「ったく・・・遅せえなぁ・・・」
智也は今、彩花との約束どおり駅前に来ていた。
時刻は・・・十時を五分ぐらい回ったところだ。しかし、彩花はまだ来ていない。
いつもなら時間より早く来て、遅刻した智也に文句を言う・・・これがいつものパターンなのだが・・・
「何してんだよ?アイツ・・・いつもならもっと早く来るはずなのにな・・・」
自問自答を繰り返す智也。だが、いつまで経っても彩花が来る気配は無かった。
時刻はいつの間にか、十時十五分を回ろうとしていた。
立って待つのに疲れた智也は、近くにあるベンチに座って待つことにした。
「・・・遅い」
ベンチに座って少し経った頃、そんな言葉が智也の口からポツリと出てきた。
待つことに慣れていないからか、智也は何故か無性にイライラしていた。
いつもは待たす身だった自分。逆にいつもは待つ身の彩花はどんな気持ちで智也を待っていたのだろうか?
そんなことを考えてみる。
椅子に座って、彩花を待つ智也の前を通り過ぎていく人々。まるでそれは人生の縮図のようだった。
親に手を引かれて、笑顔で歩いていく子供。
この頃からだろうか。智也と彩花と唯笑、この三人がお互いに出会ったのは。
あの子にも『幼なじみ』という人がいるのであろうか。
仲良くお互いに寄り添いながら前を通り過ぎていくカップル。
その二人の顔は実に幸せそうで・・・共に笑い合っていた。
三十代ぐらいの、結婚して少し経ったぐらいであろうという夫婦。
仲良く手を繋ぎながら駅の構内へと入っていく。その様子はまさに新婚さんのような感じだった。
そして、六十代ぐらいの年老いた老夫婦。
結婚して長い時間が経つであろうというのに、その二人の絆はまったく薄れているとは思えない。
永久に存在しているわけではない時間。その一分一秒はかけがえのないものだ。
自分はあと、どれぐらいの時間を彩花や唯笑と一緒にいることができるのだろうか。
かけがえのない友と共に、あとどれだけ残っているのか分からない時を大切に歩んでいきたい。
智也は柄にもなくそんなことを思った。
時計を見ると、時刻はすでに十時二十五分を回ろうとしていた。
「仕方ない。迎えに行くか・・・」
そう思って、智也が椅子から立ち上がると、遠くから走ってくる人影が見えた。
「智也!」
走ってきたのは彩花だった。その様子をみると、よっぽど急いできたらしい。
智也の前に来た彩花は肩で息をしていた。家からここまでずっと走ってきたのだろう。
「ゴメンね・・・お弁当作ってたら、いつの間にか十時になってて・・・」
彩花は本当に申し訳無さそうな顔をしている。それもそうだろう。いつもは遅刻などしないのだから。
それにお弁当を作っていたことが理由というのは、なんとも彩花らしい。
「ね・・・許して」
「気にしてないからいいさ」
その智也の言葉は偽りではなく、心からの言葉だった。
これくらいのことで怒っていたら自分の立場はどうなるんだ。そう思ったからだ。
「よかった〜」
智也がそう言うと、彩花の顔は輝くように晴れやかになった。
「彩花が遅刻してくるぐらいだからな。その分弁当は楽しみにしてるぜ」
「うんっ!!期待しててね〜。今日のは自信あるんだから」
そう言った彩花の顔は、遅刻したことなど何処吹く風、もうほとんど気にしていないようだった。
そこにはいつもの笑顔があった。少しの陰りもない澄みきった笑顔。
「ほらぁ、電車出ちゃうよ!!早く行こっ」
そう言った彩花は、駅へと駆け出した。
彩花の白い手が智也の手をふわっと包み込む。いつもなら何気ないことなのだが、妙に彩花は緊張した面持ちだった。
「お、おい彩花〜!?」
引っ張られながらも、苦笑いをしながら彩花に付いていく智也。
この笑顔と共にいることができる幸せを噛み締めながら・・・



Memories Off another stories
