Lost Lovesong
 刀華





1、突然の死別

最期に見たのは、恋人の泣き顔だった。
「死ぬな!!美咲!!今助けてやるから!!」
必死に手を伸ばし、私の手を握り、なみだ目になりながら私の名前を呼んでくれていた。
私の名前を呼んでくれていた。
恐怖や絶望よりも、嬉しかった。
恋人が、こんなにも一生懸命自分を愛してくれているんだということ。
体中の感覚は麻痺していたけれど、恐怖は感じなかった。
横転した車体に身体を挟まれて、身動きできない絶望的な状況。
恋人は、運転席側から投げ出されたようで、助かったみたいだった。
不慮の事故。
突然飛び出してきた猫を避けようとして、横転してしまったのだ。
私の好きになった人らしいな、そう思った。
「そうだ!!美咲!!絶対助けてやるからな!!安心しろ!!」
恋人が不意に笑顔になる。
ああ、そうか、私が笑っているから、笑顔をみせてくれたのか。
愛しかった。
半泣きで、くしゃくしゃになった笑顔だったけど、世界で一番愛しかった。
「おい!!煙でてるぞ!!離れろ!!」
聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。
やじうま、だろうか。
「レスキューがくるまで離れていたほうがいい!!」
「うるせぇ!!美咲がまだ中にいるんだよ!!お前らもちょっとは…」
そう恋人が言いかけたときだった。
パン、っという軽い爆発音。
「エンジンから出火したぞ!!離れろ!!」
神様は、私に味方してくれなかったみたいだ。
もうすこしだけ、一緒にいたかったな。
「…君、ありがとう。愛しているよ。」
ギュッ、と一度だけ恋人の手を握った。
大きくて、温かくて、大好きな手を。
「ば…!!何行ってんだよ!!あきらめるなよ!!」
離したくなかったけど、ずっと一緒にいたかったけど…
さようなら。
精一杯の笑顔で、つないだ手を、離した。
「おい!!危ないぞ!!おまえも離れろ!!」
男の声とともに、恋人が徐々に遠ざかっていく。
「離せ!!まだ中に!!!美咲が!!美咲が!!」
恋人が離れると同時に、視界が赤く染まっていく。
怖くはなかったけど、寂しかった。
もう一度、一緒に海に行きたかったな。
もう一度、一緒にあのケーキ食べたかったな。
もう一度、一緒に遊園地に行きたかったな。
もう一度、キスしたかったな。
もう一度、愛し合いたかったな。
もう一度……
「美咲―!!美咲―!!美咲―!!」
ごめんね、…君。
ありがとう、私、幸せだったよ。
ありがとう。
さようなら。
私の意識は、赤い炎に飲み込まれた。

2、生きている私

病院のベットの上、というわけでもなく、いつもと変わらない、自分の部屋のベットの上で目を覚ました。
あれは、夢だったのだろうか?
夢にしては、リアルだった。
わけがわからない。
きょろきょろと部屋を見渡してみるが、特に変わった様子はなかった。
カーテンの隙間からは木漏れ日が指し、窓の外からはすずめの鳴き声が聞
こえる。
自分の身体も、ちゃんと布団に触れている。
とりあえず、起き上がってみようとしたとき、ドアの向こう側からトントンと、足音が聞こえてきた。
聞きなれた足音。
母だな、そう確信する。

