メモリーズオフ・REVERSE
ゲバチエル

登場人物

稲穂信:
本編の主人公 唯笑への想いを伝えようと決心する

三上智也:
信の親友。過去を乗り越えて再び彩花と付き合う事になる。

今坂唯笑:
智也と彩花との幼馴染。彩花と本音をぶつけあい、二人を祝福している

桧月彩花:
三年の時を経て復活する。智也と付き合うことになった一方で悩む信を心配している

伊吹みなも:
彩花の従姉妹にあたる。最近思いつめていた信が心配。

双海詩音:
父の都合で日本に帰ってきた。今ではすっかり心を開き打ち解け始めている。

音羽かおる:
合宿で出会った少女。密かに信に好意を寄せ始めているが、素直になれずにいる。

霧島小夜美:
おばちゃんがたおれたため、臨時で購買で働く。澄空卒で、信たちのことをなにかと面倒を見てくれる

飛世巴:
信達の同級生。智也達とは中学時代の友達。信とは親友のような間柄になる。

白河ほたる
巴の親友。巴と同じく智也達とは中学時代からの友達である。。

白河静流
面倒見のいいしっかりしたほたるの姉。小夜美とは親友の間柄。信の憧れの人でもある。

伊波健
友人の誘いで澄空の文化祭に訪れるが、信と智也に多大な被害を被ることになる・・・。

中森翔太
健と共に文化祭に来る。得体のしらないものの正体を語るが・・・。

第六章・告白

いよいよ、文化祭も後一日と迫っていた。
信達も例外もなく、忙しく準備に勤しんでいた。
クラスの面々は部活などで忙しいものが多く、準備を行なっているのはいつものメンバーとなっていた。
「智也!その机そこに置いてくれ!あー彩花ちゃん!それはあとでいいよ!」
実行委員ともなると気合も違うのか、信は着実と的確な指示をだしていた。
そこにいるメンバーの誰もが忙しそうに働いていた。
ついこの間まであまり元気な様子じゃなかった信だけに、みんなも安心しているようだった。
「おい、信。あれ、ちゃんと取って来ただろうな」
作業も佳境にはいろうかといったころ、智也が信に耳打をしてきていた。
「あれか?バッチリだ。ドッサリ取ってきたからな」
信は[あれ]に関して不敵な笑いを浮かべていた。
「ちょっと智也!信くん!こっち手伝ってよ!」
密談をしていた二人に彩花は働けといわんばかりに声をかける。
「はいはーい」
信は軽やかな足取りで彩花の元へと向かっていった。その後を智也も追う。
「稲穂さん元気になったみたいで良かったです!」
みなもがすっかり元気になった信をみて嬉しそうに笑顔をみせた
「先週なんて悩みっぱなしだったのにね、どういう風の吹き回しかしら」
「でも元気のない信さんなんて、らしくないじゃないですか?」
いつも元気がある信なだけに、彼が悩み元気がないと周りさえもテンションが落ちてしまう。
だが元気をを取り戻した信がいるとそれだけでみんなが元気になる・・・。
信の存在にはそういった不思議なものがあった。
「みんな!ごめんね!」
突然そういって小夜美が教室へ入ってきていた。
「小夜美さんじゃないですか。もう大分セッティングは出来てきましたよ」
信がそういうと小夜美は申し訳なさそうにみんなを見た
「パンを用意するのに思うより戸惑っちゃってね・・・。」
そういうと小夜美は明日出そうとするパンのサンプルらしき物を取り出していた。
「変なパンはなくて良かったぜ」
思わず智也がそう口にしてしまうが、智也の言うとおりうにパンやドリアンパンといったいびつなものは感じられない。
「1階の購買から、ここまで運ぶの手伝って欲しいんだけど・・・男手が必要だなぁ・・・」
そういって小夜美は信と智也に目線を送っている。
「俺に任せてください!ほら、いくぞ!智也」
「わあったよ。」
そう言って二人は走り去っていってしまった。
「ちょ、ちょっと!どれはこぶかわかってるの!?」
慌てて小夜美も後を追う。
こんな当たり前のような光景がついこの間まで見られなかったとは思えなかった。
「信くん以前にもまして・・・元気になったんじゃない?」
彩花がクスリと笑うと同意を求めるように言っていた。
「そうですね・・・でもあれくらいのほうが信さんらしいじゃないですか」
「また智ちゃんとなんかやりだしそうだょー」
「ま、いいんじゃない?それはその時って事で。あ、みなもちゃんが書いてきてくれた絵飾っちゃお!」
信の談義が始まりそうだったので無意識にかおるは会話を遮っていた。
しかし、そんな様子には微塵も気づかず絵を取り出し始めていた。
「みなもちゃん昔っから絵上手だよねぇ」
彩花が改めて感心するようにそう言った。しかし三年たって見た今の絵はさらに素晴らしい物に昇華していた。
「だって、彩ちゃん絵だけは苦手だもんねー」
唯笑がさらりといいのけてしまう。
「え!?彩花見かけによらず絵苦手なんだ。何でも出来そうな感じなんだけどなー」
かおるが以外という目で彩花を見る。
「もー唯笑ちゃん!余計な事いわないの!早くしないと智也たち来ちゃうでしょ!」
彩花のその一声にワレに帰ったように、絵を飾っていく。
絵の素晴らしさと、女性陣のレイアウトのよさで教室はみるみるうちに喫茶店と化していた。
「ふぅ・・・これであとは小夜美さんのパンを待つだけですね!」
みなもは初めての文化祭なだけに楽しそうな表情を見せている。
「誰かードア空けてくれー」
ドアの向こうから信の声が響いていた。とっさに近くにいた詩音がドアを空ける。
信は大量な量のパンを持ってきていた。何段にもつまれたプラスチックの籠が信の視界を遮ろうとするまでに。
「ふぅ・・・それ、あっち置いといて。」
続いて智也も同じくらいの量を持ち運んできていた。
「とりあえず、明日の分ね。明後日は在庫にもよるし・・・」
小夜美は現段階ではパンはこれだけだと言っていた。
「私の紅茶のほうも、準備は大丈夫です」
詩音がそう言うと、みなほっと安堵な表情になっていた。
来たる明日の文化祭の準備はひとまず終了したのだ。
「そういえば、小夜美さんもこっちで手伝ってくれるんでしたっけ?」
「なんだかみんなを見てたらこっちも乗り気になってきたわ!お姉さんがウエイトレスなら文句ないでしょ?」
人員が増えることに異議を言うものは誰もいなかった。
「よーし、それじゃ明日・明後日の文化祭頑張ろうぜ!」
「おーっ!」
信の掛け声と共に、喫茶サマーメモリーに声が響いていた。

「信、あれを売る場所決めたのか?」
喫茶店の準備も終わり、解散となった一同だが、信と智也はなにやら怪しげな計画を行なっていた。
「実行委員をあまく見るなって。場所はちゃんと確保できてる!」
「機械は俺んちにあるから大丈夫だな・・・あれも準備OKだな?」
「もちろんだ!」
そういって信は謎の黒い粉末?を智也に見せる。
「日曜日は喫茶店忙しいだろうからな、明日が勝負だ」
言いながら信はその黒い粉末をしまっていた。
「信、俺が言うのもなんだが・・・こんなの誰が食べるんだ?」
「さぁな、それは俺達のナンパテクニックってことで」
「誰がナンパだ」
智也は即答で否定していた。そんなことはお前だけで充分だと顔に書いてあるように。
「あははは。これで俺らもOKだ。帰ろうぜ」
「あ、オレ彩花待ってるから。先帰っててくれ」
「ふ〜〜ん?まっ邪魔者は消えるとするか」
「そ、そんなんじゃねえよ!」
「はいはい判ってますって」
そう言うと信はそそくさと家路へついていた。
正直智也が彩花を待つという行為が嬉しく思えていた。
否定する様子も照れ隠しのようなものだった。
これなら俺が心配する事も少ないだろう、と感じていた。
智也と彩花の事に考えが行くと同時に唯笑のことにも行き着いていた。
(今はもう整理はついてる。あとは俺が唯笑ちゃんに思いをぶつけるだけだ・・・)
文化祭やイロンナ思いに心をはせながら、信は眠りへと突いていた・・・。

