彼女の日常は変わらない。 朝起きて、ご飯を食べ、そしてすぐに彼の家に向かう。 朝食のパンにつけていたジャムが自分の顔についていることに気づかず、それを見つけた彼に笑われる。 それから、彼と共に噴水のある広場へ向かい一緒に遊ぶのだ。 そして、空が赤く染まる頃に二人は別れの挨拶をする。 これが彼女にとっての日常だ。 だがこんな日常が続き、二人が7歳になったある時、二人の運命は変わる。 その時ぶらりとやってきた者。 それが………… |
黒子魔道士 |
ミストフェンリル |
「う〜ん、まずいな」 そうミルが言ったのは、例の村を出た次の日の中頃のことだ。 「どうしたの?」 彼女の疑問に対し、彼は非常に困ったというような表情になった。 「うん、実は食料があと2日分しかないんだ」 それが深刻なことなのか、仮に深刻だとしたらどれほどのものなのかがいまいち分からなかったサリアは少し驚きました、といった表情を浮かべる。 それを見たミルがふぅ、とため息をついた。 「…やれやれ、一応言っておくけど、これは深刻だよ。何て言ったって次の街まであと4日はかかるんだから」 そこまで言われてサリアも事の重大さに気づいた。 「でもそれならどうして補充しなかったの?」 「補充する暇がなかったじゃないか。あの村から慌てて外に出てきたんだから」 「あぁ、そっかぁ、そうだよね」 サリアもようやく思い出したのか、ミルの言葉に納得する。 「それじゃあ、2日間ご飯抜き? それとも、動物狩り?」 サリアは期待に満ちた目でそう尋ねた。 ちなみに動物狩りとはそのままの意味で、辺りにいるであろう動物を殺してそのままなり、焼くなりして食べることである。 これをやると昔の人種の気分に浸ることが出来て、とてもいい気持ちになれるのだが、ばれると貴重な動物を殺した、と言われ国に捕まるはめになる。 だからこそ、旅人たちの間で動物狩りは最後の手段としてある、賭けに近いものなのであった。 サリアは以前ビニアスにやってきた旅人からそのことを聞き、旅人ならやはり一度はやらなきゃな、と言われたことがあった。 だからこそ、彼女は期待に満ちた目で彼に尋ねたのである。 「いや、さすがに動物狩りは無理だよ。一応、ここから歩いて数時間の所に街があるんだ」 「なんだ。だったらそこ行けばいいじゃない」 サリアとしては動物狩りをしてみたい気持ちがあったので、少し残念そうにそう答えた。 「……うん、けど…あの街は…」 「ん? その街には何かがあるの?」 妙に考え込むミルにサリアは尋ねる。 「いや、行こうか。その街に」 その後のミルの独り言が妙にサリアの耳に残った。 「……背に腹は変えられないよなぁ」 それから一時間ほどたって、二人は遠くに街を囲む壁を見つけた。 周りには森などはなく、平原にポツンとそれがある。 「あれが、その街?」 「……うん、そうだよ」 先ほどもそうだったがどうも今のミルはおかしい。 何故違う街に行くくらいでそこまで嫌な顔をしなければならないのか? 「ねえ、どうしてそんなに嫌そうな顔をしてるの?」 「そんなことないよ。嫌だなぁ」 そう言ってハハハと笑うミル。 だが、その笑みは見事に引きつっていた。 それを見て何か嫌なことがあの街にあることが分かったサリアなのであったが、結局そのことについては何も聞かないことにした。 それはこの前の村でのあの一件があったからだ。 (人の心をさぐりすぎるのは良くないわよね) 前回そういったことを学んだ彼女はだからこそ、それとは関係のない適当な話題を始めたのだった。 ……だが、彼女はこの後ミルがあの街を嫌がった理由を理解することになる。 それは、この出来事から更に一時間後のことである。 もう大分街を囲む壁までの距離が近づいてきた。 恐らくあと十分、二十分ほどで着くだろうと、ミルが言ったその時だった。 「あぁ! ミルちゃんだ〜!!」 突如響き渡るそのような声にサリアは驚き、ミルの方を向いた。 ミルはミルで、ため息をつく始末だ。 そして、 「だから来たくなかったんだ」 と、ぼそりと言うのが聞こえた。 その声の持ち主は猛ダッシュでここまでやってくる。 それまでにサリアはミルに尋ねた。 「ふぅ。で、あれは誰?」 ミルは引きつった笑みでこう答えた。 「一応……友達」 そうこうしている間に彼はすぐそばまで来ていた。 「いやぁ、久しぶりだねミルちゃん」 長いとも短いともいえない金色の髪。 少し低めの体格などからしてもサリアとほぼ同じ年齢であろう。 だが、先ほどからの言動からして精神的な年齢は割と低いだろう、というのがサリアの第一印象だった。 「うん、久しぶりだね」 ミルはいつも通りの笑顔でそう言った。 恐らく彼がここに来るまでの間に引きつった表情をなんとか直したのであろう。 彼らは少しの間世間話をしていた。 が、その時彼はふとサリアと目があう。 「ねぇ、ミルちゃん。……誰?」 彼はサリアを指差してそう尋ねた。 こういう動作からしてもやはり割と幼い性格の持ち主なのだろうと推測できる。 「彼女はサリア。僕の幼馴染だよ」 その説明で、サリアは彼の様子が一瞬険しくなったように感じた。 だが、次の瞬間にはまた先ほどの幼い笑顔になり、そのまま話を続ける。 「そっか。それじゃあ、オイラの紹介もしなきゃね。オイラはネヴァ=クレスメント。職業は……」 「盗賊」 彼が答える前にミルが答えた 「盗賊?」 ミルの言葉にサリアは驚愕する。 それをネヴァは意義あり、とでも言いたそうな様子でミルに訴えかけた。 「ミルちゃん。変に誤解されるからそういう言い方は止めてよ」 「アハハ、ごめんごめん」 「ねぇ、何なのよ? よく分からないんだけど」 話題に取り残されたサリアは説明を求める。 「オイラは依頼されたものを探しに遺跡を探索する仕事をしているんだよ。仕事中は余計なものは盗らない。だからオイラは盗賊ではないよ」 「けど、仕事中のことでしょ? プライベートでは盗むってことじゃないか」 ミルのするどいつっこみにネヴァは少し困ったような顔つきになる。 「本当に生活に困ったときはね。旅人の動物狩りと似た様なものでしょ?」 「ん……まあね」 ミルは多少言葉に詰まったのかそう答えた。 「それよりも、この街に何の用なの?」 ネヴァの質問にミルは一通りの説明をした。 その説明に納得したのか、ネヴァはふ〜んと頷く。 「食糧難ね。それじゃあ仕方ないか」 ネヴァがそう言ったまさにその時、ミルは急に何か思い立ったのかネヴァに向かってこう言った。 「そうだ。ねぇ、ネヴァ? 実は頼みがあるんだけど」 その言葉の後、ネヴァは眉をひそめる。 「ん、何?」 「僕は宿と食料をそろえなきゃいけないから手が離せないんだよね。だからネヴァはサリアをつれて街の名物か何かを見せてあげてくれない?」 「へ?」 突然自分の名前を呼ばれて驚きの表情を浮かべるサリア。 だが、ネヴァは別段驚いた様子でもなかった。 「サリアちゃんがいいならオイラは構わないよ」 彼の言葉を聞いたサリアはとりあえず自分と相談することにした。 ここからミルと離れてネヴァとこの街を見て回るべきか? それともそれを断るべきなのか? ネヴァは一応はミルの友達だ。 だから信頼は出来るだろう。 それに、いつのまにか自分のことをちゃん付けにしているネヴァを見ていると、お調子者という感じはするが悪いやつという風には見えない。 ならミルに迷惑をかけないという意味でも彼と一緒に行動する方がいいのではないか? それにこれはミルの願いなのだ。 だとしたら、答えなど初めから一つしかなかったのではないだろうか? サリアの結論はこうだった。 「分かったわ。それじゃあミル、少しの間お別れね」 「うん。それじゃあ行ってくるよ」 そう言ってミルは街の方へ向かっていった。 街に向かって歩いていくミルをサリアは少し寂しそうな目で見つめていた。 「ふぅ」 そんな時ネヴァはふと息を吐く。 ため息のようにも感じたがどこか違うような気もするそんな息だった。 