雨が、降りそうだった。 空にはいつの間にか、どんよりとした黒い雲が浮かんでいた。 それはまるで、『太陽』という照明を落とすように。 雨の気配を察してか、通りの人々の数は少しずつ減っていた。 それはまるで、『人々』という幕を開くかのように。 近くの道路で何かが起こったようだ。車のクラクションが鳴り響いている。 それはまるで、『クラクション』という開始のブザーを鳴らすかのように。 そう、ここは喫茶店という名の控え室。 そこには、たった二人の役者。 二人は、すでに舞台に立っている一人の役者と共演するために。 目的は、それだけ。 筋書きなんてものはない。 運命とはそうゆうものなのだから。 筋書きのない演劇は、今、ゆっくりと始まろうとしていた。 |
Memories Off another stories ------------『I Never Forget Memories, and I will Meet Memories』------------ |
written by daiki |
智也とかおるは、昼休みの約束通り喫茶店へと来ていた。 あのときと変わらない室内扇。あのときと変わらないコーヒーの香り。 テレビには、天気予報のナレーターが天気予報をしていた。 今日の夜の天気は晴れらしい。・・・今は曇っているが。 すべての発端となったこの店。再びスタートを切るのもこの店。 あの時と同じように、智也はコーヒー、かおるは紅茶を注文した。 運ばれてきたコーヒーをすすりながら、智也は二つのことを考えていた。 一つ目は、伸吾がわざわざ澄空の本屋まで来た理由。 それならかおるの言ってたとおり、映画関係の本・・・それも、大きい書店でしか売っていないような本を購入するため。 あるいは、何かの用事で澄空に来ていて、本屋によっただけ。 前者ならば、もう一度この街へ訪れる可能性はある。しかし後者ならば、その可能性は低いだろう。 そしてもう一つが、智也がかおるに付き合わなければならない理由。 当然少女漫画の件も関係あるのだが、それだけであろうか? 「三上クン・・・」 喫茶店で一人窓を眺めていたらおかしく思われるかもしれないからか。 「三上ク〜ン?」 確かにかおるなら転校当時、野獣が集まったのも頷ける。ルックスはかなり上位の部類に入るはずだ。 「お〜い、三上ク〜ン?」 なので、変な男が寄ってくるのを防ぐための、虫除けのような役割か・・・ 「三上クン!!」 理由は何であろうが、彼女は智也を頼っているみたいだ。なので、こうなれば流れに身を任せ・・・ 「コラぁ!!三上クン!!返事は!?」 「は、はいぃぃ!?」 そんなことを考えていたので、智也は返事が遅れた上、さらに妙な返事になってしまった。 「もう・・・何考えてたの?」 「え、あ、はははは・・・まぁ、いろいろとね」 乾いた笑い。まさか「かおるは自分を虫除けにしようとしている」と思っていただなんて、言えるわけがない。 「ん〜・・・なんか怪しいなぁ。・・・まぁいっか」 智也は内心ホッとしながら、すっかり冷めたコーヒーを飲みきって、再び窓の外を眺めた。 外を見る――と言っても、智也は伸吾の顔を知らない。ボーッと景色を眺めているだけだ。 ときたまかおるの話に付き合うだけで、実際智也は外を見ているだけで、何もしていない。 「それで?彼は見つかりそうか?」 「見つかってたらもっと激しく呼んでるわよ。肩揺さぶったり・・・ビンタもするかも」 「え?・・・でも、見つけたら一人で行ってきたらいいんじゃないのか?オレ、ここで待ってるし」 「ダメ!!」 キッパリと断られてしまった。 「な、なんで?」 「理由は後でね」 「なっ・・・おいおい・・・」 「・・・稲穂クンに言ったらどうなるのかなぁ・・・何日で広まっちゃうだろ・・・」 「き、汚ねぇ!!」 「私のほうが立場上だって事、忘れないでね♪」 どうやら、これ以上つっこんだら智也の身は危ういだろう。 その後、智也はグゥの音も出せなかった。ある意味、それは智也の敗北を意味していた。 「降りそうだな・・・」 すでに空は雲によって覆い隠されていた。太陽の光は差し込まれず、青い空は断片さえも見えはしなかった。 雲、雲、そして雲。今にも降り出しそうだという智也の予想は正しかった。 窓を一滴の水の粒が濡らした。その水の粒は二滴、三滴と少しずつ数が増え・・・ 最終的には、数え切れないほどに喫茶店の窓を濡らした。 ――――見えない。 雨のカーテンが、街の様子を覆い隠すかのように、外の様子を伺うことは困難になった。 