黒子魔道士
ミストフェンリル

冷たい笑み

「いやぁ、やっぱりおじさんの料理はおいしいですね。」
ミルは目の前にある様々な料理を食べながらそう言った。
「ん?ああ、そういえばミルは知らないんだったな。」
「へ?」
「ここ最近、料理はサリア担当だ。」
宿主の一言にミルは手にしていたスプーンを落とした。
「・・・今なんと?」
「まあ、そう驚くのも無理はないわな。」
2人の会話には意味がある。
ミルは幼少時代のころからサリアと宿主のことを知っている。
そしてサリアが異常な甘党であるということも。
サリアの味覚に勝てるものなしとまで言われていた彼女が料理を?
更には、それがかなりの出来だと?
ミルが驚いたのにはこのような経緯があったからなのである。
「にしても、よくサリアの甘党を覚えていたな。」
「それだけ衝撃的だったというわけですよ。」
「ハハハ、それもそうだな。」
そう言って笑い始める彼。
それにつられて笑ってしまったミル。
部屋は彼らの笑い声で満たされた。
と、そこに騒ぎを嗅ぎつけたサリアが部屋に入ってきた。
「何かあったの?」
君の味覚についてだよ。
などと言う訳にもいかずただ下を向くミル。
「ま、男同士の秘密の話ってやつだ。」
ナイスフォロー。
声には出さずに口だけそう動かすミル。
宿主はそれに指を立てて答えた。
無論、サリアには気づかれないようにだが。
「なによそれ。」
笑いながらも椅子に座るサリア。
どうやら、会話に加わるようだった。
「まあ、深い意味はないから気にしなくてもいいと思うよ。」
「ふぅん。あ、そうだ。」
急に何かを思い出したのかサリアは唐突にそんなことを言った。
ミルはサリアの言葉を待つ。
「ねえ、ミル。この村は見て回ったの?」
サリアの口から出てきた言葉はそんな内容だった。
何か重要なことでも言うのかと思っていたミルは多少拍子抜けして言葉を返した。
「ん、まだだよ。第一見て回るほどこの村は変わってないでしょ?」
ミルのその一言にムッとするサリア。
「なによ!それじゃあ今も昔も古くさいみたいな言い草じゃない!」
「自分で言ってるじゃん。僕はそこまでは言ってない。」
「言ってないっていうことはそう思ってるってことじゃないの!」
「ん、まあとにかくどうしたのさ?突然村のことなんて言い出したりしてさ。」
「(話題を変えたわね、やっぱり変わらないのねぇ、その卑怯なくらい機転に強い性格は)」
「何か言った?」
「ううん、別に。ま、いいわよ。とにかくあんたは見てないからそう言ってるんでしょうけど、実際はかなり変わったんだからね。」
「へぇ。」
とりあえずミルはテーブルを右手で叩く動作を見せる。
「なにそれ?」
「この前の村でへぇ、と思った時は右手で叩く動作をするのが礼儀だったんだよ。その名残さ。」
「へぇ。」
一応サリアも右手でテーブルを叩く。
「上出来だね。」
ミルのその言葉に多少上機嫌になりながらも、サリアは話を続けた。
「とにかく、それを教えるためにも、明日はあたしについて来なさい。」
またしても唐突なお話。
しかも強制。
「・・・・はい?」
ミルがそう言ってしまうのも無理はなかった。
「だから〜!明日はあたしについて来るの!」
サリアはどうあってもミルを連れて村を案内したいようだった。
ミルはそこでため息をつく。
宿主はただただ笑うのみ。
「ガハハハ!ミル、お前の負けだよ。付き合ってやってくれ。」
宿主にもそう言われてしまったのではミルにももう断る術は残っていなかった。
「そうですね。分かったよサリア。明日は付き合えばいいんだろ?」
「うん♪」
いきなり怒り出したかと思えばすぐに笑顔に変わってしまう彼女を見て、ミルは子供だなぁと呟いた。
それが聞こえた途端、サリアに思い切り足を踏まれてしまった。
ミルは思わず泣きそうになってしまったものの、なんとか堪え、誰にも聞こえないようにぼそりと呟いた。
「やっぱり子供じゃないか。」