コンコン。
「美咲、入るわよ?」
やっぱり母だった。
「うん。」
がちゃ、っといつもより乱暴に、ドアが開いた。

「よかったわ〜。やっと目が覚めたのね。」
満面の笑みと、少しだけ涙を浮かべながらお母さんは私に近付いてきた。

「うん。おはよう。私、そんなに寝てたのかな?」
あらあら、といつもの口癖。
「美咲、覚えてないの?今日でもう3日になるのよ?あなたが倒れてから。」
三日間も寝ていたのだろうか?
さっぱりわからない。
「え〜と、お母さん、ちょっとどういうことかわからないんだけど…」
素直に母に問いかけてみた。
実際のところ、3日寝ていた、と言われても何がなんだかわからなかった。
「そうよねぇ。美咲、倒れたんだもんね。覚えていなくて当然よね。」
そういうと、母はさらっと説明してくれた。
どうやら、3日前に海に遊びに行って、貧血か何かで倒れてしまったらしい。
海に行った記憶はなかったが、記憶が混乱しているだけだろう。
あまり深く考えないことにした。
からから。
母が窓を開けると、気持ちのいい風が頬を撫でる。
ああ、そうだよね、悪い夢だったんだよね。
こうやって、生きてるんだもん。
あ、そうだ。
3日も寝ていたなら、心配してるよね。
「お母さん、そういえば心配してなかった?彼。」
私の言葉に、母は怪訝な表情を浮かべた。
「美咲、3日も寝ていたんだからちょっと混乱しているのね。」
自分が混乱している?
母の言葉は、要領を得ない。
母もよく知っている私の彼が、私を心配していると言ったことがそんなにおかしいことなのだろうか?
母の口から紡ぎだされた次の言葉は、本当に私を混乱させた。
「美咲、彼氏なんてもう
ずっといないでしょ?ほら、ゆっくり休みなさい。」
やさしい笑顔で、母は頭を撫でてくれた。
温かい手。
これは夢じゃない、現実。
「じゃあ、お母さん、台所にいるから。何か食べたいものある?」
何がなんだか、さっぱりわからない。
「…いらない。少し一人になりたい…」
そう、無理しないで休んでなさいよ、と優しい笑顔を残して、母は部屋をあとにした。
私には彼がいない?
どういうことだろう?
彼と付き合ってからもう3年も経つ。
母には何度も紹介しているし、何度も家に連れて来たことがある。
母が知らないわけはないし、忘れるはずもない。
でも、母が嘘をつく理由もない。
私がこんな状態なのだから、尚更だ。
嘘をつく理由がない。
だから、尚更混乱してしまう。
気持ちを落ち着けるために、深呼吸をしながら、
部屋を見回してみる。
背筋が凍る。
目に入ったのは、枕元にあったフォトフレーム。
彼とディズニーシーに行ったときの写真が入っているフォトフレーム。
「彼」とクリスマス前に無理矢理休みをとって、二人で行ったときの写真。
「二人」で行ったときの写真。
そう「二人」で。「なに…これ…」
いない。
いるはずの彼が、隣にいない。
とさっ。
いつの間にか美咲の手の中にあったフォトフレームが、無造作に布団の上に落ちた。
写真の中の私は、ミッキーマウスと並んで満面の笑みを浮かべていた。
「え…これって…」
今でもはっきり覚えている。
この写真はディズニーシーに着いて、一枚目に撮った写真だ。
中年の人の良さそうな夫婦に、デジカメを渡して撮影してもらったものだ。
大切な思い出だ。
忘れるはずがないし、間違いない。
間違えるはずがない。
ばさっ。
布団が乱暴に美咲の身体からはがされる。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
「うっ…」
3日も寝ていたせいだろう。
起き上がったときに、眩暈を覚える。
ふらふらになりながら、机に置いてある思い出のアルバムを手に取った。
もしかして、倒れる前に自分で写真の入れ替えをしたのを忘れているだけかもしれない。
そう思った。
そう思うしかなかった。
それ以外ありえない思い出が増えるたびに重くなっていったアルバムを手に取る。
二人の、思い出のアルバムを。
「……」
どさっ。
思い出の重さが、部屋中に木霊した。
美咲「一人分」の思い出の重さが。
落ちた拍子に開かれたページの美咲は、満面の笑みを浮かべていた。
美咲だけが。
「なに…なんで…」
床に落ちた拍子に開かれたアルバムに、雨が降り注いだ。
ぽた、ぽた、ぽた…
美咲の目からの、雨が。
「……して……」
ぽた、ぽた、ぽた…
「…どうして…」
ぽた、ぽた、ぽた…
「どうして!どうして!
!どうして!!!どうし
てぇぇぇ!!!!」
ガシャーン!!!
美咲の意識は、ここで途切れた。

「ん……」
冷たいものが、額に当たる。
それが母が頭にのせてくれたタオルなのに気付くのに、少し時間がかかった。
「あ、目が覚めた?美咲?よかった〜。心配した
わよ〜。」
心底心配そうに、母が私の顔を覗き込んだ。
母に心配かけてしまったのは、心が痛む。
女手ひとつで育ててくれた、大切な母だから。
「ごめんなさい、お母さん。私、ちょっと混乱しちゃって……」
にこっ、と微笑んでくれる母。
優しい笑顔が、私を少しだけ癒してくれた。
「いいわよ、気にしなくて。美咲に怪我がなくて良かったわ。」
怪我?
母に言われて初めて気付いた。
横になっていたからわからなかったが、カーテンが破れていた。
椅子が無残に床に転がっていた。
大切に育てていたワイルドストロベリーの鉢も机の下に落ちて割れていた。
さらに上体をベットから起こして唖然とした。
強盗に入られた後のように、いや、それ以上に凄まじい状態になっていた。
目に付くものすべてが、壊されていた。
「お母さん…これって…」
自分がやった、とは信じたくなかった。
でも、信じなくちゃいけなくなった。
「ごめんね…ごめんね…ごめんね…ごめんね…ごめんね…」
母が、泣いていた。
ごめんねと言いながら、泣いていた。
「美咲がこんなに辛い思いしていたなんて…母さん知らなかった…わかってあげられなかった…ごめんね…ごめんね…」
ココロが痛かった。
いつも笑顔でやさしい母だったから。
こんな風にさせてしまった自分が許せなかった。
「お母さん…違うよ。お母さんは何も悪くないよ。お母さんはなにも……」
言葉にならなかった。
言葉の代わりにあふれ出したものは、涙だった。
「お母さん…」
初めて母の身体を抱きしめた。
抱きしめた母の身体は、細く小さかった。
こんなに小さかったんだ…
「ごめんね…お母さん…心配かけちゃったよね…」
その夜、久しぶりに母の胸の中で眠った。
すごく懐かしくて、あたたかくて、いいにおいがした。
おやすみ、お母さん。

