人目のつかない静かな場所。
暗くて目がある程度慣れてこないと歩けないような場所。
彼らが集まるのは何故かそういう場所の場合が多かった。
「遅かったな」
1人の男がもう片方の男に言葉をかける。
「すいません、人につかまっていまして」
「ほぉ。そいつは……女か?」
何故か興味津々といった様子で聞き出す男。
ああ、この人は女好きだったなぁ。などということを思い出すもう1人。
「そうですよ。毎日毎日、飽きもせずに話してくるんだから困ったものですよ」
「いいじゃないか。俺にはそういった女性が1人もいないんだ。それよりはマシさ」
そう言って男はため息をつく。
「あれ?この前言ってた甘えん坊なのにやけに大人びた雰囲気を醸し出してるっていう人はどうしたんですか?」
「ああ、大人びた雰囲気は俺の気のせいだった。よってもう会ってない」
「……あなたの趣味にはついていけません」
 片方の男はやれやれといった感じでそう言った。
「ふん、誰もお前に理解などされたくは……って、なんでこんな話になったんだ?」
 男は片方の男に問う。
 片方の男は呆れたようにこう答えた。
「あんたのせいでしょうに」
「……そうだったな、それじゃあ話を戻してみるか」
男は急に真面目になり、話を切り出す。
「任務だよ」
「任務、ですか?」
「ああ、最近どうなんだ?」
「まあぼちぼちといった感じでしょうかね」
「その割にはまだ次の段階に進んでいないみたいじゃないか?」
 男の問い詰めに、片方の男は返答に困りながらもこう言った。
「……いろいろと大変なんですよ。大体こういう任務が得意じゃないのは皆知ってるじゃないですか」
「まあ、そうなんだがな」
男はそんな彼の言葉に苦笑する。
「だが今回に関しては仕方がないだろ。お前しか出来ないんだからな」
「はぁ」
男はため息をついたが、片方の男はそれを無視するかのように話を続ける。
「とにかくだ。そろそろ次の段階にしておかないと、奴らが来る。それまでにはなんとかするんだぞ」
「分かっていますよ。奴らに来られてしまったら、もう逃げ場がなくなりますからね」
「ああ、分かってるならいいんだ。それじゃあ、俺は行くよ」
 男はそう告げ、片方の男もそれに答える。
「分かりました。今度会う時は任務が終わった時、ですか?」
 その問いかけに男はニヤリと笑ってこう答えた。
「いや、そうとも限らないだろう。頼んだぜ、キル」
男は笑みを浮かべながらそう言う。
キルと呼ばれた男もそれに応じ、言葉を返した。
「まったく、あなたという人は」
「ハハハ」
男の少しだけ豪快さのある笑い声が辺りに響く。
「とにかく頼むぞ、それじゃあな」
男は後ろに振り返ると、そのまま後ろにいるキルに手を振り、帰って行った。
「さてと」
キルも帰るべき場所へと向かう。
「そろそろ、決めておかないとまずいかな?」
彼は呟く。
「あれを殺すか、殺さないかをね」




黒子魔道士
ミストフェンリル

旅立ち

ミルは両親の墓に来ていた。
今は昼間。
太陽の熱気がミルに伝わってくる。
初めは宿にいたミルも、こう暑くては敵わないと、外に出て涼める場所を探した。
途中に何人かで遊んでいる子供たちを見て、
「僕も年なのかな?」
 などと思ったミルだったが、そんな彼がようやく探し当てられた場所がこの墓場、という訳だ。
気温自体は変わらなくてもここほど気分的には涼しくなれる場所はそうそうあるものではない。
そして、それ以外にも今までのことを両親に報告するという意味もあったのだ。
「……父さん、母さん」
ミルはしばらくの間ずっと同じ言葉を言い続けていた。
「父さん、母さん。僕は……どうしたらいいんだろう?」
ミルはサリアにカリスと戦っていた時のことを見られたことに、ある種のショックを受けていた。
「あれはしくじったなぁ」
彼はそう呟く。
「少し熱くなりすぎたのがまずかったんだろうな。はぁ……」
彼はため息をつくと、またしばらくその場に立ち尽くしていた。
日は未だ昇り続けている。
サリアとの関係についての悩みと、暑さとの戦いにミルは再びため息をついた。




