さんと二人で行くことはできない』ではなく『智也と今坂さんも含むが四人でも音羽さんと行くことができる』と考えたほうが、本人はいいだろうと思ったのであろう。
ということで・・・
「智也、今日は商店街を隅から隅まで回るぞ。アリの一匹でさえも見逃さん」
しかし、信のこの言葉を二人が聞くことはなく、まだ口論を続けていた。
信の頭の中では、案内コースがコンピュータのごとくはじきだされていた。
信も智也と同じく、あまり勉強は出来ないのだがこうゆうことになれば頭の回転は速い。
正直言ってくだらないが、ここはあえて伏せておこう。



そして放課後。眠そうな者一名、はしゃぐ女子二名・・・燃えている者一名。
先ほどの信の予言どおり、四人は商店街を隅々までまわっていた。・・・アリまでチェックはしていないが。
何度も何度も信はこと細かく説明するので、嫌でもどんどんかおるの頭に入っていった。
そして、無理矢理連れて来られた二人は呆然と信を眺めるのだった。
可愛い、もしくは美しい女性が現れると大抵彼は燃えるのだが、今日のやる気は何故か尋常ではなかった。
今はこの辺りで一番大きな本屋の前に四人は来ていた。ここである程度の案内は終えたはずだ。
「次、何処行こうか?」
「え?」
信がかおるに尋ねた。いろんなところを回っていたので、いつの間にか時刻は五時を回っていた。
「もういいじゃねえか。これで十分だろ?」
「ふっ、甘いな智也。細かく教えておかないと、もし迷ったときどうする?変な男が現れて音羽さんを連れさらったらどうする?そうならないためにもこと細かに案内しておかなければならないのだぁ!!」
(・・・被害妄想が激しいヤツだ・・・)
そう思った智也はかおるに同意を求めようとした・・・そのときだった。
「!!」
急にかおるの表情が驚愕の表情に変わった。顔が少し青ざめている。
「どうしたの、音羽さん?」
唯笑が心配そうにかおるに尋ねる。しかし彼女は口をあんぐり開けたまま、一点を見つめている。
「・・・伸吾・・・」
「え?何?」
急にかおるが走り出した。残された三人は呆然として動けなかった。
「お、おい!!」
先に沈黙を破って走り出したのは智也だった。そして、目の前には赤信号。
そして、右方向からクラクションを鳴らしながら近づいてくるトラック。
なんとかかおるに追いついた智也は、かおるの腕を掴みグイと引いた。
間一髪。目の前をトラックが通り過ぎた。幸運なことにかおる、そして智也にも傷一つなかった。
「何やってんだよ!?」
「離してっ!!」
「離せるかよっ!!落ち着け、赤信号だぞ!!」
そして彼女はさっき見ていた方向を再び見ると、彼女はようやく落ち着いた。先ほどまで振りほどこうとしていた腕から力が抜けたのを智也は感じていた。
「・・・ゴメン、三上クン・・・」
「音羽さん!!智ちゃん!!大丈夫!?」
「あぁ・・・なんとかな」
「私もう帰るね。今日はありがと。三上クン、今坂さん、稲穂クン」
そう言うとかおるは脱兎のごとく駆け出していった。目が少し涙ぐんでいるのを智也と唯笑は見た・・・ような気がした。
「おい、智也!!あ、あれ?音羽さん?」
ようやく信が二人の元へやって来た。いつまで呆然としていたのだろうか。
「今日は帰る・・・だってさ」
智也は彼女が泣いていたということは伏せておいた。今、言うべきことではないと彼は分かっていた。
そして先ほどのシチュエーション。もう数秒遅れていたら・・・彼女は確実に車に轢かれていただろう。
「さ、オレたちも帰ろうぜ。案内する人がいなきゃ案内の意味無いだろ?」
「そうだね」
「・・・そうだな」
信と唯笑は少しショックを受けているようだったが、またすぐに立て直した。
三人は駅へ向かって歩き出した。かおるが走り出した理由と『伸吾』という名には触れずに・・・



「智ちゃん・・・」
ふいに、唯笑が話し掛けてきた。
信と別れ、二人で家に向かっている途中、先ほどまでは他愛のない話で盛り上がっていたのだが・・・
この唯笑の声はそんな軽いものではなかった。何か思いつめたような声だ。
「今日、音羽さん危なかったね。もう少しで・・・」
「唯笑」
唯笑の言葉を途中で遮る智也。いつもの様子からは考えられない、低く、とても重圧感がある声だった。
「ゴ、ゴメン・・・」
「明日はこの話題には一切触れるなよ。絶対にだ」
「で、でも稲穂クンは・・・」
「アイツなら大丈夫だろ。そんなことぐらい分かってなきゃオレの親友は務まらん」
「そうだね!!ゴメン・・・」
そう言うと唯笑はいつもの表情に戻っていた。いや・・・いつもどおりのように見せかけていた。



