・・・・ ・・・ ・・ ここには何もない。 ここは漆黒の混沌の世界。 まるで深いの海の底。 音も、光も、何もかもが感じられない。 あるのは妙な浮遊感と、自分という存在のみ。 時の流れも例外ではない。 時の経過は周りの風景の変化によって感じ取っている。 それゆえにこの何もない世界では時の流れを感じ取れない。 否、この空間の時は止まっているのだ。 いつまで続くのかわからない時間。 果たしてそれに終わりはあるのか。 突然の頭痛。 痛い。 痛みと共に意識が薄れる。 痛い、痛いのにその痛みさえも分からなくなるほどに、俺の意識は消えかかっていた。 ふと、意識が途絶えかけた時、誰かが側に居るような感覚に見舞われる。薄れる意識の中、誰かの声が聞こえた気がした。 「ごめんなさい…」と。 |
紅月夜 〜くれないつきよ〜 |
ツヴァイ |
暗い闇の中にいた 何もない 光も音も、ここには何も存在しない あるのは、虚無、絶望、不安 水中にいるような浮遊感は、そこを原初の海と連想させる 時間軸が歪んだこの空間は、時の経過も後退ない、止まった世界 俺は、その海の底で、眠りに着く いや、睡眠ではなく、意識の遮断と覚醒 それだけの行為を繰り返す この「狂気の世界」で理性を保つには、それしかなかった この世界は原初の海 全ての可能性を秘めている 俺は自ら、意識を落とす 次に目覚めるのは何時のことか 否、考えるだけ愚問である そうして、俺の意識は深い海の底へと沈んでいった・・・ 意識を覚醒させる。何らかの変化を感じたからだ。眠りについてからどれだけったたか それは答えられない。いや、答えられないのだ。ここには時間と言うものが存在しないのだから・・・ しかし、はっきりとした変化は感じ取れる 前とは明らかに違う、俺以外の意識の存在を感じたのだ 疑惑、憎悪、怒り、失望、悔やみ それらの感情は泥のように渦巻き、自らの存在を主張するかのごとく感じられた 俺のいつ消えるかわからない、小さな意識とは違う。それは原初の海に誕生した、命のそものだった そして・・・ 俺の意識は、その新たな命に感化されていった・・・ -----熱い。 火の手が上がる。 -----世界が真っ赤だ ここはもう落ちたも同然だ。そしてこの戦、我らが勝利は目前であった。 -----意識がはっきりしない。まるで夢の中のようだ オーディンの犬どもは全て討ち倒し、残るはフレイのみ。 あの男、以外にもしぶとい。流石はオーディンの右手と呼ばれることはある。 だが、それも今となっては無意味。 オーディンは死に、残ったものは薄汚れた誇りと言う外衣。 ここまで追い詰めたのだ、最早戦う力も気力も残っておるまいて。 -----これは、誰かの記憶?俺は他人の記憶を覗いているのか。だが・・・ そして・・・ 「ぐはぁ・・・」 フレイの胸に我の「爪」、否「剣」が突き刺さる。 これで終わったのだ 予想通り、フレイは戦う力さえ残ってはいなかった。それも当然のこと。これだけ追い込んだのだ。 並みの者ならその過程で、既に死んでいるだろう。それだけのことをして来たのだ。それでなお、生きているこ奴は賞賛に値する者だ。 フレイの命の灯が消える そして、奴が死の合間に言い放った言葉が、我の運命を変えるこことなろうとは、だれが予測できようか。 -----この記憶は・・・ 「ふっ。良い顔だな、火の国の王よ。我が主を殺し、私を追い詰め、貴様は一体何を望む?」 っと、あと数刻で死ぬ身でありながら聞いてきたので、我は知らぬ者がもはやいないとまで思われた己の悲願を答えてやった。 「言わずと知れたこと。この汚れし世界を浄化し、新たな世界を築き上げることこそ、我の望むもの。新たな秩序をこの手で作り上げるのが、我の悲願。その為に、今まで何万と言う数の者達を切り捨ててきたのだ。」 するとこ奴、在ろうことか笑い出したではないか。 「ははははは。スルトよ、貴様何も知らぬのだな。