「今日はここまでだな・・・そろそろ帰ろうか?」 「ん〜、こんな状態で帰っても濡れるだけだし、マシになるまでもうちょっといない?」」 「・・・了解」 結局、智也の帰るという要望は却下されたわけで、もう少し今日はここにいることになった。 彼女の言うとおり、この状態で外に出たら、確実に濡れてしまう。 二人は傘を持っていない。朝の天気予報では降水確率0%だったし、さっきのテレビの天気予報も晴れだった。 そのまま風邪を引いてしまったら元も子もない。確かに、ここで雨がおさまることを待つほうがいいかもしれない。 「ん〜・・・雨が降ってくるとは思わなかったね」 「そうだな・・・」 二人は今、あの笑顔のお天気お姉さんを恨んでいた。 ほんの少しだけ見える窓の向こうには、いつの間にか人の量は減っていた。 傘を差している人はほとんどいない。やはり、皆天気予報を信じていたのだろう。 そのとき、同じく外を眺めていたかおるの瞳が、一点を見つめていた。 智也も彼女に倣い、かおるが見ているであろう点を見つめてみる。 そこには、一人の―――歳は二十歳前後であろう男性が立っているのがうっすらと見える。 「音羽さん?もしかして・・・あの人?」 「分からない・・・でも・・・似てる」 その男性は雨宿りしているらしく、今は閉まっている店の前に立っている。 その男性が濡れた髪を掻きあげた・・・そのとき。 かおるの肩が少し震えた。智也はその様子を見て確信した。あれが―――捜し求めていた、伸吾だと。 「あの人・・・だな?」 「う、うん・・・」 「よく気付いたな・・・顔なんてよく分からんぞ」 今、周りの人から見れば智也とかおるの様子はおかしく映っただろう。 二人とも顔を窓に密着させ、外を除いている。少しも恥じる様子もなく。 しかし、窓に顔を密着させていても、その伸吾らしき人物の顔までは見ることができない。 何故、彼女は彼に気付いたのか?ふとそんなことが智也の頭によぎる。 「あの髪を掻き揚げる仕草・・・彼と同じなの」 思ったより簡単に答えは見つかった。しかし・・・かおるは動じる様子を見せない。 「アレ、音羽さん・・・行かないの?」 「え、あ、行くよ!!行くけど・・・」 早くしないと彼――伸吾が行ってしまう。 しかし、運がいいことに彼は雨のせいで足止めを食っているようだった。 「ったく・・・」 (前はすぐに駆け出したくせに・・・) そう心でつぶやくと智也はかおるの手を取った。 「ちょ、ちょっと三上クン!?」 「・・・問答無用!!」 ザァーーーーー・・・・・・ 先ほどと変わらず、雨が降っている。 無数に降り注ぐ水の粒は着ている衣服にどんどん吸い込まれていく。 水を吸い込んだ服は重く、それはまるで智也に引かれているかおるの心のようだ。 智也は雨に濡れながらも、黙々とかおるを引きながら伸吾の元へ連れて行く。 同じくかおるも雨に濡れながらも、黙々と智也に引かれて行く。 伸吾と、智也とかおるの距離が少なくなっていく。 50メートルから、40メートル、20メートル・・・ そして、いつの間にか3人の距離は5メートルに。 今―――三人の役者が、揃おうとしていた。 「あの〜・・・」 0になった距離。智也はおずおずと伸吾に話し掛けた。 「はい?」 急に話し掛けられ、驚いた様子で智也に返答する伸吾。 そしてその顔が・・・少しずつ、青ざめていく。 「・・・かおる・・・?」 その声に反応し、かおるの体が震えた。 「かおる・・・だよな?」 智也・・・いや、男には目もくれずに、伸吾はかおるに詰め寄った。 「ちょっと待ってください」 それを制したのは智也だった。片手を挙げ、伸吾の行く手を遮る。 「・・・君は?」 伸吾は、少しいらついたように尋ねた。 「三上・・・智也です。音羽さんのクラスメートです」 「クラスメート?・・・関係無い人が口を出さないでくれないか?」 「そ、それは・・・」 智也は思わず言葉を失ってしまった。 「止めて、伸吾。彼は・・・私が連れて来たの」 そのとき、かおるがその重い口を開いた。 「え?」 「え〜っと、一応・・・そうゆうわけなんです、ゴメンナサイ」 なぜか、智也は謝っていた。 再びかおるは、沈黙したまま俯いてしまった。 沈黙がその場を支配する。 筋書きのない演劇は終わったわけではない。 幸か不幸か、そこにはただの一人も通行者の影はなかった。 太陽という名の照明は落ちたまま。再び明かりを取り戻す気配はない。 この場に響くのは、雨が大地を打つ音だけだった。 