「どうかしたの?」 「ん? いや、何でもないよ。それより、何を見たい?」 彼の問いにサリアは少し考える仕草をする。 してみてのだが、サリアはそもそも街に何があるのかが分からない、ということに気が付いた。 「そもそも名物なんて知らないからなんとも言えないわよ」 自分の気持ちをストレートに伝えたサリアであったが、少し馴れ馴れし過ぎないか? と、言った後になって思い始めた。 だが、その心配とは裏腹にネヴァは特に何も思っていないのかそのまま言葉を返した。 「ああ、そっか。けどね、この街に名物なんてないよ」 ネヴァの答えに少しの間固まるサリア。 「……そうなの?」 聞き返すサリアにネヴァは首を縦に振る。 「うん。強いて言うならば……」 彼の言葉を待つサリア。 「強いて言うならば?」 「……オイラの仕事先くらいかな」 「仕事先って、もしかして……?」 彼女は思い当たる節をそのまま口にしようとする。 ネヴァはその前に答えを言った。 「遺跡」 「けどミルが街を見て回れって…」 サリアは少し迷っている様子でそう言った。 「興味ないの? 何だかものすごくありそうなんだけど」 そう言ってネヴァはサリアの目を見つめる。 ネヴァは彼女の意思を目で確かめているようだった。 「そ、それは……」 普段あまり目を合わせることには慣れていないサリアは多少困惑しながら答えを先延ばしにする。 「まあ、サリアちゃんが嫌なら行かないけどさ、ミルちゃんは行かないと思うよ、そういうところ」 確かにミルはそういうところには連れて行ってはくれないだろう。 そしてサリア自身それに興味がないわけではなかった。 ネヴァもそれを知っているからこそこうやってしつこく誘うのだ。 それに、そういった場所に行くのも良い経験の一つになってくれることだろう。 (仕方ないかな) 彼女はミルに罪悪感を感じながらもそう思うことにした。 「分かったわ。それじゃあ行きましょう、ネヴァの職場に」 そう言った後、ネヴァは笑みを浮かべた。 「やっとオイラの名前呼んだね」 「え? あぁ、そうかも」 あまりにも自然に彼の名前を呼んでしまったことに対して恥ずかしさを感じるサリア。 その様子を見て、ネヴァは笑いながらこう言った。 「いいんだよ、オイラの名前なんて安いものだよ。好きなだけ呼べばいいさ。それに恥ずかしさを覚える必要なんてないよ」 それもそうだ、とサリアは思った。 人の名前を呼ぶことは始めは勇気がいることなのではないか? サリアはそう思う。 事実ネヴァと初めてあった先ほども遠慮があり彼の名前を呼ぶことが出来なかったのだ。 だがほんの少しの勇気をもって名前を呼んでみれば相手は特に気にもせずに言葉を返す。 それでも……、とサリアは思う。 関係とはそういうことから始まるのではないだろうか? 遠慮や、勇気を通すことによって二人の関係はスタート地点に立つのだと思う。 そして、ネヴァとサリアの関係と言うものも今始めてその地点に立ったのだろう。 もしかしたらミルとネヴァの関係もそういう所から始まったのかもしれない、とサリアは思った。 「アハハ、そうだね。それじゃあ、早く行きましょうネヴァ」 「分かった、それじゃあ準備を済ませてから出発しよう」 その時二人はすっかり打ち解けていた。 一旦街に行きいろいろな話をしながら店で準備を整える。 その時、二人は肉屋の前でミルを発見した。 「あ。あれミルじゃない?」 「ん? ああ、そうだね」 「行ってみる?」 サリアの提案をネヴァは少し迷ってから否定した。 「いや、止めておこう。ミルちゃんとの約束を破る前だし、ミルちゃんああ見えて結構勘がいいから」 「そうよねぇ、ミルって意外と洞察力とかは優れてるのよね。昔からそうだったわ」 そう言ってサリアは昔の記憶を思い返していた。 まだ幼い頃、彼女はミルに隠し事をしたことがあった。 隠し事とはいってもそうそうスケールの大きいものではない。 ミルには内緒で彼の誕生日プレゼントを贈ってやろう、という思いから内緒で父親からマフラーの作り方を教わったのだ。 サリアには母親がいない。 一応生きているとは父親から聞いているものの、どんな人物なのか? ということは分からなかった。 サリアはその時期ミルとはあまり遊ばなくなった。 遊んでも三日に一回、他の二日は慣れないマフラー作りに悪戦苦闘していたのだ。 そんな時ミルはサリアにこんなことを言ったのだ。 「ねぇ、サリア? 最近何かやってるの?」 サリアは一瞬迷ってから首を横に振る。 「ううん、何もやってないよ」 そんな言葉の後ミルはサリアに向かってこう言ったのだ。 「知ってる? 僕の誕生日がね、もうすぐなんだ。父さんも、母さんも様子が少し慌ただしいんだ。だから分かるんだけど、サリアももしかして何か準備でもしてるの? だったら言いたいんだけどさ、僕は誕生日プレゼントよりもサリアと一緒に毎日遊ぶ方が好きだよ」 その言葉の後ミルは少し悲しそうな目をしていた。 それを見たサリアは自分が何かとても悪いことをしてしまったような気がした。 だから、彼女は泣いてしまった。 それを見たミルは慌てて、サリアを慰めようとした。 「ど、どうしてサリアが泣くのさ。ご、ごめんよサリア。お願いだから泣かないでよ…ね?」 記憶はそこで途切れた。 あの後、結局マフラーは作ったのだろうか? それとも作らなかったのか? 曖昧で思い出せない。 (どうしてだろう? 思い出せない。とても大切な思い出だったはずなのに…) サリアがそんなことを考えているとは露知らず、ネヴァは初耳だとでもいうような声をあげる。 「へぇ、そうだったんだ。そういえばあまりミルちゃんの昔の話って聞かないなぁ」 その言葉でネヴァが隣にいたことを思い出した彼女はそのまま疑問で返す。 「そうなの?」 「うん、ミルちゃんってあまり自分のことを話さないから」 ネヴァのその言葉に、サリアは同意し、そして安心していた。 ミルはもしかしたらサリアにだけ自分のことを話さないのではないか? 最近彼女にはそういった疑問があった。 彼に何があったのか、それを知る術を彼女は持っていない。 彼女が知っているのは村に魔族がやってきて、その魔族がミルの両親を殺した、ということだけだ。 仮にそのことを知らなかったとしても、サリアはミルにその時のことを聞いたりはしないだろうと思う。 何故なら、そうすることでミルの心の傷が深くなってしまうということになるのを恐れていたからだ。 ミルには嫌われたくなかった。 そしてその思いが彼女を旅立たせるきっかけとなっているのだ。 ネヴァはその後あまり話さないでミルのことを見ていたが、ふと思い立ったのか、口を開いた。 「そういえば、昔一度だけサリアちゃんの話したことがあったな」 「え!」 サリアは驚きの声を上げる。 そして、その後しまった、と思った。 ネヴァも慌ててミルの方を見る。 幸いミルは気づいていないようで肉と彼の財布の中身を比べてため息をついていた。 「ご、ごめん。驚いちゃって」 「そんなに意外だったんだ。それじゃあサリアちゃんにもあまり自分の話はしないんだね」 彼の言葉にサリアは頷く。 「そっか」 「ねぇ? ミルは何て言ったの?」 サリアの問いに、ネヴァはミルの口調を真似てこう言った。 「僕にはね、幼馴染がいたんだよ。僕が村を出るまでの間ほぼ毎日遊んでたんだ……みたいな感じかな?」 とりあえずサリアの記憶との相違点はない。 自分のことを偽りなく言っていたミルにサリアは感謝した。 その時、ふとミルがサリアのことを紹介したときのネヴァの表情の変化を思い出した。 もしかしたら、あれはその時の記憶を手繰り寄せていたからなのかもしれない。 「何だか嬉しそうだね」 「え? そ、そんなことないわよ」 サリアは必死にそれを否定したがネヴァは笑ってこう言った。 「アハハ、別に無理しなくてもいいのに。おっと、ミルちゃんはもう行ったみたいだね」 ずっと話し込んでいた二人はミルが既にその場から消えていることに気づく。 