ロキの手の上で踊らされていると言う事に気がつかぬか。それとも、よほど信頼しているのか?おめでたい奴だな、貴様は。新たな世界だと?新たな秩序だと?笑わせるな。ロキの作る世界が真っ当なモノである筈があるまい。貴様が作ろうとしているのは、ロキが作りし虚像の世界だ。それが己の望むモノなら止めはしない。だが、忘れるな。諸悪の根源がロキであると言うことを。そして、貴様は自らが犯した罪をその命で刈り取ることとなるだろう。」 そう言い残し、豊饒神は消えていった。 「まさか・・・。ロキ、あの小僧が。」 薄々とは気付いていた。だが、よもやこのようなことになりえるとは。 奴の言い残した言葉から、運命と言う名の歯車が狂いだす。 その狂いは、やがて自らを滅びに導く・・・ -----なんて・・・ 「ぐっ!」 勝敗は既に決していた。 ロキは我が軍勢の殆どを手中に収め、裏切りモノを容赦なく処刑した。 「スルトよ。何を血迷ったかは知らぬが、貴様如きで私に勝てるとでも思ったのか?愚か者め。」 もう、奴が何を喋っているのかもわからぬ。聞こえるのは、自らの鼓動と、荒々しい吐息だけだ。 初めからわかっていた。奴が危険な者であることは。だが、扱いきれると思ったからこそ、我が軍勢に招き入れたのだ。それがよもやこんな結末に繋がろうとは・・・ 自らの愚かさに憎悪した。自らの弱さに激昂した。そして、自滅行為とも言えよう戦いをロキに挑んだ自分を悔やんだ。 他にも選択肢はあった。だが、そのようなことは己の誇りが許すはずがなかった。裏切りを許せるほど、我の誇りは安価ではない。ならば、己の赴くまま進むのみ。 たとえその結果、命を落とすことになろうとも・・・ 意識が薄れる。 死が目前にまで迫ってくる。 このままでは終われない。 奴を止めるまで死に切れぬ。 だが、当に魔力の尽きた我には、自らの魂の情報を我が剣に移すことで精一杯だった。 そうして、我の意識は闇の彼方に呑まれて行く。 -----悲しい記憶・・・ こうして、スルトは死に、残された焔の剣を使いロキは世界を焼き払う。世界は浄化され、新たな世界が生まれた。 偽りの歪んだ世界が・・・ 「はぁっ!」 意識が戻る。 途端、今まで闇しかなかった世界に光が溢れる。 いや、光だけではない。壁も、床も、天井も、背中に感じるベットの感触も、今まで感じなかった温もりがここにはある。 「戻ってこれたのか?」 その問いに答える者はいない。 それよりも、今自分が置かれている状況を理解する方が先決だ。 「ここは・・・。」 白い、どこか寂しい印象を受ける壁と床、そして天井。 同じく、頻繁に取り変えられているのだろう。清潔なシーツ、ベット、布団。 うん。間違いない。 俺の認識力が正しければここは・・・ 「病院?」 何故、自分がそんな所に居るのかはわからない。 だが、事実ここに居るのだからそれを受け入れるしかないのだ。 ふと頭に何かが過ぎった。 -----何か大切なことを忘れている? だが、それは思い出せない。 何故ここにいるのか? それと、俺が目覚めたここは今、何年の何月なのか? わからない。 わからないことだらけで、受け入れられない。 これではまるで、出来の悪いドラマでよく使われる「記憶喪失」ではないか。 「くそっ!」 困惑を紛らわすため、腕を壁に叩きつける。 加減なんてしなかった所為か、壁に打ち付けた手からは血が出て、綺麗な白色の壁を汚し、真っ赤な朱色に染め上げていた。 その様が、どこか見たことのある光景のように思われて、思わず硬直してしまっていた。 その時・・・ 「きゃっ!」 人の声。 奇声ではあったが、確かに人の声が聞こえた。 急いで声のした方に目を向ける。 すると・・・ 「あ・・・・せ、先輩?」 そこには、何気に見覚えのある女の子がへたれ込んでいた。 「罹乃?」 月村 罹乃(つきむら りの)。 俺の学園のクラス担任、「月島流」の実の妹だ。 流と知り合ってからは、毎日道場にお邪魔していたが、余り彼女とは話したことが無かった。 