------------『I Never Forget Memories, and I will Meet Memories』------------                
 written by daiki


第二話「nothing to CROSS」


「次〜!!稲穂信、歌いま〜っす!!」
その数十秒後、曲が始まった途端にこの世の物とは思えないメロディーが流れてきた。
智也は、今日の昼休みの信との約束どおり合コンに参加していた。一次会のみの約束だったが。
だが、たった一次会だけの参加なのに智也はこんな地獄に巻き込まれるとは思ってもいなかった。
まず、第一に信の音痴。よくこんな歌声でカラオケに行こうとなどと言い出せたものだ。
第二にこの盛り上がり。・・・いや、実際には盛り上がっていない。信だけ空回りしている。
お嬢様が相手となるとその辺りは難しいのであろうか。智也にはよく分からなかったが。
ちなみに四対四で人数はつりあっている。しかし、西野と相川も妙に暗く、お嬢様集団は何も言わずに耳を塞いでいる。
「ねぇ、三上さん?」
「・・・え?」
ふいに、智也の隣に座っているお嬢様の一人が話し掛けてきた。
「三上さんって・・・格好良いですよね」
「・・・はぁ?」
まさか、そんな質問がとんでくるとは智也は思ってもみなかった。
この子の言うとおり、確かに智也は容姿はいいほうである。
十人並べてみたら、その中で二番目ぐらいに格好いい・・・と例えれば分かるだろうか。
だが、智也の性格を知らないからそんなことが言えるのであろう。
実際の性格は破天荒で虚言癖。これを知ればお嬢様の智也に対するイメージはきっと急激にダウンするだろう。
しかし、それはここでは伏せておくべきだろう。知らないほうがいいこともある・・・とはよく言ったものだ。
・・・作者としては、純粋な――かどうかは分からぬが――少女の夢を潰したくはない。
ちなみに、智也は自分自身の容姿を気にしたことなど一度もない。せいぜい朝に寝癖を直すぐらいだ。
「だぁぁぁぁ!!!そこぉ!!!抜け駆けは許さんぞ、智也ぁ!!!」
自分の容姿や髪型を毎日気にしている男が智也に向かって叫んだ。しかし、智也はあえて無視した。
信のオンステージはその後、他の人にマイクを譲ることなく約一時間続いた。
当然、周りの人からはブーイングの嵐で、結局カラオケは失敗に終わった。
そのため、舞台は移ることとなった。要するに一次会は終了ということになる。
智也にとってそれは好都合だった。早く帰れるようになったのだから。
「よっしゃぁぁぁ!!次、ボーリング行くぞ!!」
「じゃ、オレ帰るわ」
「・・・ぬぁ?」
素っ頓狂な声を出した信。どうやら、智也が『一次会で抜ける』という約束は忘れたらしい。
「え、三上クン帰っちゃうの?一緒に行こうよ〜、ボーリング」
「ゴメン、元からそうゆう約束だしな。じゃな、信」
「と、智也〜!!もうちょっと付き合ってくれよ〜!!人数が〜」
信の言葉を軽く流して、智也は背中を見せながら手を振った。
その後、急激にお嬢様のテンションが下がったのは言うまでもないだろう。



「あっ!」
商店街を抜ける途中、智也はあることを思い出した。
今日はある本の発売日である。しかし、その本は普通男が読むものではない。
なぜなら、それは少女漫画だからだ。
「綾瀬みさき」という作家が書いたもので、かなりの長期連載となっている・・・らしい。
さすがに智也は連載されている雑誌まで買っているわけではないので、詳しいことまでは知らない。
しかし、それが連載されているのは月刊の少女向けの雑誌だ。さらに今日発売の刊が十巻なので、かなり長いということはある程度分かる。
元はと言えば、智也にこの漫画を薦めたのは彩花だった。
最初は軽い気分で読んでいたのだが、すっかり智也はのめりこんでしまっていた。
何故だかは分からない。男でも読めるというところがこの作者の技法、あるいは魅力なのであろうか。
