The angel of darkness |
蒼樺 |
「あぅ〜……痛いよぉ」 ユウ・ミランダは両手で頭を抱えて目を回していた。 「自業自得ね。何度止めろと言ったと思っているの?」 「だってぇ」 クルディアナは溜息をつくと、 「本題に入らせてもらっていいかしら?」 「それはいいが、お前さんたちは何者だ? お嬢ちゃんと知り合いのようだが」 同時に殴ったものの、相手が初対面であることに気づいたマルコフが聞いた。 「えっとねぇ、ディアちゃ――」 ギロッ 実際にそのような音が聞こえてきそうなほどの迫力でクルディアナが睨んだため、ユウは慌てて言い直した。 「クルディアナちゃんに……誰?」 マルコフは溜息をついた。どうやら男の方はユウも初対面らしい。とりあえず、自分から名乗ることにする。 「俺はマルコフ・ゲイラー。見ての通りの警官だ」 「初めまして、マルコフさん。クルディアナ・リホークです。こっちはジャクス・ウィルガー」 「よろしく」 クルディアナに紹介されて、ジャクスとマルコフは軽く握手をした。 「あまり大きな声では言えませんが、私たちは《進化した人間(ニークシェア)》――あなたたちの言う《悪魔の落とし子(ハーフ・デーモン)》です」 「何!?」 マルコフは目を丸くして目の前の二人を見比べた。 「信じられないと言うのでしたら、そこら辺にある人参でも放り投げればすぐにわかりますよ」 「おい、どうゆう意味だ」 ジャクスが小声で文句を言ったが、クルディアナは無視した。 「ふむ……お嬢ちゃん?」 「本当だよ」 マルコフの疑問にユウは頷いた。 「だが、普段壁の向こう側にいるお前さんがどうしてお嬢ちゃんと知り合えたのだ?」 「へっへ〜」 「ただの昔なじみです」 照れるユウと、むすっと答えるクルディアナ。二人を比べると、見事なまでに反応が違う。 「それにしても、あなたが対魔監査官になるとはね」 「驚いた?」 「常識では考えられないわ」 「常識じゃないもんね?」 咳払いが一つ。 無視され続けたジャクスのものだった。 「クルディアナ、あまり時間がないのだぞ」 「ごめんなさい。今度こそ、本題に入っていいかしら」 「ああ、どうぞ。俺は席を外すから」 「そのままで結構です。あなたにも関係のある話ですので」 「ほぅ、俺にもねぇ」 マルコフは早いところ夕食の準備をしたかったのだが、そう言われてしまっては仕方あるまい。そう考えたとき、微かにお腹が鳴った。 「今日、一人の《進化した人間》が殺されました」 クルディアナの第一声にマルコフとユウの顔が引き締まった。確かに自分にも関係のある話だ。 「殺された子供の名前はカルド・コルチェ。歳は9歳。小鳥に変態することが出来、人間側の動きを探る“眼”として働いていました」 「平たく言えばスパイか」 「そうですね」 きつい皮肉にもクルディアナは平然と頷いた。 (ち、揺さぶりが効かないか) 「どのみちガキにそんなことをやらせていたのか、お前さんたちは?」 「適材適所。私たちはあなたたち人間とは違い、例え子供であったとしても自分の能力に見合った仕事をします。鳥形のヒトの中でも完全に小鳥へ変態出来るのは10歳前後までの子供しかいません。それ以上の歳になると肉体的に負担が大きくなってしまうからです」 「なるほどね。で、その少年の情報でもくれるのかね?」 「カルドはあるハンターに殺されました」 「ハンターか。なるほど、それも納得した」 「私たちは――」 「ハンターと争う、か?」 鋭いクルディアナの眼と、少々笑ったマルコフの目が合い、二人は暫く動かなかった。しかし、すぐにクルディアナは溜息と共に笑った。 「何がおかしい?」 「貴方はかなり聡明なようだ」 変わりに答えたのはジャクス。クルディアナはまだ笑っている。 「ディア……じゃなかった、クルディアナちゃん。それだけじゃナンバー3の君がここに来る理由としては物足りなくない?」 それまで黙って聞いていたユウが口を開いた。 「そうね。ごめんなさい? あなたの言葉があまりにも多くを言い当てているものだから頼もしくて」 「そいつは光栄だ」 クルディアナは深く息を吸って気を落ち着かせると、真剣な眼差しになってこう言った。 「明日、ハンターがプルート・スラムに侵入します」 マルコフもユウも、その言葉に息を飲んだ。 「嘘、でしょ?」 「残念ながら、それは本当のことなのですよ、ユウさん」 「何故そのようなことがわかる」 「ユウ、あなたはメッセージに気が付かなかったの?」 