メモリーズオフLostMemory
ゲバチエル

第四章〜想い出は力に、記憶は鎖に〜

10/1(月) 『朝、そして』

ピピピ・・・。いつもの目覚ましの音が鳴り響く。
今日は月曜日だから、またあのめんどうくさい学校へ行かなければならない。
そういえば今週末はテストがあったんだっけな。それどころじゃないというかすっかり忘れていた。
隣の家・・・彩花の部屋だった場所をぼんやりと見てしまう。
普段なら『智也ぁぁ!おきなさぁぁぁい!』とかなんとか言って屋根づたいにこっちまで来るのだ。
引越したから失われたと思った日常は、ある雨によって流されていってしまった。
静かに眠る彩花の姿。昨日のあの光景は忘れもしない・・・俺が背けていたものの全ての真実がそこにあったのだから。
気がつけば俺の前では彩花の事を喋ろうとしなかったみんな。特に・・・唯笑。
彩花の姿と、俺の前で泣き叫んだ昨日の唯笑の姿が交差していく。
そして信の留守電に残された、『唯笑ちゃんが泣いてた』という言葉。理由は間違いなく俺と彩花の問題だろう。
だとすれば・・・唯笑をどうにかできるのも最終的には俺って事になるのだろうか・・・。
「考えてもしょうがないな」
俺は一度伸びをすると、いつもの待ち合わせ場所へ向かった。
「よう唯笑」
さぞ平然と声をかける。それがかえって白々しい気もするが・・・。
いつもいるはずのみなもがここにいないことがちょっぴり寂しくも思える。
「おはよう〜智ちゃん」
唯笑も変わらずに挨拶をかえしてくる。挨拶はかえってきた。
だが。
「・・・」
そこから先の会話がお互い繋がらない。駅前の喧騒とは場違いな沈黙を俺たちを包んでいる。
「・・・そろそろ行くか?」
「そうだね」
たったそれだけ。それだけ言うと俺たち二人はいつもの電車内へと滑り込んでいた。
「・・・」
やはり唯笑は何も言わない。いつもなら『ねえねえ智ちゃん聞いてよぉ』とかなんとか話題を持ちかけてくる。
それに俺がおおげさにしかも意味不明なリアクションをかえして唯笑を遊んでいるのだが・・・
「・・・」
唯笑は何も話さない。俺が彩花の事を思い出したからなのか・・・
俺の中には彩花の事がいっぱいだからなのか・・・。
今の唯笑は俺の心の中をどれほどまでに把握しているのだろうか・・・?
それ故の沈黙。俺だってこのままじゃ唯笑のためにも良くないって思ってはいるが・・・。
昨日の唯笑の言葉。『智ちゃんの中には彩ちゃんしかいない』
そうなのかもしれない・・・俺は結局唯笑を今まで彩花のかわり程度にしか見ていなかったのかもしれない。
否定する事が出来ないだけに・・・どうすればいいか判らなかった。
会話も無いまま俺たちは電車を降り、いつもの通学路を歩いていく。
「なぁ唯笑」
「智ちゃん」
こういう時に限って台詞が被る。お約束というかなんというか・・・余計気まずい。
「お前から言えよ」
「智ちゃんから・・・」
駄目だ。このままでは収集がつかない。
「そうだな・・・。なんでお前今日はそんなに静かなんだ?」
「唯笑は別に・・・」
「いつもならねえ聞いてよぉとか言ってくる癖に無駄なくらいに静かだからな」
「唯笑だっていつもうるさいわけじゃないもん!」
「白い傘」
「え・・・?」
「昨日、彩花に返してきた。やっと過去を乗り越えてきた。それだけ」
もう過去に・・・彩花にだけ縛られてない。そう言いたかったつもりだった。
「智ちゃん・・・やっぱり彩ちゃんしか・・・」
逆効果だったようだ。彩花のために過去を乗り越えたくらいにしか思ってくれてないみたいだ。
やっぱり俺一人ではどうする事も出来ないのか・・・!?くそ・・・っ!
「唯笑やっぱり・・・駄目だったんだね・・・」
そのまま唯笑は走り去っていってしまった。俺には追いかける事は出来なかった。
「追わなくて良かったのか?」
ととと一緒に通学する翔だった。どうやら二人とも一部始終見ていたらしい。
「・・・はっきり言って今の俺一人じゃどうする事もできないから・・・」
「トミー・・・ゆーちゃんは誰よりもトミーのことが好きなんだよ?」
「判ってるそんな事。だから余計に・・・今まで彩花のかわりにしか思ってなかったんじゃないかって思えてな」
「・・・そっか。あの日の事思い出したんだ・・・。」
静かに流れる沈黙。俺が過去の話をする事で、いつもどこか寂しげだった理由が今更判ってくる。
「巴には言ってなかったっけ」
「でも・・・ううん。だからゆーちゃんは・・・」
「多分そうだろうな。俺に唯笑の想いが届かないんだってずっと考えてると思う」
どうにかして唯笑からも過去と言う呪縛から救ってやらないと・・・。
「智也、巴、遅刻する!話は後で!」
俺たちは新しい壁にぶち当たったという気分を抱えたままに教室へ走り出した。
「おはよ〜三上君」
「おう、音羽さん」
音羽さんは俺の過去も信の過去も唯笑の過去も知らない。何にも知らない。
だからいつもと変わりない笑顔を浮かべてきていた。いつもと変わりない・・・?違う。
何か音羽さんの笑顔には不自然な物が感じられた。唯笑が無理やり笑ってるような・・・そんな。
「どうしたのー?三上君」
「いや・・・何でもない。気にしないでくれ」
「そう?最近三上君元気ないみたいだから」
・・・過去に怯えていたからか・・・
「もう大丈夫だ。ほら・・・んーーーん!気分を風に乗せる儀式なんかやってみせちゃったりして」
「またやってる・・・まぁ大丈夫そうだね」
音羽さんにまで過去の事聞いて変な気分になって欲しくない。ここは適当にごまかす事にした。
キーンコーンカーンコーン
授業中、何度か唯笑の席に目をやる。やはり様子が変だった。
俺があの時彩花を選んだから・・・?今更になってそんな事を考えてしまう。
だったら唯笑だって言ってくれれば良かったんだ。あの時なんて考えても無駄なのに・・・。
「三上君・・・大丈夫?」
「音羽さん・・・ごめん。大丈夫だ。」
何度今日音羽さんに迷惑かけたか判らない。それほどまでに俺は悩んでいたと思う・・・
彩花と同じくらいに大切でかけがえのない存在・・・唯笑の事。
テスト前だって言うのに思考は停止しそうだ・・・。
キーンコーンカーンコーン
ふぅやっと昼飯の時間と来たか。よっしゃぁ購買までダッシュだ!
「三上君、何処行くの?」
「何処って・・・購買に決まってるだろ」
「次HRだよ?」
へ!?なんで昼に・・・?
「テスト前だからこれでおしまいだよ?朝のHRちゃんと聞いてなかったでしょ」
なにぃぃぃぃいぃぃいいぃぃ!と俺は心の中で勢いよく叫んでいた。
早く帰れるのならばそんなに嬉しい事は無いじゃないか。自由こそ全て!
「ありがとう音羽さん!」
俺は音羽さんに礼を述べると、はよ終われ!という気持ちで席につきHRを待ち・・・そしてそれは終了となった。
「なぁ智也」
「三上君」
信と音羽さんが同時に声をかけてくる。二人ともなんだ?
「いやな。昨日の留守電聞いたろ・・・?テスト勉ついでにどっかの飯屋でちょっと話さないか?」
「ああそういう事なら翔も」
「あいつならもう席を取ってくるって言ってたけどな」
相変わらず行動の早い奴・・・。
「三上君にテスト勉強付き合ってもらおうって思ったんだけど・・・話があるなら・・・」
「いや音羽さん。来てくれないか?テスト勉もするし・・・第三者の意見も聞きたいってのあるからな」
なんでだろう。この時音羽さんと一緒にいたい気持ちが不思議と自分でも判った。
何故?さっきのどことなくぎこちない笑顔が気になってるから・・・?
「うーん。そうね、この間随分関わっちゃたみたいだし。私も今更断れないかな♪」
何はともあれ俺たち四人で勉強会という名目の相談会第二弾が始まる事となったのだった。
・・・と思いきや。
バーガーワックの一画にて。
「テスト終わるまではこの話は無しだ!」
てっきり昨日の話って信が言ってたからどうにかすると思ってたんだけど・・・。
「な、信どういう事だよ」
「バーカ。人はそんないくつもの事を集中できねえんだよ。テスト諦めてようが気になってしょうがないだろう?」
「信の言うとおりだな。中途半端なままじゃ唯笑をどうこうすることも出来ないってわけだ」
「なるほどね・・・一つの事に集中いろって良く言うもんね」
確かにそうだ・・・そうだけど・・・。
「でも・・・早いに越した方がいいんじゃないのか?」
「三上君、今坂さんへの気持ちは判るけど・・・もっとゆったりと話したいじゃない」
「そういうことだ智也。悪いな・・・俺自身整理が・・・いやテスト前にこんな事してなんて考えるからさ」
今は止めよう・・・。いや、みんなそれぞれ一人で考えたいのかもしれない。
「判ったぜ。さーって勉強でも始めますか」
決して問題を先送りにするわけではない・・・が今俺たちがテストという問題を抱えているのも事実だ。
「やるなら何事もとことんやれなきゃ意味が無いんだよ」
信がこんな事を言っていた。唯笑を助けたいならテストとか何もからっぽにして覚悟を決めろって事か・・・?
誰よりも過去を知って苦しんでいたから。知らずにいた俺なんかよりずっと・・・ずっと辛いだろうから。
また唯笑に踏み込むという事は俺自身も多大に傷つく可能性があるということ。いや、100%といってもいいか。
なら・・・せめてこの早く帰れる期間を利用して・・・覚悟を決めてやろう。
まさか信の奴、俺がこう考える事を予測して?
何はともあれ、まだまだ始まったばっかりか・・・。