いや、そうではないだろう。智也には何か・・・何かがほしかったのだ。彼女と共感できる「何か」が。
それはなんでもいい。例えば本であろうが、CDであろうが、あるいはTV番組であろうが・・・
智也は彩花との――そう、何か共通の繋がりを求めていたのかもしれない。それがたまたま少女漫画であっただけだ。
ということで智也は――昨日かおるが急に駆け出した――本屋へと向かった。
そこの本屋は品揃えがよく、さらに男性コミックと少女コミックの新刊の位置が近いというメリットがあるのだ。
善は急げ――早速智也はその本屋を目指す事にした。
店の自動ドアを開けると、中から本の匂いが漂ってくる。紙の匂い・・・とでも言えばいいのだろうか。
人はチラホラといる程度で、その誰もが本を立ち読みしている。智也のことを気にする人など一人もいない。
まずは、店の中に知っている顔がいないかを確認する。もし、知っている人がいれば撤退するのだ。
このことがばれてしまって、さらに信にまで広まってしまったら大変な事になる。
『えぇ!?智也、お前少女マンガなんか読んでるのか!?そんな女々しいヤツだとは思わなかったぞぉ!!』
などと言われるだろうということは大抵予想がつく。たぶん、その次の日から智也は学校へ行けないだろう。
足は目的の場所へと向かっている。しかし・・・いつもこういうときには『迷い』というものがうまれるものだ。
当然、男性コミックを買うときならば全然緊張などしない。
だが、今回は話が違うのだ。買うべきものは男性コミックではなく、女性コミックだ。
たまに訪れる発売日・・・この苦難を乗り越えれば、後は気兼ねなく本と向き合う事ができる。
まずはコミックコーナーの周りにいる人の確認する。そして、レジの周りにいる人の確認。
この二つを繋ぐ直線上に人がいないときを見計らい、目的の商品を掴んでダッシュするのだ。
しかし、それを実行するまでに時間がかかってしまうのだ。そのために智也は、結局約一時間を費やしたのだった。



「ふぅ、なんとか買えたぞ」
満足した表情の智也は店の外へ出た。およそ一時間かけてようやく目的のものを購入することに成功したのだ。
智也の心は満足感で溢れていた。いや、さすがにオーバーかもしれないが。
(確か、前は中途半端なところで終わったんだよな〜)
その手には先ほどのマンガが一冊。家へ帰って読もうとした・・・そのときだった。
智也は立ち止まった。なぜなら、少し先に知っている人物が立っていたからだ。
「・・・音羽さん?」
そこにはかおるが立っていた。・・・あのとき駆け出した交差点のそばで。
何をしているのかは鈍い智也でもある程度察しがついた。『伸吾』という名の人物を捜しているのだろう。
その人と、かおるの関係なんて智也が知っているわけがない。
だが、つい先日見つけた彼を捜すために今日もそこにいるのだ。ただの旧友というわけではなさそうだ。
智也には一律の不安があった。『また急に飛び出してしまうのではないか?』と。
昨日、かおるは車に轢かれそうになった。それをギリギリで智也が止めたのだ。
今回はいきなり飛び出しても誰も引き止める人がいない。智也はそれが少し不安だった。
「・・・どうするかな・・・」
ふと、そんな言葉が智也の口から出てきた。
だからと言って声をかけるのもどうか・・・別に自分には無関係なことだし、お節介かもしれない。第一、手には先ほど購入した少女漫画がある。
もし、話し掛けたときに手に持った本のことを尋ねられ、少女漫画を購入したことがバレてしまったら元も子もない。
それでも智也は、何も気付かなかったフリをしてその場を去ることができなかった。
「あれ?音羽さん?」
・・・気付いた頃には、智也はかおるに声をかけていた。
「あっ・・・三上クン?今日合コンじゃなかったの?」
(・・・なんでオレは話し掛けたんだ・・・?)
