メモリーズオフLostMemory
ゲバチエル

第三章外伝 〜今、出来る事は何か?〜

〜翔&信ストーリー〜

これはあの雨の記憶を知る物達の想い・・・
真実を知っている事で何に悩み・・・また何が出来るのか。
彼ら・・・稲穂信と水無月翔。彼ら二人の過去が、交差する・・・。
そして・・・今に向かって時は動き出す・・・




9/29(土)『回想〜残酷な天使の命題〜』

昨日智也に電話したが・・・やはり何か引っかかる事があるようだった。
俺の電話にも応じずに一方的な電子音だけが俺の耳に残された。
だが、もう一度かけ直そうとも思えなかった。あいつは今苦しんでいるのだから。
だけど絶対に言わなくてはならない。お前が記憶を封印してまで背負う必要などないのだと。
全て・・・俺がいけないんだと。責めるなら自分じゃなくて・・・俺を責めてくれと。
昨日の映画の台詞は俺・・・いや俺たちに心に深く突き刺さっていた。
まるで、俺と智也・・・を表しているかのようなくらいだ。
大切な人を守れないと思う主人公に、現場にいながら何も出来なかったその親友。
嫌と言うほどあの日に似すぎていた。心を見透かされて代弁されていた気分だ。
今日は休日なので家でのんびりしていても親が咎めてくる事は無い。
だからといってこんな気分で家に居続けるのはよくないと思うが・・・。
かといって行く場所にあてなどあるはずもない。そもそもこんな気分を誰かに見られたいものではない。
『・・・嫌とは言わせないんじゃない・・・。これは俺自身の問題でもあるんだ!あの時すぐそこにいながら・・・何もしなかった』
昨日の映画のワンシーンが、俺の中で繰り返し繰り返し再生されていった・・・。
稲穂信の信は、信じるの信!なんて俺自身言った事がある。けれど今は、自分が信じられなかった。
なぁ・・・こんな俺に、どうしてお前は『ありがとな』って言ってくれたんだ・・・?翔・・・・。



『雨はいつ上がる・・・?』



最近、智也が酷く辛そうにしているのが判る。理由も・・・判る。
彩花の事だ。あいつは目の前で彩花を失った喪失感を二度も味わったんだ。
そして・・・喪失感を二度と覚えないように、記憶を封じ込めた。
だから智也は、彩花が事故にあって今もまだ眠っている事を知らない。
はじめは・・・お前だけが悲しいんじゃないって、智也を憎んだ事もあった。
けれど、あいつの中で誰よりも大切なかけがえのない存在が失った気持ち・・・。
俺には判らない。あいつがどれだけのショックを受けていたかなんて見当もつかないんだ。
生まれた時から一緒だったような存在を失った相手に、何が言えるのだろうか。
俺も、目の前で彩花という一人の親友を失ってしまった。いや正しく言えばまだ失ったかどうかも判らないのか。
俺と智也は、一緒のタイミングで・・・彩花を失った事を覚えていた。
今でも忘れてない。あいつの悲痛なまでの叫びを。嘆きを。そして、涙を。
すぐ隣にいるはずの俺の姿なんて見えていなかった。目の前の真っ白な傘に向かってただ叫び、地を殴り、雨の中でも判るほど涙があふれていた。
俺自身も喪失感があった。体ががくがくと震えていた。
『彩花が・・・泣くぜ?』
やっと出てきた、智也に対する言葉。こんな慰めの言葉はただ智也を傷つけてしまうって・・・判っていたはずなのに。
こんな事しか・・・親友に対してかけてやることが出来なかった。
『・・・だからその日までお前がその傘を預かってろ!』
あれだけ幸せそうな二人。その二人を繋ぐその真っ白い傘だけが・・・智也を、彩花を、救ってくれると思って。
現実から遠ざかろうとする智也に対して、怒りにも似た思いのままに俺はこう言ったんだ。
あれからその時の事がすっかり抜け落ちてしまった智也がいた。
いや、二週間ほどあいつは現実を見てはいなかった。ずっと、ずっと・・・暗闇だけに目を向けていた。
彩花がそんな智也をどう思うか・・・。考えなくとも判っていた。だから俺たちは、
智也を必死に帰ってくるように呼びかけた。毎日・・・毎日。巴が、ほたるが、唯笑が。
みんなが協力してくれた。二週間あまりの呼びかけのかいあって、あいつはやっと目を覚ました。
「あれ・・・?彩花は・・・?」
その時の智也が最初に言った言葉だった。俺たちはなんて言っていいか判らずただ下を見ていた。
智也の部屋の・・・窓の・・・すぐ先には彩花の部屋があった。二人はいつもこの条件を利用し行き来していた。
だが・・・今彩花はそこにはいなかった。いや、彩花の家族は藍ヶ丘の別のところに引越しした。
近くにいれば、智也が悲しむから。思い出したく無い時でも彩花を失った事を思い出すから。それほどまでに・・・二人の絆は深く強かった。
彩花の両親はそんな智也の為を思って今の家とは違う場所に引っ越したんだ。
だけど、表札は『桧月』のままだ。両親も、いつか彩花が帰ってくることを信じているんだと・・・俺は思った。
だが引っ越したと言えば気がついてしまうかもしれない・・・誰もがそう思っていたときだった。
「ああ。この間引っ越したんだっけな。ひでぇよな?住所も教えてくれなかったんだぜ?お前らも聞いてないだろう?」
俺たちはショックのあまり何も・・・呼吸すら忘れるほどまでに何も言えなかった。
「智ちゃん・・・彩ちゃんは・・・」
「なに陰気臭い顔してんだよ、唯笑。あいつのことだひょっこり帰ってくるだろう」
「そ、そうだよね。あはははは」
唯笑は誰の目からも判る、偽りの笑顔を浮かべていた。笑顔もひきつってみえていた。
この時俺は、いや俺たちは智也があの雨の日の事を忘れてしまった事を実感したんだ。
部屋の隅には、決して触れないようにビニールで包まれた、彩花の白い傘が置かれていた。
それでも俺たちの関係は壊れなかった。智也が彩花の存在を忘れたわけではなかったし、ただ都合の悪いあの日の事を忘れてただけだ。
「はおっ三上君!一緒に帰ろうよ」
巴も表向きは気さくに今までどおりに智也と接していた。
ほたるは・・・そんな巴が無理やり元気でいるのを見ていつも『ととちゃん・・・無理しないで・・・』
って言っていた。あの雨の日から、智也に対してみんな何かしらを抱えていた。
幼馴染でもありそして彩花を憧れの存在と思っていた。そして智也を誰よりも好きな・・・唯笑は・・・。
いったいどれだけ今まで辛い想いを感じてきたのだろうか。どうしてこんな事になったんだろうか?
俺たちはあの雨と共に、いつしか心からの笑顔を無くしてしまっていたんだ・・・。
みんながどう思っていたかは判らないが、共通して『彩花』の存在が今になって大きいと感じていた・・・。
中学の卒業式。俺は泣きそうだった。クラスメイトの別れとか感動で泣くとかじゃなく、だ。
六人一緒に卒業するはずだったのに。みんなが笑いながら卒業できるはずだったのに。
そこには彼女の姿が無かった。三年になっても智也達と何故かクラスが同じだった。
今になって思えば・・・三年間担任も一緒だったし、担任が彩花の事を配慮して三年に上げるときはみんな一緒にしてくれたのかもしれない。
卒業式の席は、あろうことか智也の隣だ。名前の順のせいで・・・智也の隣に座る羽目になってしまったんだ。
あの日を忘れてしまったお前は・・・今彩花の事をどう思っているんだ?一緒に卒業できなくて悲しいか?まだひょっこり帰ってくるって思ってるのか?
考えれば考えるほど、俺は智也と彩花の事でいっぱいになっていた。せっかくの式だというのにまったく頭にはいっていない。
「翔、お前泣いてんのか?お前がにあわないぜ、卒業式で泣くなんて」
俺はもちろん、感動したからなんて嘘をついた。お前にだけは彩花の事は言えないんだ・・・。
気がつけば式は終了していた。もう俺たちが退場するって所だった。だけど以前、俺の涙は止まらない・・・
「おいおい、どうしたんだよ?泣きすぎだぜ・・・?巴とは高校も一緒じゃねえか」
さすがの智也も感動して泣いてるとは違うんだと思ったのか俺を心配してくれる。だがお前の優しさが痛かった。
そのまま教室へ戻り・・・最後のHRが行なわれる。式では代表が証書を受け取っていたので、
ここで俺たちは証書を受け取っていた。この瞬間・・・俺の全ては決壊していた。もう耐えられない。
俺は静かに声をあげながらひたすらに涙した。クラスメイト達も何故俺が泣いているのか判っているようだったのでからかうような真似はしなかった。
いや、むしろ女子の一部も「それ」を思い出したかのように泣き出していた・・・。
証書が全員に配り終わる。・・・いや、全員なんかじゃない。一人・・・渡してない人がいる・・・。俺は静かにそう思った。
ふと前を見ると、担任も何故か余った卒業証書を手にしていた。何故・・・?証書が余るなんて・・・。
「それじゃあ三年間、ありがとな。」
担任がそういうと、HRは終了してこれで晴れて卒業となった。担任が持っていた一つの卒業証書。
その正体が何だか確信があった。だから俺はHRが終わるとすぐに飛び出した。
「翔。待って」
「巴?」
「泣きすぎだよ?そりゃ翔みたいにあの日も涙をこらえてたんだからしょうがないかもしれないけどさぁ。こんな卒業式嫌だよね・・・」
「あぁ・・・。唯笑と智也はどう思ってるんだろうな」
だめだ・・・幼馴染三人の笑顔を思い出してしまう。とたんに俺の心がキリキリと痛み出した。
「ととちゃん。翔君・・・」
ほたるがやって来る。その表情は・・・俺たちが何を考えてたかすぐ見抜いたって感じだ。
「ん・・・俺ちょっと職員室に忘れ物取りに行ってくる。話はその後でな。ちょっと待ってろ!」
俺は逃げるようにその場を・・・立ち去ろうとした。けれど、腕をしっかりと巴が掴んでいる。
「巴、どうした?」
「私も職員室に忘れ物。多分目的は同じだから」
「ほたるも取りに行くよ?絶対忘れちゃいけないもんね」
そうか・・・二人とも。
「よし、行こう」
俺たちは忘れ物を取りに行くために職員室へ向かった。
「先生!」
「なんだ水無月に飛世に白河じゃないか。まだ会いに来るには早すぎるぞ?」
「あの、違うんです。私たち大事な忘れ物を取りに来たんです」
巴が、力強くそう言い切った。間違いない、巴もほたるも目的は同じだ。そう確信できる一言だった。
「忘れ物?そんなもの職員室にあるわけ・・・」
「あるのぉ!先生が持ってるのほたる見ましたよ」
「持ってるって何をだ?」
「桧月彩花の卒業証書を」
俺は静かにそう言った。気のせいか一瞬気持ち悪い沈黙が訪れたような気もしたが・・・。
「そうか・・・お前たちは判ってたのか。これが桧月のだって」
「本当なら唯笑か智也が持っていたほうがいいんですけど・・・。そうもいかないんですよね・・・」
「そうだ・・・。だが桧月は俺の大切な生徒の一人だ。あいつはすごいマジメでな・・・俺だけじゃない、先生たちはみんな助かってたんだ。
 本当に何でもできる良い子だったな。美術は苦手だったけどな。ははは・・・。だから俺は桧月の卒業証書を頼んで作ってもらった」
この先生は・・・なんていい先生なんだ、とこの時初めて思えた。
「お前も卒業生だって・・・。認めてあげたくてな・・・。今も桧月は戦っているんだろう?」
俺は毎週日曜日、欠かさず彩花のお見舞いに行っているからよく判る。彩花が何かと戦い・・・一時でも早く戻ってこようとしてる事。
表面的にそう思ったんじゃない。ただ俺がそう考えてるだけかもしれないが・・・彩花は戦っているんだ。
「ええ・・・。それで俺たちの忘れ物、彩花の卒業証書を取りに来たんです」
「あーちゃんは私たちの大切な友達です。だからみんなで一緒に卒業したんだよって・・・そう思って」
巴がらしくもない声でそう言った。またつられてさきほどの涙があふれそうになる。
「ほたるたちの手で、彩花ちゃんに渡してあげたいなって思うんです。私たち・・・六人は親友だから」
「お前たち・・・そうだな・・・桧月の卒業証書はお前たちが持っているのが一番いいだろうな。
 誰よりも桧月が喜ぶだろうし。ははは・・・いい生徒を持って良かったって思うよ。ほら・・・桧月に渡してやってくれ」
担任はそっと、彩花の卒業証書を俺たちに手渡した。それを俺は大事に大事に受け取った。
「桧月・・・いやお前ら六人はほんといい友達だな。それじゃ卒業しても顔くらいだせよ!」
「ありがとうございました!」
俺たちは担任に一礼すると、職員室を出て校門へと出た。
唯笑と智也を探すが、二人はすぐに現れた。俺は智也に判らないようにそっと彩花の証書を隠す。
そしてそのまま中学生活最後の日を共にしたんだ。そのあと彩花の証書の事は唯笑にはちゃんと話をした。
唯笑は嫌な顔一つせずに本当に喜んでいた。けれど・・・唯笑は証書を預からなかった。なんとなく理由は判る・・・が。
巴も、ほたるも、預かろうとはしなかった。本当は・・・こんな事だってしたくないから・・・。
本来なら智也に持っていて欲しかったが・・・あいつは白い傘をも封印しているのを覚えている。
俺があいつに言ったように、その日が来るまで俺は卒業証書を預かる事にした。そしていつか、智也の手から彩花に渡るって信じて。
そして俺たちは、高校へと入学する事になった。
入学式の日。あいつに再び会うなんて思ってもみなかった・・・。
信、お前は俺と再会した時に何を考えていたんだ・・・?




