りょうてにいっぱいのそら
 結月 水葉





ベッドの隣にある、薬入れの引き出しの中にそっとしまわれている日記帳。
時々、私はそれに思ったことをとりとめもなく綴った。
書くのは私、読むのも私。それはとても寂しいことだけど、とても気が楽なこと。
この日記の中で、私はどこへでも行ける。好きなことをして遊べるの。
そうして、私はそれを夢に見られるように強く願って、目を閉じる。
「きょう、しんせきのおじさんがおとこのこをつれて…」
さらさらと鉛筆で書き綴って、ぱたんと日記を閉じる。
誰も知らない。私しか知らない、ほんの少しの短いお話。



「しろいしろいびょういんのなか
 くすりのにおいがとれないべっどのうえで
 ものごころついたときからよこになっていて
 きこえるのはおいしゃさんやかんごふさんのいきかうあしおと
 とおくでこどものはしゃぐこえがしているばかりで

 みえるのはひらかれたまどのそと
 じゆうにとんでいくとりたちと
 じゆうにかたちをかえるあおじろいくもと


 しかくいそら


 あとはたまにおみまいにくるおとうさんやおかあさんの
 なんだかつかれたようなえがおだけだった

 きせつはめぐるというけれど
 まどからみえるそれはただてれびのなかのできごとのようで
 ときおりまどからはいってくるかぜも
 なにもとどけてくれることはなかった」

親戚のおじさんが連れてきた男の子とお話をしました。
その子は晴れの日も、雨の日も変わらず病室に遊びに来てくれました。
とても嬉しかったです。私にとって初めての友達でした。
そして、初めて好きになった人でもありました。
早く病気を治して外で一緒に遊びたいと思ったのですが、一向に良くなりません。
それに何だか、咳が止まらなくて、最近はその中に血が混じるようになってきました。
心配になって、お医者さんに聞いてみたけど
「大丈夫だよ、そのうち良くなるから」としか言いません。
でも食欲も無くなってきて、日に日にやつれていく自分の体を見ていると、とてもそうは思えません。
ある日、ベッドに横になっているのに、貧血を起こしたように気が遠くなりました。
意識が途切れる直前、これで死ぬのかな…と、ふっと思いました。
最後にもう一度、あの子に会いたいな…と思うと、目の前が真っ暗になりました。
誰かが私の名前を呼んでいる、聞き覚えのある声。
親戚の男の子が、私を呼んでいました。
目を開けると、そこは天国でも地獄でもなく、病室でした。
でも、私を呼んでいたはずの男の子は居ません。
近くの看護婦さんに聞くと、面会時間ギリギリまでここに居た、とのことでした。
もっと早く目を覚ませば良かった、と後悔しました。
その夜、どこから入ってきたのか、親戚の男の子が病室に来ました。
外へ行こう、という男の子の意見にうなずいて、私たちは外に出ることにしました。
私はもう自力で歩くほどの体力も無くなっていたので、おんぶしてもらいました。
ちょっと照れくさかったけど、男の子の暖かい背中が何だか心地良かった。
病院の施設内にある芝生にしか行けなかったけど、外はとっても広く感じられた。
藍色の空に向かって伸びをすると、抱え切れないほどの、両手に一杯の空。
二人で見上げた夜空が驚くほどキレイで、思わず泣きそうになりました。
すると、男の子はぎゅっと手を握って、私を落ち着かせてくれました。
心臓の鼓動が外に聞こえてしまうのではないか、というぐらいどきどきしました。
またここに来ようねって約束して、男の子は私を病室まで送ってくれました。
別れ際に、男の子の袖を小さく引っ張って、振り向いた男の子のほっぺたにキスをしました。
驚いた男の子はぎこちなく別れの言葉を言って、病院からこっそりと抜け出していきました。
もう一度会えて、本当に良かった。
きっと私は、届かない未来にキスをした。
大切なこの時間と、大切な人と、側に居たかった自分を重ね合わせて。
…それから数日経って、私は窓から、空の向こうへ消えていく風船を見ました。
窓から見える四角い空は、ここからほんの近くに見えるのに。
それはどんなに願っても叶わない未来のようで。
ここ何日かの間、眠くて眠くてしょうがありません。
私は日記を取り出して、最後の日記を書きました。
書き終わった後、ゆっくりと目を閉じました。

そうして、もう私が目を覚ますことはありませんでした。
だから、その後…日記がどうなったかはわかりません。



一人の女の子が病室から居なくなって、
薬入れの引き出しに遺された日記に気付いたのは男の子だけだった。
最後のページ。
「ふうせんがとんでいく
 だれもいないそらへ
 とべないひとたちをみおろしながら
 まっさおなそらへ
 やがてなにもないそらへ
 すいこまれるようにきえていく
 そしてそんなふうせんがあったことも
 みないつかわすれてしまうだろう

 そらにきえていく
 だれかのわすれたあかいふうせんも
 それをながめるかげのようなわたしも
 ゆるやかにながれるくもにまぎれて
 てをのばしても
 もうとどかないばしょへ」

男の子は、その日記を最後まで読んだ後、涙をこらえながら最後のページに書き足した。
「だけど
 そんな風船があったことを
 太陽のように真っ赤なその色を
 誰かがほんの少しだけでも覚えているなら
 きっとそれは
 この空が無くならないように
 消えてしまわないように
 そこにずっと―――
 変わらずにあるよ」










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