「はぁ」
彼女はため息をつき、そのまま椅子に座った。
そこは宿。
つまりはサリアの部屋である。
窓からは光が差し込んでいるが、それもあと数時間経てば、すぐになくなってしまうだろう。
徐々に光がなくなっていくのを見ながら、サリアはもう一度ため息をついた。
事の発端はあの日、即ちミルの正体というものを垣間見てしまったときのことだ。
サリアはなんとも言えない不安に駆られていた。
確かにあの時、ミルはどこにも行かないと言っていた。
あの様子から見てもその言葉に嘘はないのだろう。
だが、
「あたし、ミルのこと……信用してるのかな?」
結局の所問題はそこだということに、サリアは気づいてしまったのだ。
ミルは旅人だ。
気が変わればすぐにでもその村を出て行ってしまうようなそういう職業の人間なのだ。
幼なじみとしてのミルと旅人としてのミル。
ミルはどちらのミルとしてあの言葉を言ったのだろうか?
「分からないよ、そんなの」
恐らくミル自身も分からないのだろう。
いや、ミルだけではない。
世界中のどんな人でもこれらを見分けることなど出来はしないのだろう。
だからこそサリアは思う。
「あなたは一体何者なの?」と。



 日は真上に行き、そして徐々に下がり始めている。
 その間ずっと墓地で考え事をしていたミルは、もう悩むことを止めることにした。
「もう過ぎてしまったことだ。気にしたってどうにもならない」
そんな結論に達し、一度は満足した彼だが、すぐに次の疑問がやってきた。
今度の疑問はある意味切実でいてそれでいてどうでもいいようなこと。
その疑問とは……、
「これから何しよう?」
ミルは恐ろしい程の戦闘能力を持っている。
しかし、そんな彼でも暇に勝つことのできる術はなかったのだ。
そしてこういうものは考えれば考えるほどいいアイデアが浮かばなくなってくる。
ミルも例外ではなかった。
「まずい、本当にやることがない」
先ほどの暑さも重なって、背中に妙な汗をかきながらミルは暇を持て余す方法を考える。
そこで、
「場所変えようかな?」
ひとまず宿に戻ってみよう、とりあえずはそれからだ、と考えた。
どうせ、もう暑くなることもないだろう。
それならばここにいる必要もないのだ。
墓地を出る直前、ミルは一度だけ両親の墓の方に振り返った。
そして、
「行ってきます、父さん、母さん」
そう言い残して、その場をあとにした。
「何か起こらないかなぁ?」
 帰り道、少々不謹慎なのかもしれないがミルはそう呟いた。
 確かにそれさえあれば暇は消えるだろう。
「お願いします。神様」
しかし、祈りも虚しくそのまま何事もなくミルは宿に到着してしまった。
最近トラブル続きであったミルにとって何もないということは、嬉しいようで何ともむなしい気分になるものであった。
もしかしたら、そういったことも暇を余計に感じてしまう原因なのかもしれない。
そして宿に帰ってみても、やることがないことに変わりはなかった。
「どうしよう?」
やることがない。
何もすることがないのだ。
ミルは今までの経験からこんな時はどうしていたかを考えた。
「落ち着くんだ。落ち着けばきっと名案が……」
そして突然の閃き。
「ああ、そうか」
ミルはその閃きを忘れないうちに口に出す。
「そもそも、そんなことになったことないや、ハッハッハ」
そう言って……、
「駄目じゃん!」
などと1人で突っ込むミル。
この辺りが、もう本当にやることがないのだということを物語っているのだろう。
困り果ててまだ夕方にもなっていないのに寝てしまおうか?などと考えていた、そんな時。
コンコン。
ドアをノックする音が聞こえた。



