The angel of darkness |
蒼樺 |
「ヒャッハアァー」 奇声を発しながらTSは跳び、クルディアナに襲いかかった。その身体能力は明らかに一般の人間のものを上回っている。元々彼はサーカス団の一員で軽業師として活躍していたのだが、危険思想と小動物を殺す障壁のせいで追い出されたのだ。 「ちぃ」 クルディアナはすかさず後ろに跳び、頭上から振り下ろされたかぎ爪を回避する。しかし、TSは彼女を追って次々に爪を振るっていった。防御に回したクルディアナの両腕が少しずつ、しかし、確実に傷ついていく。 「ちょこまかと……!」 隙を見て反撃するものの、すばしっこい相手の動きにクルディアナは次第に追いつめられていった。やがて、背中が壁に当たり、退路がなくなる。 「チェストォー」 チャンス、と見て取ったTSはすかさずクルディアナの心臓を突き刺そうと腕を伸ばす。しかしその瞬間、TSが見たものは笑ったクルディアナの顔だった。不安を覚えて慌てて腕を止めようとしたが、間に合わない。 「―――――!?」 衝突音と共に、腕が痺れる。TSのかぎ爪は、クルディアナの脚によって止められていた。 4本の爪の間に、しっかりと食い込んでいるもの。それは鳥の脚であった。細いながらも頑強な筋肉に支えられた脚。そして、鈍く光を反射させている大きな爪。 「爪の鋭さなら、決して負けはしない」 クルディアナは不敵に笑うと、変態した。 顔全体が細かな羽毛に包まれ、口と鼻が全面にせり出していく。やがて口は鋭い嘴へとなり、獰猛さが増していく。また、腕が不自然に歪んでいき、茶色の長い羽が伸びていく。腕は巨大な翼へと変化を完了させる。 やがて、クルディアナの姿は獰猛な空のハンター、大鷲へと変貌を遂げた。 「さて、我々も始めましょうか?」 SSは戦いを始めた二組を見回してからクレアに言った。 「……そうね。でも、戦いになるのかしら」 クレアは掠れた声で頷いたが、SSを挑発するような疑問をぶつける。 「それはやってみればわかると思いますよ」 SSは短剣を抜き、クレアに飛びかかる。両手に握られた二振りの短剣を次々に繰り出し、クレアに反撃をさせないようにしている。 クレアもクレアで大して動くわけでもなく、自分に当たると判断した攻撃だけを軽くいなしているだけだった。だが、一見簡単そうにやってのけてはいるが、実際問題として相当の判断力とセンスがなければあっという間に刃が肉を斬り裂いているだろう。 「くっ」 自分が振るった剣が、掠りもしないことにSSは焦りだした。彼の腕前は誰もが認めている。短剣同士での戦いでは一度も負けたことが無く、それを誇りにしていた。しかし、クレア相手にそれが全く通じていない。 「……あなた、どのくらい戦っているの?」 連撃をかわしながら、クレアはSSに聞く。 「それが、どうか、しましたかっ」 少し息が上がってきているようだ。 「……戦いの場に身を置いた者同士、その長さと経験は絶対の差として現れる。それは実戦の経験だけではない。それ以外にしてきたことも含まれる」 なおもかわし続けるクレア。 「……私は、400年以上という年月を生き続けている」 「―――――!!」 「……あなたに、その意味がわかるかしら?」 ドンッ 大剣をかわしたユウが回し蹴りをFSのボディーに決める。衝撃で身体が浮かんだところにもう一発くらい、FSは壁に叩きつけられた。 「ほらほら、この程度で死んじゃったらつまらないぞ」 ユウは追い打ちをかけようとせずに、FSを挑発する。 「仕方ないなぁ」 反応が返ってこないため、ユウは蹲ったまま動かないFSに歩み寄る。 と、様子を窺おうとしたユウの脚が捕まれ、持ち上げられる。 「わわっ」 慌ててふりほどこうとするが、FSは放すどころか腕を振ってユウの身体を壁に叩きつけた。受け身もとれずに背中を打ったユウは息が詰まり、僅かに呼吸が出来なくなる。それは致命的な隙になった。 「おおぉ!!」 動けないユウの細い身体にFSの岩のような拳が次々に突き刺さる。激しいラッシュにユウの身体は右に左にと翻弄され、何度か意識が飛んだ。しかし、その度に重い衝撃が強引に意識を取り戻させる。 「が……はっ……」 崩れ落ちると同時に喀血。その隙にFSは近くに転がっていた大剣を拾い、咳きこむユウの腹にFSの爪先が刺さる。