2013年 12月31日 PM11:58 真冬の刺すように冷たい風が、俺の歩む場所と同じ方向に吹いていた。まるで俺に早く行けと急かしているかのようだ。 辿り着くべき場所までは、あと10mと離れていない。俺の視界はその場所を確実に捉え、その中心に彼が映っていた。 彼の佇む姿には、一切の迷いも感じられない。ただ真っ直ぐに、凛として立っている。 そして俺は彼の背後に立った。彼は俺の存在に気付いているだろう。こちらを振り向かないだけで。 「・・・・・・ハッピーニューイヤー。」 彼が小さく呟く。時刻は0:00を廻っていた。 |
EVER17 〜BEFORE 2017〜 HELLCHILD作 |
「・・・・・・考えは変わらないんだな。」 遼一がこちらを振り向く。その顔に表情は無かった。氷のように冷たい眼差しと、能面のような無表情で、こちらを見る。 「ああ。このまま死ぬわけにはいかない。何より、お前をこのまま死なせたくない。」 何度言われても同じだった。俺は死にたくないし、遼一を死なせたくもない。 「もう後戻りできない所まで来てるんだぞ。警察は容赦しないはずだ。」 「それでもいい。このまま何もしないで死ぬよりマシだ! このままじゃオレは・・・・・・悔しいんだ!!」 もう限界だった。全ての想いをぶつけるため、声のボリュームを最大に引き上げる。その声で、遼一に言った。 「オレ達はまだ生き抜いてはいない。何も築いてはいない。長い眼で見れば、オレ達がやってきた事なんて、小さな事に過ぎないんだ。 お前が永くない事は、オレにだって解る。だけど、時間が無いわけじゃないはずだ。むしろ、まだ時間はある。 最後の瞬間は、まだずっと先の話だ。その時までオレは、お前と一緒に生き抜きたいんだ! これからお前にどんなことがあろうと、オレは味方でいてやる。オレだけじゃない、菊地達3人だって、ずっとお前の仲間でいてくれるはずだ! お前にだって、生きる力は残っているはずだ。その力を全部振り絞って、生き抜くんだ!」 喉と腹に全ての力を込めて叫んだ。自分の全てを賭してでも、遼一を死なせたくない。俺の中の感情は、もはや義務感に近いものだった。彼を彼自身よりもよく知る者としての。 「・・・・・・そうか。」 彼の返した言葉は、それだけだった。そしてジャケットの右ポケットに手を入れて、“ある物”を取り出した。 「なら、こうしようぜ。」 暴力的なまでにギラギラと黒光りするそれは、間違いなく拳銃だった。リボルバー式の物で、恐らく警官が常備している物だろう。 そしてそれを天に掲げ、左手で片耳を塞ぎながら、引き金に人差し指を掛けた。 <font size=5>ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!</font> 「・・・・・・これで残ってる弾は1個だけだ。」 空になった薬莢を外しながら、遼一が言った。そしてガラガラと弾倉を回し始めた。 「ロシアンルーレットだ。こいつをコメカミに当てて、引き金を引く。これを交互に繰り返して、生き残った方は死ぬまで生きる。そういうルールだ。」 「な・・・・・・そんなバカなこと―――――――――」 「出来ないって言うんなら、オレは今すぐにここから飛び降りるぞ。」 そう、俺達が立っているのは、崖の先端だった。ここから下の海面までは、約50mはある。飛び降りれば即死は免れないだろう。 そして遼一は、俺に拳銃を渡した。それはズッシリと重たく、凶悪的な輝きを有していた。 「まずはお前からだ。心配するな、6分の1の確率ってのは、まず外れるよ。」 そう、論理的に考えれば俺の方が有利だった。俺は常に確率の低い方の番に当たるわけだ。 だがそれでは、結局遼一を死なせてしまう。だからといって放棄することもできない。 「・・・・・・・・・わかった。」 腹を決めた。遼一が生きてくれるなら、俺の命を犠牲にしよう。もちろん死ぬのは嫌だし、もっと生きたいという気持ちもある。 しかしそれ以上に、俺は遼一に生きてもらいたかった。どうにかして生きる希望を持って欲しかった。 俺の番で弾が発射される可能性も、無いわけじゃない。俺は銃口を右のコメカミに押し当てて、引き金に指を引っ掛けた。 ―――――――――――カチリ。 