「本当だ」 「それじゃあ、オイラ達も行こうか?」 「そうだね」 こうして二人は遺跡に向かって歩いていった。 「よっこらしょっと。ふぅ」 ミルは宿の部屋に入り荷物を置くと息をついた。 「う〜ん、少し贅沢な買い物をしちゃったかな」 そう言ってミルは笑い、肉を取り出した。 「サリアにはばれないよね。ごめんよサリア。僕もたまには自分の趣味を楽しまなきゃ駄目なんだ」 一度今はいないサリアに謝罪し、肉を置くと、少し離れてミルは気を集中する。 イメージは炎。 植物を燃やし、水と相対の位置にある炎をイメージし、念を込める。 すると、肉の上部に炎が現れものすごくうまそうな匂いを辺りに充満させていった。 炎の強さは強すぎず、弱すぎず。 宿を燃やさない程度であり、肉がまったく燃えないようなことなどないように全神経を集中させる。 彼の額から汗が出てくる。 だが彼はそれを拭こうとはしない。 そんなことをしてしまえば、集中力が途切れ、たちまち肉が焦げてしまうだろう。 油断、そして隙を一瞬でもこの肉に与えてはならないのだ。 しばらくの間そうしていると肉は非常にミル好みの焼き加減となった。 「よし、これだ」 ミルは魔法を中断し、すぐに手を出そうとして…止まる。 「いけないいけない。このままじゃ口の中が火傷しちゃうよ」 そう、まずはゆっくり待つのだ。 そして、しばらく冷まして、自分の口の中に入れてもまったく問題がないくらいの温度にするため。 ミルは腰から一本のナイフを取り出すと、そのまま待ち続けた。 「勝負はこれからだ。必ず勝機は訪れる」 誰に言うでもなく、ミルはそう言った。 ……その時のミルはいつになく真剣な表情であった。 穏やかな風が彼女の髪を撫でる。 それを嫌とは感じず、そのまま堂々と彼女は受け止めた。 開放感。 そういったものが感じられる。 思えばこういうものを感じたのは今まででこれが初めてなのではないか? と彼女は思う。 恐らくそれは彼女が自由を愛する旅人であるからだろう。 そして、それ以上に、遺跡という初めての体験の興奮と妙な緊張感もそれを助けているように思われた。 「楽しそうだね」 ネヴァのそんな言葉にサリアは少し照れる。 「そ、そうかな?」 そんな様子のサリアにネヴァは笑みを浮かべる。 「サリアちゃんの今の様子に気づかない人がいるならば、その人はよっぽど鈍感なんだろうね」 「そんなに楽しそうなんだ」 まあ、実際楽しみでしょうがないのだから仕方がない。 そう思っているサリアであった。 「まあね。と、もうすぐ遺跡につくよ」 そう言って立ち止まるネヴァ。 突然立ち止まったため、少し余分に進んでしまったサリアは、一歩後ろに下がる。 ネヴァはふと辺りを見渡した。 それにつられてサリアも辺りを見渡す。 だが、彼のいう遺跡らしき建物は姿を現さなかった。 それどころか、その辺りは平原で、木すらもあまり生えていない場所だった。 「遺跡……どこにあるの?」 そう尋ねるサリアにネヴァはいたずら小僧のような笑みを浮かべた。 「まあ見てなって」 そう言って、地面を掘り始めたネヴァ。 サリアはそんな彼をまじまじと見つめていた。 ネヴァはしばらくそうしていると、地面から石版らしきものを探し当てた。 サリアはそれを見て、ネヴァに質問する。 「石版?」 サリアはそれを触ってみた。 妙なくぼみや、見た目でこれが相当昔の代物であることは素人のサリアにもわかった。 その石版らしきものを、サリアは持ち上げようとしたが、どうやらその場から動かせないらしいことが分かった。 「うん、そんなもんだね。ねぇ、サリアちゃん、これ読める?」 そう言って石版の文字のようなものを指差すネヴァ。 サリアはそれを見てみた。 それは現代の文字ではなく、素人のサリアにはとてもじゃないが読めないようなものだった。 「読めないわ。なんて書いてあるのこれ?」 ネヴァはそこに書いてある文字を凝視する。 そのままサリアを見ずに、ネヴァは説明をした。 「えっと、要約するとね、遺跡を開けるには鍵が必要で、それがなければ遺跡には入れないって書いてあるんだ」 そんな説明を聞いて納得したサリアであったが、また別の疑問が浮上してきた。 「それで、その肝心の遺跡はどこにあるの?」 ネヴァは軽く笑いながらこう言った。 「サリアちゃん。世の中にはね、鍵が必要なんだ。そしてその鍵は何も形あるものだけではない。そしてその鍵を使って手に入れたものも目に見えるとは限らないんだ」 「……どういう意味?」 サリアの言葉にネヴァは何か含みのある笑みを浮かべた。 「オイラの人生論だよ。例えばね、人の触れてはいけない過去を探りたいとき、少し躊躇いを感じるよね? でも少し勇気を持って躊躇いを打ち消してその過去を聞くんだ。その時、手に入れるものはその人との友情かもしれないし、もしかしたら別れかもしれない。そしてそれを決定するのが過去を探るために用意した鍵なんだ」 彼の言葉でサリアも大体は理解した。 「つまり、物事を動かすには、何か準備のようなものが必要で、その準備によって結末は変わる、ということ?」 「物分かりがいいね、サリアちゃん。そういうことだよ。ただ……」 そう言って、ポケットから小さい水晶を取り出すネヴァ。 その水晶を先ほどの石版のくぼみにはめて、彼はこう言った。 「今回に限って、鍵は目に見えるものなんだけどね」 その瞬間水晶から一筋の光が現れた。 光はいくつにも分かれ、何か物体を描いていく。 それは光の芸術。 サリアはしばらく見惚れていたが、光が徐々に形になり始めた頃、ようやくそれが何だったのかを理解した。 「あの光が描いているのって……」 そんなサリアの言葉にネヴァは相変わらずの笑みでこう返した。 「そう、遺跡だよ」 光が一つの芸術を描き終えた後、それは実体となって二人の前に現れた。 そこにあるのは遺跡。 水晶という鍵を使って現れた宝物だった。 「ネヴァ? どうしていきなり遺跡が現れたの?」 サリアの質問にネヴァは答える。 「あの水晶が鍵だったからだよ。そもそもこの遺跡は古代人が宝物を隠すために作られたもので、その遺跡を隠すためにマジックアイテムを使う必要があったんだ」 「それじゃあ、あの水晶がそのマジックアイテムなの?」 「そうだよ。ちなみに水晶を取れば遺跡はまた消える。その間に遺跡にいた人はその場に閉じ込められてしまうんだ」 おどけた口調でそう言ったネヴァであったが、サリアはその言葉を聞き、ぞっとした。 「そ、それじゃあ…もしあたし達が入っている時に、水晶を取られたら死ぬまで遺跡にいなければならないってこと?」 真っ青な顔でそういうサリアに対し、ネヴァが笑いを何とか抑えようとしながらこう答えた。 「大丈夫だよ。その水晶を取れるのは、それをはめた人物。つまり、オイラだけなんだから」 「そ、そうなの? 良かった」 心底安心したという表情のサリアを見てネヴァはただただ笑っていた。 「大体そうでなかったら、オイラみたいな仕事をする人は本当に少なくなっちゃうよ」 「そうよねぇ、アハハ」 声を出して笑うサリアを見て、ネヴァは話を本題に戻した。 「さて……行こうか」 その言葉を聞いたサリアも真剣な表情になる。 「ええ」 こうして、二人の遺跡探索が始まった。 とろける感触。 濃厚な味。 そして、辺り一面に広がるにおい。 ミルは肉を食べ終えると、息をついた。 「はぁ、食べた食べた」 肉のついたナイフを水で洗い、腰につけるとミルはしばらくの間ぼうっとしていた。 「ふぅ……」 幸せなひと時。 だが、そこでミルは何か大変なことを忘れているということに気がついた。 「あれ? 何か忘れてるような気が……」 思い出せない。 忘れていることは明らかなのに、どうしてもそれを思い出すことが出来なかった。 何とかして思い出そうと必死な形相で考えるミル。 「……あ」 そして彼はようやくそれを思い出した。 