「音羽さんに、ある程度の事情は聞いています」 先にこの沈黙を破ったのは智也だった。 「そうか・・・」 伸吾は別段驚く様子もなく、ただ、そう答えた。 「音羽さんが言いたいことがあるそうですよ」 「え?」 さすがにこの言葉には驚いたようだ。 おそらく彼は――――かおるのことはすでに、諦めていたらしい。 「じゃ、オレはこれで!」 そう言って逃げるように智也はこの場を去ろうとした・・・が。 かおるに腕を掴まれ、動くことができなかった。 「・・・音羽さん?」 「・・・一緒にいて」 「え?」 今度は智也が驚く番だった。彼女が智也を巻き込んだ目的は・・・どうやら、これらしい。 そう言うと、彼女は智也の腕を掴んだまま顔を上げた。 その瞳は、まっすぐ伸吾の瞳を見つめている。 「私たちは・・・」 ザァァァァーーーー・・・・・・・・・・ 雨が急に強くなった。雨のせいで、智也はかおるがなんて言っているのか聞き取れなかった。 彼女はまっすぐに伸吾のほうを向いていたので、彼女の唇はどう動いていたか・・・死角なので見えなかった。 そして、伸吾の表情を見てみる。 どうやら、彼はかおるの言った言葉が聞こえたらしい。 その表情は―――――笑顔だった。 苦笑いでも、無理矢理作った笑顔でもない。心からの、笑顔。 そして、かおるの表情も笑顔だった。何が起こったのか智也には理解できなかった。 「さっ、三上クン行くよ!!」 「え、え、えぇ?」 急に明るくなったかおる。やはり智也には何がなんだか分からない。 「じゃね、伸吾♪」 「あぁ、またな」 そう言ってお互いに手を振るかおると伸吾。 ・・・その二人の挨拶は、普段友達に別れを告げるような爽やかな挨拶だった。 そるとかおるは身を翻し、急に雨の中へ走り出した。 智也も伸吾に一礼すると、彼女の後を追った。 伸吾は走り去っていく二人の後姿を眺めていた。 「ふぅ・・・」 伸吾は空を見上げた。空はまだ、曇っていた。 「お〜い、音羽さん!!待てよ!!」 かおるはまだ走りつづけていた。智也の制止も聞かずに。 地面を叩きつける雨。一向におさまる気配を見せない。 次の瞬間、かおるが急に立ち止まった。 危うくぶつかりそうになったが、なんとか智也も立ち止まった。 「ハァハァ・・・音羽さん?」 そこは公園の一角だった。いつの間にかこんなところまで来ていたらしい。 彼女のほうを見ると、肩が震えている。 彼女は智也に背を向けたままだ。彼女の顔がどんな表情をしているか・・・それは分からない。 「み、三上クン・・・」 突如、彼女が振り向いた。 その表情は・・・さっきの笑顔とは打って変わり、泣き顔だった。 目は真っ赤になり、瞳からは大粒の涙がボロボロと溢れていた・・・ 「うわぁぁぁぁん!!!!!」 「ちょ、お、音羽さん・・・?」 かおるはいきなり泣き叫びながら智也に抱きついてきた。 智也は慌てて、後ろに倒れそうになりながらもその華奢な体を受け止めた。 「伸吾・・・伸吾ぉぉぉ!!」 誰もいない公園内に、少女の悲痛な叫びが響き渡っていた。 |
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筋書きの無い演劇は、今・・・少女の涙によって幕を閉じた。 この結末は・・・グッドエンディングだったのか? それとも、バッドエンディングだったのか? 脚本なんてない。筋書きなんてない。監督も、脚本家もいない。 答えを知る者はいない。 いや、いるとすれば・・・役者自身。 全てを決定し、この演劇を演じた・・・役者のみなのだ。 |
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雨があがった。切れた雲の隙間から日光が差し込んでいる。 かおるは智也に抱きついたままだった。まだ少し嗚咽が聞こえる。 「・・・落ち着いた?」 急に抱きつかれて顔が少し紅潮していた智也だが、だいぶ落ち着いていた。 今の「落ち着いた?」は、自分自身に向けた言葉でもあったであろう。 智也の胸の中でかおるが頷いた。その言葉と共に、彼女は智也から離れた。 「ゴメンね・・・急に抱きついたりして・・・」 「え、あ、別にいいよ・・・それで、結論は出たの?」 「うん。一応・・・別れたってことになったのかな」 「・・・そっか」 「ありがとね、三上クン・・・私なりに、けじめはついた」 「いいよ。元はといえばオレが弱み握られたのが悪いんだし・・・ブツブツ」 最後のほうはよく聞き取ることができなかったが、明らかに「弱みを握られた」と言っている。 