3、現実と現実

夜が明けた。
母は私が起きる前に、先に起きたらしく、ベットの中には私一人しかいなかった。
どれくらい眠ったのだろうか?
やぶれたカーテンの隙間からのぞく太陽が、真南を指していた。
時計に目をやったが、時計は3時で止まっていた。
ああ、そうだった、覚えていないんだけど、自分で壊しちゃったんだっけ。
時計に目をやって気がついたことがもうひとつ。
自然に目をやった場所、いつもの場所に時計が戻っていたのだった。
上体を起こし、部屋の中を見回してみておどろいた。
元に戻っている。
壊れたものは壊れたままだったけど、元の場所に綺麗に戻っていた。
お母さん、ありがと。
まだ少し倦怠感は抜けなかったが、ゆっくり起き上がってみる。
昨日よりは少しだけ楽かもしれない、そう感じた。
ベットに預けていた体重を、ゆっくりベットから引き剥がした。
立ち上がり、深呼吸をする。
母が開けておいてくれた窓から流れ込む風が、心地よい。
新鮮な空気を、身体いっぱいに吸い込んだ。
身体が洗われた感じがした。
それから、今自分が出来ること、自分がしなければならないことを考えてみる。
冷静になって、考えること。
それしかない、そう思った。とりあえず、もう一度落ち着いて、ばらばらになったアルバムの写真を手にとって見た。
どの写真を見ても、写っているのは、私ひとり。
隣にいるはずだった彼の姿は、なかった。
またすこし、涙がこみ上げてきたが、冷静さを失わないように、深呼吸をしてみる。
これはどういうことだろうか?
もともと彼は存在していなかった?
そんなことは絶対にない。
私の彼を見ている人はたくさんいるし、母もその中のひとりだった。
結婚も考えていたので、しっかり話しもした。
忘れるわけがない。
じゃあ、なんで…
あまり広くない部屋を、夢遊病者のようにうろうろと歩き回った。
だからといって、何かわかるわけでもなかった。
部屋の中を見回して、あるものは自分自身の私物だけ。
二人で買ったはずのもの、彼に買ってもらったもの、すべてが存在していなかった。
大切にしていた指輪も…
指輪!?
そうだ!
指輪だけ大切に、鍵付きのアクセサリーボックスに入れていたはず。
鍵の場所はもちろん、私しか知らない。
たしか、お気に入りの熊のぬいぐるみの背のファスナーを開けたところに入れておいたはず。
机の上に置いてあった熊のぬいぐるみは、耳が取れていたが、それ以外は無事のようだ。
監督、と彼と二人で名前をつけたくまのぬいぐるみを手に取り、ファスナーを下ろしてみる。
硬いものの感触か、指先に当たる。
あった。
アクセサリーボックスの鍵。
気持ちは落ち着いているつもりだったが、ココロは焦っているのが自分でもわかった。震える手で鍵を取り出し、アクセサリーボックスを手に取る。
カチカチカチ…
手が震えて上手く鍵穴に鍵が入らない。
す〜っ、と大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
少し落ち着いたみたいだ。
もう一度大きく空気を吸い込む。
よし。
鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくり回す。
カチャ。
ただ鍵を開ける音だったが、私には…
またひとつ深呼吸をして、アクセサリーボックスを開けた。
赤いキルトで出来た正方形の空間が現れた。
何もない、正方形の空間が。
希望が絶望に変わる瞬間。
希望が小さかっただけに、絶望も小さかった、というわけにはいかない。
人間、どんな小さな希望でも、絶望は大きい。
本当に「望みを絶たれてしまった」気分になった。
でも、ここでパニックを起こして、昨日と同じ状態になっても、何も解決しないことは自分でもわかっていた。
だから、冷静さを必死で保つ。
保てなかった冷静さの雫が、ぽたっ、ぽたっ、とアクセサリーケースの中に落ちた。

