昨日の夢から 逃げ回る


           それがまた夢になり 襲ってくる


            忘れられない夢を見たまま……





MARIA
下弦









 またあの黒い夢を見た……





 最近毎日のように嫌な夢を見る。

 「嫌な」と言ってもその夢の内容は特に覚えてはいない。

 けれど、忘れられそうのない夢。

 自分の感覚のようなものがそう言っている。



 僕はどこか虚無的で、特に生き甲斐も無く、毎日に退屈しているどこにでもいるような普通の学生だ。

 特別な所と言えばあの「夢」に悩んでるくらいだ。


「お〜す。」

 と言って近づいてくるやつがいる。

 こいつは僕の親友みたいなものだ。勉強はからっきしだが物分かりは割といい方だと思う。
 そいつは何か小さめの箱の入ったビニール袋を持っていた。

「さてはまた眠れないのか?…そんなお前のためにいい物を持ってきたよ。ほれっ!」
 奴はそのビニール袋をこっちに投げてきた。
 袋の中にはそこらへんの薬局に売っている睡眠薬――ちなみにまわりには嫌な夢を見るとではなく、ただの寝不足だと言っていた――が入っていた。

 僕は体調などが割と顔に出るタイプだった。

 今もひどい頭痛がある。

 目の下のクマもひどいことだろう。
 僕は「そんなにひどい?」と聞こうと思ったら、

「お前の顔色、大分ひどいぞ。」

 と、言われてしまった。

 こちらも言わせてもらえば、その薬は試したことがあり、確かに眠ることは出来たがあの「夢」や頭痛はまったく無くならなかった。
 確か、そのことはこいつには言ったはずだが……。
 どうやら物分かりがいいというのは僕の勘違いだったのだろう。


……こんなことを考えるだけでも頭がガンガンする。

 こんな睡眠薬なんかより頭痛薬の方がよっぽど欲しかった。






 昼休みになった。

 あってもたいして食べもしない弁当を持ち、校舎の裏の木陰に向かう。

 何故か、その時間のその場所だけではあの「夢」や頭痛から解放された。


 それはとても静かで心地よかった。

 まるで聖域にでも入っているかのように……。


 目を閉じて考えてみた。

 今まで生きてきて、人に何かを頼んだことなどこれといって無かった。なんでも自分でやり遂げてきた。

 そんな僕でも今は誰かに頼りたい気分だった。
 叫びたかった。「だれか助けてくれ!!」と。
 三途の川を綱渡りしている気分だった。

 幼い頃におとぎ話で聞いた聖母マリアがもしも事実存在するのならそばにいて欲しかった……。


 ふと、目を開けると、僕の目の前15cm位の近距離に女の子の顔があった。
 驚いて飛び上がりそうになったが寸でのところで我慢した。
 女の子は僕の様子を見て少し距離をおいてから口を開いた。

「大丈夫?君なんか変な感じだよ?」

 感じのいい声だった。

 しかし、質問の意味が「体調が悪い?」とも「頭は大丈夫?」ともとれた。
 どういう意味か聞こうと思ったが、

「あ、変な意味じゃないから。」

 と、何もかもわかっているかのように言った。
 
 そして、かるく微笑んだ。

 だから、さっきの考えを忘れた。


 ながい一吹きの風が吹いた。

 それはとても心地のいい静かなながい一吹きの風だった。


「もしかして本当に調子悪いの?医者呼ぼうか?」 

 突っ込みたかった。「そこは保健の先生だろ!」と。だけど我慢した。

 真面目に心配してくれてるようなので安心してもらえるように彼女にかるく微笑んだ。
 そして、かるい寝不足と伝え時間が来たので先に教室に戻った。


 久しぶりに笑った、と後になって気付いた。

 そして唯一の解放される時は終わった。






 翌日の僕の解放される時。

 彼女はまた現れた。

 僕のもとに来ると、

「隣りいいよね?」

 と言い、返事を聞く前に座った。そして、

「今日は昨日より全然顔色良いね。」

 と言った。

 確かにあの「夢」は見たが体調はいつもと比べたら割と良かった。
 ここに来た理由を聞こうと思ったが、

「昨日来たときにこの場所が気に入っちゃってね。」

 と、何もかもわかっているかのように言った。

 だから、さっきの考えを忘れた。


 なんだか不思議に気分だった。

 彼女は、

「なんだか君の様子が心配だった、ていうのもあるかな〜。」

 と照れくさそうに言った。

 僕も照れくさかった。

 そして、気が付くと僕は彼女にあの「夢」のことを打ち明けていた。

 彼女は真面目に聞いてくれた。

 それから彼女は毎日この時間にこの場所に来るようになった。

 それから僕は頭痛に苦しめられる回数が減った気がした。






 ある日、僕の心の安らぐいつもの時間と場所で、彼女はこんなことを聞いてきた。

「ねぇねぇ、こういうのっていいと思わない?」

 と言いながら、手に持っていた本を僕に見せた。
 その本は英語で書かれていた。
 内容を聞いたら超ゴテゴテのラブストーリーだった。

 薄々わかっていたがどうやら彼女はロマンチストらしい。

 で、彼女が僕に聞いているのはその小説のセリフだった。

 「Beside you」と、書いてあった。

 正直なところそういうのはあまり好きではなかった。

「やっぱり男の人ってこういうのはダメだよね?」

 と、何もかもわかっているかのように言った。

 だから、さっき思ったことを正直に言った。

 それから彼女は毎日僕と一緒に下校するようになった。

 それから僕はあの「夢」を見る回数が少し減った気がした。






 僕は気付いた。

 本当は最初から気付いていたのかもしれない。

 彼女と出会ったときから。

 僕は彼女を子供の頃に聞いたおとぎ話の聖母マリアだと思っていた。

 確かに彼女は僕を救ってくれた。

 だけど、彼女はそんないるのかいないのか分からないような存在ではない。

 僕はようやく気付いた。



 僕は初めて自分から彼女を呼び出した。そして想いを告げた。

 すると、彼女は最初から何もかもわかっていたように微笑み、

「もっとロマンチックに・・・・」

 と、言った。



 ながい一吹きの風が吹いた。


 それはとても心地のいい静かなながい一吹きの風だった。


 僕は一度だけ咳払いをして彼女に近寄った。

 そして、彼女を抱き寄せ、出来るだけ格好つけて

「 Beside you till I die 」

 と、言ってやった。



 あんな「夢」のことなんて忘れた。









   あとがき

  えぇー、恥ずかしながらの発投稿です。
  みなさん感想お願いします。



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