10/2(火)『まぶしさの裏側』

今日の唯笑も相変わらずではあったが、昨日よりは雑談に応じるようにはなった。
昨日よりは笑顔もあった。その笑顔は誰が見ても判るほどぎこちないものだったのだが。
あの強がりと『智ちゃんには彩ちゃんしかいない』の言葉が交差していく。
結局唯笑の心が怖くて今一歩踏み出す事は出来ないままだ。
どうしたらいいのか判らないままかといって相談する事も今は止めようと言われている今だった。
止まることなく、時間だけが静かに進んでいた。
午前中しか授業がないというのは実に楽だ。
今日もHRも終わったが、どうにも帰る気分にも勉強する気にもなれなかった。
「あそこにいくか・・・」
俺は立ち上がり鞄を持つと、目的地へと向かった。もうすでに唯笑の姿は教室には見えなかった。
「ふぅ・・・やっぱりこう一人になりたいっていうか・・・どうにもなれない時はここに限るな」
俺は屋上へたどり着き、秋風を体に受ける。寒くもないし暑くもない。秋の風はなんとこ心地よい。
大体HR終わった後にこんな所に来る生徒なんて滅多にいないだろうな・・・。
あれ・・・?
「音羽・・・さん?」
フェンスのすぐそばに一人の女性・・・そう音羽さんが立っていた。
目はどこか何かを思い出すようでもあり遠くを見るような目でもあった。
それは決して懐かしんでいるような目じゃない。切なさや哀しさ。そういう物が見て取れた。
その様子は、儚くもろくすぐに崩れ去ってしまいそうな・・・いつもの音羽さんとは違う姿だった。
その儚さがなんだかちょっと可愛く見える。その寂しそうな目を見てると思わず見とれてしまう・・・。
ドサッ
まるで魂が抜けたように、静かに音羽さんは地面へと崩れていた。
これが・・・音羽さんなのか?そう思えるくらい酷く弱々しくて今すぐ抱きしめてやりたい・・・
って何考えてんだ俺は。でも本当に、力になってやりたいって思った。
やがて・・・音羽さんの瞳から静かにあふれ出すものがあった。ゆっくりと頬をつたって、スカートにしみをつくっていく。
駄目だ、こんな所で人がしかも女の子が一人で泣いているところを見てるだけなんて・・・最低だ。
「音羽さん・・・」
俺は意を決して彼女に近づくことにした。
「み、三上君・・・いたんだ・・・」
「ごめん・・・見るつもりは無かったんだけど・・・」
「ううん・・・私も気付かなかったから。ちょっと昔を思い出してね」
昔・・・。俺にも忘れていなければ耐えられなかった過去があるように・・・音羽さんにも?
「そうか・・・ごめんな。」
「なんで・・・?どうして謝るのよ・・・」
「どう考えても俺非常識だろ?泣いてる女の子を見てそれでいて声かけるなんて」
一人でいたい時だってあるのに、その領域に踏み込んでしまうなんて最低だと今更思う。
「あ・・・。でも謝られても困るな。三上君は心配・・・してくれたんでしょ?」
「こんな所で泣いてて・・・放っておけない。いやこれ以上俺の周りで悲しみの涙を見たくないから」
そんな事二度とごめんだ。俺の周りで辛い想いをしてる人がいたらどうにかしてやりたい。
「これ・・・以上?」
「・・・ああ。それより・・・向こうで何があったか聞かせてくれないか?無理にとは言わないけどな」
「三上君・・・。ごめん、私なんだからしくないよねっ」
「まぁいいんじゃないか?泣きたい時は泣けばいいってよく言うだろ」
ふと翔の姿が音羽さんと重なる。悲しいはずなのに誰よりも平静を装って・・・きっと裏で一人泣いてたような奴。
「三上君はやっぱり優しいんだね・・・。向こうで・・・本当色々あったよ?」
色々か・・・。楽しい想い出もあるだろうが・・・もちろん話したくない事もあるよな・・・。
「そっか。でもまぁ無理すんなよ?音羽さん笑う時もたまに無理してるように見えるから」
「え・・・?」
「俺の気のせいかもしれないけどさ。過去の事であんまり無理しないでって事。俺は邪魔みたいだし行くよ」
言うだけ言って逃げるみたいだったけど・・・彼女を一人にしてやるのが得策だと思ったから。
俺と同じように・・・一人で整理する時間だってあっていいんじゃないかって思ったから。
そうでなきゃ100%人が来ないと思われる時間に屋上なんて来ないと思う。
「待って、三上君!」
だが予想外な事に俺は音羽さんに呼び止められていた。
いったいどうして・・・?
「俺なんか言ったか・・・?それなら謝るけど」
「違う・・・そうじゃないよ・・・。これからテスト勉強付き合ってくれる?」
彼女が何故俺を誘うのか判らない。けれど断る理由もまったく無かった。
「俺なんかでよければいくらでも・・・かな」
「ありがとう♪それじゃさっそく行こうよ」
さっきまで泣いていたというのが嘘かのように明るく振舞っていた。
だけどやっぱり・・・どこか陰りが見える。無理してるようにしか見えなかった・・・。
ならせめて。彼女の願いくらいには応えてあげようと俺は静かに思った。
バーガーワック。全国どこにでもあるハンバーガー店。
品物一個で長時間滞在できるという学生には、しかもテストの今の時期には実に丁度いい場所だ。
俺たちと同じことを考えている生徒も多く、澄空の制服を着ている生徒は相変わらず多い。
「さーてと。席はここで良いよね?さっそくはじめよっか」
音羽さんがそう言って取り出した教科は・・・す、数学!?
確かに一番苦手だとは言っていたけど・・・だからってさぁ。
「数学は・・・」
「二人でやればなんとかなるって思わない?」
まぁ音羽さんとなら数学やってもいいかな・・・一人じゃ絶対にやらないけど。
こうして俺たちの勉強会は始まったのだが。
「ここはどうなるんだ?」
「うーん・・・」
二人共々数学が苦手なためになかなかこれがはかどらない。
音羽さんは何度も真剣な目で考えている。ほんとさっきの屋上での光景が嘘のようだ。
「ここは・・・えーと・・・三上君ならわかるでしょ?」
「俺に聞くな!」
こうして悪戦苦闘の時間は果てしなく続くかのような気さえしてきた。
頭の中には数字と記号が羅列されているような気がした・・・。
「ふぅ・・・今日はこんなもんにしとこう」
ようやく音羽さんが数学地獄から解き放ってくれた。あぁ・・・数学って疲れる。
「俺数学だけは無理なんだよ。はぁ・・・」
俺たちはハンバーガーを追加注文すると、しばらく雑談を繰り広げていた。
にしてもよくみると、澄空の制服を着たカップルがいっぱいいるよな・・・。
中には不釣合いな二人とかもいるけど・・・。ん!?
そういや今は信も翔もいないから俺も音羽さんと二人・・・。
これってはたから見たらどう見ても・・・
「三上君?どうしたのー?また考え事かなぁ?」
「俺たちって周りからみたら恋人みたいだなぁ・・・って。あ」
言ってしまった。本人の目の前で・・・は、恥ずかしい事を。
「ふふふ、私と三上君が?そうかもねっ。」
あら・・・ちょっと予想外。怒られるかもって思ったんだけど。まぁ怒ってないからいいか。
「それより、どうして俺を勉強に誘ったんだ?音羽さん友達もいるし何も男の俺じゃなくとも・・・」
よりによってあんな光景を見た俺を、だ。普通なら最低とかなんとかいっておしまいなところを。
「うーん確かになんであの時見てたのよって思ったけど・・・」
「ホントあの時はわるかった・・・」
「だから謝らないでいいって。強いて言うなら三上君なら信じてもいいかなぁって思ったから」
「俺を・・・?」
真実から目を背けてきた臆病者の俺を・・・?
「まぁお隣さんだからねっ。あの時出会った友達と転校先で隣なんてビックリしちゃったもん」
あの時出会った。そう言った時に音羽さんの表情がわずかに陰ったような気がした。
やっぱり音羽さんも過去に何かあるんだな。でもそれに踏み込む事は出来ない・・・。
みんなが俺にそうしてくれたように。
「そうだな。俺も音羽さんと隣になれるなんて思ってもなかった」
唯笑が泣いていた事実を知っていながら。こうして音羽さんと楽しそうな会話をしている俺。
日常に身を任せて結局は問題を先送りにしているのではないか・・・?
いつもそばにいた唯笑といられないから、そのかわりに音羽さんを求めているんじゃないのか?
今も眠る彩花のかわりとして・・・。くっ!そう考えると寒気が立ってくる。そして音羽さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。
『ほぉら!いつまでもそうしてちゃ駄目!新しい居場所に歩き出さないとね?』
今・・・俺の中で彩花の声がした気がする。多分、記憶の中の彩花の言葉だ。あいつにはいつも励まされてばっかりだったから。
「三上君・・・?大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ。まぁ考え事」
「ふぅ〜ん。あんまり無理しちゃ駄目だよ?溜め込みすぎはよくないんだからね・・・」
そう言っている音羽さんはなんだか自分自身に言い聞かせるようだった。手を胸に置いて確かめるように言っていたから。
「音羽さんこそ、な」
「え・・・?」
「それじゃ、今日は帰ろうぜ。もう明後日からテストだろ。」
俺はそのままハンバーガーなどの乗っていたトレイを持って立ち上がった。
「音羽さん、俺先帰るよ」
何故だろうか。彼女と一緒に帰ろうって気分にはなれなかった。
今日だけじゃないが・・・所々見てきた音羽さんの陰りの笑顔。あれに触れてはならないのではないかと。
そして、今すぐその中に踏み込んでいってしまいそうだったから。
「三上君・・・」
最後にふっと、音羽さんが俺の名前を告げるのが聞こえた。
きっとこれでいいんだよな。きっと・・・