ユウは首を傾げて考える。 「ふにゃ? あった、そんなの?」 「あったのよ、心臓にね」 「心臓かぁ……あったっけ?」 「俺に聞くな」 正直驚いた。何故検分もしていないクルディアナが知っていたのかが、わからなかったのだ。 「メッセージはカルドの妹が見つけたわ。内容は『明日、プルート・スラムへ参上仕ります。明日という日が紅く華やかな花が咲き誇る素晴らしき一日になることをお約束致します。SS』よ。SSは……」 「ソルテクス・ソリュートだね」 「ええ」 聞いたことがあった。結構有名なハンターらしいが。 「SSはリスタスで活動をしていたハンターだね。出身は不明。歳は28。顔にはいつも笑みを貼り付けているけど、正確は残酷の一言に尽きる。得意な得物は確か短剣だったかな? あと何か重大なことがあったような気がしたけど忘れちゃったなぁ」 ユウは自分の中にある知識を披露した。 「それで、俺たちに何をしろと? スラム内のいざこざには手は出せんぞ」 「用があるのはユウ一人」 クルディアナは即答した。それを聞いたマルコフはこれ以上自分がいても意味がないと判断してキッチンに向かった。クルディアナたちもそれを止めようとはしない。やれやれと息を抜いた途端に腹の虫が夕食を要求してくる。 「ユウ、クレア様からの要請よ。手を貸して」 「え〜〜」 ユウは不満げな声をあげた。 「これは、決定事項よ」 その一押しで、ユウは頷いた。 「わかったよ。でもさ、少し遅れるかもよ? 私にもこっちの仕事があるし、いつ来るかもわからないんでしょう?」 「そうね。でも、SSが現れたときは合図を送るから心配しないで」 「ん……じゃあ、合図がきたら最優先でそっちに行くよ」 「じゃあ、頼んだわよ」 そう言ってクルディアナは立ち上がった。ジャクスとユウも続いて立ち上がり、表に出る。 「ばいばい、ディア……じゃない、クルディアナちゃん」 「出来れば“ちゃん”も止めてもらいたいけどね」 苦笑しつつもクルディアナは軽く手を振り、ジャクスを連れてスラムに戻った。 「何者なのだ、あのユウという女は?」 スラムに続く道を歩きながらジャクスは問うた。 「何者って、対魔監査官よ。そう言ったでしょ?」 クルディアナは素っ気なく答えたが、ジャクスは納得していない様子だ。 「俺の知っている限り――お前には人間の知り合いはいないはずだが?」 「じゃあ、あなたが知らないうちに出来た知り合いという事よ」 「それだけじゃない。昔会ったことがあるような気がする」 「それこそ気のせいじゃないの?」 「いや、そんなことはない。これでも自分の記憶力には自信がある方だ」 そう言ってジャクスは考え込んでしまった。 「何かを忘れているんだよなぁ……」 「気のせいでしょ?」 そう言ったクルディアナの声には、やや焦りが混じっていた。が、ジャクスは思いっきり考え込んでしまっているため、それに気づくことはなかった。 「準備はこれで終わりですね」 SSは大げさに頷いて短剣をしまった。そして、音も立てずにやってきた客人を迎えるべく、ドアに向かった。 ドアがノックされる前にドアを開け、客人を迎える。 「ようこそ」 SSに導かれて部屋に入ってきたのは二人。一人は2メールはありそうな巨漢で、表情は非常に硬い。もう一人はやけに小さく、キョロキョロと落ち着きがない。体格も、表情もバラバラな三人が揃う。 「ファンゲール・セルディ」 SSは巨漢の名前を言う。FS、ファンゲールは軽く頷く。 「スィング・シオン」 TS、スィングも同じように頷いた。 「導火線に火をつけました。あとは、明日花火を上げるだけです」 二人とも無言。しかし、気分は高揚していることが見て取れる。 ユウは忘れていた。 SSについての重大なことを。 FS、SS、TS。 彼等は三人で一組のハンターであった。 普段はバラバラに行動しているためにあまり知られてはいなかったが、大きな仕事をするとき、彼等は必ず三人で行動をする。 ユウは、それを忘れていたのだった。 その日の朝、プルート・スラムは不気味なほど静まりかえっていた。 突如長から出された戒厳令は、大きな動揺をもたらしたが、長を心から信じるこの街では比較的すんなりと受け入れられた。 門から長の住む家までの通りに住まう者達には夜のうちにある程度離れた場所まで避難勧告を出し、それ以外の者達には家から出ることを禁じられた。また、即効で作られた自警団が各地を見張り、警戒する。 子供から老人まで、かつて無い緊張に不安の色を隠せないでいた。 