目の前に、魔法少女がいた。 「初めまして、倉成ホクト。私は、魔法少女『まじかる☆とっきー』」 ――ああ、夢だ。 ぼくは即座にそう思った。明晰夢、というヤツだ。 「…君は誰?」 「言っただろう? まじかる☆とっきー、だ」 「それで、何の用?」 「ふふ、君に言っておきたい事がある」 とっきーは、手に持った魔法のステッキ(?)をぼくに向ける。 「言っておきたい事?」 「君は、不幸体質だ」 …不幸体質? 「ライプリヒ製薬から開放された今でも、日々死と隣り合わせの生活を送ってる事が何よりの証拠」 「…ああ、確かに」 報道クラブとかで。 「気をつけた方がいい。君が死んだら、武が泣くだろうからね」 とっきーが、ステッキをクルクルと廻した。 「ああ、それと… 君の母、小町月海に伝えてくれ」 とっきーが、にっこりと微笑む。 「――『武と末永く御幸せに。この泥棒猫』、と」 それは… 脳の神経が焼き切れるかと思うほどの、凄まじい笑みだった。 「――はっ!!!?」 気が付いたら、ベッドの上だった。 「…え……?」 ぼくの部屋だった。窓からは、朝日が差し込んできている。 「……朝、か?」 ゆっくりとベッドから起き上がる。全身から、嫌な汗が滲み出ていた。 「…………」 …凄く恐ろしい夢を見た気がする。内容は、まったく思い出せないけれど。 「…何か、嫌な予感がするなぁ」 そして、ぼくの嫌な予感は100%当たるのだ。 |
あの宇宙へ向けて 大根メロン |
朝、星丘高校。 「えー、今日は転校生を紹介する」 担任の先生が、淡々と事実を告げた。 「よし、入れ」 その言葉が合図となり、ドアがスライドする。 そして入って来たのは、女の子だった。 その女の子は何の表情も浮かべず、教壇の前まで移動する。 普通だったら冷たい印象を与えるだろうが、彼女は違った。むしろそれが、彼女に神秘的な雰囲気を纏わせている。 教室の男子達が、『おぉッ!』とか『萌え!』とか『生きててよかった!』とか叫ぶ。まぁ、お約束だろう。 だが、ぼくは思わず眼を見開いた。 「…白風永美です。よろしくお願いします」 何故なら永美は、ぼくがここに来る前に通っていた学校――『聖サリエル学園』の、クラスメイトだったのだから。 「…何故、君がここに?」 「それは、私の台詞でもあるのですが」 ぼくがやや困惑しながら言うと、永美は少しの困惑すらせずに答える。 「知り合いなの?」 沙羅が、ぼくに尋ねた。 「ぼくはここに来る前、聖サリエル学園っていう学校に通ってたんだ。その時のクラスメイトだよ」 「ほほう、昔のクラスメイトなのですか」 「――うわぁッ!!!?」 突然、ぼくの机の中から川瀬さんが現れる。どうやって入ってたの。 …とにかく、いきなり現れるのは本気でやめて欲しい。ぼくの心臓に悪いから。 「…そんなに驚かなくてもいいじゃないのですか……」 川瀬さんがいじける。無論、無視。 「聖サリエル学園… 名前からすると、キリスト教系の学校でござるな」 「うん。大天使サリエルに見守られながら、生徒達は勉学に励むんだってさ」 「…大天使サリエルの眼は邪眼なのですよ? 見守られても困る気がするのですが……」 …川瀬さん、復活早いね。 「…ところで、柏山さん――」 永美がぼくに向けて言う。 一瞬、沙羅が頭上に?マークを浮かべた。 「あ、永美。ぼく、こっちに来てから名字が変わったんだ。今は柏山ホクトじゃなくて、倉成ホクトだよ」 と、ぼくがそう言った時。 永美が、 「……倉成?」 と、呟いた。 「何? どうしたの?」 「…いえ、何でもありません。……では、倉成さんと呼んだ方が――」 「それも… ちょっと。沙羅も倉成だし」 「……沙羅?」 「うん。ぼくの妹」 ぼくは、隣に立っていた沙羅を見た。 「こ、こんにちは。倉成沙羅です」 沙羅は微妙に緊張しながら、自己紹介する。 「好きなものは、忍者とお兄ちゃん――」 ……は? 