10/3(水)

もうテスト前日。けれど色々ありすぎたせいだろうか・・・?
実感などまるで無いに等しい。元々勉強なんてやらないほうだからな。
それでも最初はきっちりまじめにテスト勉強をしていた。
だが・・・それどころじゃなくなってしまったんだ。大切な事を忘れていたからな。
今日、ついに唯笑は待ち合わせ場所に姿を見せなくなっていた。
俺から逃げている。それはすぐに判った。だがテストが終わらない事にはリアクションを起こせない。
というよりもテストという存在が邪魔をしている。いや、そんなのはただの口実だな。
結局決意しておきながら、俺も唯笑から逃げてるんだから。
『智ちゃんには彩ちゃんしかいない』そう言ってみせた唯笑の涙。
『色々あったんだよ』そういいながら微笑んだ、けれど寂しそうな音羽さんの笑顔。
『ずっと一緒にいようね』と約束した・・・だけど今は眠っている彩花・・・。
俺の中で複雑な物が交差している。いったい俺は今何をするべきなのだろうか。
ひゅううううう・・・
気がつけば、屋上に来ていた。フェンスの向こうを見つめながら秋風をしっかりと感じる。
風がなびく。全てを吹き飛ばしてくれそうな・・・だけど、俺の悩みなど吹き飛ぶはずもないのも事実だった。
「・・・君?」
誰か横にいる・・・?
「三上君?」
ひゅううううう・・・
また風が吹く。その隣のラフなショートカットもなびいていく。
「音羽さん・・・どうしてここに?」
「一人になりたい時は屋上に・・・こうやって来てるの」
俺と同じか。やっぱり音羽さんは過去に何かあるんだろうか。
「もうHRも終わっちゃったよ?三上君どこ行ったんだろうって思ったよ?でも屋上にいたんだね」
「俺も、一人になりたい時はここに来るからな」
また風が俺たちを撫でる。天使のいたずらのように、ふわっと。
「三上君最近ずっと悩みっぱなしだね。土日なにがあったのか知らないけど」
俺が思い出した事なんて解決じゃなくて結局これでやっとスタートラインについた、くらいだから。
「まぁそうかもな。でもここに来てる以上音羽さんも、だろ?」
「うん・・・」
「色々大変だよな・・・ほんっと」
「聞かないんだね・・」
「だって聞いてどうにかなるもんじゃないし・・・何より一人で整理したいんじゃないかな。
 人の過去に触れてどうこう言いたくないしさ。俺がそうだったように」
過去に縛られて傷つくのだけは、もう嫌だから。その傷をいたずらに広げて治癒を遅らせる事なんてしたかない。
「そうだね・・・。」
「ほら、もっと笑えよ。元気が無いと音羽さんらしくないぞ?」
「私らしい・・・?三上君・・・私の事全然知らないでそんな事言わないでよ!」
「まだ会ってすぐだから音羽さんの事確かにそんなに知らないよ」
「じゃあ何で。そんな知ったような事いわないでよっ!」
「でもさ。元気があるほうが音羽さん楽しそうだと思うぜ?まぶしいくらいに笑ってさ。
 でも最近は笑ってもどこか元気が無いし、屋上で寂しい顔するばっかだ。
 オレが言える立場じゃないけど・・・笑った方が、か、可愛いんじゃないか?」
さすがに最後のはちょっと恥ずかしかったけど、笑顔の音羽さんは本当にいい顔をしてたと思う。
「三上・・・君?あ、ごめん。私怒鳴っちゃったりして」
「気にするなって。俺が無神経に踏み込んだようなもんだしさ」
ふぅ・・・ちょっとビックリしたけど、音羽さんはととと同じように感情をオープンにするほうだから意外なほどでもなかったかな。
「笑ってた方が可愛いって自分で言って恥ずかしかったでしょっ」
「べ、別にいいだろ」
「ふふっ。三上君、ありがとね。」
素直にお礼を言う音羽さんはいつもの笑顔とまではいえないが明るさを取り戻していた。
「今日も・・・テスト勉強でもするか?」
「え、いいの?」
「丁度俺も相手が欲しいなとか思ってた所だ」
「じゃあお言葉に甘えてっ」
こうして音羽さんの心と少しずつ触れているうちに何かが見えてくるかも知れない・・・と俺は思った。
こんな甘い考えだからいけないのかもしれない。そう判っていながらもどうすることもしない俺・・・。
俺たちはバーガーワックではなく、図書室へと向かうことにした。
何か、予感がしたから。俺を呼んでるのか呼び寄せるのか判らないけど。
「あれ、今坂さんじゃない?」
図書室に入ってすぐに音羽さんはそう言った。音羽さんが示す方向には確かに唯笑の姿がある。
唯笑の顔を見ると、どこか目が赤いのが遠くからでも判った。そうして唯笑を見ていると、俺の視線に気付いたのか顔を背ける。
と思ったら真っ先に荷物を詰め込み、図書室を走り去っていってしまった。
「三上君・・・追いかけなくていいの?」
「今の俺にそんな資格なんて・・・」
パシッ
図書室内にその音がよく響いた。
「資格なんて関係ないよっ!大切な幼馴染でしょっ!どうして今までそうやって逃げてきたのよっ!
 今坂さんきっとずっと寂しかったはずだよ!水無月君とか稲穂君とか私とかに相談して・・・
 今坂さんは放っておいたっていうの!?そんなの・・・そんなの酷いよ!」
ここは図書室だというのも構わず音羽さんは俺に対して怒鳴りつけていた。
けれど。その瞳からはゆっくりとこぼれおちる雫が・・・
「私三上君って優しいなって思ってたのに、今坂さんには冷たかったって言うの?行ってあげてよ!」
「音羽さん・・・あまり三上さんを責めないであげてください・・・三上さんは・・・」
さすがにまずいと思ったのか、双海さんが間に入って止めに入ってきた。テスト勉強をしていた生徒たちも何事かとこちらを見ている。
「三上君が何よ!何が判るって言うのよ!」
「音羽さんの言うとおりだ・・・。ありがとう、やっと覚悟がついたよ。あとで何でもおごるからなっ!」
そうだ。俺に何が判るって言うんだ?思えば先週から。みなもと唯笑との登校中に彩花の夢を見てから。
あの時から俺はどことなく唯笑から遠ざかっていた。心の中に彩花がいるのが知られたくないから。
記憶をしっかりと思い出していなくても感覚で判っていたんだろうな、きっと。
そして悟られまいと唯笑から遠ざかって、いつの日か唯笑の事を忘れるように考えなくなって・・・!
思い出したら思い出したで自分だけ責めて辛いって思い込んで。唯笑の事なんかこれっぽっちも考えちゃいなかったんだ。
そうして今も音羽さんといる事で自分を誤魔化してたんだ。そうだ・・・俺にあいつの何が判ってやれたんだ!
叩かれて当然だな。
「ありがとな!音羽さん」
俺は振り返らずにそう言うと、急いで唯笑の後を追った。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
なんとか校門の所で唯笑に追いつく。ここまで飛ばしてきたから結構息切れしていた。
「智ちゃん・・・どうして?どうして唯笑に・・・」
「唯笑、ごめんな。お前に謝らなくちゃならない事がいっぱいある」
「唯笑智ちゃんに謝られる事なんてないもん!」
乱れる呼吸をゆっくりと落ち着かせる。熱暴走している頭を冷ましていく。
「俺はお前の事何にも考えてなかったんだよ。いつからかな、彩花の事をしきりに思い出すようになってた。
 次第にお前の事は俺の中から消えていったよ。過去の中の彩花に会ってそれで満足してた自分がいた」
「智ちゃんには・・・彩ちゃんしかいないから・・・」
「本当、その通りだったのかもしれない。俺の中に彩花という存在が大きくなるにつれて、
 俺はお前から逃げてたんだよ。本当の自分が思い出すことを恐れて。彩花の事を唯笑に知られたくなかったから!」
「じゃあどうして。どうして今唯笑を・・・」
「彩花の事ちゃんと思い出したら余計に彩花の事でいっぱいになってた。
 日曜日唯笑が俺の家に来た時。あの時も正直出たく無かったよ。
 出てみればお前は俺の思ってることまんまと見抜いてたよな・・・。
 俺は彩花の事考える事でお前から逃げていたってのにな。」
彩花と俺。そして信と翔。そこまでだった。一片たりとも唯笑の事考えてはいなかったから。
「見失ってたんだよ・・・自分を。音羽さんと楽しくいられればそれでいいかなって。
 実際はそうやって、彩花のかわりを求めているだけだったんだ。無論唯笑もな・・・。
 こんな俺を許してくれるかどうかは判らない。でもちゃんと言っておきたい。」
「智ちゃん・・・」
「さっき・・・音羽さんにおもいっきり叩かれてな。それでやっと目が覚めたんだ。
 大切な事にも気付いた」
「え?」
「お前は俺の幼馴染で彩花の幼馴染でもあるだろ。
 なら彩花の事ずっと忘れなかったお前が一番辛い想いをしてたと思う。だけど・・・さ。」