次の日。
昨夜の約束通りミルはサリアと村を見回っていた。
実際回ってみるとサリアのいうとおり村は結構変わっていることにミルは気づいた。
「本当だったんだ。」
そう、思わず呟いてしまうミルである。
「あんたって昔から人のこと信用しないわよね。もう少し信用したら?」
「う〜ん、これは完全な僕の性格だからね。多分無理だと思うよ。」
ミルは普段のにこやかな笑みでそう答えた。
「ま、仕方ないわね。あれ?」
諦めの表情を浮かべていたサリアは突然疑問の声をあげた。
「どうしたの?」
「ええ、あれ勇者様じゃないかしら?」
「え?」
ミルはサリアが指差した方向を見てみた。
そこにいたのは確かに昨日の勇者だった。
そして彼は真っ直ぐミル達の方向に向かってきている。
「まさかあたし達に用があるのかしら?」
「もしそうだとしたらどうする?」
「馬鹿ね、そんなことあるわけないじゃない。」
そう言って笑うサリア。
だがその笑いは次の瞬間凍りついた。
「ちょっといいかな?」
勇者がその彼らに話し掛けてきたのだ。
「え?」
否、彼らではない。
勇者はミルに用があるらしかった。
「何かようですか?」
ミルは笑みを浮かべながらそう聞いた。
その笑みは昨日のあの冷たい笑みであった。
「ああ、実は話があるんだが。」
「僕にですか?」
「ああ、そうだ。それで・・・2人で話したいから君は席を外して欲しいんだ。その、勝手だとは思うけど。」
勇者はサリアにそう頼んだ。
「え?あ、はい。勇者様がそう仰るなら構いません。それじゃあミル、村の案内はまた今度にするわ。」
「ん、あ、そうだね。」
「じゃあね!」
そう言ってサリアはその場所から離れていった。
「さて。」
「一体何の用ですか?」
ミルは不機嫌気味にそう尋ねる。
「ああ、だがここじゃあれだから、場所を変えないか?」
「・・・構いませんよ。」
ミルは腰の辺りにそれぞれの手を当ててみた。
そこには何か金属のようなものがあった。
それを確認した彼はよし、と呟く。
「どうかしたか?」
「いえ、別に何でもありませんよ。」
微笑みながらそう答え、彼らは場所を移動した。