「それはそれは。……まぁ、いいのではないでしょうか。私は反対しませんが」 「…永美。そういう事を真顔で言わないで」 …涙が出そうだよ。 「…話を戻しましょう。呼び名はホクトさん、沙羅さんという事にしましょうか」 「うん、そうして」 「…私もそうした方が、色々と都合がいいですしね」 「――?」 ……『都合がいい』? ぼくはその言葉の意味を永美に訊こうとしたが、 「じゃあ、次はアルルが自己紹介をする番なのですね!」 無意味に気合いの入った川瀬さんの声が、ぼくの行動を遮った。 …どうでもいいが、川瀬さんは既に自分の名前を言っている。 「川瀬亞留流、17歳! 星丘高校報道クラブ部長代理なのです!! 得意技は、体内で様々な物質を合成する事なのですよ!!」 川瀬さんが、机の上でポーズを決める。……あえて、どんなポーズかは表記しない。 「…『体内で様々な物質を合成』?」 永美が、僅かに表情を崩しながらぼくを見る。 「本当の事だよ。その気になれば、毒ガスだって作れるらしい」 「…歩く科学兵器ですね」 …的を得ているだけに、嫌な例えだ。 「さて、永美さん… 突然で悪いのですが、報道クラブに入りませんか?」 ――ッ!!? か、川瀬さんッ!!!? 「報道クラブ…ですか」 「ええ。活動内容は、お昼の放送と年2回の新聞発行なのです」 よくもまぁ、そんなウソをッ!! 「ちょ、ちょっと待って――」 「では、部室にGOなのですよッ!!」 川瀬さんは器用にぼく達3人の制服を掴むと、一気に駆け出す。 …1時間目はサボりかぁ。まぁ、いつもの事だけど(溜息)。 「…ホクトさん、1つ質問してもよろしいでしょうか?」 体育館の床下から隠しエレベーターに乗り、地下119mに存在する報道クラブ部室へとやってきたぼく達。 「――ん? 何?」 「何故、こんな地下に部室が?」 「爆撃とかされた時、地下なら安全だからじゃないの?」 「……爆撃?」 永美が首を傾げる。 「どうして、高校の部室が爆撃されなければならないのです?」 「それは… まぁ、いずれ分かるよ」 ぼくは円卓に並べられた、椅子の1つに座った。 川瀬さんも座る。沙羅も座る。永美も座る。 ……あれ? 「か、川瀬さんッ!!?」 「ホクトさん? どうかしたのですか?」 「どうしたもこうしたも、なんで永美の席があるの!!?」 永美は幹部どころか、入部すらしていない。 「はっはっはっ、何を言っているのですか。アルルに関わった時点で、立派な報道クラブ幹部なのですよ」 「あんた鬼かッ!!!?」 永美はようやく事態がおかしな方向に進んでいる事に気付いたらしく、額に汗を浮かべている。 「…お兄ちゃん」 沙羅が、ぼくの肩を叩いた。 「何を言っても… 無駄、だよ」 「…………」 …沙羅、その悟りを開いたような表情は何……? 「という訳で――」 川瀬さんは飛び切りの笑顔で、永美を見た。 「白風永美さん、報道クラブにようこそ」 「…帰ってもいいですか?」 「ダメなのです」 「今回の議題は、『アトロポス』の打ち上げに関する事なのです」 川瀬さんがエセシリアスな表情で、全員を見る。 「川瀬さん、質問」 「何なのですか? ホクトさん」 「そのアトロポスって何?」 「……そういえば、ホクトさんは定期会議に出席しませんから、知らないのですね」 川瀬さんが、咎めるような眼で見る。 ……って、ぼくだけ? 沙羅は出席してるの? 視線で沙羅に問いかける。 当然と言うように、沙羅が頷いた。 「…………」 …あぁ、沙羅が遠くの世界に……。 「まぁ、永美さんもいますし… 説明してあげるのです」 「いや、別にしなくても――」 「してあげるのですッッ!!!」 「……はい」 素直に頷いておいた。 「アトロポスは、我々――偉大なる報道クラブが開発した、軍事衛星の一号機なのです」 「…………」 また、物騒な単語が出てきたなぁ。 ……あ、永美が眼を丸くしてる。 「…具体的には?」 「大気圏外からの攻撃を目的とした、ミサイル衛星なのですよ。レーザー衛星と比べると使い勝手は悪いのですが、その分強力なのです。戦略的抑止力としては十分でしょう」 どうして、高校生の部活動に戦略的抑止力が必要なんだ。 「2年前に試作機である『インドラ』を完成させ、現在は二号機『オーディン』と三号機『タケミカヅチ』の開発も行われているのですよ」 「へぇ」 …我ながら、やる気のない返事だ。 「…ミサイルの弾頭は? 戦略的抑止力になるくらいですから… ABC(核・生物・科学)兵器や反物質ですか?」 あ、永美が喋った。適応早いなぁ。 「カワシマ・ユウカという人物の手料理なのです。歴史上最強の大量破壊兵器なのですよ」 …手料理? 「…川瀬さん、衛星軌道上に大量破壊兵器を配備するのって、宇宙条約で禁止されてなかったっけ?」 「と、いう訳なのですが――」 無視かい。 「しかし、打ち上げには1つ問題があるのです……」 気付きたくもなかったが、ぼくもその問題とやらに気付いてしまった。 「田中研究所…だね?」 「その通りなのです。あの呪われた猟犬どもは、必ず打ち上げの妨害を行うでしょう」 『呪われた猟犬ども』って……。 「それで、どうすればいいのか話し合うのが、この場なのです」 なるほど。つまり、また危険で下らない事にぼくを巻き込もうって訳か……。 その後、会議は深夜まで続けられた。 …出た結論は、『田中研究所が邪魔をしてきたら、斃す』。つまり、いつもと同じである。 数日後。 「――っという訳で! やって来たのです、ケネディ宇宙センタァァアアッッ!!!!」 川瀬さんが叫ぶ。 「いえーい!!!!」 「…いえーい」 ノリノリの沙羅と永美。 「…………」 このテンションについて行けない、孤独なぼく。 ここはアメリカ合衆国のフロリダ州ケープカナベラルの北、メリットアイランドに位置するケネディ宇宙センター。 観光でもしたい所だが、ここに来た目的は観光ではない。アトロポスを打ち上げるためである。 …正確には、打ち上げまでアトロポスを護るため。 「はぁ……」 景色の向こうに、アトロポスを積んだロケットと発射台がある。 それを見ながら、ぼくは大きな溜息をついた。 周りでは、十数台の軍用車――ハマーが停まっている。武装した報道クラブ部員が乗り降りしながら、何か作業をしていた。 …ずいぶんとリアリティを欠いた光景だ。 「…それで、田中研究所の動きは?」 ぼーっとしてるのもアレなので、川瀬さんに訊いてみる。 「不明なのです」 「不明?」 「ええ。田中研究所の監視をしていた部員との連絡が、途絶えてしまったのですよ。おそらくは見つかったのでしょうね」 「――え!? じゃあ、田中研究所の派遣員が今どこで何をしているかは分からないの?」 その時。 「心配しなくてもいいわよ。ここにいるから」 そんな声が、聞こえた。 「……おや、あなた本人が来ましたか。珍しいのですね」 「たまには、身体を動かさないとね」 現れた人は… 田中先生。その横には空も立っている。 途端に、場が殺気立った。 「田中さん……」 「あら、永美。久し振りじゃない」 えっ、知り合い? 「あなたが敵になるとはね。とても残念よ」 …とか言いつつ、少しも残念そうじゃないし。 とにかく、状況を判断しなければ。 敵は、田中先生と空の2人。 この2人が相手なら、これだけの部員と川瀬さんがいれば―― ザッ…… 後ろで、地面を踏む音がした。 振り返ると… そこには、咲夜と浅宮。 そして―― 「ふふふふふふ…♪」 ――逝狩さん。 …まずい。絶望的な戦力差だ。 「川瀬亞留流、アトロポスの打ち上げを中止しなさい。今なら見逃してあげるわよ」 「そっちこそ、尻尾巻いて逃げるなら今のうちなのですよ?」 「そう… やる気って事ね。――空、あれを」 「はい、田中先生」 田中先生が、パチンと指を鳴らした。 