「サリア…どこに行ったんだろう?」 遺跡の暗闇が心地よい。 ずっと先までは見ることが出来ない闇。 それが彼女に刺激を与える。 ぞくぞくする感覚。 彼女はそれを恐怖としてではなく、楽しみとして捉えた。 「ネヴァ? この遺跡、仕掛けって…」 その時、いきなりネヴァがサリアの腕を掴んだ。 そしてネヴァの方向に引っ張る。 「キャッ!」 彼女は仰け反り転びそうになったが、何とか体勢を立て直し、ネヴァに不満気な様子で怒鳴った。 「何よ! あたしが何したって言うのよ」 そんな様子のサリアにネヴァはふっ、と笑う。 「こっちに来てみなよ」 そう言って、壁の方向に向かうネヴァの後をサリアは仕方なくついていった。 「これを見て」 ネヴァは壁に突き刺さっているものを指差した。 「これ……槍?」 「そう、さっき飛んできたんだ。ちょうどサリアちゃんの腕を掴んで引っ張った直後にね」 ネヴァの言葉がサリアの脳内を駆け巡った。 槍が飛んできた。 それは一体どういうことなのか? 「やっと分かったみたいだね」 そんなネヴァの言葉にサリアは顔面蒼白になりながらも頷いた。 「ご、ごめん。怒鳴ったりして」 「仕方がないよ。いきなりあんなことされたら普通怒るって」 「けど、あたしが浮かれてたから……」 そんな調子のサリアにネヴァは笑いかける。 「大丈夫だよ。サリアちゃんに責任はないよ。悪いのはオイラの方さ。注意を促す時はいつでもあった。遺跡探索に関しては割とベテランのオイラがそれをしなかったんだから、サリアちゃんは悪くないよ」 だけど…、とネヴァが付け加えた。 「今度からはオイラの後ろを歩くことにしてね」 そんなネヴァにサリアはこくりと頷いた。 「分かった。そうする」 まだ顔が青いサリアにネヴァは優しげな笑みを浮かべ、こう言った。 「大丈夫、サリアちゃんは何の心配もしなくていい。今ミルちゃんがいない以上、サリアちゃんのことはオイラが守るよ」 そんな割とありふれたどこかで聞いたような台詞を聞いたサリアは、自分の顔が赤くなっていくのを感じた。 幸い暗い洞窟のなかであったため、ネヴァには気づかれなかったものの、照れを隠そうとサリアは下を向いた。 しばらくそうしていると、徐々にサリアも気分が落ち着いていくのが分かった。 そんな様子を察したのかネヴァは、 「さて、そろそろ先に進もうか」 と言い、そして二人は遺跡探索を再開した。 それ以降はまさに順調だった。 探索を続けていくネヴァが手で止まれと合図をする。 その合図を見たサリアは止まり、ネヴァは近くに落ちていた石を拾い前方に投げる。 すると槍が石に突き刺さりそのまま壁に突き刺さる。 そして二人は先へと進む。 ほとんどがこの繰り返しだった。 捻りのない通路の仕掛けを突破した二人は広い部屋に入った。 そこだけがやけに明るく、広いため二人は違和感を覚える。 「ネヴァ? 遺跡にこんな場所あるものなの?」 「う〜ん、珍しいね。オイラは初めてだよ」 そう言いながらも特に異常が見当たらないため、二人はその部屋の中央に向かった。 そこには何か文字が書かれていた。 古代文字が読めないサリアはそれを深く見ないでネヴァに任せる。 ネヴァはじっくりとそれを眺める。 「う〜ん、これ古代の文字ではないね。むしろ……」 「むしろ?」 「これ、現代の文字だよ。所々削れてて文としては使い物にならないけど、一文字一文字なら読める」 そう言ってサリアの方を向いたネヴァ。 その時ネヴァの表情が一瞬にして変わる。 そしてネヴァはサリアに向かってこう叫んだ。 「サ、サリアちゃん! 後ろ!」 ネヴァの言葉でふと後ろに振り返るサリア。 「え……」 サリアの目の前に骸骨が立っていた。 肋骨のところにはまだ腐っている肉がある。 だがそれの問題点はそういうことではない。 一番の問題点はさっきまではその場にいなかった、ということだ。 つまりその骸骨は……、 「サリアちゃん! オイラの後ろに、早く!」 ネヴァの言葉が聞こえないのか、サリアはその場に立ち尽くしていた。 骸骨も何故かその場に立っていた。 (サリアちゃん、まさか…気絶してる?) ネヴァがそう思った次の瞬間、 「イ、イヤァァァァ!!!」 叫びながら持っていた荷物で力一杯骸骨の頭部を殴った。 やけに小気味のいい音を立ててその骸骨の頭部は吹っ飛ぶ。 そして頭部を無くした骸骨はその場で砕け散った。 「はぁ、はぁ…」 荒い息を吐くサリアに対し、ネヴァは、 「ビギナーズラック? いや、違うか。何にせよサリアちゃん。次にそういうことをやる時は……」 そう言ってネヴァは辺りを見渡すよう合図した。 それを見たサリアは辺りを見渡す。 「悲鳴は上げない方がいいね」 二人は骸骨の集団に囲まれていた。 骸骨達の数はおよそ20体ほど。 広い部屋の中央にいた二人は、逃げ場がない。 「ネヴァ、ど、どうすればいいの?」 人生の終わり、とでも言うような表情のサリアが尋ねる。 そんな様子のサリアにネヴァは冷静な口調でこう言った。 「オイラが突破口を開くから、そこから逃げて。ただしここから出てはいけない。通路にはまだ解除してない仕掛けがある。サリアちゃんじゃそれにやられちゃうからね。この辺りを逃げ回るんだ。いいね?」 そのネヴァの提案に、サリアは驚く。 「ネヴァ……大丈夫なの?」 心配そうな様子のサリアにネヴァは笑いかけた。 「大丈夫。言ったでしょ、サリアちゃんのことはオイラが守るってさ!」 そう言って、ネヴァは骸骨の群れに向かって走っていった。 ネヴァが骸骨の所に着こうとした時、その方向にいた骸骨たちは一斉にネヴァを攻撃を仕掛けてきた。 ネヴァはそれらを避けると、その勢いに任せそのまま一体の骸骨に回し蹴りをかます。 骸骨は避ける術もなく、そのままその蹴りを喰らう。 腹に入ったその蹴りは、その辺りにあった骨を砕き、その骸骨は上半身しか機能しなくなった。 そのあまりの手ごたえのなさに、バランスを崩しそうになったネヴァは慌てて体勢を戻す。 その隙を突き、他の骸骨達はネヴァめがけて殴りかかる。 「おっと! 危ない危ない」 ネヴァはそう言いながら、まず先ほどの上半身だけの骸骨の頭を左足で踏み潰し、そのまま重心を左足に置き、右足で進行方向にいた骸骨を蹴る。 骸骨は先ほど同様上半身のみとなり、ネヴァはその勢いに逆らい、右手で反対方向の敵に裏拳をかました。 裏拳はそのまま骸骨の頭を砕きその骸骨の活動は停止する。 その勢いで袖に仕込んであったナイフが飛ばされる。 そして、それはその直線上にいた骸骨の頭に突き刺さった。 そのまま倒れこむ骸骨からナイフを抜き、ネヴァはサリアに合図をした。 この間、わずか2,30秒のことであった。 サリアは唖然としながらもネヴァの作った突破口から骸骨達の囲みから抜け出す。 それによってネヴァとは反対方向にいた骸骨達もようやく動き始めた。 ネヴァはサリアが骸骨達の包囲網から抜け出したことを見届けた後、そのまま走って先ほど動き始めた骸骨達に向かって跳び蹴りをかました。 サリアはというと、これからはとても単調な動きをする。 左側の敵が詰めてきたら、ネヴァに知らせ自分は反対側に寄る。 その逆も然り。 全体的にサリアに迫ってきたらやはりネヴァに知らせ自分は後ろに下がる。 自分の命がかかっているという割には何故かあまり緊張はしない。 サリアの感想はそれだった。 彼女は骸骨達との間合いを調整し、それからはネヴァの動きに魅入っていた。 ネヴァの動きは芸術だ。 こちら側の攻撃でほとんどの場合戦闘不能に陥れているのに関わらず、彼自身はほとんどと言っていいくらい無傷だ。 ナイフで切りつけたり、殴り飛ばしたり、蹴りで吹っ飛ばしたり。 彼の動きは見ていて飽きないものであった。 「ネヴァ……凄かったんだ」 サリアはそう呟く。 だが、その油断がいけなかった。 サリアは足が重くなっていることに気がついた。 何が起きたのかが理解できなかった彼女はゆっくりと下を向く。 