俺はポンっと唯笑の肩にしっかりと力を込めて手を添える。
「だったら俺たちが共に彩花の事で逃げたり責めたりしてちゃ、駄目だろ?」
「智ちゃん・・・そうだね・・・。」
「俺たちがこんな事してたら彩花に笑われるだろ?
 お前の気持ちも判るがな・・・好きな奴を誰にも取られたくないって言うの」
「うん・・・。彩ちゃんさえいなければって思った事何度もあるよ?
 でも、想いは届かなかったから祝福するしかなかった。智ちゃんが幸せならそれでいいって言い聞かせてた。
 だけどね?彩ちゃんがあんな事になって・・・智ちゃんは覚えてなくて・・・。
 それでも楽しかった頃の彩ちゃんが智ちゃんの中にいてそれが大きくなるのも判ってたんだよ?
 日曜日智ちゃんが思い出してそれで何を考えてるのか判ってこうも思ったよ。
 これ以上智ちゃんを縛らないでよっって。彩ちゃんの事憎んでばっかりだったんだよ・・・」
俺自身の弱さが。過去にすがっていた俺が。全てが彩花にいってしまったんだ・・・。
「俺が彩花がいなくなった事認め切れないから・・・どうしても彩花とだぶらせたりしたから。
 だから唯笑にそんな迷惑をかけてたんだ。しかも俺はそんな唯笑から逃げてばかりでさ。
 だけどもう止めようぜ・・・」
「やめる・・・?」
「過去に縛られすぎたんだよ、俺たちは。」
「過去・・・に?」
「ああ。彩花の事ばっかり考えて結局自分も見えてなかっただろ?
 俺は逃げて、唯笑は彩花を責め続けて。それじゃあ何も得られないから。
 お互い彩花の事を笑い合えるようにしようぜ。
 三人とも幼馴染だったはずなのに・・・こんなの哀しいだろ?
 だからもうこんな事はやめにしようぜ?」
唯笑は俺の提案に対して何も言わなかった。俺をまだ許せないのだろうか。
唯笑から逃げ続けていた、彩花のいる場所に逃げた俺を。過去を忘れ去っていた俺を。
「俺たちは幼馴染だろ?彩花も大切な大切な幼馴染。それで充分じゃないのか?」
自分勝手だって判ってても、それでも・・・俺は気付いたから。大切な事に。
「だけど・・・唯笑は・・・」
「・・・彩花の事もお前の事も・・・まだ何とも言えないが、答えを出すまで見ててくれないか?」
「うん。判った。唯笑ずーっと待ってるからね?」
ふぅ・・・やっと笑ってくれた。張り詰めた糸が解けたように肩をなでおろす。
「ふぅったく。お前は世話かけすぎるんだよ。」
「そんなことないよぉ。あれ・・・?智ちゃんその頬どうしたの?」
「さっき言っただろ?音羽さんが俺の目を覚ましてくれた時に・・・」
「三上君・・・!」
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえる。間違いなく、音羽さんだった。
「三上君・・・そのさっきは言いすぎて・・・」
「一発、良く効いたぜ。でもおかげでうじうじしてたのに目が覚めたからさ、ありがとな」
「良かった、三上君私の事怒ってるかなって思って・・・」
「かおるちゃん、心配しないで。智ちゃんにガツンとやっていいからね」
何が心配しないで、だ。まったく・・・。でもあれくらいやってくれたほうがこっちもすっきりするもんな。
やっぱり音羽さんはこう大胆に明るい方が似合ってるな・・・。
唯笑もいつものように笑ってる。この普通がどれだけいいことか、今更感じた気がする。
「それじゃあ二人とも、テスト勉の続きでもするぞ」
俺たちは再び図書室で勉強を再開することにした。
ガラガラガラ・・・
その前に言っておかなくちゃならないな。
「双海さん、ごめん。さっき俺たちうるさくしちゃって」
「私も大声出しちゃって・・・」
「これからは気をつけてくださいね?でもそれだけ大事な物があるって事ですよね。あまりお気になさらずに」
そう言ってあっさりと俺たちを許してくれた。以前のような感じはすっかり消え始めているようでこっちも気が楽だ。
「それじゃぁ、三上君に今坂さん。さっそく勉強しましょ」
そう言って取り出したのは・・・またも数学。確か唯笑も数学苦手だったと思うんだけどなぁ・・・。
俺たちはなんとか数学と格闘をしていた。悩んで悩んでやっと見つかって。まるで人間の悩みごとみたいだ。
あまりに悩みまくっていると、あっというまに下校時間は訪れていた。悪夢から解放されたって感じだ。
精神的に疲れたという表情を見せながらも、俺たちは帰路へとついた・・・。
結局電車内までみんな同じだったのだが。唯笑は言うまでもなく唯笑の家まで一緒だったが・・・。
家に帰るといつものように鞄を放り投げ、飯を作り、シャワーをあびる。
そういえば土日に親が帰ってくるって行ってたし少しは綺麗にしておかないとな。汚いと怒られるし。
さすがに夜中に掃除機は近所迷惑なのでほうきでさささっと掃除をしておく。
やる事がなくなると、一日の疲れが終結したかのように俺は布団へとダイブした。
「ふぅ・・・」
一日分の大きなため息をはく。あんな形で唯笑と元通りになるとは思わなかったからかな。
それにしても、信と翔の真意が判らない。何故唯笑の事はテスト後に相談だ、等と言ったのだろうか。
唯笑の事を相談する事を拒んだ理由。何かあるんじゃないか・・・?あいつ等のことだからな。
まぁいいか。今日は寝よう・・・明日明後日と中間テストがあるしな・・・
俺は全身の力を抜き、眠る体制へと入った。この夜久しぶりに彼女に会った・・・

「智也ぁ!ちょっと勉強大丈夫なの?」
「ああ、今日だって唯笑と音羽さんと勉強したから・・・え?」
彩花がいるのに唯笑と音羽さんと勉強したはずはない。じゃあ、この夢は何なんだ?
「え・・・?ってどうしたの?間抜けな声なんかだしちゃってさ・・・」
そういえばあの時も。ととと初めて?テスト勉した時もリアルにととの事覚えてた・・・。
「彩花・・・お前は・・・?白い傘は・・・?病院は?」
じゃあ目の前にいる彩花は何なんだ・・・?夢にしてはリアルで・・・。
「智也・・・?何・・・言ってるの?」
それじゃあこれは・・・俺が過去にすがって作り出した・・・ただの幻か・・・。
あの時漫画の言葉の意味を尋ねられた。『最初から好きじゃなかったの』の意味を。
そして俺は思いつく事を言ったけど、結局彩花は何も言わないまま夢は終わったんだ。
何も言うはずなんて無かったんだ・・・。俺が彩花との想い出を、彩花と一緒にいたいという願いを夢だけでかなえようとしていたんだ。
そうだ。中学二年入ってすぐの時、同じ台詞を尋ねられた時も彩花は何も答えなかった。
つまりその再現の夢なら彩花が答えるはずは無い。俺の記憶の中の彩花は答えてないから・・・。
俺が作り出した、俺の知っている彩花は・・・答えなかったから。だから言うはずもないんだ。
「俺は想い出したんだよっ!あの雨の日の事・・・翔や信からお前からの伝言だって聞いてる」
過去の呪縛を完全に解くために・・・俺は前に進まなくちゃならないから・・・
「そっかぁ・・・智也思い出しちゃったんだ・・・ずっとこうして私と会えれば幸せだったのに」
ぐ・・・頭が痛い。負けるな・・・これは俺の作り出した幻なんだ・・・
「彩花はそんな事言わないっ!どこにいたってずっと一緒なんだよ。心の中でな・・・」
「・・・智也・・・智也・・・!ここでずっと会えるでしょ!?智也が私を・・・」
あの言葉の使い方。今なら判る気がする・・・彩花が何も言わなかったあの言葉の意味を。
何よりも・・・二人の絆を切るのに効果的な言葉の一つだから。決意するための言葉だと思うから。
「俺はお前を好きなんかじゃないんだよ!」
だから、言わなきゃならない。幻想の彩花とさよならを告げるために。中途半端な夢はもう終わりにするから!
「俺が作り出した幻でしかないお前なんか・・・好きじゃない!」
冷たく彩花に言い放った。けれど目の前の幻は静かにニッコリと微笑んで・・・
「それでこそ智也よ。私の大好きな大好きな智也・・・やーーっと前に進み始めたんだね?」
今の言葉は決して幻なんかじゃなくて・・・俺の大好きな彩花そのものだった。
「私が眠っていたってずーっと一緒なんだからねっ!?もう唯笑ちゃんを泣かしたりしないでよ?
 それじゃぁ・・・また・・・ね?」
そう言って幻だったはずの彩花は静かに・・・静かに消えていった・・・。
きっと俺自身判ってたのかもしれない。俺自身こんな事をしていたら彩花に何を言われるか・・・。
誰よりも彩花の内側を知っている自信が今の俺にはあったから・・・。
そうだよな、彩花?
ゆっくりと、過去と言う名の鎖は。傷は。消えていこうとしていた・・・