4、現実の朝

「う…ん…」
カーテンの隙間から差し込んでくる朝日で目が覚める。
あれから、ベットの中でぼーっと過ごし、いつの間にか眠ってしまったらしい。
軽く伸びをして、部屋の中を見回す。
整理されてはいるが、雑然とした部屋。
一瞬、眠る前の出来事が夢であったことを期待してしまった自分がいた。
現実。
夢なんかじゃなかった。
死んだはずの自分が生きているという、現実。
恋人がいない世界という現実。
今の自分にできること、それは前に進むこと。
現実を現実として受け入れて、前に進むこと。
自分が壊れてしまえばどんなに楽だろう、とも考えた。
壊れそうになった。
でも、ここで自分が壊れてしまったら、すべてが終わってしまう。
また恋人に会いたい。
その一心で美咲はギリギリで冷静さ保っていた。
ドアの向こう側から、聞きなれた足音が聞こえてきた。
コンコン。
「美咲、起きてる?」
お母さんの声。
聞きなれている声のはずだったけど、なんだか妙に心が落ち着いた。
「うん、起きてるよ。おはよう。」
カチャ、とドアを開けてお母さんがドアの隙間から顔を覗かせる。
「おはよう。朝ごはんの準備もうすぐできるから、食べれるようだったら食べなさい。」
うん、と返事をすると、お母さんはニコっと微笑んでパタパタと廊下のほうに戻っていった。
そういえば、何も食べてないな。
おなかが空いている、という気はしなかったが食べないとますます元気がなくなる。
それになにより、お母さんを少しでも安心させてあげたい。
女手ひとつで私をここまで育ててくれた、大切なお母さんにこれ以上心配はかけたくない。
ゆっくり体をベットから引きはがす。
ずっと寝ていたり、暴れたり、泣いたせいか頭がぼ〜っとする感じがする。
ああ、そうだ、ご飯の前にシャワーでも浴びようかな。
スッキリするだろうし、なにより目を覚ましてから一度もシャワーを浴びていない。
ちょっとだけフラフラする足取りで、ダイニングに向かう。
ちょうどお母さんが味噌汁を作っている匂いがした。
「お母さん、朝ごはんの前にちょっとシャワー浴びてくるね。」
はいはい、といつもと変わらない返事が返ってきた。
「あ、バスタオル乾燥機から出して使ってね。」
はぁ〜い、と返事をして、ダイニングをあとにした。

パジャマを脱いで、下着を脱いで、洗濯機に放り込む。
洗面台にあるカガミに写る自分の姿。
ちょっと髪の毛がボサボサしていたが、最後に見たときと何も変わっていなかった。
傷ひとつない、綺麗な体。
傷…
そうだ!
恋人と一緒に海に行ったときにはしゃぎすぎて、掌に小さな傷をつくって、それが痕になって残っているはず。
小さな希望、でも怖かった。
また絶望に変わる。
いくら小さな希望でも、それが失われたときの絶望は大きい。
掌を見るのが怖くなった。
でも、このままだと、前に進めない気がした。
普段は何気なくしか気にしない掌を、恐る恐る見る。
掌にあったのは、絶望。
痕ひとつない、綺麗な掌だった。
込み上げてくる涙をこらえて、シャワーを浴びるためにバスルームに入った。

シャー…
少し熱めのシャワーが、体を洗い流す。
お風呂に入って湯船につかるのも好きだったが、美咲はシャワーのほうが好きだった。
すべてを洗い流してくれる、そんな感じがするから。
体を流れる温かい雫が、心地良かった。
少しずつだけど、さっきまでの絶望も癒えてきた気がした。
もう、立ち止まらない、前に進むことを決めたから。
シャー…
どうしたら良いんだろう。
前に進むと決めたが、実際のところどうして良いかわからなかった。
私の頭の中にしか、恋人の存在はない。
きっともうどれだけ探しても、みつからないんじゃないかな、そんな風にさえ思えてくる。
でも、諦めないでできる限りのことをしよう。
もう一度、恋人に会いたかったから。
抱きしめてあげたかったから。
いや、抱きしめてもらいたかったから。
また、ずっと一緒にいたかったから。

「あ、美咲、ちょうどご飯の準備できてるわよ。」
シャワーを浴びて、髪を乾かしてダイニングに戻ると、母がちょうど朝ごはんの準備を終えたところだった。
おいしそうな匂いが、ちょっとだけ食欲を取り戻させてくれた。
「久しぶりの食事だから、ちょっと軽めの献立にしたわよ。」
テーブルには、卵のおかゆと、とうふとわかめの味噌汁と、お母さん特製の漬物が並んでいた。
「さ、冷めないうちに食べましょう。」
いつものように、お母さんと対面した椅子に腰掛ける。
私が腰掛けてから、お母さんが腰掛けた。
「いただきます。」
「はい、召し上がれ。」
いつもの光景。
いつもの日常。
本当にそう思えた。
ただひとつ違うのは、恋人がいないという現実だけ。
「ん〜?どうしたの?あんまり食欲ないのかな?」
心配そうなお母さんの顔が目に入った。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してただけだから。改めて、いただきます。」
お母さんはニコ、っと微笑みながら、はい、召し上がれ、と言ってくれた。
今日は良い天気だね、散歩でもしてきたら?とか、和やかな雰囲気で朝ごはんの時間は過ぎていった。

「ごちそうさまでした。おいしかったよ、お母さん。」
少なめにお母さんが朝ごはんを用意してくれたし、それに心から温まるようなおいしさだったから、残さないで食べてしまった。
「いえいえ、お粗末さまでした。美咲がちょっとでも元気になったようで安心したわ。」
本当にうれしそうなお母さんの笑顔。
お母さんの笑顔にも心が救われているんだな、と私は感じた。
そうだな、お母さんに相談してみようかな。
精神障害だと思われるかもしれないし、心配をかけるかもしれなかったけど、一番信頼できて、私のことをわかってくれるのはお母さんだと思ったから。
「ねえ、お母さん、ちょっと相談があるんだけど…」
表情から察してくれたのか、お母さんも真剣な表情になる。
「お母さんでよければ、何でも言ってみなさい。できることだったら力になってあげるわ。」
和やかな雰囲気が一変、少しだけ緊迫した雰囲気になる。
「驚かないで聞いてほしいんだ。実は…」