すると、先ほどネヴァによって蹴られた上半身だけの骸骨がしっかりとサリアの左足を掴んでいた。 「…!」 サリアはしまった、というような表情になり、自分の行いを悔いた。 そうなってしまったのは、自分の動きに飽きてしまいネヴァの動きに魅入っていたせいだ。 戦闘だというのに集中力を切らしてしまった自分は、何と愚かなのだろうか? そう思ったサリアであったが、首を横に振った。 後悔するのはこの場を切り抜けてからだ。 こういう時、普通はどうするべきなのか? とりあえず、何とか振りほどこうとしてみるべきだろう。 サリアはそう判断するとなんとか左足からその骸骨の手を外させようと必死に足を動かそうとする。 だが、その骸骨の腕は一向に離れる気配を見せなかった。 当たれば脆いのに、どこからこのような強い力が発生するのであろうか? そう思ったものの、それはひとまず後にして他の方法を考える。 と、その時サリアは先ほどのネヴァの行動を思い出した。 あの時ネヴァはこういう上半身のみの骸骨に対して、頭部を踏みつけていなかったか? サリアでも一体は倒せた敵なのだ。 何とかなるのではないか? そう判断したサリアは掴まれていない右足でその骸骨の頭部を踏みつけようとした。 その直後、サリアはこれまでの行動を全て悔いた。 自分の注意力には今日の出来事で愛想が尽きていた。 何故か? それは……、 「は、離してよ!」 そう、彼女はその上半身のみの骸骨に気を取られ、ネヴァに助けを請うことも、辺りを見渡すこともしていなかったのだ。 その結果が今の現状だ。 サリアは足だけでなく、二,三体の骸骨に囲まれ全身を押さえつけられていたのだ。 尚も、他の骸骨たちがサリアの方に向かっていき、サリアはそのまま上半身のみの骸骨に倒れこんだ。 腐った木材に力を加えた時、軽くその木材が折れてしまうときのように、その骸骨の骨は砕け散り、活動を停止する。 だが、現状はあまり大差ない。 それにより左足が解放されていても、既に他の部分が束縛されてしまっているのだから。 「サ、サリアちゃん! …おっと!」 ようやくサリアの異変に気づいたネヴァであったが、邪魔はさせないとでもいうような骸骨達の無駄に多い攻撃がネヴァを苛立たせる。 「くそっ!」 ネヴァはまだ来ない。 その声でそれを察したサリアは、必死に解決策を探すものの、そういったものは一向に発見されない。 (このままだと、あたしは…) そう感じたサリアの首にふと骸骨の手が伸びる。 その手は彼女の首を締め付け、サリアは苦しみの声を上げる。 「ぐ…が……」 苦しい、このままだと死ぬ。 彼女は本心でそう思った。 だがそう思ったとしてもその手の力は弱まったりはしない。 そして、他の部分を掴んでいる手も、首のせいか一層力が強まっているような気もした。 もう……駄目かもしれない。 サリアはそう思った。 もう…駄目かもしれない、けど…… サリアはその後に闇を見せる。 だけど、どうして……、 ドウシテアタシガ…… その時、突如サリアの頭上に爆発音が響いた。 サリアの首を絞めていた骸骨はそれに巻き込まれたらしく、一気に力が弱まる。 「……はぁ、はぁ…」 助かった、そう思った。 けど誰が? そう思いながらもいまだ辺りを見渡すほど体が本調子でないためただ音で判断するしかなかった。 その時、サリアにとって聞き覚えのある声が聞こえてくる。 「まったく、帰りが遅いと思ったらこんな所で道草かい?」 その声に最も早く反応したのはサリアではなくネヴァだった。 「ミ、ミルちゃん!」 意外そうなその声にミルは、少し苛立っているというような声を上げた。 「ネヴァ、君ってやつはどうしてこんなことをするかなぁ? 素人をここまで連れてきて、挙句の果てには死ぬ直前だったじゃないか。まったく、変わらないな君は。もう少し謙虚な行動を取ろうと何で思わないんだ?」 いつものミルらしくはない、やや早口気味の口調でそう言うと、ネヴァは苦笑した。 その間でようやく立てるほどには回復できたサリアがゆっくりと立ち上がる。 それを見届けたネヴァがミルに対してこう言った。 「ミルちゃん相変わらずキツイね。まあ、その話は置いといてさ、とりあえず残りを片付けたいんだけど、いいかな?」 それに対してミルは笑顔でこう答えた。 「分かった。僕が魔法で一気に倒すから、ネヴァはこの骸骨共を一箇所に集めるんだ。それからサリアは僕の後ろに来て。いいね?」 ネヴァとサリアは同時に、頷く。 それを見たミルはよし、と呟くと、 「それじゃあ、行動開始!」 そう二人に言った。 その合図を聞いた二人は指示された行動を忠実にこなす。 特にサリアは、先ほどのことでもうこりごりなのか、ミルの後ろに行くとただ辺りに気を配りながらその場に立っていた。 それを見たミルは笑いを堪えようと必死になる。 「サ、サリア? どうしたのさ、そんなことしなくても僕がいるんだから、大丈夫だよ」 それを聞いたサリアであったが、それを改めずこう言った。 「あたしのせいで他の人に迷惑をかけるのはもういやだから」 その言葉にミルはただ、ふ〜ん、と言っただけでまたネヴァの方に向きなおした。 だが、その後に、 「人間的に少し成長したみたいだね。いいことだよ」 と言った。 ネヴァはというと、ナイフを片手に忙しく動き回っていた。 ミルから見て右端の敵を牽制したかと思えば、次の瞬間には左端の敵を誘き寄せていたりと、はっきり言って尋常ではない動きをこなしていた。 それを見たサリアは、自分は彼の枷になっていた、ということを痛感した。 だが、彼女は首を横に振り、自分にこう言い聞かせた。 後悔するのは全てが終わった後だ。 全てが終わった後で、ネヴァには謝ろう。 そして、ミルにも…… 彼女がそう思っていた時、ミルがネヴァにこう言った。 「準備出来たよ!」 その声を聞いたネヴァはすぐさまミル達の方へ向かって走る。 それを見ていたミルは、そのまま魔法を解き放った。 「ミ、ミル!? まだネヴァが来てないじゃない!」 そんなサリアの言葉にミルは、 「僕は彼を信じてる。ネヴァは問題ないよ」 と言った。 魔法は、大きな黒い球状の物体だった。 それは高速で骸骨達の群れに向かっていった。 そして、その間ですさまじい轟音をたてて、それは拡散する。 ネヴァはそれをかわしながらようやくミル達の所に辿り着く。 「はぁ、はぁ。ミルちゃん、相変わらず容赦ないね」 それを聞いたミルは、 「そうかな? これでも容赦したつもりだったんだけどな」 笑いながらそうネヴァに言った。 拡散された魔法は骸骨たちを取り囲み、障壁のようなものを作り上げた。 それは徐々に狭まっていき、障壁に触れた骸骨はその部分が削り取られていき、粉も残らず存在自体が消されていく。 一体、また一体と骸骨の数は減っていき、そして、最後の一体も為す術もなく消えうせ、障壁も消えた。 「すごい、これがミルの魔法」 これがミルの力なのだ、そう彼女は思った。 だが、サリアはミルがこれを人間相手に使用することを想像してしまった。 先ほどのように肉や骨が消し飛び、血が飛び散った挙句、最終的には何も残らず消えてしまう。 ミルはそんなことを平気でするのだろうか? いつもの笑顔でそんなことが出来るのだろうか? そう考えて、サリアは自分に怒りを感じた。 ミルがそれをやったことがあると言ったことがあるか? それは自分の妄想に過ぎない。 ミルが、そんな酷いことを平気でやるわけがないのだ。 そう考えると、サリアは少し楽になれたような気がした。 「ふぅ、ようやく片付いたね」 そう言って、ネヴァはため息をついた。 「ふん、ほとんど僕のおかげじゃないか。それじゃあ全部片付いたんだし聞かせてもらうよ。どうして二人はここにいるんだい?」 二人は思わず顔を見合わせ、そして苦笑する。 「実は……」 ネヴァの説明に今度はミルがため息をつく。 「まったく、そういうことは僕に言ってくれれば良かったのに。