10/5(金)

ようやく悪夢のようなテストは終了となっていた。出来は・・・お世辞にもいいとはいえないだろうけど。
特に昨日のテストは理数系ばっかで勘弁してくれって感じだったな・・・。
『テスト終わるまではこの話は無しだ!』
ふと信が言い出した言葉を思い出す。あまりにも矛盾したこの台詞を。
そもそも前日の留守電には屋上ででも話そうぜと言っていたはずだった。
なのに、何故・・・?だが結局は音羽さんのおかげで唯笑とはなんとか今までどおりの関係に戻れているんだな・・・。
「智ちゃーん、テストどうだった?」
当たり前のように唯笑が俺のほうへいかにも興味津々といった感じでやってくる。
「・・・まぁ俺的には完璧だぞ」
全然完璧じゃないけどな、実際。わざわざ最悪だったぁとか言ってもしょうがない。
「ふぅーん。唯笑はまぁまぁだったよ」
俺と唯笑の成績は大して変わらない。俺より唯笑のがすこーし上のくらいだ。中の下ってくらいだろうか。
「おっ智也!今回のテストは自信があるぜっ。テスト返しに五百円かけようぜ!」
「望む所だ!」
なんか妙に誇らしげな顔した信がこっちへやってくる。そういいつつ結局いつも勝ってるの俺なんだが。
「智也。ちょっと二人で話があるんだ。飯、食いに行こうぜ?どうせ暇だろ」
ふと信の声が変わった。何かある、そう思った俺は無言で信にうなずいた。
「じゃあ俺ら、寄る場所あっから。じゃあな唯笑」
「えぇー唯笑も行くぅ」
「駄目だ唯笑ちゃん。男同士の付き合いっていうのもあるんだ。判ってくれ」
そう言うと聞こえ悪いような気もするんだが・・・まぁいいか。
「判った・・・じゃあね智ちゃん、信君」
そう言って唯笑は先に教室を飛び出していった。
信が唯笑を帰したとなると・・・話の内容も予測がつく。
「よし、それじゃあ行くぞ!そうだなぁ・・・ちょっと喫茶店にしよう。俺の姉貴が働いてるから長居出来るってわけだ」
「ほう。なら行くか」
俺たちはさっそく喫茶店へと向かった。
これから話す事が判っていたのかそれを隠すかのように俺たちは明るかった。
喫茶店に入るとすぐに信の姉さんが出迎えてくれた。どうやらウエイトレスだったらしい。
「あら信。それに智也君ね。もちろん禁煙席よね・・・それじゃあっちね」
信の姉さんは手際よく俺たちをテーブルへと案内してくれる。
いっつも思うんだけど信の姉とは思えないほど綺麗なんだよなぁ。
俺たちはさっさと注文すると、しばらく雑談を楽しんでいた。
それは俺が丁度紅茶を口に含み今にも喉へと通そうとしている時だった。
「なぁ。智也ってさ、唯笑ちゃんと付き合ってるのか?」
ブーッ
思わずはいてしまった。タイミングいいというかお約束と言うか・・・。
とにかく俺はあまりもの信の一言に紅茶を勢いよく放出してしまった。
信は濡れた顔や制服を拭こうともせずに平然としている。そしてまた、
「智也ってさ、唯笑ちゃんと付き合ってるのか?」
見事に先ほどとまったく同じ声だ。これぞリフレイン!
それも無感情ともいえるほどのすまし顔で言い放つから恐ろしい。
大体なんで俺は唯笑と付き合わなきゃならんのだ。
幼馴染が付き合うのはお約束過ぎて現実はそうでも・・・あるか。
現に彩花と付き合ったからなぁ。俺にはそれを否定する事は出来ないのか。
だがそれとこれとは話が別だ。いきなりこんな事言われて冷静でいられるか。
「智也ってさ、唯笑ちゃんと付き合ってるのか>」
まるで・・・アンドロイドか何か。もしくはCDのトラックを何度もかけつづけてるかのように。
俺の返事を求めるようにこの言葉を繰り返してくる。
「俺は付き合ってない!そんなの見りゃ判るだろうが。あいつはただの幼馴染だ。
 幼馴染であってそれ以上でもそれ以下でもない。何度でも言うぞ、恋人なんかじゃなく幼馴染でしかない」
俺は言い切った。なぜかちょっと胸のあたりにチクリとした感覚を感じたような気もしたが・・・。
「本当にか?」
「あぁ。幼馴染でしかないぞ。強いて言うなら親友とかそのへんだな。まぁそんだけだ」
「なら、唯笑ちゃんに他の彼氏が出来てもいいんだな?」
ああ、そういえばこいつ唯笑に好意を寄せてるんだった。言うつもりか?
「あいつが望むならいいんじゃないか?幼馴染として唯笑の事応援してやるぞ」
そう、大切な幼馴染ではあるがこれでいいんだ。俺に誰かを愛してやる資格はきっとないから。
「そうか・・・なら俺が唯笑ちゃんに想いを伝えてもいいんだな?」
「勝手にしろって。大体なんで俺が唯笑や信の恋愛をどうこう言わなきゃならない。俺は保護者か!」
まったく、変に神経質だなこいつ。言いたいなら言えばいいじゃん。
「そうか・・・判った。実はだな・・・俺が唯笑ちゃんの事留守電で相談しようと言ったよな?」
突然その話に切り替わったのはちょっとビックリしたが、俺は静かに話しに耳を傾けた。
「だけどこのまま智也と唯笑ちゃんが進んだら俺の気持ちはどうなるんだろうなって思ってな・・・。
 だから結局こんな気持ちじゃ本当に力になれずにもしかしたら智也を恨むかもしれないって思って相談にのるのもやめたんだ。
 翔は『本当に乗り越えるんなら信のやりたいようにやれよ、無論智也もだけどな』って言ったよ」
それとこれとは話が別というか無理やりなような気もするんだが・・・
「つまりだ。唯笑ちゃんを智也に取られるのが怖くて智也を前に進ませたくなかったんだ。今のうちに取っちゃえってな」
気持ちはよく判る・・・。好きな人を誰にも、何にも取られたくない気持ちは痛いほど・・・。
「でも結局は、唯笑ちゃんと過去を乗り越えたな?完全じゃないにしろ。桧月さんの事でギクシャクしてたのが解消された」
「ああ・・・音羽さんのおかげだな」
「それで気付いたんだよ。せこい真似しても意味ないなってな。それで俺は決めた!」
信は一度深呼吸すると、ここが店の中であることも忘れて宣言した
「自分の気持ちに正直に生きるってな!」
一瞬何事かとこっちを見られたが、すぐに店にさきほどのムードが戻る。
『若いね』『青春だね』などと周囲の客に言われてるのが聞こえていた。どうやらさほど気にしてないようだ。
「まぁ偽るよりいいんじゃないか?」
「ああ。それでだ、お前が唯笑ちゃんと付き合ってたりしたらあれだ。意味ないしなと思って聞いたんだが」
そこまで慎重になる理由、俺と唯笑の関係を気遣う理由、まったくもって俺には判らなかった。
「だから言ったろ?あいつはただの幼馴染でしかないって。だからあいつが誰と付き合おうが何しようが知ったこった無い」
再び俺は言い切った。だがやはり何かチクリとするものを感じた・・・何故・・・だ?
「そうか。なんだ余計な心配だったのかぁ!」
「そういう事。だから唯笑の事なら相談に乗ってやるって」
「おう!頼むぞぉ智也!俺と唯笑ちゃんがラブラブになるためにっ!」
だがそういいながらも信の目は何処かすっきりしない感じだった。何故・・・だろう。
「信、あまりお店で大声出さないでよね?」
レジで会計を済ませるときに信は注意されてしまっていた。熱くなると周りが見えないからなこいつ。
「さぁてと。帰るか」
なんだかよく判らないまま俺たちは帰路へついた。
一つ確かなのは信が唯笑に告白を決意したくらいだろうか。
家へ帰るなり、テストの精神疲労もあってか速攻ベッドに横たわる。
・・・なんで唯笑の事を幼馴染だと割り切るだけで変な気分になったのだろうか。
もしも唯笑を選んで彩花と同じような目にあったら・・・俺はもう今度こそ記憶どころか自分の存在すら否定しそうだ。
唯笑だけじゃない。俺は誰かを好きになったらいけないんだ。好きになっても彩花の影を何処かに重ねるだけでその人自体を見ないし。
だったら最初から好きにならないと決めておけばいい。そう割り切ったはずなのに・・・。
やはりまだ割り切れて無かったのか・・・?彩花がいなくなってからずっと一緒だった唯笑の事を・・・?
そう思う一方で早く彩花に目覚めて欲しいと強く彩花の事を想ってもいる・・・。
このままどっちつかずのままじゃどうしようもない・・・。かといって選ぶ事は不幸にするだけだ・・・。
「ならどうすればいいんだ・・・?」
声に出してみるが答えなど返ってくるはずもなかった・・・。
このまま誰かを傷つけて自分も傷ついて・・・シアワセも何も生まないまま過ぎていくのだろうか?
信が行動を起こせばこの今までの当たり前も変わるんじゃないか?駄目だこうやってまた誰かを頼ってる。
答えなど見つかるはずも無く、思考が回り続けていた。
もやもやしてきたので気分転換にベランダに出て外を眺める。
俺の気分とは裏腹に澄んだ空に星が瞬いていた。
いや、俺の気分そのものかもしれない。暗闇の中で悩みがあちこちに光っている・・・とも取れる。
星をそして月をぼんやりと眺める。ふと彩花の事が強く頭の中を横切る・・・
こうやって夜空を見てるとなんだか懐かしい気分になってくる。
当たり前のように彩花は夜中でも俺の部屋に乱入して来て、一緒に星を見ようとか言ってきた。
彩花が綺麗だねぇと言っても、俺は何処が?とか言うばっかりだった。
当たり前のように一緒に星を見てた。だけど・・・今彩花は・・・。
もう一度、夜空を見上げる。漆黒の中の星の光は儚くそして脆く感じた。
キラッ
俺の目はそれを捉えた。その漆黒の中を翔ける一筋の光を。