その日信は夢を見ていた。夢にしては、妙にリアルさを覚えていた。
あれは彼が交通事故から救われてしばらくたった後。
ちゃんとしたお礼も言えずに、名前も聞けなかったままだった。
せめてもう一度会ってきっちり話をしたい・・・そう考えていた。
それは丁度・・・登波離橋までさしかかったとき時の事だ。
道行く人とすれ違う中、一人の女性から忘れもしないあの柑橘系の香りがしていた。
「・・・!?こ、これはまさか・・・あの時の・・・」
すかさず信はその女性を追いかけていた。しかし人の中に紛れてしまったのかその時信にその人を見つけることは出来なかった。
ポツ・・・ポツ・・・
ふと雨が静かに降り始めていたことに気づく。
「帰るか・・・」
しかしこの時信は思いもがけない光景を目にしてしまうことになる。
それは「あの」交差点でのことだ。思いがけない事故・・・。
信はただただ彼女を見ていることしか出来なかった・・・。
(俺は・・・あの時・・・あの人にしてもらったこともできずにただこうしていただけだったんだよな・・・)
開かれた白い傘・・・今思えばこの傘は信の雨をあがらせるために取り残されていたのかも知れない。
その日が来るまで、持ち主の代わりに預かってくれといわんばかりに・・・。
(でも今は違うんだ。あの人にしてもらったことをしてあげるんじゃない・・・俺にしかできないことをするんだ)
ただただ夢の中、雨に打たれながら信はそう思っていた。
そして、それができるのもやはりあの人があの日助けてくれたおかげなんだと改めて実感する。
目の前では智也が丁度走ってきていた。今思えば澄空で会ったのは白い傘が導いたのではないか。
今はそう思わずにはいられなかった。しかしこの日の夢をこういった形でみるのは初めてだった。
いや、あの事故の以前の事なんていままでは再生される事はなかったのだから。
罪悪感に縛られて、助けられなかった傷がそのままだったのだから・・・。
ふとそんな思いは夢か現実かわからぬうちに信は目が覚めてしまった。
「智也・・・彩花ちゃん・・・唯笑ちゃん・・・」
不意に名前を声に出してみる。自分の何かを確認するように。
「俺は・・・俺はあの時あなたに助けてもらえなかったら・・・こんな幸せ手に出来なかったんですよ」
未だに会えない憧れの女性。五年たった今でも想いはあせることなく強まる一方だった。
と、そのことを考えていると不意にあの日の事を思い出す。
静かに窓辺の月を見ながら、信はゆっくりと思い出していた・・・。あの事故の夢に誘われたように

あれは信がまだ中学校三年生の時。一般入試も終わり卒業も近づいたある日。あの事故に日にすれ違っていない憧れの女性には未だ会えずにいた。
未だあの事故がふっきれたわけではなかったが、とにかく何年も想って来たその人にお礼の一言をいいたかった。
いや、この時既にその気持ちは恋心に変わっていたのだが・・・。
事故を助けてもらった場所・・・登波離橋・・・に会えるんじゃないだろうかと信は毎日ここを通るようになっていた。
そしてこの日もいつもどおりあの人の会えないかと登波離橋を渡っていた。
「はぁぁ・・・名前ぐらい聞いておけばよかったよ・・・急いでたから仕方なかったとはいえ・・・」
言いかけて信は独特な香りに気づいた。
(この香りまさか・・・あの時の!?)
忘れもするはずも無いあの香り。その香りに導かれるように信は河川敷に歩き出していた。
そこにはまさしく信が求めている女性の姿があった。様子からするに泣いているようだった。
近くまで歩み寄ると、その女性は信に気づいたようにこちらを見ていた。
「あら、あなたは?」
「あの時の・・・あの時のお姉さんですよね!?」
信は確かめるようにそう言った。しかし向こうは忘れているのかわからなそうな顔をしていた。
「・・・?名前はなんていうの?」
「い、稲穂、稲穂信です!あの時は助けていただいてありがとうございました!」
そこまで言っても女性はなんのことか判らない顔を見せている
「え・・・?あの・・・ゴメンナサイ、私あなたのことが判らないわ」
「すいません。いきなり言われても困りますよね。大丈夫ですこれからわかります。思い出せますから!」
「え・・・?それはどういう・・?」
目の前の女性はここまでいってもわからない顔を見せる。しかし信は自分の思いをぶつけていた。
「俺、あなたに助けられてから考えてました。これからは俺があなたを助けていく、守ってみせるってそう!」
しかし目の前の女性は答えない。信は真剣に思いを熱弁しはじめていた。
「この出会いは運命ですよね。あの日からこうしてもう一度会えるなんて!あ・・その制服澄空ですか!?
 やっぱ運命ですね。俺澄空受けてうかったんですよ!がんばって勉強したかいがあったなぁ・・」
「でも私今年で卒業よ?」
「でも、あなたの後輩として澄空に入れるわけですよ!あの時のお姉さんと一緒の高校なんて」
「ゴメンナサイ、何度言われてもそんな覚えはないわ。誰かと間違えているんじゃない?」
「そんなはずないですよ!そういえばあの時名前も聞けませんでしたね・・・お名前教えてもらえます?」
「白河静流よ・・・静かに流れるでしずる」
「静流さん・・・かぁ・・・良い名前だなぁ・・・」
「名前も知らない相手にこんな事いうかしら?」
「あの時は急いでたみたいだったし名前も聞けなかったんです。でも絶対今度会ったらお礼と想いを伝えようって」
だがなおも静流はわからない表情をみせたままだった。
「あの時・・・?あの時って・・・?」
「やだなぁ、とぼけないでくださいよ。交通事故を助けるなんて出来る事じゃありませんよ!どんなに言われてもあの香りは忘れません」
「交通事故・・・?それにあの香り?」
「はい!その髪の香り、忘れませんよ!その香りこそあの時のお姉さんですよ!忘れられるはずも無いあの香り・・・」
「髪の・・・?」
なおも静流は表情を変えなかった。しかし信の勢いは止まらなかった。
「はい!間違いありません!だから、俺と付き合ってください!俺今度は静流さんを守って見せますから!」
「え、ええ!?」
目の前の静流はあまりにもの衝撃的な告白にどうしたらいいか判らなくなっていた。
信は三年越しの思いを思い切り言葉にしていた。
「あの日以来ずっと考えてたんです。こんどは俺が守ってみせるんだって。
 今度は俺が全てをかけてでも静流さんを守って見せますから!静流さんに助けてもらった命ですから」
「ちょっと待って。私助けた覚えなんて」
「本当に忘れちゃったんですか!?それでも俺はこうして覚えてます!本当に今こうしていきているのは静流さんのおかげなんです」
短い沈黙。しかし口を開いたのは静流のほうだった。
「忘れたんじゃなくてそんなことしたことないわよ?それっていつの話?」
「三年前の5月13日、日曜日です。忘れもしません!」
「その日はうちから出てないわ・・・。私、その日妹の大事なコンクールがあったんだけど、酷い熱で見にいけなかったの。
 今でも覚えてるわ・・・いってあげられなかった事すごい悲しかったもの」
「え・・・そんなはずは・・・!?」
「ほら・・・」
そう言って静流は手帳を見せた。三年前の事までのってるものを持ってるのはすごかったが信にはそんな事を考える余裕はなかった。
「5月13日 日曜日・・・ほたるの発表会・・・熱・・・」
声を出して読み上げた信は大きなショックを受けてしまっていた。
「そんな・・・」
「ごめんなさい・・・あの時のお姉さんじゃなくて」
「いえ俺のほうこそいきなりわけも判らない事言っちゃったし・・・。髪の香りだけじゃなくて・・・似てたもんだから・・・」
信は寂しそうにそう言った。確信をもってまでいた故に、絶望感とあまりに失礼な事をした罪悪感でいっぱいになっていた。
「それに私・・・命を助けるなんてことできないわ。見てることしか・・・出来ないと想う」
見てることしか出来ない・・・信はその言葉にあの雨の日の事を思い出していた。
辛く、遠くを見るような目をしていた信に静流は心配そうに声をかける。
「信君・・・?大丈夫?」
「え、ええ大丈夫です。でもそんな・・・そんな事無いと想うんですけど」
ふと自分がそんな顔だったとは知らず静流に向き直っていた。
「ううん。私なんかよりずっと妹のほうが強いもの・・・。人助けなんて勇気私には・・・」
「妹・・・妹さんがいるんですか?」
「ええ中学三年・・・信君と同い年。高校は浜咲だから信君とは違うわね」
「静流さんの妹さんなら絶対可愛い子でしょう?あそれとも綺麗ですか?」
「ほたるのほうがずっと・・・・私より素敵よ」
信は何も言い返せずにいた。なにより静流はそこまで自分に自信が無いのだろうか。
あの時の女性じゃないにしても、今の信にはとても魅力的な素敵な女性にしか見えなかったのだから。
「あ、信君はあまいもの好き?」
突然の質問に返答に困ってしまうが、キライというわけにもいかなかった。
「まぁ、わりと好きなほうですけど」
「それじゃあこのケーキあげるわ。食べかけだけどね。私なんかがつくったものでよければ・・・」
まただ。信は静流の私なんかがという言葉が不思議でしょうがなかった。それと同時にもったいないとも想っていた。
「あの・・・」
「え?」
「静流さんの話聞いて思うんですけど・・・あの・・・気になった事があるんです。」
「気になった事?」
「静流さんってそんなに自分に自信が無いんですか?」
信は思わずその疑問を口にしてしまう。
「私が・・・?」
「そうですよ。だってさっきから、私なんかよりとか言ってますよ?」
「そう・・・?」
「そうですよ。俺もったいないって思うんです。こんなに素敵なのに。何に自信をなくすか判らないくらいです。だからもっと自信を持ってください。
 あの時の人じゃないって判ってても、それでも静流さんは素敵なお姉さんにみえますから」
信は思わずこう言っていた。あって間もないうちに信はすでに静流の魅力に惹かれはじめていたのだから。
「ふふ。ありがとう。お世辞で言ってくれてても嬉しいわ」
(お世辞なんかじゃないですよ)
信は心でそう言っていた。既に一人の女性として見始めている信にとっては当然のことだろう。
「それじゃあこれ。美味しいか判らないけど」
「ほんとうにいいんですか!?やったあ!」
「口に合わなかったらゴメンネ」
「ケーキも自信持ってくださいよ!もっと自分に自信持ってくださいよ」
静流の全てに圧倒されていた信は、1つでも自信をなくす要因は判らなかった。むしろ静流のこういった魅力に憧れすら感じ始めている。
「会ってそんなにたってないのに、私のことよくしってるみたいよ?」
「え・・・あの・・・すいません。なんか止まらなくって。」
「ふふふ。いいのよ、信君のいってることあながち間違ってもないし」
信は静流の渡してくれた箱からケーキを取り出し口に入れていた。
強烈なブランデーの香りが口の中に広がっていた。しかしこの時の信には静流が作ったものをたべられるという幸せで頭が一杯だった。
「静流さん!このケーキ美味いですよ!」
これは絶品という顔をしている信に静流も満足そうな表情を見せていた。
「ありがとう。それじゃあ私もう行くね?妹や家族がまってるし。それじゃあ」
しかし信はこの短時間で形成された想いをここで伝えないわけにはいかなかった。
「あの!待ってください!!」
聞こえなかったのか静流はそのまま背中を向けている
「ほんの、ちょっとだけでいいですから!俺の話を聞いてください!!」
信の真剣な口調に気づいたのか、静流はこちらを振り向いていた。
「どう・・・したの?」
耐え切れなくなりそうな心臓の鼓動が聞こえる中信は勇気をふりしぼっていた。
「あの・・・俺でよかったら・・・・やっぱり・・・付き合ってもらえませんか!!?」
「でも私あの日のお姉さんじゃないって事判ってるでしょう?」
当然といえば当然の答えだった。しかしここで想いに引き下がるわけにはいかない。
「いいんです!俺この短い間ですけど、静流さんが素敵な方だってわかりましたから!静流さんこそ俺の理想の人なんだって。
 絶対不幸になんてしませんから。俺・・・静流さんの事・・・惚れました!好きです!」
信のあまりに衝撃的な告白。だが突然こんなことをいわれた静流はどうしたらいいかわからない。
「でも・・」
「恋人じゃなくても!友達からでもなんでもかまいません!静流さんを絶対に泣かせません」
「信君・・・気持ちは嬉しい。でも・・・ゴメンナサイ。私信君の事しらなすぎるもの」
静流の返事にしばらく言葉を返せずにいたが、ややあってようやく言葉を返した。
「・・・・・・。すいません、いきなりこんな事いっちゃって・・・。」
信は憧れのお姉さんじゃなかった事に続き振られたことでだいぶ寂しそうな表情をしていた。
「ううん、私のことは気にしなくて良いから・・・それじゃあさようなら」
そう言って静流は名前の如く静かに帰っていった。
その背中に信は大きな声で叫んでいた。
「俺!絶対に!いい男になって帰ってきますから!その時まで俺の事は忘れないで下さい!!」
夕日が川に映り綺麗なオレンジ色の川があたりを包んでいた。あたかも儚い恋のように・・・