黙ってこんなところに行かれたら普通怒るよ」 それはそうだ、とサリアは思った。 「ごめんね、ミル」 サリアの謝罪にミルは笑みを浮かべた。 「次からはちゃんと僕に言うようにね。さて、それじゃあ先に進もうか」 「え?」 「だってさ、ここまで来て帰るっていうのも嫌でしょ? だったら奥まで進もう。遺跡も久しぶりだからね。少し楽しみだよ」 ミルは随分と楽しそうな顔をしていた。 「ミルって遺跡に入ったことあるの?」 その質問にはネヴァが答えた。 「うん、昔はオイラと一緒に遺跡に入ったものだよ。ね、ミルちゃん」 その言葉にミルは頷く。 そして、ミルはそのまま歩き始めた。 ネヴァもそれについていく。 そんな二人を見て、サリアはいいコンビじゃないかと思った。 「街のお偉いさんに依頼されてね、あるものを回収しに来たんだよ」 ネヴァは遺跡の内部で二人にそう説明した。 「その人の住む屋敷に何人かの盗賊が入り込んだことがあるんだ。その時盗まれた様々な物のうち、二つ重要なものがあった。その内の一つがこの水晶だよ」 そう言ってネヴァは水晶を取り出した。 「あれ? これって確か……」 サリアは記憶を手繰り寄せる。 「そう、この遺跡の鍵だよ。これは遺跡の入り口付近に落ちてあったらしいから、盗賊を追って来た人が回収したらしいんだけど、もう一つは発見できなかった」 「だから遺跡のプロを呼んで探させているのか」 ミルの説をネヴァは肯定した。 「そう、オイラはそのために雇われたんだ。そして、もう一つの重要なものなんだけど、書類のようなものらしい」 「書類?」 サリアはその単語に少し拍子抜けする。 「お偉いさんなんてものはやはり非合法的なこともやっているものなのさ。恐らくその書類にはそういう、明るみには出来ないことが書かれているんだろうね。だからこそ、この遺跡は今も開放されずに封印されているんだ」 彼はそう言った後、何か哀れんでいるような表情になった。 サリアは、恐らく彼はこの今まで現れたことの無いこの遺跡に哀れみを抱いているのだろうと感じた。 つきあいは決して長くはないが彼の人間性については理解しているつもりだった。 彼は優しい。 だが、その優しさが仇となる時がやってくる時がくるのかもしれない、と。 「……そろそろ終わりが近づいてきたみたいだね」 ふとミルがそんなことを言った。 「どういうこと?」 サリアの問いに彼は少し時間を置いてからこう答えた。 「風の動きは今僕たちの進行方向と同じだ。その風が奥の方で留まっているんだ。それはつまり、もう奥には進めない、行き止まりという訳さ。この遺跡、分岐はなかったからね。多分、間違いないと思う」 ミルの言葉は正しかった。 彼の言ったとおりすぐに行き止まりの場所が現れたのだ。 そこは誰かが住んでいたような形跡のある場所だった。 それを見てミルがこう言う。 「ここが、その盗賊とやらの生活空間だったみたいだね。もっとも、その盗賊達は完全にこの世界からいなくなったみたいだけど」 「完全に? どういうこと?」 サリアの問いにミルは説明を加えた。 「さっき、僕が一掃したじゃないか。あれはね、死霊というんだ」 聞き覚えのない言葉に戸惑うサリア。 そんな様子のサリアを見て、ネヴァはフォローを入れた。 「ミルちゃん、いきなり死霊って言っても分からないって。死霊っていうのはね、10年前から現れ始めた者達のことさ。一般的には、未練がある人、もしくは魔族がなるといわれてる」 「10年前って……戦争が始まった時よね? 何か関係があるのかしら」 「さあね。オイラには…いや、皆知らないんだ。けどこの存在をばらすとパニックになる人がいるでしょ? だからこそ、国民には伏せられているんだ」 その言葉にサリアは疑問を抱いた。 「どうして伏せられているのにネヴァやミルは知ってるの?」 はっとして言葉が出なくなるネヴァ。 それを見たミルがネヴァに変わって説明をした。 「成り行きでね。偶然遭遇したんだよ。その時一緒にいた人から死霊について教えてもらったんだ」 サリアはとりあえず納得したものの、何か煮え切らないものが頭の中に残った。 (他に何かがあるのかもしれない) そんな思いが彼女の頭を駆け巡る。 だが、それが彼女の言葉として出てくることはなかった。 あまり物事を考えたくなかった彼女はその辺りを見渡した。 「あら? これって…」 その時彼女は紙の束を発見した。 「ネヴァ? 書類ってこれのこと?」 「ん? えっと……ああ、そうみたいだね。いろいろとまずそうなことが書いてある。ん?」 パラパラとページをめくったネヴァは最後のページでその動きを止めた。 「どうかしたのかい、ネヴァ?」 ミルの心配そうな声にネヴァはこう答えた。 「いや、何でもないよ。そろそろ帰ろうか。目的の物も回収したし」 そう言ってネヴァはさっきまでの道を戻り始めた。 ミルとサリアは互いの顔を見合わせる。 「何かあったのかしら?」 「さあ? まあ、ここに用がないのは確かなんだから、そろそろ帰ろうか」 ミルはそう言ってネヴァの後ろを歩いていった。 一人取り残されたサリアも、 「ちょ、ちょっと待ってよ!」 そう言って、二人の後を追いかけていった。 遺跡を脱出し、三人は街を目指して歩いていた。 「ネヴァ? 遺跡はあのままにしておいてよかったの? 封印しなくていいの?」 そんなサリアの言葉にネヴァはこう答えた。 「ああ、もうあの遺跡に問題はないからね。書類を回収したらあとはもう放置していいって言われてたんだ」 そう言ったネヴァの顔は少し嬉しそうであったが、やはりどこかが不自然だった。 遠目に見ればいつもと変わらないように見えたのかもしれない。 だが、そうするにはあまりにもサリアとネヴァとの距離は近すぎたのだ。 だからこそ、彼の様子がおかしいことは分かっていた。 恐らくはミルも分かっているのだろうと、サリアは思った。 「ネヴァ、何かあったの?」 耐え切れずサリアはそう尋ねた。 「別に何もないよ。ミルちゃん、オイラおかしく見える?」 それに対しミルはこう言った。 「特におかしな点は見当たらない、いつもと変わらないと思うよ」 その言葉にサリアは平静を装っていたが内心はかなり驚いていた。 ミルはこんなに違う彼を見て、何とも思わないのか? それで本当に友達なのか? 様々な台詞が彼女の頭を駆け巡り、そして消えていく。 結局のところ、彼女にそれを言う権利などはないのだ。 「あ、そろそろ街に着くね。それじゃあ、オイラ寄るところがあるから」 「ああ、分かった。僕達は明日もう街を出るから、暇なら朝に宿に来なよ」 「うん。それじゃ、また明日二人とも!」 そう言ってネヴァは走り去っていった。 それを確認してからミルはサリアに向かってこう言った。 「……ふぅ、ひやひやしたよ。サリア、あまりストレートに聞きすぎるものじゃない。特にネヴァに対してはね」 その言葉が先ほどのネヴァに対する問いのことを指しているということにサリアは少しの時間の後に気づいた。 「それじゃあミルも気づいてたの?」 その言葉を聞いてミルはため息をついた。 「はぁ……あのねぇ、僕がその程度のことに気づかないとでも思ってたの? あれで気づけないんだったら友達とは呼べないよ」 「それじゃあどうして?」 ミルは少しためらった後に口を開いた。 「ネヴァがあんな感じになる時っていうのはね、決まって正義の味方になる時なんだよ」 「正義の…味方?」 「ああ、誰の、とは言えないけどね。彼持ち前の正義感が炸裂する時なのさ」 正義感。 ミルはその言葉を皮肉を込めて口に出した。 恐らく彼はネヴァのそんな一面があまり好きではないのだろう、とサリアは思った。 「けど、誰に対して?」 「騙されたんじゃないかな? 依頼主とかに……ね」 「依頼主……あ!」 サリアはようやくネヴァの向かった先が理解できた。 「そう、ネヴァはその依頼主の所に向かったんだろうね。理由は…やはりあの書類が関係していると思う」 「それなら……ネヴァを追わなくていいの?」 