部屋に入ると智也はベッドに倒れこんだ。
智也の家族は一応三人構成なのだが、両親はほとんど家にいない。
父親の仕事が忙しく、母親はその父親に付いてまわっているのだ。
両親の仲がいいのはいいことだが、息子を一人放っておくとはなかなか珍しい。
だから智也は実質一人暮らしのような生活を送っていた。
それはそれで、いろいろと本人にとって都合がいいのだが・・・
こうやって帰ってすぐにベッドに倒れこんでも、誰も文句は言わない。
智也は物思いにふけっていた。その内容としては、今日の出来事について。
今日起こった出来事・・・それは智也にもよく分からない。
唯一の手がかりは『伸吾』という謎の名前。
当然、智也は聞いたことがないし、あの様子だと信も唯笑も知らないだろう。
それに、まだかおるとは今日出会ったばかりなのだ。そんなに深入りできる問題でもない。
「今日はいろいろあったな・・・」
いつの間にか智也は、眠りについていた。



翌日。学校に着いた智也はかおるの姿を探した。しかし、見つからない。
「まだ来てないみたいだね」
どうやら、唯笑も智也と同じ考えだったようだ。キョロキョロと回りを見渡している。
「大丈夫かなぁ〜・・・音羽さん」
「私がどうかした?」
「「うわっ!!!」」
いきなり後ろから現れたかおるに、思わず二人は思いっきり驚いてしまった。声も見事にハモっている。
「ゴメンゴメン。でもそこまで驚くことないじゃない?」
「え、あぁ、スマン」
「昨日はゴメンね〜!ちょっといろいろあってさ」
何事もなかったかのように平然と笑顔で話すかおる。しかし・・・その笑顔には少し陰りがあった。
「別に気にしてないからいいよ」
智也がそう答えると、もう一人の当事者の信が現れた。
「おはよ〜!音羽さんと今坂さん」
「おはよ、稲穂クン」
そして信も何事もなかったかのように話し掛けてきた。この三人の心遣いに、かおるは心から感謝していた。
「おい、信。オレは?」
「なんだ、いたのか智也」
「なんだってなんだ・・・いちゃ悪いか」
「そうだ。この二人がもし女神だとしたら、お前は悪魔だよ」
信は冗談のつもりで言ったのであろう。笑顔を浮かべている。しかし、まともに受けた人が一人いた。
「智ちゃんは悪魔じゃないもん!!」
智也がいつもどおりに反論しようとした途端、なぜか唯笑が反論した。思わず信もたじろいだ。
「ゴ、ゴメン、今坂さん」
「ま、そうゆうことだ。悪魔はお前だな、信」
智也は勝利の笑みを浮かべて信に思いっきり嫌味っぽい言葉をぶつけた。かおるはクスクスと笑っている。
「はぁ。まぁいいか。それより智也、お前に悲しい知らせがある」
「なんだよ?悲しい知らせって・・・」
「今日、購買休みだぞ」
「な、何ぃぃぃ!!??」
澄空学園の生徒は普通昼食は持参なのだが、持ってこれない生徒のために学食と購買がある。
智也は料理などという高貴なことはすることができない。だから毎日購買に通ってパンを購入している。
別に学食でもいいのでは・・・という考えはこの学校では甘い。学食には信じられない伝説が残っているのだ。
たぶん、業者に問題があるのであろうが、まったくそのことを気にしている様子はない。
その伝説というのは、ラーメンのナルトのかわりに牛乳瓶のフタであったり、カレーライスのジャガイモが石だったりと、食べることができないものが入っていることがあるのだ。
・・・なぜ警察沙汰にならないのかということは、ここではあえて伏せておこう。
だから違う業者が担当している購買に人は殺到する。しかしこの購買を担当する業者も正直言っておかしい。
キュウリに砂糖をまぶしただけのヘルシーな味わい「メロンパン」。
プリンに醤油をかけた絶妙なコンビネーション、見事にウニの味を再現した「ウニパン」。
ネバーっとした納豆、ネチョとしたバナナの組み合わせが味覚を狂わす「バナ納豆パン」。
他に白魚パン、ワカメパン、ドリアンパンなどなど、罰ゲームには人気がある商品がズラリと並んでいる。
ただでさえ人が多いので、人気のパン――強いて言うならまともなパン――はすぐに売り切れてしまう。
そしてパン争奪戦に負けた哀れな生徒は、地獄のパンを食して飢えをしのぐか、空腹をこらえるかのどちらかになる。
しかし、智也は購買部とは縁があって、そこのおばちゃんにパンのキープを頼んでいる。なので争奪戦には参加していない。
「おばちゃんがギックリ腰らしくてな。全治2週間らしいぞ」
(今日はあの学食に行くしかないのか・・・)
智也が諦めていたそのとき、チャイムが鳴って担任が入ってきた。
挨拶を済ますと、朝のショートホームルームが始まった。
「今日は購買が休み・・・と聞いた人がいるかもしれんが、今日も通常どおり営業するそうだ」
智也にとって、それは天使の知らせのようだった。これで学食に行かなくて済む。智也はほっと胸をなでおろした。
ふと横を見ると、信が口パクで「よかったじゃねえか」とつぶやいている。
適当に口パクで返すと、もう1度前を向く。そうすると、かおるが智也に話し掛けてきた。
「三上クンっていっつも購買なんだね?」
「あぁ。ほとんど一人暮らし状態だからな。弁当なんて作れないし」
「そうなんだ。あ、一つお願いがあるんだけどいい?」
「ん・・・何?」
「今日の昼休み一緒に購買行ってくれない?今日お母さん寝坊しちゃってお弁当ないのよ」
「あぁいいぜ。この購買マスター・三上智也様に任せておきなさい」
その智也の言葉を聞いたかおるは、ため息をつきながらこう言った。
「・・・やめとけばよかったかな・・・」
そんなつぶやきが聞こえたような気がしたが、智也は反論することなくあえて無視することにした。