そこは平原だった。
植物などがある以外では特に特徴もない。
強いて特徴を上げるとするならば、まず村の人は来ないであろう場所ということであろうか。
「ここら辺ならいいかな。」
「こんな場所で何をしたいんですか?」
ミルは勇者にそう聞いた。
「話だよ。ただのね。」
「へぇ、それで・・・・勇者さん?」
「ああ、本名を言っていなかったな。俺の名前はカリス、カリス=ストレイカーだ。」
「僕はミル=フライア。それじゃあ、カリスさんでいいんですか?」
「別に呼び捨てでも構わないが。」
「あまり呼び捨てが好きではないんですよ。呼び捨てで呼ぶのはよほど仲のいい人ぐらいでしょうね。」
さりげなく毒を吐いてみるミルを見て、カリスは苦笑いを浮かべながらこう言った。
「そうか、それじゃあ俺も呼び捨てで呼ばれるようになりたいよ。」
「何故です?」
ミルは尋ねる。
何故勇者ともあろう男がミルに興味を持っているのか?
それが気になったからだ。
「俺は今まであまり仲間を作っていないんだ。」
「はぁ。」
「その理由、お前は分かるか?」
「いえ。」
ミルは正直に答える。
「それは俺が心から気を許せるような、そんなやつらとまだ出会っていないからなんだ。」
「僕なら気を許せる、と?」
「ああ、そうだ。」
「何故です?」
「昨日、君の実力というものを垣間見てしまったからだよ。」
カリスのその言葉に目を見開くミル。
カリスはそれを見逃さずに、やはり・・・といった様子で話を続けた。
「昨日、ヴィンデル。ああ、魔族との戦いで俺は死ぬはずだった。だが、俺は今生きている。どうしてだか分かるか?」
「いえ。」
「それは嘘だ。君の助けがあったから俺は生きていて、あいつが死んだんだ。あいつは死ぬ間際真っ直ぐお前を見つめていた。そして俺もやつを殺したあと君のいたはずの方向を見つめた。だがそこに先ほどの攻撃を出せるような人物はいなかった。」
「どうして分かるんですか?」
「勘、だな。それで俺はその勘を頼りに村を探し回っていたら・・・」
「僕がいた、ということですね?」
カリスはそうだ、答える。
「僕に仲間になれと?」
ミルはカリスの考えを先読みし、そう聞いてみた。
「ああ、頼む!俺は、俺は魔王を倒さなければならない!その為にも強くて信頼のできる仲間が必要なんだ!」
カリスはミルに頭を下げ始める。
「頼む・・・頼む。」
カリスはとても真剣な様子だった。
そんな様子の彼を見てミルは、
「・・・・お断りします。」
ゆっくりと、だがしっかりとそう答えた。
「何故だ?」
カリスは驚きの表情を浮かべてそう尋ねた。
無理もないだろう。
基本的に勇者と呼ばれるものには皆友好的だ。
だから大物犯罪者でもない限りはしぶしぶ協力してくれる場合が多いのだ。
だがミルは断った。
カリスにはそれを理解することがまったく出来なかった。
ミルはこれから言うべき考えをまとめそれからゆっくりとカリスに語り始めた。
「昨日の魔族。あれはあなたを追ってきた。違いますか?」
「違わない。確かにやつは俺を殺すためにこの村まで追いかけてきたんだ。」
だからどうした?という顔でミルのことを見つめていた。
「あなたがこの村に来なければ村人は誰も傷つかなかったし、誰も不安がることはなかった。」
「だがそれは魔族がやったことだろう?元々この戦いも魔族が悪いんだ。違うか?」
「違いませんね。しかしだからといって全ての魔族を非とするのは間違いです。」
「分かっている。だから魔王を倒そうとしているんだ!事の元凶であるやつさえ倒せば世界は平和になるはずだ。」
「いいえ、その後魔族は奴隷のような扱いになり、不満を抱きまた反乱を起こします。その後も、またこれの繰り返しだ。ただ勝つのが人間か魔族かの違いです。」
「じゃあどうしろと?」
「現状維持が1番いいんですよ。このまま戦争を続けていればいい。いつか、戦いが愚かだということに気づきますよ。」
「時が過ぎるのを待てというのか?」
「ええ。」
ミルは平然とそう言う。
その時の笑みはやはり冷たかった。
カリスはその笑みに対抗するように、反論する。
「その間の双方の犠牲者はどうなる!」
「ええ、人も魔族も次々に死んでいきます。ですがどちらも同じくらい死ぬか、片方の死ぬ量が増えるかだけの話。全体的には何も変わったりはしない。」
「俺はそこまで冷たくはなれないな。」
カリスは呟く。
無理もない。
彼はいわば人間の中のエースの様な存在だ。
だからこそミルの意見を理解は出来ても納得など出来るわけがないのだ。
「何もあなたに納得しろなどとはいいませんよ。ですが・・・そうだ、こういうのはどうです?」
「ん?」
「どちらが正しいのか戦って決める。あなたが勝てば僕はあなたを認め、仲間になります。ですが僕が勝った時には・・・」
「勝った時は?」
「あなたには死んでもらいます。勇者が消えれば次の勇者が決まるまでは現状が維持され続けますからね。」
ミルのそんな提案にカリスはただただ驚くしかなかった。
しばらく2人の間に沈黙が訪れる。
そしてその沈黙を破ったのは、さきほどとは打って変わり、全てを受け入れたかのような表情を浮かべたカリスだった。
「分かった。受けて立とう。」
その言葉にミルは笑みを浮かべ、その後にとある言葉を付け加えた。
「ああ、言い忘れてました。これはあなたにとっては都合のいい話ですよ。」
「何だ?」
「あなた、魔法は基礎しか覚えてないでしょう?」
「・・・・ああ。」
「じゃあ僕も基礎しか使いません。」
「何だと?」
「ハンデですよ。やはり勝負は対等でいかないと。」
にやりと笑う。
「だがお前は魔道士だろ?肉体的には俺らのようなやつらには勝てないはずだ。」
カリスの言ったことは正論だった。
だが、ミルはそれを覆す。
「それは一般論。全ての人物に共通するわけではない。」
そう言ってミルは左右の腰の辺りから2つの金属‐ナイフ‐を取り出した。
それを空中に軽く投げ、逆手に持ち替えたミルはこう言った。
「魔王だって剣も魔法もどちらも強いと思いますよ。つまりは僕に勝てないようではあなたは魔王には勝てないというわけですよ。」
冷たい笑みを崩さずにそう言うミル。
カリスはそんなミルに一瞬寒気を感じた。
「怖いんですか?」
「ふん、ただの武者震いだ。」
剣を取り出したカリス。
そして2つのナイフを持ったミル。
風が吹いていた。
風は平原に吹き渡り2人を突き抜ける。
それにつられて1つの木の葉が飛ばされてきた。
その木の葉が2人の間を駆け抜けたとき、2人の刃が激突した。



