C4ガンダルフ
NOYS

プロローグ

ネオンサインが切れかけて、点滅しているビルの頂上の広告。
街灯の電灯が切れかけて、その下で酔っ払いが支柱にもたれかかるようにして眠っている。
要は、この街は夜が暗い。
だから犯罪の件数も高い。当たり前だが。
暗いだけなら、自分の周りだけライトを照らしてやればいいことだが、この街はゴミ溜めの匂いがするのはたまらない。
人間のゴミもいれば、生ゴミもあれば燃えないゴミもある。
むしろ、この街そのものがゴミだ。
気まぐれが働いて、一応、酔っ払いが死んでいないかどうか確かめる。
別にこんな事をしてやる義理はないんだが、やっぱり見過ごすと言うのも良心が咎める。
俺の今の身分で良心の事を語ると言うのも馬鹿らしいと言うものだが。
あまりにも身分と良心という釣り合いが傍目から見て取れていないからな。
「おい、おっさん。生きてるか?」
呼吸はしている。
放っておいても死にはしないだろう。
泥酔して意識がないながらに、右手に握っている酒瓶をみる。
ラベルがどこにも存在しない。
大方、質は悪いがアルコール度だけはやたら高い密造酒だろう。
悪酔いは必至だ。
最悪、中毒症状を引き起こすように麻薬か何かを混ぜられているかもしれない。
そう思いながら、握力の失せている酔っ払いの右手から瓶をかっぱらい、切れかけている電灯にかざして見る。
偏光加工されていたらしく、光を通すと、電話番号、番地、「是非、またお買い求めください。瓶を返却していただければ値下げいたします」との感謝のこもっているのかどうか分からない宣伝文句が書かれている。
瓶を返却せざるを得ないんだろう。中毒性があることで何度でも通わせるために。
番地も、店がまとまって存在しているような場所ではないのは明白だった。
電話番号も555から始まっているあたり正規の店のものではない。
大方、闇で開局されている電話回線の元締めから引いてもらっていると思われる。
映話はできず、音声のみと言うやつだ。
これから推理するに、この密造酒は恐らくパイナップルだ。
パイナップル風味を混ぜて、無理矢理カクテル風にしただけではなく、爆発的な中毒性と、泥酔に爆発的に追い込むという手榴弾のような意味合いを持って皮肉で呼ばれている。
これを風紀課の連中に報告したら、すぐにでもオレに犯人の逮捕と客を銃撃で鎮圧してもいいから引っ張ってこいとの申請を小1時間、語り続けるのであろうことは想像にかたくない。
しかし、こんな店をいくら摘発したところで、オレに大した給料は入らないし、最下層の人間達の楽しみをむざむざ減らして、上流階級に恨みを持った上でのテロ犯行をさせるのも忍びない。
小遣い程度の金にはなるが、店長と店員と運悪く店に居合わせた客を鎮圧して、ここから離れている上流電脳中枢街まで引っ張っていき、都心警察庁の収まっている地上数キロの高さを誇るサイバービッグコーンビル、通称CBバイツーに登り、報告書を書いて、それを警察機関に渡すまで数時間はゆうにかかる。
見逃して買い物でもしていた方がずっと有意義だ。
犯罪者を合法的にぶちのめして、24時間拘置所にぶちこんでやるぐらいのフラストレーションやストレスは生憎今、持ち合わせていない。
というわけでオレは酔っ払いを見逃す。
酔っ払いの財布がチンピラか誰かにすられているのは気づいたが、犯人探しをしてやるほどの暇はない。
現金を持ち歩いていたのが運の尽きだろう。
この街では自己防衛をせずして治安を維持できないと言うことだ。
この酔っ払いの場合、金銭をカードで管理し尽くしていればスリなんかもいなくなるが。
今の時代、カードで何でも払えるのに、リアル貨幣と言うのは存在する。
