EVER17 〜BEFORE 2017〜
                             HELLCHILD作

エピローグ


真っ白な空間に、紅に染まった俺は座っていた

俺の手は赤く濡れたままだった

幾ら服で拭っても、血は取れない

既に俺の体は血塗れだ、全身が濡れている

『武・・・・・・』

その呼び声に振り向く

そこには二人の人間がいた

一人は漆黒の女、俺の愛すべき人

そしてもう一人、心臓の辺りを赤く染めて立つ『そいつ』は・・・・・・・



12月31日

 カッと目を見開いて意識を取り戻すと、それは見慣れた天井だった。動悸が激しい。息も絶え絶えだ。体中から汗が噴き出し、シーツに人型の染みが出来ていた。
「どうかしたの? すごくうなされてたみたいだけど・・・・・・」
 つぐみの顔がすぐ隣にあった。心配そうな顔つきでこちらを見ている。
「いや、ちょっと・・・・・・悪い夢を見ただけだ。」
 俺の掌にある、大きな傷痕に目を向ける。あいつと誓いを交わした日、ナイフで付けた傷だ。
 近くにある目覚まし時計で時間を確認した。午後10時43分。そろそろ約束の時間が近づいていた。身支度を整えなければいけないだろう。
「悪い、つぐみ。ちょっと用事があって出掛けるから。朝には帰ると思うから、それまで留守番しててな。」
「え? こんな時間に用事?」
「ああ。ちょっとしたことがあってな。ホクトと沙羅にはよろしく。」
 あの二人は忘年会&信念パーティーと称して、ココと一緒に秋香菜の家で大騒ぎしているはずだ。帰ってくるのは明日の朝だろう。
 近くのタンスから着るものを探し出し、寝間着からGパンとシャツに着替えた。そのあと寝グセを直しに洗面所へ降りた。
 暑い湯で髪を濡らした後、ドライヤーで乾かす。2,3分で通常通りの髪型だ。これならいつ“彼ら”が来ても大丈夫だ。
 そう思った瞬間、表で車にブレーキが掛かる音を耳にした。間違いない、もうそろそろだ。
 それからしばらく間を置いて、インターフォンが鳴った。そのままの姿で、俺は玄関へと向かう。相手はだいたい予想がついた。
「よお、武。」
 桑古木だった。少し疲れが溜まっていそうな顔だ。
 その向こうでは優春と空が待機していた。シボレーでやってきたようだ。イカつい中にもデザイン性を感じさせる。
「おう、こっちはもう用意できてる。」
 側にあったジャケットを着ながら、俺はそういった。
「ん、そうか。んじゃあ、早く行こうぜ。」
「ああ。じゃあ、行ってくるからなー!」
『どこにー?』
 二階から声が聞こえた。
「友達に会いにだよー! んじゃなー!」
 そういって、俺は優春の運転する車の助手席に乗り込んだ・・・・・・


「しかし助かったよ。まさか優があいつらのその後を押さえてるとはな。」
「まあね。倉成が目覚めた後は状況を呑み込むのが困難だろうし、計画を実行するにあたって、あんたの素性も調べなきゃいけなかったから。
それよりも悪いわね。仕事が立て込んでて、こんな時間しか自由な時間がなかったのよ。」
「別に、気にしてないよ。」
 そう、優春は『菊地・板谷・奈帆』の3人のその後を知っていた。
 BW召喚のための計画。それを実行するために桑古木涼権を、『倉成武』にする必要があった。そのために優春は、俺の過去を洗いざらい調べていたのだった。
 優春は8割方のことは知っていた。俺の家庭環境、交友関係、逮捕歴等、表だけ調べれば解ることは全部知っていた。だがそれでも知らないことはあった。それは俺の・・・・・・
「おい武。聞いてるか?」
「へ?」「へ?じゃねーよ。もうとっくに着いてるぞ。トランクから荷物を下ろすのを手伝ってくれ。」
「あ、ああ・・・・・・」
 もう優春と空は降りていて、桑古木が俺の顔を真横から覗き込んでいるだけだった。
 まだ俺はシートベルトすら外していなかった。ずっと惚けていたようだ。すぐに車から出て、ドアを閉めた。
 雑巾やら花束やらをトランクから取りだし、俺達は目的地へと向かった。