いや、会ったこと自体が十回あるか無いかと言う、殆ど他人みたいな関係だった筈なのだが・・・ 「なんで、罹乃がここに居るんだ?」 思わず、思っていたことを口に出してしまった。 それが原因なのか、彼女はまるで放心状態のご様子だ。 そして、何故か涙をその瞳に浮かべながら、彼女は言った。 ------おかえりなさい。 売り言葉に買い言葉の要領で、俺は思わず・・・ 「ただいま。」 と答えていた。 「うん。大体状況はわかった。ありがとう。」 俺は嬉泣きしていた罹乃が、話せる状態になると「どうして俺はここにいるのか?」と訊ねた。 すると彼女は、強張った顔をして俺に言った。「先輩は事故に遭われたのです」と。 その後、詳しい事情を聞いて、今やっと状況が飲み込めたというわけだ。 にしても、俺も運がいいのか悪いのか。 幸い、事故に遭った時、外部に損傷は無く、脳も正常。 何故眠ったままなのか、医師もわからなかったと言うが・・・ まぁ、無事に黄泉から帰って来れたからいいか。 それよりも今は、何故罹乃がここに居るのかが気になっていた。 「なぁ、罹乃。さっきから気になってたんだが・・・。」 罹乃は「?」と言う様子で首を傾げ・・・ 「何で、俺の病室にお前がいるんだ?」 途端、驚いた表情を浮かべ、すぐに今にも泣きそうな顔に変わった。 っと、これは不味い。 言い方が悪かったのか。 俺は咄嗟に、フォローに掛かる。 「いや、別に嫌なわけじゃないんだが、俺達ってそんなに顔も合わせたこともないだろ?なのに『何でかな?』って思ってさ。」 すると彼女の表情は元に戻る。 そして、慌てて俺に言葉を返す。 「そ、そうですよね。あははは、私ったら勘違いしてしまって。すいません。」 いや、謝るのはこっちなんだって。 まあ、それはいいとして・・・ あ、危ないところだった。 男たるもの、女を泣かせるとは一生の恥だからな。 ほっ、っと息をついたところで罹乃が事情を淡々と話す。 ふむ、どうやら俺の両親に頼まれていたらしい。 俺の両親は、数年前事故に遭い死亡した。 原因は知らされていない。ただ「事故に遭って死んだ」としか医師は教えてくれなかった。 そして、「自分たちが倒れたときは俺を頼む」と罹乃に言い残したそうだ。 両親を失ったことによって俺は一人暮らしを余儀なくされたのだが、そのおかげでこんな境遇に置かれることになるとは・・・ 「あっ、いけない。先輩、すみませんが今日はこのあたりで帰らせてもらいますね。」 と、話を始めてから大分たったのか、そう言って罹乃は立ち上がった。 「ああ。無駄話につき合わせて悪かったな。」 そう俺が言うと、罹乃は慌てて言葉を返してきた。 「いえ、楽しかったです。あ、あの・・・先輩、その・・・。」 何か話したいことでもあるのか、罹乃はなんだか落ち着きがないように目をキョロキョロさせ 「あ、明日も来ていいですか?」 と、モジモジしながら消えそうな声で質問してきた。 その仕草がなんとも可愛らしかったので、つい笑みがこぼれてしまった。 何とか堪えようとしたが、無駄なことだったようだ。 「くっ、ぷくく。まったく、罹乃は馬鹿だなぁ。病人は何時も暇してるんだから、見舞いに来てくれるなんて願ったりだよ。だからそんな遠慮するな。また無駄話にでも付き合ってくれよ。」 笑った俺を見てほっとしたのか、自らも微笑みを浮かべて 「はいっ。是非お邪魔させてもらいます。」 と、最高の笑顔を見せた。俺は、そんな罹乃に赤面しながら、別れの言葉、再開の言葉を送る。 「また、明日な。」 ふと目を覚ます。 暑い。 罹乃が帰ってから俺は、お世辞にも旨いと言えないような病院食を食べ、そのまま寝たのでった。 時計を見ると、夜中の12時を指している。 それにしても暑い。今は季節で言うと冬、月で言えば12月。なのにこの暑さは何だ。 頭も上手く働かない。まるでサウナの中の様だ。 