今知ってることを、全部お母さんに話した。
恋人のこと。
事故にあって、死んだはずだったこと。
想い出が、何も残っていないこと。
今、どうして良いかわからないこと。
お母さんは口を挟まないで、真剣に聞いてくれた。
私が話し終えると、沈黙がダイニングを支配した。
一秒にも思えるし、一時間にも思える沈黙。
お母さんの返事を待った。
もしかすると、精神に異常をだと思われてるんじゃないだろうか。
少しだけ怖かった。
う〜ん、と呟いたあとに、お母さんは話し出した。
「少なくとも、美咲の言う恋人のことはお母さんはわからないわ。美咲から恋人がいる、っていう話も聞いたことがないし、会った事もないわ。」
一拍あけた後に、お母さんがさらに続ける。
「でも、美咲が嘘をついてるとも思わないわ。昔から、美咲はお母さんに嘘をついたことないでしょ?だから、信じてあげたい、けど信じられない、というのが素直な感想かな。」
現実を突きつけられたが、なぜか少しだけ安心した。
お母さんは私の味方でいてくれる。
それがすごくうれしかった。
お母さんの口から、更に言葉が紡ぎだされる。
「ひとつだけ気になったことがあるかな。美咲は『彼氏』『恋人』って言ってたけど、名前、覚えてないの?」
ドキっとした。
そういえばそうだ。
名前が思い出せない。
無意識のうちにそれを考えないようにしていたのかもしれない。
名前…
「美咲、だいしょうぶ?」
そういうとお母さんは、ハンカチを私に渡してくれた。
ハンカチを渡してくれた意味がよくわからなかったが、テーブルの上にぽた、ぽたと雫が落ちていたので気がついた。
「ありがと。お母さん。」
それだけ言うと、ハンカチを受けとった。

「美咲…」
ひとしきり泣いて、落ち着いてきたころに、お母さんが話し出した。
「お母さんには何もしてあげられないけど、できることがあったら協力するわ。あとは、しばらく自分の好きなように、できることをしなさい。会社にはしばらく休むって連絡してあるから。」
また涙が出た。
「うん、ありがとう、お母さん。」
本当に良いお母さんだと思った。
世界中が敵になっても、お母さんは私を助けてくれるような気がした。
ありがとう。
心の底からそう思った。
「じゃあ、お母さんは片付けたら仕事に行くから、家でゆっくりしていても良いし、もし出かけるときは戸締りをきちんとして、気をつけて出かけなさい。」
そういうとお母さんは朝ごはんの片づけを始めた。
「うん。お母さんも仕事無理しないでがんばってね。」
片付けを中断し、ニコっと私のほうを振り返りおかあさんは「ありがと。」と言った。

5、今の私にできること

部屋に戻って、ベットに腰掛けて今日一日どうするか考えてみる。
ゆっくり休む、というのは考えていなかった。
なにか行動して、少しでも恋人の手がかりを探したかった。
とりあえず思いついて、恋人の携帯電話に電話してみたが、この電話はただいま使われておりません、というメッセージが流れてきただけだった。
さて、これからどうするか。
一番最初に思いついたのが、恋人の家に行ってみる事。
恋人の母親とも結構顔見知りだったから、もしかすると覚えているかもしれないし、なにか手がかりがあるかもしれない。
今日のお母さんとの会話で、ほとんど期待はできないかもしれないが、何もしないよりはマシだと思った。
何もしないで後悔したくないし、家でじっとしてたら恋人のことばかり考えて、自分が壊れてしまいそうな気がしたから。
「美咲〜、行って来ま〜す。」
お母さんが仕事に行く時間だ。
「いってらっしゃ〜い。」
目いっぱい元気な声で、お母さんを送り出した。
うん、私も出かける準備をしよう。
パジャマを着替えて、外出する準備をすることにした。