「静流さん・・・。・・・!?そういえば静流さんの妹の名前・・・ほたるって言ってたよな・・・。白河・・・ほたる・・・運命ってこういうことかな・・・」
この間出会ったほたるの事を思い浮かべる。あの日から二年近くがたとうとしているが、そういえば面影は静流と似ていた。
「いい男になって帰ってくる・・・か。自分の気持ちも正直に貫けない奴がいい男なんてなれないよな・・・」
未だ静流への想いは消えたわけではない。が今は恋愛対象というよりも憧れの女性として神格化されている状態だった。
「ふぅ・・・。静流さんの次は詩音さんをあの人とだぶらせてるし・・・」
未だその女性とは出会えていなかった。考えるとその想いに焦がれるばかりだ。
その想いの強さゆえに静流や詩音にまでその面影を重ねてしまっていたのだろうが・・・。
「静流さん・・・。立派に恋ぐらいできるいい男にはなれたと思いますよ・・・」
智也達を守り、智也達を救い、そして唯笑に想いを寄せ・・・今日までの事がいろいろ蘇ってきていた。
「よし明日はいよいよ文化祭だ!俺はもう正直に生きるって決めたんだ」
そう決意すると、信は再び布団にもぐりこんでいた。辛い想い出も明日を生きる力にして・・・。
しかし何故この時急にあの事故の事、静流の事を思い出していたのだろうか。それはその日の信には判らないままだった。

澄空祭の当日。文化祭が大成功するが如く、心地良い日差しがあたりを包んでいた。
どのクラスもこの文化祭本番に賭けてきただけあってか、開催前からあちこちで喧騒が響いていた。
それは信達のクラスである、ここ2‐5も例外ではなかった。
「よーし喫茶店の準備は完璧だな!衣装もオッケーっと」
実行委員でもある信は、最終確認を念入りに行なっていた。
「足りないものもないなー!?」
全員がそう確信すると、澄空祭の幕は開けていた・・・。
初日から一般解放された澄空祭は、他校の文化祭よりも大きな賑わいで地元ではそこそこ有名なほうだった。
その賑わいに負けず、喫茶店サマーメモリーも大盛況を見せていた。
紅茶が絶品と噂が噂を呼んだのか、開店して数時間たったところで教室内はまんぱんとなっていた。
詩音の入れた紅茶、それは信達だけではなく来た客だれもを満足させる味だからである。
「すいませーん。お姉さん黒ワッサン1つ!」
「かしこまりましたー。黒ワッサンですね?小夜美さーん黒ワッサン1つお願いします!」
かおるは接客業が得意なのか、持ち前の明るさで声を張り上げている。
それに答えた小夜美はすかさず注文の品を持ってきていた。
「お待たせしました。こちらが黒ワッサンになります。ごゆっくりどうぞ〜」
黒ワッサン。なぜ黒と漢字なのか・・・お客はおろかそこにいる誰も追及はしなかった。確かに普通のクロワッサンと違って妙に色が黒いのだが・・・。
しかし得たいのしれないその物体も、食べてみるとなかなかいけるらしく喫茶店の名物の1つと化していた。
「いらっしゃいませー。何名さまですか?あ、はい三名様ですね〜それじゃこちらへどうぞ!」
みなもの長いツインテールを揺らしながら、ハキハキと誘導そしてオーダーとこなしていた。その可愛さにお客のうけもよかった。
「詩音ちゃん!えーとね。えーとミルクティーお願い!」
唯笑は不慣れな様子だが、それでも精一杯仕事をこなしていた。そんなガンバリを微笑ましく思うお客もいたくらいだ。
「はいはい。今坂さん。そんなに慌てなくても大丈夫ではないでしょうか?」
詩音は人が入ったというのに冷静だった。この場合唯笑が慌てすぎなのかもしれないが・・・。
時折フロアに自ら紅茶を出す事もあり、紅茶だけでもなく詩音自身も人気がでていた。
「はーい。あ、はいお会計ですね。しめて857円になりまーす」
会計には彩花が立っていた。彼女の笑顔は帰り行くお客にまた来たいと思わせる不思議な力があった。
いっぽうで・・・
「なぁ・・・智也。俺達なんか影薄くないか?」
「まあいいんじゃないか?こうして人気があるみたいだしさ」
信と智也はレジからウエイターからなにまでやっていたのだが、女性陣の人気に圧倒され今では皿洗いなどの仕事をしていた。
「まぁな・・・。彼女達の笑顔を見れるだけでも幸せって言うやつだな!くぅぅ!」
信はそう言いながら遠い所を見るような目をうかべている。
「おい、よだれ」
「なぁぁ!?」
「冗談だ。まったく何考えてたんだか」
「なにぃい!智也!」
完全な雑用を片付けながら、信と智也はいつものようにくだらないやり取りを繰り広げていた。
「智也!信君!客足が大分減ってきたから休憩入って良いよ。」
彩花が信と智也にそう告げる。二人はコレはチャンスだとばかりに感じていた。
「サンキュー!彩花ちゃん。じゃそれまでよろしく!」
そう言うと二人は疾風のごとく駆け抜けていった。

「智也!あれは大丈夫だな!?」
「あたりまえだ。朝のうちにセッティングしておいたんだ。氷は任せておけ」
智也は満足げに笑うと、さっそくかき氷を作り出していた。
「よーし、そこでこれ!稲穂信様が空き地でとってきたあの物体を粉末状にすりつぶしたこれ!」
そう言って怪しげな黒い粉末を取り出していた。
「よし、準備オッケーだ!」
二人は互いに見合わせうなずくと、大きな声で接客をはじめていた。
「おーいカキコー食べない!?」
カキコーと言う名の商品を必死に宣伝する二人。
だがその怪しさゆえに手を出そうとするものはいなかった。
「あれーおかしいな。この辺で待ち合わせのはずなのに・・・どこいったんだろう」
ふと、目の前になにやらぶつぶつ言っている少年を発見する。
確認するが早く、信は近寄ってたくみに勧めていた。
「よお!そこの少年!」
「あのー僕は・・・伊波健っていいますけど・・・少年じゃないですよ」
「おーっと失礼。伊波君。時にカキコーっていうものを食べてみたりしないか?」
その少年・・・健は聞きなれない言葉になんだろうと判らずにいたが、
後ろの智也がかき氷機を使っているのでかき氷の略語かなんかだろう、と思っていた。
「そ、そうですね。丁度つかれてたし、一杯もらえますか?」
「智也!カキコー一個!」
「お、おいまじか!?おし任せとけ」
ガリガリガリガリ・・・かき氷にしてはやけに多いほうの氷がカップに注がれていく。
そして、シロップだろうか・・・黒い謎の物体がそれにかけられていた。
「智也ー信君ー。ああ!ちょっとなにやってんのよ!!」
ふと廊下の窓から彩花の顔が覗いていた。とそこでいかにも怪しげなものを出している二人を目撃してしまうのだった。
「二人とも!そこで待ってて!!」
「やっば!!彩花ちゃん!?見つかっちまった。智也逃げるぞ」
「あ、ああ判った」
「伊波君だっけ?はいこれ、カキコー。」
「ありがとうございます」
そう言ってカキコーなる物を渡すと二人は一目散に逃げ出してしまった。
「・・・?いったいなんだったんだろう」
健が途方にくれていると彩花が息をきらしてこちらへきていた。
「はぁはぁ・・。まったく逃げ足は速いんだから。君なにかされなかった?」
「ええ・・・特にはかき氷もらったくらいです」
「そうならいいけど・・・それじゃ私二人追っかけてくるから!」
そう言って彩花も二人を探しにいってしまった。
なにがなんだか健は判らないままだったが、喉が渇いていたためカキコーに手をつけていた。
1口か2口入れたところだろうか。健は待っていた友人に声をかけられる。
「悪いな健。ちょっと遅れちまって」
「ん、気にしなくていいよ翔太。・・・んぐ!?」
その黒い粉末を口にしたとき健はこの世のものとも思えないものにあたっていた。
「どうした?健」
「こ、これ・・・なんかすごい味がしたんだけど・・・」
「なんだ普通のカキ氷じゃないか。んこの黒いのは・・・まさか!?」
「翔太それをしってるの?」
「知ってるさ。それはかき氷じゃない。カキコオロギだ。かき氷に、粉末状にしたその名のとおりの物をふりかける。
 とまあ行程は簡単だが・・・まさか作る奴はいたとはな・・・」
しかし翔太が語る間にも健は弱っていた。
「コオロギ・・・う・・・翔太ちょっとトイレに・・・」
最初にして最後のカキコーことカキコオロギの被害者となった健は、信と智也の顔を二度と忘れまいと思っていた・・・。