『雨なんて・・・ふらなきゃよかったのに』




翔との出会い。それはあの雨の日の事だった。
智也と一緒に立ち尽くす翔の姿がそこにはあった。決して良い出会いなんかじゃない。
大切な人を失って現実から逃げようとする智也を必死に説得する翔の姿。
ああ、なんで俺助けらんなかったんだろう。間に合ったはずなのに・・・。
と自分の存在を呪った。だが、俺がずっとここにいるのは桧月さんに頼まれた事があったからだ。
俺は二人のところへ近づいていった。だが智也は話を聞けるような状態ではなかった。
「ん・・・?」
「あぁ、俺は稲穂信。稲の穂に信じるの信だ」
「俺は水無月翔。翔は飛翔の翔だ。こいつは三上智也だ。それよりなんだ?」
年のころで言うと二人とも俺よりやや上か同じくらいに見えた。いや、何故か俺より上に思えたんだ。
「ああ・・・この傘の持ち主の事なんだけど・・・」
俺は翔に話した。俺じゃどうにもならなかったこと、助けようと思えば間に合った事、伝言を預かった事・・・と。
「お前が彩花を・・・そうか。ありがとな」
ありがとう。翔はこう言った。何も出来ずにただ見殺しにしたようなものなのに。それなのにありがとうって言った。
「・・・」
「伝言か・・・俺の口から智也に言っとくか?」
「いや・・・いい。悪いな。それじゃぁっ」
俺はその場から逃げ出した。何より現実を見てない智也の目が、桧月さんを奪った俺に向いてるような気がして。
なんだか伝える事が怖くて。俺は・・・無我夢中でその場を立ち去った。
それからも平凡な日常は続いた。俺の学校では桧月さんの事なんて話題にすら持ち上がっていなかった。
俺は一人の女性を見殺しにした。その事がいつまでも頭から離れなかった・・・。
女性、交通事故。
俺は一度交通事故に遭いそうになった事がある。ぼーっと道を歩いていた時の事だ。
中学校一年生の時だっただろうか。あの雨の日の一年前ってことになる。
ふと気付けば目の前に車が迫っていた。覚悟した・・・俺は死ぬって。
「あぶないっ!」
女性の声とともに一瞬目の前が真っ暗になった。おそるおそる目を開けてみる。
スカートの埃を払う女性の姿が見えた。
「君、大丈夫?」
ああ、この人が俺を助けてくれたんだ。
「ええ、大丈夫です・・・」
「ぼーっとしてちゃ駄目よ?この辺車通って危ないんだからね。」
「はいっあの・・・ありがとうございます!」
「それじゃ私もういくね?ちょっと急いでたんだ。ゴメンネ、君も気をつけて」
「あ、あの俺稲穂信っていいます。助けてくれて本当ありがとうございました!」
「あら、稲穂君って言うのね・・・?あーこのままじゃ間に合わない!ホントゴメンね」
そう言ってその女性は走っていってしまった。
「あ・・・名前・・・」
ふわりと柑橘系の香りが俺をくすぐっていた。
今でもあの女性・・・いや、お姉さんの事は忘れていない。今の命はお姉さんにもらったようなものだから。
なのに。俺はその時のように桧月さんを助ける事が出来なかった。
あのお姉さんのように、とっさに飛び出せば・・・助けられたものを、動かなかった。
その時何が近づいているかも判っていたのに。全てが終わっても動けずに・・・。ようやく動き出した俺に出来たことって言ったら。
出来る限りの事はしたつもりだった。でも・・・結局何が出来たって言うのだろうか。結果的には今もまだ・・・。
俺は、助けられなかった。それを罪として背負い続けた。まさか高校入学の時にあいつらと再会するとは思わなかった。
入学式後のHR。俺たちは軽い自己紹介をさせられることになった。
その時に・・・智也と翔の姿を見たんだ。俺は二人を見て・・・全身に悪寒が走ったのを覚えている。
HR終了後。翔と智也は俺のところへやって来た。智也は俺の事を覚えていないようだった。が翔はしっかりと覚えていたようだ。
「ありがとな、信。お前のおかげで彩花は・・・」
唐突に翔は俺にそういった。智也には聞こえないように、そっと。
「え・・・?桧月さんは・・・」
俺は再びこみ上げる罪悪感を抑えながら、翔に桧月さんのその後を確かめた。
あの日以来、ずっと眠っているのだと。俺の対応が早かったから死なずに済んだって・・・。翔はいった。
「違う・・・。もっと早ければ!いや・・・そもそも最初から俺が・・・」
そう、助かったはずだった。眠らずにきっと今智也たちの隣で笑っていたはずだ。
「・・・改めて言うぜ?ありがとな」
三度目の、ありがとう。翔の言葉が突き刺さる。俺はお礼を言われるどころか殴られるかもしれないと思ったのにだ。
「なんだお前ら知り合いだったのか?」
「ん、まぁな」
翔と俺が一応は顔見知りだった事からか、智也と親友と呼べるようになったのはすぐの事だった。
もし翔が高校が違ったとしても、俺は智也に近づき親友ヅラをしただろうけど。あの日の償いをするために。
そして俺は・・・もう一人の存在を目にする事になった。
今坂唯笑。俺は彼女のその天真爛漫なところに惹かれていた。何も知らずに。
だがある日、唯笑ちゃんが智也と幼馴染だと言う事を二人の口から聞く。
そして翔が静かに、『彩花と智也と唯笑の三人は生まれた時から一緒の幼馴染だ』と付け足した。
それからだ。俺が償いをしようと心に強く考え始めたのは。
二人の態度から、お互いがお互いを好きでいるのには気がついた。幼馴染故当たり前すぎて気がつかないのだろう。
いや、桧月さんの事がひっかかってあと一歩を踏み出せないのかもしれない。
だが俺は、さらなる衝撃を受ける事となったんだ。
昔話で盛り上がっていた俺と智也。二人で屋上で授業をさぼりつつ話していた時の事だ。
俺は桧月さんの事を正直に言おうと思った。いつまでも隠しておけないから。
「彩花の奴な、住所も言わずにどっか引っ越しちまったんだよ」
智也はこう言った。迷いなど無いように・・・
「お前・・・今なんていった?」
「だから、俺の幼馴染の彩花が勝手にどっか引っ越したっていったんだ」
返事は変わらなかった。翔は言っていた『今も眠っている』と。
そして翔は日曜日はかならず桧月さんのお見舞いに行っているとも言っていた。
当然、俺も誘われた。だが事実救えなかった俺に見てやる資格など無い。
今日まで一度も、桧月さんのお見舞いには行ったことはない・・・。
そう、引っ越してなんかいない。翔が嘘をつくとは思えないし、何より俺も目の前で桧月さんを一度見ている。
お見舞いに行って俺自身確かめたわけではないが、こんな事わざわざ嘘をつく必要など考えられなかった。
理由は一つ。智也は記憶を封じてしまっているんだ。あの時現実を見ていない目・・まるで俺に向けられたような・・・。
あのころから智也は現実から逃げてしまっていたんだ。本当の記憶を偽者で覆い隠して傷つかないようにして・・・。
だから桧月さんの事は覚えていても、あの雨の日の事は覚えていないって判った。
「お前も大変だなぁ」
茶化してではない。本心で俺はこう言った。本当の智也は今も真実と戦っているのだろうか・・・。
智也が記憶を封印していると判っても俺は智也を憎んだりすることは出来ず、逆に仲は深まっていくばかりだった。
智也の事はみんなが理解していたらしく、智也の前では自分から桧月さんの事を言い出すことはまったくといってなかった。
記憶を封印した事。それも全て俺にあるんだ・・・。唯笑ちゃんと智也。この二人に対して償いをしてあげること・・・。
そして智也をどんな形でもいい、とにかく力になってやること。全ては俺の罪だから、と俺は強く心に誓った。
けれど結局今の今まで俺は力になんてなれなかった。話を聞いてやるくらいで。
結局あいつの傷を癒す事はおろか、隠すことも何も出来なかったんだ・・・。
償いを心に誓っておきながら、俺は何も出来ちゃいない。
昨日の電話だってそうだ。かけなおそうと思えばかけなおせたんだ。
智也を気遣って?違う。俺自身踏み込むのが怖かっただけじゃないのか?
それに真実を覚えちゃいないあいつにとって俺がいきなり電話してなんだと思っただろうか。
待てよ。真実を覚えていないならいつものくだらない冗談だなとか思って適当に話にくらい付き合うな・・・あいつなら。
電話を切った。つまりはあの映画もしくは俺の言葉に何かを感じたんだ。
そう言えば・・・授業さぼってまであいつの相談つきあったのはなんのためだったんだ!
俺の中で智也に対する疑問が静かに繋がり始めてきた・・・。
そうだ・・・。あいつは見えない何かに苦しんでたから・・・。
雨の夢を見るといった。嫌な感じがするといった。あの時俺は『あの雨の日』と一瞬で理解していた。
そうなんだ。完全に、忘れてしまったわけじゃないんだ。智也の会話からそれは判っていたはずなんだ。
見落としていた。俺は智也に黙ってる事しか出来なくて・・・。力になれなくて・・・。
ずっと智也の苦しみの正体が過去にあるって判っていたんだ。ただ力になれない事を理由に判らないふりして・・・。
そういえばいつからか。智也の話を聞いてもあの雨の事を思い出したり嫌な風に感じるだけになってたな・・・。
黙るだけ。感じるだけ。俺は何もしてない!その時の暗い俺の顔をみた智也は何を考えたんだろうか。
あぁなんだか自分自身が矛盾だらけだ。智也の悩みの種を知ってて・・・。でも判らなくて。訳がわからない。
翔は言ったな。みなもちゃんが智也に病院を教えない事はそのひっかかる事に関係してるって。
まさにその通りだな。桧月さんはみなもちゃんと同じ病院に今もいるのだから。そして桧月さんのその事実は智也の過去に大きく触れる。
恐らくただ引っ越した程度にしか考えてないあいつには、耐え切れない思いにかられて・・どうなるかすら判らない。
ただでさえ見えない過去に怯えている智也だからな・・・。
あいつは・・・その過去が見え始めている。だけどその過去が何故か怖くて逃げ出そうとしている。
あいつの中で・・・真実がゆっくり近づいている。自分自身手でゆっくりと向き会おうとしているんだ。
・・・償いに残された物語・・・
そんな歌の詩を聞いた事があった。そうだ。俺に残されている事。あの日の償いを・・・するために。
パッパパーパパ〜♪
不意に携帯電話から『残酷な天使のテーゼ』のメロディが鳴り響く。俺がこの着メロを設定しているのは一人しかいない。迷わず電話に出る。
「もしもし?翔か、どうしたんだ?」
「事情はあとだ!とにかく来てくれ!静流さんの家!静流さんのこと知ってるお前なら判るだろ!智也の事だ。無理にとは言わないが・・・来てくれ!」
選択肢など残されていない。俺は何も言わず電話を切ると、家を迷わず飛び出した・・・。
この電話に出たことが・・・全てのはじまりだったのかもしれない。
『突然傘を無くしてしまった。もう俺は雨を防ぐ事は出来ない。だったら雨を忘れてしまおう。大好きな雨も・・・なにもかも』
あの時音羽さんが指した文章が、この時智也の言葉として俺の脳裏で繰り返されていた。
まるで智也の助けを呼ぶのか真実にもがき苦しむのか・・・どちらにしろ悲痛な叫びのように。
皮肉な物だな・・・翔・・・残酷な天使が俺たちに与えた・・・一つの命題な・・・気がしたよ。



