EVER17 〜BEFORE 2017〜
                             HELLCHILD作

最終話『―I’ll・・・―』


 
 
 その後しばらくの間、俺は留置場に入れられることとなった。
 あの後警察が駆けつけ、俺はその場で逮捕された。銃声を聞いた近隣の住民が、警察に通報したらしい。
 本当なら少年院行きになっても仕方がなかったが、遼一の件に関しては“自殺幣助”という形が取られ、結果として3週間留置場に入れられるだけに留まった。
 その間のことは何も覚えていない。取り調べの刑事の顔すらも覚えていないし、自分がどんなことを喋ったのかも解らない。何もかもがどうでもよかった。その間に正式な退学処分が決定したらしいが、そのことを報告されたことすら虚覚えだった。
 
 学校に置いてある荷物を取りに来いということで、俺は学校へ向かった。
 案の定、学校中の生徒が奇異の目で俺を見た。恐らく『仲間を銃殺したイカれた少年犯罪者』とでも伝えられているのだろう。さっさと教室に行って荷物を取りに行きたかったが、あの3人が突然行く手を阻んだ。
「武さん! 一体・・・・・・どういう事なんスか?」
「おい、一体何があったんだよ? お前が遼一を殺したって、学校中で噂されてんぞ!?」
「新聞にも武の記事が書かれているし・・・・・・どうしたって言うの?」
 菊地・板谷・奈帆の3人が、俺の顔を見つめる。その表情の中には、不安と焦りが同居していた。
「お前らが聞いてるとおりだよ。オレが遼一を撃って殺した。」
「な・・・・・・!?」
 平然と口にした。もう何もかもがどうでも良かったのだ。誰に憎まれようが、もう構わなくなっていた。気を使うことも煩わしい。
 3人がショックを受けて立ち尽くしている間に、俺は教室に向かって歩みを再開した。
 数分歩いていくと、すぐに教室に辿り着いた。過剰に力を入れるわけでもなく、俺は扉を開け放った。
 教室内は休み時間中で騒然としていたが、俺が入ってきたことで急に静かになった。そして何処からか、ヒソヒソと噂話をする声が聞こえてきた。
 別にどうでも良い。本当に何もかもがどうでも良い。こういうのを自暴自棄と言うんだろうか? そんなことを考えながら、俺は鞄に教科書やノートを詰め込んだ。
 もうこの学校に来ることはないだろうし、この制服に身を包むこともない。そんなことを考えながら、俺は教室を後にした――――――――。
 
 
 家では完璧に俺を無視する方向に来ていた。本当ならとっくに勘当されているのだろうが、弱みを握られているのでは、軽はずみな行動は出来ないだろう。その代わり、もう何があってもこの息子とは関わりはない。そんな風に感じているのだろう。
 階段を上って、自分の部屋に辿り着く。ドアを開け、鞄を床に投げ出す。それから制服からジャージに着替え、ベッドに横たわる。全ての動きがまるで鈍く、自分でもコントロールできなかった。
 枕に顔を埋める。もう何も考えていたくない。このまま眠り続けていたい。
 
 
2014年 1月25日 AM10:54
 
 眠り続けていた俺を、一通の電話が現実に引き戻した。
『今夜、遼一さんの通夜があるんスけど・・・・・・来てくれませんか?』
「・・・・・・火葬は済んだんじゃないのか?」
『いや、そうなんスけど・・・・・・みんなが集まれなかったんで、どうスか?』
「別に・・・・大丈夫だけど。」
『本当ッスか!? よかったぁ・・・・・・あ、あと私服で大丈夫ですから。』
「そうか・・・・・・」
『午後8時に遼一さんの部屋に来て下さいね。それじゃあ!』
 そういって、菊地は電話を切った。断る理由もないから、OKしてしまった。
 仕方が無く、俺は寝乱れた寝間着から私服に着替え、洗面所で洗顔と洗髪を済ませた。
 家族に挨拶するまでもなく、俺は午後7時に家を出た。
 