手にもっていた少女漫画をさりげなく背中に隠すと、智也は無理に笑顔を作って言った。
「あ、あぁ、合コンな。約束どおり一次会で抜けたよ。帰るついでに散歩してたんだ」
「ふぅ〜ん」
後ろに隠したものを気にすることもなく――気付いてないだけかもしれないが――かおるは素っ気ない返事を返しただけだった。それは智也にとって好都合だったが。
話題が浮かばない。何も考えずにかおるに話し掛けた智也は、さすがにそこまで深いことは考えていなかった。
必死で思考回路を巡らし、何か話題を捜す。しかし、この沈黙を先に破ったのはかおるだった。
「聞かないんだね・・・」
一瞬、智也には何がなんだかまったく分からなかった。
「・・・えっ?」
「ううん、なんでもない。何をしてるのか聞かないのかなって思って」
その顔は、どこが寂しそうだった。
しかし、智也には聞けるはずがなかった。すでにその答えは分かっていたのだから。
・・・彼女が本当のことを教えてくれるのかどうかは謎であったが。
そこまで自分は図々しくないつもりだ、と智也は思っている。だが、話し掛けた事自体がお節介だったかもしれない。
もう話し掛けてしまったので、時すでに遅しと言うものでもあるが。
かおるは別に何とも思ってはいなさそうだったが・・・何を考えているのかは分からない。
ここにいる目的は分かっているつもりでも、さすがに心まで読むことは出来ない。
「だったら、何してるの?」
気が付けばそう尋ねていた。ずいぶん失礼な聞き方だが。
「だったらって・・・もう、そんなふうに聞くんだったら教えない」
そう言わなかったら教えてくれたのだろうか?昨日出会ったばかりの男に。
「別に、『だったら』ってつけなくても教えてくれないでしょ?」
その答えは――否だろう。智也はそのことを口に出して言っていた。
「ハハハ、それもそうだよね」
どうやら会話はこれで終わりのようだ。智也も、もう話題が浮かばない。
かおるも何も話し掛けてくる気配がなかったので、智也は撤収することにした。
「じゃ、オレは帰るよ。また明日ね」
そう言って智也がかおるに背を向けた瞬間だった。
「あっ、ちょっと待って、三上クン」
「・・・え?」
どうやらそうはいかないようだった。かおるにはまだ何か用があるらしい。
「せっかくここで会ったんだし、お茶でもしてかない?」



かおるに誘われた智也は、仕方なくかおるに付き合うことにした。
特に深い理由はないだろうが、やはり少し気になったからだ。昨日の彼女の笑顔とは違うような気がして。
少しだけ陰りがあって、少しだけ悲しそうな笑み。
いつも近くで本当の笑顔を見せてくれている人が側にいる智也には、それに気付くのは容易なことだった。
智也の案内で近くの喫茶店へ向かった。信が『いいところ』だと言っていて、なかなかこの辺りで評判のいい喫茶店だ。
(なかなかいい店だな)
天井につるされた室内扇によって運ばれるのは挽きたてのコーヒーの香り。
その空間には、外とは何か違う雰囲気が感じ取れた。
窓際の席に案内され、注文をとりにきたウエイトレスに注文――智也はコーヒー、かおるは紅茶――を頼んだ。
「で?」
「・・・で?って何よ?どう答えたらいいわけ?」
「いや、そっちから誘ってきたんじゃないか」
そうするとかおるの顔が急に少し驚いた顔に変わった。
「え、ただ普通に話がしたかっただけだよ!?」
「だからなんの話?」
「別になんの話って決まってるわけじゃないけど・・・」
やはり、智也の鈍さは天下一品である。かおるもほとほと呆れきったような表情をしている。
「はぁ・・・三上クンには一般常識ってものがないのかなぁ?」
「一般常識ならあるぞ。信号は青のときに渡るとか、挨拶はきちんとする・・・とか」
「なんか小学生みたい・・・」
「冗談だよ。少なくとも唯笑よりはマシだとは思うけどな」
すると、急に真面目な顔になってかおるは尋ねてきた。
「・・・ねえ、三上クンって本当に今坂さんと付き合ってないの?」
「はぁ、前にも言ったけど付き合ってない。だからアイツとはただの幼なじみだよ」
注文したコーヒーと紅茶が届いた。智也はそれを一口すすると、話を続けた。
「幼稚園ぐらいの頃かな・・・唯笑と会ったのは。そんときからアイツはあぁだったよ」
「ふ〜ん・・・そうなんだ・・・え、そんなに一緒にいるのに『好き』とか思った事もないの?」
「・・・あぁ、ない。どちらかといえば昔から『妹』って感じだったよ」