初日の澄空祭も終了を迎え、先ほどまでの喧騒はウソだったかのような鎮まりをみせていた。
「ふぅ・・・お疲れ様!」
それぞれ作業着から私服に着替え、緊張の糸が解けたかリラックスをしている。
「残念だったな智也。カキコー一人にしか食ってもらえなくて」
「ちょっと信君!?いかにも怪しそうな名前なんだけど・・・」
かおるは信にそう指摘した。しかし信は別のところに違和感を感じていた
「あれかおる・・・?俺の事呼び捨てにするっていってなかったっけ?」
「え?あ・・・・あはは。」
そういうとかおるはほのかに顔を赤らめ笑っている一方だった。
「変なの・・・」
信にはそれがどういうことか判らずただ首を傾げるだけだ。
「信ってやっぱり鈍いわね・・・」
かおるがぼそりとつぶやくと、周りで聞いていた智也を含めたメンバーは笑っていた。
「え?ちょっとどうしたのみんな!おい智也もなんかいってやれ!」
「いやいや、やっぱりお前は正真正銘の馬鹿ってことだ」
「なにをーーー!お前に言われる筋合いはないわ!」
二人はれいのごとくくだらないことを言い争っている。そんな様子に周りもさらに笑うばかりだった
「そうやってむきになるところが馬鹿っておもわれるんだよー信君」
「なぁ!唯笑ちゃんまで・・・」
初日の務めを終えたサマーメモリーには大きな笑いが巻き起こっていた。
「それじゃ、各自明日に備えて解散!」
信の一声で、それぞれ自分の準備をはじめている。
こうして初日は無事幕を下ろすのだった。
その日の夜、信は澄空祭の事を思い浮かべながら昨夜と同じように考え事をしていた。
最近暗いところで一人でいると、意味も無く昔を考えたりしてしまうのだ。
「悩みはふっきれた・・・てもな。結局俺が告白・・・想いを伝えなきゃ逃げてるのと変わらないんだよな」
悩み続け、周りにアドバイスをもらいながらになんとか自分の想いを確立する事は出来ていた。
しかし今の信は、未だそれを行動に移してはいなかったのだ。
想いを伝えなきゃ・・・そう想っていると静流との登波離橋での事を思い出してしまう。
ほとんど感情だけで動いていたあの日。思い出すだけで苦くそして不思議な感覚に陥る。
「でもあの日言ったんだ。いい男になってくるって・・・。行動もできずにうじうじしてたら、何も変わらない・・・」
何故昨日になって静流との事を思い出したのか、信にはなんとなくわかった気がしてきていた。
あの日のように素直な気持ちで・・・と無意識のうちに自分で言い聞かせているのだと。
そして今の恋があるのもあの日の事があるから、そんな気がしてならなかったのだ。
「ふぅ・・・後夜祭の時・・・俺の気持ちをしっかりと伝えなきゃ・・・」
ふとそんな事を密かに決意しながらも、静かに朝は明けていたのだった。

