異端審問官のおしごと
                              大根メロン


「ん……」
 タケシ・フラナリィは窓から差す光を浴びながら、目を醒ました。
 タケシはもぞもぞとベッドから出ると窓を開け、ローマの空気を肺一杯に吸い込む。
 その後、テーブルの上に置いてあった賞味期限切れのパンを口に放り込み、神父服を纏った。
 ――その時。
「フラナリィさん、起きていますか?」
 窓が開け放たれる音と共に、そんな声が聞こえた。
「……パウズィーニ君。この家には玄関があるのだから、窓から声をかける必要はないと思うのだが――どうだね?」
「しかしフラナリィ先生。この家――いえ、この小屋の玄関のドアは、ボロボロでもう開きませんよ。そうなると、外部と繋がる場所はこの窓しかないと思うのですが」
 窓から顔を覗かせるアーリア・パウズィーニはそう言って、にっこりと笑った。
「…………」
 タケシは返す言葉もなく、アーリアに近付く。
「……アーリア。一体、朝から何だ?」
 『アーリア』の名を持つ修道女はその名に相応しい、晴々とした笑顔で、
「お仕事です♪」
 と、言った。
「……おい、俺は5時間前にローマに帰って来たんだぞ。睡眠時間は僅か3時間30分だ。今日1日くらい休んだって、バチは当たらないと思うんだが」
「安息日以外に、異端審問部に休みはありませんよ」
「…………」
 タケシは頭を掻くと、窓から外に飛び出す。
「やはり、玄関は使わないのですね」
「使えないからな」
 この窓までもが開かなくなったら、自分はこのボロ小屋に閉じ込められるのだろうか――とタケシは思ったが、考えても仕方なかったのでこの問題は放置した。
「それで、今回はお前と組むのか?」
「はい」
「……んで、出張先は?」
 アーリアは持っていたファイルを開くと、その中に挟まっていた地図を武に見せた。
「――日本の、星丘市という街です」






 ――異端審問部。
 それは、化生ナイトブリードや異端者に対する教皇庁ヴァチカンの宗教裁判機関である。もっとも、彼等が行うのは裁判ではなく処刑なのだが。
 異端審問は、1231年に教皇グレゴリウス9世によって確立された。
 異端審問官は異端とされた者達を拷問によって審問し、徹底的に排除してきた。故に、彼等はヨーロッパの恐怖の的だったのである。
 だがローマの異端審問所は1908年に検邪聖省と名を変え、異端審問は表の世界から姿を消した。
 だが――裏の世界からは、消えてはいない。
 検邪聖省にも、1967年に検邪聖省が教理聖省と名を変えた後にも、異端審問部は存在していた。
 タケシとアーリアは、異端審問部の中でも強力な4人の異端審問官――『黙示録四騎士』のメンバーである。

 『白き騎士』――アーリア・パウズィーニ。
 『赤き騎士』――タケシ・フラナリィ。
 『黒き騎士』――ブルーノ・ニィアルラ。
 そして、黙示録四騎士の長である『青白き騎士』――パトリック・オブライエン。