『それは崩れ落ちる記憶のように、封じ込めた記憶は闇の如く・・・』



先ほど智也に電話した。俺はほたるに巴の事で相談をしようと思っていたのだが、
そんな事よりも智也の悩みのほうが深刻だと思ったからだ。静流さんに智也の相談を乗ってもらえるように話をつけた。
静流さんは「彩花ちゃんの事ね・・・?」と静かに俺に尋ねていた。
智也もなんらかにきっかけで今の見えない悩みが解消されれば、と心地よく承諾してくれた。
信に電話をかけようと思ったが、やめた。何故だか今信に電話をかけることが妙に重く感じた。
あいつも・・・彩花の事で悩んでいるからか・・・?
こんな時の予感は従うに限る。俺は信に電話をかけるのをやめると布団の上に倒れた。
天井を見る。不思議な物だ・・・横になると過去ばかり思い起こされるのだから。
思えば智也と同時に、信も酷く思い悩んでいた。知らない智也に対して、知っている人間として・・・あいつは悩んでいた。
あの雨の日。俺は素直に信に感謝した。とっさに飛び出せば間に合ったのに・・・ってあいつは言った。
だけどそんな自分を危険に飛び込んでまで人を救える奴が果たして何人いるのだろうか。
それに、恐ろしい事が起きるって判っている体がそう簡単に動くのだろうか?
飛び出そうと思って出きる時に信は目を背けたと言った。それが普通なんじゃないか?誰しも恐怖に立ち向かってなんて・・・
ましてやそんな事突発的に起きれば、直視なんて出来るものか。
しばらくして。何が起こったか理解できた体でゆっくりと現実に目をやったと言った。
凍りついたからだを必死に動かしなんとか彩花の元へかけより、その時の信が出来る限りの事はしたと。
そして、智也への伝言を頼まれた。もしもあいつがそのまま目を背けるなり逃げ出すなりしていたら?
あいつの話だと救急車が来るまでには信は誰の姿も見ていないという。つまりあいつしかいなかった。
あいつが目を背け、逃げ出していたら。彩花は今ぐっすりと眠っている事すら出来ないんだ。
白い傘も、卒業証書も。二度と渡しにいけなくなってしまっていたんだ。
それを。凍りついた自分と戦いながらお前が頑張ってくれたおかげで・・・なんとか今の状況には持ち込めたんだ。
智也はそれでも信を恨むかもしれないが・・・。少なくともお前のおかげで彩花は助かったんだぜ・・・?
なのに・・・何を悩むんだ?俺は言ってやった『ありがとな』って。それで信が解放されると思ったから。
だけどあいつは未だ悩み続けていた。自分が出来ないばかりにと一人罪を背負い続けて。
そんな事言ったら・・・彩花を電話で呼んでしまった智也の気持ちはどうなるんだ。
サイレンが鳴ってるのを聞きながら待っていることしかしなかった俺の立場は・・・。
お前は一人で背負いすぎなんだよ・・・。稲穂信の信は信じるの信って自分で言ってたじゃないか。
自分のやった事・・・自分自身のことを信じてやってくれよ・・・なぁ信?
不意に携帯が鳴り響く。あ、自分で設定した目覚ましだったか・・・。時間に遅れないように俺がかけたんだった。
智也に待ち合わせつけといて俺が遅れてどうするって話だ。
『私に還りなさい』
そういえばMDかけっぱなしだった。好きな歌って影響力強いからこういうとき聞きたくないな・・・。
自分に還る・・・か。当たり前の事でありながら一番難しいことじゃないのか・・・?それって。
約束の時間は一時。現在の時刻は十二時ちょい過ぎだった。少々早いが・・・行くか。
俺は待ち合わせ場所の藍ヶ丘駅へと向かうことにした。俺がこの時智也を誘った事は良かったのだろうか・・・。
「はおっ、智也」
「はお。時間で言うとちょっと早いくらいか」
「まあそうだな。五十二分・・・とまぁたまにはお互いはやくてもいいんじゃないか?」
智也が約束より十分ばかし早く来た。いつもは俺たちお互い約束五分遅れるようなキャラだからお互い珍しい。
もしかしたら何か違和感をお互いが感じていたのかもしれない。予感が早く来る事になった、と。
俺たちはさっそく行く事にした。お前の悩みは静流さんに頼んであるからなっ!
インターホンの音があたりを包んだ。ややあって、ほたるのやつが姿を見せた。
「あ、二人とも来てくれたんだね〜。久しぶりだね。あ、あがってあがって」
お菓子の匂いだ。静流さんが作ってくれるのだろう・・・かなりマジな話を智也がするんだ。少しでも軽くなるようにしてくれたのだろうか。
「それにしてもどうしたの?二人ともどもお悩みなんて、ほたるびっくりだよ?」
そういやほたるには智也の内容まで話してなかったな。まぁいいか・・・ほたるだって辛い話だから進んでするものではないから。
気付けばほたるのいつものマシンガントーク。いつもの平凡な日常の一こま的なものだった。
「ほたるー?その辺にしといたら?ほら、出来たわ。ちょっと手伝ってくれる?」
俺たちはお菓子をテーブルの上に並べて、飲み物を用意する。準備もあっという間に落ち着くと俺たちは席についた。
「なぁ・・・ほたる」
しばらく雑談したあとに、俺は自分の悩みを切り出すことにした。それと同時に智也が相談乗ってもらうっていう静流さんの合図のつもりでトーンも落とした。
静流さんはこっちをぱっと見て、納得したような目をしていた。私に任せて、といった感じだろうか・・・
「白河じゃなきゃ、巴の判らないところがあるかもしれないって・・・思ってな。」
なんだか急にかしこまっちゃって白河なんて呼んでしまう。なにやってんだか、俺。
俺たち二人は巴の事を話し合った。だがほたるの奴にもう一つ説明しておいた。
「実はな・・・智也が過去の事で悩んでるから静流さんと一対一で相談乗ってもらおうってのもあったんだ」
「過去・・・かぁ・・・」
ほたるは何処か寂しそうな目をしていた。俺だって出来る事なら過去を想い出として懐かしみたいよ・・・。
「智也君なら知ってると思うけど・・・巴ちゃん弟がいたのよ」
静流さんはととの話題を智也に持ちかけていた。もちろん俺たち二人も巴の弟の事は知っている。
「なぁ・・・ほたる。」
「んー?どうしたのぉ?」
「巴の弟も彩花と同じように・・・だよな?」
「うん・・・交通事故で・・・」
交通事故で・・・。彩花と同じように・・・。
「でも・・・交通事故で弟を失ってから、男っていう存在をまた失うのではないかって。関係ないのに・・・」
どういう経路で巴の話になったかは判らない。恐らく俺が今日ここに来た理由かなんかだろうけど。
男って言う存在をまた失うんじゃないか。いや、それだけじゃない。彩花という親友をも失っている。
だからこれ以上親しい人が失うのは怖いから・・・。だから表面はああやって明るい子を演じていて・・・
深い付き合いの人を増やさないようにしてる。あだ名をつけて呼び合って。友達と言う関係を繋ぐ事で寂しさも隠して・・・?
「翔君・・・どうしたの?」
「巴の事考えてたらな・・・どうも悲しくなって来たんだよ」
「ととちゃん・・・男の子を弟みたいになるんじゃないかってずっと恐れているの。ととちゃん男の子の友達少ないでしょう?」
そう言われてみれば・・・俺と智也と信くらいじゃないか?巴と友達という関係でいるのは・・・。
「でも最近彩花ちゃんの事もあってか・・・あんまり自分を見せようとしないの・・・」
親しくなればなるほど。失う事の悲しみが大きくなるから、巴はそれが怖くて・・・。
「巴の奴・・・強がりすぎだ。それなのに気付いてやれなくて・・・」
俺は智也に対しても。信に対しても。巴にも。唯笑にもほたるにも。何も気付いてやれてなかったんだ・・・。彩花に対しても・・・。
いや違う。気付いてやれなかったなんて反省はいつでも出来る。知った今どうするか、が大事か。
「まさか・・・まさか・・・交通事故って・・・」
智也の悲痛な声がこだました。智也の奴・・・思い出したのか・・・?
「雨の日・・・交通事故・・・彩花・・・白い・・・傘」
智也は単語を繰り返している。あの日を繋ぐすべてのキーワードだった・・・・。
「静流さん。智也は!」
「判らないわ・・・けれど奥深くに封印していた記憶にたどり着いたんだと思うわ・・・」
それほどまでに今の智也は不安定だったのか。今すぐにでも思い出せておかしくないくらいの状況だったのか。
「彩花・・・・!俺はあぁぁぁあああぁぁ!お前の白い傘を・・・うあぁぁああああぁぁあああぁぁぁ!」
その叫びに・・・その場にいるものは誰も何も返せなかった。まだ断片化された記憶なのだろう・・・
言っている事が途切れ途切れでもろくも崩れ落ちそうだ。だが・・・確実にあの日を思い出してただ、叫んでいた。
あまりにも忘れていた真実が残酷すぎて。それを知った智也は・・・今はただ叫んでいた・・・。
誰よりも大切な人の名前を、ただ叫んで・・・。