ユウの身体が宙に浮く。 「ぎゃっ」 すかさず振り下ろされた大剣の腹がユウの背中を打ち、地面に叩きつけられる。 「ふうっ、ふうっ……貴様は、楽には死なせん」 荒く息を吐きながら、FSは痙攣するユウを見下ろしていた。しかし、その巨体も崩れる。彼とて、立っているのがやっとなほど重いダメージを負っている。 「く……そ」 大剣を杖にして立ち上がろうとするが、脚が震えてどうにもならない。 恨めしげにユウを睨む。だが、ユウは彼よりも重傷だ。 最早意識がほとんど残っていないのか、虚ろに開かれた瞳は何も映していない。ただ、上下左右に意味もなく揺れている。また、時々身体がが痙攣しているが、これはユウの意識とは関係ない。 (…………………………ぐ……………痛い……痛いぞ。何でこんなに痛いんだよ。体も動かないし、目の前真っ暗じゃん) 肉体の状態にもかかわらず、ユウの思考は不自然なほど冷めていた。動かない体に舌を打ち、激しい痛みに苦しんでいる。 (――痛い痛い痛い、痛いぞ畜生。 ――なんて馬鹿力なんだよこの人は。 ――食べた直後じゃなくて良かった。 ――人をサンドバッグみたいにしちゃって。 ――こっちは仕事さぼってまで来ているっていうのに。 ――マルちゃんになんて言い訳すればいいのよ。 ――あー痛い。 ――さすがに身体鈍ってるなぁ。 ――ディアちゃんはどうなんだろ。 ――まったく、“女の子”の顔を思いっきり殴るなんて! ――はぁ、これじゃあクレア様に顔向け出来ないわぁ。 ――痛い。 ――ん? クレア様?) あちこちに飛んでいたユウの思考がそこまで達した時、ユウの意識は急速に現実へと戻った。 「い………………………………………ったぁ〜い!!」 途端にやってきた“当たり前”の激痛に叫び声を上げ、ユウは弾け飛んだバネのように勢いよく飛び上がった。そして、ふらつきながらも確かに両足で立っていた。 それを目にしたFSは思わず呆然と眺めていた。さっきまで瀕死だったヤツが、立ち上がってやがる!! 慌てて自分も立ち上がる。ただし、大剣は杖にしたままだ。 「もう、痛いじゃないか」 ユウは頬を膨らませて憤慨した。 「こんなに痛いのはクレア様に殺されかけた時以来だぞっ」 さっきまでのダメージは何処へ行ったのやら、ユウは腕や首を振りながら身体をチェックしている。 「化け物め」 「ちょっと頑丈なだけだよん」 FSは顔を歪ませて唸るが、ユウはさらりと言い返した。はっきり言ってそんな言葉では言い表せない異常さがある。ユウの回復力は、常軌を逸するものがあった。 「ふぅ、足がふらつくなぁ……ちょっと休憩しようか? 一分くらいでいいから」 (なんてふざけていやがる。休憩だと? 回復するのは貴様だけじゃない。この俺も多少は回復出来る) 内心でそう打算しながら、FSは無言ながらもユウの要求を受け入れた。普通であればこのような要求などあるはずがないし、受けることもないだろう。だが、今は違った。休んでいるユウを攻撃するほどの余力が残っていない。 (一分もあれば充分。再開した時が、貴様の死ぬ時だ!) 負けるわけにはいかないのだ。《悪魔の落とし子(ハーフ・デーモン)》は何がなんでも殺さなくてはならないのだ。ちょっと不注意で殺されてしまった妹の敵をとるためにも。 状況はまだこちらに有利なはずだ。既に脚の震えはなくなっている。それに、攻撃を喰らった数は向こうの方が遙かに多い。特に、向こうは肝臓や下顎にも攻撃を受けている。まともに動けるはずがない。 「もういいかな?」 FSの思考を断ち切ったのは、無邪気な一言だった。 「まだ一分も経ってないけど、いいよね?」 (バカな、もう、回復したというのか!!) FSの顔が蒼くなる。こちらはまだ回復しきれていない。動くことは出来るだろうが、戦いは出来ない。 「よ〜し、さっきのお返しだぞ。私のとっておきを見せてあげるから、大人しく喰らってねん♪」 極めて明るく宣言する。しかし、FSにとっては死の宣告に等しかった。 ユウはFSの気持ちなど無視して重心を低くし、左足を後ろに下げて構える。 「はっ!」 鋭く呼吸をすると、FSの膝目掛けて回し蹴りを放った。しかし、それはユウの間合いの外から繰り出したために届かない。