いよいよ澄空祭の二日目・・・もとい最終日がやってきていた。
夏顔負けの日差しが昨日と同じように降りそそいでいる。
最終日という事もあり、どのクラスもさらに盛り上がりを見せているようで昨日までとは雰囲気も違っていた。
ここ、2−5であるサマーメモリーもその中のひとつだった。
昨日の大盛況でパンなどの在庫もみるみるなくなってしまい、新しく用意しなくてはならないほどだった。
「よっし、それじゃあ今日で最後だ。気合入れていこうぜ!」
「おー!」
熱意に満ちた若者の声がこだましていた。そして二日目の幕はあけていた・・・。
「いらっしゃいませー喫茶サマーメモリーへようこそ!あ、四名様ですね?四名様ご案内!」
あいも変わらずみなもが元気に接客をこなしている。
昨日の大盛況から噂が噂を呼んだのか、開始早々から結構な人の入りを見せていた。
「毎度〜!お会計しめて850円です!ありがとうございましたー」
時折レジから信の声が響いていた。人のあまりもの入りに、信も裏での仕事が比較的楽になった時は、
全てを智也に任せて他の所の手伝いをしていた。
「おねーさん!ミルクティー1つお願い!」
「はい。ミルクティーですねー。詩音ちゃんミルクティー!」
一日仕事して大分慣れたのか、唯笑も大分落ち着いた感じをみせていた。
「今坂さん昨日より大分落ち着いてらっしゃいますね」
そんな様子の唯笑を見て詩音がふふっと微笑んでそう言った。
「うん。詩音ちゃんの紅茶も美味しいし、それに負けないくらい唯笑も仕事しなくっちゃね」
そう言ってミルクティーをトレイにのせると、唯笑はなれたように運んでいっていた。
「かおるちゃん!こっちちょっと手伝って頂戴!」
「わかりました!小夜美さんちょっとまってて」
小夜美とかおるも、休む暇もなく働いている。
「・・・なんで俺は」
智也は信がほとんど別の場所に手伝いにかりだされてしまうため、一人虚しく雑用と向き合っていた。
時間も忘れて働いていると、次第に混雑もなくなり店内も大分空いてきていた。
ふと時計を見ると昼を大きく過ぎて午後2時をさしていた。
「いらっしゃいませー・・・あ!」
信の提案で、女性陣に先に優先的に休憩してもらおうということで今はみなもの代わりを務めていた。
信がその出番の時に彼女らと会えたのはこうしたかいがあったというものだ。
「はおっライシン。」
「はおっ。ととやっぱり来てくれたんだな」
「当たり前じゃない。芝居のほう思ったより後片付けが大変でねちょっと遅れちゃったんだけど」
巴はそう言ってすまなそうな顔を信に見せる。来てくれただけで嬉しかったので信に責める要因はみあたらなかった。
「あはは。いいって。それより、たるたるは?一緒に来るんじゃなかったっけ?」
「ほわちゃんなら・・・ほらあそこあそこ。ほーわちゃーん!こっちこっち」
巴が呼ぶほうにはほたるの姿が見えた。その後ろにはもう一人の女性の姿もあったが、信はその姿に驚いていた。
「はおっ信君。ごめんなさい!ちょっと色々あって・・・」
しかしこの時の信はその後ろの姿に頭がいっぱいでほたるの言葉などろくにきいてはいなかった。
「し、静流さん!?お久し振りです!覚えてますか!?登波離橋の下で・・・稲穂信です!」
思わず興奮して信は言葉を発していた。が静流も似たような事を思っていたらしく微笑みながら返答する。
「信君・・・ほんと久し振りね。まさか本当にこうして会えるなんてね。偶然ってすごいわ」
「これはやっぱり運命ですよ!」
二人の会話を見てたほたると巴は不思議そうに見ていたが、ほたるが口を開いていた
「え、信君お姉ちゃんと知り合いだったの!?」
「え、ええ」
この場で事情を言うわけにもいかず、静流は困ったようにうなずいた。
「あそれじゃ三人ともこっち。うちの紅茶うまいからさ」
「ほんとー?ほたる楽しみだなーー」
信は3人を店内へと案内していた。突然の再会に少し戸惑いながら・・・。
「それじゃ、ごゆっくりどうぞー」
「稲穂さん。休憩終わりましたよー」
信が3人を席まで案内させたところでみなもが帰ってきていた。
「あ、稲穂さんの知り合いですか?」
みなもが様子を見ていたのか信に尋ねていた
「それじゃあ休憩行ってきたらどうですか?あと行ってないの稲穂さんだけですから」
「ありがとう。それじゃ俺休憩入るよ」
そう言って信が着替えを済ませると、静流たちの机に合流していた。
「あら信君、早いわね」
ものの三分ともいわない速度でこちらへ戻ってきた信を静流だけでなくほたると巴も早いと思っていた。
「いやぁ〜そんな事無いですよ」
「ねー信くん、お勧めってないのー?」
ほたるが興味津々と言った感じでメニューをみながらそう言った。
「えーと・・・そこの黒ワッサンってのとあとサンドイッチセット、ダージリンティーとミルクティーとかもお勧めかな」
「黒ワッサン?ライシンなんで黒が漢字なの?」
巴の質問はもっともだったが、それは信にすらわからない議題だった。
「俺も実は判らないんだよね・・・。とっても美味いって評判だけど」
「ふ〜んじゃ私それ頼もうかな?あとミルクティーで」
「ほたるもととちゃんと同じで良いよ」
「それじゃ私はダージリンティーでいいわ」
4人は注文を終えると、さっそく話で盛り上がっていた。
「でも静流さんがたるたるのお姉さんだったなんてびっくりしましたよ」
「ふふそうね。なんて世の中狭いのかしらね」
信は静流に色々な事を喋っていた。冷めやらぬ興奮のせいでいつもより熱くなっていた。
「黒ワッサンとサンドイッチをお待ちのお客様ー・・・あれ?」
そう言って小夜美はこちらへ品を持ってくると少し驚いたような表情を見せていた。
「静流!それにほたるちゃん・・・ととちゃんまで。」
驚きながらもパンをそれぞれの前に置いていく。
「小夜美でしょ?黒ワッサンなんてよく判らないもの作ったの」
「あら、よく判らないとは失礼ね。美味しいって結構評判なのよ?中身は企業秘密だけど」
「小夜美の事だからそう言うと思ったわ・・・」
「あれ?静流さんと小夜美さんも知り合い・・・?」
信が一人わからなそうにそう尋ねた
「静流とあたしは、中学時代からの親友よ」
ますます世の中狭いな、と信は痛感していた。
「あそれじゃ仕事あるからそろそろ戻らなきゃ」
そう言って小夜美は他のテーブルへオーダーをとりにいっていた。
「信くん小夜美さんとも知り合いなんだ。ほたるお姉ちゃんと知り合いなだけでびっくりだったのに」
「ほんと。世の中ってどうしてこう狭いんだろう」
智也と彩花に唯笑、それに静流・・・今まで出会った人々を考えるとなんとも不思議な物だった。
そして今抱えているもの。唯笑に出会い恋心を抱いてしまった事・・・あまりもの世界の狭さと自分に嫌気もさしてきそうだった。
「ちょっとライシン。どうしたのよ、考え事ーみたいにしちゃってさ」
巴が普段が普段なだけに、信のそんな様子を心配している。
「いやちょっと悩みってかさ・・・」
「恋の悩み?」
意外な所でほたるが確信をついた一言をはいた。唯笑のことを考え始めていただけに、動揺を隠す事は出来なかった。
「えええ!?たるたるどうしてわかったの!?」
「だってぇー顔に出てたよ?」
ほたるがクスリと笑うと顎に手をおき何かを考え始めていた。
「信君、私達でよければ相談に乗るわよ?」
「え、でも・・・静流さん・・・」
「そうだよライシン。出来ることならするから。一人でそうしてるのが一番良くないんだよ」
巴にそう言われるてみると確かにその通りだった。信はここまで自分の気持ちを整理してきたまでを3人に打ち明けていた。
「そう・・・それでまだ想いを伝えられないのね・・・」
信の話を聞いて、三人ともどうしたものかと考えてしまっている。
「俺が・・・見てるだけじゃなかったら多分普通に想いを打ち明けても傷つかないと思うんだ・・・」
「うーんほたるはそうじゃないと思うなぁ。だってそれは信くんのせいじゃないでしょ?
 それに、事故が無かったとしても3人は幼馴染なんだから・・・」
「そうだよなぁ・・・はあぁ」
「信君。まだ悩んでるの?」
ふと気づくと、そこには作業着ではなく制服の彩花の姿があった。
「あれ?彩花ちゃん今は?」
「落ち着いてきたからローテンションで休憩入ってるところ。信君は働き詰めだったからまだ大丈夫だよ?」
彩花のこの配慮に信は素直に感謝していた。彩花の優しさには助けられっぱなしだ。
「ああ、サンキュ。」
「私も一緒にいい?」
「もちろん。じゃあ彩ちゃんはほたるの隣ね?」
そういってほたるは自分の隣の荷物を足元に置き、スペースを作った。
「ありがと、ほたるちゃん。あ、静流さん三年ぶりですね」
「・・・そうね・・・。」
彩花が静流に挨拶をすると静流はどこか寂しげな表情を浮かべていた。
「あ、悲しいとかそういうの全然ないですから。今はこうしてピンピンしてますから」
「ふふふ、そうね。彩花ちゃんの事ほたるから聞いたわよ。この子あの事故の後すっごくうちで泣いてたわ・・・」
「お、お姉ちゃん・・・言わなくってもいいじゃない」
信は罪悪感から解放されたとはいえ、やはり胸が少し痛んでいた。
「信君がそんな顔しないでってば。それで、信君はどうしたいの?」
不意に彩花が本題に戻して改めて信に尋ねていた。
「どうしたいって・・・自分の想いをはっきりぶつけてけじめをつける・・・かな?」
「なら決まってるじゃない。ライシンの気持ちぶつけてみるのみよ。恋愛なんて答えとかないんだからさ」
「でもさ・・・どうしたらいいんだろうな。なんか自分の気持ちがよく判らなくってさ・・・
 どう切り出したらいいかとか・・・そんなの全然判らないだよ。」
「信君、あの時みたいにもっと自分の気持ちを正直にぶつけてみたらどうかしら?今の信君、素直じゃないわ」
突然あの時と静流に言われ驚いたが、彩花にも言われたことを言われ改めて実感していた。
「ほたるだったら、好きなら好き!それだけだと思うな。でもまだ恋とかしたことないから判らないなぁ」
「だから言ってるじゃない?信君は遠慮とかしすぎなんだって。そりゃ信君の気持ちも判るけど・・・」
「同じ後悔するなら、行動してからのほうがいいでしょ?」
彩花と巴にそう言われ、改めて断片になっていた決意が少しづつ形になりかけている・・・そんな気持ちの変化に信も気づいていた。
「そうだな。結局逃げたいだけだったのかもしれない。自分自身傷つく事から。」
「そうね・・・でも結局行き着くところは1つよ。そうでしょう?」
静流が信の持っている答えを明確にするかのようにそう尋ねた。
「はい。最終的にやっぱり好きなんだって。だから俺もあの日のように気持ちのままをぶつけたいって改めて思いました」
昨夜までの悩みや決意・・・それが全てこの瞬間の信の表情には乗り越えたという事を物語っていた。
「大丈夫!唯笑ちゃんなら信君の気持ち判ってくれる。絶対悪いほうになんていかないから」
「ほたるも応援してるよ!」
「ライシン頑張ってね」
みんなの励ましに信はさらに決意が固まっていくような感覚になっていた。
「信君・・・成長したわね・・・判るわ。あの時よりずっといい顔してるもの」
静流にそう言われて、信は少し照れたように頬をかいた。
「そう言ってもらえると嬉しいです。あの時からずっといい男になろうって思ってたんですから」
信が静流にお礼とともにそう言っていた。
「もうー。でも信君これでやっと答えがしっかり見つかったね」
彩花が微笑みながら軽くVサインを作ってみせる。
「ああ、みんなのおかげだよ。ありがとう」
「お礼は終わってからよ、ライシン」
「あははは、ととの言うとおりだ」
信はすっかり悩みから解放された感じに笑顔を振り撒いていた。
そして五人はすっかり話しに夢中になっていくのだった・・・・。
「あ、俺さすがに休憩しすぎたかも。そろそろ戻るよ」
「うん、信君も頑張ってね」
信は立ち上がり一礼をすると仕事場へと戻っていっていた・・・。

しばらくすると静流たちの面々も「後夜祭には来るからその時また会おう」と言って、他の場所へと移動していた。
さすがに午後3時も過ぎると人の入りもまばらで、後片付けなどが比較的メインになっている。
手伝う事も無くなった信は、智也と二人であらゆる雑用をこなしていった。
そうこうしているうちに、時刻はもう午後6時を周り、既に一般公開の時間だ。
信は、最後のお客が会計を済ませて帰るのを見届けると、閉店の札を立てていた
「ふーーやっと終わったね」
閉店の札を立て終わるのを見届けるとかおるは伸びをしながら安堵の表情を浮かべていた。
「そうですね。売上もなかなかみたいだったし」
みなもも上機嫌と言った感じの表情を浮かべている。
「みんなこの後の後夜祭出るだろ?さっさと片付けようぜ。俺と智也で大分やっといたけど」
信の言ったとおり、ほとんどの荷物などは片付けが済んでいて、まだのものも整理されていた。
終わってない所と言えば、机や椅子、絵などフロアのほうぐらいなものだ。
「智也もやるときはやるじゃない。」
彩花が茶化すように智也をつつく。
「うるせーな。俺だってやるときはやるんだ。ほらみんな、後夜祭遅れるぞ」
珍しくテキパキした智也を見て、みな負けじと荷物を片付けていく。
もともとほとんど片付いていただけあって、あっというまにいつもの教室へと戻っていた。
「やっと終わりましたね。そう言えば信さん?後夜祭って何をやるんでしょうか」
「みんなでキャンプファイアーの周りで踊るんじゃなかったかな?炎を囲みながら踊ったり一日を語り合ったり!実に有意義な時なのだ!」
信が高らかに宣言していた。どうしてここまで自信満々なのかよくわからないが・・・
「私も出て大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ。小夜美さん年の割りかなり若いから」
「三上君!それどういう意味よ!!」
小夜美が智也に掴みかかろうとした時かおるがフォローにまわっていた。
「小夜美さんの若さが素敵って事ですよ。それはここにいるみんなが思ってます」
「そ、そう?なんだ三上君も結構良いこというのね」
すっかりのせられた小夜美も上機嫌になっていた。
収拾つかない状況を見かねて信は先ほどとは違った様子で高らかに宣言していた。
「それではー!一本締めで終わりにさせていただきたいと思います!」
「一本締め・・・ですか?」
「稲穂さん!教えて下さい」
詩音とみなもは一本締めが判らなかったようなので信に質問していた。
「一本締めってのは、俺が掛け声をかけるから、それに合わせて一回だけ手をたたくんだ。タイミング1回だけだからな!みんな集中!」
信のその言葉に、一本締めをしたことのない詩音とみなもは両手に異様な神経を集中させている。
「よーーし。いくぞー!ヨーーーーー」
パンッ
絶妙なタイミングで一本締めは無事終了を迎えた。
「喫茶サマーメモリーおつかれさまでしたー!」
信の大きな声にみな復唱するかのように同じ言葉を続けた。
こうして喫茶サマーメモリーはその短い勤務を終えていた。窓から入る秋の風を感じながら・・・。