 黙示録四騎士はローマから地球上のあらゆる場所に派遣され、現代式の異端審問を行う。
 ――タケシとアーリアはそのために、日本の大地に降り立った。



「…………」
 タケシは日本の街並みを眺める。
 英国人の父と日本人の母の間に生まれたタケシにとって、日本ここはイングランドに次ぐ第二の故郷だ。
「フラナリィさん! あれが、かの悪名高い田中研究所ですねっ!!」
「……アーリア。俺達は観光に来た訳じゃないんだぞ」
 タケシは1つ、溜息をつく。
「今日の夜、運び屋が<贖罪の釘剣>を田中研究所に運び込む。その時、剣を奪えなかったらアウトなんだからな」
「…………」
 アーリアは表情を真剣なものに変え、
「<贖罪の釘剣>――イエス・キリストを磔にした釘の鉄から造られたホーリィ・ソード。まさか、実在しているとは思いませんでした」
「俺もだ。御伽噺か何かだと思ってたよ。しかし、そうなると――十字軍遠征の時に<贖罪の釘剣>を持った1人の兵士がその剣の力で、何百ものイスラム戦士を殺したって話も本当なのかもな」
「……私達が奪おうとしている<贖罪の釘剣>が、本物だったらの話ですが」
「どっちでもいいさ。俺達の仕事は、<贖罪の釘剣>をローマに運ぶ事だからな。落札した田中研究所には悪いが」
 数日前、ウェールズで行われたブラックオークション。それに、<贖罪の釘剣>が出品された。
 剣は田中研究所が落札したが、<贖罪の釘剣>はれっきとした聖遺物。本来は教皇庁ヴァチカンが管理すべき物なのだ。
 故に、タケシとアーリアは田中研究所に運び込まれる前に剣を奪い、ローマに運ばなければならない。
「……じゃ、夜になる前にメシでも食うか。久し振りに普通のものが食べたいし」



「いつか訊こうと思ってたんですが――」
 タケシ達は適当な飲食店に入ると、食事をしながら話をしていた。
「フラナリィさんは、元々はイングランド国教会にいたんですよね?」
「よく知ってるな。その通りだ」
 タケシが教皇庁ヴァチカンの異端審問官になったのは、ごく最近の事である。
「イングランド国教会では、エクソシストみたいな事をやってた。悪魔祓いとか、化生狩りとか」
 エクソシストとは、本来はカトリックのものであるが――カトリックとプロテスタントの中道であるイングランド国教会にも存在する。
 そうでなくては、ブリテンを護る事など出来ない。
「それが、どうして教皇庁ヴァチカンに? カトリックに改宗したんですか?」
「当然、改宗はしたが――それが理由って訳じゃない。ただ、ちょっとした事件があってイングランド国教会にいられなくなっただけさ」
 タケシが、自嘲のような笑みを浮かべた。
「……それで、教皇庁ヴァチカンに拾われたんですか」
「ああ。……俺を拾った理由は、空位だった赤き騎士の座を埋めるためだろうけど」
「……そうですか」
 アーリアはそれ以上は訊けず、黙り込む。
 タケシはコーヒーカップを空にすると、席を立った。
「――さて、そろそろ仕事の時間だ」



