メモリーズオフLostMemory
ゲバチエル

終章〜True Memory〜

10/12(金)

「おはよー智ちゃん」
「おはよう智也さん」
いつもと変わらない様子だった。けど何か変だ。
「あれ?何でみなもがいるんだ?入院してるんじゃなかったのか?」
「えへへ。それがですね、今日彩花ちゃんの退院に合わせて私も一時退院することになったんです。」
何だそう言う事か。なんだか彩花の事ばっかでみなもの見舞い行って無い事が今更悪く思えた。
「それに、私はもう大丈夫なんです。」
ああ、そうか。彩花がみなものドナーなんだったっけな。てことは毎日・・・一緒に行けるようになるのか。
「ねぇねぇ智ちゃん、彩ちゃんの退院に行かなくていいの?」
「バーカ。あいつだったら学校さぼってなにやってんの!とか言いそうだろ。」
「ふふふ、そうですね」
なんとも微笑ましい朝だった。珍しく弾んだ気持ちのままに登校することが出来た。
俺たちは下駄箱のところでみなもと別れると、教室へ向かう。
信、かおる、双海さんと言った親しいクラスメイトの面々に挨拶を告げていく。
うん、みなもが退院するってこととと彩花の事でなんだが弾んでる気分だ。
「なぁ、智也。お前やけに嬉しそうだな?」
「まぁな。俺の幸せの時が来たんだ」
自分自身少し、危ない気がしたけど。
「なぁ、大事な話があるんだ。俺はもう決意した!最後に智也の意見を聞かせて欲しい!!」
「はぁ?」
思わずすっとぼけた声をあげてしまう俺。
「な、頼むぜ?放課後屋上でな」
そうだけ言うと信は自分の席についてしまっていた。
一体なんだってんだ?だが妙に真面目だったし事情が知りたいので行ってやるかな・・・

キーンコーンカーンコーン

気がつけばもう昼休みだった。
俺はいつものように購買へと走る。なんだかこうして購買に走るのが久しぶりな気がするな。
最近色々あって昼飯ロクに食っていなかったからな。
「あら?智也君、久しぶりじゃない」
「小夜美さん・・・いつものー!」
「はい。これね。お代は・・・いいわ。私が払っておくから」
へ?あまりにも予想外な事態に声も出ない。
「最近ここを通りかかるたんびに暗い顔とか難しい顔してたからね。
 お姉さんにはこれくらいしかしてあげられないけどね」
「小夜美さん・・・」
「辛気臭い顔しないのっ!智也君は智也君で色々あるんでしょ?
 その顔は過去になんかあったって顔だもん。判るわよ?私も色々あったもの。
 ほら、頑張りなさいよ?少年」
「ありがとう・・・」
俺はそう一言告げるとその場を後にした。
袋にはいるアンパンとカレーパンを取り出し、それにかぶりつく。
小夜美さんまでもが俺を心配してて・・・気のせいかいつになくパンが美味く感じていた。

キーンコーンカーンコーン

やがて、HRの終了を告げる鐘が鳴り響いていた。
「とーもちゃんっ」
「ん?」
「信君が俺は屋上で待ってるって智也に伝えておいてくれ!って言われたから」
なんたる移動速度だ。まだチャイムが鳴って一分と経過してないのに。
「ああ、そういやあいつ話があるとか言ってたんだっけ」
「すっごい焦ってたよ?早くいってあげたほうがいいんじゃないかな?」
うーん、一体何のつもりなんだか。それまで焦る原因は―
「んじゃあな!唯笑」
「うん、ばいばい智ちゃん」
唯笑が話に首を突っ込んでこない事を確認してから俺は屋上へと向かった。
そうだ。あいつ、唯笑の事になんでかしらんが好意を寄せていたんだっけ・・・。
「おせーぞ智也!」
「お前が早すぎるんだよ!ん?」
「なんだやっぱり智也も呼ばれたのか」
「翔も来てたのか。呼んだなら呼んだと教えてくれっての」
ったく、信の奴はいつもこうだから慣れちゃってるけどな。
「それで、話ってやつぁどうせ唯笑絡みだろ?」
「ああ、まぁそうなんだけど」
「だったら智也に聞けばいいじゃないか。わざわざ俺まで呼ぶ事ねえだろ」
同感。男三人もいる必要性が無い気がする。
「まぁそう言うなって。明日唯笑ちゃんと会う約束をしたんだ。」
唯笑が?普段、えー信君と二人で?とか言ってるのに・・・どうしたんだ?
「なんだ智也。その疑いの目は。音羽さんと双海さんにも協力してもらってる」
どおりで唯笑がオッケーするわけだ。納得。
「それでだ。俺はその日に唯笑ちゃんにこの想いをぶつけたいって思っているんだが・・・」
「二人とも本当損な性格してるよな。まぁ大体事情は判ったけど」
翔が呆れたようにそういった。二人ともって・・・もしかして俺もか?
まぁこのさいそんな事はどうでもいいか。
「智也、俺が唯笑ちゃんに言ってもいいんだな?」
「だからそれは―」
「本当にいいんだよな?」
いつになく強い様子だった。それは、何かを確認するかのような口調であった。
「だからいつも言ってんだろ?大体言うだけで結果は判らないだろーが」
「なら、質問を変えるぞ。仮に俺と唯笑ちゃんが付き合いだしたとしてもそれでいいんだな?」
俺には信がここまで唯笑の事を尋ねる事が理解できない。
今に始まったことじゃないから余計だ。ただの幼馴染でありそれが何だというのだろう。
確かに唯笑は俺に好意を抱いているのは知っている。だが俺にはそういうものは・・・
誰かを幸せにしていいものだろうか?また忘れてしまうかもしれないのに。
大切な人を忘れてしまったような人間がこれ以上の幸せを望むと言うのか?
・・・いや、既に過去の彩花という幸せを求めている。
だが、唯笑は。あいつを選んでも・・・彩花の影と俺自身の過去ばかりで、
真に幸せにしてやれる確率なんて無いんだ。だったら信や翔とかと幸せになってくれたほうが俺だっていい。
「お前と唯笑が付き合うならむしろ大歓迎だ。お前が唯笑を幸せにしてくれるだろ?
 幼馴染として俺は嬉しいぞ」
「智也っ!!お前本当にそれでいいんだな?俺が唯笑ちゃんと付き合っていいっていうんだな?」
「お前もしつこいな!いいから言ってやれよ、唯笑に本当の気持ちを。あいつは幼馴染だ。
 だが何度も言うようにそれ以上でも以下でもない。信の道くらい信が決めろ!!」
また以前感じた胸のどこかを締め付けるような感覚があった。だが俺はもう迷わないし言い切る。
あいつはただの幼馴染であってそれ以上でも以下でもないと。
「はぁ。ほんと二人とも不器用だな・・・」
翔がため息交じりにそう吐き捨てる。やっぱり俺も含まれていたようだ。
「判ったよ。お前がそれでいいなら迷わないさ。翔も悪かったなつき合わせて。
 一応俺の決意だけ聞いて欲しくてな」
「まぁ別に構わないけど。ったく、二人とも帰ろうぜ」
翔がゆっくりと立ち上げるのを確認すると、俺たちもそれに続くように立ち上がった。
俺たちは屋上を後にして、そのまま下駄箱に向かった。
―と、俺はその途中で見慣れた人影を見つけた気がした。
「なぁ今のみなもちゃんじゃねえの?」
信はそう言葉にした。やはり俺の見た人影はみなもだったようだ。
「あそこ美術室だろ?そういや美術部はいってったんだよな」
翔が思い出したようにそう言う。今一人で絵を書いているんだろうか?