 
PM8:00
 
 そこには、3人だけしか居なかった。
 丸テーブルの中心に、遼一の遺影があった。その周りには、スーパーで売っている刺身や宅配のピザ、ビールや日本酒などが置かれていた。余りにも安っぽくて小さい、ささやかな通夜。
「・・・・・・親族の人、誰も来てくれなかったの。」
 ぽつりと、奈帆が呟いた。
「葬儀すら誰も開いてくれなかった・・・・・・だからせめて、通夜だけはやろうと思ってな。」
 俺はゆっくりとした足取りで、空いているテーブルの側面に向かった。
 ビール缶が何本かと、日本酒と、刺身と、紙コップ・・・・・・いつか遼一達とやったパーティーのようだった。
「んじゃ・・・・・・乾杯しようか。」
 板谷がビールの缶を開けた。プシュッと威勢の良い音を立てて、泡がこぼれ出る。次いで他の二人も蓋を開け、最後には俺も蓋を開けた。
「それじゃあ、遼一さんの通夜を始めます・・・・・・乾杯。」
 
 
 会話は全くなかった。みんな押し黙ったままで、上目遣いに互いを見合わせるだけだった。
 刺身やピザを食っても、味がしない。どんなにマグロにワサビ醤油を塗ったくっても、ピザにタバスコをぶっかけても味がない。ビールを飲んでも全く酔えない。日本酒に切り替えてみたが、まるでダメだった。殆ど水を飲んでいる心地だ。
「な、なあ・・・・・・せっかくだから、さ。」
 突然、菊地が沈黙を破った。顔中に冷や汗を浮かべながら、彼は言った。
「遼一さんとの想い出話・・・・・・なんてどうだ?」
 突然のことに二人とも戸惑ったが、すぐに表情を切り替えて応じた。
「い、いいねえ。」
「い・・・・いいじゃない。じゃあ哲也から話してよ。」
「え、オレから!? ん、じゃあ、まあ・・・・・・・・・初めて遼一さんと会ったのは・・・・」
 
 <center>
オレ、元はパシリだった。
他の高校の連中から、いいように扱き使われてた。
そんなとき、オレの上の連中が、遼一さんにケンカ売りに行ったんだ。
オレも引き連れていったんだけど、全員返り討ちにあって・・・・・・
でも、オレだけには全く手を出さなかった。
何で手を出さないのかって聞いたら、あの人は・・・・・・
 
『正当防衛にならないだろ?』
 
なんかその時、弱い自分がすっげー恥ずかしくなって・・・・・・
それから、オレは遼一さんに付いていくことにしたんだ。オレが強くなるために。
 
 
 </center>
「一緒にいて解ったことだけど、あの人には親友が居たらしいんだ。『死ぬまでに絶対に会わなきゃいけない人』って言うくらい大切な人らしいけど・・・・・・会えたのかな?」
「ああ、それならオレも聞いたことあっけどよ。」
「お、そうなん?」
「まあ、昔はオレも色々あってさ、最初っから順を追って話してくと・・・・・・」
 
 
<center>昔はケッコー荒れててさ。
中坊のクセしてチーム入って、シャブ漬けになってた。
オレが15になったばっかの頃、カツアゲした連中が返り討ちになったって事があった。
その返り討ちにしたのが、遼一だった。
もともと同じ中学のクラスメートで、そいつがそこまで強いと言うことに、オレは驚いた。
チーム全体でボコボコにしよーと思ってたけど、そいつメチャクチャ強かった。
何よりも恐れを知らなかった。こっちは鉄パイプとナイフなのに、アイツは素手で突っ込んでくるんだ。
全員が返り討ちにあって多けど、オレには手を出さなかった。その後、アイツはこういった。

『お前と違って、オレはまだ生きなきゃいけないんだよ。のたうちまわってでもな。』

</center>
「そういわれて、オレはただ自分が逃げてるだけだって事に気がついた。それで必死で勉強して、クスリも止めて、高校に入った。同時に、遼一と親しくもなった。
何でそんな風に生きるのかって聞いてみたら『この世でただ一人の親友に会いたい』って・・・・・・」
「あ、私もその人のこと、聞いたことあるかも。」
「へぇ、そうなんか?」
「うん、私と遼一の出会いを説明していくと・・・・・・」
 