これ以上話せば、彩花の名がポロッと出てくるかもしれない。
智也はそれを防ぐために、ここは適当に話題を変えることにした。
それに、これ以上まだ出会ったばかりの少女に話すことはないということもあった。
「で、そろそろこの街には馴染んだ?」
「えっ、ま、まぁ、一応は・・・」
急に話題を変えられたので、少しかおるは戸惑った。
「また、分からないことがあったらなんでも聞いてよ。教えてあげるからさ」
「うん、ありがと」
「それに、あぁ見えても信は結構いいヤツだぜ?何かあったらアイツにも頼ったらいいよ。目を輝かせて教えてくれるはずだ」
ニッと笑ってかおるに話す智也。それを見てかおるもフッと笑みをこぼした。
「稲穂クンはとにかく、今坂さんにはどんどん頼ることにするよ」
「ハハハ、そうだな。信は完全無欠のバカだからちょっと欠けた部分があるかも」
そう言うとかおるも笑った。どこが面白いのかは分からないが、ツボにはまったのだろう。
「そういえば、三上クンって稲穂クンともすごく仲いいよね。いつから?」
「唯笑の次は信か。う〜ん・・・そうだな〜、信とは入学した時から仲いいよ」
「入学した時から?」
そう言うとかおるの顔が笑顔から、また急に少し驚いた顔に変わった。
(表情がよく変わる娘だな・・・)
「あぁ。入学式の時に初めて話して、すぐ意気投合してな。なんだか分からんけど付き合いやすいんだよ」
「へぇ・・・」
そう言うと、かおるの顔が何かを懐かしむような顔になった。
紅茶を一口すすり、外を眺めるといつの間にかその表情は消し飛んでいた。
その表情は――笑顔だった。先ほどまで笑顔ではない。おそらく、作られた笑顔だろう。
「ここの紅茶、おいしいね。コーヒーは?」
「・・・え?あ、あぁ、上手いよ」
すっかりそんなかおるを見ていた智也は、素っ頓狂な返事をしてしまった。
ふと外を見ると、街は夕焼けの赤に染まろうとしていた・・・
「じゃ、オレはそろそろ帰るよ。洗濯物たまってるんだよ」
「せ、洗濯物?主婦みたいなこと言うね、三上クン」
「あぁ。あれ、言わなかったっけ?オレ、ほとんど一人暮らし状態なんだよ」
「へ〜、あっ、そういえばそんなこと言ってたね」
「あぁ。・・・音羽さんは帰らないの?」
「うん、私はもうちょっとここにいるよ」
なぜここに残るのかは分からなかったが、智也はあえて聞かなかった。
自分一人で考えたいことでもあるのだろう。あるいは・・・この席は例の交差点が見える。
「分かった。勘定、ここに置いとくから一緒に払っといて。じゃ、また明日」
「うん、また明日」
そう言うと智也は店を出た。先ほどまでの静寂とはうってかわり、街のざわめきが聞こえてくる。
一つ伸びをすると、智也は駅へと向かって歩き出した。
そして、一方喫茶店のかおるはというと・・・
「あれ、なんだろこれ?」
先ほどまで智也が座っていたところに、一つ袋に包まれた物が置かれていた。
かおるがそれを手にとると、なんだか見覚えのあるものが透けて見えた。
それは・・・少女漫画の表紙だった。
「えぇ!?三上クン・・・もしかして・・・」
そして、智也が恐れていた事が起こってしまった。
その頃・・・空いた電車内では、智也は夢の中にいた。なんとも哀れな話である・・・



家についた智也は、ある事に気がついた。
「な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な・・・・・・・・・・・・」
そこには、なければならない物がなかった。
「なんでないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
智也の頭の中がいつにもないスピードで回り始めた。グルグルと。
勉強の時もこれぐらいのスピードで頭が回ればいいのだが、本人に拒否症状が出てしまうので出来ないのだ。
今はそれは置いといて、智也は例の本を捜すことで頭が一杯だった。
「思い出せ、思い出せ・・・」
そうして智也は、今日一日の内容を振り返る事にした。
(信たちと合コン。いや、あのときはまだ買ってないな・・・だから違う。
帰りに本を買おうと思って買ったんだったな。買ってないってことはないはずだ。・・・一時間ぐらいかけたんだしな。
で、その後音羽さんと会ったんだったな。ちょっとあそこで話して・・・
その後確か誘われて・・・喫茶店に行ったんだったな。・・・あぁっ!!)