そして、昼休み。今朝の約束通り智也とかおるの二人は購買へと向かっていた。
ガヤガヤガヤ・・・いつもどおりの喧騒が聞こえてくる。・・・いつもよりボリュームが高いが・・・
かおるも少し驚いているみたいだ。昨日購買を訪れた時はピークは過ぎていたから当然かもしれないが。
この角を曲がれば購買が・・・角を曲がったとき、二人が聞いたものは、悲鳴と雄叫びだった。
「おねーさん!!これちょうだい!!コレ!!」
「馬鹿野郎!!オレが先だ!!おねーさん、カレーパン!!」
「痛っ!!お前、足踏むんじゃねえっつ〜の!!」
「しゃーねえだろ!!こんだけ混雑してるんだからよ!!てめえこそ気つけろ!!」
「ちょ、ちょっと・・・押さないで・・・」
この騒ぎ、尋常ではない。あたかも昨日かおるが転校してきたときのようだ。
昨日とまったく同じところといえば、その集団にはまたまた男子しかいない。
中には数名女子がいるようだが、男子の迫力に負けてかなり苦しそうである。
しかし、たかが購買でそうゆう騒ぎが起こるものなのであろうか?新商品でも仕入れたのだろうか。といってもここの購買は大した新製品は仕入れないであろうが・・・
「・・・おねーさん?」
そして、智也がもう一つ疑問に思ったことが『おねーさん』という男子生徒のセリフ。
普段、ここの購買を切り盛りしているのは四十代ぐらいのおばちゃんである。失礼だが決しておねーさんとは言えない。
「三上クン・・・いつもここってこうなの?」
「いや、いつもはもっとマシなんだけどな・・・今日はちょっと違うみたいだ。音羽さんは何がいい?オレ買ってくるよ。この中に入るのはさすがに危険だろ。・・・でも、ご期待に添えることは無理かもしれないけどな」
「ん〜・・・でもなんだか悪い気がするな・・・」
少し心配そうに智也を見るかおる。確かに、あの中に入って無事に帰ってこられるかどうか。さすがに死ぬことはないだろうが・・・
「いいよ、別に。あの中に女の子が入るのは多分無謀だ」
「それじゃ・・・頼もうかな。カレーパンとあんぱんと・・・あとジュース頼んでいい?」
「オレと一緒だな。んじゃ両方二つずつ取ってくればいいのか。あ、お金はあとでいいぜ」
と財布からお金を取り出そうとしていたかおるに最後になるかもしれない言葉を残して、智也は戦場の中に巻き込まれていった。