ユウは空振った左足を完全に振り抜く前に足首を内側にひねって地面につけ、すかさず元の軸足を蹴り出して身体を前に移動させながら更に回転する。 「くっ」 二段回し蹴り。次に来る動きを読んで、後ろに跳んだ。数瞬前までFSの頭があった場所をユウの踵が通過する。紙一重でよけたFSはすぐに重心を前へ移動させようとした。無防備になったユウを攻撃しようとしたのだ。しかし、すぐにまた後ろへ跳ぶはめになった。 上段の後ろ回し蹴りがかわされても、ユウの回転が止まらなかったのだ。僅かに捉えたユウの瞳はさらなる攻撃を示していた。回転の勢いを利用して、今度は中段の回し蹴りを放つ。またかわされて再び上段の後ろ回し蹴り。 FSが一発かわすたびにユウの蹴りは鋭さを増していった。ユウの蹴りの威力は身をもって知っている。ユウは自分よりも遙かに大きなFSを蹴り飛ばしている。それほどの膂力を、受け止める自信はなかった。 FSはどんどん逃げるが、蹴りの振り抜く位置を微妙に変えてユウは追いすがっていく。 上段、下段、下段、中段、下段、上段、中段…………… さながら竜巻を思わせる回し蹴りの嵐。その一発一発に肉食獣の鋼のような筋肉を最大限に発揮させた威力が詰まっている。 やがて、元々体力があまり回復していなかったFSの足が止まり、彼の意志とは関係なく逃げることが出来なくなってしまった。 「う……うわあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 そして、そうなってしまった彼に出来たことと言えば、思いっきり叫ぶことだけだった。 「せいっ!」 ユウの足が、遂にFSの頭を捉えた。鋭い唸りを上げて突き刺さった足はさほど抵抗を感じることなくFSの頭蓋を粉々に砕いた。そのあまりにも強力な力に、首が引き千切れて壁に打ち据えられる。首を失った体は回転しながら数十メートルを軽く吹き飛んで、跳ね、転がり、ようやく止まった。 死の瞬間、FSは笑顔の妹の姿を見ていたが、ユウがそれを知ることはなかった。 「あう〜、さすがに目が回るぅ〜」 FSがあまりにも長い時間逃げ回ったせいか、それともFSの攻撃の影響がまだ残っていたのか、ユウは目を回して座り込んだ。 「必殺・回転蹴連撃。思い知ったか!」 物言わなくなったFSにVサインと共に言ったが、当然それを聞いている者は誰一人として存在しなかった。 クルディアナの爪をTSのかぎ爪が受け止め、耳障りな音を立てる。この二人の戦いは一方的な展開になっていた。 クルディアナは空高く舞い、素速い動きでTSを攪乱させ、隙を見ては特攻をかけている。TSはと言えば、クルディアナを追うのを早々に止め、待ちの構えだ。 しかし、TSにとってそれはもっとも不得意な展開である。身の軽さと素速い動きを売りにしている彼はクルディアナと同じく常に動き回って攻撃を仕掛けるいわゆるヒット・アンド・アウェイ戦法を取っている。だが、今その足は完全に止まっていた。しかも、焦りや動揺からなのか、TSは壁で背を庇って相手の攻撃を限定させることを思いつけていないようだった。 読みが甘かった。自分が予想していたよりも、クルディアナの速度は速く、驚くほど精確な攻撃をしてくる。しかも飛ぶことに関して生物学的にも精錬されている鳥に人間の脚と体力で勝てるはずがない。 ある特定のテンポで攻撃を仕掛けてくるクルディアナに対して、TSは反撃に転じようと身構えはするのだが、そうゆう時に限ってなかなか近づいてこない。 (ふふ、あなたの動きは、すべて見えているわ) クルディアナは笑っていた。 久しぶりに変態した爽快さもあるが、何よりも彼女を楽しませている者は捕食者としての本能だった。彼女から見れば、動きの止まったハンターなど、恐るるに足らない。しかも、完全に止まっているのではなく、こちらがしっかりと“認識”出来る程度には動いているのだから都合の良いことこの上ない。もしTSがピクリとも動かなかったら、クルディアナは正確無比な攻撃を仕掛けることが出来なかっただろう。 (餌にしては大きすぎる上にまずそうだけど、日頃の鬱憤を晴らさせてもらうわ!) 接近。翼の先をTSの首筋にかすらせて通過。そして、一瞬目に映ったのは首筋から血をにじませているTSと僅かに飛び散った自分の羽。 (何だ、避けたのか) 冷静に結果を受け止めて次のタイミングを見計らう。