『世の中には知らなきゃ良い事のほうが・・・本当は多いのかもしれない』




「静流さん!たるたる!久しぶり。って今はそんな場合じゃねえな。智也の奴大丈夫か!?」
俺は翔の電話を聞いて急いで静流さんの家へ自転車を吹っ飛ばした。
「信君・・・智也君は・・・」
俺はそこにいる智也の姿を見た・・・。こんな智也を見るのは初めてだった。いや・・・一度だけ。ただ一度だけ見たことがあったか。
あの日のような。遠い目をして何処を見ているのか判らない。俺たちが必死に呼びかけても返ってくるのは単語だけ。
「彩花・・・彩花・・・!?雨が彩花を・・・白い傘・・・開かれて・・・転がってて・・・」
まるで、あの日の記憶をたどっている様だった。ゆっくりとそれでも確かめるように。
「今の智也には・・・俺たちは見えていない。それよりほたる、静流さん。こいつを二人の家にいさせるのは気が進まない」
「そうだな。よしこいつの家までこいつを連れて行こうぜ」
俺たちは静かにうなずき、静流さんの車にのっかった。俺と翔で挟むように智也を座らせる。
「それじゃあ行くわよ!」
すごいスピードで車が走る。それでいて安全運転なんて言っているから恐ろしい。
「彩花・・彩花っ!」
智也はただ桧月さんの名を口にするのが精一杯だった。恐らく・・・あいつの中ではあの日の出来事は悪夢のように再生されているのだろう。
三年間も失っていた記憶。それが三年の時を経て智也の心に、頭に、ぶつかっていっているんだ・・・。
静流さんの運転はかなり高速で、あっという間に到着してしまった。
俺は智也の内ポケットからこいつの家の鍵を取り出す。俺だってこんな事気が進まない。
だがいつも智也が鍵をしまってる場所は覚えてしまっていた。それに今は一刻も早くこいつを・・・!
ガチャッ
俺は智也の家のドアを開くと、急いで智也を背負って家の中へ飛び込んだ。
智也の部屋まで駆け上がる。そして智也を椅子の上に座らせた。
「う・・うぅ・・・彩花・・・?」
桧月さんの事がやはり何かひっかかるらしい。智也は未だ何かと戦っていた。
「静流さん・・・たるたる・・・翔。ちょっとこいつを頼む」
こんな時に何処に行くんだ?って言われるかと思ったが
「ああ。了解だ」
翔がそう一言、言うだけだった。
一人一階に降りる。勝手に智也に家の椅子を借りてそれに腰掛ける。
「何でこんな事になったんだろうな・・・」
どうにかしたい。ただその想いだけで俺は行動を起こしていた。
智也が・・・あの雨の日を思い出した、か。あいつにとっちゃ忘れてたほうが良いに決まってるのに。
あいつは・・・見えない過去に怯えてずっと戦って・・・。そしてついにそれが正体を現したんだ。
どれだけのショックがあったかなんて、俺には考える事も出来ないな。
ふと窓の外を見る。・・・桧月さんの家だ。過去に一度智也の家に来た時に聞いたことがあった。
「彩花のやつ、屋根づたいに起こしに来たんだよ」
でも・・・今は起こしてなんかくれないんだよな。隣には・・・いないんだよな。
あいつが思い出したなら・・・言わなきゃならない、桧月さんを助けられなかった事を・・・。
・・・その事で最後に翔に聞いてみよう・・・。何故俺にありがとうと言うのか・・・聞いてみよう。
「智也!おい!大丈夫かっ!しっかりしろ!!」
翔の声が大きく響きわたった。先ほどから・・・喉を枯らすほどまでに叫び続けている。
「ん・・・あ・・・俺なんでここに・・・」
智也の声だ!俺は複雑な気持ちを抱えながら、部屋に戻ることにした。
「よっと。お、智也。ようやく正気に戻ったか」
何故俺がいるか判らないっといった表情をしている。自分が何故ここにいるかもまだ把握しきれてないようだ。
「何故ここに、じゃねえっての。翔から電話が来てな。心配になって駆けつけたんだ。たるたるや静流さんの家じゃあれだと思ってな、
 お前のうちに運んだってわけだ。感謝しろよ」
こんな事しか出来ない俺でよければ、だけどな。
体を動かす事もやや重そうだったが、智也は大丈夫と言い張っていた。これ以上迷惑をかけまいとしているのがすぐ判る。
「それで・・・智也。何を見た・・・?覚えてる範囲でいいんだ。教えてくれ」
やがて。翔がストレートまでに智也に尋ねた。何を思い出したか・・・俺たちが今一番知りたいことでもある。
「静流さんと、ととの話をしてたんだ。それでその時『交通事故』って単語を聞いてだな。
 何かがひっかかって・・・それで糸がツナガッテ・・・。と思ったらここにいた」
繋がってって言葉が妙に言いにくそうだったぞ・・・。まだ自分自身の中で整理できていないのか・・・
にしても何かって何だよ・・・。それが一番気になるんだっての。まぁ・・・三年分のブランクだ、ゆっくり思い出せばいいか。
「俺たちはその繋がった部分が知りたいんだっての。なぁ、翔」
「信君、無理させちゃ駄目だよぉ。色々大変なんだから・・・」
たるたるの言うとおりでもある。無理は良くない。ただあいまいにしてまた封印してしまったらそれこそ悪循環でもあると思った。
翔が何度か静かに質問を投げかけていた。他に何か思い当たらないか?と。
智也は、何か思い返すようにしながら・・・じっと考えて、そしてこう言ったんだ。
「俺は・・・・彩花を守れなかったんだ・・・何もしてやることができなかった」
この言葉で智也がどういう状態になったのか、俺たちは一瞬で理解することが出来た。
思い出したんだ、あの日を。
ならば言わなければならない。本当の事を・・・だが、最後に翔にも聞いておきたいことがあった。
「・・・すまん、翔。二人で話があるんだ・・・ちょっといいか?」
俺は翔を呼び出し、下のフロアへと降りる事にした。
「信、大体見当はつくぜ?」
「そうか。なら話は早い。俺は智也に言うべきなのか?桧月さんを助ける事を出来なかったんだ!!って」
「お前、まだそんな事言ってるのか?あの状況下で信を責める事なんざ出来ないだろう?」
確かに一般良識で言えばそうかもしれない。でも大切な人を失った身となれば・・・そう冷静な事考えられるはずも無い。
翔は、馬鹿みたいに優しいんだよ。だから桧月さんが目の前で失ったって判ってもこんな事が言えるんだ。
「智也が俺を恨むかどうかは別の問題だろう?俺は桧月さんの力になれなかったのも事実だ。それにまだ智也に伝えるべき事も伝えてないんだよ」
「いい加減、罪をかぶる事・・・やめろよ。誰も・・・そう彩花は絶対に喜ばないんだよ」
「一つだけ、教えてくれ。なんで俺に翔はありがとうって言ったんだ?」
「理由?そんなの無いんじゃないか?彩花にまだ可能性があるのはお前のおかげだ。あのまま足が凍り付いてたらその可能性だって無かった。
 実はな・・・あの日病室で、一度だけ・・・ただ一度だけ彩花は目を覚ましたんだ」
桧月さんが・・・!?
「その時智也に対する伝言ともう一つ。お前に対する伝言も預かってたんだよ」
「お、おれ・・・に?」
「助けてくれてありがとう。あんまり自分を責めないでね・・・?誰も悪くないからって彩花に頼まれてた」
「何で今更・・・」
「信が罪だの償いなの思いつめていたから、かえって辛いと思って言わなかったんだよ。まぁあれだ。彩花はお前の事決して恨んだりしてないわけだ」
今更そんな事・・・桧月さんだって・・・憎めばいいのに・・・どうしてみんなそう優しいんだよっ
「俺も彩花と同じだ。お礼を言うのにそうそう深い理由なんていらないだろ?」
俺は、翔の言葉は正しいと思うがどうしても「そうだな」とは言えない何かがあった。
「智也にその事はちゃんと言っといたほうがいいと思うぜ。智也のためじゃない。
 お前自身がいつまでもそのことに負い目を感じずに、前へ進むために、だ!」
「俺自身が・・・?」
「過去を悔やむ事なんていくらでも出来るけどな、悔やんでる暇あったらどうにかするほうが大事だろ?気付いた時今をどうするか、が一番大事だと思うぜ」
今をどうするか・・・か。
「まぁそれでもお前が償いとかに生きるならそれでも止めないけどな・・・。俺はそんなの悲しいと思うけどな。」
言いながらに翔は悲しい表情をしている。・・・実際こいつも無理をしてきたのか?桧月さんを失った事に対して・・・。
「ありがとな」
翔の台詞をそっくりそのまま、返してやった。
「お互い様だ。それでこそ信だ。ほら、忘れたか?稲穂信の信は信じるの信だろう。自分を信じろよ!」
何故だか翔には、その言葉を強く思わせる何かがあった。俺は大きく、頷いた。
部屋に戻ると、静流さんたちの姿はなかった。俺たちのいた場所通ると思うんだけど・・・話に夢中で見えなかったらしい。
智也が軽く説明してくれた。智也に気を遣ってくれたのだろう。今は一人で考えたいんだろうな・・・。
俺はその日は帰ることにした。何か釈然としないものが残ってはいるが・・・
「・・・俺たち今日は帰る。お前も一人で考えたいだろうしなっ!だが、深く思いつめる事はやめろよ」
「信の言うとおりだ。これ以上俺たちがいても邪魔だろうし、お前は自分の中のものゆっくり整理しな」
俺たち。翔も判っていると思ったからあえてそう言った。智也の返事を待つこともなく、逃げるようにそこから立ち去った。