ミルと別れたサリアは村で1人歩いていた。
ミル。
サリアは考える。
昔、ミルの両親がまだ生きていた頃・・・・・。
思い出すと他人であるはずのサリアでさえも悲しくなるような出来事。
あの日、魔族が人間に反旗を翻した時、ミルの両親はその事件に巻き込まれてしまった。
そしてミルは村の人達にも、サリアにさえも何も言わずに村を出て行ってしまったのだ。
サリアはミルに裏切られたような感じをうけた。
しかし、そうだとしても彼女には残された手段は一つしかなかったのだ。
それは、ただミルが帰ってくるのを待つこと。
もしかしたら帰ってこないかもしれない。
そう思いながらも彼女は待ち続けることしか出来なかったのだ。
そして、それから10年もの歳月が経ち、やっとミルは帰ってきた。
せっかくの再会。
これでまたミルと話が出来る、昔のように二人で笑い会えるのだ。
そう思っていたのに・・・、
「いくら勇者様といっても、あれは勝手よね。」
勇者には逆らうな。あの御方は救世主なのだから。
彼がこの村にやって来た時、サリアは父にそう教わった。
確かに勇者と言われるだけの能力も威厳もある。
けど彼が来ようが来ないが、サリアにとってはどうでもよかった。
第一勝手に人の家に上がりこんでタンスを調べ服やメダルを盗るような輩がどうして勇者なのだろうか?
彼女は勇者に対し不満の意を表していた。
「勇者なら何をしても許されるの?」
そう呟いても答えてくれる人は誰もいない。
もし、誰かが聞いていたとしたら、それを聞いた村人はサリアを叱るのだろう。
勇者様になんてことを言うんだ、と。
そこで気づいた。
「・・・なんであたし怒ってるんだろう?」
ただ勇者がミルと話をしたいといっただけではないか。
それなのに、何故・・・
「はぁ。」
サリアはため息をついた。
そう、理由はわかっているのだ。
サリアは不安だった。
このまま勇者がミルを連れてどこかへ行ってしまうのではないか?
そんな不安が彼女に付きまとっていたのである。
そんなことには耐えられない。
だがもしミルがOKして彼女がそれを止めようとしても村の人達はやはりこういうのだろう。
勇者様の決定なのだから仕方がない、と。
「ふぅ、なんだか考えすぎて頭が痛くなってきた。」
こうなるとサリアにはとるべき行動が1つあった。
「あの場所に行こうかしら?」
その場所は彼女のお気に入りの場所。
彼女の心を安らげることの出来る場所だ。
彼女は迷いもせずにそこに向かうことにしたのだった。



そこは草木の多い場所だった。
平原もあるし、木々もある。
鳥のさえずりや、太陽の光。
そこには自然が詰まっていた。
「う〜ん、やっぱりここはいいわね。」
そして目をとじた。
目を閉じてもその世界は何も変わらない、はずだった。
「あら?」
サリアは鳥の声以外に何か金属がぶつかりあうような音が聞こえるのを感じた。
「何かしら?向こうの方から聞こえる。」
その音は平原の方から聞こえてきた。
そこに向かって歩き出すサリア。
自然とそこには緊張感が生まれていた。
だからサリアも足音を立てないように、その緊張感を壊さないようにして歩いた。
「あれは・・・・ミル?それに勇者様も。」
そこにはミルと勇者がいた。
サリアは木に隠れてその様子をうかがった。
そしてサリアは驚く。
「・・・どうして?」
サリアは思う。
どうして2人が戦ってるの?