そう考えているうちに再びみなもは美術室から顔を出した。
手に余るほどの美術用具を持っている。みなもの華奢な体だと大分重そうだ。
それに、退院したばっかりだし余計だろう。
俺は思うが早く、みなもに近づきその荷物を持ってあげた。
「あ・・・智也さん。ありがとう。」
「それが俺だけじゃないんだな、これが」
そういって俺は後ろ・・・を示したはずだったが、すでに二人とも俺と同じように荷物を持ってあげていた。
「病み上がりなんだから無理しちゃ駄目だぜ?」
「ありがとうございます。稲穂先輩、水無月先輩」
相変わらずな様子でみなもが二人に礼を述べる。
「別に先輩つけなくていいんだけどな?智也と同じように翔でいいって」
「ナハハ。みなもちゃん、こいつ敬語苦手らしいから勘弁してやってくれよ。
 ま、俺も稲穂さんとか信さん程度でいいぜ?」
なんだか随分と和やかなムードがあたりを包んでいた。
「あ、はい。えへへ、智也さんと同じ事言ってますね、二人とも」
「まぁ可愛い女の子に敬語を使わせちゃ俺のプライドって奴が―」
ゴツ。信が言い終わるより早く、翔の拳骨が信の頭を叩いていた。
「みなもちゃんにまでナンパふっかけてんなって。ほら、帰ろうぜ」
結局また翔がみんなをまとめていた。やれやれ、大変だな。
みなもが久しぶりにこういう輪にいるため、終始和やかな雰囲気で話は進んでいた。
「信は電車じゃねえだろ?」
「いや、今日は寄る所があってな」
珍しく信が電車でも同じになった。方向まで四人が同じっていうのがどうにも笑えたけれど。
だが、だんだんと事態が妙であることが判ってきた。
いい加減突っ込んでやろうかと思ったのは藍ヶ丘駅を降りた時だった。
「翔とみなもちゃんはともかく、なんでここまで一緒なんだ?」
「だーかーら、用事があるって」
しかし疑問はさらに膨れあがる事になった。
「翔とみなもはそっちだったよな?じゃあ俺はこっちだから」
そのまま俺は自分の家の方向へと進みだした。
―足音が依然聞こえている―
「おーい、みんなどうしたんだよ?俺んち来ても何も出ないぞ」
俺の家までついてくるつもりなのだろうか?それも三人とも。
一体何故――そうか。彩花に会いに来たのか。今日退院だからな・・・
なんでみんな知ってるんだか。情報って怖いなぁ。
などと思っているうちに俺のうちでもあり彩花のうちでもある場所にたどりついた。
「やっぱりここが目的か・・・しょーがねえな、俺が呼ぶよ」
ピンポン
この家のインターホンを押すのは実に何年ぶりなのだろうか。
と、俺は思った。だからちょっと緊張してしまったが。
「はい」
「三上ですけど。」
「あらあら智也君?待ってね今彩花を呼んでくるから」
出たのは彩花のお母さんだった。と、言うが早く彩花が姿を現した。
「あ、みんなも来てくれたんだ?」
彩花が俺たちを見渡しながらそう言った。
「彩花ちゃん退院おめでとう」
「それはみなもも同じじゃない?」
「あはは、そうだね」
「彩花、みなもは知り合いだったのか?」
なんだか病院で会ったにしてはやけに仲のいいのが疑問に思えたので聞いてみた。
「病院で会ったんだけど話すうちに従姉妹だった事思い出したの。」
みなもが彩花の従姉妹・・・そういや昔従姉妹の女の子がいるって言ってたな。
まっさかそれがみなもだったとは。世の中ってなんでこう狭いんだろうか。
「俺の事何か思い出せたかな?」
「あ、ごめんね・・・翔の事はわからないの。でも友達・・・だよね?」
「馬鹿言うなよ、記憶が無いからって友達やめるわけないだろうが」
「ふふ。あれ?あなたは・・・」
彩花の目線は信で止まっていた。恐らく信の事なんてほんとの眠る間際だから覚えてないのだろうけど・・・
彩花の目線に気がついた信は、やや右斜め下を向きそのまま暗い表情を見せていた。
「稲穂、信だ。下の名前で構わないぜ・・・」
「あ、前に会った事とか―」
「いや初対面だ。智也の紹介で来たって奴かな。あいつらの友達だからな」
どこか哀しい表情だった信は、そう言った。
あれだけ罪として抱えていたはずものが、当の彩花がまったく覚えていないからなのだろうか。
「まぁ、そんなわけだ。これからよろしくな、桧月さん」
「え?彩花でいいよ。信君だよね」
こんな当たり前の会話の裏で、信は哀しい目を浮かべたままだった。
だがそれも一瞬のぞく程度なので彩花は気がついていないようだったが。
「彩花ー立ち話もなんでしょう?智也君たちを入れたら?」
「お母さん、大丈夫だよ。私は元気なんだからぁ」
何処にでもありそうな、家族の会話だった。だけどそれが意味する事といえば・・・
「両親の事も思い出せたみたいだな」
「うん。でもやっぱりうちでどうしてたかとか全然判らなくて。
 でもこれがお父さんお母さんなんだって言うのは感じるの」
「彩花ちゃん、この調子でどんどん思い出そうねっ」
「ふふっ。そうだね。あ、それじゃまだ私部屋の片付け済んでないから。
 今日退院したばっかりだから。ごめんね?」
「なーに、気にするなよ。それに智也の奴はお隣同士だし」
翔が冗談交じりにそう言う。反論できない・・・
「そうそう。あと記憶が無いって言ってたけど無理しないようにさ」
「ありがと、信君。それじゃ、またね?」
そう言って彩花は自宅へと戻っていってしまった。
ほんとただの雑談だったが、初めて目の当たりにした信には衝撃が大きいようだった。
「悪ぃ、俺もう帰るわ。」
事実を見たからか、信は哀しそうな顔のまま駆け足でその場から立ち去っていってしまった。
「稲穂さん・・・あの時の事が・・・」
「え?」
「私も稲穂さんと彩花ちゃんが一度だけ会った事は知ってるんです。
 その、稲穂さんから直接お聞きしましたから。」
なるほど。だったら先ほどの行動から何まで大方予想はつくってことか。
「私は彩花ちゃんに今を生きようって言われたから、全然平気ですよ?