 
<center>私、元々は売春をやってたの。
汚いオヤジと寝るだけで金が貰えるからって、タカをくくってた。
この身体を売って得た金が私の価値なんだって、有頂天になってたの。
そんなとき、同じ高校だった遼一に見つかって・・・・・・
ラブホテルから出てきたところを呼び出されて、公園に連れて行かれた。
どんな説教かますのかと覚悟してたけど、遼一が言ったのはたった一言だけ。

『お前の値段は身体だけか? それって・・・・・・虚しくねぇ?』
</center>
 
「それで気付いたの。身体よりも大切なものがあるって。
それからずっと遼一と付き合っていって、私も聞いてみたの。遼一の大切なものは何かって。
そしたら遼一は『絶対に会わなきゃいけない、大切な人が居る』って・・・・・・・・・」


ゴンッ!!


「いい加減にしてくれよ!!!」
 大声を上げて、テーブルを叩く。
 3人が驚いて俺の方を見る。目を見開いて俺の眼を凝視する。
「一体何を・・・・・・何を期待してるんだ? オレに何を期待してるんだよ!!」
 立ち上がって、玄関の方に駆け出していった。限界だ、もう我慢がならない。
「た、武さん!」
「ついてくんじゃねー!!」
 大声で菊地を制し、玄関で靴を履く。
 乱暴にドアを蹴り飛ばすと、急いで駆け出していった。
 
 
 自宅に戻ると、すぐさまベッドに身体を投げ出した。うつ伏せになり、枕に顔を埋めた。
「ちきしょう・・・・・・遼一・・・・・・」
 もう限界だった。出来るならこの場で眠り続けたかった。起きていたくない、もうこんな現実なんて見たくない、そんな考えが俺の頭を支配した。
「どうすれば・・・オレはどうすればいいんだ・・・・・・誰か・・・誰か教えてくれ・・・・・・」
 
 
 
 いつの間にか夜明けを迎えていた。
 気がつけば、誰かがドアをノックしていた。もう喋る気力すら残っていなかったせいで、返事をすることは出来なかった。
「開けなさい、届け物よ。」
 声は嗄れた女のもの。間違いないく母だった。
 別に返事をしなくても、そのうち勝手にドアを開けてくるだろう。もう勝手にすればいい。
 そんな風に思っていると、本当に勝手にドアを開けて、俺の部屋に入ってきた。両手に骨壺と、一通の便箋を持っている。
「菊地って人が届けに来たわ。」
 それだけ言うと、早歩きで部屋から出ていってしまった。よほど関わりたくないのだろう。
 その骨壺には『瀧川遼一』と記されていた。間違いなく遼一の遺骨だ。
 そして手紙。正確に言えば封筒だった。そこにはボールペンで、こう記されていた。
「遺書・・・・・・?」
 意外と達者な文字で『遺書』とボールペンで記されていた。
 俺は封筒の先を、手でムリヤリ引きちぎった。その中には一枚の紙があった。
 それは手紙だった。正確には、俺に宛てた遼一の遺書だった。
 





『前略 倉成武様


 どうも、武。お前がこの遺書を見ている頃には、俺はもうこの世にいないだろう。
 どんな方法で死んだかは俺にも解らないが、俺が死んだ際にはこれを武に渡すよう、菊地に伝えてある。多分自殺に近い形で死んでいるんだろうがな。

 もし俺が死んでも、悲しまないでほしい。絶望する必要なんて無い、まだお前には、未来が残っているはずだ。俺には生きる望みも、可能性もなかった。だから未来なんて欠片も存在しなかった。
 結局、俺は自分から生きることをやめた。生きていても希望なんて何もないし、むしろ絶望が増していくばかりだからだ。
 死ぬことに怯えて生きるほど、惨めなものはないんだ。薬を飲めば飲むほど体中がボロボロになっていくのに、それでも止められない。じゃないと気が狂ってしまうし、体中が痛くてたまらないからだ。
 だけど武は違う。まだお前には生きる希望が残っている。そしてその希望に向かって突き進んでいくだけの力も、お前は持っているはずなんだ。お前をずっと側から見てきて、それが解った。
 どうかお前は、自分が生きれるだけ生き抜いて欲しい。お前が精一杯生きてくれるのなら、俺は嬉しい。出来ることなら俺も生きたかったけど、それは最後まで叶わなかった。だから武が、俺の志を受け継いでくれ。それだけが、俺のたった一つの望みだ。