むしろ、カードでの支払いが出来ない店というのは、都心当局に届け出が出来ないアングラな店だから、電子マネーの不正操作ができないほど技術が進んだ今、リアル貨幣を廃止すれば、この副都心跡は根こそぎ壊滅状態に出来るのだろうと上層部の人間に話したこともあるが、リアルマネーを副都心のみの貨幣にし、都心で使わせないようにすることで、犯罪者の流入を防ぐ意味合いがあるそうだ。
全くもって良くできたシステムだ。
要は、犯罪撲滅は副都心跡の改善や、日本全体の為ではなく、都心を犯罪から死守するために行われるということになる。
特権階級意識が丸出しだ。もっと謙虚になった方がいい。
だが、文句も言えない。
その傲慢野郎から、かなりの報酬がもらえるし、犯罪者がいるからこそ報酬がもらえるからな。
俺はそのまま道を歩き、公衆電脳ターミナルに向かう。
なんてことはない、ターミナルで無料サービスコーヒーでも飲みたいだけだ。
電子通信をするなら、オレが持っているコンピューターで事足りる。
途中で、オレの姿を見た連中が話し掛けてくる。
「いいハンドヘルドコンピューターだな。いらないなら買わせてもらうぜ? なかなかいい値段で買うぞ?」
俺の左腕に装着されたハンドヘルドコンピューター、通称アームターミナルに目をつけた、いかにもポン引き風のモヒカンサングラス男が声をかけてくる。
「売ってもいいが、官公庁御用達、ハンドメイドの最高級ターミナルだ。あんたが一生働いても買える値段じゃないぜ?」
「ケッ、官公庁の犬か。この副都心跡にキツネ狩りでポイント稼ぎか? いいご身分だ」
「安心しろ。今日はそのイヌも神様の定めた安息日だ」
「ふん、犬にも背中はあるんだろ? 気をつけて歩きな」
俺は最後の捨て台詞に無視で返事をする。
休日なのは事実だが、それもオレが定めたようなものだ。
大体、休日ならばいかにも電脳職業者のようなクソ重くて格好の悪いアームターミナルなんざ外して自由に遊びに行きたい。
だが、上層部の召集や緊急事態があれば、いつでも出動しなくてはならない。
左下腕に片手用キーボードに記録装置、左上腕にマザーコンピューターに通信機、そこからケーブルが繋がって、頭に装着されている、コンピューターと脳をシンクロさせて、プログラム処理を脳波で素早く処理できるデュアルブレインヘッドギア、さらにそこから繋がっている右目のモノクルディスプレイで、オレにはひっきりなしに情報が流れ込んでくる。
今は緊急事態だけの情報が通信装置のみで入るようにしてあるが、それでも開放感は感じられない。
もし、ターミナルの全機能をフル起動させて副都心跡をぶらつけば、逮捕すべき犯罪行為、通報された犯罪情報、オレが目撃した犯罪者の罪状や頭蓋骨をスキャンしての該当者情報、周囲の人間が隠し持っている武器の警告アラートが、ターミナルの記憶装置へのメール、モノクルディスプレイでの表示、脳へのダイレクトの脳波通信と発狂するほどの情報を垂れ流すに違いない。
何より困るのは、こいつを付けていると似合う服装が極端に少なくなることだ。
全く迷惑な機械をつくってくれたものだ。
犯罪者を追い詰めるために必要なのは、こんな無駄な情報の乱発よりも狩猟者のカンで絞られた厳選された情報なんだが。
しかも、外すことを許されていないし、こんなものをつけて入れて歩いていれば、電脳犯罪者か、特殊組織関係者であることをばらしているようなものだ。
どうもハイテクに慣れすぎて現場も知らない開発者達には分からないらしい。
最新技術に頼れば危険は少ないと単純に考える御気楽な連中だ。
かといって、開発部に苦情を入れても聞いてくれた覚えがないので、オレはターミナルを違法改造してモードを限定できるようにしてある。
まだ改造の余地があるが、あまり派手にやると、今度は俺が苦情を喰らうようになるので、これが限界だろう。
そのまま歩き続け公衆端末がいくつかはいっているサービスエリアに辿り付く。
ここは闇の端末所ではなく、警察官が管理しているので、客引きから声をかけられてストレスを感じる必要もない。