もし、彼がその真偽を問いに依頼主の所に行けば、依頼主は口封じのためにネヴァを殺そうとするのではないか? そんな考えが彼女の脳裏を過ぎる。 「大丈夫大丈夫。ネヴァは無茶はしない。それよりも、早く宿に行こう。もう疲れちゃったよ。久しぶりに大技も使ったことだしさ」 そう言った彼の顔をサリアは見つめた。 すると、確かにミルは疲れている顔をしていた。 「ごめんね、あたしが……」 「大丈夫だよ。サリアは悪くなんかないさ」 そう言ってミルはサリアに笑みを浮かべた。 「そっか。ありがとう、ミル」 サリアのそんな言葉にミルは何も言わずただ真っ直ぐ進んでいった。 そんなミルにサリアは声をかけようとする。 「ミル? その先は……」 「え? うわぁ!」 ドサッ! という音と共にミルの姿が消えた。 サリアは少し前に進み、下を見た。 そこで腰を抑えているミルを見て、こう言った。 「……その先少し段差があるよ」 「依頼は達成したようだな」 中年の少々太り気味の男が椅子に座っていた。 男は赤い色をした飲み物‐恐らく赤ワインであろう‐をグラスに注ぎ、それを机に置いた。 「お前も飲むかね?」 そう尋ねられた男‐ネヴァは首を横に振ると、こう言った。 「聞きたいことがあるんです」 その言葉に男の眉は釣り上がる。 「ほう、何かね?」 男の言葉で、聞くことを了承されたのだと思ったネヴァは遺跡でのことを語り始めた。 「あの遺跡に死霊がいたんです。それもたくさんのね。そこでまずおかしいと思いました。盗賊がそんな大人数でいるのだろうか? 捕まえられたとしても精々五,六人が関の山でしょうからね」 「……何が言いたい?」 答えを急かす男を尻目にネヴァは話を続けた。 「それらを片付けたあと、遺跡の最深部であなたの依頼したものを発見しました。ですが……」 「……何だ?」 「それには盗賊…いや、戦争否定派、つまり魔族との和平を望むもの達の言葉が書かれていました。この時代、そういった者達の街は少なくはありません。だが、未だ戦力としては人間、魔族二つの軍とは比べ物にならないほど弱い。だからこそ、この街に裏切り者がいたことを知らせないためにそういった平和主義者達を遺跡に閉じ込めたのではないのですか?」 ネヴァの推理を聞いた男は高笑いをすると、すぐさま言葉を返した。 「もしそれが本当なら、何故私がそんな日記があると分かったのだというのだね?」 「なくてもよかったのでしょう? だがあるかもしれないという可能性があるのだけは、避けたかった。だからこそそれがあるかどうかを調べさせた。ないなら、それに越したことは無いのだから」 男はしばらくの間黙っていた。 そしてその沈黙が答えだった。 ネヴァはやはり…、といった様子で男を見続ける。 それに対し、男はこう言った。 「まあ、別に知られても問題はないだろう……何故なら」 その言葉の直後、ドアから多数の武装した集団がネヴァを取り囲んだ。 その後、男は笑いが止まらない、といった様子でこう言った。 「お前はここで死ぬのだからな!」 それを聞いたネヴァはため息をつくと、 「まったく。仕方の無いお方だね」 と言った。 何故かとても楽しそうな顔をしていた。 「ねぇ、ミル? 本当に助けに行かなくていいの?」 宿まであと少しといった所でサリアはそうミルに言った。 「……しつこいよ、サリア。ネヴァは大丈夫だって」 「…でも……」 不服なのかサリアは歩くのを止めると、ミルをじっと見つめた。 その様子に参ったのか、ミルは仕方ないなぁ、という言葉の後サリアにこう言った。 「ネヴァには言わないで欲しいんだけどさ、実はネヴァってさ、肉弾戦という点でいえば、僕よりも上なんだ。だから、本気で僕達が戦ったらどうなるかは、予想がつかない」 「え! そうなの?」 サリアの驚きように、ミルは少し苦笑した。 そして、その後ミルは声を潜めてこう言った。 「そして、極悪非道な人間に対しては、ネヴァは悪魔になる。その人間がやってきたこと以上に残忍な人間になるんだ」 サリアにはそんなことは信じられなかった。 「けど、さっきはネヴァは決して無茶はしないって」 「ああ、言ったよ。そう、ネヴァは決して無茶はしない」 その言葉に安心したのかサリアはようやく歩き始める。 そのサリアに聞こえないようにミルはこう呟いた。 「ネヴァが無茶出来る相手なんて本当に稀なんだからね」 私が何をした? 彼は心の中でそんな問いを投げかけた。 確かに戦争が始まった時、私はこの街にいた平和主義者達をあの遺跡に閉じ込め、何事もなかったようにしていた。 だがそれは、そうでもしないと反逆者の街として国にマークされいつかは滅ぼされてしまうからだ。 それに勝てもしない戦いに身を投じるほど私は馬鹿ではない。 そんな戦いで死ぬのなら私はこのまま国を裏切らずに平和主義者達を始末する。 それが彼の考えだった。 それは決して間違いではない。 ないのだが、今彼は神の天罰を受けようとしていた。 「……ありえない」 彼はそう言うと、目の前にいる男‐ネヴァに視線を向ける。 今はもうそこにはネヴァしか立っていない。 他の人物らは血を流しその場で倒れていた。 誰も息はしていない。 「さて……」 ネヴァはそう言うと彼の所へとゆっくりと歩いていく。 男はネヴァが詰められる度に、少しずつ後ろへと下がっていく。 だが、男の体は壁へと追いやられて、もう逃げ場はなかった。 「ま、待て! 私が何をした! 私はこの街を守るために…」 「平和主義者を殺したんだろ? 分かってるさ、そんなこと」 ネヴァは普段の口調とはまったく違う口調でそう話しかけた。 その様子を察したのか男は恐怖に顔が引きつり始める。 「だが、それなら追放でも何でもすればいい話だろ? それを殺したっていうのは、やりすぎだったようだな。観念しろ」 男はネヴァに気づかれないように自分の服のポケットに右手を入れていた。 何か武器が、それがあれば……。 その時彼は人生の全ての運を使い果たしても構わないと思っていた。 そして、それがまさに奇跡を生んだのだ。 ポケットに何か金属らしい手触りがあった。 それは今朝裏切り者を始末しに直に出向いた時に用意していたナイフだった。 これなら……勝てる。 そう判断した男はナイフの存在がネヴァにばれないように、そしてネヴァを油断させるように情けない声を出す。 「す、すまない。だが命だけは…命だけは助けてくれ! この通りだ」 頭を下げる男を見て、ネヴァは少しの間黙っていた。 ……これで見逃すと言わなくても近づいてくればその間にナイフで殺せる。 そう考えると笑みが零れそうになってしまうが、理性でそれを無理矢理抑え、彼の出方を探る。 ネヴァはその後、たった一言口を開いた。 「じゃあ、右手だけもらっておくよ」 その直後ネヴァは自分のナイフで男の右手を一閃する。 肉を、そして骨をもまるでケーキを切るかのような感じですっと切り裂くネヴァ。 男が何をされたのか気づいたのは自分の右手、すなわちナイフを持っていた手がなくなっていることに気づいた時だった。 「あ…あぁ!!」 自分の体から離れてしまった右手を拾い、なんとかくっ付けようと必死になっている男に対してネヴァは、 「かなりパニックになってるようだけどね、そうやっても右手はくっ付かないよ。もう右手は使えない。その手に握ってあったナイフを使うことは不可能だ」 その言葉に声を失う男。 ネヴァはまるでミルのような冷たい声でこう言った。 「助けてやろうと思ったけど、気が変わった。やっぱり死んでもらうよ」 ネヴァは男に近づきそして一言こう言った。 「さよなら」 今度は首を一閃するネヴァ。 男はその時、頭部がずれ落ちるとはどういう感覚なのか、ということを知った。 だが、彼はそれを誰にも伝えることが出来ずに……動かなくなった。 「終わった…か。あ〜疲れた」 その時ネヴァの様子が再び普段の様子に戻った。 