次の瞬間。 ブゥウン…… 周囲の景色が、変わる。 なっ… RSD!!? 「こ、ここは……?」 ぼく達は、十字架が突き立てられた広場にいた。 周囲を群衆が取り囲み、何事か喚いている。 「…ゴルゴタの丘、なのですか」 「その通り。ここが、あなた達――報道クラブの処刑場よ」 あなた達、って… ぼくもッ!!!? 「ハッ、処刑されるのはそっちなのですよ」 川瀬さんのその言葉と同時に、部員達がサブマシンガンやらアサルトライフルやらガトリングガンやらを構える。 そして。 「――死ぬのです」 ドガガガガガガガガ…ッッ!!!! 爆音と共に、万単位の弾丸が田中先生達に襲いかかった。 しかし。 「――ッ!!!?」 空に向かった銃弾は、空の身体を通り抜ける。 空そのものが、すでにRSDによる映像とすり替わっていたのだ。 「そんな玩具、痛くも痒くもないわよ!!」 田中先生の白衣が6枚の白い翼に変化し、弾丸を全て弾き飛ばす。 「…な、懐かしいネタでござるな……」 「…きっと、作者以外は誰も覚えてないだろうね……」 逝狩さん達は、 「ジャク・ウン・バン・コク……!」 咲夜が張った結界に護られており、かすり傷さえない。 「――『セラフィック・マシンガン』ッ!!!」 田中先生の翼から放たれた無数の羽が、次々と部員を倒してゆく。 さらに、 「『薔薇吹雪』――ッ!!!」 「ア・マ・テ・ラ・ス・オ・ホ・ミ・カ・ミ… 十言神咒!」 咲夜と浅宮が攻撃に転じ、部員達に圧倒的な力を見せ付ける。 「――って、のん気に解説してる場合じゃない!」 ぼく達の所にも、羽やバラの花びらが迫る。 「ふぅーーーーーーー!!」 だがそれらの凶器は川瀬さんが吹き出した炎によって、1つ残らず焼き尽くされた。 「あ、ありがとう… 川瀬さん」 「気をつけてくださいなのです。ホクトさん達は非戦闘員なのですから」 …じゃあ、何で連れて来たの? 「とにかく――」 突然、川瀬さんの言葉が切れた。 川瀬さんの視線の方向を、ぼく達も見る。 「あ――」 十数m先に… 逝狩さんの姿があった。 身体が、動かない。 「ふふふふふふ…♪」 逝狩さんは、右腕をぼく達の方に向ける。 そして。 ピンッ! デコピンを、した。 ドゴォオッ!!! 「ぐ――ッ!!!?」 逝狩さんの指先から放たれた衝撃波が、川瀬さんを貫く。 「さあ――」 弾き飛ばされた川瀬さんを、逝狩さんが追う。 「――綺麗に、解剖してあげるよ」 逝狩さんの手の中で、メスが光った。 「ア、アルルッ!!?」 「沙羅、ダメだ!」 2人を追おうとした沙羅を止める。ぼく達が行っても、何も出来ない。 「今、ぼくがするべき事は……」 冷静に、周りを見廻す。 田中先生と咲夜が、部員達と闘っている。空の姿は見えない。 逝狩さんは、川瀬さんと交戦中。 ……あれ? って事は。 「死ね、倉成ホクトォォオオ!!」 …やっぱり、こういう事か。 ぼくに向かって、浅宮が突っ込んで来ていた。 「『薔薇嵐』ィイ!!!」 「うあっ!!?」 爆風にも似た花びらの激流が、ぼくの身体を吹き飛ばす。 「お兄ちゃん!!?」 「ホクトさん!?」 沙羅と永美の声が、耳に届く。 「う……」 地面に叩き付けられたぼくは、思わず呻き声を上げた。 「無様だな、倉成ホクト。この犬がッ!」 ……犬かよ。 「フッ、貴様はそうやって地べたに這いつくばっているのがお似合いだ。そして… 僕のような美しき者が、それを踏み付けるッ!!」 浅宮がぼくを踏もうとする。 ぼくは転がってそれを避け、前に川瀬さんから渡された飛び出し式のナイフで、浅宮の足を刺した。 「アウチッ!? 痛ッ、足痛!!?」 地面を転げまわる浅宮。 ぼくは立ち上がると、ゴロゴロと転がってる浅宮の脇腹に、つま先蹴りを叩き込んだ。 「――ぐごぉッ!!!?」 浅宮はさらに数m転がると、立ち上がってぼくを睨む。 