 彩花ちゃんも今を生きてるんです。記憶が無くても、戻らなくても。
 たとえ性格が変わっても彩花ちゃんは大切な私のお姉ちゃんです!」
「はは、みなもは強いなぁ」
性格が変わっても、なんて決意今の俺には到底抱けそうにないからだ。
「私も変わるんです。智也さんも水無月さんもみんな変わっていくんです・・・。
 あ、それじゃあ私は行きますね?」
丁寧に一例すると、みなもはリボンを可愛く揺らしながらに自分の家へと歩いていった。
「彩花が記憶をゆっくり取り戻してるのはいいことだな・・・」
翔は知らないんだ。完全に戻らないというその事実を。
だからそう楽観的に考えられるんだ・・・最も俺も嬉しいとは感じているのだが・・・
「お前に受け取って欲しい物がある。今のお前なら渡せるはずだ」
そう言って翔は鞄から何かを探り始めた。今の俺なら持てる物って何だ・・・?
「これだ」
やがて取り出したものは卒業証書であった。正確に言えば黒い筒にはいってこそいたが・・・
一目見ただけでそうだと判った。こんな筒に包むものなんて普通ないし。
俺は意図がいまだよく理解できなかった、いや理解しようとしていなかった。
なのでそのまま筒の中身の証書を取り出す。そこに書かれていた名前に俺は驚いた。
―桧月彩花―
そう、書かれていたのだ。証書は藍ヶ丘第二中学校のものだった。
あの時彩花は眠り続けていたし、卒業証書なんて配られたはずはなかった。
俺も引っ越したものだとばかりにしか思っていなかったころだ・・・。
でも何故、翔が証書を持っているんだ?
「卒業式終わった後に担任が俺たちに預けたんだ。
 いい先生だと思ったぜ?彩花の分もとっておいてくれたのだからな」
そんな話があったのか・・・。もっとも記憶を封印していた俺にとっては判るわけの無い事ではあったが。
「お前に渡して欲しいんだ。彩花にな。そして今のお前ならそれが出来るはずだ」
そう言って翔は証書を俺に差し出した。
俺はそれを無言で、だが確かに受け取った。
「・・・答えを出せなくてもいい。智也に渡して欲しかった、それだけだ。
 記憶を封印してるお前にこんなもん渡せなかったからな」
「確かに、な。判った、責任を持って彩花に届けるよ」
「ああ、そうしてもらえると三年間預かっていた俺としても嬉しい」
三年間も・・・ずっと・・・。俺が記憶をちゃんと受け入れるのを信じて?
「それじゃぁ、俺は帰るわ。彩花の事はお前が頼りだからな、頼むぜ」
彩花の事を俺に頼むと翔はそのまま消えていった。静かに、静かに・・・
その翔の気持ちに応えられるか―彩花の事で俺が頼れるかどうか―判らない。
ただ、この卒業証書や信・かおる・唯笑・翔・・・みんなが俺をあてにしてる。
だからこそ、俺は今心に誓った。彩花の事と全て立ち向かって行く事を・・・!!
ゴンゴン。
夕飯食べてちょいと気晴らしにゲームをやってた時だ。
俺の部屋の窓が叩かれるような音がした。うーん、今日風強かったっけ。
ゴンゴンゴン。
まただ。一体何だ?
俺はしょうがないので鍵を開けて窓を開ける事にした。
「きゃっ。もー危ないじゃない!」
「へ?彩花?」
窓の向こうでは彩花がいた。
「他に誰がいるのよぉ!部屋入れてよ・・・いいでしょ?」
「まぁいいけど・・・」
そうだそうだ。彩花は帰ってきたんだ。一瞬幻覚かと疑ってしまったじゃないか。
「それじゃぁ入るね」
そう言って彩花は俺の部屋に乗り込んできた。
「うーん・・・私この部屋に何度も来た事あるよね?」
「嫌と言うほど」
「うーん。初めて男の子の部屋に入るのってこういう気分なのかな。ここ初めてだもん」
はじめてって言う割には窓から乗り込んでるし。
「幼馴染に男の子とか女の子とかそこまで意識する奴があるか。
 まぁ彩花の部屋に入るのは恥ずかしいけどな」
「ふぅーん。あ、ねぇねぇ。」
「どうした?」
「明日一緒に散歩しようよ」
これってデートに誘われてるような気がするんだけど・・・。
当の本人はそう思っちゃいないだろうけど、俺たち一応恋人だったし。
「いいぞ。別に暇だからなっ」
「よかったぁ。断られたらどうしようかと思った。
 この町の事判らないから案内してもらいたいなって。」
「それくらい任せろ。もっとも藍ヶ丘は何にも無いぞ」
「いいのっ!」
まぁいいか。彩花と出歩くのは悪い気がしないし。
「それじゃぁ寝よっか。」
「ああ、お休み彩花」
「うん。お休みなさい智也」
そう言って彩花は窓から自分の部屋へと戻った。
いつ見てもその光景はおかしくてしょうがなかったけど。
それが三年ぶりに見れた物なんだと思うとちょっとうれしく思えた。
さて、と。俺も寝るか・・・ふああああ。
俺はそのまま布団へもぐりこみ、眠りについた・・・。
ふわっ
突如俺の体は違和感を感じていた。その違和感に目を覚ます。
一体何―
あ、彩花!?