ネヴァは辺りを見渡すと、その部屋は血の海と化していた。 中には体が半分になっていたり、首がなかったり、ネヴァの予備のナイフが心臓に突き刺さっているものもあったが、ネヴァはとりあえず死体からナイフを回収し、先ほどの男の机に行く。 「喉が渇いたな。丁度ワインを入れてたみたいだし頂こうっと」 そのまま、そのワインを一気に飲み干そうとしたネヴァ。 だがネヴァはワインとは違うその味わいやアルコール濃度にむせてしまった。 「…ゴホッ! な、なんだこれ? これブラッディーマリーじゃないか!」 どうしてこのグラスにブラッディーマリーを入れるんだ? などという疑問は置いておいて、もう一度辺りを見渡すネヴァ。 「……まぁ、本物の血を見ながらブラッディーマリーを飲むっていうのも、いいかもしれないね」 などと訳の分からない理屈で思い直して、それからブラッディーマリーを一気に飲み干した。 「悲しみを抱えた死神に祝福を」 そんな言葉が無意識のうちに口からこぼれていた。 次の日、3人は街の外で別れを済ませようとしていた。 「もう行っちゃうんだ。ゆっくりしていけばいいのに」 「いや、そもそもこの街に来ることが予定外だったからね。あまりゆっくりは出来なかったんだよ」 少し冷たさのある口調でそう言ったミルに対し、サリアは申し訳がなさそうな表情でネヴァに謝罪した。 「ごめんねネヴァ。冷たくて、けど……」 その先を言う前に、ネヴァが口を開いた。 「分かってるよ。オイラだってミルちゃんとは付き合いが長いんだ。そのくらいのことは分かるさ」 その言葉に安心したのかサリアはそう、と言ってミルの方を向いた。 それに対してミルは、前の方をただぼうっと見ていた。 「ミル? どうかしたの?」 「ん? ああ、なんでもないよ。それじゃあ行こうか」 そう言ってミルは後ろに振り返り、ゆっくりと歩き始めた。 「ミルちゃん、次はどこの街に行くの?」 そんなネヴァの言葉にミルはこう答えた。 「プロテクターズカントリー。あそこに行こうと思ってるんだ。割と安全だしね」 「そっか。それじゃあ二人とも、元気でね!」 そう言って手を振るネヴァ。 サリアはそれを見て、手を振り返した。 だが、ミルはそれを見ずにそのまま歩いていった。 そのまま手を振り続けていたネヴァであったが、ミル達が見えなくなってからふと誰かがその光景を見ていたことに気が付いた。 その人物はゆっくりとネヴァの方に向かって歩いてくる。 ネヴァは逃げようともせずにその場でその人物が来るのを待っていた。 何故ならば、 「彼等はもう行ったのか?」 そんな言葉にネヴァは、 「ああ、そうみたいだね」 そう返した。 その人物は男であった。 そしてネヴァと親しい間柄にあるのか、そのまま話を続けた。 「目的地は聞いたんだろうな?」 「うん、プロテクターズカントリーだってさ」 その言葉に男はただ黙る。 しばらくの間そうして黙っていた彼であったが、考えをまとめたのか表情は割とすっきりしていた。 「確かあそこには復讐者がいたよな?」 「うん、今もあの街に住んでいたはずだよ。どこかに移り住んだっていう話は聞いてないから間違いないと思う……けど復讐者がどうかしたの?」 ネヴァの言葉に男はニヤリと笑う。 「いや、別に。まあ、行く場所が分かってるんだし、とりあえず俺の部下に奴らの様子を見させよう」 その言葉にネヴァは賛同しかねる、といった様子になる。 「ミルちゃんはすぐに気づくと思うよ。彼にばれないように様子見をするなんてことが出来るのはあの人くらいしか……」 「問題ない。俺達がミルをマークしているということに気づかせることが目的なんだからな」 その言葉にネヴァはあぁ、と頷き、そしてプロテクターズカントリー、つまりミル達の向かった方向に向いて独り言のようにこう呟いた。 「ねえ、ミルちゃん。次に会うときはオイラ達はどういう関係になるのかな? 味方? それとも……」 その言葉の後、急に黙り込むネヴァ。 彼はそのままその方向を向き続けた。 男もそれをただ見つめ、やはりその場からはなかなか立ち去ろうとはしなかった。 「全ては、あの御方の為に」 そんな言葉が二人の口からほぼ同時にこぼれだした。 「ミルってネヴァには冷たいわよね」 そんな言葉が自然と湧き出ていた。 「そうかなぁ? いつもあんな感じだから僕にとってはそうではないんだけどね」 「それっていつもネヴァに対して警戒心を欠かせていないということ?」 サリアの言及にミルはやれやれといった感じでこう答えた。 「あれが普通なんだよ。僕とネヴァの出会いって結構普通じゃなかったからさ」 ミルはそう言って、これ以上話す気はないと言いたいのか、歩みを速めた。 それ以降話すことがなくなってしまったサリアはのんびりと思考を働かせる。 そして自然と思考は昔の誕生日プレゼントのことに向いていった。 自分はあのマフラーを結局どうしたのであろうか? 渡さなかったとしたら何故そのマフラーは自分の家になかったのか? それらのことを考慮して考えると、一つの結論が出される。 記憶の欠如。 マフラー関連のころの記憶が何らかの原因により消えてしまったのではないか? という結論だ。 考えてみればその結論を確証づける証拠は他にもあるのだ。 彼女の記憶にミルを殺した魔族の顔は残ってはいない。 確かに魔族を見た、という記憶はある。 だが、その肝心の顔のことになるとどうしても頭に霧がかかった様な状態になる。 どうしてこんなことになってしまったのだろうか? 彼女には分からない。 だが唯一覚えていること。 それはミルがいなくなった時、何故か憎しみの心が芽生えていた、ということだけだ。 それが誰に対する憎しみなのか? サリアはそのことをよく覚えていない。 (けど、確かにそのせいであの女が…!) そこで思考は止まった。 女? 一体誰のことなのだろうか? あたしは一体誰のことを考えていたのだろうか? 記憶はそれを導き出してはくれなかった。 (思い出せないみたいね。けど…いつか、必ず…) 思い出せる日が来るはずだ。 その時こそ……、 その時こそミルにあの時のことを尋ねよう。 その時こそそれを尋ねることの出来る資格が得られるような気がするから。 彼女の心は固まった。 その時サリアはミルと大分離れてしまっていたことに気が付いた。 ミルはそのことに気づいていないのか後ろを振り返らずそのまま歩き続けている。 サリアは大きく足を動かした。 今ミルとの距離は確かに離れてしまっているのかもしれない。 サリアはそう思うと更に大きく足を動かす。 だったら、あたしはミルの歩くスピードよりも早く歩く。 そしていつか必ずミルに追いついてみせるのだ。 そう決心した時もうミルとの距離はそうは離れていなかった。 あたしなら出来る。 絶対だ。 そんな心が彼女の新しい動力源となった。 その時ようやく、二人の距離はほとんどなくなっていた。 次の街目指して二人は歩き続ける。 答えを導くための手がかりを求めるために。 その手がかりという名の鍵で真実という名の宝箱を開けるために。 |
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あとがき 電波なお姉さんは好きですか? どうも、マダムキラーことミストフェンリルですw さて、今回は新キャラ改めネヴァとサリアが中心の話でしたね。 正直な話ミルよりこの二人の掛け合いの方が書きやすいんですよね。 ああ、困ったw なかなか強引な展開でしたがそれはまあ……ね(邪笑) またあとがきの最初の一文ネタ考えないと。 意味はないです。 ですが、これがあるということで俺がいる、という証拠を残せるわけで…(意味不明) この一文ネタのネタが尽きた時、それこそ黒子が終わる時かもしれないですねw それでは、次回の黒子魔道士でまたお会いしましょう! |
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