 最後になったけど、今まで一緒にいてくれてありがとう。お前と一緒に過ごした時間が、俺にとって何よりの宝物だった。
 お前と出会えたこと、それが俺の人生の中での唯一の希望だった。一切の誇張でなく、俺はお前に救われた。その事を誇りに思って欲しい。

 さようなら、武。心の底から礼を言うよ。全部お前のお陰だ。
 いままで本当にありがとう、そしてさようなら。


瀧川遼一より』
 
 
 
 
 
 
「遼一・・・・・・」
 側にある骨壺を見つめた。そこに遼一の足跡がある。彼が生きた証が。
 俺は骨壺を引き寄せ、抱き締めた。俺は知っている。遼一にだって希望はあったし、生きることが出来たことを。そして俺が遼一の生きる希望になりえたことを、俺はたった今知った。
 だけど俺は今まで気付かなかった。俺が遼一を助けられること、そして遼一の苦しみを和らげてやれることにすら、俺は気付かなかった。
「どうして・・・・・・」
 どうして、もっと早くに気付いてやれなかったんだろう。どんなに苦しくても、俺は傍に居てやれた。そして遼一の苦しみを和らげてやることだって出来たのだ。
 だが後悔しても遅い。彼は既にこの世を去り、この骨壺の中にその残骸が納められているだけだ。
「ちきしょー・・・・・・・・・!!」
 
コンコン。
 
 ノックの音が聞こえた後、誰かが俺の部屋に入ってきた。この足音は・・・・・・猛、兄だ。
「失礼。ちょっと話したいことがある。」
 相変わらずの演技っぽい口調。インテリぶったセルフレームのメガネ。顔立ち自体は俺と似ているが、175cmの俺と164cmの猛には、相当な身長差があった。
 肩幅も俺より狭く、身体の線は細い。体重差は10kg近くあるだろう。
「・・・・・・何だよ。」
 表情を悟られないように背を向けながら、話しかける俺。そんな姿を嘲るかのように、猛は言い放った。
「お前、もうこの家に入られないぜ。」
「ああ?」
「証拠のテープが見つかったんだよ。金庫に隠してたんだって?」
 そう、俺は親父達の裏取引の証拠テープを、親父が御用達の銀行に預けていた。親父は官僚と言うことで、銀行の職員達に顔が利いた。そしてそれは息子である俺に対してもだった。
「親父の名義で借りていたとは、お前も考えたな。だけど、親父が口座の整理をしているときに、契約した覚えのない金庫があると判ってな。問い合わせてみたら、お前が借りたそうじゃないか。」
 親父はズボラな人間だった。だから自分で物を整理するなんてことは考えられなかったのだ。
 だが、それは俺の計算違いだった。自分の口座を一斉に確認した際に、不審な点を見つけたのだろう。問い合わせてみれば、俺が借りたと言うことはすぐに判る。
「明日中に荷物を纏めて出て行くんだな。まったく、これでようやくお前とも縁が切れる。」
 安堵したように肩を下ろす猛。その姿をチラリと見ると、凄まじい怒りが身体の奥から沸き上がってきた。
「しかしアレだな。“類は友を呼ぶ”ってヤツか? ほれ、そこの。」
 猛が顎をしゃくった先には、遼一の骨壺があった。
「二人ともクズ同士でツルんでよ。その結果がこれか? ははっ、こりゃまた笑えるな。
所詮クズは何処まで行ってもクズって事だな。これがいい例じゃないか。いずれお前もこんな道を歩むんだぜ?
しかし、お前もバカな野郎だな。最初から親父の言うことに従っていれば、もっと自由に金も貰えて、豪遊できたんだぜ? いずれその資産に見合った地位と名誉を手に入れて、万々歳ってルートが一番楽だってのによ。これからのお前の人生、そこのクズみたいな――――――――」
 
 
 ドガッ!!
 