 夜――月の下。
「あのトラックだな」
 待ち伏せをしていたタケシ達の元に、1台のトラックが近付いて来る。
「普通のトラックですね」
「……普通じゃないトラックってのも、よく分からんが」
 タケシがアーリアのボケに小さく笑う。
 アーリアは、頬を少し赤くした。
「――じゃ、行くぞ」
 タケシとアーリアが、道路に跳び出す。
 トラックはタイヤから耳障りな音を発しながら、急停止した。
「……何者?」
 トラックから人影が降りて来る。夜の闇に遮られ、その姿は見えない。
「白き騎士――アーリア・パウズィーニ。勝利の上に、更に勝利を得ようとする者」
 アーリアの手に、白き弓が現れる。
「赤き騎士――タケシ・フラナリィ。地上から平和を奪い取り、殺し合いをさせる力を与えられし者」
 タケシの手には、赤き剣が現れた。
「……聖書バイブルではなく、『魔女の鉄槌マレウス・マレフィカルム』を教典とする教皇庁ヴァチカンの犬ども。来ると思った」
 トラックのライトにより、人影の正体が明らかになる。
 それは――十代後半くらいの、ブロンドの長髪を持った小柄な少女。
「リリィ……!?」
 タケシが、驚きの声を上げる。
「タケシさん、知り合いですか?」
「……まぁな。イングランドにいた頃、教会で何度か会った事がある」
 少女の顔には、何の表情も浮かんではいない。まるで機械のようだった。
「あいつはリリィ・ブラウンジュエル。12歳で親に捨てられて、非合法格闘技の世界で生きてきた女だよ。でもあまりに強すぎて、そこからも追放されたらしい。最近、噂を聞かないと思ったが――なるほどな、こんな所で裏稼業か」
 リリィが1歩、タケシ達に近付く。
「……久し振り、フラナリィ牧師」
「リリィ、今の俺は牧師じゃない。司祭だ」
「やっぱり、イングランド国教会にはいられなくなったの?」
「ああ。俺は、あの事件の唯一の生き残りだからな。皆を犠牲にして、自分だけが助かったみたいで――気分が悪かったんだ。簡単に言えば、俺は国教会から逃げ出したのさ」
「…………」
 タケシが、剣を構える。
 リリィは変わらず自然体で、殺気も闘気も鬼気も感じない。だがそれ故に、何を仕掛けてくるか読めなかった。
「<贖罪の釘剣>を田中研究所まで運ぶ事が、私の仕事。邪魔をするなら容赦はしない」
「俺達の仕事は、<贖罪の釘剣>を奪う事だ」
「……そう。なら、仕方ない」
 ――刹那。
 タケシの眼前に、リリィの2本の指が迫って来ていた。
「――ッ!!」
 タケシは身体を反らし、その目潰しを避ける。そして、コンクリートの地面に手を付き、脚を蹴り上げた。
 だがそれを、リリィは軽いフットワークで躱す。
 タケシは素早く体勢を立て直すと、リリィに赤き剣を振り下ろした。
 だが――リリィはそれを避けると、カウンターの一撃をタケシに叩き込む。
「ぐ、ぁあ……っ!!!?」
「……剣を振り上げた段階で、振り下ろされた時の軌道が分かる。躱すのはたやすい」
 リリィはタケシに追撃を仕掛けようとしたが、
「――フラナリィさんっ!」
 アーリアの白き弓から放たれた光の矢が、それを遮った。
 光の矢が地面に突き刺さり、コンクリートを爆砕する。
「フラナリィさん、大丈夫ですか!?」
「ああ、助かっ――」
 タケシがアーリアの言葉に答える前に、
「のんびりしていると、死ぬ」
 リリィが、タケシとの間合いを詰めた。
「く……っ!!」
 タケシは咄嗟に飛び退き、リリィの拳撃を躱す。代わりに、タケシの背後にあった大木がその拳を受ける事となった。
 幹が砕け、大木がへし折れる。
「……なかなか上手く避ける」
「俺も、ハードな仕事をしているんでね」
「そう。なら、手加減はしない」
 ――次の瞬間。
 リリィの拳が、タケシに打ち込まれていた。
 タケシに全身が、嫌な感触と共に軋む。
「な、に……ッ!!?」
 今の、リリィの一撃は――まったく、タケシの眼に映っていなかった。
「何だ、今のは……!?」
 タケシは、リリィを凝視する。
 しかし――
「――ぐぁっ!!?」
 再び、『見えない拳』がタケシを打つ。
 タケシは口から血と、さっき食べた食事を吐く事になった。
「フラナリィさん、瞬きです! リリィさんはフラナリィさんが無意識に瞬きをした瞬間を狙って、ヒット・アンド・アウェイを仕掛けているんですッ!!」
「……ッ!」
 アーリアの叫びに、タケシがはっと顔を上げる。
「……瞬きの瞬間は、完全に視界が閉ざされている。そこを狙えば、どんな攻撃でも当たる」
 リリィが、静かに言う。
「無茶苦茶な奴だな……!」
 タケシは赤き剣を振り下ろす。
 赤き剣風が地面を割りながら、轟音と共にリリィに迫る。
「…………」
 だがリリィはそれを、簡単に躱した。
 しかし――タケシの狙いは、リリィを斬る事ではない。
「――行けぇッ!!」
「……ッ!!!?」
 剣風が、<贖罪の釘剣>が積まれているトラックを粉砕する。
 バラバラに弾け飛ぶ様々な破片の中に――金属製の、箱があった。
 タケシは本能的に理解した。その箱の中に、<贖罪の釘剣>があると。
「アーリア!」
「――はいっ!!!」
 アーリアが跳び、地面に落ちる前に箱をキャッチする。
「フラナリィさん、取りました!」
「よし、逃げるぞッ!!」
 タケシとアーリアが、一気に駆け出す。
 リリィはその様子を、ぼんやりと眺めていた。