「ねえ、ミル。いるの?」
サリアはドアをノックしながら質問をする。
だがなかなか返事が返ってこない。
「もしかして、いないのかな?さっき変な叫び声が聞こえてきたような気がしたんだけどな」
そこまで言ってサリアはとある仮説を考えた。
ミルは常人を遥かに上回る戦闘能力を持っている。
彼はその正体がばれるのをあまり良しとしていないのだ。
つまり、サリアに勇者との戦いを見られてしまったことに関して何らかのショックを受けてしまった可能性が高い。
きっとそのショックはサリアの予想以上に大きすぎたのだろう。
ミルはあまりのショックに発狂してしまった。
そして、先ほどの意味不明の叫び声につながる。
「……完璧だわ……じゃなくて、まずいわ」
サリアは己の素晴らしい推理能力に酔いしれながらも事の重大さに気づき笑顔をなくす。
「ミル! 開けなさい!! ミル!」
それはもはやノックとはいえなかった。
借金取りが金返せとばかりにドアを叩く様子にそれは酷似していた。
恐らくあと数秒でドアに穴があく。
そんな時だった。
ガチャリ
ドアの開く音。
そして突然のことに反応し切れなかったサリアの拳がドアを開けた張本人の顔へ……、
いくことはなかった。
「サリア、どうしたの?」
サリアの拳を軽々と止めたミルは多少驚いた表情で彼女の顔を見つめた。
「え? だって、正気なの?」
「僕はいつも正気だけど?」
ああ、自分は探偵には向かないな。
サリアはふと思った。
「そう、だったらいいのよ」
「はぁ……」
 ミルは困った様子でそう言葉を返した。
 そんな様子の彼を見たサリアはさっさと本題を持ちかけようと判断した。
 あの日の夜とは違って、気だるそうなミルを見ていると、世間話よりももっと大切な話をした方がいいと思えてしまったからだ。
「……話があったの」
サリアは一度誰かに見られていないかを確認し、その後ミルに尋ねた。
「中、入っていい?」
ミルは即答をする。
「どうぞ」
そうして2人はミルの部屋に入っていった。
部屋は散らかってはいなかった。
まあ旅人なのだから散らかるほど物を持っているはずがないのだが。
ベッドの横に荷物が置いてあった。
恐らくそれがミルの旅荷物なのであろう。
だが、サリアはそんな部屋に不似合いなものがあることに気がついた。
「鳥の羽根?」
サリアが見ている所をミルが向く。
そう、確かにそこには鳥の羽根があった。
「ああ、それか。さっきそこの窓から入ってきたんだよ」
「窓閉めなかったの?」
「うん、暑かったからね」
ミルは鳥の羽根を手で拾うと、そのまま窓から外に放り投げた。
「あ」
 羽根はゆらゆらと宙を舞い、そして地面に落ちる。
「ふぅ、こんなもんかな? それよりさ、僕に用事があるんでしょ?」
「ええ。その……聞きたいことがあって」
「……聞きたいこと?」
ミルは眉を細め、それを聞きかえす。
その様子にサリアは慌ててミルが考えていそうなことを否定しておいた。
「あ、この前の勇者様のことじゃないの。その後のことなのよ」
「その後って?」
 ミルは首をかしげながら、考えていた。
 そして、
「……ああ、あの時のことか」
 どうやらミルも思い出したようだった。
 だからサリアもそのまま話を進める。
「あの時、ミルはどこにも行かないって言ってたわね?」
「……」
沈黙で答えを返すミル。
「あれ、本当なの?」
サリアの質問。
しかし、ミルはなかなかその質問に答えようとはしなかった。
「それは……」
「あれはあの時あたしを慰めるためだけに言った嘘なんじゃないの?」
「ち、違うよ。あの時の僕は確かに本気だった」
そこまで言ってミルは失言だったことに気づいた。
「あの時の? じゃあ今は違うってことなんじゃないの?」
「あ……」
 ミルがしまった、といった表情を浮かべる。
 その様子にサリアは少しずつ怒りを感じ始めていた。
「ミル……変わったね。やっぱり旅に出たから? 村を出て行ったからなの?」
 冷たく言い放つサリア。
 そんなサリアになんとか弁解しようとするミル。
「違うよ! あれは……あれはしょうがなかったんだ!! 僕にはあれしか出来なかったんだよ!」
「何がしょうがないのよ! 言いなさい!」
「そ、それは……」
なかなか事実を言わないミルの様子にサリアは怒りが頂点に向かっていくのを感じた。
我慢が出来なくなり、サリアはもう何を言っても良いのではないか、と思えてきた。
だからこそ、サリアはこう言ったのだ。
「やっぱり、やっぱりそうなんじゃない! 他人のことなんてどうでも良かったんでしょ! だから……だからあんたはこの村から出て行けたのよ!!」
その言葉にミルは一瞬びくっと動いた。
そしてその瞬間、ミルの様子が変わったのをサリアは見逃さなかった。
「ミル?」
サリアはミルの目を凝視しながらそう言った。
そこでサリアは気づいた。
ミルは今怒っているのだ、ということに。
「お前なんかに、お前なんかに何が分かるんだよ!」
「え?」
「お前は何様だ? さっきから自分の話だけして! たまには他人のことも考えたらどうなんだよ!!」
「………」
滅多に怒ることのないミルの怒り。
それを見たサリアは自分が何かとんでもないことをしてしまったのではないか? と思えてしまった。
怒りに身を任せた自分を恥じるサリア。
ふとミルは正気に戻り、何か居心地の悪いような様子で辺りを見渡す。
そんな様子のミルに対し、サリアは怒りの代わりに徐々に罪悪感が募ってくるのを感じた。
そして、
「ミル……ごめん!」
彼女に出来る事はただその場からいなくなることのみだった。
後ろからミルの呼ぶ声が聞こえたものの、サリアはそれに答えることはなかった。