 
 次の瞬間、猛はドアを突き抜けて、廊下まで吹っ飛んだ。木製のドアの破片が宙に舞い、壁への衝撃で家全体が揺れた。
「っざけんなよ・・・・・・お前に遼一の何がわかる!!」
 右の拳がジンジンと痛む。顔中が熱いのは、恐らく顔面が真っ赤になっているからだろう。
 体中から熱と力が沸き上がってくる。さっきまでの虚脱感がウソのようだ。ありったけの眼力を込めて、俺は猛を睨んだ。
「あいつは・・・・・・あいつはどんなに苦しくても、自分の生きたい人生を生きた。心にも体にも痛みを抱えながら、生きたんだ。
結局痛みは取れなかった。最期の瞬間まで苦しんだ。けどな、オレはそんなあいつを心から尊敬してる! 最期まで自分の意志を持ち続けたあいつは、誰よりもカッコ良かった!!
少なくとも、お前みたいに何の意志も持たないようなヤツよりかは、百倍は上等だったぜ!!」
 猛の左顎は、真っ赤に腫れ上がっていた。ひょっとしたら顔面骨折モンかもしれない。
 口の端から血を流しながら、猛はブルブルと震えていた。その姿はとても卑小で脆弱に見えた。
「・・・・・・出ていってやるよ。テメーに言われるまでもねえ。今までお前等の世話になってた自分が恥ずかしいぜ!!」
 猛に背を向け、支度をした。もはやこの家に用はない。というか、この街にも用はなかった。遼一が居なくなった今、ここに留まっているのは辛かったし、何の意味も為さなかった。
「・・・・・・ちきしょう。」
 
 
 
 次の日の早朝、俺は倉成家を抜け出した。幸いポケットマネーとして300万ほどの金が残っていたので、安めのアパートくらいなら何とか見つけられるだろう。後はアルバイトでもすればいい。行く先はもう既に決まっていた。
「・・・・・・東京に行くか。」
 そう、上京して一人暮らしをすることに決めていた。いい物件が見つかるまでは、住み込みのアルバイトでもするしかない。

 俺はあの場所に来ていた。そこは全てが始まった場所だった。
 菊地達にも話はしておいた。3人とも驚いていたが、俺の決意が変わらないのを確認すると、素直に了承した。住所などはまた今度教えるつもりだ。
「じゃあな、遼一・・・・・・今までありがとう。」
 もうこの場所にもやってくることはない。遼一が死んで、全て終わってしまった。
 だが俺は、この場所での会話、あいつの姿を絶対に忘れない。あいつの遺志を忘れたりはしない。
 今の俺には何もない。遼一が死んで、全てを失ってしまった。だがたった一つだけ得た物があった。それが俺の生きる意志だった。それを失うことは、遼一への裏切りにも等しい行為だ。
「オレは死なない・・・・・・生き抜いてやるよ!」
 
 
 
 
 
 
 上京してから約4年。
 今、俺は小さな大学に在籍している。
 あれから予備校に通い、必死で勉強した。その結果、見事に大検で合格したのだ。
 なぜ大学を目指したかと言えば、何もやることがないからである。職を見つけようにも、働き口は見つかりそうにない。今は不況の時代なのだ、こんな若い人間に仕事なんてそう簡単に見つかるわけがない。それに俺自身、何をやりたいかなんてサッパリわからなかったからだ。
 そこで俺は大学を目指すことにした。当時の成績は散々なもので、必死に勉強しなければいけないから退屈しなかった。高校では理系で生物を習っていたので、専攻は薬学部にしておいた。製薬会社系の就職にも役立つだろう。
 そして、今俺はキャンパスで友人達と待ち合わせをしている。そろそろ時間のはずなのだが、なかなかやってこない。
「なにやってんだよ、あいつら・・・・・・」
 苛つきながら待っていると、向こうから人影が見えた。俺に向かって手を振っている。
「お〜い、武さ〜ん!」
 そう、菊地哲也だった。その後ろには板谷裕司・菊地奈帆も一緒だった。
「おっせーよ! 俺はすでに5分前に来てたんだぜ?」
「すんません、ちょっとバイトが長引いて・・・・・・」
「哲を待ってたらよぉ、俺らまで遅れちまったぁ。」
「んもう、講義に遅れちゃうじゃない。」
 この3人は俺が誘った。こいつらの面倒を見るというのも、俺の役割の一つだからだ。
 俺が上京した後も、こいつらはしょっちゅう俺の家に遊びに来ていた。大学に進学することを話すと、彼らは「勉強して大学に入る」と言い出した。そして今、彼らは俺と同じ大学に在籍している。
 あれから彼らも随分変わった。菊地は大学に入ってからダイエットを始め、だいぶスリムになった。
 板谷もそうだ。耳と鼻のピアスこそ昔のままだが、長いドレッドの髪をバッサリと切り下ろし、今ではボウズに近い髪型になっている。
 奈帆も髪をショートにした。今までは後ろ髪が肩胛骨まであったのだが、今では俺よりも少し長いくらいだ。
 かくいう俺も、髪を黒く染めた。正確に言えば、伸びてきた髪に色を入れなかった。今までの髪色に飽きてきたというのもあるし、今までの自分との決別という意味もある。
 みんなそれぞれ変わっていった。だが、それは表面上のカタチだけだ。
 俺の中には、今も変わらない物がある。それは・・・・・・
「じゃ、行くか。今回の講義は、出欠取るんだからな。」
「ええ。」
「おう。」
「うん。」
 