「フラナリィさん――大丈夫ですか?」
 アーリアはローマから持って来ていた教皇庁ヴァチカンの車を運転しながら、後部座席で寝ているタケシに話し掛ける。
「……ぶっちゃけ、かなりヤバい」
「えぇっ!!!?」
「大木を一撃で粉砕するパンチを3発も受けたんだぞ。素人だったら確実に死んでる」
「どど、どどど、どうすれば……ッッ!!!?」
「まずは前を見て運転してくれ。それに、そんなに心配するほどでもない。これくらいのケガはいつもの事だ」
「……それって、いつも死にかけてるって事ですか?」
「俺は弱いからな。ま、寝ればある程度は回復するけど」
「そんな――」
 アーリアはタケシに何か言おうとしたが――突然、口を閉じた。
「……どうした?」
「フラナリィさん――あれは」
「――?」
 タケシは身を乗り出し、前方を見る。
「……ッ!!!?」
 道路の真ん中――車の進路に、人影があった。
 それは、リリィ・ブラウンジュエルの姿。
「フ、フラナリィさん、どうします?」
「……このまま撥ね飛ばせ」
「いいんですかッ!!!?」
「いいんだ! ほら、アクセルッ!!」
「――は、はい!」
 アーリアがアクセルを踏み込む。
 一気に、車が加速してゆく。
 だが――リリィに退く様子はない。
「な、何だか嫌な予感がします……」
「奇遇だな。俺もする」
 すぐに、それは現実のものとなった。
「…………」
 リリィは1度だけ眼を閉じ、精神を静める。
 そして――時速80km近くまで加速していた車に、拳撃を打ち込んだ。
 車の前面が何かの冗談のように潰れ、ボンネットが紙のように折れ曲がる。
「――ッッ!!!?」
 車内を振動が突き抜け、タケシとアーリアの身体が跳ねた。
 車は運動エネルギィを相殺され停止。一緒に、エンジンも停止した。
「…………」
 予感していたとはいえ、あまりの出来事に動けないタケシとアーリア。
 リリィはジャンプし、ボンネットに飛び乗る。着地の衝撃で、歪んでいたボンネットが粉々に割れて吹き飛んだ。
 彼女はフロントガラスに指を突っ込む。20ミリ弾にも耐えられるはずのガラスを、軽々と5本の指が貫く。
 そのまま――フロントガラスを、剥ぎ取った。
「……剣を、返してもらう」
 そこでようやく、タケシとアーリアは正気に戻る。
 アーリアは運転席から跳び出し、タケシも<贖罪の釘剣>が収まった箱を抱え、車から離れる。
 次の瞬間には、リリィの拳が車を真っ二つにしていた。
「お、おいッ! いくらなんでもおかしいぞお前!! 走行してる車を拳で止めるんじゃないッ!!」
「あなた、本当に人間ですかッ!!?」
 タケシとアーリアが叫ぶ。
 リリィは冷静に、
「別に大した事じゃない。最初は、走って来る自転車を拳で止める事から始めた。それが出来るようになったら、次は原動機付自転車。次は普通自動二輪車。次は大型自動二輪車――そうやって少しずつステップアップしながら、鍛えていった。今の私なら、こんな普通自動車くらい簡単に止められる」
 と、まるで当然の事のように答えた。
「覚悟して。次は――殺す」
 少しの間、静寂がその場を支配する。
「……フ、フラナリィさん。逃げましょう」
 アーリアが、怯えを含んだ声で言う。
「上手く言えないんですけど、もの凄く嫌な感じがするんです。震えが止まりません」
「ああ。見てみろよ、アーリア。この辺り、鳥も獣も虫も1匹残らず消えてる。皆、あいつから逃げ出したんだ」
 ふたりは、少しずつ後退してゆく。リリィは動かない。
「俺も今すぐ逃げたい。だが、あいつは俺達を逃がすつもりはないだろうな……」
 リリィがゆっくりと腕を振り上げる。そのまま、一気に振り下ろした。
 拳が地面を打ち抜き、その衝撃がタケシとアーリアを弾き飛ばす。
「ぐぁ……!!」
「きゃぁああッ!?」
「――まずは、貴方から」
 リリィが、アーリアに接近する。
 そして――彼女の身体を、殴り飛ばした。
「――ッ!!!?」
 アーリアはまるで水面の上を跳ねる小石のようにコンクリートの地面を跳ねると、そのまま動かなくなった。
「アーリアッッ!!!?」
 タケシが絶叫する。
 彼は地面を蹴り、リリィと距離を取った。
 ――そう、いつでもリリィから逃げられる距離を。
「……距離を開けられてしまった。貴方の勝ち」
 リリィが、タケシに言う。
「貴方の手には<贖罪の釘剣>がある。それを持って逃げ、私に見つからないように、慎重にローマまで帰ればいい」
「…………」
 タケシは倒れているアーリアを見る。
 リリィも、彼女を見た。
「……何を迷っているの。貴方もプロなら、最優先するべきは任務。目的を達成するためには、多少の犠牲は仕方ない」
「……アーリアを見捨てて、行けると思うか?」
「アーリア・パウズィーニはもういない。そこに転がってるのは、ただの死体」
「――ッッ!!!?」
 タケシは苦虫を噛み潰したような表情で、リリィを睨む。
「――嘘だッッ!!!!」
「そんな事で嘘をついて何のメリットがあるの。彼女は死んだ、ただそれだけ」
「黙れ!! 人の死を、簡単に語るなッ!!!!」
「死なんて所詮はそんなモノ。彼女が死んだからといって、世界が変わる訳でもない。人の死に、大した意味なんてないの」
 リリィの視線が、タケシを射抜く。
「……貴方は甘い。そんな事じゃ、百々凪庵遠には勝てない」
「……っ!!」
 約2ヶ月前。1つの事件が起こった。
 ロンドンに、国際手配されている百々凪庵遠が潜伏しているという事が判明したのだ。
 化生の血を引いている庵遠を狩る仕事は、当然イングランド国教会が担当する事となった。
 そして、作戦当日。
 国教会のエクソシスト達はSASの精鋭達の協力も受け、万全の状態で庵遠の隠れ処に突入した。
 だが、その結果は――国教会の敗北。
 エクソシストもSASの隊員も、庵遠1人を相手に皆殺されたのである。
 たった1人、タケシ・フラナリィを除いては。
 その後、彼はイングランド国教会を去り、教皇庁ヴァチカンの異端審問官となった。
 ――全ては、百々凪庵遠を斃すために。
「…………」
 タケシは何も言わず、その場から消える。
 リリィはタケシがいた場所を見ながら、溜息をついた。
「……さようなら。私は、甘い貴方が嫌いじゃなかった」
 リリィが、歩き始める。
 その背後から、
「うりゃあああああッ!!!!」
「――ッッ!!?」
 ――雄叫びと共に、タケシが奇襲を仕掛けた。
「ひ、卑怯……ッ!」
「ケンカに卑怯もクソもあるかぁ!!」
 タケシの赤き剣が、リリィの背中に向かって突き出される。
 だがいきなり、リリィの腕の関節が本来は曲がらないはずの方向に曲がり、その腕が赤き剣の柄を握っているタケシの手を打つ。
「な……っ!!?」
 さらに、関節の外れた腕は鞭のようにしなり、タケシを弾き飛ばした。
「ぐっ――くそ、この人間凶器め……!」
「……失礼な」
 タケシが、体勢を立て直す。
「何故、逃げないの? そんな意地に、意味なんてないのに」
「意味のない事にこだわるから、男っていうのはかっこいいんだ」
 そう言って、タケシは赤き剣の切っ先をリリィに向けた。
「俺は絶対に、女の子を見捨てるような事はしない」
 リリィが、アーリアを見る。
「女の子って、歳でもないと思うけど」
「気にするな。気分の問題だ」
 アーリアからタケシに、リリィの眼が移ってゆく。
「とにかく、俺はアーリアを見捨てない。なおかつ、<贖罪の釘剣>もローマに持ち帰る」
「……そう。なら、もう言う事はない」
 リリィがタケシに向け、駆けた。
「――死んで」
 鋭い鎌のようなローキックが、タケシの脚に襲いかかる。
 タケシは赤き剣で脚を護ろうとしたが、
「それが、甘い……!」
 蹴りの軌道が突然、下段ローから上段ハイへと変化。
 ハイキックと化したリリィの蹴りが、タケシの頭に打ち込まれる。
「ぐ、がぁ……ッ!!?」
 タケシは頭から鮮血を噴き出しながら、よろめく。
 ――だが、タケシは倒れない。
「倒れねぇぞ――まだ、敗けない、敗けられない……ッッ!」
「そんな幻想で何が出来る……!」
 タケシの身体にリリィの拳が突き刺さる。
 しかし――タケシはそれでも、闘志を失わなかった。
「幻想でもいい……! 俺は、その幻想を研ぎ澄ましてやる。そして、何者にも敗けない剣に変える……ッ!!」
「そんな剣に斬られるほど、私は甘くない……ッ!」
 リリィは地を蹴る。
 タケシが赤き剣を構えるが、彼女はそれを手刀でへし折った。
 教皇庁ヴァチカンが誇る聖具の1つが、柄を残して砕け散る。
 そして――リリィの拳撃が、タケシの頭に向けて放たれた。
 タケシの眼には、その動きがまるでスローモーションのように映る。今のタケシは、何もする事が出来なかった。
 だが、最後までタケシは睨み続けた。敗けられない――その想いを、ぶつけるように。
「これで、終わり――!」
「……ッ」
 ――その時、それは起こった。
 タケシと背後で大きな音がした。<贖罪の釘剣>を収めている金属製の箱が、粉々に吹き飛んだのだ。
 剣は未知の力で空中へと舞い上がり、タケシ達の元へと飛来する。
 そのまま――タケシの眼前で、<贖罪の釘剣>がリリィの拳を受け止めた。
「な……っ!!?」
 リリィが眼を見開く。
 対するタケシの眼には、あるものが映っていた。
 それは――<贖罪の釘剣>の鏡のような剣身に映った、背後のアーリアの姿。
「――ッッ!!!!」
 タケシの想いが爆発する。
 それは力となり、赤き剣の柄に光の剣身を創り上げた。
「何……ッ!!?」
 光の剣が、リリィの身体を貫く。
 剣は彼女を身体を斬る事なく、その力だけを斬断する。
 彼女は身体の力を根こそぎ奪われ、その場に倒れ込んだ。