まずはハズレだ。やはり遼一の言うとおり、案外当たらない物である。 「よし、じゃあ次はオレだな。」 俺の手から拳銃を取り、何の躊躇も無く左のコメカミに銃口を押し当てた。もう死に対して何の恐れも無いのだろう、だからこんな無茶な真似が出来るのだ。 「アタリかハズレか・・・・・・どっちかな?」 ―――――――――――カチリ。 今回もハズレだった。ここからが本当の確率勝負となるのだろう。 「んじゃあ、お前の番だ。」 遼一から拳銃を受け取り、またさっきと同じ場所に銃口を突きつける。 考えてみれば矛盾した話だ。通常はハズレを望むのに、俺達はアタリを望んでいる。 何処かしら頭がイカれてるのだろうか? 多分そうだろう、でなければこんな真似自体しないはずだ。 結局、今も昔も変わらない。俺達は死に向かって、少しずつ歩いている。ただその理由が違うだけ。 そして今、俺はその歩みを速める――――――― ―――――――――――カチリ。 またハズレだ。 「さぁて、いよいよヤバくなってきやがったな・・・・・・ここらで決まるんじゃねぇ?」 俺から拳銃を受け取る。そして、また自分の左のコメカミを狙う。 「アタリか、ハズレか・・・・・・お前はどう思うよ?」 「・・・・・・ハズレだ。」 「本当か?」 「オレは、そう信じる。」 遼一の表情は動かない。恐らく俺の表情もあまり動いていないだろう。 しばらくの間沈黙が流れ、そして遼一が引き金に手を掛けた。 さあ、ハズレろ――――――――――― ―――――――――――カチリ。 ・・・・・・・・・ハズレた。 「・・・・・・最後だな、武。」 少しだけゆっくりとした動作で、俺に拳銃を手渡す遼一。 「本当の<RUBY>50%と50%<RT>フィフティ・フィフティ</RT></RUBY>だ。これでどっちが生き残るか決まる。」 そう、これで本当に決まりだ。俺か遼一か。どちらが死んで、どちらが生きるか。 先程と全く同じ動作で、全く同じ場所に狙いを定める。 (・・・・・・生き残れよ、遼一) 恐らく、これで自分は死ぬのだろう。何のことはない、かつての俺が望んだ結果だ。 俺の半生を思い返してみる。生まれてから過ごした、17年間の生涯を。 記憶があるのは4歳の頃から。あの頃は幸せだった。何も考えなくてよかったし、考えるだけの頭もなかった。 小学校に入学した頃から周りの状況が少しずつ変わっていった。周囲の眼が段々を尖っていき、孤立していった。そんなときに、俺は遼一と出会い、仲を深め合った。 中学に入学して、俺を取り巻く環境は決定した。全ての人間は俺を蔑み、嫌い、好奇と疑いの目で俺を見た。両親が俺を見放し、兄との仲も悪くなっていった。 高校になってもそれは変わらず、むしろ悪化していった。こんな理不尽なループに耐えられず、自ら死を選ぼうともした。そんな折、遼一と再会し、今に至る。 苦痛と孤独に満ちた17年間よりも、遼一と過ごした期間の方が遙かにリアルで、鮮明に思い出せた。学校を燃やし、1億円を募金し、100人をナンパし、族を潰し・・・・・・何処までもドラマティックで刺激的だった。 普通の人生では味わうことが出来ない興奮を、遼一は味あわせてくれた。それで十分だ。 さあ、覚悟を決めろ。事は一瞬で済む。どうせ痛みすら感じないはずだ。 体中から汗が吹き出る。銃を持つ手が小刻みに震える。心臓が凄まじいスピードでリズムを刻む。だがそれらを必死に押さえ、恐怖心を振り払いながら、俺は掠れた声で言った。 「じゃあよ、遼一・・・・・・」 それだけ呟くと、俺は引き金を引いた―――――――――― ・・・・・・・――――――――――カチリ。 「――――――――――――――?」 ハズレを意味する音が、あまりにも空々しく響く。 最初は何が起こったのかが分からなかった。だが時間が経つに連れ、事態を把握していく。 (助かった・・・・・・のか?) それが解った途端、安堵の気持ちが俺を覆った。体中から力が抜け、膝がガクリと折れ曲がる。拳銃を地面に落とし、地面に両手を付く。体中から汗が噴き出し、呼吸は凄まじく荒くなっていた。 「はあ、はあ、はあ・・・・・・」 だがその感覚が絶望に塗り変わるまで、そう大した時間は掛からなかった。 そうだ、これで遼一は――――――――――――― 「・・・・・・ご苦労さん。」 