ちょっと寝返りを打つような形で向いた方向には彩花がいた。
俺の隣で安らかな寝息をはきながらに眠っている。
あまりにも無防備なその様子に思わずドキリとしてしまう。
「あ・・・起こしちゃったね」
やがて彩花が目を覚ましてたのか気がついてたのか声をかける。
「ごめんね・・・急にこんな事しちゃって。
 寂しいんだ。独りは耐えられないから、智也と一緒にいたいから・・・」
寂しい・・・か。そうだ、今の彩花は記憶が無いから唯一覚えていた俺を頼っているんだ。
だから今日もこうして。さすがにちょっぴり恥ずかしいんだけどな。
「今日は寝ろよ。大体女の子とこうやって一緒に寝るーなんて恥ずかしいっての」
「え?あ、そ、そうだね」
寂しい想いだけでここに来たのか、今になってようやく状況がつかめたらしい。
「そ、それじゃあ私、部屋に戻るね?ごめんっ」
そう言って彩花は顔を真っ赤にして部屋に戻っていってしまった。
彩花はあの時と同じで俺の事を好きだという根っこの部分は変わらない。
一度は恋人、関係をはっきりさせた。だから一緒に寝たことだってあるけど。
けど俺は根っこの部分が変わってしまっている。彩花を再び選ぶ事なんて出来るものか。
それでも俺の心臓は高鳴っていた。先ほどの余韻が残っている。
だけれど、見ているのは彩花の外見であり過去なんだ。今の彩花は見てないんだ・・・
早く、このどっちつかずの気持ちに整理をつけなくちゃな・・・

10/13(土)

「とーもーやーー!」
何だ?今日は土曜日だぞ。ゆっくり寝かせてくれ。
「起きてよー!もう十一時だよっ!一緒に散歩行くって言ったでしょ」
散歩・・・。ああそうだ。昨日の夜そんな約束したっけ。
しかし、休日くらい爆睡させて・・・
バサッ
「あ」
「あ、じゃないでしょ?案内よろしくね?」
見事俺から掛け布団が剥ぎ取られていた。こうなったら起きるしかないわ。
「はいはい。飯食ってからな。それと昨日―」
昨日彩花が不意打ちで俺の部屋まで来て寝ていた事を聞こうとした。
「あ、え?昨日?う、うん。と、とにかく早く支度してね!」
またも顔を真っ赤にして部屋へ戻っていった。
恥ずかしいって思うならやるなよな。こっちが恥ずかしいっての。
まぁ何はともあれ、下へ降りて冷蔵庫から適当な物を取り出す。
ただ食べるのもあれなのでテレビを点ける。
「降水確率は午後から70%・・・」
うわ、まず降るじゃん。こりゃ傘持ってかないといけないなぁ。
天気を確認すると、それなりに急いで着替える。
鞄を持って・・・彩花の卒業証書
玄関から傘を取り出すと、俺はすぐ隣の彩花を迎えに行った。
「おーい彩花。」
別にインターホン鳴らさないでもこれなら大丈夫だろう。
俺が呼びかけると、ちょっと不満そうな顔をした彩花が出てきた。
「遅いよ」
「別に散歩は逃げないだろ。それより雨降るらしいぞ。傘もってこいよ」
「え?本当に?ちょっと待ってて」
そう言って彩花はは、あの真っ白い傘を持ってきたのだった。
「どうしたの?智也」
「いや―なんでもない」
彩花はあれが自分の傘で、俺が返した事知ってるのだろうか・・・?
「変なの。それじゃぁいこっ」
彩花は無理やり俺の手を引っ張っていた。
こんな事が過去にあったような気がする。
―いつだっけ?―
確か一緒に遊園地に行ったときだ。妙に彩花が積極的だったんだ。
それがその後お互いの気持ちを確認しあう事になるとは思わなかったけど・・・。
でも彩花が先導してもしょうがないような気がするけど。案内役、俺だろ?
まぁ、なるようになんだろ。
それから俺たちは色々な所を歩いた。
もともと対した物があるわけじゃなかったので、ほんと歩くだけって感じだ。
商店街を見て、ちょっとその辺をブラブラ歩いて。案内というには到底及ばない。
「藍ヶ丘って何にも無いね」
「ああ。これといって何にもないのが特徴だな。」
俺も十年以上住んでるけど、本当に何にも無い。
案内しろって言われても、困るくらいに。
「智也の中学校はどこ?私も一緒だったんだよね?」
中学校―。
一緒に卒業できなかった場所・・・。
俺は思わずその場から逃げたい気分になった。
彩花を中学校へ連れて行きたくないからだ。
「どうしたの?あ・・・一緒に卒業出来なかったから?」
図星だった。さすがに三年間眠っていたという事は彩花自身も理解しているようだ。
でも、それでも行きたいって彩花が言うなら・・・
「判った行こう。」
俺たちは中学校まで向かう事にした。俺たちに過去が詰まっているその場所へ。
―待てよ?
ならここで再び始まればいいじゃないか。
一緒に、卒業すればいいじゃないか。
そうだ・・・あの学校で、卒業証書を渡そう!!
俺は決意のままに歩き出した。
やがて学校へとたどり着くと、俺は迷わず職員室へ入る。
運がいいのかかつての担任がそこにはいたのだった。
「おお三上か。また来てくれたんだな」
「今日は一人じゃないんです。彩花!」
俺は職員室の入り口に佇んでいた彩花をこちらへ呼んだ。
「桧月か・・・!?本当に・・・」
「彩花、これが俺たちの担任だ。覚えてるか?」
「えーと・・・ごめん、判らないよ」
「三上、コレはどう言う事だ」
「話すと長いんである程度端折りますけど・・・」
俺は担任に状況を教えた。といってもある程度どころかかなり端折ったけど。
それを聞いた担任は納得したようにそして「頑張れよ」と言った。
「あのー教室借りていいですか?」
「ああ、構わないがどうした?」
「翔から預かった物を彩花にそこで渡したくて」
俺はそう言って、ちらりと鞄の中に入れてきた卒業証書を見せる。
「判った。三上、桧月をよろしくな」
そう言って俺たちは職員室を後にして教室へ向かった。
「ねぇ、智也?」
「どうした」
「覚えてないってこんなに辛いんだね・・・」
その言葉に返す台詞等見つからなかった。平凡な言葉なんて役に立たないからだ。
返せないまま、俺たちは教室へとたどり着いた。
二年の時の教室へ・・・。中学生活での彩花と時間を共有した最後の場に。
「何だか懐かしい気がする。ここで私、勉強したんだね」
彩花の言葉が心に染みる。そして俺はその証を今、渡す。
「彩花。」
俺は教卓を前にして、証書を準備した。
「いや、卒業生・・・桧月彩花」
俺はそこから証書を取り出した。
そして証書を彩花に渡せるように準備する。
「ほら、来いよ。わかるだろ?」
「うん!」
俺は彩花に証書を手渡す。彩花も嬉しそうにお辞儀をする。
卒業式ごっこだった。だけど、ごっこでも俺たちにとって充分といえた。
「これで彩花も晴れて俺たちと卒業した事になるだろ?」
「ありがとう・・・」
「礼なら俺じゃなくて翔に言ってくれ。証書三年間もずっと預かってたんだ。」
「ふふ、渡してくれた智也もありがとうだよ?これで私たち、やっと一緒に卒業できたね」
俺はこの時を今彩花と共有している。一緒に卒業したという想い出をこうして一つ作ったのだ。
何故だろう?じょじょにこうして新しく一緒に作っていきたいって思い始めてるのは。
「彩花、高校はどうするんだ?」
「澄空受けようと思ってるよ。十一月に試験受けて転入するつもり。
 受かれば、の話だけどね」
「俺なんかと違って頭いいだろ?なら、大丈夫だ。俺で受かったんだぞ」
「そうだね。うん、智也がいけたんなら大丈夫だね」
自分で言い出したもののそう言われるとちょっと嫌なんですが・・・。
もう少しくらい勉強やるか。少しは見返してやらないとなぁ。
―俺たちは教室でしばらく他愛も無い事を話していた。
これからの事、中学校での事、色々な事を話した。
記憶が無い不安を感じさせない彩花が、逆にどうにも不安に見えてきながら・・・。
もう違和感無く俺なんかとは会話できてこそいるが、その裏で何を覚えていないのか不安な一面があるのだ。
「ねぇ、そろそろ帰る?大分時間経っちゃってるし・・・」
気がつけばもう16時だ。さすがに休日の中学校に、しかも卒業生が居座るのはまずいだろ。
という事情なので俺たちは中学校を後にした。一応、担任には挨拶をしておいたが・・・。
中学校を出てしばらく歩いたころ、ポツリという感覚があった。
そしてその音はやがて強まり、ザーーーーーという絶えない音を打ちつけ始めていた。
濡れる前に俺たち二人は傘を開く。雨は傘にはじけ、やがて地へ落ちていく。
「よし、さっさと帰ろう―」
そう呼びかけようとした。しかし隣の彩花の様子がおかしいのだ。
「駄目・・・悪くないから・・・自分を責めないで・・・?やめて・・・来ないで!!」
その姿は怯えていた。雨が引き金になったのか・・・?