カードスロットにIDカードを入れると、防弾透明金属ガラスの自動ドアが開き、足を踏み入れると、他者を通さないように、すごい勢いで閉まる。
仮に強引に入ろうとすると、レーザーと電磁シャワーが侵入者にそれなりの歓迎をすることになる。
例え戦車であろうと侵入不能だ。
そのため、ここは副都心跡では完全な安全地帯といえる。
しかも、なんと言っても掃除が行き届いていて清潔だ。
俺は公務員用ドリンクサービスの自販機の前に立ち、無料配布の焙煎コーヒーのボタンを押す。
すぐに、コーヒーが紙コップに注がれる。
「今日はハズレだな」
この時点でそれは確信できた。
一応、俺は紙コップに注がれたコーヒーを一口飲むと、すぐに自販機の排水口に捨てた。
薄墨のようにコクがなく、やたらと苦味が強く、泥水を飲んでいるようでまずい。
本物の焙煎コーヒーが出てくるときは1分ぐらい余裕を持って出てくるものだが、こんなに早く出てくる焙煎コーヒーなど存在しない。
どうやら、ここに勤めている警察官は、内輪で集金されるコーヒー代を最近ケチっていると見える。
その気持ちも分からないでもない。
ここに派遣されるような警察官は左遷されてここに配属されるようなものだからな。
やたらめったらと起きる犯罪に翻弄されて、警察の仕事が嫌になり、自発的に辞めるようになる。
警察の数より犯罪の数がはるかに多ければ、どんなに努力しようと焼け石に水だ。
検挙率が少なければ、結局のところ犯罪というのは割に合わないと言う俗説は通用しない。
だから、俺もいちいち安っぽい犯罪の摘発をしたりはしない。
割れ窓効果のように、小さな犯罪を片っ端から捕まえていけば、犯罪そのものを浄化できると言う考えもあるが、上層部もそんなやり方を望んではいない。
ここではそういう理論が通用しないほど汚れているのだ。
だから、捕まえるなら元締めのようなでかい所に限る。
俺としても巨悪を捕まえれば、クソ面倒くさい調書を乱発しなくても、たったの一回分で大量の報酬が手に入る。
だから、俺はあえてこの汚れ切った副都心跡に空き時間を利用して足を運びキツネ狩りといく。
依頼される仕事の中でもテロリストの潜伏場所や、麻薬製造や人身売買のアジトに副都心跡を使っていると言うのは多いからだ。
今日は、そんな事を忘れて武器の調達や小説がいくつも収まったブックディスクを買いにきたわけだが。
オレはコーヒーブレイクに絶望すると、キツネの手掛かり探しとばかりに、公務員用公衆端末に接続した。
今日はこんな事をするつもりはなかったが、買い物が終わった以上、一通りは目を通しておいた方がいい。
副都心ならではのアングラサイトには餅は餅屋とばかりに犯罪の情報が詰まっている。
アームターミナルから接続して閲覧することもできるが、やはり回線の太いバースト通信の方がスムーズかつ大量に情報を閲覧できる。
もちろん、直接、公務員用の公衆端末から副都心のアングラサイトを見ようとしてもアクセスポイントチェックではじかれるので、オレはアームターミナルからアダプターを端末に繋ぐと、ターミナルのキーでA1と入力した後エンターキーを叩き、長々とプログラムタグを打ち込まなくて済むようにマクロ化して登録しておいたアクセスポイント偽装プログラムを起動する。
このアクセスポイントはリアルタイムで自らをランダムに変容させ、チェックの眼に対して迷彩を施し、単純な暗号を解読して、会員制の掲示板を覗けるだけでなく、他者のアクセス痕跡を辿ることすらできる。
侵入された形跡すら残さない、情報収集に関して強力なプログラムだ。
まあ、いくらプログラムが強固だからと言って、情報が毎回毎回取れるとは限らない。
今回もそんなにいい情報は期待できないだろう。
情報屋に金を積んだ方がまだ正確で効率的だ。
まあ、ちょっとした暇つぶしぐらいはなる。
本部に戻れば、すぐに仕事を吹っかけられるから、少しぐらい休んでいこう。