 
 俺の視線の先では、教授が生徒達に対して熱弁を振るっていた。その声は俺の耳には届かない。
 あれから俺は、必死になって生きようとした。だけど必死になれる物は、勉強しかなかった。もともと特に趣味もない男だったから、熱中できる物なんてなかった。まだ高校にいた頃は嫌で嫌で仕方がなかったが、それでもこのままダラダラと生きてたら、約束を破ることになってしまう。
 それに何かに熱中していないと、余計なことを考えてしまう。現在もそうだ。だからいつも菊地達と遊び回って、嫌なことを考えないようにしてる。要は逃避してるのだ。
 何かを見つけたかった。だけど何も見つからなかった。こんなにもモノで満ち溢れている東京でも、何も見つけることは出来なかった。
「武さん、武さん。」
「あ?」
 右隣にいる菊地が、俺の肩を叩いていた。思考を一端中断して右を見やる。
「なんだ?」
「このチケット二枚、板谷と奈帆に渡してくれません?」
「ああ・・・・・・なんじゃこりゃ?」
 そこには『海洋テーマパーク LeMU』とあった。海底の映像の上に、大袈裟な文字でそう書かれていた。
「おい。これ、菊地から・・・・・・」
「あ? なんだぁ?」
「何よ?」
 菊地の指示通り、俺の左隣にいる板谷と奈帆にチケットを手渡した。すると二人は、驚いた表情で菊地の方を見た。
「お、おい! スゲーじゃねーか、一体何処で手に入れたんだ?」
「この時期の物なんて、プラチナ級じゃない!」
「ふふん。教授に就職活動の一環だっていったら、あっさりと手渡してくれたよ。」
 俺にはなんのことだか解らないが、そうとう貴重なチケットらしい。俺は菊地に尋ねた。
「何だ、このチケット?」
「あれ、知らないんスか? 今すっげー話題になってるテーマパークっスよ。海の底にある・・・・・・」
「海の底?」
「そ。水深51mの中に建造された全く新しい形のテーマパーク、それがLeMUっスよ。」
「ふーん。でも就職活動の一環って?」
「いや、これはあんまり知られてないんスけど、このLeMUを経営してる『株式会社LeMU(株)』の親会社っつーのが、あの世界的に有名な『ライプリヒ製薬』なんスよ。」
「ライプリヒ・・・・・・」
 聞いたことはある。親父と関係があったはずだ。厚生労働省と裏で関わりがある。
 新聞でも確か一面大見出しで「新しい抗ガン剤の生成に成功」とか書いてあったような気がする。かなりの大企業らしい。
「武さんは、特に用事ないっしょ?」
「ああ・・・・・・なるほど、行ってみるか。」
「よし決まり! んじゃあ、ゴールデンウィークを活用して遊びに行きますか。」
「お、グッドアイディア。もう4月も終わり頃だからなぁ。」
「遊びまくるには絶好の機会よね。私も賛成!」
 3人はすっかり乗り気のようだ。既にはしゃぎまくっている。
 親会社が裏で何かコソコソやっているんだろうが、別に俺等にとばっちりが来るなんて事はないはずだ。
 それに今までいろいろと考えることが多すぎた。ここらで息抜きをするのも悪くはないかもしれない。そう思い、俺は5月1日を待った・・・・・・
 