『封印は、解かれたよな?智也?それに信・・・』




9/30(日) 『止まっていた時間を乗り越えて』

それでも朝はやって来た。あのあと俺と信は会話も特にかわさないままにそれぞれ帰ることにした。
智也がようやく・・・あの雨を受け入れた。目は覚めている。だが、どうしても起き上がろうとは思えなかった。
こんな気分でも外では相も変わらず小鳥が鳴き、外からうっすらと日が差している。
そして・・・皮肉な事に。今日は日曜日だった。
俺が何があろうとも必ず彩花のところへ行っている日。昨日が土曜じゃなきゃよかったと今更考える自分がいる。
「ふぅ」
ため息を一回つく。こんな気分だからこそ、彩花のところへ行った方がいいのかもしれないな。
智也が思い出した事とか信の事とか。彩花に話してやらないといけないな・・・。
なんだかんだで一番俺が立ち止まってるって、やっと判ってきた気がした。
まだ引きずるような気持ちだったが、なんとか俺は起き上がった。

『藍ヶ丘総合病院』
一週間ぶりに来るはずなのに、随分久しぶりに来た感覚を覚える。丁度、三年分くらい。
しかし・・・ロビーまで来て。俺はベンチに腰掛けていた。
彩花のいる場所はすぐそこのはずなのに。何故かその方向へ動こうとはしなかった。
逃げたい気持ちがあって。でも・・・逃げ出すことすら出来ずにただここにいた。
『精一杯今を生きようね?』
彩花は俺たちがくじけそうになると決まってこういっていた。
今を・・・か。こうして何もせず立ち止まってる俺。
今自分が出来る事をする。過去でも未来でもなく・・・他でもない彩花が教えてくれた事。
そうだな。ここに来た以上出来る事、やれる事は最初から決まってる。なんのために来たのかも自分自身が一番判ってたはずだ。
依然残る逃げたさを抱えたまま、なんとか彩花の元へとたどり着いた。
ほんの数十メートルなのに、1キロくらい歩いた気分だった。
「よっ・・・彩花」
いつものように呼びかける。だがいつもと何かが違う事に気がついた。
「これは・・・そうか。乗り越えたんだな・・・」
彩花はまるで白い傘を抱くように眠っていた。気のせいかいつもの彩花より嬉しそうな表情な気もする。
俺は言った。その日が来るまでその傘を預かっていろって。
けれどその前に智也は白い傘共々記憶を封じ込めてしまった。
それ以来あの傘は、智也の封印した過去そのものとなっていた。いわば象徴というか・・・。
自分自身で乗り越えた今、三年の年月を超えて彩花に返す・・・。
そうする事で自分自身の過去と彩花に対するお礼・・・前へと進み始めた。
目覚めたら渡せよ!そう考えていた俺より強い意思がなきゃ今の彩花に返すことなんて出来ない。
智也はやっぱり、強い。どんなに時間がかかろうとも過去に打ち勝ったのだから・・・。
ガチャ
ふとドアが開く音がした。後ろを振り返らずとも、誰が来たのか俺には理解できていた。