 線香の煙が匂う中、俺達は両手で合掌し、目を閉じている。
 数秒が経過した後、俺は造花の花束を墓前に捧げた。
「じゃあ、次は板谷と奈帆の番か。」
「ええ。掃除はこの間私たちが済ませておきましたから、大丈夫です。」
「悪いな、優・空・少年。10年近く俺の代わりに墓掃除をやっててくれたんだろ?」
「まあな。これからはお前がやってくれよ?」
「ああ・・・・・・」
 3人はTBの世界的大流行の犠牲者となり、既に他界していた。彼ら3人を含めた大勢の人間に対しては、俺は事故死したという報告がなされたようだ。真相を知る者はあの事件に関わった人間と、一部の官僚とライプリヒ上層部のみだった。
 俺は戸籍上死亡したことになっていて、葬儀も既に行われた後だった。現に俺の墓もこの場所にある。
 俺の家族は最後まで知らん顔だった。ライプリヒと関わりがあり、真相を知っていたにも関わらず「そんな名前の息子はいない」の一点張りだったらしい。
 事件後に新聞で読んだのだが、今回の事件でライプリヒと癒着していた親父は、与党をクビにされた。親父の影響力で入ってきた猛にも、バッシングは容赦なく降りかかってきた。お陰で親父達の党は与党から外され、今や極小の野党に成り下がった。

 金宮市は年々過疎化が進み、今はゴーストタウンになってしまった。最新の開発に消極的だったせいもあるのだろう、ほとんどの人間は東京へと渡っていった。
 金宮高校も2年前に廃校になったらしい。経営資金不足と志望者数の激減が理由だそうだ。これもやはり市の過疎化が響いているのだろう。
 これから金宮は隣の市に合併され、緑化運動のモデル都市となるらしい。道路以外全ての建物を取り壊し、その代わりに木々を植えていくという作業を開始し始めた。あの公園も、今は土で埋め立てられてしまった後だった。
 17年という歳月は、凄まじいまでの変化をもたらした。俺は今やっとその変化を受け入れようと準備しているところでもある。
「あの・・・・・・倉成さん。」
「え?」
「その・・・・・・大丈夫、ですか?」
 心配そうな表情で、空が俺の顔を見ていた。俺のことを気遣ってくれているのだろう。心配を掛けないよう、俺は言った。
「いや、なんていうか・・・・・・実感が湧かないっていうのが正直なところかな。」
「・・・・・・でしょうね。」
「あんまりにも色々なことが起こりすぎててさ、俺の中でもまだ少し整理が必要なんだ。」
 だんだんホクトや沙羅が子供であるということも受け入れられてきたところだ。この事態に俺の心が追い付くのは、もう少し先の話となるのだろう。
 最初は17年もの時間が過ぎていたという実感はほとんど無かった。しかしあまりにも変わりすぎた周りの状況を見て、過ぎ去った時間を意識せざるを得なくなってきた。それらは圧倒的で、どこか暴力的だった。
 やがて全ての墓を掃除し終わり、全員に手を合わせて線香を上げ終わった。テキパキと道具をトランクに詰め込みながら、優春が言った。
「ねえ、せっかくだから、これからどこかに寄ってかない?」
「そうだな。せっかく仕事が終わったんだし、武も一緒なんだからな。」
「私も賛成です。せっかくですから、初詣にでも行ってみては・・・・・・」
「あー、悪い。俺ちょっと、用事があるから。ちょっとここで待っててくれない?」
 そう言って、俺は歩き出した。通ってきた道は大体覚えている。道の途中にあの場所があった。ここからでも遠くはない距離だ。
「え? ちょっと、どこ行くの?」
「友達の所だよ。ずいぶん長いこと会ってなかったんでよ。」
 

 
 木々が雄々しく立っている。17年でここまで成長したのだろうか。
「そんなに長く眠ってたのかねぇ・・・・・・」
 まだ30cm程しかない木もある。成長が遅い種類なのだろう。だがそれらも、もっと時間が経てば太く大きな大木となるはずだ。それを目の当たりにすることも、俺は可能なはずだ。
 もう少しであの場所に着く。辺りは真っ暗だったが、ただ真っ直ぐに行けばいいだけなので、道に迷うはずもない。足の疲れ具合からいって、あと40mほど先だ。
 大地を踏み締めて歩く、歩く、歩く・・・・・・
 