『ねぇ智也?』
『なんだよ』
『流れ星にお願いするとその願いが叶うって言われてるよね』
『ああ』
『智也だったらなんてお願いするの?』
『それはだな・・・えーと・・・秘密だ!そういう彩花こそなんだ?』
『えーっと私はねぇ・・・えっと・・・やだ!私も秘密!』
『何顔真っ赤にしてんだ?恥ずかしい奴』
『あー見て智也!流れ星!』

あの時俺が流れ星に願った事は、彩花とずっと一緒にいられるようにだった。
今彩花がギリギリの所で眠り続けているのはこの願いが叶ったからじゃないだろうかと思う。
たとえ、流れ星の話が気休めでもそれで充分だ。そう思いたいだけでもいい気がした。
だから今日は新しい願いを込めた。気休めだけど、何も願わないよりはましだったから。
『彩花、いい加減目覚ませよ』
とても祈ってるような口調じゃなかったが、そう願った・・・

10/6(土) 『再会〜LostMemory〜』

なんだ?なんか違和感があるぞ?
朝起きるとどうも下の階から音がする。泥棒か!?いや戸締りは完璧のはずだ・・・。
時間は・・・午前十時。一体なんだってんだ。俺は恐る恐る一階をのぞくことにした。
「母さん。帰ってたのか」
気付くと単身赴任した親父のもとへ飛んでった母さんも帰ってきていた。
すぐ脇にはその親父の鞄も置いてあった。不意打ちだ・・・そういえば今日だったっけ。
前日くらい電話入れておいて欲しいもんだけど、まぁいっか。
もしかして俺が気がついてないだけってこともありうるな。昨日は結構何にも考えてなかったし。
「智也、ご飯とか大丈夫なの?」
もう一人暮らし当然なのは中学からだから今更こんな当たり障り無い事言われてもなぁ。
「ん、別に大丈夫だけど」
「そう、なら心配ないわね。えーと他に何かあった?」
親が帰ってきたなら・・・絶対言わなきゃならん事もある。
「彩花のお見舞いに行ってきた」
俺は過去を思い出したとも言える発言を投下した。投下って言うのも変な話だけど。
「智也・・・大丈夫なの?彩花ちゃんの事・・・」
「三年前の事、思い出したよ。俺逃げてただけだった」
母さんは何も言わなかった。三年前の事については。
その沈黙が空気を変なものへと変えていく。
「そ、それじゃあ俺行ってくるよ」
いきなりこんな空気になるのが辛かったので俺は逃げるようにして自分の自転車にまたがりはしっていった。
母さんは俺を止める事も何も言わなかった。ただ・・・辛そうに俺を見ていた。
もしかして、俺を慰める・・・一人にしてやるためにも母さんは親父のところへいったのだろうか。
ふとそんな疑問が俺を刺激した。
俺は無我夢中で自転車を漕いだ。必死に漕ぎ続けた。何処へ向かうなど何も考えずに・・・
そして俺は自転車を止めていた・・・『藍ヶ丘総合病院』と書かれる表札を前にして。
そうか、無意識のうちに彩花の所へ来ていたのか。俺はふぅと息を吐くと自転車に鍵をかけて病院内へと向かった。
受付で神坂さんを呼び、再び彼女に案内してもらう。
やはり彩花の知り合いが来るのは嬉しいらしく、ニッコリと笑っていた。
けれどもやっぱり心からの笑顔とは呼べる物じゃないこともはっきり判る。体はもう大丈夫なはずなのに目覚めないんだから。
医者として、人として、やっぱりどこかやりきれない気持ちがあるんだろう。
もしかしたら彩花の知り合いや親族に対して申し訳ないとも思っているかもしれない。
彩花・・・お前が一人そうしてるだけでみんな辛いんだ、頼むから早く帰ってきてくれ・・・。
「智也君」
不意に神坂さんに声をかけられる。何だ?
「彩花ちゃんきっと嬉しいと思うわ・・・最近智也君も来てくれるようになったから」
「・・・」
三年間も真実を否定してた。神坂さんはそれに気がついているのだろうか?
ほんとは一番そばにいてやらないといけない存在なのに、俺はずっとそばにいなかった。
「智也君もきっと大変だったと思うわ・・・。でも今彩花ちゃんのお見舞いに来てくれてる」
多分、俺が三年の月日をどうしていたか・・・大体の予想はついているのだろう。
それでも俺を責めるような事はしなかった。むしろ喜んでさえいるように見える。
俺や彩花の事を別に聞いてくる事は無かった。いや、聞き出そうとしなかったというべきか。
彩花の病室まで・・・ずっと。普通なら三年ものうのうと彩花をほったらかしにしたも当然だから
何か聞かれてもおかしくはないだろう。だが神坂さんはそれをしなかった。
「・・・ありがとうございます」
目的地の前にたどり着くと俺は素直に礼を述べた。色々な意味を込めて、だ。
「ふふ、どういたしまして。それじゃあ帰る時は私に言ってね」
やはり気を利かせてくれるのか俺を一人に・・・いや二人きりにさせてくれる。
神坂さんの優しさに何度も感謝しながらも俺はドアノブに手をかけて、中へ入る―
「待って」
不意に神坂さんに呼び止められた。みると不安と期待が入り混じったような表情をしている。
「・・・昏睡状態でもね?耳や肌の感覚とかは本能的に残ってるって時があるの。
 ずーっと眠ってる恋人を必死に呼びかけたら目が覚めたって言う例だってあるの。
 手を握ったら突然目が覚めたりとかね。」
俺になら彩花を・・・目覚めさせられるって言いたいのだろうか?
にしてもいまいちピンと来ない話だ。
「彩花ちゃん待ってるわよ。それじゃ私は行くわね」
そう言って。静かに神坂さんは・・・自分の仕事だろうか・・・戻っていった。
彩花が何を待っているって?俺なら目覚めさせられるかもしれない?
突然あまりにもピンと来ない事を言われたので半ば頭の中は混乱していた。
けれどもここまで来た以上やることだって決まってる。
「彩花、入るぞ?」
そういうと俺は静かに部屋の中へと足を踏み入れていった。
近くにあった椅子を適当に持ってきて、彩花の横に出しそれに座る。
いつもと変わらない様子で彩花は眠り続けていた。
『手を握ったら突然目が覚めたりとかね』
ふと、先ほどの言葉を思い出す。彩花はずっと眠っている・・・もしかしたら。
でも前回だって握ってたから今回だって何も起こらないかもしれないが。
「彩花・・・やっぱりお前がいないと・・・唯笑の奴にも心配かけちまう・・・」
そっと手を握る。駄目、だった。彩花を目の前にして冷静でいられるほど俺は強くなかった。
日常の中でどうしても足りない姿を目の前で見ると、全ての紐がゆるんだような感覚になる。
止まらなかった。白い傘を彩花に返して、彩花はまだここにいるんだって判ったから。
だから余計に・・・眠り続けている彩花がもどかしい。
いるって判ってるんだから、話したい。くだらないことで叩いたり叩かれたり。
彩花と日常を繰り返したい。ただそれだけだ。何も大それた事は望まない。日常を望むだけ。
『資格なんて関係ないよっ!大切な幼馴染でしょっ!どうして今までそうやって逃げてきたのよっ!』
あの時音羽さんにたたかれた時。俺は唯笑の事を考えないようにして必死に遠ざけていた。
彩花の事も楽しい事だけ覚えて真実から自分を遠ざけていた。
彩花。唯笑。俺の幼馴染。
俺は目覚めて欲しい、彩花に。でもそうしたら俺に気持ちを抱いている唯笑は?
結局彩花の元へこうやってすがって、音羽さんの言うとおり唯笑から逃げているだけなんじゃ・・・?
気がつけば今だって唯笑の事を忘れている、考えないようにしている自分がいる。
『智ちゃんには彩ちゃんしかいないから』
そう言った唯笑。俺は答えを出すまで見ててくれ。と唯笑に言った。
それを唯笑も認めてくれた。あのギスギスした俺たちも元の関係に戻っていた。
その、はずなのに。俺の中にはどうしようも無い不安と未だに唯笑から逃げたい気持ち、彩花を強く想う気持ち・・・
ありとあらゆる気持ちが渦巻いていた。そしてここに来て、彩花を見てその全てが今弾けていた。
本当は何よりも頼りたくて、一人でもどうしようもなくて。それでもここまで・・・真実を見てもやってこれた。
だが・・・一度あふれ出た物は止まる事もしらずに、ただ必死にあふれ出ていた。もう理屈じゃなく俺に止める事は出来なかった。
―とここまでが何とか俺が自分自身の事を考えていられた状態だった。
「彩花・・・やっぱりお前がいないと駄目だ。お前のいない日常が哀しいんだ。
 そんな中途半端に眠ってるくらいならはっきりしてくれよ・・・なぁ起きてくれよ!」
強く、そしてしっかり、俺は彩花の右手を両手で握る。
さらに俺の中で何かが波打ち、そして弾けていく。
一人じゃ駄目だ!朝起こしに来てくれ!
また一緒に雨の中を帰ろう!まだまだお前と行きたい場所がいっぱいあるんだ!
もう限界だからっ!お前がいなきゃ・・・彩花がいなきゃ・・・俺耐えられないからっ!
「彩花っ!お願いだ!起きてくれ!頼むよっねぇ!目を覚ましてくれよぉぉぉぉぉぉぉ!」
一度弾けた気持ち。もう止まらない。支えが無くなった気持ちは次から次へと暴走するかのように溢れていく。
弱々しくて、頼ってばっかで、どうにもならなくて。それでも彩花のいない日常に耐えられないから。
グン
不意に両手に力を感じた。両手にあるのは・・・彩花の手だ。
グン
また感じる。そっと左手だけ離してみる。
ピクッ・・・
静かにでも確実に彩花の指は手は動いていた。
俺は嬉しいような恥ずかしいような熱い気分に駆られた。そして尚も叫んだ。
「彩花っ!!」
再び彩花の右手は・・・いや、左手もピクリとゆっくりだが確実に動いていた。
「・・・」
しばらく俺は何も言わずにただ彩花を見ていた。
彩花の手は何かを確かめるように、ゆっくりと手を握っては開くを繰り返していた。
ただ胸の奥底が熱くなってくるのを感じながらゆっくりと彩花を見ていた。
「彩花・・・?」
もう一度そっと右手を握ってやる。
と、俺が握ると彩花は俺の手を確かめるかのように俺の手をしっかりと握ってきていた。
「彩花・・・ああ俺だ。智也だ。判るよな・・・?ほら、起きろって!」
何だか目頭も熱くなってきた。秋だというのに俺は全身がほとばしる想いに突き動かされていたのだ。
これはやっぱり俺が作り出した幻なのだろうか?
この感触も何もかもあの時のようにリアルな夢でしかないんじゃないか。
それでも智也の目は捉えていた。彩花の顔に起きていた変化の一つを。
まぶたのあたりが微かに動いていたのだ。微かにそれでもゆっくりと・・・
「彩花・・・彩花・・・ここだ!」
ぼんやりと寝ぼけたような半開きの瞳。
「・・・んん・・・」
彩花の右手から力を感じた。手は震えていた。何かに怯えるように。
「大丈夫だ、俺はここにいるぞ」
しっかりと彩花の右手を握る。これしか出来ない。呼びかけて、握ってやる事しか。
さらに確かめるように、彩花はゆっくりとその瞳を開いていく。
「と・・・もや・・・?」