「あ、ライシン!やっと来たわね。待ちくたびれたわよ」
巴が信を見つけると大きく手を振ってこちらへ駆け寄ってきていた。
「悪いな、後片付けとかしなくちゃならなくってさ」
「信君のところ結構繁盛したんでしょ?」
「大繁盛で大変だったよ。まぁそれなりに楽しかったんだけど」
信は自慢げに腕を組みながらそう言った。やりきった達成感が顔にしっかりと表れている。
「あら?他のみんなはどうしたのかしら」
「ああ、なんか他にも知り合いが来てるみたいで。何人かはこっち来るって思うんですけど」
「そうなの。でも大丈夫かしら?私とほたるは部外者なのにここにいても」
「大丈夫ですよ。もともとうちの学校開放的ですし」
そう言って信は心配無用といった表情を作ってみせる。
「ごめん・・・ほたる今日は帰るね」
ほたるが突然申し訳なさそうにそう告げた。丁度中央の炎が上がった頃だった。
様子を察した静流と巴はやや寂しそうな顔をしていたが事情は判っていたらしい。
「え、たるたるどっか調子でも悪いのか?」
「ううん・・・そうじゃないの。ほたる、火苦手だから・・・」
どうやら目の前で大きな炎がゆらゆらと揺れるのが堪えるようであった。きっと過去になにかあったな、と信は思っていた。
「そうね・・・それじゃあ私もほたると一緒に帰るわ。小夜美に会ったらよろしく伝えといて」
「判りました。それじゃあ気をつけて!」
信はほたるが未だ申し訳なさそうにしているので、大げさなぐらい明るく務めていた
「うん・・・ごめんね、ととちゃん・・・信君。ほたるこんな大きな火があると思わなかったから」
「ううん気にしないで。それより気をつけてね」
「そうだぜたるたる。俺達がちゃんとこのこと説明しとけば良かったな。それじゃあたるたると静流さん、気をつけて」
そう言って二人は帰っていく静流とほたるの背中を見送っていた。
目の前では炎は更に勢いを増して、雰囲気をより一層盛り上げているかのようだった。
気づけば音楽が流れはじめ、恒例のフォークダンスが始まっている所だった。
「おー始まってる始まってる。とと、俺達も踊ろう」
「それってナンパ?」
巴は意地悪そうに笑いながらそう言った。
「なんでそうなるかなぁ」
「ふふ、冗談よ。それより曲終わっちゃうよ」
信と巴は、炎の周りを音楽に合わせて踊っていた。炎のなかこうしていると何もかも忘れていられる・・・そんな感じまでしていた。
「おー智也の奴も彩花ちゃんと一緒に楽しそうだな!」
ふと目をやると、智也も彩花と共に踊っていた。智也の心からの笑顔・・・それを見ているだけで信も嬉しさがこみ上げてくる。
「トミーもあーちゃんも中学の時と同じだなぁ」
巴がかつての同級生の二人を羨ましく思いながらにそう言った。
「あれ?でもゆーちゃんは?」
巴が言うのももっともだった。智也に彩花に唯笑・・・この3人は仲のいい幼馴染だ。三人で踊ってないのに違和感を感じるものがいても不思議じゃない。
二人があたりを見回すと、そこにはポツンと一人でいる唯笑の姿が見えていた。
「智ちゃーん!彩ちゃーん。もっとちゃんと踊ってよー」
しかしそんな事を言いながらもどこか表情は寂しさを帯びていた。
「ゆーちゃん・・・。やっぱりまだトミーの事・・・」
巴もどこか切なそうに唯笑の方向を見ていた。その横顔を見ていると信まで切なくなりそうだった。
「唯笑ちゃん・・・。ごめんとと、俺唯笑ちゃんのところ行ってくる。ここで気持ちにもケリをつけなくちゃいけないし」
「ううん。ゆーちゃんすごく寂しそうな顔してる。だから行ってあげて。」
巴のその気持ちに感謝しながら、信は駆け出していた・・・。
「唯笑ちゃん」
「あ、信君。えへへ・・・どうしたの?」
こうは言っているがいつもの唯笑の笑顔は感じられなかった。
「俺とで良かったら一緒に踊らない?」
「えーでも唯笑なんか・・・」
「もしかして唯笑ちゃん、俺の事嫌いだったとか?」
「ほえ?そんなことないよぉ。うん、一緒に踊ろうか」
信は唯笑を連れて踊り始めていた。しかし唯笑の視線はとある一点に向いているばかりだった。
その方向―智也と彩花が踊っている場所―をちらちら見ながら唯笑は静かに涙を浮かべている。
「智ちゃん・・・彩ちゃん・・・。二人の事大好きだし認めてるはずなのに・・・中学校の時はずっと羨ましいって思って辛かったけど、
 今は彩ちゃんと気持ちぶつけ合って・・・それで心から祝福してるはずなのに・・・どうしてだよぉ・・・」
目の前で信がいるにも関わらず、唯笑は言葉とともに涙を流していた。
「信君・・・どうしてかなぁ?確かに唯笑は彩ちゃんなんていなければって思ったことあったよ?
 でも・・・でも・・・今は二人の事を本当に祝福してるはずなの。でもどうしてこんなに智ちゃんたちを見てると・・・」
溢れる涙は止まらなかった。しかし信にはそれを止めてやることはできなかった。
「ごめん・・・ごめんね・・・こんな事信君に言ってもどうにもならないよね・・・信君ごめん!」
そう言って唯笑は溢れる涙を拭おうともせずに飛び出していってしまった。追いかけようとしたが人ごみに紛れてしまい判らなくなってしまった。
「ライシン!ゆーちゃん・・・ゆーちゃ泣いてたよ!いったいどうしたのよ!」
巴が唯笑の様子を見たのか、信を見つけると直ぐに真剣な目で詰め寄っていた。
信は唯笑が智也と彩花の事で泣いていた事と、走り去っていってしまい今も探している事を告げていた。
「そう・・・でもゆーちゃん荷物抱えて学校から出ちゃったわよ。でもそんな・・・」
「そうよね。唯笑ちゃんときたら本当素直じゃないんだから」
突然第三者の声が聞こえて振り返ると、そこには彩花と智也の姿があった。
「あーちゃん・・・トミー・・・。今の聞いてたの?」
「悪いな立ち聞きするつもりはなかったんだが。唯笑の奴が見当たらなくて。家にも帰ってないって言うから探してたら・・・そういうことかよ」
不意に智也のトーンが変わっていた。それはその場にいたもの全員が思っていたことだったが・・・
「唯笑ちゃんの気持ちは知ってるよ・・・でも・・・でも・・・だけど・・・」
唯笑も智也の事がすきなのは彩花も本人の智也も知っている。しかし先日信が智也の背中を押し、3人で話した末に今の関係に至っている。
知っているのに智也と付き合っている・・・そんな自分がどうしようもなくずるく思えて涙を流す事しかできなかった。
そんな彩花を智也は優しく肩で抱いていた。その智也の表情もどこか寂しいものが見えている。
「大体アイツは昔っからそうだ。結局最後はあいつが泣いちまうんだ・・・まったく困ったもんだ」
口ではそうは言っていたが、表情は心配や不安といったもので一杯だ。
「あ・・・雨?そこの炎で気づかなかったよ」
巴がふとぽつりという感触を感じて、そう言った。
しかし雨という単語と状況に、3人はますます険しい顔になっていた。
「智也!彩花ちゃん!とと!手分けして唯笑ちゃんを探そう!嫌な予感がする」
智也と彩花も信と同じらしく、それに深く同意していた。
「みんな・・・どうしたの・・・?」
そう言ってから巴は薄々とみんなの思っている事が判ったような気がしていた。が今は考えるよりも早く唯笑を探し出したかった。
「私と智也は一応みんなにこの事を知らせておくね。この事と無関係じゃないから。ととちゃんと信君は先に学校の外をお願い」
彩花は必死だが判断だけは的確に下していた。それに信と巴も無言でうなずいていた。
「悪いな・・信、とと。俺達の問題にまきこんじまって」
「トミーそういうことは終わった後!今は一刻も早く見つけてあげなきゃ」
「そう言うことだ。それじゃなんか判ったら俺かととの携帯に電話してくれ」
そう言うと信は巴とともに降り始めた雨の中傘もささずに唯笑を捜し始めていた。
「ライシン。どういう事なの?」
巴は完全に把握しきれていなかったために、信に尋ねていた。
「彩花ちゃんが事故に遭ったのは知ってるだろ?」
「それは知ってるけど・・・それがどう繋がるのよ」
「智也が言ってたろ?まだ家に帰ってないって。でもととが校門出たの見たって言ってから随分経つし、
 もうとっくに家に帰っててもおかしくないくらいなんだ。そんな中雨が降りだしたもんだから」
信は遠くを見るような目でそう言った。雨はポツポツだったのもやや小ぶりへとかわっていた。
「確かあーちゃんが事故に遭ったのって・・・6月30日よね・・・。私も忘れないわよ・・・