「こんなところに居たら、暑さでどうかしちまう。」 俺は病室を抜け出す。 とりあえず病院の外に出た。 暑い。 何なんだこの暑さは。まるで体が焼け石になったかの様に熱を帯びている。 暑い。喉が渇く。足りない。俺にはあるものが不足している。 幸いも餌はそこら中にある。まずは人が集まりやすいところに行くべきか。 俺は移動を始めた。 暑い。喉が渇いて死にそうだ。 待てない。今すぐに必要だ。 足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。 ------魔力が足りない 俺は近くの公園に移動した。 あそこは若いカップルがよくいるのだ。 もうすぐ手に入るのかと思うと、酷く興奮した。 いた。 何も知らないカップルがいちゃついている。 ------下種が 途端、俺の左手が猛烈に熱くなる。 だがそんなモノ、この飢えに比べたら些細な事だ。 俺の左手は凶器となる。 爪は鋭く長く強靭になり、手は肘の辺りまで硬い、甲羅の様なもので覆われた。 月夜に照らされたそれは、狂気の美しさを秘めていた。 ------狩れ そして、俺は獲物に襲い掛かった。 が、それを遮るモノがあった。 突然に飛来したソレは、俺の首を刈る為に伸びてきた。 ------なに奴だ 「だれだ?」 咄嗟にかわす。 邪魔が入っては狩猟も出来ない。狩りは邪魔者を殺してからではないと無理か。 俺は敵意の意を込めて、邪魔者を睨む。 すると、月の光が、暗殺者の姿を照らし出す。 その姿は美しく、そして冷めていた。 「そろそろ来る頃だと思ったわ。その人間の魔力が並外れて高いとは言え、あなたを維持していくには長くは持たない。だから必ず魔力の補給が必要になる。人間の活動力、すなわち命と言う魂魄をね。だけど、そんなことはさせない。そんなことに、その人間を巻き込むことはできない。だから、私は貴方を止める。」 女は手にした得物を構える。 ------下らんな 何故か、そう思う。 俺の中の何かが言う。 何故だろう、俺の意思とは関係なしに口が動く。勝手に声が出る。 「解せんな。貴様はこの人間を助けるため、我の剣を託したのであろう?なら、何故我を止める。貴様の言うとおり、魔力とは活動力、すなわち命そのもの。ならば、魔力の尽きたこの人間はいずれ死ぬ。一度は助けた者を見殺しにすることが、貴様ら「ノルン」の教えなのか?」 皮肉を込めて、俺でない者が俺の声で言う。 コイツの言ってることは理解出来ない。 魔力だなんて御伽噺を持ち出すなんて、どうかしてる。 「確かにここで魔力の供給を断ったら、その者は死ぬでしょうね。ですが、もし貴方が魔力の補給をしてその人間が生き長らえたとしても、それはその者が望んだことですか?貴方を野放しにすれば多くの人間が命を落とすことになる。多くを救うなら、少なきを殺めろ。助からない者は切り捨てる。それが「ノルン」の教えです。」 「なるほど。どうあっても我の邪魔をするつもりか。ならばその命、最早逃れられぬ。「死」と言う「運命」からな。」 すると、女は薄ら笑いを浮かべた。 「死ぬのは貴方です。炎の国の王「スルト」。それと、忘れましたか?私が「運命」の女神であることを。」 一瞬のことだ。 女が喋り終わる前に、俺の体は駆けていた。その「命」を狩るために。 そして、女も動く。桁違いの速さで、俺の「魂」を刈るために。 死の宴が始まる。 月が照らす夜の公園を、赤く染め上げる。 紅月夜 朱の夜は、ここから始まった・・・ |
[後書き] どうも、作者のツヴァイです。 今回も修正版ですが、深く見直してみるとおかしなところって意外とあったりします。 修正後も、おかしなところがあるかもしれません。 精進あるのみ。 がんばっていきますので、ダメダメ作者に後少しだけお付き合いくだされば嬉しい限りです。 |
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