「クレア様、住民の避難及び、自警団の配置が完了しました」 クルディアナはソファに横たわっているクレアに報告をすませる。とはいえ、これは形式張ったものでしかない。クレアはクルディアナが提案した戒厳令を了承しただけに過ぎないからだ。 よって、今回のことはクルディアナが最高責任者として東奔西走したのだった。もっとも、クルディアナはジャクスにそのほとんどを押しつけていたのだが。 「あとは、SSを迎えるだけですが、ユウとの連絡はSSが動いた時にすることになっています」 「……そう」 クレアは相変わらず掠れた声で頷いた。 「クレア様」 ジャクスが部屋の外から声を掛けてきた。 「どうしたの、ジャクス?」 「SSが動いた、と報告が来ました。それから、どうやら三人組のようです」 「三人?」 「ええ、そのようです」 何ということか。まさかチームを組んでいたというのか。 まあ、たった一人でスラムに入るなど無謀でしかないだろうが。 「ユウには?」 「既に連絡を入れています」 「そう」 頷いて、クルディアナはクレアの方に向き直った。 「クレア様、私はこれより戦闘に参ります。後はジャクスに任せますのでなんなりとお使い下さい」 「……私も行きましょう」 その返事にクルディアナはハッとした。 掠れた声に変わりはない。しかし、そこにははっきりとした意志を感じ取れたからだ。未だかつて、彼女はそれを感じたことはなかった。 「しかし」 「……悪魔に牙を剥きし者、かつて怯えるだけだった者」 クレアは立ち上がりながら流れるように語った。 「……彼等は絶対の闇を知らず、絶対の恐怖を知らず」 クレアの顔から物憂げさがなくなっていく。 「……おのが力のみを信じ、震えながらも戦う」 変わって表に出てきたのは自分の力と境遇に絶望しながらもそれに反した強い意志。 「……我が存在の意義を、その者達に提示してみましょう」 聞いていたクルディアナとジャクスに言葉を紡ぐ力はなかった。クレアが普段身の裡に完全に封印していた圧倒的な力が、いま外に出ようと暴れ回っている。抑えようとしても抑えきれない闇の力が、二人の目に見えぬ恐怖として降り注いでいる。 そして、目に見えぬ恐怖ほど、ヒトを震わせるものはない。 ハンターたちは誰もいない通りを見て嘆息していた。 「誰もいないとは、気が抜けますねぇ」 SSはこめかみのあたりを掻きながら気配を探った。いないわけではない。ある程度離れた場所に息を潜めているのがわかる。 「どれを壊す」 ぼそりと低い声で言ったのはFSだ。背中に肉厚のある大剣を携えている。筋肉で包まれた丸太のような腕でそれを振るえば、凄まじい威力を発揮するだろう。 「当然すべてだろ」 それに答えるのはTS。彼はいかにも凶悪なデザインの篭手を嵌めている。そして、手の甲のあたりからは鋭い光を発している4本のかぎ爪が生えていた。いずれも長さは20センチほどある。 「まあ、どうするかは歩きながら決めましょうか」 そう言ってSSは早速歩き始めた。 「おや?」 しかし、すぐに立ち止まる。 「わかりますか?」 問いかけると、二人とも頷いた。 「殺気だ。明らかに誘っているな」 「で、どうするんだ」 「もちろん、乗りましょう。それなりに自信もあるようですから、それさえ倒してしまえばあとはやりたい放題になるでしょうし」 決まればもう迷うことはない。 三人のハンターは殺気のする方向にまっすぐ歩いていった。 「ようこそ。プルート・スラムへ」 クルディアナは三人のハンターをじっくりと観察した。三人とも見事なまでに体格も、持っている武器も違っている。しかし、実力はかなりのものだ。ぱっと見でもそれがよく解る。 「いえいえ、こちらこそ歓迎していただき、感謝の言葉もありませんよ」 真ん中にいる男――SSがにこやかに答える。明らかに挑発しているようだったが、クルディアナは流した。 「たった三人でこちらの本拠地に来たのですから、それくらいは当然です」 一軒和やかな挨拶に見えただろう。しかし、その実彼等を中心にして凄まじい殺気が渦巻いていた。 「メッセージは伝わっていたようで、よかったです。少し不安になっていたのですよ。もしかしたら見つけられないのではないかと思いましてね」 それに対してはクルディアナは答えなかった。ただ、拳を握る。 「……それで?」 割り込んできた声に、SSたちは初めてクレアの存在に気がついたようだった。いまのいままで全く気がつかなかったことに驚いている。 「……殺さないの?」 