ようやく本のありかを思い出した智也は、これからどうしようかということを考え始めた。
しかし、時刻はすでに七時を回っているので、今から取りに行くのは少し気が引ける。
それに中身が中身なのだから、店員にばれていたら何かと気まずい。
(・・・もう一回買うしかないのか・・・)
智也は諦め、明日のために力を養うのだった。要するに・・・寝た。



そして翌日の朝。
「智ちゃん、どしたの?元気ないけど・・・」
「ホントですよ、智也さん。・・・なんだかやつれて見えるんですけど・・・」
二人の心配そうな声をよそに、智也は自分の世界に入り込んでしまっていた。
「どうしようか・・・やっぱりもう一回・・・でもそれもちょっとなぁ・・・」
ブツブツと独り言を言う智也。その様子を不思議そうに見つめる唯笑とみなも。
「今日の智ちゃん、なんかおかしいね」
「そうだね。何かあったのかな〜?」
「あれ〜、みなもちゃん?智ちゃんのことが心配ぃ?」
唯笑がそう言った途端、急にみなもの顔が茶でも沸かせそうな勢いで真っ赤になった。
「そ、そんなことないよぉ!!」
「あれ、顔真っ赤だよ?」
「も、もう唯笑ちゃん!?」
「あぁぁぁ、どうしようか・・・もしかして・・・」
唯笑とみなもが不毛な会話を繰り広げているあいだにも、智也はブツブツ独り言を呟いていた。
「やっぱり智ちゃん変だよね。いつもなら何かツッコミいれてくるのに」
「うん」
一時休戦して、智也の顔を二人して覗き込む。しかし、それでも智也が元に戻る様子はなかった。
「あぁぁぁ、どうしよ・・・」
こんな智也が元に戻ったのは翌日の話だ。・・・翌日まで当分この状態が続いた。



ガラッ。
教室のドアを開くと、いつもどおりの喧騒が智也と唯笑を迎えた。
「お〜い、智也ぁ!!」
(ギクッ)
いつものように朝っぱらからいつものテンションで智也の名を呼ぶ信。
しかし、それは今日の智也にとっては恐怖そのものでしかなかった。
(もしかして、信は知ってるんじゃないか?)
そう思ってしまうのだった。・・・なんとも哀れな男である。
「な、なんだ信?」
「昨日の合コン、みんな智也を気に入っててさぁ・・・オレとか西野と相川はアウト・オブ・眼中って感じだよ」
「へ?オレを?」
「へぇぇ〜・・・智ちゃん、人気あるんだね〜」
上目遣いで智也を下から覗き込む唯笑。その口調はなんだか拗ねてるような感じだった。
「だから、智也が来るならまた誘ってくれだってさ」
信は少し、『智也が来るなら』というところだけを強調していた。
この様子だと、きっと智也はもう一度誘われるだろう。もっとも智也は参加しないだろうが。
「おっはよ〜」
いきなり後ろからかおるが現れた。笑顔で三人に挨拶している。
(ギクッ!!)
信が声をかけてきたとき以上に驚く智也。無理も無い、もしかしたら彼女が彼の忘れ物を見つけてしまっているかもしれないのだ。
「あ、三上クン。ちょっと話があるんだけど、昼休み屋上に来てくれない?」
(ギクギクッ!!!)
「・・・え・・・なんで?」
恐る恐るかおるに問い掛ける智也。その様子はまるで怯える仔犬のようだ。
「ん〜、ここで言ってもいいのかな・・・」
(ギクギクギクッッ!!!!)