「……まずったかな?」
ミルは自分1人しかいなくなった部屋でそう呟く。
だが彼の表情は驚きで溢れていた。
「何でこんなに熱くなってるんだろう僕は?」
ミルは基本的に冷静に物事に当たるようにしている。
しかし、最近のミルはどうにも熱くなりやすい。
その原因は一体何なのだろう?
そこで普段はあまり使わない頭の回路を総動員して原因について考えてみた。
一瞬、だったら何で暇だったときにこの方法を使わなかったんだろう?などと考えたが今は関係ないのでとりあえず放っておいた。
集中して考えてみると意外にも簡単に答えは見つかった。
「この村に帰ってから。サリアに出会ってからだ」
最近のミルの変化の原因は彼女。
しかし、そのことに対して彼女に対する怒りは特にない。
「サリア……か」
ミルは彼女と再会し、魔族との戦いを見ていた時のことを思い出した。
「あの時彼女は魔族に対して決して否定的ではなかった」
その魔族がミルと彼女を引き離した張本人であるとしても、彼女は確かにそう言ったのだ。
それはカリスとは違う、むしろミルよりの考え方であった。
カリスや、人間界の王、そして魔王は大抵どちらかが負けるまで戦う、という考え方をしている。
そして彼らには自分たちが負けるという考えはないのだ。
だからこそ犠牲者は次々と増えていく。
彼らに話し合いという手段はないのだ。
それをサリアは分かっていた。
彼女はそれを理解していたのだ。
「これなら、なんとかなるかもしれないな」
ミルは笑みを浮かべる。
それは、冷たいようで暖かい、そんな曖昧な笑みだった。
彼は目を閉じ、今までのことを整理する。
それが終わった時、彼はとある目的の為部屋を出た。



「あたし、馬鹿だよ」
空が赤く染まり始めていた頃、サリアはぽつりと呟いた。
昼間には外を駆け回っていた子供たちもいなくなり、辺りにはもうサリアくらいしかいなかった。
サリアは今宿の近くにあるベンチに座っている。
本当はもう少し離れたかったのだが、他に時間を潰せるような場所がなかったためここにする他なかった。
それに……ミルがもしかしたら彼女の後を追ってくるのではないかという期待があったから。
だからこそ彼女はあまり宿から離れるわけにはいかなかった。
しかし、今度ばかりは本当に自分に呆れていた。
「あたし、ミルに自分のことばかり言ってた」
ミルの気持ちを考えていなかった。
そう思うとなんとも居た堪れない気持ちになる。
「はぁ」
サリアはため息をつくと、宿の方に視線を向けた。
「やっぱり来ないのかしら?」
ミルは来ない。
こうして待っていてもミルはやって来ないのだ。
「あたし、完璧に嫌われちゃったのかな?」
その時彼女は、ミルと話していたときのあの怒りが今はまったくないことに気がついた。
自分の本心を打ち明けたことで発散されてしまったのだろうか?
「でもそれによる犠牲は計り知れなかったわね」
彼女は自嘲気味に笑う。
「これからどうしよう?」
帰る場所はある。
でもそこには彼がいる。
だから帰れない。
帰れるはずなのに帰れないのだ。
だとすればどこに行けばいいのだろう?
サリアは考える。
「公園でも行こうかしら?」
ぼんやりとそう考えた。
彼女の足はゆっくりと公園へと向かう。
と、そんな時だった。
「サリア!」
後ろ‐宿の方‐から突然名前を呼ばれた。
サリアにはとても聞き覚えのある声。
振り返る。
そこにはミルがいた。
先ほどとは違い、何かに満足している表情を浮かべた彼が。
「ミル・・・」
サリアはミルを見つめ、そう言った。
彼女にはどうして彼がそんなに満足した顔をしているのかが理解できなかった。
「サリア、話があるんだ。聞いてくれないか?」
ミルの話。
それは一体どういうものなのだろうか?
だが、なんとなくではあるのだが、旅に関することなのだろうと予想が出来た。
だとしたらあまり話を聞きたくはない。
それを聞くことでミルとの別れが確実なものになってしまうことが彼女にとっては嫌で仕方がなかった。
そんなことを聞くくらいなら逃げた方がマシだ、と言う自分も確かにいるのだ。
それでも……彼女は思う。
ここで話さなかったらもう二度とあたしはミルと話すことはないのではないか?
そんな気がした。
だから彼女は答えた。
「うん」
それを聞いたミルは嬉しそうな顔をしていた。
先ほどの怒りは彼もまた無いようだった。
「よし、それじゃあ話をしたいんだけどさ、ここだとあれだから別の場所に行かない?」
「分かった、人が来ないような場所の方がいい?」
「……そうだね」
ミルは少し考えてからそう答えた。
「それじゃあ、移動しましょ」
彼らは歩き出した。
サリアが先頭でミルが後ろに続く。
やはり、気まずさからか二人の間に会話はなかった。