―――――――――――辿り着いた。
 
 その場所からは、大海原が見えた。頭上に浮かぶ満月の光を、濃紺の海が反射していた。その光はゆらゆらと揺れていた。そんな月光の下、「それ」は変わらずそこにあった。
「・・・・・・・・・久しぶり、遼一。」
 地面に深く突き立てた鉄パイプ、その下には遼一がしていたクロスのチョーカー、『瀧川遼一』の名前が刻まれたそれは、錆びだらけでもまだ変わらずにあった。
 この下には遼一の骨が埋めてある。上京する前に、俺はこの場所に骨を埋めたのだった。どうせ親族は葬式にも通夜にも来なかったのだ、墓に遺骨が無くたって文句を言う奴なんか一人もいないだろう。それならば俺達の想い出が詰まったこの場所で、安らかに眠らせてやりたかった。
 年一回くらいの割合でここに来ていたが、時間的に17年ここに来ていないはずだ。やはり花を捧げてやりたかった。
「好きな花とか、聞いときゃよかったな・・・・・・」
 そう言って、俺は花束と捧げた。造花ではない、本当の花束だ。もっとも、懐に隠せるほどの小さなものであるが。
 俺はその場に座り込み、遼一の墓を眺めた。17年もの年月が経っているにしては、けっこう錆びていない方である。普通ならとっくに崩れ落ちていても良いはずなのに。クロスのチョーカーもそうだ。ところどころ真っ黒だったが、未だに磨けば銀色に光るだろう。
「はあ・・・・・・死ぬつもりだったんだけどさ・・・・・・・・・生き延びちまったよ、遼一。」
 あのとき命を捨てるつもりだった。つぐみの為じゃない、自分の為だ。あの時つぐみを救って、そのまま死ねたらどんなに楽だったか。
(・・・・・・・・俺はつぐみを救いたかったわけじゃない)
 
(本当に救いたかったのは、俺自身だ。)
 そう、俺はずっと俺自身を騙し続けてきた。つぐみを救うんだという大義名分で押し隠してきたが、それが今になって露わになった。
 彼女はどこか遼一に似ていたから。自ら死に急ぐような所が一緒だったから。あいつと同じ眼をしていたから。
 だから彼女を助けるフリをして、本当は遼一を殺した自分の罪を軽くしようとしていた。助けられなかった自分の罪滅ぼしのために、つぐみを助けようとした。心のどこかで、遼一も喜んでるとすら思い込んでいた。自分の背中に背負った物が軽くなる事なんて、絶対に有り得ないのに。
 けっきょく俺は自分自身のエゴの為につぐみを利用した。彼女を救うんだという大義名分で、俺自身をずっと誤魔化し続けてきた。
(最低だな・・・・・・俺は)
 そう自嘲的に呟くと、俺はその場に座り込んだ。昔はこうやって地べたに座って、空を眺めたものだった。ここから眺める空だけが、永遠に変わらない物のように見える。
 そして俺が眺めた空は、満天の星空だった。こんなにも多くの星を見たのは随分と久しぶりだった。やはり東京の生活が長かったのだろう、妙に星空が懐かしく思える。
「遼一・・・・・・」
 
「オレは・・・・・・もう少しだけ生きてみたいんだ。」
 俺は事実上、永遠の命を手に入れた。永遠の命なんて代物、今までの俺だったら、すぐに投げ出したくなるだろう。
 けどそんなモノも、彼女と一緒なら構わないと思えるようになっていた。いま俺は、遼一に代わる人を見つけたから。喜びも悲しみも、共有できる人が見つかった。
 確かに俺は彼女を利用した。けど子供が出来て、その子供達が俺を父親と呼ぶのが、俺は嬉しかった。今まで感じたことのない安らぎに包まれていた。
 そんな中で、いつしか俺は彼女と本気で一緒にいたいと思い始めていた。彼女が俺を必要としてくれるのなら、俺がここにいることを許してくれるのなら・・・・・・俺は彼女を一緒にいたい。
「勝手なのは解っている。けどオレは、生まれて初めて生きてる喜びを感じてる。
・・・・・・・・だから、生きることを許してくれないか、遼一。」
 
『いーんじゃねーの?』
 
 そんな声がどこかから聞こえたような気がした。幻聴じゃない、確かに耳に届いていた。
 気付けば、星空から一片の羽根が舞い降りてきた。俺は両手でそれを優しく包み込む。
「・・・・・・・・ありがとう、遼一。」



 もう相当時間が経っているだろう。これ以上3人を待たせるのも悪い。俺はこの場を立ち去ることにした。
「また来るからな。」
 標高の高いこの場所は、決して埋め立てられることはないだろう。ここに人が立ち入ることも滅多にないだろうから安全だ。
「じゃあな、遼一・・・・・・次はつぐみも連れてくるよ。」
 そう言って、俺は手を振った―――――――――
 
 
 遼一の墓に供えられた花は、バラの花だった。
 
 あのLeMUで、限りある命を燃やし尽くし咲き乱れた、あの紅いバラの様な―――――――



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