オレは座っている椅子の背もたれを傾け、リラックスする。
もちろん、情報を見逃さないように、アームターミナルの人工知能検索機能をつかい、重要な情報だと判断されるデータのみを発見次第、モノクルディスプレイに表示されるように設定した。
情報の限定を行わなければ、性風俗店の広告や新麻薬の効能などの、ろくでもない情報ばかりが入ってくる
まったく、腐っている街は人間や町並みだけじゃなく流れる情報まで腐っている。
腐るためのお膳立てをしたのは、お偉いさんの責任ではあるが。
大規模な電動技術の拡大で、経済や軍事を一度に発展させると言う世界電脳都市プロジェクトに他の国と一緒に相乗りし、あわよくばこの電脳都市、ネオ東京を作ることで他の先進国を追い落とし、世界の中枢になろうと目論んだ。
その計画の最初に盛り込まれたのが、副都心の民間レベルにおけるハイテク電脳技術の普及であり、それが中枢都心の政治経済の中心化と並行して行われた。
民間に電脳技術が一度に普及すると、ハッカーをはじめとする電脳犯罪者が急に副都心に集まり、電子ブラックマネーのロンダリングを始めたり、警察情報をハッキング閲覧して、安全な場所での麻薬売買をするなど、一度に犯罪のハイテク化が進んだ。
一度腐ると後は早い。
その後は電脳犯罪のみならず、強盗や売春、違法賭博など、考え付く限りの犯罪が満ち溢れる。
都心の政治上層部は、副都心の開発をすぐに諦めた。
副都心の裕福な階級層はすぐに都心に移り、居残ったのは動くことが出来なかった貧困層と、他の都市から捕まらないように逃げ込んできた凶悪な犯罪者だ。
副都心跡の犯罪件数は世界最高だと言われるようになるのもそんなに時間を必要としなかった。
上層部の連中は副都心跡を確実に見捨てているので、そこまで本腰を入れてこの都市に警察を介入させない。
だが、犯罪者が都心に入り込んで悪事をするので、犯罪の密輸入だけは阻止したいと言うのが本音だ。
だから、俺みたいな上層部所有のイヌがこき使われる羽目になる。
お偉いさんは銃を撃つ役目も果たさず、ただイヌにハンティングをさせている、という条件でだ。
全くあきれ返る。
報酬に目がくらまなければ、俺がテロを起こしたくなるぐらいだ。
心の中で愚痴を言っている間に、闇ネットの検索が終わる。
予想通り、新しい情報はなかった。
俺はジャックを外すと金を払ってでも、いい飲み物を飲もうと、もう一度自販機の前に向かう。
キャッシュカードを入れようとした途端に、緊急事態を告げるアラートがターミナルから鳴る。
「大変よ。都心で自衛隊基地に輸送されていた最新式多脚歩行戦車が外部からハッキングされて暴れ回っているわ。すぐに203地区に向かって」
俺の同僚の女が、さほど大変だとは思ってないような表情を浮かべてモノクルに写っている。
「ああ、わかった、今すぐ向かう」
「どうせあなたなら楽な仕事でしょ? とっとと片付けて。そのほうが私も報告書が届くのをずっと待ってる必要はないから」
「真面目にやれよ。少しは。お前は戦わなくていいんだから少しは気を張り詰めろ」
「うるさいわね。仕事の合間にコーヒー飲んで休んでられるあんたみたいに暇じゃないのよ。早く仕事をこなしてもこなしても、仕事が来るんだから。内勤って」
「命の保障があるだけマシだと思え。俺は命をかけてる分、自由時間は危険手当みたいなもんだ」
「うるさいわね。ただでさえ仕事が入ってむかついてんだから、こんな話してる暇があるならすぐに向かって。切るわよ」
口の減らない女だ。これでも、元は財閥のお嬢様だというんだから、女というのはよく判らない。
しかし、厄介な仕事になりそうだ。
いい金になるから、やる価値はあるか。
オレはサービスエリアを飛び出すと、広い道路に向かい、B3+エンターで、愛車の装甲車を自動操縦で呼び戻し、ハッチを開いて乗り込んだ。