「分かった。昼休みに屋上だな」
智也は慌てて、かおるのその後を遮るように言葉を続けた。
(やばい・・・バレたのかも・・・)
智也はこれまで生きてきて体験した事のないような緊張感の中、昼休みまでの四時間を過ごした。
・・・珍しく彼は寝なかった。いや、寝れなかった・・・
だからといって授業に集中していたわけでもない。チラチラとお隣の様子を伺っていた。
やはり哀れな男である。



「小夜美さ〜ん。パンちょうだい」
智也は、すでに購買の顔になっていた小夜美からパンを購入した。
さすがに小夜美フィーバーもだいぶ過ぎ去ったらしく、購買に押し寄せる人の数はだいぶ減っていた。
それでもおばちゃんがやっていた頃よりは多いが。
この後、屋上へ行って恐怖の瞬間ともいえることを経験するだろう。そのことは智也にも分かりきっていた。
「おっ、智也クン。・・・なんか暗くない?四五〇円・・・だよね」
「・・・そんなことないよ。はい、五百円」
そう言う彼の言葉は、少し低く、誰が聞いても暗いと分かる声だった。
「・・・三十円のお釣りだね」
「・・・五十円だよ」
「あっ・・・ホントだ、ゴメンゴメン」
そして、小夜美のおっちょこちょいやお釣りの計算間違いが治ることはなかった。逆に悪化しているかもしれない。
「何があったか知らないけど、頑張れよ少年!!」
(・・・小夜美さんにはなんでもお見通しなのか・・・?)
そんな小夜美の応援を背中で聞きながら、智也は屋上へと向かった。
ギィィィ・・・・・・
智也が授業をサボって昼寝をするとき、いつも屋上を利用している。
だが、こんなに扉を重く感じた事は無かった。
もしかしたらこれから起こる出来事を、知らずに体は予測できているのだろうか。
扉の向こうには、金網の前にたたずむ一人の少女がいた。
その表情はなんだか寂しげで、その視線の先には地平線の彼方に海が広がっていた。
「そっちに何かあるのか?」
智也はパンを咥えながらかおるに問い掛けた。
「あ、三上クン。・・・うん、あの辺に私が住んでた街があるんだ」
「へ〜」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばしの沈黙。先に口を開いたのは、智也を呼び出した張本人のかおるだった。
「昨日・・・忘れ物したでしょ?」
(ドキッ!)
智也の『かおるが見つけたかもしれない』という予想は大当たりだった。当たっても全然嬉しくない大当たりだが。
「はい」
スッと差し出された智也の忘れ物。しかし、用事がこれだけならわざわざ屋上まで呼び出す必要はなかったはずだ。
「あ、ありがと」
そう言って差し出された本を智也が受け取ろうとした途端、その本を持った手がひかれ、かおるの元へと戻った。
「実は・・・この中身、知ってるんだよね・・・」
(ドキッ!!!!)
智也の心臓は、今、この瞬間破裂しそうなほど脈打っていた。
「まさか三上クンがね〜・・・」
またしても大当たりである。これこそ智也が心から当たってほしくないと願っていた大当たりであったが・・・
「じ、実は妹に頼まれたんだよ。オレに買わせるなんてヒドイよなぁ!?」
「三上クン、実質一人暮らしみたいな生活なんでしょ?昨日の帰り言ってたじゃない」
「え、え〜っと・・・そ、そうだ、唯笑に頼まれたんだ」
「今坂さんを使って逃げちゃダメ」
「あ、もしかして買い間違えちゃったのかなぁ〜?」
「そんなわけないでしょ。さっきから言ってること矛盾しまくってるじゃない」
智也が思いついた言い訳は、それぞれ一秒ももたずに崩れ去った。
「・・・まさか三上クンがこんなの読んでるとはね。みんなにバラしたらどうなるか」
「そ、それだけはご勘弁を!!」
智也は本気で焦っていた。それが他の人にバレたら、智也はきっと恥ずかしさで学校へ来れなくなるだろう。
しかし、かおるの口から出てきたのは、全くの予想外の言葉だった。
「大丈夫。言わないけど・・・条件が二つあるの」
「条件?」
「一つは、この本を読んでいる理由を話すこと」
「!?・・・なっ・・・」
この本を読み始めた理由を話すということは、必然的に彩花のことを話さなければならない。
そうすることは智也にとって苦痛だった。しかも、まだ出会って日がそんなに経たない少女が相手なのに・・・
「・・・どうする?」
少しの沈黙の後・・・智也は意を決した。不可抗力・・・とでも言うのであろうか。