隣の彩花は真っ白なほどの傘をさしている。そして気がつけば大雨となっていたその雫から守っていた。
同時に俺の記憶が鮮明になる。忘れもしないあの梅雨の日だ。
あの時も今日みたいに激しい雨だった。そして俺は白い傘を見て全ての封印に至ったんだ。
「あ・・うぅ・・・怖い、怖いよぉ!」
子供のように彩花が声をあげている。自分の中から何から掘り返されそうなのだろう。
俺は彩花の手をひいてゆっくり、それでも確実に歩みを進めた。
「今度は俺が守るからな!絶対に!」
―そして俺たちはあの交差点に差し掛かった。
なおも降り続く激しい雨。怯える彩花・・・。
次第に俺の心拍数が加速し始める。
と、歩く俺たちの目の前に一台のトラックが通過した。
よくよくみるとその先は赤信号で、止まるにはスピードが速すぎる。
信号無視でもしでかすのかよ・・・そう思った刹那。
キキキキキーーー
急ブレーキの音があたりに響く。幸い、通行者がいなかったから何にも起きなかったからいいものを。
でも、あの時は・・・あの時は!
そこに彩花がいたんだ。俺は離れている所にいたから見てもいないけど、信ははっきり見たんだ・・・。
「やめてよぉぉぉっ!!!」
急ブレーキに反応したかのように、彩花は叫んだ。
そして逃げるようにその場を走り去っていってしまった。
俺から逃げたのか、記憶から逃げたのか・・・・
確かなのは、この雨と白い傘という符合により過去を掘り起こしてしまった事だ。
追いかけたいはずなのに、足は地に張り付いたままだった。
彩花の背中が視界から消えるのをじっと見つめる事しか、出来なかった。
それからどれだけ立ちつくしたか判らない。だが、次に襲ってきたのは焦燥感だった。
このまま別れたらもう会えないような気がしてきた。そしてそれは何故か確信に変わっている。
―あの時もそうだ―
彩花と付き合いだすきっかけになったあの日。あの日も彩花が一人何処かへ行ってしまった。
それをもう会えないんじゃないかって必死に探したんだ。
―あの、公園か!?―
焦る気持ちをなんとかこらえながら、俺は降りしきる雨の中を駆け出した。
幾多の交差点を過ぎ、角を曲がる。
とにかく、走る。水溜りから水がはねようと、ぬかるみに足をとられようとも俺は走る。
そして俺はたどり着く。俺たちが始まったあの公園へと!!
俺は踏みしめるように公園にその姿を探す。
「あのさ、唯笑ちゃん―」
だが俺は、別の姿を発見する事となった。唯笑と信だ・・・。
そうだ。昨日言ってたな・・・信が唯笑に想いを告げるって。
「ん?どうしたの」
俺は、気配を殺してその様子を見る事にした。
本当は見ていいようなものじゃない。けれど、前に出るにも退くにも足が動かなかった。
彩花を一刻も早く探さなきゃいけない気がするのに。俺の目はその一点に縛られた。
「俺・・・」
信が言葉に詰まっていた。今にも言おうとしている様子が感じ取れる。
くそっ、俺はあいつがどうなろうと構わない。そう決めたんじゃなかったのか?
彩花を探さなきゃ、彩花を見つけなきゃならないはずなのに。
頭の中で必死に念じようとも、何かに操られたように俺の体は一点を見ている。
「俺、唯笑ちゃんの事が好きなんだ!!」
信がこの一言を発した瞬間、雨の音も何もかもが無くなった様な気がした。
―・・・ザーーー
いったいどれくらいの時間がたったのだろう。そんな感覚に見舞われるた。
雨の音が当たり前のように聞こえている。先ほどの静寂すら無視するように。
「信君・・・」
「俺一年の時からずっと好きだったんだ。唯笑ちゃんのその笑顔が。
 だけど・・・俺は彩花さんの事故を見てしまった。
 だから唯笑ちゃんと智也に幸せになって欲しくて自分の感情を殺してたんだ」
「彩ちゃんは・・・恨んでなんかないよ?」
「判ってるよ。だから俺は決めたんだ。唯笑ちゃんに想いを告げること。
 彩花さんは恨んでない。だから償いとかに生きても誰も喜ばないからな。
 智也にも確認はとったんだ。唯笑ちゃんに想いを告げてもいいんだって。
 そしたらあいつは、いいよって・・・。だから俺は決めたんだ自分に正直になるってな」
自分に正直に・・・くそ、そうだ。人の告白を盗み聞きするなんて最低な真似して何やってんだ。
いいか、俺は唯笑の事は幼馴染であってそれ以上でもそれ以下でもないんだ。
雨に怯えた彩花をどうにかして探さないと・・・!やっぱりあいつがいないと駄目だから。
「信君・・・唯笑は・・・」
耳を傾けるな。唯笑は唯笑の道をいく、それだけなんだよぉ!!
雨で嫌な過去を掘り起こされた彩花をどうにかしてやらなきゃならないだろ!そうだ、そうだろ?三上智也。
心が痛い気がした。いや、気がしたじゃない。確かに痛みを感じている。
忘れろ・・・さぁ行くんだ!
それが最後の呼びかけだった。何とか凍りついた足を動かし、俺は彩花を探しに出た。
信と唯笑がどうなったか、何を話していたか、もう判らない。
俺は振り返ること無く、その場を立ち去った。
みるみるうちに雨は激しくなっていた。局地的な大雨なんてものじゃない。
何年に一回あるかないか・・・それくらい激しい雨だった。
唯笑の事は割り切ったつもりだ。だが、肝心の彩花が見つからない。
焦燥感は冷たい雨のせいで、より一層大きな物へと変わっていく。
だが不思議とこの公園以外にいるとは思えなかった。何処・・・だ?
そう思ったのもつかの間だった。俺は視界に彩花の姿を捉えた。
安堵の想いをこらえて彩花のもとへ駆け寄る。
「はぁ、はぁ・・・。彩花探したんだぜ?」
「と、智也・・・?駄目、駄目だよ」
駄目?一体何が駄目だというのだ。
「雨の中いると風邪ひいちゃうだろ」
「私に優しくしないでよっ!!」
何だって・・・?優しく、するな?