「ふぅ。・・・最前列まで来たぞ・・・」
なんとか群集をかいくぐって最前列まで来た智也。まだカレーパン、あんぱんの目的のパンはかろうじて残っている。
それを二つずつ掴み取ると、そばにあったミルクを二パック手に取る。これで智也の手には目的の二人分の食糧がすべて揃った。後は買うのみ・・・なのだが、ここで智也はいつもの癖でミスをしてしまった。
「おばちゃん、これちょうだい!!」
ザワッ。ざわつきが少し静かになった。全ての視線が智也に注がれた。
(しまった・・・)
智也はふとそう思った。先ほどまでパンを確保するのに夢中で、『おねーさん』と言われている人物を確認することもなかったのだ。
「ちょっと〜!!おばちゃんとは失礼ね。このビューリホー女子大生に向かって!!」
そこには両手を腰にあてた、まさにお姉さんと形容するにふさわしい人物がそこにたっていた。
長い髪の毛を一つに束ねた二十歳ぐらいの女性がそこに立っていた。まさに『おねーさん』と呼ぶのに丁度いいぐらいの年齢ぐらいである。
「ビュ、ビューリホー?」
そして、智也はその顔を見て今日購買にこんなに人が集まった理由が初めて分かった。
確かに――自分で言うほどかどうかは分からないが――可愛い・・・いや、美しい部類に入るのであろう。
このお姉さん目当てで人が集まるのは別におかしいことではない。
「私は霧島小夜美。いつもここで仕事してるのは私のお母さん」
「お、おかっ!?」
智也が驚くのも無理はない。さすがにあのおばちゃんから出てきたとは思えなかった。
いや、確かにおばちゃんも愛くるしい顔・・・ではあったが。
「今、あのおばちゃんから出てきたとは思えない、って思ったでしょ?」
「・・・人の心を読まないで下さい」
なかなかするどい女性である。
「まぁ、どちらかといえばパパ似だからね。君、名前は?」
「え?三上・・・三上智也です」
「あ〜君が三上クンかぁ。お母さんから聞いてるわよ。いつもここに来てくれてる常連さんの話」
「じゃ・・・」
もしかしたら取り置きしてくれているかも、という期待を抱きながら智也は小夜美に尋ねた。
「オレ、いつも取り置きしてもらってるんですけど・・・」
「それも聞いてるわよ。でもここって原則的に取り置きって禁止なのよね。それでも取り置きしてたのはそれなりの理由があるからって聞いたけど・・・」
そう。原則でここは取り置きは禁止されている。それでもおばちゃんが取り置きしてくれていたのは放課後、たまに伝票整理や在庫整理を手伝うという条件付なのだ。そして智也の家庭の状況もおばちゃんは把握していることもある。
「だから〜、今日は普通に買って頂戴ね♪」
「え?ちょ、ちょっと・・・」
そう言うと小夜美は再び通常業務に戻った。
「そこ三二〇円のお釣りね。え、違う?」
「はい、オレンジジュースはあなたね。え?オレじゃない?」
「え〜っと2つで・・・五二〇円かな?えっ、違う!?もう分かんないよ〜!!」
(・・・・・・)
智也はここに群集ができているもう一つの理由を悟った。その原因はこの女性のおっちょこちょいだと。
この女性は小学校低学年並の計算もできないらしい。智也はそう思った。
(音羽さんも待ってるし、さっさと買って帰るか)
「霧島さん、これ下さい」
「あれ、こんなに食べるの?まぁ成長期だからね」
反論している暇はない。いつの間にか昼休みも半分が過ぎていた。智也は食べる時間を確保するために、できるだけすぐ切り上げる事にした。
「え〜っと・・・全部で九百円・・・だよね・・・霧島さんなんて堅苦しい呼び方じゃなくて、小夜美でいいわよ」
「そうですか。それじゃそうさせていただきます。はい、千円」
「はい。え〜っと八十円のお釣りね」
「百円です。・・・頼むから間違えないでよ」
「え?あ、ゴメンゴメン。はい、あと二十円。ありがとうございました〜」
そうして智也は戦利品である四つのパンと二本のジュースを手に、意気揚揚とかおるの元へ戻っていった。