「あらあら、やられちゃったみたいね」
 闘う力を失い、タケシ達を逃したリリィの元に、1人の女性が現れる。
 それは、彼女の依頼人クライアント――田中優美清春香菜。
「……運送は失敗」
「ま、仕方ないわ。いくらロンドンの賭け試合では不敗だったあなたでも、黙示録四騎士の2人が相手じゃね」
「あの剣は――」
 道路に寝そべっているリリィは、優春を見上げる。
「一体、何なの?」
「……ただの聖遺物よ」
「――嘘。さっき、<贖罪の釘剣>はフラナリィを主として選び、護った。でもそれは、あの剣に意思がある事を意味する。イエスの力が込められた聖遺物が、付喪神のように意思を持つ事はありえない」
「…………」
 優春は頭を掻くと、はぁと息をつき、
「……逝狩の話によると、あの剣は彼女が生まれる以前からこの世界に存在していたらしいわ」
「という事は、3000年以上前から在る事になる。ならキリスト教とは関係ないし、当たり前だけど聖遺物でもない」
「ええ、そうね。レムリアで何かの儀式の時に使われていた、なんて話もあるわ」
「……吸血鬼の真祖ハイ・デイライトウォーカーの中でも十指に入る血色の満月が知らないのなら、この世にあの剣の起源を知る者はいないと思う」
「さて、それはどうかしら。白き騎士と赤き騎士に<贖罪の釘剣>の奪取を命じた、黒き騎士――ニィ神父は、何か知ってるような感じだけど」
 ふふっ――と、優春が笑う。
「でも私は、正体不明のあの剣よりも、フラナリィ神父が創り上げた光剣の方が好きよ」
 優春が手を伸ばす。
 リリィはそれをしっかりと掴み、立ち上がった。
「……私も、あの剣の方が好き」