「緊急事態発生、事件発生現場まで交通整理磁気信号を無視して高速走行しろ」
音声入力を受けた装甲車が派手にスピードをだして、車を追い抜きながら特攻していく。
オレは、外見と防御力こそ装甲車だが、キャンピングカーになっている車体の中身に備え付けられているベッドで横になる。
休日に呼び出されているんだ。これぐらい休んでもバチは当たらない。
だが、装甲車は緊急事態の特権をフル活用し、俺が通ると予測していなかった官公庁用の道路をフルアクセルでぶっ飛ばして近道をする。
瞬く間というのは大げさだが、俺は戦車が大暴れしているらしい現場にほとんど休む暇もないまま到着してしまった。
そんなに戦車が街中で暴れるのが嫌か。
答えになってない難癖を頭の中で思い浮かべながら、武器の入っているボックスから、電磁ショットガン、マルチフルミッションリボルバーハンドガンを取り出し、対電磁レーザー対応兼防弾プロテクターを着用する。
そして、腹いせを込めてハッチを蹴り開けた。
戦車が暴れている現場からは若干余裕を持たせた距離を開けて駐車したらしい。
ビルの陰で、クモのお化けみたいな多足歩行戦車が派手な音を出しながら、感情があるとすれば、いかにも嬉しそうに街を手当たり次第に破壊している。
犯人は相当な快楽的サドだと俺は頭の中で決め付けておく。
武装を見る限りは、一点高出力のレーザー射出口を回転させて殺傷力を上げたスパイラルレーザー、グレネードランチャー、バレットバルカン、バレットキャノン、電磁シャワーの重装備が取り付けられており、それをお構いなしに四方八方に打ちまくっている。
しかし、この地帯は薬事工場が多い。あまり暴れられるとケミカルハザードを起こす可能性もある。
今回の緊急任務はだいぶ金を搾り取れそうだ。
「あ、出動ご苦労様です!!」
いかにも頭が固そうで、体力でなく頭だけで渡ってきたような軍事関係者らしき男が、俺に挨拶にくる。
「あんたは?」
「今回の戦車輸送隊の班長であります!!」
「俺はあんたらの失態の尻拭いにわざわざ休日返上で呼び出された哀れな飼い犬だ。なんでこんなことになった? なぜそっちのほうで解決できない?」
皮肉を思い切りこめてやる。どうせ、こいつは立場上言い返せないだろう。いい気味だ。
「それが、戦車の外部通信装置をハッキングして自動操縦して操っているものと思われます」
「ちょっと待て。そんなに簡単にプログラムを破れるものなのか? 確かに戦車は指揮官からの命令を受けるために無線プログラム受信装置を構える必要があるが、車体そのものにはジャミング装甲が張られているだろう。外部から物理的にウィルスプログラムパルス信号を叩き込むのは、ほぼ不可能だ。ましてや無線プログラムから命令を受けるには特殊なシリアル暗号キーを打ち込まれたデータしか受け付けないはずだ。なぜこんな簡単にのっとられた?」
「それが、外部から全く無害を装ったデータ信号を送られました。もちろん、シリアルが合わないことで、戦車のメインコンピューターはそのデータを削除しようとしたのですが、削除するというプログラムが働いた時点で、感染を拡大させるトロイの木馬タイプのウィルスだったようなのです。そして、外部から遠隔操作で操られています。もともと無人機での作動を狙ったものですので」
「なるほど、無害を装ったファイルだから、戦車のメインコンピューターがファイルに対して警戒をせず、単純に削除プログラムを起動させても大丈夫だろうと思わせる二重の罠をかけたウィルスだったと。それでこの愉快犯的テロを許したザマを引き起こしたわけだ」
こんなセキュリティホールの欠陥がありながら兵器として実用化した開発者の神経を疑う。
だから、俺達の仲間を兵器製品チェック部門に投入しろと申請していたのに。
ちょっとした給料を惜しまず払えば、破壊された街の金額分を払わなくてすんだのに。馬鹿なやつらだ。