行かなくちゃならない。桧月さんに会いにいかなきゃならない。
この三年間の事・・・。智也が忘れてる事を知っても何も出来なかった俺を。
こんな俺でも恨んでいなかった桧月さんを。
全ての始まりは・・・あの雨の中にあんな形で桧月さんに出会ったことだから。
だから、最初に戻ろう。今まで逃げてきたけど・・・今度こそ顔を上げて桧月さんのお見舞いへ・・・
前へと、進むために。
・・・病院の前で立ち尽くす一人の少年がいた。あれは・・・智也か・・・。
そうか。あいつも・・・決心したのか。自ら桧月さんの事を受け入れようとしてるのか・・・。
「馬鹿野郎。お前なにうじうじ考えてんだよ」
立ち尽くしている智也に俺はこう言った。ああやって考えて悩んで立ち止まって・・・あんなのは俺だけで充分だ。
「うじうじ考えんな!お前がここに来たって事は・・・桧月さんに会いに来たって事だろう?」
「なんでお前が彩花の事を・・・!」
そうか・・・思い出したって言ってもやっぱり俺の事は覚えちゃいないか。
そうだよな、大切な人を目の前で失ったって判ったってのに俺の事なんて覚えている余裕もなかっただろうな。
「・・・見てたんだよ。」
「見てたって・・・何を?」
「俺は何にもすることが出来なかった。いや、出来たはずだったんだ。」
どうせ、言おうと思っていた事。ちゃんと話さないとならない事。
この機会に全て話そう。俺と桧月さん・・・あの雨の日・・・俺たち四人が始めて出会ったあの日の事を。
「あの雨の日・・・」
今だってあの日の記憶は忘れていない。俺がふとあの交差点にさしかかった時の事だ。
丁度桧月さんが青信号を渡っているところだった。ふと一瞬俺と目が合った時、ふっと微笑みかけてくれたのも覚えてる。
思わず気恥ずかしくてそらしてしまったが・・・。ほんの数秒経った後だった。
悪魔が近づいている事が判った。トラックがスピードを落とすことなく向かってきていたんだ。
危ないと声をかけることが出来た。とっさに飛び出せば桧月さんを助ける事も出来た。無論、俺だって死なずに。
けれど目の前に訪れる運命が怖かった。恐怖感だけが俺を包んでいた。
俺はその場で立ち尽くし目線をそらしたまま・・・そしてそのまま体ごと背けた。現実から、目を離すように。
キキーーーー
今更遅い・・・急ブレーキの音が聞こえてくる。と思った刹那の瞬間だ。俺は判っていたんだろうな・・・耳を塞いだ。
聞きたくなかった音。考えなくても判る。
バン・・・なのか。ドン・・・なのか。ほんの一発の鈍いそれでいて確かな音だったって。
・・・実際目を逸らしたつもりだったけど。だけど・・・しっかり見えていた。
二つの傘が宙を舞い、一つは無残に砕け、一つは悲しそうに静かな音を立て開かれたままに落ちたところを・・・。
『そう、それは舞い散る鮮血のように・・・鮮やかな紅は薔薇の如くに』
判ってた。そこに残酷な薔薇が咲いていることが。だけど何故かゆっくりと顔を上げてしまう。
駄目だ!見ちゃ駄目だ!逃げよう!
そう思っても勝手に、まるで吸い寄せられるように・・・俺は『それ』を見た。
当然体ごと背けていたのだから顔を上げてどうにかなるものでは無いが、何かに怯えていた俺。
だが。顔を上げた先には真っ白な傘が開かれたまま寂しそうに置かれて・・・いや落ちていた。
その傘に、少しだけ・・・ほんの、少しだけ。残酷な薔薇を咲かせながら・・・。
今更になって心臓の音が加速してくる。手が震えて、足がガクガクして。
ゆっくりと先ほど判っていた運命が現実になっていくのが判った。
思わず俺は振り返ってしまった。そこには彼女の姿が見えた・・・
俺の中の全てが凍りついたような気分に襲われた。声も何も出ない・・・ただ壊れてしまいそうだった。
ようやく何が起きたかが整理されていく。あってほしくない現実が、しっかりとありのままの現実へと変わる。
「・・・っくそ」
全身に残る寒さと震えを必死に抑えながら、俺は走り出した。
「大丈夫・・・か?俺に出来る事無いか・・・?悪いな・・・俺知識あんま無くて。最低限の事しか出来ない」
嘘。最低限?いや、この時俺は本当は何も出来なかった。決して美しくなど無い薔薇に包まれた彼女を呼びかけるだけ。
薔薇に棘があるように。俺はそれに触れる事が理由も無しに怖かった。これ以上・・・踏み込めない気がしたから・・・・
「・・・あなたは・・・?」
「ああ悪い。俺は稲穂信。あんま喋らない方が・・・」
「稲穂・・・君?私は桧月・・・彩花。うっ・・・」
あの時ほど自分が駄目な奴だと思えたことは無かった。そばにいて話しかける事くらいしかできなかったから。
軽い知識程度に習った応急処置とかは試した。それでも桧月さんは苦しそうで・・・自分自身を呪った。
「稲穂・・・君。あれ・・・」
ゆっくりと指をさす。その方向にはトラックに踏み潰された無残な傘の姿があった。
「傘が・・・バラバラに・・・?」
「私傘を届けに・・・迎えに行く所だったんだぁ・・・。でも・・・バラバラになっちゃって・・・」
声をかければ。飛び出せば。きっとあの傘はその人のところにいったはずだった・・・
「ごめん・・・」
「どうして・・・稲穂君が謝るの・・・?これは事故だよ・・・。自分を責めたりしないで・・・」
そうだ・・・桧月さんはこの時からすでに俺を責めたりしてはいなかった。だから余計に自分自身が・・・憎く思えたんだ。
「稲穂君、お願い。智也に伝えて欲しい事があるの」
この時俺ははじめて智也の事を知った。まさか今のような関係になるとは・・・誰が思っただろうか。
「智也・・・?智也って?」
「私の・・・大切な・・・一番大切な人。私の幼馴染・・・ううん、今は恋人・・・か」
俺は智也から大切な人を奪った人間だ。そう思った。大切に想う恋人との別れ・・・目の前で見なきゃならないなんて。
「ごめんね・・・傘届けられなくて・・・迎えにいってあげられなくて・・・ごめんね・・・って伝えて欲しい・・・お願い」
「判ったよ桧月さん」
「・・・」
「桧月さん?」
「・・・」
それ以降何も言わなかった。彼女は一言たりとも喋ることが無かった。智也への伝言が俺が最後に聞いた言葉だった。
俺は無我夢中ですぐ近くの電話ボックスに走った。ただ救いたい。どうにかしたい。それだけの思いで。
きっと・・・もう手遅れなんだって、なんとなく予感はしていた。でも何かをしないとすまなかったから。
ブオオオオ・・・
トラックが静かに走り去っていく。桧月さんから、現実から逃げるように。
その後救急車も到着して桧月さんは運ばれていった。俺は伝言を伝えるためにも静かに見送った。
何故かここにいれば会える、そんな気がしたから。
それでも・・・俺は救急車が来るまで彼女と彼女を包む薔薇だけを・・・見ている事しか出来ない。最低限の事じゃない何も、してない。
雨の中傘も差さずに五分、十分、二十分・・・とひたすら待ち続けた。目線の先には常に白い傘が捉えられていた。雨に打たれても薔薇は健気に咲き続けて。
どれほど待っただろうか。激しい梅雨の雨の中傘も差さずに走る二人の姿が見えた。
こっちへ向かってくる。確信した、智也が来るんだって。
「彩花ああぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!」
「智也っ・・・!」
智也の叫び。どれだけ桧月さんの事が大切だったのか、その一言だけで痛いほど判る。
隣にいた・・・翔は悲しみを噛み殺してまででも冷静に振舞っていた。
二人とも傘が置かれているのを見て。傘に突然咲いた薔薇を見て。アスファルトに広がる薔薇園を見て。
残酷な天使が咲かせていった薔薇を見て。何を思ったのだろうか?
「彩花ぁぁ・・・あやかぁぁぁぁあ!俺は・・・何もしなかった!守れなかったんだぁぁ!お前を守ってやれなかっ・・・電話なんかしたからっ!」
違うんだ・・・お前が守れなかったんじゃない・・・。俺がただ・・・何も出来なかっただけだ。
伝えなきゃ。伝言を、そして俺が出来なかった事を。
「・・・桧月さんの・・・恋人、だよな?」
「ん?」
「あぁ、俺は稲穂信。稲の穂に信じるの信だ」
「俺は水無月翔。翔は飛翔の翔だ。こいつは三上智也だ。それよりなんだ??」
「ああ・・・この傘の持ち主の事なんだけど・・・」
俺は事故に遭った瞬間から今までの事を全て翔に話した。ただ叫び泣くばかりの智也に話せるとは思えなかったから。
「そうか・・・彩花は・・・。ありがとな」
「え・・・?」
「いやな、お前がいなかったら彩花は100%アウトだったろ?信のおかげで可能性は残ったわけだし、何より彩花も責めてない」
「それはそうだが・・・俺は智也に伝言頼まれたくらいで出来たことなんか」
「お前しかここにいなかった。なら出来るだけの事をやった。違うのか?」
そうとは思えない。出来る事をやっても結果が全てだと思う・・・この場合は。何よりも重い、命だから。
「伝言か・・・俺の口から智也に言っとくか?」
確かにそれなら伝わるだろう。だがこの時の智也はただ現実から逃避してる風にしかみえなかった。
何よりも・・・あいつにそんな事言っても傷つけるだけだとかそんな事ばかり考えて、
「いや・・・いい。悪いな。それじゃぁっ」
俺はそのままその場から逃げ出していた。
結局頭のなかで理由をこじつけて逃げただけ。桧月さんに頼まれたのが俺だから?傷つけるのが怖いから?
ただこれ以上ここにいたくない、自分がこれ以上罪を大きくしたくない。それだけだったと思う・・・。
あれから俺に刻まれた記憶。白い傘と深紅の薔薇が深く深く刻まれていた。永遠に忘れる事など無いように。
あの薔薇は・・・そう・・・こうとしか呼べないだろう。
『ブラッディーローズ』
だから俺は今までその薔薇の棘の中に居続けていた。薔薇の棘の痛みを感じている事くらいしか出来ないから・・・。
そうすればこれ以上傷つくことは無いから。智也や翔に・・・棘を味合わせたくない・・・。
唯笑ちゃんも・・・みんな。残酷な深紅の薔薇の棘・・・痛みを感じるのは俺だけで充分だったんだ。
だったはずなのに・・・お前は・・・お前は!どうしてっ!
どうして・・・その棘に踏み入れたんだ・・・。鮮やかな薔薇の如く・・・これがあの日の俺の記憶だった。
眩しいほどの真っ白と、突然咲いた薔薇。せめて薔薇の棘に踏み込んだお前にだけは言わなきゃならないって思ったから。
全てを智也に話した俺は言葉なんてほとんどでてこなかった。
「桧月さんの伝言を頼まれてから・・・いったい何年かかってんだろうな・・・俺」
やっと見つかった言葉がこれだ。何年・・・俺が逃げていた時間と同じか、結局は。
「昨日お前が記憶を取り戻して・・・正直嬉しいとは思えなかった。お前が傷つくんだからな。
 ただ・・・お前が桧月さんの事ちゃんと思い出せたなら・・・良かったかなって思ってな・・・
 それで俺はここに来たんだ。俺自身・・・あの日から桧月さんから、そしてお前や翔・・・唯笑ちゃん・・・みんなから逃げてたんだ。
 馬鹿やってさ。俺の気持ち覆い隠して・・・親友ヅラしてたんだぜ?お前が桧月さんの大切な人って知ってたから。
 最初から俺はお前を知っていた。そして、お前の過去も。ずるいよな?俺だけ知っててお前は何も判らないまま親友ヅラされたんだ。」
結局親友だって顔してただけ。黙っていただけ。何一つ・・・最低だな、俺って。棘を隠して近づいたようなもんさ。
「信。お前は正真正銘馬鹿だな。親友ヅラじゃねえよ。俺たちは親友だろ?大体な、俺の過去をしってようとなんだろうど、
 俺がこの俺だから、信がその時そう思っていたから今の関係があるわけで、親友ヅラも何も親友なんだっての」
お前は・・・!お前こそ馬鹿野郎だ。こんな俺を許すってのか?
そして・・・更にこう言ったんだ。
「やめようぜ」
誰が悪いとか良いとかじゃなくて、罪を背負うのは止めて。あの時ああしていたらって悔やんでるなら前に進むほうが大事だと・
「そうだな。ほんと俺たちは正真正銘の馬鹿だよなぁ、智也」
そうか・・・やっぱりお前が親友で良かったよ・・・。こんな俺でも受け止めてくれるんだからな!
俺たちはようやく、心から笑い合った。くっだらない事で笑っている。でも、今までとは違う。笑顔が自然になったと思うから。
そして智也が何故先ほど悩んでいたのか・・・それも判った気がした。
あの日の傘を・・・どうするかを。そして今、それを桧月さんに返そうとしているんだと。
俺は智也を自転車の後ろに乗せると、神速な気分で智也のうちへと向かった。
前に進むこと・・・。今出来る事する・・・。それが一番大事な事だから。
案の定、大切そうに白い傘を持ってくる智也。再び病院へと自転車を吹っ飛ばす。
自転車を止めると駆け足で病院内へと走り出した。
ただ一つ・・・最低限出来る事をしたけど、と未だ智也に一つの嘘をついていた・・・。
「信」
・・・言わなくても判ってる。智也には桧月さんとの事・・・一人でケリをつけたいんだろうな。
俺は判っていると智也に告げて、みなもちゃんのお見舞いに行く事に決めた。
とにかくあいつを一人にしてケリをつけさせたい。それだけだ。
そう言えば・・・過去の事と繋がってみなもちゃんの事でもあいつは悩んでたっけな・・・。
ガチャッ
「あ、稲穂さん・・・。さっそく来てくれたんですね」
みなもちゃんが入院前とさほど変わらない様子で迎えてくれた。
「ああ。まぁちょっとね」
「ちょっと・・・?」
「ああ。過去にな。ちょっとあったんだ。それでここに来た」
「彩花ちゃん・・・ですね?」
彩花ちゃん。つまりみなもちゃんは唯笑ちゃんから智也の事を聞いただけじゃなく桧月さんとも知り合いでもあるって事か。
「あぁ・・・。でもよく判ったな」
「ここに過去に何か感じて来るって事は・・・それしかないですから。智也さんにはだから言えなかったんです」
「判ってるよ。昨日・・・智也と俺と翔・・・あと静流さんとたるたる・・・でちょっとあってな。それでここに」
「もしかして・・・智也さん・・・」
みなもちゃんが思い当たる事のあるようにそう言う。何に対してなのか、聞かずとも理解できる。
「あぁ。多分みなもちゃんの考えている通りだと思う」
「やっぱり・・・最近どうしても辛そうな顔してたから・・・思い出しちゃうんじゃないかなってずっと思ってて」
「実は俺もあの日、桧月さんを目の前で見ててな・・・。それで俺もどうにかしないとってここに来たんだ」
「そうですか・・・。でも、それじゃあ何故私のお見舞いに?」
確かに・・・。俺が桧月さんに会いに来たのならここに来る理由は無いし、ついでになんて考えつかないだろう。
さすがに智也がここに来てるとは言えなかった。それまでに必死に隠していたから・・・。
「んー先にみなもちゃんに会って落ち着かせようかなぁーって思ってな」
「そうですか。えへへ・・・ありがとうございます。・・・私も彩花ちゃんの事は知ってるんですよ・・・?」
「え?」
突然。みなもちゃんのトーンが落ちた。先ほどの会話からそれは伺えたのだが・・・。
「私、彩花ちゃんと従姉妹の関係で・・・昔っから一緒でした」
桧月さんを大切に想う人にばかり・・・なんで俺は知り合っているんだろう・・・智也にもうやめようと言われた後でも心は痛む。
「だけど・・・あの日以来・・・彩花ちゃんが・・・」
紛れもないあの日。俺が見ていた日。こんなにも悲しむ人がいる。智也、やっぱり俺は・・・駄目なんじゃないか?償うべきじゃないのか?
「あのさ・・・俺あの日・・・全部見てたんだよ」
「え?」
話そう。みなもちゃんにもあの日の事を・・・。
「稲穂さんは・・・やっぱり良い人ですね。ちょっとナンパ癖とかもありますけど・・・あ、ごめんなさい」
良い人。何故俺をみんな責めないのか・・・逆に不安になってくる・・・。
「あ、いいけどさ、別に。ナンパは趣味だし!それよりなんで俺が良い人なんだ?」
「だって、彩花ちゃんを助けたじゃないですか。逃げないで。それにちゃんと伝言のために待ってたし・・・立派だと思います」
翔や智也と同じ・・・俺に責める事なんて何一つ無い。もうなんだか、償いとか考えるのすら馬鹿みたいになってくる
「そうか・・・そうだよな。いやさ、俺は何があっても見殺しにした罪を償わなきゃなって思ってたんだ。
 だからありがとうとか言われてもなって考えてたんだ。良い人って言われても実感もわかなかった」
「でも・・・見殺しなんて・・・言わないでください。そんなの悪循環ですよ!彩花ちゃんいつも言ってたんですけど、
 『精一杯今を生きよう』って。だから大切なのは今です!」
智也も翔もみなもちゃんも・・・今を生きようとして、俺を責めたりをしないのは。桧月さんの言葉が支えになっているからだったんだ。
・・・唯笑ちゃんにも言わないとな・・・。本当の事。
「そうだよな。ありがとう、みなもちゃん」
「わ、わたしなんかで役にたてたなら・・・」
ガチャ
「元気かっ?みなも」
智也が姿を見せた。さっきよりも大分凛々しい顔をしている。てかみなもちゃんに対する呼び方変わっている。
「と、智也さん・・・?どうしてここに・・・稲穂さんが・・・?」
そう思うのも無理も無いだろう・・・さっき思い出したんだって俺が言ったようなもんだしな。
「いや、俺自身の意思だ。彩花に会って来たよ」
みなもちゃんは何処か寂しそうな顔をしていた。智也が想い出した事、やっぱり良いことには思えてないんだろうな。
「智也・・・傘は渡してきたんだな・・・?」
「ああ・・・あの日の事はケリをつけた。あとは前に進むだけだ」
智也は白い傘を持っていない。つまりは桧月さんに返したって事だろう。前に進むだけ。
やっと過去が終わったってことだな・・・まだ始まったばかり、か。
「そうか・・・。なら良かった。・・・みなもちゃんと話しあるだろ?俺はここで・・・退散させてもらうぜ」
みなもちゃんが桧月さんの事を知っているのならば。お互い話があるだろう。
それに俺自身も会いに行かないとならないからな。思うが早く俺は桧月さんのいる場所へ向かった。
ロビーでこの事を話すと、担当らしい神坂さんと言う人が場所を教えてくれた。
案内すると言ったが、さすがに悪いので自分ひとりでいくことにした。自分でケリもつけたいし・・・。
「ここか・・・」
目の前に・・・中に・・・桧月さんがいる。そう思うと複雑だったが、俺は扉を開いた・・・。
一人の男の後姿が見えた。そうか・・・今日は日曜日だったな。
正面から見なくとも、そこにいるのが誰だかは確信があった。