そう言うと、遼一は俺の右手を掴んで、俺を立ち上がらせた。力の入らない身体に鞭打って、俺は両脚を立たせた。 そしてその右手に拳銃を握らせ、銃口を自らの心臓に押し当てた。 「やれよ。」 「・・・・・・え?」 「撃てよ。遠慮すんな。」 何を言っているのかが理解できない。目の前で起こっていること、遼一の喋っていることに、まるでリアリティがなかった。 「な・・・・・・何を、言っているんだ?」 「はじめから6発目に来るようにしてたんだよ。イカサマだ。」 そう、始めから俺が助かることは決まっていた。それは解る。だが意味を理解してはいても、どうやって反応すればいいのかが俺には解らなかった。 自分を撃て? 構うな? 一帯何を言っているんだ? 何故だ? 何故俺が遼一を殺さなきゃ・・・・ 「なんで・・・・・・なんでオレが遼一を殺さなきゃ・・・・・・」 「自殺することは簡単だ。だけどそれじゃあ、病気や運命に負けたって事になる。それが癪なんだよ。 どうせ死ぬにしても、せめて最後まで抗ってから死にたいんだよ。悪いんだけどさ、殺してくれない?」 普段の冗談を言うような口調で言う。それがリアリティの欠如に拍車を掛ける。 どうにかして状況を理解していくと、自然に疑問が溢れてきた。 「なんで今死ぬ必要があるんだ?」 「今すぐにでも死にたいからだよ。」 「だから・・・・・・」 「くっ・・・・ゴホッ!」 俺が次の言葉を言う前に、遼一が咳き込み始めた。間違いない、例の発作だ。 両膝を付き、地面に向かって咳をする度に、血が遼一の口から溢れ出す。発作を目撃したのは、これで3度目だ。 「グッ、ゴボッ・・・・ゴバァッ!!」 だが、この前に見た発作とは明らかに違う。吐血の量が半端ではない上に、顔面は死人のように蒼白だった。おまけに体中が小刻みに痙攣している。 「な・・・・・・や、やばい、救急車!」 ジャケットの内ポケットにはPDAがあったはずだ。これで救急車を呼び出せる。俺は右の内ポケットに手を入れ、PDAを取り出した。 しかしPDAの電池は既に切れていた。既に電池切れのランプすら灯っていない。 「くっそーっ!!」 役立たずのPDAを地面に叩きつけ、腹いせに左足で踏み潰した。粉々に破壊され、細かい部品が散乱する。 だが遼一の発作も収まってきた。両肩で息をし、口の端からは血が垂れているが、どうにか落ち着きを取り戻したようだ。 数十秒間は沈黙が続いただろうか。その後、遼一は左の内ポケットから“ある物”を取りだした。 「武・・・・・・これ、見てくれ。」 そうやって俺の左手にそれを手渡す遼一。俺はその掌にある物を眺めた。 それは薬だった。赤や緑のカプセルの他、2つの錠剤があった。俺はそれに見覚えがあった。 「これ、まさか・・・・・・」 「・・・・・・医療用のモルヒネ、そして精神安定剤だ・・・・・・」 何度か教師がHRで注意していたことがある。これらは麻薬だと。 だが医療のための合法的な物があることも教えられた。今俺の手元にある物は、その時に目にした物と一致していた。 「ずっとずっと・・・・・・1秒たりとも痛みが収まる瞬間はないんだ。だからそんな物に頼るしかない。依存症になるのを承知でだ。 それに、オレの病気がどのくらいの速さで進んでいるのかは、医者にも解らないんだ。いつ死ぬか解らない・・・・・・1秒後には、既にオレは死んじまうかもしれない。そう考えると、気が狂いそうだった。だから・・・・・・」 唇を噛み締め、拳を力の限り握るその姿は、あまりにも悲痛だった。 今頃になって、やっとわかった。遼一がどれだけ苦しみ、絶望を味わいながら生きてきたのかを。 「薬に頼るたびに、身も心もボロボロになっていく。それでも生きなきゃならなかった。お前と生き抜くために。 でも、もうこれ以上は・・・・・・これ以上は耐えられないんだ! このまま生きていたって、心も体も朽ち果てていくだけだ!! 絶対に満足な死なんて得られないんだよ!!」 最後の方は、もはや悲鳴に近かった。全ての痛みを吐き出したような、そんな声色だった。 ここに来て、やっと俺は現実を理解した気がした。いや、本当に理解していなかったのか、認めたくなかっただけなのか、それは解らない。 今まで俺は、遼一を救えるはずだと信じてきた。