「倉成ホクトォ… 男の分際で、この僕を蹴るとは許せん……!」 …女ならいいのか……。 「って言うか、前も言ったけど… お前だって男じゃないか」 「フン、僕の知った事か!」 うわ、開き直った。 「なら仕方ない。ぼくの秘奥義を見せてあげるよ」 ぼくはそう言って、余裕の笑みを浮かべる。 「…面白い。見せてもらおうじゃないかッ!!」 浅宮が跳ぶ。 その瞬間、ぼくは秘奥義を発動した。 「――うッ!!?」 浅宮の動きが、止まる。 「どうだ、攻撃出来ないだろうッ!!」 「倉成ホクト… 貴様ァアア!!!!」 そう、ぼくは… 沙羅と永美の後ろに隠れていた。 これで、浅宮は絶対に攻撃出来ない! 「…………」 「…………」 …沙羅と永美から絶対零度の視線を向けられたが、気にしない事にする。 「沙羅ちゃん、そして見知らぬ美少女! そこを退いてくれ!! そして、僕と結婚してくれッ!!!!」 浅宮が叫ぶが、2人は動かない。動くのもめんどくさい、といった表情だ。 「とう!」 「――おぶッ!!?」 隙を見て跳び出し、浅宮を殴る。 そして、沙羅と永美の後ろにリターン。 「とう!」 「――おぶッ!!?」 隙を見て跳び出し、浅宮を殴る。 そして、沙羅と永美の後ろにリターン。 「とう!」 「――おぶッ!!?」 隙を見て跳び出し、浅宮を殴る。 そして、沙羅と永美の後ろにリターン。 「とう!」 「――おぶッ!!?」 (※以下繰り返し) 「ぐ、は……っ!!?」 68回くらい繰り返した後、ようやく浅宮は力尽きた。 「ふぅ、やっと無限ループから脱出できたよ……」 さわやかな気分で、額の汗を拭う。 「…最低でござるな」 「…最低ですね」 女性2人のナイフのような御言葉が、ぼくを刺した。 …だって、あの状況じゃああするしかなかったじゃないか。 「そ、それより! 川瀬さんはっ!!?」 ぼくは話を逸らすために、川瀬さんを心配する。 「――いた!」 周囲を見廻し、川瀬さんを見つけた。 彼女は今、逝狩さんだけではなく、田中先生と咲夜まで同時に相手にしている。 どうやら、他の部員は全滅してしまったらしい。 「お兄ちゃん、アルルがッ!」 「…さすがに、まずそうだね……」 川瀬さんに死なれたら困る。何故なら、帰りの飛行機代は彼女のサイフから出るからだ。 「川瀬さんッ!」 ぼくは、4人に向けて跳び出す。 …さっき沙羅を止めた時とやってる事が違うが、気にしてはいけない。男なんてそんなものだ。 しかし。 「…ダメです、ホクトさん」 突然、何もない空間から人の腕が現れ、ぼくを捕らえる。 「――ッ!!? な、何!? 妖怪腕ッ!!?」 「ふふ、違いますよ」 この声… 空ッ!? 「…なるほど。RSDの映像の中に身を隠しつつも、腕だけを出したのですね……」 永美が呟く。 「はい、その通りです」 「それより放してよ!」 「それは出来ません。ホクトさん達をここで足止めする事が、私の仕事ですから」 再び虚空から空の腕が現れ、沙羅を捕らえる。 さらに現れたもう1本の空の腕が、永美を捕らえた。 ……あれ? 何かおかしいような……? 「ぐ……っ!」 ぼくの思考は、聞こえて来た川瀬さんの呻き声によって中断した。 見ると、川瀬さんは立っているのが不思議なくらいボロボロだった。制服のいたる所が切れ、血が流れ出している。 まずい、帰りの飛行機代がッ!!! 「…終わりにしましょう」 咲夜が、刀印を結ぶ。 「神代、日神・素盞鳴尊、剣玉盟誓の時、剣を真名井に振濯、さかみにかみて吹棄気吹の狭霧に、神霊の現れ玉ふの道理・事相を能思奉べし――」 そして、 「天・地・元・妙・行・神・變・通・力!」 川瀬さんに向け、九字を切る。 さらに、 「『セラフィック・マシンガン』ッ!!!」 「――『吸血刃』」 田中先生の羽と逝狩さんのメスが、まるで雨のように川瀬さんへと降り注いだ。 「く――っ!!?」 「川瀬さんッッ!!!」 