『さぁ、前へ進もう・・・』



振り返ると、やはりそこには信の姿があった。
「翔・・・やっぱり来てたんだな。日曜日だし」
「まぁな・・・。例え昨日にあんな事があっても俺は欠かさず来るさ」
とはいえ今日ばかりは辛かったが・・・。逃げる事も進むことも出来ずにいたからな・・・。
「それより・・・信。お前がここに来るってことは・・・」
普段はいつもお見舞いなど行こうとはしない。信の過去はあの日から知っているので何度か誘ったが、
やはり気が進まないらしく、いつも断ってばかりだった。罪の意識とかが渦巻いていたんだろう。
「ああ・・・。もう、大丈夫だ。俺はただ最初に戻ろうってここに来たつもりだったんだが・・・
 そこで俺の罪を・・・償えるかなって。でもな、智也にそういうの止めろって言われてさ」
「今を生きよう、だろ?」
過去を受け入れた智也ならばそう言っただろう。誰よりも彩花を大切に想うから、彩花の言葉が支えになっているはずだ。
「ああ。今自分に出来る事って何なんだろうなって思って。そしたらなお更ここに来ないわけには行かなくなった」
償いのつもりでここへ来たのか・・・。けど罪を背負うような真似は智也によって救われたんだな。
やっと・・・二人とも過去と言う呪縛から解き放たれたんだな。・・・俺はどうなんだろう?
「そうか。やっとお前も前に進めたって訳か。良かった良かった。いつも悩んでたからなぁお前らは」
「翔・・・無理はするなよ?」
なっ・・・思わず声が出なくなる。
「お前だって泣きたい時は泣いていいってことだ。俺だって翔が悩んでる事くらい判るぜ・・・」
「そうだな・・・自分でも判ってはいるんだけど、お前ら見てると俺だけでもって思っちゃうんだよ」
もう・・・気張る必要も無いな・・・。二人とも結局自分で乗り越えたし。
「それにあれだ。弱さを見せられる事こそ強さだって気がしてな。そうだろ、信」
「・・・ああ」
強がっているのは弱さを隠すため・・・。それを隠さずにでもいられることが本当の強さ・・・。
「さぁ彩花に挨拶でもしてけよ」
俺は信を彩花のすぐそばまで連れて行くと、二人で椅子に座った。
「久しぶり・・・だな。あれ以来ずっと会ってなかった。
 三年越しにやっと約束伝える事が出来たぜ。ごめんな、桧月さん」
「謝らなくてもいいだろって」
「三年も黙ってたんだからちょっとくらい謝ってもいいだろうが。」
それもそうだな・・・。いちいち人の事気にしすぎてるのかもな、俺は。
「彩花、良かったな。白い傘返って来たんだな。またお前が雨の日を楽しそうに歩く日を楽しみにしてる」
きっとその日も近いだろう。何故だか俺は、そんな気がしたんだ・・・。
それから俺たちは彩花に色んな事を報告した。くだらない事から真面目な事と・・・あふれるほどに。
「桧月さん、次会うときはお互い話し合えたら・・・いいな」
それは誰もが彩花に対して願っているものだ。一秒でも早く目覚めて欲しいと・・・
「それじゃ翔、俺はそろそろ行くからな」
「ああ、じゃあな信」
「・・・ありがとな。お前も無理はするなよ?」
最後に信はこう言って部屋を出て行った。判ってるよ・・・もう過去に縛られるのはみんな終わったから。
今ならきっと俺は・・・
「彩花・・・」
ふと彩花の名前を声に出す。今になって・・・信がいなくなって・・・・。
俺と彩花しかこの部屋にいなくなって・・・。急に寂しくなってきて・・・。
「あや・・・か・・・」
声を出すのがやっとで。何故だか震えだす全身があって。
ポタッ・・・ポタッ・・・
静かに俺の瞳からは雫が零れ落ち始めた。彩花の事ではもう泣かないっていつからかな・・・きっと卒業式の日だと思う。
その時から泣かないって決めてきたのに・・・今更になって俺はこの溢れる雫を・・・愛しさとも呼べる涙を流していた。
「彩花・・・心配ばっかりかけて・・・。いい加減起きろって・・・また六人で・・・いや今度は信も音羽もいるし、みなもちゃんもいる。
 みんなでくだらない話でもしようぜ、彩花」
俺はポタポタと涙を流したままに、何故か爽やかな気分の笑顔だった。何故だか判らないけど・・・悲しい涙ではないことは確かに言える。
「そうだ・・・忘れてた!」
俺は鞄から取り出す・・・彩花の、卒業証書を。彩花の卒業証書は常に持っていることにしている。
いつでも彩花に渡せるように。卒業おめでとうって言ってやれるように。
けれど・・・今までここで証書を出した事は無かったのだが・・・
「お前の忘れ物だ。早く取りに来いよ。みんなで卒業パーティするからな。ってこれだけだけどな」
そう言って証書を鞄の中に戻す。それにこれは・・・俺じゃない、智也が渡した方がいいだろうな。
そういや智也どうしてるかな。まだ病院内にいると思うんだけど・・・みなもちゃんの部屋かな?
「またな、彩花」
俺は智也を探す事にした。何故だか今日は智也に会える気がした・・・
「あ、翔さん」
「みなもちゃん、元気ってまだそう時間経ってないか」
「えへへ、そうですね。今日はみんな彩花ちゃんに会いに来たんですか?」
「ん、まぁそうなるね。俺は毎週日曜日は必ず来てるけどな・・・ってみなもちゃんには言ってあるか」
「あ、そうでしたね。ふふふ」
なんだか今日のみなもちゃんは嬉しそうだけど・・・智也がなんか言ったのか?みなもちゃん智也に好意寄せてるしな・・・
「どうしたんだ?なんかあったのか?嬉しそうだけど」
「え、あ、そんな顔してますか!?智也さんが・・・みなもって名前だけで呼んでくれたから・・・」
「え?」
わざとぼけて聞き返してみる。ちゃんと聞こえていたけど・・・
「あ、えと・・・なんでもないです。恥ずかしいじゃないですか!」
「智也の事になると必死だなぁ、みなもちゃんは・・・」
「もう!翔さんだって飛世さんの事は・・・」
ちょちょちょっと待てい!
「巴の事はいいだろ!」
なんだか収集つかなくなりそうだ・・・この辺で話を戻すかな。不意をつかれた・・・
それにしても智也がみなもちゃんをちゃん付けしなくなったのか・・・。
智也を傷つけまいと・・・寂しいのをこらえて智也にだけは教えなかった・・・この場所を。
でも本当は寂しいから・・・みんなには場所を教えていた。
智也に傷ついて欲しくない・・・好きな人を傷つけたくない・・・本当は智也に一番会いたいはずなのに・・・。
俺も呼べないな、みなもちゃん、なんて。芯の強い・・・一人の女の子として呼んであげよう!
「ねぇ、みなも」
「しょ、翔さん!?」
「そんな真っ赤にならなくてもいいだろ?みなも」
どうやら名前で呼ばれる事は恥ずかしいみたいだ。
「みなもは強いんだなーって。体は弱いけど心は俺らより全然強いからさ。そんな子をちゃんづけ出来るかよ」
「翔さん・・・ありがとう・・・」
「お礼はいらないって。それよりさ智也知らないか?」
素直な所がみなもらしいな・・・本当に。
「智也さん?翔さんと入れ違いくらいのタイミングでしたけど・・・」
「じゃあまだいるかな・・・ありがとな、みなも。日曜日は彩花とみなもの二人のお見舞いだな、これからは」
なんだかみなもって言ってる自分が妙に清清しく思えてくるのは何故だろう・・・。この時の俺は気付いてなかったのだが・・・
「ありがとうございます、翔さん」
「なるべく敬語じゃなくていいんだけどな。俺敬語苦手なんだよ・・・いつも言ってるようにな。無理にとは言わないけど」
「そうですか?でも・・・うん、判ったよ、翔さん」
お、ようやく敬語脱出か?相変わらず名前はさんづけか・・・双海じゃないんだから。
「んじゃまたな・・・!」
「はい!」
俺は改めて智也を探す事にした。ロビーを見回してみる・・・
いた。一人ぼーっとしてる奴が。なに考えてるのか知らないけど・・・
「智也。いたいた」
「翔・・・お前どうしてここに?」
「日曜日はな・・・彩花のお見舞いに絶対に行く事にしてるんだ。だから今日もお見舞いだ」
そうやって今まではお前の悲しみを少しでも受け止めようってしてたんだ、とは言えなかったが・・・
何故今日こんなに智也を探したか。一つだけ伝えたい事があった。
俺は軽い冗談を前に挟みながら・・・彩花に頼まれていた事・・・伝言をいう事にした。
雨の日、病室で彩花が言った言葉を・・・
・・・
あの雨の日。智也が彩花を見て涙していたのを巴と二人で外で聞いていた。
智也は涙を流し続けて・・・俺たちが部屋に入ると、魂が抜けたかのように気を失っていた。
まるで彩花を守るように・・・彩花の手を握ったままに・・・
「と・・・もや・・・?」
あの瞬間、何が起きたのか判らなかった。驚きと嬉しさのあまりに。
「彩花・・・」
「あーちゃん・・・」
俺たちはほぼ同じタイミングでその名を呼んだ。
「ととちゃんと・・・翔・・・?ごめんね・・・私こんな事・・・なっちゃって」
「・・・信のおかげだ。」
「稲穂君・・・翔?稲穂君に会ったら・・・伝えて欲しいの・・・」
「なんてだ?」
「助けてくれてありがとう。あんまり自分を責めないでね・・・?誰も悪くないからって・・・お願い」
「判った、いつ会えるか判らないけどな・・・」
正直この時信にはもう会えないって思ってたんだけど・・・まさか今みたいな関係になるとは思いもよらなかった。
「ととちゃん・・・唯笑ちゃんとほたるちゃんに・・・よろしくね?」
「あーちゃん・・・?」
「判るの・・・自分自身・・・。しばらくみんなと会えないって・・・ごめん・・・ね?」
「だから・・・だから・・・っ!彩花・・・謝るなよっ!お前信に伝えてって言ったろ・・・誰も悪くないって」
「翔・・・やめて」
俺を止める巴の手も震えていた。それに気がついて俺も冷静になれと言い聞かせる。
「翔は・・・いつも熱くなるんだからぁ・・・。次にみんなに会えるのがいつだか判らないけど・・・私たちはずーっと一緒だよ・・・?」
「判ってるさ。」
いや、わかっているというより信じたかっただけかもしれない。
「でも悲しい時は泣いて・・・無理はしないで・・・精一杯・・・今を・・いき・・・てね」
「あーちゃん!?」
「ごめん・・・そろそろしばらくお別れみたい・・・せっかく智也にお礼言おうって思ったのに・・・」
俺は守るように以前彩花の手を握る智也の姿が目に入った。二人の絆は・・・強い。
強いが故にしばらくのお別れなんてさせたくなかった。でも俺には見届けるくらいしか・・・できないじゃないか・・・。
「あ・・・最後に智也に伝えて。智也・・・私のためにありがとう・・・そして・・・またね・・・って・・・。それじゃあ・・・また・・・ね」
最後に彩花は微笑むと、静かに安らかに・・・眠りについた。まるで夢を見ている気分だった・・・
「翔・・・翔・・・」
「巴・・・。ここで泣くな?彩花に笑われるぞ・・・」
「そういう翔だって・・・。」
「俺の家、来いよ。父さんも母さんも仕事だろ?婆ちゃんも旅行だっけ?・・・こんな時に独りでいるのは辛いだろ?」
「うん・・・ありがと、翔」
俺たちは彩花の元から離れると、俺の家へと帰った。その日会話は少なかったが・・・
・・・
「お前を責めたりなんかしてなかったって事・・・伝えておきたくてな。」
今思えば彩花と話した最後の想い出になってるんだな・・・。と感慨に少しふけりながらも、彩花に頼まれた事を伝える。
あんな時でも彩花は笑っていてそれでいて優しい言葉をかけてたんだな・・・。
俺たちは立ち上がると、出口へと向かった。これ以上ここにいる理由もないしといったところか。
「翔、聞かなくていいのか・・・?その・・・俺が思い出したって事」
智也がこんな事を聞いてきたが、聞く必要なんてないって言っておいた。話させたって良い事ないし、俺も嫌だな。
「無茶だけはするなよ?いくら思い出したからって・・・辛い過去には変わりないんだからな」
「そりゃ・・・お前もだろ?自分で言ったよな。悲しいのはお前だけじゃないんだって。」
どいつもこいつも・・・こんな事いってくれる・・・。でも、嬉しいな。
「はは、そうだな。確かに・・・俺も無理してきたかもしれない」
だが。俺だけじゃない・・・みんなみんな無理してきた。だけど!
「まっ、お前も思い出したんだ。したくない隠し事しなくて済むぜ。今度信とか巴とか唯笑とか・・・みんな連れて騒ぎに行こうな。
 その時はもちろん、彩花も一緒だ。みんなで本音トークというか暴露大会でもやってやろうじゃないか」
「ああ!」
そろそろ本気で笑い合える日が近づいてるって・・・そんな予感がするから。A10神経・・・恋人たちや親友などを互いに想いあったりする部位。
予感じゃなくて・・・みんなで想いあってるんだって、何故かこの時思えたな。
そのまま他愛もない会話をしながら智也と別れて俺は家へ帰り、自室の布団に体を投げ出す。
といっても途中公園で喋ってたりしたから帰るの自体は何分かかったか判らない。
「ん・・・留守電?」
俺が携帯を取り出すと、マナーモードになっている携帯に留守電が一件だけ吹き込まれていた。
『翔、今日は色々あったな。これは智也にも留守電入れたのだが、忘れ物取りに行ったとき唯笑ちゃんが泣いてたんだよ。
 かといってどうすることも出来ずに帰ってきたけどな・・・。そろそろ俺自身も唯笑ちゃんに・・・
 まぁあれだ、智也も誘ってある。屋上でまた相談でもしようぜ。唯笑ちゃん・・・泣かせたくないからな。
 智也の事はまぁ解決したんだ・・・。桧月さんの事・・・過去から唯笑ちゃんも救ってやろうぜ』
唯笑・・・か。智也や信の事ばかり気にしてあんまり見てやれなかったな・・・。
いや、いつからかあんまり関わってない気がする。それは智也も同じか。
・・・心の中に何かがひっかかってるみたいで唯笑から何処となく避けてる部分が見えたからな。
智也が過去を受け入れたんだ・・・唯笑の傷も、癒してやらないとならないな・・・
『唯笑・・・無理するなよ。もう苦しむのは止めにしよう・・・』
辛いだろ・・・?それにそんなの彩花だってお前に苦しんで欲しくないはずだ。