「ところで、何で自衛隊の方でこいつを片付けない? いくら最新式の戦車とはいえ、破壊して止められないということはないだろう?」
「それが難しいんです。最新チョバム装甲によって、歩兵携帯用程度のロケット弾ではびくともしない上に、レーザーや電磁攻撃に対しても、電磁バリアと鏡面拡散装甲により無効化してしまいます」
「他の戦車やヘリはもってこれないのか?」
「自衛隊の戦車はこの区画に入ってこれるような設計をしていません。それに、今から基地に申請して呼び出しをかけたとしても、準備と交通で30分以上かかります。ヘリによる支援を行ったとしてもこの戦車は対空戦闘能力が極めて高く、装甲の薄いヘリでは必ず2機は犠牲になると思われるため、被害総額を考えると、あなた達に依頼した方がいいと結論付けられました」
「後の理由をつけると、自分の手で自分の兵器の暴走を止めたとなれば、外交的にも世論的にも軍縮の動きが出るのは事実ってところかね? オレ達に依頼して解決した後、自然に暴走は止まったとでも明日のニュースに書くんだろ? さらに理由をつけると、高い金を払って作った最新式戦車を壊したくないと。俺としてはどんな理由でもいいけどな」
「お願いします。あなた達しか頼れないんです」
「わかった。じゃあ仕事をするとしよう。今日のボーナスでの祝杯は決まりだな」
戦いが始まった。
俺はアームターミナルのキーを叩きこんでマクロプログラムを作動させ、自衛隊のシークレットページをハックする。
そして、戦車に対するシリアルと、ポートの開き方をターミナルに学習させ、臨時マクロを作り、それを起動させた。
ここまで簡単に自衛隊のシークレットを破れるとは、目の前のこいつも思っていなかっただろうが、こんなレベルは俺に言わせればまだ甘い。
ターミナルが戦車へのアクセスを完了し、モノクルに戦車のプログラムソースが一面表示される。
システム破壊ウィルスかワクチンプログラムを流し込んで一発で止めてやろうと思ったが、どうやらそう簡単なウィルスではないらしい。
この戦車を侵しているウィルスは、一度起動するとウィルスを仕込んだ端末以外からの操作プログラムを一切シャットアウトするというタイプのようだ。
ならば、このプログラムの裏を書いてやるまでだ。
俺はヘッドギアのボタンを押し、自分の胸の前に赤外線センサーホログラフのキーボードを表示させる。
マクロプログラムならアームターミナルを使えばいいが、こうも複雑な仕事になると、手動操作は欠かせない。
同時にアームターミナルで、発信者の端末情報の収集と遠隔操作プログラムのソースの臨時マクロ化を行う。
赤外線センサーで入力を判断するキーボードに指を走らせ、アームターミナルが報告するマクロプログラムを打ち込みながら発信者の端末をハックし、その端末を経由したように戦車に見せかけ、一切のアクセスを拒否するようにプログラムを打ち込んだ。
操作者を装って、戦車を止めるように命令すると仮に腕のいいプログラマーがいた場合、ダミーを排除した上で、さらに強固なプロテクトを張らせるチャンスを与える危険がある。
こうして外部通信をシャットアウトしてしまえば俺のプログラムを解除しようとしても、相当な時間を喰うからだ。
戦車は外部からのアクセスを受け取れなくなり、止まると思われたが、リアルタイムで操作を受信していたのではなく無差別攻撃を行えとのプログラムを埋め込まれていたようで、まだ元気よく大暴れしている。
だが、外部から信号を当分は受け取れなくなっている時間がある以上、もう勝負は決まっている。
俺はシャットアウトプログラムをアームターミナルからの命令に限定して一瞬だけ開くようにして、システム破壊ウィルスを叩きこんだ。
戦車はすべての電脳機関をデジタル的に破壊され、命令を受け取れなくなり、糸の切れたマリオネットのようにぐしゃりとくず折れる。
ワクチンと違い、ウィルス破壊ならば、もう一度遠隔操作プログラムを打ち込んでもこの戦車は動くことはない。