ドガァァアアアッッ!!!! 「ウォォオオオオオ!!!」 RSDの群衆が、ひときわ大きな声を上げた。 「痛たたたぁぁああああッッ!!!?」 攻撃を喰らって吹っ飛んできた川瀬さんが、そう叫ぶ。 …痛いだけ? 「く… まだ生きてますかっ!!」 咲夜が、川瀬さんに追撃をしかける。 「一に古んが二にせいたか三にくりから四天が童子、薬師に使者は不動尊――」 しかし。 「アルルちゃんキ――ィィィック!!!!」 「――ぐふッ!!?」 …あーぁ、1人で突っ込んで来るからそうなるんだよ。 咲夜、川瀬さんの蹴りを正面から喰らい… 一撃でKO。 「――って、ホクトさん? 何してるのですか?」 「…見て分からないかなぁ」 さっきまでと変わらず、ぼく達3人は3本の腕によって捕らえられている。 ……ん? 『3本の腕』? 「――えぇ!!? な、何で腕が3本ッ!? 空には2本しか腕がないんじゃッ!!!?」 空には腕が2本しかない。 …当たり前の事だが、当たり前故にこれは問題だ。 「……ホ、ホクトさんの錯覚ではないですか?」 空が言い分けする。 「いや、明らかに3本あるし!」 「…………」 突然、空の腕(?)がぼく達を放し、映像の中に引っ込む。 ――逃げた!!? 「空、待って――」 ぼくが、空を捜そうとした瞬間。 「――『月光の死鎌』」 光の鎌が、ぼくの頭上を通り抜けた。 「…………」 絶句するぼく。 髪の毛が数本、パラパラと地面に落ち、消えてなくなった。まるで、初めから存在しなかったかのように。 「次は、首を刎ねるよ」 どう考えても物騒過ぎる言葉を、逝狩さんが告げる。その手には、あの光の鎌。 「えーと… 助けてください」 「ダメ」 …たったカタカナ2文字で、ぼくの命乞いは却下される。 アイコンタクトで周りの皆に助けを求めるが、 「…………」 誰1人として動いてくれない。って言うか、ぼくを置いて逃げ始めている。 「君も『彼』の子孫なら、この一撃を止めてみせてくれ。ふふふふふふ…♪」 逝狩さんが、光の鎌を振りかざした。 ――ごめんなさい、お父さんお母さん。ぼくは、日本へ帰れません。 「……っ」 ぼくが全てを覚悟した、その時。 「――時間よ、逝狩。撤退するわ」 田中先生が、逝狩さんを止めた。 「…おや、もうそんな時間かい。しかし、今いいところなんだよ。もう少し――」 「ダメよ。あなたは大丈夫かも知れないけど、私はそういう訳にはいかないんだから」 「……ふぅ。やれやれ… 仕方ないね」 逝狩さんの手から、光の鎌が消える。 「田中先生……?」 「命拾いしたわね、ホクト。でも、まだ気を抜くのは早いわよ」 田中先生はそう言うと、翼を羽ばたかせ空へと飛び上がった。 「この場は退くけど、続きはいつかやらせてもらうよ。ふふふふふふ…♪」 逝狩さんの背から、蝙蝠の翼が現れる。そして、田中先生の後を追うように飛んで行った。 2人の姿が消えると同時に、ゴルゴタの丘のRSDも消える。 「…咲夜と浅宮、置いていったけどいいの?」 混乱する頭でぼくが考えたのは、そんな事だった。 「――変でござるな」 沙羅が、ぼく達に言う。 周囲では、ようやく他の部員達が復活し始めていた。 「戦況は、あちらの方が圧倒的に有利だったでござる。なら何故、田中先生達は退いたんでござろうか?」 「何か、退かなければならない理由があったのでしょうね。うむむ……」 沙羅と川瀬さんが、頭を悩ませる。 そんな中、永美はロケットの方を見詰めていた。 とりあえず、話しかけてみる。 「……永美? どうしたの?」 「…田中さん達が退いた理由は、きっとあれでしょうね」 「あれ?」 ぼくも永美と同じ方向を見た。 ロケットの、さらに向こう。そこには… 3つの黒い翼。 永美は変わらぬ表情で、呟いた。 「――B-2スピリット。米軍のステルス戦略爆撃機です」 「うぉぉぉおおおおッ!!!!」 