「あ、おかえり〜。・・・大丈夫?」
「なんとかな」
戦利品を手に掲げ、かおるの元に戻った智也は、かおるに出迎えられた。
「ありがと〜。ゴメンね、わざわざ私の分まで。あ、お金・・・いくら?」
「いいよ、別に。四五〇円だな。五百円渡してくれたら五十円お釣りあるけど」
かおるが財布から五百円玉を出し、智也の手の上に乗せようとした・・・そのときだった。
「あぁぁぁぁぁ!!!智ちゃん、やっぱりここにいたぁ!!!」
こんなところで大声をあげ、『智ちゃん』などと呼ぶ人物は智也は一人しか知らない。いや、一人しかいない。
声の主の方向を見ると、やはりそこには智也の予想通り唯笑が立っていた。
「稲穂クンが捜してたよ?『智也〜!!』って」
「信が?」
「うん」
「そうか・・・じゃぁ戻るか」
教室に戻った三人は、早速信の姿を捜した。しかし、呼び出した本人の姿はどこにもなかった。
「ったく・・・アイツから呼び出しといてどこいったんだ?」
「いいじゃない。早く食べましょ。時間無いし」
時計を見ると、いつの間にか昼休みも四分の三が過ぎていた。
智也とかおるがパンの袋を開けると、かおるの袋にはカレーパンとあんぱんが入っていたのだが・・・
智也の袋には、何故か「ウニパン」と「ワカメパン」が入っていた。
「な、なにぃ!?」
どうやら、小夜美が袋を間違えて渡したらしい。
「どうしたの?智ちゃん・・・ってあっ!?」
「三上クン、何それ?」
「小夜美さん・・・間違えて渡したな・・・」
仕方なくウニパンを食べることにした智也は、その未知なる世界の食べ物にかぶりついた。
「おぉ、智也。今日の昼飯はウニパンか?」
智也が後ろを振り向くと、そこには智也を呼び出した男、信が立っていた。
「モゴモゴ・・・なんだこれ、結構いけるじゃん。お、信。なんだよ?用事って」
「あぁ、大したことじゃないんだけどな。・・・・・・怒るなって」
信が『大したことではない』といった途端に智也は少し頭にきた。わざわざ急いで帰ってきたというのに・・・
「まぁいい。単刀直入に言うぞ。・・・今日、合コン付き合え。実は一人欠員が出ちまってよ・・・」
「はぁ?合コンだと?オレはそんなものに興味はないって言ってるだろうが」
たまに智也も信に合コンに参加しないかと聞かれることはあったが、一度も参加した事はない。
理由は当然、先ほども智也が言ったとおり『興味がない』からだ。
「頼むよ、智也。一次会だけ適当に付き合って、二次会から抜ければいいんだからよ。福々亭でラーメン奢るから!!」
「別に一人欠員出ただけだったら『これなくなった』とでも言えばいいじゃねえか」
「いつもはそれでいいんだけど、今日は林女なんだよ相手が!!これで失敗して二度と相手にしてもらえなかったらどうする!?それだけは避けたいんだよ!!」
信が言う「林女」とは林鐘女子学園高等学校という女子校の略である。要するに、お嬢様高校が相手なのだ。
「頼む!!なっ?」
「・・・しゃーねえなぁ・・・一次会だけだからな。ちゃんとラーメン奢れよ?」
少し考えた末、家に帰ってもすることがない智也は仕方なく一次会だけ参加することにした。
「サンキュ!!恩にきるよ」
「で?その一次会ってのはどこでやるんだ?」
「カラオケだ。お前も一曲ぐらいは歌えよ」



そして放課後。智也は信と彼らの友達である西野、相川は会場であるカラオケへと向かった。


しかし、この合コンの誘いが、この先に訪れる出来事の序曲であることは、神以外は知らない。


唯笑やみなも、そしてさらに彼の目の前に現れた三人の女性。


彼女たちとの出会いを通じて、彼は何を思い、何を感じるのだろうか。


その先に起こることは、神しか知らない。


止まっていた歯車は、ゆっくりと・・・ゆっくりと・・・動き始めた。





<第二話「nothing to CROSS」へ続く>



あとがき
どうも。daikiです。ようやく第一話を書き終えました。
ちなみに今回の話はスラスラと手が進みました。ちょこっとだけ伏線はったりしましたけど。
この場を借りて解説いたしますと、この話は本来のメモリーズオフでは叶わなかった一度に全部のヒロインを!などというオレの野望を叶えております。(笑)ヒロイン一人ずつに話は用意するつもりです。
といっても、まだ次のお方の話しかまったく考えていませんが・・・
次回は、今回でも御分かりいただけそうな感じですが、あのお方です。
それでは次回「nothing to CROSS」でお会いしましょう。
もうほぼ書き終えてますので直にお会い出来ると思います。(長さは今回の約半分ですけどね)
ごきげんよう。



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