「行って来ます。」
戸締りをして、誰もいないのに外出の挨拶をする。
自分でも少しおかしかった。
ここから恋人の家までは電車を使って30分ちょっと。
久しぶりに体を動かせるし、考え事をしながら、気持ちを整理するにはちょうど良い時間かもしれない。
出歩くには気持ちの良い気温だ。
海に行ったら気持ちいいだろうな。
また会えたら海に連れて行ってもらおう。
公園でぼ〜っと二人で過ごすのも良いなぁ。
今度は事故にあわないように、ドライブも良いな。
そんなことを考えながら歩いているうちに、家から最寄の駅に着いた。
平日の昼間なので、結構人が多かった、なんだか世界中で自分ひとりだけのような気がした。
そういえば、恋人が言っていたっけ。
朝の海が見たい、とワガママを言ったのに、喜んで海に連れて行ってくれたとき。
「世界中で二人だけしかいないみたいだね。」
波の音しかしない、静かな海岸で。
ちょっと恥ずかしそうに笑いながら。
なんだかすごいうれしかった。
また会えたら、またワガママを言って海に連れて行ってもらおう。
切符を買って、改札を通りホームに出ると、ちょうど電車が到着したところだった。
ちょうど良かったので、電車に乗り込む。
発車のアナウンスが流れる。
確か、6コ先の駅だったはず。
もし駅までなくなっていたらどうしよう、と思ったが、そこまで無くなっていたらこの世界すべてが無くなっているだろう、と不安をかき消す。
電車の中でいろいろ考えよう、と思っていたはずだったのに、なぜかぼ〜っとしてしまう。
よく考えたら、昔からの美咲の癖だった。
電車は流れる景色をぼ〜っとみながら乗るもの、変な癖だけは抜けないな、心の中で苦笑する。
ぼ〜っとしているうちに、目的の駅に到着した。
ちゃんと駅があったので、少しだけ安心した。
あとは、恋人の家が無くなっていないことを神様に願った。
電車を降り、駅の改札を抜けると見慣れた街の風景が広がっていた。
一緒に行った喫茶店。
一緒に行った居酒屋。
見慣れた風景だった。
感慨に浸るまもなく、美咲は恋人の家路を急ぐ。
駅から15分ちょっと歩いたところにあったはずだ。
場所もちゃんと記憶しているし、最近も遊びに来た。
絶対に間違うはずがない。
期待と希望は持っていなかったはずだったが、美咲の足はいつもより速かった。
何も考えずに、無心に歩いた。
早く現実を確認したかった。
どんな現実であっても。
どれくらい歩いただろうか。
いつもよりペースが速かったせいか、もう目前に恋人の家が迫っていた。
あった。
恋人の家が、あった。
表札には「北原」とある。
私の恋人の苗字は北原だったのだろうか?
思い出せなかった。
このまま帰るわけには行かない。
一瞬躊躇したが、インターホンを押すことにした。
ピーンポーン…
聞きなれたインターホンの音が、僅かではあったが聞こえてくる。
数分にも思えるような数秒後、は〜い、と聞き覚えのある声がドアの向こうから響いてきた。
鼓動が早くなる。
カチャ。
スローモーションのように、ドアが開く。
ドアの隙間から顔を出したのは紛れもなく、恋人の母親だった。
予想はしていたが、困惑したような表情をしていた。
美咲はそれで状況を理解した。
「あ、すみません。ちょっと間違えたみたいです。すみませんでした。」
ペコリ、と頭を下げると、足早にその場を立ち去った。
恋人…北原さんの母親の顔を『まるで面識のない人を見る目』そのもの。
そこで今の自分の状況を説明したところで、気味悪がられるだけだろうし、下手をしたら警察を呼ばれかねない。
でも、少しだけ収穫はあった。
『北原』それが恋人の苗字らしい。
らしい、と確信をもてないのが妙に寂しかった。

気持ちを切り替えて、自分にできることを、また考えてみる。
とりあえず少し時間がほしかったので、いつも恋人と一緒に行っていた喫茶店に入ってみることにした。
タバコの臭いがする喫茶店。
タバコを吸わない二人だったけど、なぜかこの喫茶店がお気に入りだった。
いつものように、ブラックのホットコーヒーと、アイスコーヒーを注文する。
自分でも馬鹿みたいだったが、こうしたら恋人が急にひょっこり戻ってきそうな気がした。
そんな奇跡は、起きるはずがないのに。
五分もしないうちに、アイスとホットのコーヒーが運ばれてきた。
いつも恋人が座っていた真正面のテーブルにホットコーヒーを置く。
「コーヒーはホットで、ブラック以外は邪道だ。」
と、いつも言っていたのを思い出して、笑ってしまった。
美咲はいつものように、ミルクとガムシロップを入れてアイスコーヒーをかき混ぜた。
「お、悪いな。お待たせ〜。」
不意に声をかけられ、肩をたたかれる。
心臓が飛び出そうになるほど、びっくりした。
奇跡が起きた、と思った。
慌てて後ろを振り返る。
が、そんなに都合がよく、奇跡など起きるはずもなかった。
奇跡は起きないから奇跡なのだ。
「あ〜、ごめん。後姿似てたからつい…すみませんでした。」
そういうと声をかけてきた男の人は奥のほうの席へと、すたすたと歩いていってしまった。
待ち合わせをしている女性らしい人を見て『似てないじゃん』と苦笑しながら、甘めのアイスコーヒーに口をつけた。

できることをしよう、と決めたのは良いが、何をして良いのかわからなかった。
だから、あんまり遠くないところの、想い出の地めぐりからしてみることにした。
何もないかもしれないけど、できることは全部したかったから。