そういえばうっかり忘れていた。今がテスト期間中だという事を。
過去の事とか最近色々あるせいでそんな事おかまいなしって感じだ。
このままじゃ赤点とりそうだった。赤点取らないくらいの学力があるのが俺の自慢なんだけど・・・
まぁ落ち着いたんだし少しは勉強するかな、という事で今俺は澄空へ自転車を飛ばしている。って誰に説明してるんだか。
勉強道具を取りに行く。すべて置き勉したままだったよ。さすがに今夜ちょこっとくらいやらないと・・・。
なんだか赤点取るかもっと思うと、ペダルこぐ速度が加速していく。
「ふぅ・・・着いた」
俺はダッシュで鍵をかけて、そのままの勢いで教室へと走り出した。俺の教室は2−C!目指すはそこだ!
廊下を抜けて、階段を段とばしで駆け上がり、さらに廊下を抜ければ・・・
「え・・・?」
自分の教室へ入る手前で俺は足を止めた。
「唯笑・・・ちゃん・・・?」
教室の中には唯笑ちゃんの姿があった。何かの写真を見ているようだった。
そして・・・泣いていた。ぼろぼろと溢れる涙をぬぐおうともせずに・・・。
「彩ちゃん・・・唯笑は悪い子なんだぁ・・・智ちゃんにあんなこと言っちゃたんだよぉ・・・?
 唯笑今は彩ちゃんの事だけを考えて欲しいから・・・。だけどね?あれも本当に思ってたことなの・・・
 酷いでしょ?彩ちゃんさえいなければ・・・智ちゃんが振り向いてくれるかもしれないって思った事あったの・・・
 でも・・・でも・・・彩ちゃんがいれば智ちゃんは傷つかなかったの・・・唯笑どうしたらいいか判んないよ・・・
 智ちゃん・・・彩ちゃあああん!!」
大切な幼馴染の名前を繰り返して・・・ただただ泣いていた。
おそらくその写真は三人で写っている写真なのだろう。俺も何度か見せてもらった事がある。
唯笑ちゃんの、宝物だって言っていたっけな・・・幼い頃の唯笑ちゃん、智也、それに桧月さんの三人の幸せそうな・・・。
「智ちゃん・・・彩ちゃん・・・ごめん・・・唯笑はぁ・・・!」
立ち見なんて・・・趣味じゃない。だからといって俺にはかけてあげる言葉なんて見つからない。
平凡な言葉はかえって唯笑ちゃんを傷つけるだけだから・・・。
「帰るか・・・」
俺は唯笑ちゃんに気付かれないように、そっとそこを立ち去った。
唯笑ちゃん・・・智也と同じくらい今まで傷ついて来たんだよな・・・。辛かったんだろうな・・・
そんな唯笑ちゃんに惹かれてる俺がいて。・・・唯笑ちゃんも過去の呪縛から救ってあげるんだ・・・。
好きだから・・・っていうのもあるけど、辛そうな唯笑ちゃんは見たくない。それだけだ。
俺は唯笑ちゃんが泣いていたという事実を智也と翔に電話した。まだ二人とも病院から戻ってないのか留守電だったのでメッセージを吹き込んでおく。
そしてこうも言っておいた。屋上で相談しよう、と。テストなんかもうどうでもよくなってきた。
今出来る事・・・やるべき事。それはテスト勉強なんかじゃないんだ!
こんな事言ったら先生や親や・・・一般評論家か何かまで怒られそうだけど・・・テストや成績なんかより大事な物くらい判ってるつもりだからな。
『唯笑ちゃん・・・雨はいつ上がるんだろうね』
・・・あの日の雨は・・・もう止んでもいいはずだから。



あとがき
外伝と言いつつ、本編同等の長さになってしまいました・・・ゲバチエルです。
今回は過去を知る物の視点で進められています。当初から書く予定の過去を知る人視点。
三章の時間軸で語れば・・・いいかもと思ってこの形にしました。
一応外伝からでも本編三章からでも楽しめるように作ったつもりですが・・・。
9/29(土)『回想〜残酷な天使の命題〜』の題名についてですが。
結構彩花って天使ってイメージもあると思うんです。なのでこんな悲しい運命になった、彩花の存在にちょっと皮肉を込めてます。
あとはシナリオ中で信もぼんやりと翔の電話に出たときに言っていますね。まんまの事を(笑)
まぁ後は翔は自分を投影しているのでその辺趣味が現れていますが、ネタではなくちゃんと意味を持たせて使ってますのでご安心を。
薔薇の表現。あれは小学校くらいから好む言葉で、それ散るのパクリではありません。記憶のほうもです(笑)
それでは長くなってしまいましたが、三章まだの方はそちらもお楽しみください。
四章のあとがきで会いましょう!それではっ



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