 
 
 
 日差しが照りつける。
 こうして日光に当たっていると気持ちが良い。体が適度に温まってくる。
「しっかし・・・・・・とんでもない格好で来たよな、おまえら。」
 菊地はそのカジュアルな服装に全く似合っていない茶色の金縁サングラス。
 板谷はネクタイ無しの黒スーツ。ピアスを含めれば、裏社会の人間のようだ。
 奈帆はまともな方で、シンプルな花柄ワンピースに真っ白なフリルを付けている。
 そして俺はいつもどおりの私服。とてもじゃないが、この4人が友人同士には見えなかった。
「あ〜? けっこう気に入ってんだぜ?」
「このグラサン、プレミアもんなんだけどなぁ・・・・・・」
「私のどこがいけないワケ?」
 3人とも口を尖らせる。
 と、そこで場内アナウンスが響き渡った。
『整理番号09300〜09399までの方は、速やかに加圧室に入場してください』
「お、09397。俺が入る番だな。」
 菊地が整理券を見て言った。
「俺も09398。入れるみたいじゃん。」
「私は09399。ギリギリみたいね。」
 菊地を奈帆もどうやら入場できるようだ。
「・・・・・・・・・俺だけ09400ってのはどういう事だ?」
 ・・・・・・俺だけ見事にハズれていた。
 こんな偶然ってあるものなのだろうか? ちょっと神様を恨んだ。
「ま、しゃーないッスよ。しばらく待ってりゃ、自然に入れますって。」
「そうそう。ほんの数十分待てば、あとは遊び放題だぜ?」
「残念だけど、おとなしく待ってるのが得策よね。」
「ちっきしょー。こんなんアリかよ・・・・・・」
 偶然とはかくも恐ろしい。事実は小説より奇なり、とはこんな場合に使うのだろうか?
「んじゃあ、俺らは先に行ってますよ〜。」
「中で落ち合おうぜ!」
「じゃんじゃん楽しんでくるね〜。」
 三人が手を振りながらドームの中に入っていく。3人とも満面の笑顔だ。
「ちっ・・・・・・また後でなー!!」
 俺も手を振りながら、その背中を見送った。
 やがてドームの扉が閉まっていく。完全に扉が閉まるまで、俺は彼らの顔を見ていた。
 
 そしてそれが、俺が最後に見た3人の姿だった――――――――
 


 
 
 
 


 
「武! 武!」
 彼女がガラスを叩いている。だが強化ガラスの前では、そんな物は役に立たない。
「大丈夫だ・・・・・・お前、生きる気になったろ?」
「うん・・・・・・」
「だったら生きろ。『生きている限り生き続けろ』。大丈夫だ・・・・・・俺は死なない!」
 
 
 バンッ!
 
 
 そして俺は、そのまま扉をこじ開けた。
 大量の水が流れ込み、俺の体を包んでいく。視界はぼやけ、彼女の姿はもう見えなくなっていった。
 かつて俺が言われた言葉。そのまま返してやった。それは俺が救われた言葉だから。
 ウソをついてでも彼女を救いたかった。それが俺の使命のようにも思えたから。
(生きろよ・・・・・・つぐみ)
 肺には大量の海水が流れ込む。段々と意識が朦朧としてくる。
 もうダメだろう。あと少しで俺は海底深くに沈み、海の藻屑となって消えていく。
 だがそれでも俺は後悔しない。あいつを救えるのなら、俺の命なんてこれっぽっちも惜しくはない。どんな生き地獄だって耐えてやるつもりだったが、こんなに楽なことで彼女を救えるなんて、思いのほかラッキーだ。
 視界が真っ黒になる。段々と意識が拡散し、存在が曖昧になっていくような感覚に襲われる。俺はここにいるのに。
 深い縁に沈み込む間際、俺の最後の思考は・・・・・・・・・
 


(遼一・・・・・・・・・オレ、これで良かったよな)
 



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