6、崩壊、そして…

真っ暗な部屋。
今、何時だろうか。
どうでもいいか、そんなことは。
生きる意味を失った私。
たかが恋愛。
しかも、傍から見ればただの妄想で恋をして、壊れてしまった、精神異常者。
いらない、こんな世界なんて。
恋人のいない、こんな世界なんて。
結局、恋人の痕跡すら何も見つけられなかった。
もういいや、諦めよう。
進むだけ無駄だ。
これ以上、進みようがない。
お母さんには心配かけていると思ったけど、そんなことはどうでもよくなってしまった。
一分一秒が苦痛だった。
生きていたくなかった。
だから選択した。
『死』という選択を。
あとは、実行するだけ。
なんの躊躇もなかった。
未練もなかった。
死んで、もし天国があるなら、そこで恋人に会えるかもしれない。
『ありがとう』
その一言を書き残して、私は家を出た。

久しぶりに外に出た。
カーテンを閉め、何日ともわからず真っ暗な部屋に閉じこもっていたせいでわからなかったが、どうやら日の落ちる時間らしかった。
行く場所はもう決めてある。
恋人と初めてキスをした想い出の海岸。
そこで幕を下ろそう。

とぼとぼと歩き、電車を乗り継いで、想い出の海岸に着いたころには、太陽が海に落ちる少し前の時間だった。
人気もなく、ただ波の音だけが響いている海岸線。
ある場所を探して、歩き回る。
初めてキスをした、あの場所を。

だいぶ前のことだったが、はっきり覚えていた。
想い出の場所に立ってみる。
恋人のことが、頭を駆け巡った。
苦痛だった。
何もない、想い出だけの存在。
もう、苦しみたくなかった。
想い出の場所に、靴を脱ぎ、そろえる。
天国にいるかもしれない、恋人の元へ行くために、波打ち際に向かって歩を進めた。

「海水浴かな?もう、暗くなるし、水温も低いし、やめたほうが良いんじゃないかな?」
背後から、女性の声。
自分に向かって話しかけているんだ、と理解するまで数秒かかった。
かまわずに歩を進める。
「こらこら、待ちなさい。ここで止めなかったら、お姉さん自殺幇助罪で捕まっちゃうじゃない。」
笑えない冗談を言いながら、ラフな格好をした女性は美咲の前に回りこんだ。
「どいてください。あなたにはなにも迷惑はかけません。」
なぜか、女性は驚いたような表情をしていた。
今の自分の言葉に、というより、私の顔を見て驚いている感じだった。
「間違っていたらごめんなさいね。あなた…織畑…美咲さん…?」
今度は、私が驚いた。
名乗った覚えもないのに、なぜこの人は私の名前を知っているんだろうか。
「はい。そうです。なぜ私の名前、ご存知なんですか?」
明らかに混乱した表情を浮かべる女性。
「え〜と、ごめんなさい。私、ちょっと混乱してきたわ…。」
そういうと、目の前の女性は深呼吸をした。
そして、おもむろに胸元のポケットから一枚の紙切れを取り出し、私に差し出した。
「宮野七瀬。こう見えても、精神科医をしています。よろしく。」
紙切れ…名刺には『宮下メンタルクリニック』医院長、宮下七瀬、と書いてあった。
「北原浩一さんをカウンセリングしていた医師です。恋人の織畑美咲さんを事故で亡くして、心に傷を負って私のところに通院していたわ。いつからか、ぱったり来なくなったからどうしたのか心配していたんだけど…。」
北原浩一…私の恋人は北原浩一という名前だったのだろうか…
「すみません。わからないんです。恋人の名前。わからないんです、何も。」
込みあげてきたものが、一気に瞳から流れ落ちる。
女性てん宮下さんは優しく私を抱きしめてくれた。
「良かったら、話だけでも聞かせてもらえないかな?私の病院、すぐそこだから。」
コクン、と頷くと、靴を履いて私は宮下さんの病院へ向かうことにした。
肩に回してくれた宮下さんの手が、とても温かかった。

宮下さんの病院は、海の見える小高い丘の上にあった。
「ちょっと診察室で待ってて」というと、宮下さんは病院の奥のほうに消えていってしまった。
白をベースにした、清潔感あふれる診察室で待つこと数分、さっきとはまったく違ったいでたちをした宮下さんが現れる。
鎮静効果があるし、体が温まるからよかったらどうぞ、といいながらカモミールティーを机に2つ置いた。
「ありがとうございます。なんか、お医者さんみたいですね。」
ピシッとしたスーツに、白衣にメガネ、お医者さんそのものだった。
さっきとのギャップに、おかしくて少し笑ってしまった。
「似合わなくてすみませんねぇ。」
宮下さんも、皮肉っぽく笑った。
「それで、さっきの続きなんだけど…」
和んでいた空気が、少しだけ重くなるのを、美咲は感じた。
「私の知っていることを全部話します。信じる、信じないは宮下さんにお任せします。」
カモミールティーを一口口につけ、美咲は話し始めた。
今までのこと、すべてを。