「彩花、落ち着けよ。何があったんだ?」
「何でもない、何でもないから!唯笑ちゃんの所行ってあげてよ!」
「唯笑―」
「信君に告白されてたんだよ!智也はそれでいいの?」
「あいつは幼馴染以上でも以下でもないって決めたんだ・・・」
「唯笑ちゃん、忘れられない人がいるのって言ってた。
 絶対智也の事だと思う。私のせいで記憶を奪ったって言うなら私の事は放っておいて!」
「おい、彩花!」
「行ってあげて。そして唯笑ちゃんと幸せになって?
 私が私なのか怖いんだよね・・・。記憶が無いから怖いんだよね。
 無理しなくてもいいよ。智也、顔に出てるから。
 全部私が弱いから、記憶をなくしちゃったからだよね。
 もう智也の大切な人じゃないんだよね。私の姿をした別人だもん・・・。
 だから無理しなくていいの。唯笑ちゃんと幸せになって」
彩花は全部判っていた。俺がどんな気持ちで彩花と接していたかを。
彩花自身を見ていなかったが、全部判っていたんだ。
「早く行って。唯笑ちゃん智也の事、待ってるから。さよなら」
さよなら。その一言を残して彩花は走り去ってしまった。
その背中は何かを求めるような・・・そんな気もした。
追いかけるべきか・・・いや、俺に今のあいつを慰めることも何もできやしない。
ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・
彩花が去るのとほぼ同時に、別の感情がわきあがる。
唯笑はもう関係ないって決めたはずなのに。俺の鼓動は波打つ。
どんなに違うと言い切っても、本当は捨て切れなかった気持ちがあふれ出てくる。
―唯笑ちゃんと幸せになって―
唐突すぎる彩花の言葉が蘇る。
だけど俺に唯笑を選ぶ資格なんてあるのか?彩花を今こうして傷つけた俺なんかに・・・。
彩花と唯笑の姿が頭の中で交差する。
そうだ、結論を出さないでないがしろにしていたんだ。
やめるならやめるではっきりすればよかったのにそれも言わなかった。
俺が何も行動を起こさなかったから、傷つけまいとしていたつもりが傷つけていたんだ。
だったら・・・だったら・・・俺がどうにかしないと変わらない。
「と、智ちゃん!?」
気がつけば、俺はここにたどりついていた。
「本当に来ないんじゃないかって思ったぜ?やっぱり来たか・・・」
「そんな事はどうでもいいんだ。」
「だ、駄目だよ。唯笑は智ちゃんと彩ちゃんが幸せならそれでいいの。
 信君の言葉で忘れようって決意したのに・・・こんな所に来たら。
 唯笑忘れる事ができなくなっちゃうよぉ!」
「忘れなくていいだろ?全部俺が悪いんだ。
 彩花が目を覚ましてから、いやその前からはっきりしないでいい加減だったからな。
 傷つけまいとして結果は傷つけた。そう言う事なんだよ」
「・・・どうして、忘れたいって思ってるのに智ちゃんは・・・!
 それじゃまた同じ事の繰り返しじゃない・・・」
そうだ。ここで唯笑を中途半端にどうにかしたところで、
彩花への気持ちがどうにかなるわけじゃなく、そのままこじれていく。
言葉も返さずに、ただ大雨のなか立ち尽くす三人。
俺と唯笑は向かい合い、信が見守るように哀しい顔で見ている。
この雨が嫌な事ごと流してくれればいいものを、現実そんなに甘くない。
むしろ、雨が嫌な事を強調しているようが気持ちになってくる。
だが俺の決意はこんな雨にも流されない。もう、決めた。
遠回りしすぎたけど、彩花の笑顔や唯笑の涙や。
本当に色々な物を見てきた。そのたびに答えを先送りしてきた。
答えは簡単な事。ただ決断する事だった。
「俺はもう迷わない。過去を捨てることは出来ないと思う。
 だけれど、想い出にすることは出来るさ。
 彩花とすごした日々を忘れるわけじゃないけど、俺はそれを吹っ切りたい」
「え・・・?」
再び雨の音が止まった感覚に見舞われる。意を決して俺は言った。
「気がついたんだ。やっと。俺も唯笑の事ただの幼馴染じゃないんだって。
 唯笑好き―」
だが、最後まで言いかけようとした時だ。現れるはずが無い人物が姿をみせる。
「智也っ!言わないで!」
「あ、彩ちゃん!?」
何で、彩花がここにいるんだ?あのまま帰るなりなんなり俺から遠ざかったんじゃないのかよ。
大体唯笑に幸せになれって送り出したの彩花じゃないかよ・・・。
「智也と同じ。私も迷わないよ。」
いつになく、強い口調。彩花がこんなにはっきりと強く言うのは珍しい。
「大雨、白い傘。あの日の事は全部思い出した。
 私の姿に絶望して智也が記憶を失ってた事も思い出したよ。
 信君、あなたが私を助けてくれた事もね」
「・・・」
信は何も言わなかった。素直に助けた、と思えないのだろう。
「智也を傷つけてしまったのは私があのまま眠ってしまったから。
 だから私が幸せにするくらいだったら唯笑ちゃんにってさっきまでは思った。
 だけど、そうじゃないの!」
俺も何も言えない。下手な言葉を発するくらいならば黙っていた方がましだ。
「私には智也がいないと駄目っ。だから私は智也の事だけは覚えてたんだと思う。
 過去しか見てくれないとしてもそれでもいい。ちょっと悲しいけどね。
 智也が隣にいてくれないと私・・・怖い。
 私は、智也の事が好きだよ・・・」
同じ公園で、彩花の二度目の告白だった。
そう、そしてそれは俺にも言えた・・。
どうして気がつかなかったんだろうか。
今日、当たり前のように朝起こしに来てくれた時。
昨日の夜突然俺の部屋に来ていた時。
病室で他愛も無い会話をしている時。
藍ヶ丘を散歩する中で他愛も無い会話をしている時。
そして、中学校で卒業証書を渡したとき。
雨で何かに怯えていた彩花を理屈もなしにどうにかしたいって思えたとき。
俺は、その瞬間の彩花が嬉しかった。
過去の彩花とかは関係なかったんだ。その瞬間、その時の彩花が好きだった。
迷わず散歩に行こうと思ったのも、想い出を一緒に作りたいと思ったから。
卒業証書を渡したのも、一緒に卒業したかったから、共有の想い出を作りたかったから。
そう、俺は新しく作ろうと思いはじめていた。
今の彩花と接していくうちに、次第に過去への執着は薄れていた。
今の彩花と共有したい、一緒にいたい。そう思っていたんだ。
あれだけ過去の彩花を求めていたはずなのに、それでも彩花は彩花なんだと思えている。
記憶が無くっても、唯笑の言うとおりだ。姿も声も仕草も全部彩花なんだ。
本当、今更って気がする。当たり前の事なのにどうして判らなかったんだろう。
俺は今の彩花を好きでいられる。そう好きなんだ。
「彩花・・・お前の過去見てなかったって言ったら大嘘になる。
 だけどな、今は違うんだ。記憶が無くて一生懸命なのを含めて。
 あの時の彩花とちょっと違うかもしれなくても、それでも俺はお前が、今の彩花が好きだ!」
判りきってた事を確認するだけにすぎない。そう、あの日と同じように。
「智ちゃん・・・彩ちゃん・・・。ずるいよ」
「唯笑・・・?」
「さっき唯笑に言ったじゃない。ただの幼馴染なんかじゃないって。
 それ彩ちゃん!タイミングよく出てこないでよ。
 ずっとどこかで見てたんでしょ!?そうやって智ちゃんを取らないでよ!