 ほわちゃんが突然電話で『あーちゃんが交通事故に』なんて言って呼び出してね。あの日は台風でもないのにすごい雨が降ってた」
「そう・・・あんなにいい天気だったのに雨が降り出して・・・とにかく嫌な予感がするんだ。
 あの日の雨のように唯笑ちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって・・・多分智也と彩花ちゃんも感じてたはずだ」
雨が降る中信は涙を見せながらにそう言った。しかし雨なのか涙なのかわからないままにそれは地面へと滴り落ちた。
「私も・・・もう二度とあんな悲しいのはごめんよ!あーちゃんにあつ・・・もう誰も無くしたくないの」
「あつ・・・?とと・・・もしかして」
「ええ・・・私交通事故で弟を亡くしてるの・・。敦って言ったんだけどね、サッカーが大好きだった。
 その日もちょうど、雨が降ってたの・・・」
巴は力なくそう告げていた。信はますます唯笑を見つけないわけにはいかなかった。
「だからもうそんな悲しいのは嫌。手分けして・・・探しましょ」
そう言う巴だったが、悲しい表情を浮かべたままでどこか上の空・・・といった感じだった。
信はそんな彼女を放っておくわけにもいかずに、その提案は断っていた。
「いや、ととがそんな辛そうにしてるのに置いていけるか。二人で探すぞ」
いつになく強い口調でそう言った。まるで自分自身にも言い聞かせるように。
「ありがとう・・・そうね、二人なら見落としもないだろうしね」
二人は雨の中ずぶ濡れになりながら走り続けていた。しかし唯笑の姿は見つからなかった。
途中何度か彩花や智也から電話が入ったが、どれも良い知らせではなく手がかりもなにもないままだった。
「あ!!」
巴が大きな声をあげたので唯笑かと思って信はそちらをみたが、その先には違う人物の姿が見えていた。
「あれ?ととちゃん?それに信君も・・・傘を差さないでどうしたの?」
先ほど別れたはずのほたると静流の姿がそこにあった。
「それがさ・・・」
信は今の状況を手短に伝えた。それを聞いた二人も浮かない顔をしている。
「それで傘もささないでいたわけね・・・でも唯笑ちゃんなら見かけたわ」
思わぬ静流の言葉に二人は願っても無いチャンスだと思っていた。
「そ、それで何処にいったか判ります!?」
「ほたるたち、直接会ったってわけじゃないからなんともいえないけど、
 彩ちゃんの名前を言いながら駅に向かってたみたいだったよ?」
ほたるも何処か寂しそうにそう告げていた。
「ありがとう、ほわちゃん。それじゃ私達さっそく探しにいくから」
「で、でも!そのまんまじゃととちゃんたち風邪引いちゃうよ」
確かにこのままでいたら風邪を引くだろう。だからといって動かないわけには行かなかった。
「無理は駄目よ。今日丁度傘を買いに行っててね、はいこれ。」
そういって静流は折りたたみ傘を二本差し出していた。
「静流さん・・・ありがとうございます!」
「唯笑ちゃん早く見つかるといいわね。私達も手伝える範囲で探してみるわ」
静流のその申し出に信は大きな感謝を抱きながら、無言でうなずくと駅へと向かっていた。
しかし藍が丘駅につくものの、駅員はそのような女性を見ていないと言う。
駅に来ていない・・・ますます絶望感を感じてしまう二人だった。
いつしか雨も激しい大振りとなっていた。その強さはさらに予感を悪いほうへと導かせていく。
「雨・・・まさか・・・」
「え!?ゆーちゃんの居場所に心当たりでもあるの?」
「ああ。俺達が雨の日に思い出すこと・・・それはあの日の事故だった。今では彩花ちゃんがいるからそんな事無いけど・・・多分あそこだ」
信は静かにそう言うと、そのまま何も言わずに走り出していた。巴もすかさず後を追っていた。
駅に向かう方向の道を真っ直ぐいかずに少しそれると、その場所はゆっくりと見え始めていた。
そして信の中にはあの日の記憶が今の雨と妙に繋がったひどくいやな気持ちが渦巻いていた。
そう考えると少しでも早く・・・そう体が動いていた。突然の信の行動であったが、巴も何も追求はしなかった。
雨降りしきる中、ようやくあの場所へたどり着いていた。横断歩道の少し離れた所には花が備えてあった。
そのすぐ横には、以前交通事故時の車を探す看板がかけられている。日付は三年前の6月30日だ。
「ゆーちゃん・・・」
そこには花と看板を見据えたまま立ち尽くしている唯笑の姿があった。
「・・・とと。頼みがある」
いつになく低いトーンでゆっくりと信は切り出していた。その様子に何を言われようとも巴に断るつもりもなかった。
「ここまで一緒に連れてきて悪いんだけどさ、学校に戻って唯笑ちゃんが居たって事・・・直接伝えてきてもらえないかな?」
唯笑と二人だけできちんと話しをしたい・・・そう思った一心でこう言っていた。しかし巴の返事はあっさりとしていた。
「判った。後はライシンに任せたからね!それじゃ・・・頑張ってね」
巴にはほとんど信のする事に察しがついていたようだった。今はそんな巴に感謝しながら、自分の決意をかみ締めていた。
去り際に頑張れのサインを出すと、巴もそのまま学校へと戻っていっていた。
信は静かにうなずくと、ゆっくり唯笑のもとへと近寄っていった・・・
「唯笑ちゃん・・・風邪ひくよ・・・?」
そう言って、雨に打たれる唯笑の上に傘をさしていた。しかし唯笑は違うほうを見たままで何も答えようとしない
「智也の奴も、彩花ちゃんも・・・とともたるたるも・・・みんな心配してるんだ。もちろん俺もね」
「どうして?」
「え?」
「どうして唯笑の事探しに来たりしたの?唯笑にそんな資格ないんだよ!」
以前目線は信のほうに向けられていなかった。いや、言葉も自分自身に言っているようであった。
「唯笑も智ちゃんが好きだから・・・だからやっぱり、彩ちゃんがあの日もままいなければ良かったのに!そう思っちゃったんだよ?
 だから事故の日の事思い出して・・・気がつけば唯笑ここに来てた。あの時彩ちゃんが戻ってこなければ・・・」
「唯笑ちゃん!本当にそう思ってるの!?目の前で智也と彩花ちゃんが付き合う事になっても唯笑ちゃんは決して恨んだりしなかったろ?」
信は我も忘れ、ただひたすらに言葉を紡いだ。とにかく何かしたかった。
「・・・彩ちゃんと智ちゃんの事恨んだりしてないよ?でも・・・それでもね?智ちゃんの事が好きだから!
 好きだから・・・大好きな彩ちゃんのままで思い出の中にい続けてくれれば良かったと思えて・・・」
「唯笑ちゃん・・・どうしてそう正直になれないんだ。俺達に見せる笑顔とか・・・智也の馬鹿を信じちゃうくらいの正直さは何処にいったんだよ!」
思わず信も口調を荒くしてしまっていたが、そんなブレーキはもう残っていなかった。
「信君は判らないよ!智ちゃんが好きって気持ち・・・正直に貫いてるつもりだよ!?」
「唯笑ちゃんは逃げてるだけだ!」
もはや唯笑にさしていた傘も、地面に落ちていた。二人は激しい雨に心すら打たれ気持ちをぶつけている状態だ。
「逃げてなんか・・・逃げてなんか・・・・・・!」
「いや逃げてるさ。じゃあどうして彩花ちゃんがいなければ・・・とか思ってるんだ?
 智也の奴が好きな好きでそのままいればいいじゃないか。そうやって自分の想いを智也の前では彩花ちゃんを思ってか隠しとおして。
 そうやって自分の想いを出さずに逃げた挙句に、彩花ちゃんのせいにするのか!!違うだろ!?」
信は怒鳴ってこそいた・・・が、その声もまた泣いていた。もう、こんな辛い思いはごめんだ!そう心の中で叫ぶように・・・
「で・・・でも!唯笑、彩ちゃんと気持ちぶつけ合って・・・・・もう隠したりしてないよ!?」
「じゃあどうしてわざわざ智也と彩ちゃんを無理矢理二人にしようとしたりするんだ?
 自分が関わる事で、二人の幸せを壊すから?自分が傷つくのが怖いから?結局そうやって二人からそして自分から逃げてるんじゃないのか!」
「だって、智ちゃんは彩ちゃんに一番優しくするもん。唯笑なんて・・・唯笑なんて一番じゃないんだよ!」
「そんなに今の状況が嫌なら・・・二人にもっとぶつかっていけばいいだろ!そうやって自分が逃げてたら何も出来やしないんだ!
 唯笑ちゃん・・・唯笑ちゃんが行動すれば絶対3人が納得いく結果が生まれてくると思うんだ。
 悔しいけどな・・・、やっぱりどんなに俺が唯笑ちゃんの事心配したって唯笑ちゃんの一番は智也なんだからさ・・・。
 俺ずっと唯笑ちゃんの事好きだったんだよ!」