人目のつかない静かな場所。
暗くて目がある程度慣れてこないと歩けないような場所。
そんな場所に彼らは集まった。
「ここなら人は来ないわよ」
サリアはそう言う。
ミルも、
「うん、そうみたいだね」
辺りを見渡しながらそう言った。
「それで、話って何?」
「うん……」
ミルは言いづらそうな表情をしていた。
が、覚悟を決めたのかこう言った。
「僕は旅に出る」
「……」
「嘘ついてごめん。けど僕は旅に出なくてはならないんだよ」
「どうしても?」
「うん」
やっぱり。
サリアはそう思った。
もうミルは昔のミルではないのだ。
今の彼はまさに旅人。
時期がくればすぐ目の前から消えてしまうような人なのだ。
「そっか。それじゃあお別れなんだね」
 サリアが諦めの表情を浮かべてそう言う。
 こういう時は笑顔で送るべきなのだろうが、今のサリアにそれは出来なかった。
 だが、言葉に詰まったのは意外にもサリアではなくミルの方だった。
「………」
何か他に言うことがあるのだろうか?
もう、すぐにでもいなくなってしまうというのに。
サリアがそう思っていた時だった。
「ねえ、サリア」
 あのベンチの前でサリアを呼び止めたときの決意を再び呼び起こしたかのような表情で話かけるミル。
「何?」
 そんな様子のミルに何を言いたいのかを尋ねるサリア。
 そしてその後のミルの言葉にサリアは驚愕する。
「僕と……僕と一緒に旅に出ないか?」
「……え?」
「お父さんの許可は一応取ったんだけどさ。最終的にはやっぱり君の意思が大事だろうしね」
「その……あの……」
サリアがしどろもどろしているとミルは少し心配そうな顔をして言った。
「やっぱり……嫌?」
これはかなりの破壊力を持っている。
ミルという人間は遠目で見るととても頼りなく見える。
世の女性にとって彼はほうっておけないというオーラを醸し出しているように見えるのだ。
「そ、そんな訳ないじゃない!あたしは、あたしは……」
「何?」
「よく分からない。けどね、今ミルの言葉を聞いて興味を持ったのも事実なの」
「それじゃあ……」
 ミルが尋ねる。
「あたし、きっとミルと一緒に世の中を見ていきたいんだと思う。だから……」
サリアは笑顔で言う。
「よろしくね」
 その直後ミルも笑顔になった。
 サリアは気づかなかったが、その時の彼の笑みは先ほど同様曖昧な笑みだった。