被害的にも、もう一度OSをインストールすればいいだけの話だから、戦車の損害額は無駄打ちした砲弾代ぐらいで事足りるだろう。
「使用したタイムは7分か。まだハッキングプログラムに改良の余地があるな」
俺は、自分の仕事を自分で評価した。
それと、この事件で大体判ったことがある。
「ありがとうございます!! これで被害が最小限で済みました。自衛隊の威信も失わないで済みます!!」
さっきの腰が低めの輸送隊の班長が礼を言いにくる。
「ところで、いくつか聞きたいことがあるが、答えてくれるか?」
「はい、判ることなら、いくらでもお話します」
「こいつを運んできたトレーラーには覆いがかけられていたようだが、最新式戦車を運んでいるという事実を知っているやつは実際に運んできたメンバーで何人いる?」
「はい、班長の私と、管理者の中尉のみになります。テロリストによるハッキングを防ぐために、一部の人間にしか知らされていませんし、自衛隊の予定表の中にも輸送の期日が書かれている書類は一切ありません」
「そうか、それじゃこの戦車を整備した人間っていうのは少ないわけだな」
「はい、整備士と私のみです。整備現場に私は付き合いました」
「整備士の中に電脳技術に詳しいやつは?」
「おりません。皆機械工学の専門です。それ以前にプログラム関係の情報は彼らには渡されませんでした」
「じゃあ、開発者の中には、このプログラムを作ったやつがいるな?」
「ええ、恐らく犯人は開発者の中の人間ではないかと思われます。それがテロリストと手を組んだとしか思えません」
「そうか、俺には犯人がわかった」
「本当ですか? 誰なんです?」
「言い出しっぺだな。逮捕させてもらうぜ。輸送隊班長さん!!」
俺はリボルバーを抜いて銃口をやつに向ける。
「な、何を言ってるんですか!! 私は電脳技術に詳しくありませんし、テロリストまがいのような事を出来る力はありません!!」
必至に言い訳をしているが、もう既に逃げる体勢を整えている。
まあ、ちょっとハッタリがあったが、やっぱりカンというのは当たる。
「実行犯としてあんたしか思いつかないんだよ。まだわからないのか?」
「そんな……テロリストが開発者から情報を得たとか普通考えるじゃないですか!!」
「バーカ。仮に情報がどこかから漏れてテロリストがこの戦車を動かす計画を立てようとしてもだ。搭載武器に実弾が装填されていることと、燃料が入っていることがどうやったらわかるんだ? 整備の連中はプログラムも戦車の輸送期日も知らないし、開発者の連中は今回の輸送で弾丸が装填されている事を知らない。普通初めて輸送する戦車に戦闘能力があることを期待しないはずなんだよ、テロリストならな。そう考えるとあんたしか輸送期日と武装とプログラムを知っているやつはいないんだ。今の時点では状況証拠しかないが容疑者として引っ張るには十分すぎるぜ」
「くっ、くそっ!!」
やつは腰からレーザーハンドガンを抜き、一度発砲し一目散に逃げていく。
俺のプロテクターが電磁バリアを展開し、レーザーがバリアとの境界線で火花を上げて相殺される。
俺は反撃とばかりにリボルバーでアーマーマグナム弾を発砲するが、すでに瓦礫の陰にまで走り去ったやつには効果がなかった。
「待てっ!!」
急いで追いかけるが、さすがにアームターミナルとプロテクターと持ってきた銃が重い。
俺は体力に自信はかなりあるほうだが、銃以外に何も装備品を見に付けていないやつにはすぐに距離を開けられてしまう。
装甲車に乗って追いかけることも考えたが、戦車が道路を破壊しまくった跡がひどく、車が走れる路面じゃない。
コンクリートが砕けた遮蔽物も多くて邪魔で、銃を撃っても逃がす時間を与えるだけだ。
応援を呼んで捕まえさせる手があるが、そうすれば自衛隊の兵が大量に都市に入ることになる。