川瀬さんが雄叫びを上げながら、ぼく・沙羅・永美が乗ったハマーのステアリングを操作する。 「くそっ、田中優美清春香菜め… ケネディ宇宙センターを爆撃するなんて、正気なのですかッ!!?」 そう、田中研究所は爆撃により、アトロポスをケネディ宇宙センターごと吹っ飛ばしたのだ。 田中先生達が撤退した理由は… 爆撃に巻き込まれないようにするため。 スピリットを見つけ、田中研究所の目的に気付いたぼく達や部員達は、こうしてハマーに飛び乗り、爆撃に巻き込まれないよう必死で逃走を始めたのである。 しかし、今はそんな事を言ってる場合ではない。 「永美、逃げられると思う?」 「…無理でしょうね。スピリットの最高速度は時速1000km以上。こんなハマーなど、固定標的と同じです」 ぼく達は… スピリットの1機に追われていた。 上空のスピリットが、どんどん近付いて来る。 「うわ、爆弾が降って来たッ!! 川瀬さん逃げて逃げて!!!」 「む、無茶言わないでくださいなのですッ!」 「ミサイルが、対地ミサイルが飛んで来たでござるぅッッ!!!!」 …そんな逃走劇が、数十分続いた。 「…………」 ぼく達は、どうにか市街地まで逃げ切っていた。周りには、ぼく達と同じくここまで逃げ切ったハマーが何台か停まっている。 さすがに、ここには爆弾を落とせないようだ。 「…………」 ハマーの中でピクリとも動かないぼく達4人。精神的には、完全に死んでいた。 ――今回のミッションは、さすがに酷かったと思う。 前回のレムリア奪取作戦(沈めたけど)も辛かったが、今回はそれ以上だ。 逝狩さんとの交戦だけでもぼく的にはギリギリなのに、さらには爆撃機からの逃亡。これはもう、ちょっとした戦争だ。 しかも… 永美は今回が初参加。それがコレなのだ。そのショックは計り知れない。 …と、思ったのだが。 「…皆さん、こうしていても仕方ありません。行きましょう」 以外な事に、1番早く復活したのは彼女だった。 「……永美、大丈夫なの?」 「ええ」 永美は、どこか遠くを見るような眼で、ぼくの言葉に答える。 「今回の事で再確認しました。あの人の妹としてこの世に生を受けた以上… トラブルからは逃れられない、と」 「……?」 「…生き延びるためには、強くなるしかありません」 永美は放心状態の川瀬さんを運転席から退かし、代わりに座った。 そして、エンジンをかける。 「とりあえず宿に戻りましょう。それでよろしいですか」 「……うん」 沙羅が小さな声で、それに同意した。ハマーが走り出す。 「…ホクトさん、1つ訊きたい事があるのですが」 「――ん?」 「父君の、お名前は?」 ……? どうして、突然そんな事を訊くんだろう。 「倉成、武… だけど」 「…………」 それを聞いた永美は、ハンドルに頭をぶつけそうになるほど、深い溜息をついた。 「…なるほど。白風は倉成に呪われているのですね」 「――え?」 「…すみません、変な事を訊いてしまって」 「…いや、別にいいけど……」 それっきり、永美は黙り込んだ。 ハマーが、ホテルに向かって進んで行く。 聞こえるのは、永美が10秒に1回くらいつく溜息の音だけだった。 |
あとがきだと思われていたもの 皆さんコンニチハ。大根メロンです。 これは結構前に書いたもので、ボツにしようかと思ってたんですが… さすがに勿体無いので復活。 冒頭のとっきー登場は永美登場の伏線(?)だった訳ですが、なくても良かったかも(再汗)。 永美を転校させたのは、今後いろいろ使えそうだからです。まだ何も考えてませんが(オイ)。 そして、修羅場を越えて少しずつ成長してゆくホクト。このシリーズのテーマは、ホクトの成長ですからね(ウソ)。 次回あたり、ついにホクトの第三の眼が完全開眼するかも知れません(大ウソ)。 ではまた。 |
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