その言葉は、ちゃんとかおるの耳に入っていた。 「・・・今、なんて?」 「な、なんでもないっス!!」 口調がおかしかったが、かおるは別段気にする素振りもなかった。 「まぁいっか」 「でもよかったよ。音羽さんなりにけじめはついたんでしょ?」 智也は慌てて言葉を取り繕った。 だが、かおるに返事は無い。訝しげに智也の顔をじーっと見つめている。 「え、ど、どしたの?」 「今、なんて言った?」 「え、音羽さんなりにけじめはついたんでしょ?って・・・」 何か悪いこと言ったかな〜とか思いつつも、先ほどと同じ言葉を繰り返す。 「ねぇ、それ止めない?」 「それって・・・どれ?」 いかにもちんぷんかんぷんだという表情をしている智也。 それとは正反対に何か考えのあるような表情をしているかおる。 「今、音羽さんって呼んだよね?」 「え、あ、そうだけど・・・」 何も悪いことではない。まだ出会って数日しか経っていない。 こう呼ぶことのどこが悪いというのであろうか? 「私たちはお互いにお互いの秘密を知ってるんだよね?」 「あ、あぁ」 「ってことは同士だよね?」 「ま、まぁそうゆうことになるのかな?」 「ってことは・・・友達、ってことになるよね?」 「・・・はい?」 「そうなの!!」 かなり無理矢理な理屈だが、智也は反論できなかった。 「私ね、上の名前で呼ばれるのあんまり好きじゃないんだよね〜」 「だから、オレにどうしろと?」 そこまで聞いてある程度予測ができている。確認のために智也は尋ねた。 「だから、下の名前で呼んで」 「なっ!?」 予測できていたこととはいえ、面と向かって言われると驚きを隠すことはできなかった。 「簡単なことじゃない。『かおる』って呼んでくれればそれでいいだけの話しだし」 「簡単じゃねえっつ〜の!!」 大声で反論する智也。雨上がりのため、人っ子一人いないのがせめてもの救いか。 「バラしても・・・」 かおるは小声でそう呟いた。正直言って、ずるい。 「・・・だぁ〜!!分かったよ・・・」 智也はしぶしぶ了承した。 「これからもよろしくね!!三上クン!!」 「あ、あぁ。よろしく・・・か、か、かおる・・・」 「うん、それでよし!!」 智也はなんだか負けたような気持ちになった。 だが、ここで一つ、智也に妙案が浮かんだ。 「なぁ、なんでオレだけ下の名前で呼ばなきゃならないんだ?」 「!!」 一瞬かおるの顔が引きつった。どうやら、智也の言わんとしていることに気付いたらしい。 そんなかおるの様子に智也は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、こう言った。 「それじゃ、オレのことも下の名前で呼んでくれよ」 「しょうがないなぁ・・・分かった。負けたよ・・・智ちゃん」 一瞬の沈黙。今、彼女は何と言ったのであろう?「智ちゃん」と言ったはずだ。 そのことが導き出した結論は・・・ 「それは止めてくれぇ!!!唯笑だけで十分だ!!」 「それじゃ・・・智也君?」 「それも却下」 「うぅぅ・・・分かったよ。よろしくね。と、智也」 「あぁ、よろしく」 不思議とお互いに恥ずかしい気分ではなかった。 すっかり雲はなくなり、太陽が顔をのぞかせている。 雨が地面を叩きつける音ではなく、人々の喧騒が空間を包む。 あれほどいなかった人が、いつの間にか少しずつ公園の中に入り始めていた。 「さ、帰ろっか、みか・・・じゃなくて智也」 「・・・あぁ、そうだな」 |
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あの雨の中、彼女はこう言った。 『これからも・・・私たちは「友達」だよ』 まだ早すぎた。私たちは幼すぎたんだ。 お互いに成長しよう。一度、離れて。 一度失敗したって、何度でもやり直せる。 私たちは若い。私たちには未来がある。 何度でも歩き出そう。失敗しても、何度でも。 前も向いていれば・・・必ず、答えは見つかる。 もう一度、始めよう。 <第五話「女神様に祝杯を」へ続く> |
あとがき 今回は、何も言うまい。 強弱つけるのは難しい・・・ これでなんとかかおるストーリーは終了です。 さて、次は誰でしょう?もうすでに決定しております。 次からはまた苦労するんだろうな〜・・・ 感想くれると、狂喜乱舞です。 それでは、短いですがこれにて失礼します。 |
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