言ってしまった。信は自分の想いを口に出して唯笑告げていた。しかし後悔はしていなかった。いや、言えただけでも肩の荷が取れたような気さえする。
「信君・・・!?」
静かに唯笑は、信のほうを見ていた。
「でもな・・・前も言ってたと思うけどな、俺は彩花ちゃんの事故を見てた。そして何もする事が出来ず・・・
 その時智也が目の前で大切な人を失うのもこの目で見てたんだよ。それにその後新聞を読んで、仮死状態でもう目を覚ます事は無いだろうってことも。
 それがずっとひっかかってたんだ。だけどそうこうしているうちに俺達は高校生になった。
 一年の自己紹介の時に智也を見て、あいつに合わせる顔は無いと思った。その後唯笑ちゃんと智也も幼馴染だったって判ったんだ」
「・・・・信君・・・彩ちゃんだって信君のこともう責めてなんか・・・」
唯笑の言葉の通りだったが、今の信には罪悪感で過去を語っているわけではなかったため、そのまま言葉を続けていた。
「しばらくしてさ、俺が見ているだけだったあの事故・・・彩花ちゃんの存在が二人の傷になってる事が判った。だから俺は
 二人を罪滅ぼしにって、傷を癒して結ばせようとした。でも次第に俺は唯笑ちゃんに惹かれていってたんだ。
 それでも俺がそんなことする資格は無い。そう思ってた。だからあの時も自分の命なんて投げ出してでも二人を助けなきゃと思ったよ。」
「信君・・・でも・・・彩ちゃんは戻ってきた。信君の思ってた方向とは違うほうへ行ったんだよね・・・?」
寂しげに唯笑はそう言った。信は肯定も否定もせずに、そのまま言葉に表していた。
「俺は彩花ちゃんが戻ってきた事で1つの罪から解放された気持ちになった。と同時に3人を見守っていこうって思ったんだ。
 智也はやっぱりあの事故の事で答えを出せずにいたからな・・・でも最終的には答えを出した。
 でも、それと同時に判った事もあるんだ。」
「わかった・・・こと?」
「ああ。やっぱり何があっても唯笑ちゃんの想いは智也にあったし、それに三人の関係をこじれさせたのはやっぱり俺がいたからじゃないかってね。
 ・・・あともう1つ。幼馴染でもない俺が入るなんて出来ないって思って俺自身も逃げてた。全部三人の関係や過去のせいにしてたんだ」
信の確かな想い。それをありのまま言葉に告げていた。しかし唯笑は答えなかった。
「まぁ、俺が唯笑ちゃんを好きだってことだ。」
「・・・ごめんね・・・信君。なんか唯笑一人が辛い思いしてたんだって思ってたけどやっぱり違うんだよね。
 信君の言うとおり・・・唯笑逃げてたよ・・・。智ちゃんを好きな唯笑じゃなくてただの幼馴染としていたの。
 でもね・・・?唯笑やっぱり智ちゃんの事大好きだから。でももちろん彩ちゃんの事も大好きだけどね。
 だから・・・ゴメンネ。信君・・・・・私他に好きな人いるから・・・信君の気持ちには答えられないよ」
寂しそうな表情を見せた唯笑だが、今の信にとって唯笑が自分を取り戻した・・・それだけでも十分だった。
「いや、もともとこうなるって判ってたんだけどさ、言ってスッキリさせたかったんだよ。
 って思ったら唯笑ちゃん泣きながら何処か言っちゃうからさ・・・余計心配になっちゃったんだよ。っと」
信は辛い気持ちも無く、ただ親友として唯笑に話し掛けていた。夢中になるあまり落としていたを傘を拾い、唯笑の頭上にそれをさした
「唯笑ちゃんごめん。俺いきなりあんな大きな声出しちゃってさ・・・これ以上濡れると嫌だろ?」
「え?ううん。もとはといえば唯笑がいけないんだから。それよりありがとう」
「お礼なんていらないって。唯笑ちゃんなりにこれから頑張ってくれればさ。と・・・みんな心配してるぜ」
信は帰ろうとして振り返るとそこには巴をはじめ、澄空の面々にほたると静流までがそこにいた。
「本当、唯笑ちゃんも心配ばっかかけてくれちゃって」
彩花がそう言いながら唯笑の元へ走りより、肩を抱いていた。
「ったく。これだからお前はいつまでたってもお子ちゃまなんだよ!」
「ぶぅ智ちゃんと意地悪!」
唯笑もようやくいつものような笑顔を見せて笑っている。
「でも、今坂さんも無事で一件落着ですね」
詩音がクスリと笑って一人納得したようにそう言っていた。
「そうねっ!唯笑ちゃんもそうやって一人で悩まないでもっと私達を頼っていいんだからねー?」
かおるが任せなさいとばかりに自分を叩いている。
「このビューリホー女子大生のお姉さんもいつでも相談に乗るわよ!」
「小夜美・・・いい加減その呼称やめたらどう?」
「いいじゃない〜気に入ってるんだから」
「そうね・・・まぁ何はともあれ解決したみたいで良かったわ」
小夜美と静流もそんなやり取りはしていたがやはり心配だったようだった。
「えへへ。でも本当に唯笑ちゃんが無事で良かったですね〜」
みなももいつになく嬉しそうな笑みを浮かべている。
「ほたるもとーーーっても心配したんだからぁ。でもこれで安心だねっ」
「そーいう事。まっこんな所でもなんだからさっ!さっそく打ち上げってどうかな?」
巴の提案はこの盛り上がりの中で誰も否定するものはいなかった。
「ちょっと待て!なんかめっちゃいい雰囲気なんだけど・・・俺一応ふられてるんだよね・・・」
「ほえ?」
「ほえ?じゃないよ唯笑ちゃん!!」
「それはそれ、これはこれ!ほらほら、ライシンの成長の一歩って言うわけで・・・ほらいくよっ!」
巴が未だ一人微妙な気分の信の手をひっぱっていく。
「諦めろ、信。これが定めだ。」
「ふふ。でも良かったじゃない、信君。こんなに素敵な友達に恵まれて」
「静流さん・・・そうですよね!よーっし今日は騒ぐぞーー!」
静流の一言により突然信は叫びだした・・・というよりもいつもの信に戻っていた。
「もう信。まったく馬鹿みたいに叫んじゃって」
「ふふ。そんな信さんのかおるさんも惹かれてるんじゃありません?」
「ちょ、ちょっと!!」
詩音の指摘に思わずかおるは顔を真っ赤にしてしまうが、当の本人は打ち上げのことで盛り上がっていた。
「稲穂さん・・・自分の事だとてんで鈍いですね〜」
みなもがかおるや信をみておかしそうに笑っていた。
「ちょっとみなもちゃんまでー!もうっ詩音さんが変な事いうからっ!」
「うふふ何の事でしょう・・・?」
しかしここまで言っていても当の本人はやっぱり気づかない。
「かおるちゃんもおねーさんに任せときなさい!?静流ー今日は飲むわよ!」
「ほどほどにしときなさいよ!」
既に会話が打ち上げモードに発展していた。が、こんな馬鹿騒ぎもほんの少し前までは考えられなかった事だ。
「ほたるもいーっぱい騒いじゃうんだから!」
「ほわちゃんには負けないわ!ってちょっとライシン!早すぎるわよ!」
「おおそうか?それではみなさーん打ち上げにしゅっぱーつ!」
信の一声に雨の中盛り上がりながら後に続いていた。
「ったく信の奴も単純だな。ほら、彩花も唯笑も行くぞ」
智也が遅れまいと二人と共に信の後を追う。
こんな平凡な日常。あの日の事故からは考えられない今。そして、かけがえのない想い。
降り注ぐ雨の中、それさえも打ち消す明るい笑顔が辺りを包んでいた・・・。

「告白編」終了
いよいよ最終章に続く!



あとがき
はおっ!六章が今までのシリーズよりも大分長くなってしまいましたがなんとか完結いたしました。どうだったでしょう?
途中いきなり静流との回想シーンとか出てきてましたが、文章力不足で上手く表現できなかったかもしれません。
というか???って思ったかもしれませんね・・・。まぁその辺は厳しい指摘や感想もらえると嬉しいです。
しかしまるで最終話チックな終わりをしてますけど、まだあります。最終章です!
次の章はエピローグ的な感じになるかと思います。まぁREVERSEはまだまだ終わる予定はありませんが(笑)
メモオフシリーズが終わるまで最終章にならないのもどうかと思いましたので、一応物語に一区切りをつけるところです。
しかしこの章、信×巴みたいになってるような気が・・・。あくまでこの二人は『親友』ですので、それ以上の展開を期待しないで下さい(笑)
ちなみに信のあだ名がインドマンじゃありません(笑)が、途中ちゃんと変更される予定です。ご安心を(何)
それではいわゆる『REVERSE・1st』最終章もよろしくお願いします!



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