宮下さんは、時折頷きながら話を聞いてくれた。
「信じられないけど…信じるしかないわね。こうしてここに美咲ちゃんがいるんだから。」
精神病、と言われるかと思っていたので、意外だった。
やっと手に入れた手がかりかもしれない。
持ってはいけないと自分でも知っていたのに、また希望を持っている自分に苦笑した。
「ああ、大丈夫。美咲ちゃんが精神的に病んでいる、とは思っていないから。躁鬱状態にはあるけれどね。」
宮下さんは私の苦笑の意味を取り違えたらしく、フォローしてくれた。
それもなんだかうれしかった。
「本当は個人情報だし、メンタルクリニックっていうように個人の心のことだから他の人には話したりしちゃいけないんだけど…。」
少し渋ったような表情を浮かべる宮下さん。
が、笑顔で次の言葉を紡ぎだす。
「彼−北原浩一君について、私の知っていることを、カウンセリング記録を美咲ちゃんに教えてあげるわ。」
というと、宮下さんは奥の部屋にスタスタと歩いていき、カルテのようなものを片手に抱えて戻ってきた。
「じゃあ、お話しするわ。」
そういうと宮下さんは、カルテをぱらぱらとめくりながら恋人−北原浩一について話し始めた。

「と、ここまでが彼の経歴とカウンセリング記録ね。」
名前、年齢、生年月日、職業、どんな状態だったか、宮下さんは丁寧に説明してくれた。思い出せはしなかったが、恋人−浩一のことがわかってうれしかった。
「で、次が彼と最後にあったときのカウンセリング記録ね。結構気になることが多いのよね。美咲ちゃんとも関係あるし。」
そういうと、一枚の写真を手渡された。
ディズニーシーに行ったときの写真だ。
二人で楽しそうに写っていた。
家にあった、一人で写っている写真ではなく、二人で写っている写真。
「これでね、さっき美咲ちゃんだってわかったのよ。浩一くんには死んだ恋人だって聞いてたから結構驚いたけどね。」
一拍おいて、話を続ける。
「ちょうど1ヶ月くらい前かな。この写真を持ってきて、美咲ちゃんとも想い出話をしてくれてね。そこまでは事故で恋人を亡くした人ならよくあることなんだけど、その日はやけに浩一君何か決心したような顔していてね、想い出話から美咲ちゃんの話になったのよね。」
カモミールティーを一口すすると、宮下さんは更に続けた。
「美咲には俺のことを忘れて幸せになってほしい。美咲が幸せになってくれれば、俺は何も要らない。美咲には幸せになってほしい。俺は他に何も要らない。すべてを失っても、美咲に幸せになってほしい。美咲に幸せになってほしい。」
涙が頬を伝う。
浩一のことばが、うれしかった。
宮下さんは何も言わずに、ハンカチを差し出してくれた。
「このあと、浩一君とは連絡がないわね。まさかこんなことになってるとは思わなかったけど…」
真剣な顔で、宮下さんは続けた。
「私はこういう職業をやってるけど、こういう奇跡のような経験は一度もしたことはないわ。でも、話を聞く限り、すべて現実だと思う。職業柄、ウソをついているひととか、わかっちゃうからね。それになにより、美咲ちゃんを見ていてウソだとは思えない。現実に起こったことだとしか思えないわ。現に私は浩一君、美咲ちゃん、両方に会っているわけだし。美咲ちゃんはこれを現実だと認識していると思う。あとは、美咲ちゃんの問題ね。ちょっと手厳しいようだけど、私から言えることはこれぐらいかな。私には美咲ちゃんにカウンセリングとかはしてあげられないわ。傷口を広げちゃうことになるだけだと思うから。」
そういうと、宮下さんはカモミールティーを飲み干した。
「ここから先の選択は、美咲ちゃんに任せるわ。ごめんね、冷たいようだけど、それが美咲ちゃんのためだと思うから。」
やさしい微笑で宮下さんは私を見つめていた。
「ありがとうございます。」
本当に、心からお礼を言った。
「いえいえ、少しでもお役に立てたらうれしいかな。」
本当にやさしい微笑だった。

「いいの?時間遅いから、もし良かったら泊まっていっても良いんだけど…」
病院の玄関で、宮下さんが心配そうに呟いた。
「いえ、大丈夫です。本当にありがとうございました。」
私には行かなければならないところがあったから。
「そう…またなにかあったら、相談しに来てちょうだいね。それと…」
宮下さんが何かを言い足そうとして、言葉に詰まった。
「…うん。なんでもないわ。じゃあ、気をつけてね。」
はい、と返事をして、宮下さんの病院を後する。
一度だけ振り返り、宮下さんにもう一度深々と礼をした。

7、エピローグ

ざーっ、と波の音しか聞こえない、海の波打ち際に立った。
初めて浩一とキスをした、想い出の場所。
無邪気にはしゃいでいたあのころと同じように、靴を脱いで、裸足で同じ場所に立ってみる。
空を見上げると、満天の星空が輝いていた。      Fin










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