「大切な誰かを取られたくないのは私だって同じだよ!
 私なんか三年間もずーっと喋る事も何も出来なかったんだよ。
 唯笑ちゃんはその間ずっと一緒だったじゃない。」
二人はやがて、本音をぶつけあっていた。
姉妹のように仲がいい二人が、こうして激しくぶつかり合っている。
二人にはっきりしないから・・・結果として俺のせいだ。俺がはっきりすればいいのに・・・
「二人と―」
二人を止めようとしたが、途中で信に肩を掴まれた。
「やめとけ、お前が入ってどうにかなることじゃない。
 それより二人で思いを吐き出させてやれよ。あの二人なら仲直りするだろ?」
「・・・そうだな」
彩花と唯笑なら大丈夫、不思議とそんな気がしていた。
信の言うとおり、ここは見守るとしよう。・・・悪いな、信・・・。
「・・・三年間ずっと智ちゃんは彩ちゃんの事を見てたよ!?
 ずるいよ、想い出の中でまで智ちゃんを縛らないでよっ!」
「そんな事・・・唯笑ちゃんううん、唯笑だって。
 私たちは付き合ってた頃、無理やり二人にしようとしたのは思い出したよ?
 そんな想いするくらいだったら真正面からぶつかってきてよ・・・。
 私、こんな風に唯笑を責めたりしたくないもん・・・」
「あ、彩ちゃん・・・。ごめんね?そうだよね。
 あの時もっと早く唯笑が想いぶつけてればこんな気持ちにならなかったんだよね。
 彩ちゃんを失った智ちゃんに想いを伝えるなんて出来なかったから・・・」
「ううん・・・。それに唯笑だって判ってるでしょ?智也の気持ちだって」
「智ちゃんの気持ち・・・」
俺の気持ち。今の彩花が好きな気持ち。唯笑にも幼馴染以上の気持ちを抱いている事。
それを選ぶ事が出来なくて。けど、本当はあの日に答えは出ていた。
彩花が心から好きだから、大切だから。唯笑と比べるんじゃなくて、
ただ純粋に大切だと思えたから、俺たちはお互いの気持ちを確認した。
ただ、それだけ。唯笑にとっては哀しいかもしれない。でもそれが答えだった。
「うん。ごめんね、唯笑きっとただ羨ましいとか妬いてただけなんだよ」
「ううん、私こそごめんね。唯笑ちゃんに辛い事いっぱいさせてきたと思う。
 でもそれすらよく覚えてなくて・・・」
これで。これで俺も気持ちを正直に言う事が出来る。妬みなんてしないでいいはずだ。
「改めて言うぞ・・・俺は彩花が誰よりも大切だ。好きだよ、彩花・・・」
「智也ぁぁぁ!」
その瞬間、この空間の何かがはじけていた。俺の言葉を待っていたように彩花が俺に飛び込んでくる。
そしてまた、それを見ていた唯笑も嬉しそうに笑っていた。
「唯笑、お前も大切な幼馴染として俺たちを見守ってくれないか・・・?」
「うん・・・智ちゃんと彩ちゃんの仲人になるねっ!」
意味判ってんのか・・・?唯笑の奴。大体仲人はまだ早いっての。
「ふぅ・・・やれやれ。やっと智也の馬鹿もどうにかなったみたいだな」
緊張の糸が解けたと同時に信が言葉を発する。
「あれだけ言ったから来ると思ったけどな、最初は智也マジで来ないんじゃないかと思ったぞ」
未だ俺を抱きしめる彩花をそっと放す。何せ雨が降っているのだ。
肩を抱くように彩花に傘をさしてやる。そのまま、信に言葉を返す。
「計算済みかよ・・・ったく恐ろしいよな、お前は」
「そりゃ褒め言葉か?なぁ、唯笑ちゃん。俺の気持ちは嘘じゃないんだ。
 こんな時に言うのもなんだけどさ、付き合ってくれないか!?」
そういえば元々ここは信が告白している場なんだっけ。すっかり忘れてた。
「信君・・・気持ちは嬉しいよ?でもまだ整理がついてないから。
 だから返事は出来ないよ」
「そりゃそーだよなぁ。智也の馬鹿と色々あったばっかりだからな。
 いつまでもここにいると、風邪ひいちまうぞ?」
確かに大雨が降り続いている。おまけに俺たち結構ずぶぬれだったりするし。
「それじゃぁ、帰るか。元々俺たち帰り道だしな、行こうぜ彩花」
「うんっ」
俺は彩花の手をひいて歩き出す。後ろの信と唯笑に手を振りながら。
四人で一緒に帰ってもいいんだけど、二人の目が二人きりで帰れと言っていた。
「智也・・・ほんと、まちくたびれちゃったんだからね?」
「そう言うなよまったく。でもこれからはずっと一緒だ。約束しただろ」
約束。恐らく俺たちが一生心に刻むであろう約束・・・。
「記憶が無いんだって・・・。でも智也が言うなら本当なんだろうね。」
「あぁ、ごめんごめん。でもまぁ記憶なんて無くても彩花がいりゃそれでいいさ」
「もー、街中で陳腐な台詞連発しないでよっ!」
「陳腐って言うなよ。まぁたしかに似合わないけどさ・・・あははは」
「ねぇ、智也?」
突然彩花の口調が変わった。なんだか妙に穏やかだった。
「んどうし―」
俺が彩花の横を振り向いた瞬間だった。それはまさに奇襲と呼べた。
彩花がそっと俺にキスしてきたのだ。
コトッ
傘の落ちる音がした。
俺はそのまま彩花を抱き寄せる。ほんの一瞬・・・そう思われたキスを確かめる。
俺たちがこうしてまた付き合いだしたこと。
彩花がこうしてここにいること。
今までの事・・・全てのモノを確認するように・・・。
やがてお互いちょっと名残惜しむように離れる。
「・・・ちょっと恥ずかしいね」
「バーカ、お前からしてきたんだろーが。」
「そうだね。ふふふっ。」
俺たちはびしょびしょになりながら、大雨のなか笑っていた。
「はっくしゅん」
突如、彩花がくしゃみをしたので思わずふきだしてしまった。
「わ、わらわないでよぉ・・・」
「お前がいきなりくしゃみするからだ。それより冷えてるんだろ?ほらいくぞ」
「あ、うん」
俺たちは雨の中駆け出した。いたるところまでびしょびしょだから、
さっさとシャワーを浴びてすっきりしたいしな。
公園からはさほど家は遠くなかったため、走り出してからすぐに到着していた。
「それじゃぁまた後でな、彩花」
「智也こそっ」
俺たちはお互いの家の前で別れる。やっぱり隣同士ってのはいいもんだなぁ。
なんて思いながら自分の家へはいる。
着替えを持ってくると真っ先にシャワーへと向かった。
熱いシャワーを浴びながら、先ほどの出来事を思い出す。
「大変なのはこれからだな・・・」
彩花と付き合ったからといって、それで終わりじゃない。
むしろ、ようやくスタートラインに立てたくらいの所だろう。
体を充分温めると、俺はシャワー室から出て着替える。
なんだかんだで夕飯の時間になっていたので、面倒なのでパジャマに着替える事にする。
ピーンポーン
不意にチャイムが鳴り響いた。こんな時に誰だ?