攻撃を避けられたことで動揺するのは素人だ。当たらなかったという事実を素直に受け入れなくては次の行動に支障をきたす。 TSは体中に斬り傷を作っているものの、さほど重傷というわけでもない。自分のスピードを最大限に発揮してダメージを最小限に抑えている。それでもこれだけ傷ついていると言うことは、それだけ実力に差があるのだろう。 (ちょっと危険だけど、動きを止めなくてはね) TSは頸動脈の位置に出来た新しい傷を顔を蒼くして押さえている。だが、思っていたより出血が少ないのと、傷が浅いことを確認出来たからか、安堵して深く息を吐き出した。 クルディアナは、それを見逃さない。 TSの死角から全速で飛びかかる。 「―――――!!」 声にならない悲鳴が上がった。そして、TSの身体が倒れる。 それを確認しながら、クルディアナは悠然と、しかし油断することなく上空を旋回している。 (隙なんて、いくらでも作り出せる。特にこうゆう戦いの中ではね) クルディアナは常に視界にTSの姿が見えるようにして飛んでいた。何故なら、相手から目を離すこと自体が隙となるから。一瞬とは言え、相手の姿が見えなくなれば、次の行動が読めなくなる。それは時には戦いの優劣を簡単に逆転させてしまうほど重大な要素だ。 TSは首に痛みが走ったことで攻撃をかわしきれなかったことに焦った。頸動脈に達するほど傷が深ければ確実に死ぬだろう。だからこそ慌てて確認したのだ。そして、何ともないとわかって安心してしまった。 まだ死んだわけではない。 だが、一瞬一瞬で盤面が大きく変わる戦場では僅かな安堵は禁物である。もちろん緊張し続けることは逆効果なのだが、自分のタイミングで気を抜くのと、予定外の出来事で安堵するのでは全く違ってくる。前者ならばまだある程度の緊張が続いているためにいざというときに対応出来る。しかし、後者の場合は僅かな緊張さえ解けてしまい、先程のTSのように無防備に攻撃を受けてしまうのだ。 いくら天性の速さを持っていても、身体が動かなければ意味がない。 (アレで足の速さを封じた。でも……人の肉ってこんなにもまずいものなの?) 大腿部から流れ出る血液量は半端ではなかった。何せ、全速でTSの太股に飛びついたクルディアナは、その速度と一番の凶器である嘴を利用して彼の肉を深く抉り削っていたからだ。 血にまみれて真っ赤に染まっている嘴の端には今も肉の一部がこびりついている。 TSが動けないのを確認すると、クルディアナは屋根の上に降り立った。当然ある程度の距離は取ってある。クルディアナは戦闘の時はどこまでも慎重になる。対戦相手が完全に気を失うか、死ぬまでは決して近寄ろうとはしないのだ。もちろん、さっきのような大胆さも併せ持っている。 「さて、次は目玉でも頂こうかしら」 やや捻れたような声になっているが、これは人間とは口の動きが違うからだろう。 クルディアナの声はTSの耳にしっかりと届いていたみたいだ。彼は出血の止まらない左足を庇いながら立ち上がり、両腕を上げて身構えた。 「止まったな」 苦痛に耐えながらもどうにか声を絞り出す。そして、その声には自信があった。 「しまっ……」 狙いに気がついてクルディアナは慌てて飛び立つが、僅かに間に合わない。 「くぅ……っ」 飛来した物のほとんどはかわしたものの、腹部にひとつ侵入する感覚があった。 かぎ爪だ。 TSの篭手から生えていたかぎ爪が矢のように発射され、襲ってきたのだ。 「くっそぉ、血が止まんねぇ。どうしてくれるんだ、足は俺の商売道具だぞ」 屋根の上で喘ぐクルディアナに向けて悪態をつきながら、上着の下に隠して巻いていたベルトから新しい爪を篭手に装填していく。 一方、クルディアナは最初にいた位置まで何とか移動すると、地面に降り立つと共に地面に散らばっていた自分の衣服の中にもぐり込み、ゆっくりと変態を解く。急いで服を着ると、爪を自分で抜いた。 この時後ろも警戒していたが、どうやらSSはクレアとの戦いに忙しくてこっちに気を回していられないようだ。 両者の準備が終わり、再び対峙する。 「やられたわ。まさか飛んでくるなんてね」 口に付着した血液を拭いながら言うクルディアナの言葉には憎々しさと同時に相手を賞賛している響きもあった。 「お互いに満足に動けねぇ。