カリスの剣がミルにそのまま振り下ろされる。
ミルはそれを難なく避け、背後に回りそのまま右手のナイフで斬りつけようとする。
しかし、カリスもそれをそのままの姿勢で避け、振り向いて続いての左のナイフを受け止めた。
「へぇ、やりますね。さすがだ。」
ナイフを剣にぶつけたままミルはそう呟く。
「お前もな。魔法使いにしておくのは勿体ない。」
「それはほめ言葉として貰っておきますよ。しかし!」
2歩下がるとそこからナイフを1本投げつける。
突然の攻撃に驚き不自然な姿勢で避けるカリス。
カリスは剣士系の勇者だ。
だから、普段ならその手の奇襲的なナイフ投げにも対応して避ける事が出来る。
だが、今回だけは話は別だった。
何故なら、そのナイフの速さは尋常ではなかったのだ。
だからこそカリスはそれをただただ避ける事しか出来なかったのだ。
その為カリスにミルを見続けている余裕はなかった。
なんとか体勢を立て直したカリスがミルのいた方を向く。
しかしそこにミルはいなかった。
何故なら、
「とどめだ!」
ミルは空中にいた。
彼は残ったナイフでそのままカリスを貫こうとする。
あと少し。
その時ミルは風が自分に抵抗していることに気がついた。
これは、自然に起こる力ではない。
これは・・・・魔法による攻撃だ。
そう判断した時にはもう遅かった。
「なっ!」
突然の突風。
ミルは為す術もなく風に吹き飛ばされた。
その瞬間、握っていたナイフもミルの手から離れる。
しまった。
そう思うものの、今はそのことについて考える余裕はない。
地面と衝突する瞬間に、なんとか受身を取り、体勢を整える。
その時、ミルの首に剣がそっと添えられた。
「風の魔法ですか。」
ミルが問う。
「ああ。」
その問いにカリスが答えた。
「それを昨日使っていれば僕の助けなどもいらなかっただろうに。」
「まあな、だがこれの使い方が分かったのがその昨日、ヴィンデルに俺の武器を吹っ飛ばされた時だったんだから仕方がないだろう?」
その一言にミルは感嘆する。
「ほぉ、では昨日のあの実戦で覚えた使い方を今日練習なしに僕に試した、と?」
「そういうことになるな。」
彼は発展途上だ。
ミルはそう思った。
彼の飲み込みの速さ、それが彼の勇者たる所以。
「これで形勢逆転だ。負けを認めるんだな。」
カリスはミルの首に添えてある剣に力を入れそう言う。
だが、
「まだまだですね。」
ミルのその言葉に同様を隠せないカリス。
「何?」
「うっかりしていました。戦う前に僕が言ったことを自分で忘れるなんて。あなたが魔法を使えたことを忘れるなんて腕が鈍っていた証拠だ。まあ最近は戦いなんてやっていなかったのだから当然でしょうね。」
「何が言いたい?」
「それはあなたも同じ、ということですよ。」
ミルは笑う。
その手には光があった。
「何!?」
「昨日の魔族。彼もこの方法で形勢を逆転したんでしょうね。勝利を確信した時というのはその相手を殺した時のみです。あなたにとってはそれが出来ないこの勝負、元々僕に勝利の女神がついていた、ということですよ。」
ミルは両手を合わせそれをカリスに向けた。
巻き起こるは風。
それは大きな魔物となり、彼に襲いかかった。
「ぐっ。」
カリスは飛ばされ、10メートルほど離された地点でなんとか着地した。
「どうです?僕の魔法は?」
「あれは・・・確か上位魔法。勝つためにハンデをなくしたか。」
カリスは少し失望したかのような口調でそう言った。
それを聞いたミルは笑う。
「ククク、何を言うかと思えばそんなことですか?あなたは本当に馬鹿ですね。僕は約束は破らない主義だ。あれは僕にとってはただの基本的な魔法にすぎませんよ。」
それを聞いたカリスはただただ驚くのみ。
「あなた程度の魔力では上位魔法を使ってもあの程度かもしれない。しかし僕にとってはあの程度なら基本的なことでも充分出せるんですよ。」
ミルは両手を離し、それぞれに力を込めた。
それは再び風の魔法。
その標的はカリスではなく自分のナイフだった。
ナイフはミルの作り出した風に乗ってミルの手に戻ってくる。
2つのナイフが戻ってきた時、ミルはカリスに向かってゆっくりと歩き始めた。
「ちなみに先ほどのナイフ投げはナイフに多少の風を込めました。だからこそあなたを驚かす程の速度が出た、というわけです。」
「完敗だな。」
カリスが呟く。
「俺では魔王を倒すことは出来ない。力もなければ才能もなかった、ということか。」
ミルは黙ってカリスのところまでやってきた。
それを見届けたカリスはもう諦めた表情でミルにこう言った。
「約束通り、殺してくれ。」
ミルは笑い、そして・・・
「いやです。」
きっぱりとそう答えた。
「な!?話が違うだろう?」
「え?」
ミルはきょとんとした表情を浮かべ、考える。
「ああ、あの話ですか?あんなの冗談に決まっているでしょう。勇者を殺したら僕は犯罪者になってしまいますよ。そんなのはゴメンだ。」
「しかし!」
「それにあなたは間違っていますよ。あなたにはまだ力はないかもしれませんが才能がある。まだまだ伸びますよ。」
「それは本当か?」
「ええ、あなたならいつか僕を倒せるかもしれませんね。」
ミルはにこりとして笑う。
それは冷たい笑みではなく、サリアにするような暖かい笑みだった。
「そうか。」
「ただ・・・」
ミルは付け加えてこう言った。
「殺さない代わりに守っていただきたいことがあるんです。」
「なんだ?」
「僕のことは口外しないでもらいたいんです。僕は今の生活が1番好きですから。」
「しかし有名になればいろいろと仕事なども増えるんじゃないのか?」
「そんなのどうでもいいんですよ、そもそも僕はあまり目立つということが好きじゃないんです。」
ミルは頭をかきながらそう言った。
「そうか、分かったよ。村の人には当然だが、他の村にも、王にだってこのことは言わない。それでいいんだろ?」
「ええ、頼みますよ。カリスさん。それじゃ。」
「どこかに行くのか?」
カリスの問い。
それにミルはこう答える。
「宿ですよ。疲れたんでね。それに待たせ人がいるもので。」
ミルはカリスを置いて歩き始める。
カリスはそれをただ見ているのみ。
彼はため息をついた。
そして誰に言うでもなく呟く。
「最初のライバルはヴィンデルだった。あいつは人をゴミ程度にしか思わないようなやつだった。それでもやつは強かった。俺がここまでになれたたのもきっとあいつのお陰なんだろう。けどその戦いもようやく終わったんだ。」
しかしそんな時に彼がやってきた。
「初めは魔族、次は同じ人間か。」
カリスは笑う。
「あいつの考えは分からない。だが、俺はいつか、あいつと対等に戦えるようになりたい。」
そう、そのために俺は・・・・
「一旦、城のほうに戻るか。そうしたら、また1からやり直そう。」
そう考えるきっかけを与えてくれた彼に、
「ありがとよ、ミル。いつかまた会ったとき、そのときこそ俺はお前を倒し、仲間に引き入れてやる。」
一人の男がそんな決意を固める。
彼にとって、その日は大切な記憶となった。