「はい、三上ですけど・・・」
「あっ智也?夕飯うちで食べない?」
「え?何で」
「お母さんもお父さんも用事でいないから。どうせだったら二人で食べよっ♪」
そんな声が以前と変わらない彩花で。なんだか体の奥底から何かがわきあがってくる気がした。
にしてもちゃんとした関係を持ったの、一応今日からなんだよなぁ。そりゃ過去に付き合っていたけどさ。
とかなんとか頭の中でいいながら、彩花と食事は嬉しいのですんなり彩花のうちへ行く事にした。
「いっただっきまーす」
彩花は見るからに嬉しそうに声をあげている。ほんと判りやすい奴。
まぁそこがいいんだけどさ。
食事中も他愛も無い話が続く。時折ついさっきの話が話題に持ち上がったりもするけど。
俺は適度につっこんだり頷いたりしながら、彩花と食事を取った。
俺たちは恋人と言う関係になったかもしれない。
でもそれはお互いの気持ちを確認しただけで、改めて何かが変わるわけじゃなかった。
それが幼馴染と言う奴だろうか?いや違う。
仲が良いという過程で好きという気持ちが生まれて、それが当たり前すぎて気がつかなくて。
それをただ、好きと言う気持ちをお互い共有しただけだ。
恋とか好きとか。そんなのに理屈なんていらないんだなって、改めて思った。
「智也?なーに難しい顔してるの?」
「ん?それはだな。まぁ恋とか好きって理屈じゃないんだなって思っただけだ」
「もう。恥ずかしい事あんまり言わないでってばぁ。
 でも・・・そういう智也も好きかな?」
む、矛盾してる。好きとかダイレクトに言う方が恥ずかしいような気がするんだけど。
「まったく、好きってわかってんだからいちいち言わなくて良いだろ?」
「ふふっ、そうだね。」
にしても、彩花の奴も大分違和感無く喋れてるよな・・・?
「記憶どれくらい戻ったんだ?」
「え?うーん、あの雨の日の事急に思い出したよ。
 あと、何をしてきたかはよく判らないけど友達の事も大分判るよ」
「ふーん、そっか」
「記憶が完全に戻らないって言ってたからこれで終わりかもね?」
「完全に戻らない・・・って知ってたのか?」
まさか本人がその事を知っているとは思わなかった。
それを知ってる上でこんな普通に振舞える彩花がすごいと思えた。
「うん。でもいいんだ。智也言ったよね?今の彩花が好きだって。
 思い出せなくてもこれから作っていけばそれでいい。
 覚えていた大切な人・・・智也がそばにいるからね」
「記憶が無いって判っててよくそう言えるよ。ま、無理すんなよ」
「大丈夫だよ。その時はガンガン智也に相談しちゃうんだからっ!」
頼られてるのいいことだけど、ガンガンねぇ・・・。まぁいいか。
「判ったよ。それよりご馳走様。そろそろ俺・・・寝るわ」
「えーもう寝るの!?」
「なんか色々あったから疲れてるらしい。だから寝るよ」
「うん・・・おやすみ、智也」
「おう、おやすみ」
ちょっと寂しそうな表情を見せていた。けどどうせ明日だって明後日だって会えるんだ。
そう、いつだって会えるから・・・。
俺は彩花の家を後にすると、すぐに自分の部屋に戻り布団に入る。
疲れがたまっていたのか、夢の世界へとたどり着くのはすぐの事だった・・・。

そして。

ピーンポーン・・・
翌朝・・・ではなかった。時計は正午を過ぎていた。寝すぎたらしい。
鳴り響くチャイムで目を覚ます。誰だろ・・・彩花かな?
そう思って出てみると、彩花のお母さんだった。
「え、おばさん、どうしたんですか?」
「彩花が眠ったまんまなんだよ。あのこが昼まで眠るなんて無いからそれで・・・」
「彩花だって昼過ぎまで寝る事あるんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど、大声で呼んだんだけど起きなくて・・・」
「俺が起こしてきますよ。気持ちは判りますけど心配しないでください」
そういうと俺は自分の部屋に戻った。正直彩花のお母さんが出てきたくらいだからちょっと心配だけど。
そして私服へ着替えると、窓から彩花の部屋へと侵入した。
俺たちはお互い行き来できるようにといつも窓の鍵は閉めていないのだ。
「まったく気持ち良さそうに寝てやがる・・・」
おばさんの心配はよそに静かに眠っている。
「おーきーろーーー」
ためしに大声で呼んでみるが、やっぱり静かに眠っている。
確かに彩花が大声で呼ばれて起きないのはかなり珍しいな。
いつもならちょっとの物音で目が覚めるのに。なんか不安になってきた。
しょーがない。あの手を使うとするか。
俺は彩花の眠っている布団を少しどける。そして・・・
「あははは・・・あははははは・・・や、やめてよぉ・・・んん・・・?」
俺は脇の下をくすぐってやったのだ。長年の付き合いから覚えた弱点だ。
「んー・・・おはよ、智也」
「ったくおはようじゃねえよ、今昼だぞ」
「え、ええ!?むー・・・智也に起こされるなんて思わなかったよぉ・・・」
確かにいつもは真っ先に俺を起こしに来るからな。
ま、不安は解けた事だ。そう思うと急に肩の荷が降りた気がした。
「ほら、今日は澄空行くぞ!」
「うん。あ・・・智也、私着替えるから」
着替えるって聞いて思わず顔が熱くなる俺。
「あ、じゃ、じゃあ俺部屋に戻って待ってるから」
「う、うん。それじゃあ後でね」
俺はそう言って自室へと戻った。
そうだ。俺はこれからこうやって朝起こしたり起こされたりして。
一緒に何処かへ出かけて。
色々なくだらない話をして。
怒ったり笑ったり泣いたりして。時間を積み重ねて。
そうやって新しい思い出を作っていくんだ。
なんて不思議な事は無い、日常の中で。
大切だと思える人の傍で、ゆっくりと思い出を・・・

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