今すぐ抱きしめてやりたい衝動に駆られた。彩花のその声に!
でも・・・やっぱりこれは幻で、夢でしかないんじゃないか。
こんな事は結局起きたら何事も無かったかのように、隣の家は依然誰もいないままなんじゃないか。
グン
俺の手が力を感じた。彩花の右手だ・・・やっぱり震えているのだ。
そしてこの感触・・・忘れもしない彩花の手の感触だ。やはり、感じる。
彩花の温もりを、存在を!
ゆっくりと疑いは消えていき、そして俺はこれが現実なんだと言う実感がようやく沸いて来た。
やがて、彩花はむくりと上半身を起こしてまぶたをこすりながらに、
「おはよ、智也・・・」
たまらず俺は彩花の事を抱きしめていた。というより飛びついていたというべきかもしれない。
体中が熱かった。嬉しさがこみ上げてただひたすらに熱かった。
だがこの瞬間は気がつかなかった。この時だけだったのだ、智也と呼んだのは。
「ちょ、ちょっといきなりやめて!・・・あ」
最初は見知らぬ男が抱きついて来たのを拒絶したような声だった。
だがすぐに彩花が恥ずかしそうに、でも少しきょとんとした目で抱きつく俺に言った。
「でも・・・いいよ。君がそうしたいなら」
そう言うとそのまま彩花も俺に手を回してきた。
でも、何処か違和感を感じた・・・俺の事を君って呼んだからなのだろうか?
このまま俺たちは三年ぶりの再会を喜び合う・・・はずだった。
俺もなんとか落ち着いてくると、そっと彩花から体を離す。
ちょっと名残惜しい気もするがこれからいくらでも会える。
「ったく心配かけやがって。何年経ったと思ってるんだよ」
「・・・?何年・・・?」
少し彩花の様子がおかしかった。どういうことだろうか?
「まぁいいか・・・お前も突然交通事故なんかにあってよく無事だった・・・ほんとうに―」
「交通・・・事故・・・?君何言って・・・うぅ」
その単語に反応するかのように彩花の体は震えていた。
一瞬俺の中に何か嫌な予感がよぎった。がそれがなにか判らないままそれは消えていった。
それよりまた俺の事を「君」って呼んだような気がするんだけど・・・
「それより唯笑や翔とかみんな心配してたんだぜ?あいつらにも教えてやらねえと」
「唯笑?翔??」
え?
「いや、唯笑は唯笑。翔は翔だろ」
「それって君の友達・・・?」
「おいおい冗談も対外に・・・」
またも君って言うし・・・。だが彩花は震えていた。まるで何かに怯えるかのように。
こんなになってまで彩花は・・・しかもこんなに悪い・・・冗談を言うような奴じゃない。
「判らない・・・判らないの・・・」
わけがわからなかった。そして俺の中に一つの恐怖が根付き始めていた。
「それじゃぁ二人で遊園地に行ったよな?」
「判らないよ!」
突然彩花が大きな声をあげた。俺に、じゃない。自分に対して言ってるようだった。
ここに来て俺は一つの可能性に、それも嫌な可能性に気付き始めていた。
「彩花・・・何が判らないんだ・・・?」
「・・・の事」
「え・・・?」
「私の事が・・・判らないのよ」
私の事。つまり自分のことが判らない・・・嫌な可能性が静かに本物になりはじめていた。
「唯笑・・・?翔・・・?判らないの・・・その名前の人の事も全然。
 遊園地に行った・・・?それだけじゃない、想い出が無いの」
「想い出が・・・無い!?そんなっでも俺は、俺は判るんだろう!?」
「うん・・・。私の大切な人だよ。だけどね?君の事もよく判らないの。
 私の大切な大切な人で・・・でもそれ以上は何も判らないの。
 名前も判らない。ただ判るのは大切な人ってだけ・・・。君が誰か、判らない」
 一緒に何処か行ったとかそういうのが・・・全然無くて・・・」
自分を抱きしめるように、ただ震えていた。何かに怯える子供のように。
だからさっきから俺の事を君って呼んでいたのか。俺の事を覚えてるのに想い出せないから。
「何か想い出そうとしても・・・真っ暗な闇しか見えてこないの・・・たまに、闇の中から君の声は聞こえるの。
 でも、それだけ。何にも想い出せない・・・私・・・私・・・!」
ナンニモオモイダセナイ。つまりは
「・・・記憶が無いのか?」
「うん・・・私どうなるのかな・・・何にも判らない。怖い、怖いよ・・・君の事も全然想い出せないの!大切なはずなのに・・・」
記憶が無い事に怯えて、ただブルブルと体を震わせている彩花。そして名前も判らない俺に抱きついてくる。
俺は今度は優しくそっと、そのまま彩花を抱いてやった。力になれるわけでもなんでもない。
そうやって震えが落ち着くのを一緒に待ってやること、少しだけ和らげる事くらいしかできない・・・でもやらないよりはましだ。
「大丈夫・・・きっとなんとかなるから・・・大丈夫・・・それと。俺を君って呼ぶのはやめようぜ。
 俺の名前は三上智也。三つの上に・・・智也。説明しづらいから紙に書くな」
俺は近くにあった紙に自分の名前をさっと書くと彩花に手渡した。
「みかみ、ともや・・・智也君・・・」
「馬鹿。君付けしなくていいって。今までどおり『智也』って呼び捨てにしないと調子が狂うだろう」
「うん判った・・・智也」
ほとんど生まれたときからそう俺を呼んでたのに、気恥ずかしそうに俺を名前で呼んでいた。
それからもずっと彩花は泣き続けた。なんとか微かに覚えていた俺に抱きつきながらただ涙を流している。
「怖い・・・怖いよ・・・」
ただ、その言葉を繰り返していた。見えない想い出達に・・・想い出せないということに恐怖して。
せっかくの再会もいつしか嬉しさなど一欠けらも残らなかった。残ったのは、哀しみと行き場の無い怒りだけ・・・。
「大丈夫だ、絶対俺が何とかしてみる」
根拠の無い事を彩花に言い聞かせ、なんとか彩花の中にある恐怖を取り払ってやる。
「ありがと・・・えと、智也」
やっぱりまだ名前で呼ぶ事になれてないらしい。なんだかそんな彩花を見てると涙すら出ない。
「これくらいでいいならいつでもしてやるって」
「うん・・・」
いつも見てきた気丈な彩花じゃなかった。頼りなくて弱そうな一人の女の子だった。
記憶が無いの・・・なら。俺の話も少しは役に立つかもしれない。
そう思って俺は、思い切って自分の話をする事にした。
「・・・俺も記憶無かったんだよ。彩花なら知ってるかな・・・?」
「うん・・・暗闇の中で・・・智也の悲しそうな声、聞こえたから。でもあんまりは知らないよ。智也ほとんど闇の中で喋らなかったから」
少しは俺の事名前で呼ぶの慣れたかな・・・?先ほどよりは違和感無くそう言っていた。
「ああ。俺の声が聞こえるはずなんて無いんだよ」
彩花はどういうこと?という表情を見せながら俺の言葉を待っていた。
今からいう事は俺の事だけは必死に覚えていてくれた彩花を傷つけるかもしれないから少しだけためらった。
だが、大きく息を吸い込んで俺はやや早口に言い放ち始めた
「彩花はここで三年間も眠ってたんだ。でも俺は彩花がこうして眠り続けて返事もしない事が信じられなかった。
 いや、認めたくなかったんだ。それでお前との約束真っ先に破っちまってたんだよ」
「やく・・・そく?」
ああそうか。当然約束の事も覚えてないのか。また一つショックを受けた気分だ。だがこれくらいで立ち止まれない!
「私たちはどんなに離れてもずっと一緒だよって彩花が言ったんだ。俺と唯笑とお前の三人でな。
 唯笑の事は段々判ってくるだろうから今話しても混乱するだけだしやめとくな」
「私が・・・約束したんだ・・・」
「ああ。だけど俺はそれを破った。なぜならこうしてここで眠ってる彩花という事を無かった事にした。
 無断で引っ越したって言う都合の良い話を自分に植え付けた。ずっとその記憶を信じてきた。ついこの間までな」
そう、ここに来るはずなんてないし眠ってる彩花を認めてすらいない俺がお前のなかの闇で喋るはずはないんだ。
彩花は何も言わずにただ真剣に俺の話を聞いていた。どこか、哀しそうだった。
「でも周りのみんなとか色々な事に違和感覚え初めて、それで思い出した。本当は引越しなんかじゃなくてこうして眠ってたんだって。
 彩花がこうして眠り続けてるって思い出すまで三年間もかかったんだ。それまで俺は一度もお見舞いに来てないんだ。
 眠り始めた日以来一度もな。彩花が唯一覚えてくれてた俺本人が全然来なかったんだからな・・・酷い話だろ?」
ここまで言って彩花は何も言わなかった。ただやっぱり哀しそうな表情を浮かべている。
「それで三年分の想いを・・・あの白い傘に託して彩花に返した。あれ、彩花のお気に入りの傘だったからさ。
 今日ここに来たら彩花への気持ちが湧き上がって、気がついたら叫んでた。まだちゃんと思い出してから二回しか来てないんだ。
 俺の話したからどうこうってわけじゃないけど、一応俺も記憶を封じ込めてた。
 言わずにずっといるのは嫌だから今言っておくぜ。嫌われても・・・俺が悪いしさ」
と、俺は静かにここまで言い切った。今彩花はどんな気分だろうか。
信じてた人が全然お見舞い来てくれなかったから絶望してるだろうか?判らない事ばかりで混乱しているだろうか?
「・・・ううん。嫌いになんかなれるわけないじゃない。それでも私を想い出してくれたんでしょ?
 ふふやっぱり智也は優しいんだね・・・」
「彩花・・・。ん、今やっぱり智也はって言ったぞ」
優しいって言われて妙な気分になるもつかの間、気になる言葉を見つけたので指摘してみた。
「あ・・・そういえば」
「そういえば?」
「何がこうってはっきりとじゃないけど、断片的って言うかそんな感じだけど、やっぱりって思ったの」
感覚的に?それとも記憶が断片的になっているってことか?そんなの俺には判らないが・・・
ちゃんと彩花が彩花として記憶を取り戻せるかもしれないって事だな。可能性は、ある。
「彩花、心配するな。俺の事は覚えてるんだから何とかなる」
「うん・・・でも名前も覚えてなかったんだよ・・・?」
「俺が大切な人だって判ったんだろ?なら大丈夫だって。そのうち想い出せるさ」
俺だけでは、無かった。記憶の封印。失っていた記憶・・・。
よりによって彩花がこんな事になるなんて、誰が思った?
誰もが目覚めて欲しいって願ったけれど、こんな形だなんて哀しすぎるだろ・・・。
彩花は、俺の存在だけは・・・大切な存在だけは必死に覚えていてくれた。
名前も想い出も全て忘れても俺という存在そのものはしっかりと・・・。
そんな彩花の想いは確かに嬉しかったけど、その嬉しさなんてもはやまったく残っていない。
記憶と言う鎖はまだ断ち切れてなかったんだ。俺から外れただけでまだ彩花にはくっついたままだった・・・。
ふ、と俺の中で声が聞こえていた。
『雨はいつ上がる?』
と、静かに一言だけ。