「んぅ……」
 アーリアは自動車の後部座席に揺られながら、目を醒ました。
「おぅ、起きたか」
 運転席からは、タケシの声。
「……フラナリィ、さん?」
「身体はどうだ?」
「……え? えぇっと、あちこち痛いですが――大きなケガはないようです」
「……そっか。リリィめ、変なハッタリをかましやがって」
「――はい?」
「いや、何でもない。こっちの話だ」
 タケシが軽く笑う。
「……私、気を失ってたんですか?」
「ああ。でも<贖罪の釘剣>は奪取したし、おそらくリリィはもう追って来ない。俺達の勝ちだ」
「良かった――」
 アーリアは安心し、眼を閉じようとしたが――すぐに、
「フ、フラナリィさん! リリィさんと闘ったんですかっ!!?」
 慌てて起き上がった。
「ああ、勿論」
「ケ、ケガはっ!!!?」
「死んでもおかしくないようなダメージを負ったんだが、今は全部治ってる。多分、<贖罪の釘剣>の力だろうな」
「そ、そうですか……」
 アーリアはようやく安心し、再び寝転がる。
「さすがは聖遺物ですね」
「聖遺物、か……」
 タケシの呟きには疑念がこもっていたが、アーリアがそれに気付く事はなかった。
「……フラナリィさん、すみませんでした」
「――ん? 何がだ?」
「私は今回、ほとんど役に立ちませんでしたから。それに、私を見捨てる事も出来たのでしょう?」
「いいや、そんな事は出来ないな」
 運転席から、陽気な笑い声が響く。
 アーリアはタケシには聞こえない小さな声で、呟いた。
「……ありがとうございます。とっても、嬉しいです」