「実に、単刀直入ですね」 内心で焦るのを表情に出さないように努力しながら、SSはクレアに言った。 「もちろん始めさせていただきますよ」 三人が同時に構えた。 一気に緊張が脹れあがり、戦いが始まろうかと思われた瞬間、 「はいはーい、喧嘩はよしましょうねぇ?」 場違いなほど明るい声が頭上から降り注いだのだった。見れば、屋根の上に制服を身につけた人影が見える。 「ユウ、遅い」 溜息をつきながら、しかし、クルディアナは安心していた。これでこちらも戦力が揃った。 「対魔監査官? 何故貴女がここにいるのです? スラム内は管轄外でしょう?」 「おやおや知らないのかな、ハンター諸君。リスタスの一件以来法案が少し変わって私たちが入ってきてもよくなったんだよ」 「何と、それは知りませんでしたよ」 「うん、私も知らないよ」 ユウは二ヒヒと笑いながら屋根から飛び降りた。そして、かなりの高さから降りたというのに、実にしなやかに着地する。 「だって、嘘だもんね」 ブイ。 「……面白い人だ」 SSも些か呆れたようだが、彼女の動きに警戒したようだった。 「……三人組だなんて、聞いてないわよ」 「ごめんごめん。忘れてたんだよ」 あははと笑ってユウは誤魔化そうとしたが、クルディアナの睨みはなくならなかった。仕方ないので矛先を変えることにする。ユウは三人を見比べると、FSを指して言った。 「ねえねえディアちゃん。私あのおっきい人でいい?」 「だからそれはっ――ま、いいわ。あんた向きだし」 「てことで、おじさんよろしくっ」 言うが早いか、ユウはFS目掛けて走った。その速さ、尋常ではない。ほんの瞬きほどの時間でFSの懐に飛び込んだユウはその勢いを利用して肩から体当たりをした。その際、ダンッという激しい踏み込み音が響く。グッという苦鳴を上げてFSが吹き飛んだ。 数瞬前までFSが立っていた場所にユウが立っていた。 SSとTSはそれと同時に動いていた。SSはクレアの前に、TSはクルディアナの前に。 「……何と」 それを見ていたジャクスは目を丸くしていた。そして、改めて記憶を探り出す。 「お〜い、これで終わりじゃないよねぇ?」 ユウの声が聞こえたのか、FSは起きあがった。しかし、その顔からは先程まであった余裕が根こそぎ失われていた。 「殺す……!」 大剣を一気に引き抜き、ユウに襲いかかった。 ブゥンッ 風を切る音と共に、刃がユウを襲う。しかし、ユウは素速い動きでそれをかわしていた。目標を失った切っ先が地面に深く埋まる。 「うっわ〜、すごい力だねぇ」 感心しながらも楽しんでいるようだった。 「ぬんっ」 FSは肩に力を込めると、自分も前に飛びながら大剣を斬り上げた。やや刀身を斜めに振るわれたせいか、大量の土砂がユウ目掛けて飛び、ぶつかっていった。思わず目を庇ったユウに間髪空けずに大剣が迫る。 「うわ」 慌てて横に転がるユウ。しかし、返した刃がユウを追う。 何とか距離を空けて、ユウはようやく立ち上がった。 「う〜ん、やるなぁ」 埃を落としながら、ユウはFSを油断無く見ていた。想像以上に強い。 「ぐるるるううううぅぅぅぅぅ………………」 ぺろりと唇を舐めると、ユウは唸り声を上げた。 それはまさに獣の声! 「がぁ!!」 激しい雄叫びを発した途端、ユウの身体が変貌していった。 顔と腕、脚全体に白く長い毛が生え、手足の先は猫を彷彿とさせる形へとなる。髪はまさに王者のような鬣へと変貌していく。 「白いライオン……? そうか、思い出したぞ! ユウ・ミランダ。クレア様の命令で各地を回っていた男ではないか!!」 しかし、聞いていた話と違い、目の前にいるのは女である。 「あは、変態すると性別ばれちゃうんだよねぇ〜♪」 舌を出して笑うユウ。 「お……オカマ」 「そこっ、はっきりと言わない!」 ジャクスを睨みつけながら、ユウはFSへの警戒を怠ってはいなかった。 「……彼は、ここの副長」 クレアの言葉にジャクスはもう一度驚く。 (なるほど、嫌がりながらもクルディアナが反対しない理由がようやくわかった) 「ふん、《悪魔の落とし子》が対魔監査官か。世も末だな」 「あ〜、それって偏見だぞっ」 頬を膨らませて起こるユウを見ていると、どうも現実の立場とのギャップが激しく違って見えてくる。 「ま、いっか。それよりもさ、早く始めよっか」 ユウは一転して挑戦的な笑みを浮かべて宣戦布告した。 |
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