あとがき
一応今回が一番短いのですが・・・。それでも長いですね(笑)
これは原作での彩花がほぼあのままで生きていたとしたらこうなるって言うのを書いてみましたが。
元々2パターン考えたんですね、智也つまり大切な人のことだけは絶対に忘れない彩花。
つまりシナリオ中で智也も喋りますけど、自分とは逆だと。大切な人の真実を忘れたのとは違うと。
あるいは智也を自分が事故にあったことで傷つけた反動で全ての記憶を封印してしまう、自分の存在を封じ込めてしまうほう。
どうにかならないかなぁと思った挙句に今回のような手段に収まりました。
智也としては覚えてないけど大切な人と覚えてる?といった感じです。名前を忘れてでもそれでも覚えていてくれる彩花。
智也の強い願いがなんとか彩花の中の全てを消してしまわずに済んだ、と思っていただければ幸いです。
ちなみに神坂の言う昏睡の人が目覚める話は実話です。しかし前半、唯笑やかおるとのやりとり、ちょっと無理あったかなぁ?
と今更ながら思っている自分です。序盤から嫌と言うほどあれだけ彩花とつながりの深い唯笑に焦点があたっていないのは、
これでもないくらい智也視点でシナリオが進んでいるからなのです。とはいえないがしろにしすぎてた点が否定できるといえば違いますが。
唯笑ファンの皆様ゴメンナサイ・・・。てかぶっちゃけ最初四章はかおるシナリオになるかもでしたし(笑)
と、雑談ばかりしてもしょうがないですので、このへんで。ちなみに四章のタイトルはリプレイマシンの冒頭をもじってます
多分五章(外伝出無いと思うし)でお会いしましょう!ゲバチエルでしたっ



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