 ――ローマのボロ小屋。
「フラナリィさん、お仕事ですっ!」
 日本での仕事を終え、まったりしていたタケシの元に、そんな声が届く。
「……マテ。俺とお前はつい30分前にローマに帰って来たんだぞ」
 タケシは嫌々、窓から顔を覗かせているアーリアに目をやる。
「今度の任務は、トランシルヴァニアの古城を占拠している吸血鬼ヴァンパイアの駆除ですよ」
「人の話を聞けッ! しかもそれ、アルフレッド・R・ナイトハイムだろ!? 血色の満月のゲットなんかと戦えるかッ!!!」
「私とフラナリィさんなら、どんな敵にも敗けませんっ!」
 アーリアは、タケシを窓から小屋の外に引きずり出す。
 そして――タケシの手を引きながら、駆け出した。




 あとがきだと主張するもの
 こんにちは、大根メロンです。
 ……何か、変なシリーズが誕生しました。気が狂ったんだと思ってください(謎)
 一応補足しますが、アーリアは空です。シスター空さん。
 さらに、本人の知らない所でまでロリっ子呼ばわりされる文華。彼女に未来はありません(オイ)
 しかしこのシリーズ、つぐみんの出番はあるのだろうか。もしあるとしたら、アーリアは失恋だろうか。
 ……それ以前に、このシリーズは続くのだろうか。
 ではまた。


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