ことが大げさになると、戦車の暴走が表ざたになるだろうから、俺の応援申請は許可されないだろう。
こうなりゃ、裏技を使うしかないか。
俺は走りながらプログラムを念じ、脳波で通信プログラムを起動し、モノクルに映話を展開させる。
「どうしたの? あの程度の問題がまだ片付いてないわけ?」
「悪かったな。今回は緊急事態とのことだが、合法的に建物をちょっとばかりぶっ壊しても許可されるか?」
「大丈夫よ。薬事研究ビル街は市民全員が非難していることが確認されているし、今回の危機ランクはB級に属しているわ。私的財産の破壊もやむを得ないということになってるわよ」
「それを聞いて安心した」
「もう勝負あったわね」
俺は映話を切ると、やつの逃走経路にある建物の敷地情報をハックしてモノクルに表示する。
やつの逃走速度をモノクルセンサーでスキャンして計算し、通り道にあるビルの7階にある加圧室のプログラムをマクロプログラムでハックし、加圧限界を無限に書き換え、急激な加圧をかけた。
ここからが俺たちが魔法使いと言われる所以の芸術的なプログラム戦闘術だ。
やつと俺の距離はどんどん離れていく。
やつは間違いなく逃げ切れると思っているに違いない。
そして、ハックをかけた建物の近くまで逃げていく。
計算通りだ。
その瞬間、ビルの加圧室の超強化窓ガラスが加圧に耐え切れなくなり、爆発音とガラス特有の甲高い音を立てて割れ飛び、やつの頭上に降り注いだ。
「ぎゃああっ!!」
腹の底から上がったと思われる悲鳴を聞いた後、地面に広がる土煙に向かうようにして、足が遅れた俺はガラスの落下地点に向かう。
「いてえよ……いてえ……」
肩や太股にガラスの破片がざっくりと刺さっていた。
死ななかったのが幸いだろう。
殺さずに警察本部に突き出せば俺の報酬は上がる。
今日は運がいいらしい。やつにとって俺にとっても。
俺は、しつこく事情聴取をされる映話を避け、メールソフトを起動し、音声で任務達成の旨を入力し、送信する。
すぐに救急隊と警察が駆けつけるはずだ。
もうここにいる必要はないだろう。これ以上自由時間を状況報告のために費やすつもりはない。
後は装甲車の中に戻って一眠りすることにした。
これだけのヤマを片付ければ、今日一日もう仕事をしなくても文句は言われない。
内装のベッドに横たわって、オレの銀行口座を見るためにディスプレイにターミナルを繋いでネットを起動する。
だが、この行動も馬鹿らしい。口座を見なくてもちょっとした金持ちが一生遊んで暮らせるだけの金が口座に貯まりこんでいるのは承知の上だ。
だが俺は、いや、俺たちはいくら金が貯まろうと、仕事に飽きようと、退職が許されない
もうどこにも行き場所がないのだ。
俺も元は単なる好奇心に満ちた違法プログラマーだった。
あの事件が起きて社会が大混乱に陥るまでは。
あれさえなければ、今ごろ俺はプログラム製作三昧の生活をしていただろうに。
そんなに前のことでもないのに思い出すのも困難なぐらい長い話だ。
それをいつか自分の日記ファイルに自伝として思い出して書き残すのも悪くない。
ディスプレイには、ネットバンクの身分証明入力画面が表示されている。
所属:central cyber city command
通称、プログラムの魔術集団と言われ、軍事、警察、政治に対しても非常に権限の強い特殊警察電脳部隊。
通称名称はC4ガンダルフ……
大魔導を意味する人名がつけられている。
次の画面には名前入力の欄が表示されている
俺に親からつけられた実名は必要ない。
コードネームが名前となり、身分を表す。
その名前を聞けば、電脳関係者が間違いなく震え上がるであろう、畏怖に満ちた名前。
俺はキーを叩き込んだ。
俺の名前は、ウォーロック――






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