だが、俺にはこいつがある」 TSは右腕を水平に構え、クルディアナの心臓に狙いをつけた。 「まったく、あなたとはタイプが似ているとは思っていたけれど……」 いつ発射されるかもわからない状況で、クルディアナはなお冷静だった。そして、戦闘において自分によく似たこのハンターに親近感すら覚えている。もちろん、だからといって仲良くなどなりたくはないが。 「これで、終わりぃ!!」 中指が手首のあたりにあった輪っかに引っかかり、それを引く。4本の爪はクルディアナの身体を欲して飛ぶ。しかし、爪が発射されるのと同時にクルディアナは横に飛んでいた。慌ててもう片方の腕を彼女にあわせようとする。 「切り札まで同じとはね!!」 瞬時にクルディアナの腕が変化し、翼へと転じる。そして、その翼からは数十もの茶色い矢が発射されたのだった。 TSに悲鳴を上げさせる暇も与えず、茶色の矢――クルディアナの硬質化した羽――が全身に突き刺さった。 「こ……こんな……………」 TSの身体が後方へゆっくりと倒れる。 「くっう……」 受け身もままならず地面に倒れたクルディアナは腹を押さえて蹲る。 「大丈夫か?」 「……聞く? そうゆう事」 「ちょっと手をどけてみろ」 いつの間にかやってきていたジャクスがクルディアナの傷口を見て、 「ああ、問題ない。これなら暫く安静にしていればすぐに治るだろう」 自分の服の袖を破ってクルディアナの腹部に巻き付け、簡単に止血をする。 「ハンターは?」 「死んだよ」 「そう、ならいいわ」 (まったく、まだ警戒していたというのかこいつは) 半分呆れながらも、ジャクスは肩を貸して立ち上がらせた。 「とりあえずユウ・ミランダのところまで行くぞ。あっちも重傷だ」 「ユウは勝ったの?」 「一時期危なかったがな」 それを聞いたクルディアナは安心した。彼女の知っている限り、ユウは最低でも5年以上は戦っていないはずだった。久しぶりの戦いで体力や勘が鈍っていて、もしかしたら死んでいたのかもしれなかったからだ。 それだけ、彼等は強かった。 「生き延びたみたいね」 「あ〜、そうゆう言い方って酷くなぁい? これでも大変だったんだからね。骨は折れるし、砕けるし。内臓だってボロボロに傷つけられちゃってさ、痛くて痛くて思わず蹴り殺しちゃったよ」 「……それだけ元気があれば死ぬことはないわ」 とても言っていることと状態が一致していないのだが、あえてそこは無視しておく。ユウの異常な回復力なら、たぶん事実だったのだろう。実際、変態を解いた今は多少の汚れが目立つだけで、怪我をしているようには見えない。どうやら既に完治しているようだ。 「まったく、あんたの回復力には呆れるわ」 「へへ〜ん、それが私の特技なのだ」 ブイ。 「ところでさぁ、クレア様の方はどう?」 「あの方はどうやら相当楽しんでおられるようだ」 ジャクスが言った通り、クレアとSSの攻防はまったく変化がなかった。一方的にSSが攻撃を仕掛け、クレアはそれをかわすのみ。時折、クレアの口が動いているところから見て、何かしゃべっているのだろう。その度にSSの表情が変わっていく。 「確かに楽しそうだねぇ。あんな顔のクレア様は見たことがないわ。私と戦ったときだって無表情だった」 「ええ、そもそも自分から進んで行動されることもなかったわ」 腹心が口をそろえて言うのだから間違いないのだろう。ジャクスは改めて主人の顔を見る。 無表情にも見えるクレアの顔。 何を考えているのかまったく判断することが出来なかった顔。 彼女に仕えるようになってまだ1日しか経っていなかったが、虚ろな闇を映していたあの瞳は、その虚無の視線を受けた時に感じた恐怖は―― (アレが、あの御方の本来の眼なのか) 遠く離れた場所からでもはっきりと感じることの出来る意志。あまりにも圧倒的で、あまりにも純粋な刃。その触れただけでも斬り裂かれてしまいそうな刃は、今、SSに向けられている。 ザワリ。 ジャクスは背筋が冷たくなる感覚に襲われた。 永い。時が流れるのが永く感じる。 (何だ? クレア様の髪が……気のせいか?) 「クルディアナ――」 ジャクスがクルディアナに意見を求めようとしたまさに時だった、それが起きたのは。 |
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