彼にも生きる喜びが存在するんだと。 だが、そんな物は無い。このまま生きていても、結局は破滅に向かって突き進んでいくだけなのだ。歩む道は唯一つ、心身共に腐り果てて呆気なく死ぬだけだ。 「救いなんて有りはしないんだ・・・・・・少なくともオレにはな。」 震える脚で立ち上がり、俺の右手を掴む。そして再び銃口を自身の心臓に突き立てる。 「ムチャな願いだってことは判ってる・・・・・・でも自殺するのだけはイヤなんだ。何にも抵抗できないで、ただ絶望しながら死んでいく事だけは・・・・・・それだけは・・・・・」 両手で俺の右手を包み込む。その両手に体温は無く、氷のように冷たかった。 握力は殆ど残っていないのだろう。掌は小刻みに震えているし、右手に感じる力も弱々しい。だが力を振り絞っていることだけは解った。遼一の表情を見れば明らかだ。もはや立っていることすら困難なのだろう。 「・・・・・・頼む・・・・・・」 <center>・・・・色々と、ありがとうな。 ――バカヤロー、礼なんて言ってんじゃねーよ!―― 短い間だったけど、一緒に入れて楽しかった。 ――オレだって・・・・オレだって楽しかった。だから・・・・―― 菊地達のことは頼んだ。あいつら、結局オレが居ないと何も出来ないからさ。 ――なら、お前が一生傍に居てやれよ! あいつらだって、それを望んでる!―― お前ならオレの代わりに、あいつらの傍に居てやれるだろう。頼んだな。 ――オレは・・・・そんな人間じゃない・・・・オレはお前みたいになんて・・・・―― オレの私物とかは、お前の自由にしていいよ。財産の相続って事にしとくからさ。 ――そんな物、いらない。オレが本当に欲しいのは・・・・―― 葬儀とかは別にやらなくていいよ。どうせ親族も集まらないだろうしな。 ――オレは・・・・・・オレは・・・・・・―― 後のことは任せたからな、武。 ――オレには・・・・・・何が出来る?―― オレのことは全部、お前に託すから・・・・・・ ――オレは・・・・・・何がしたい? 何がしたかった? 何をするつもりだった?―― 最後に聞いてくれ。オレの遺言だ。 ――何を望む・・・・・・何を望んだ・・・・・・―― ・・・・・・・・・生きろよ。 ――オレには・・・・・・もう何も解らない・・・・・・―― 生きている限り、生き続けろ。オレの意志を受け継いで、生き延びろ。 ――・・・・―― どんなことがあっても諦めるな。今居る自分を信じて、突き進むんだ。 ――・・・・・・―― ・・・・・・そして最後に、もう一つ。 ――・・・・・・―― オレの人生、いつも辛いことだらけだったけど、でも・・・・・・ ――・・・・・・・・・―― オレは武に出会うことが出来て・・・・・・嬉しかったよ・・・・・・ ――・・・・・・・・・・・・!!!―― </center> <font size=5>――――――――――――ドンッ!!</font> <center>――――――その刹那。 微かな声が聞こえたような気がした。 それは空耳だったのかもしれない。 だけど確かに聞こえた。 囁きにも似た、とても小さな声が。 『ありがとう』と・・・・・・ </center> 何時の間にか、雪が降っていた。純白の結晶・・・・・・天使の羽にも似た、白の欠片。 俺の視界は真っ白だった。そしてその中に、たった一つだけ、鮮やかな紅が映っていた。 まだ温もりが残る、人肌の暖かさの朱。それは俺の両手、そして体中を濡らしていた。 そして横たわる亡骸の顔は、とても安らかに見えた。まるで微笑みを浮かべながら眠っているかのような、至福の表情・・・・・・そんな風に見えた。 そっと手を伸ばして、骸に触れる。そこに温もりはなく、あるのは雪と同じ冷たさだけだった。 「あ・・・・・・・・・ああ・・・・・・」 雪が空から舞い落ちる。もう届くことはない。どんなに手を伸ばしても、目の前が霞んで何も見えない。 「うああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!!!」 『約束、だからな!』 『ああ。指切りな!』 |
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