帰り道の途中。
ミルは平原と隣沿いにある森に何か人の気配を感じた。
「誰か、いるのか?」
ミルの言葉に反応したのか1人の人影が現れた。
それは・・・
「サリア?」
それはサリアだった。
彼女がさっきの僕を見ていた?
そんな事実がそっと彼の心に入り込む。
「ゴメン、けどついてきたわけじゃないの。ここはあたしのお気に入りの場所で、それでいつもは聞こえない音が聞こえるから、行ってみたらミルと勇者様が・・・」
サリアは一気にそう答えた。
だがサリアにいつもの元気はないように彼は感じた。
恐らくミルという人間の秘密を知ってしまったからなのであろう。
人にはあまり知られたくない秘密がある。
それがこれだった。
サリアもそれを感じ取ったのかもしれない。
それにミルには彼女が嘘をついているようには思えなかった。
「うん、僕は君を信じるよ。だけど、このことは秘密にしてくれないかな?」
ミルのその言葉にサリアは首を振る。
「分かった、このことは秘密にする。だけど・・・」
その後サリアが何を言いたいのかミルにはよく分かった。
だからミルはサリアにこう言った。
「大丈夫だよ。僕は君の前から消えたりはしない。秘密がばれたからといってもそれはないから、安心して。ね?」
そんなミルの言葉にサリアはただ泣くことしか出来なかった。
もう夕方。
辺りは少しずつ赤みを帯び、そして暗闇の世界へと近づいていく。
その間、その場でミルはずっとサリアの傍にいた。
大丈夫、大丈夫だから。
そう呟き続けて。



続く

あとがき
第2話「冷たい笑み」をお送り致しました。
皆様いかがでしたでしょうか?
帰郷、冷たい笑み、そして次の話。
これらは所謂プロローグ的な存在です。
ですのでこれら3つの作品はミルという人間を注目しているのですが、それ以降はどうなるかは自分にもわかりませんのでw
さて、今回の話のコンセプトは「ミルの実力」です。
実際ミルの力がまだまだ未知数であることには変わりはありませんが、それでもかなり強いということは分かっていただいたと思います。
ただ今回バトルがメインだった分次回は心の動きなどをベースに書いていこうと思います。
あ、ちなみに序盤の「へぇ」はもちろん水曜9時のあれですのでw
それでは次回もよろしくお願いします。



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