その言葉で表すには、とてつもなく大きすぎることであるが。
智也はそのかわりに、努めて彩花の名前が出ないように話すことにした。
「・・・昔、隣に住んでた幼なじみの影響だよ」
「え、今坂さん?」
「いや・・・違う」
その声は・・・とても悲しみを帯びた声だった。本人は無意識だったが・・・
かおるは何も言わなかった。智也があえて過去形を使った意味が分かったのだろうか。
いや、かおるは『引っ越した』ぐらいにしか思っていないだろう。
もっとひどい別れ方をしたということを知っているのは、智也を除けば唯笑と・・・そしてごく少数の人間だ。
「・・・話したぞ。これでも十分理由だろ?」
「う、うん・・・」
それ以上、かおるが追求してくる事はなかった。それは智也にとって好都合だった。口を二度開くだけで済んだのだから。
「で、もう一つの条件ってのは?」
「え〜っとね、ちょっと私に付き合ってほしいの」
「・・・なんで?」
「理由は言えないけど・・・すぐ終わるかもしれないし、ちょっと長引くかもしれない」
「長引くって・・・どれくらい?」
「分からない。一日で済むかもしれないし、もっとかかる可能性もある」
これほど分かりにくい条件はない。智也には何がなんだか分からなかった。
「分かったよ。背に腹はかえられんからな・・・でも何すればいいんだ?」
「昨日行った喫茶店」
「へ?」
「昨日行った喫茶店で、これから毎日、放課後一緒にいてほしいの」
「・・・・・・立場が下のオレが言うのも変だけど・・・理由が分からないとそうするべきなのかどうかは分からない。もしかしたら、周りに変な勘違いされる可能性もあるし」
智也は何か言われると覚悟していたが、かおるは何も言わなかった。
まさに、今の智也とかおるは二本の平行線だ。
決して交わることのない、二本の平行線。
そして、共に境遇の似ている二本の平行線・・・
互いに交わることを拒否し、互いに少しでも曲がることさえも拒否する。直進しかすることができない直線。
しかし、まだ二人は知らないだけなのだ。お互いの心に深い傷があることを。
知ってもいないのに交わることは不可能であり、どちらかが一歩近づかなければ決して変わらない。
そこから先はまだ未知なる領域。そこへと一歩踏み出すことが肝心なのだ。
知らぬ事には始まらない。だからといって目を背けていてばかりじゃただ逃げているだけだ。
「・・・何があったんだ?」
そして、智也は・・・とうとう未知なる領域へと、一歩足を踏み入れた。
「え・・・?」
「当然、オレが聞くべきことじゃないかもしれないし、そっちが言いたくないことかもしれない」
「・・・・・・・・・」
かおるは何も話さない。しかし智也は気にせず、淡々と話を続けた。
「その・・・例の・・・『伸吾』さんと」
「!!!」
かおるの肩がビクッと震えた。
かおるの顔は表情は今にも崩れだしそうだ。言ってしまったことを、少し智也も後悔していた。
「そうだね・・・三上クンも話してくれたんだもんね」
「・・・え?」
「そっちのほうが立場が下は下だけど、せっかくこんな無理な条件に付き合わせるんだもんね。・・・話すよ」
そして、かおるは話し始めた。その過去を。そして、真実を。

その舞台は、1年前へと遡る・・・





<第三話「年上の彼と幼い私」へ続く>


あとがき
ナマステ〜♪daikiです。第二話「nothing to CROSS」はいかがでしたでしょうか?
次回は、流れで大体お分かりいただけるかと思いますが、かおるの昔話です。
でも変な話ですね・・・智也は二言しか話してないのに、かおるは大暴露・・・
まぁ・・・その辺りはご愛嬌ってことでご勘弁を。(笑)
書いてて思ったんですけど、やっぱり物書きって難しいですね。(何を今さら)
接続詞の使いかたが滅茶苦茶かもしれません・・・まだまだ勉強不足です。
これから先のストーリーも、ある程度の骨組みはできていても、肉付けはまったくできてないんですよ。
・・・妙にあとがきが長くなってしまいましたが、ここで失礼します。
第三話「年上の彼と幼い私」でお会いしましょう!!
次回はこれまでの三人称から、初めて一人称に挑みます!!
それでは、ごきげんよう。



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