今日は旅立ちの日。
その日はミルがこの村にやってきた時と同じ晴れだった。
「サリア、準備は出来た?」
そんなミルに笑顔でこう答えるサリア。
「ええ、大丈夫よ」
あの日、サリアは父のもとへ向かった。
ミルが本当に許可をもらっていたのかが心配だったからだ。
そして彼は笑顔でこう言った。
「ああ、ミルに必死に頼まれたからな。お前がよければ好きにしてくれと言ったんだ」
それから彼は元気でな、とサリアに言った。
サリアにはそんな彼が少し寂しそうに見えた。
彼女はそんな彼の様子を見て、胸が痛くなるのを感じた。
それでも彼女の答えは変わらなかった。
もし今が辛いからという理由でミルと旅に出ないとしたら、自分はきっと後悔する。
彼女には不思議とそんな確信があった。
だからこそ、彼女は旅に出ようという決意を固めることが出来たのだ。
人は何かを傷つけないと生きていくことなど出来ない。
今回のケースはまさにそれだったのだろう、と彼女は自分に納得させた。
ともあれ、それで彼女の心配事はなくなったのだ。
もう後はミルと旅に出るだけ。
そしてその日が遂にやってきたのだった。
ミルはサリアに話し掛ける。
「お父さんにあいさつは?」
「うん、それも終わったわ」
「…それじゃあ行こうか」
「そうね。あら?」
サリアは店に来客がいることに気がついた。
それは普段なら気になることではない。
だが問題はその来客自身だった。
「よう、ミル。」
「カリスさん?」
「え? カリスって?」
 サリアが尋ねる。
「そっか、サリアは知らなかったんだよね。この人の名前、カリスっていうんだよ」
「ああ、君もそう呼んでいいよ。あまり勇者って呼ばれるのも好きじゃないんでね」
勇者はやけに友好的に見えた。
この前はミルと戦っていたのに。
どういうことなのだろうか?
サリアは考える。
これが所謂男、もとい漢達の友情とでもいうものなのであろうか?
「君たちは旅に出るのか?」
「ええ、そうですよ」
「ふ〜む」
カリスはサリアを見つめ、こう言った。
「君は幸せ者だな。」
「え!?」
サリアが困惑するのを見ると、ニッと笑いながらカリスはこう呟いた。
「なるほどな、こいつは脈ありだ」
「へ?」
「いや、何でもないさ。それで、お前たちはこれからどこに向かうんだ?」
カリスはミルにそう尋ねた。
「北に向かおうと思っていますよ」
 そこでああ、そうなんだ。と思ったサリア。
 カリスは少しだけ残念そうに言葉を返した。
「北……か。それじゃあ俺とは反対か」
「カリスさんは南に行くんですか?」
そんなサリアの問いに答えるカリス。
「ああ、俺のライバルみたいなやつだったヴィンデルも死んだことだしな。一旦城に報告しに行こうと思うんだ」
「そうなんですか。けどライバルがいなくなるのって結構辛いんじゃないですか?」
 カリスは一瞬辛そうな目をしたものの、すぐにいつも通りになり、こう言った。
「新しい目標が出来たから大丈夫さ」
「新しい目標?」
ミルの発した疑問の声。
「ああ、そうさ。」
笑いながらそう答えるカリス。
サリアには彼がどういう目標を持ったのかは分からなかった。
しかしそれでも彼が笑顔でいられるのだからいい目標なのだろう。
そう思えた。
「それじゃあ、俺はもう行くよ」
「ええ、お元気で」
「ああ、またいつか会えるといいな」
そう言ってカリスは宿から出て行った。
「カリスさんの新しい目標って何かな?」
「さあね、けど目標を持つことはいいことだよ」
 ミルのその答えにサリアは満足し、「そうだよね」と言葉を返す。
 それを聞いたミルは、改めてこう言った。
「それじゃ僕達も行こうか」
「そうね」
2人は村の門に向かった。
今度はミルが先頭、サリアが後ろに続く。
二人の会話は弾んでいた。
会話が弾むときというのは大抵すぐに時間も過ぎてしまう。
二人はすぐに門に辿り着いた。-
「それじゃあ行くよ」
ミルはサリアにそう伝えた。
「うん、けど……少し待って」
「……分かった」
ミルはその場に止まり、地図を取り出してこれからの予定を考えている。
サリアは後ろを振り返った。
そこにあるのはこれまでずっと過ごしてきた彼女の故郷。
「お父さん。行ってきます」
サリアはそう村に語りかけた。
風が吹いた。
それは村からサリアへの返事だ。
これから二人の旅が始まる。
怖い気もする。
だが、それ以上に期待の気持ちが彼女の気分を高ぶらせていた。
サリアは前を向く。
丁度ミルも予定を決めたようで顔を上げた。
そんなミルにサリアは言った。
「それじゃ、行きましょうか!」



あとがき
 何だか最近全然黒子っぽくないよね。
 どうも、ミストフェンリルですw
黒子魔道士もついに3話。
これ以降2人は村という村を渡り歩きます。
それはあたかもキノの旅を少し安っぽくしてみました♪とでもいうかのようなw
いや、笑い事じゃないかも……
旅といえば個人的には「キノの旅」です。
というか俺自身がこれに結構感化されていますので本当にぽくなる可能性が高いのです。
なので、俺は気づいてないけど、これはまずいだろ?みたいな場所があればご指摘してもらえると嬉しいです。
次回は割と早めにお送り出来ると思います。
 ですのでお楽しみに。
 それでは!



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