流れ星を撃て 大根メロン |
「突然なのですが、月面基地から地球に向けて核ミサイルが発射されそうなのです」 「じゃ、ぼくは帰るから」 素早く席を立ち、部室から逃げようとする。 だが、すでに扉がロックされていた。 ……ああ、沙羅と永美が可哀想なモノを見る目でぼくを見ている。 「甘いのですよ、ホクトさん。行動は全て予測済みなのです」 川瀬さんがへへんと笑う。 ぼくは渋々、自分の席へと戻った。 ……ここは、星丘高校報道クラブ部室。ぼくはいつものように川瀬さんに呼び出され――強制連行ともいうが――ここにいた。 ぼくが何故こんな部活に所属しているかは、過去のSSを読んで欲しい。ぼくの口からそれを語らせるのは、あまりにも酷というものだ。 「さて、話を戻すのですよ。件の月面基地は2011年に、ロシアが秘密裏に建設したものなのです。冷戦中、アポロ計画に対抗して発案された月面開発計画が、現代まで引き継がれているのですね」 スクリーンに、その月面基地の写真と詳細情報が映し出される。別に興味はないが。 「基地建設の目的は、資源の搾取、弱重力を利用した合金作成、新兵器の実験――要は、軍事開発なのですよ」 ……あぁ、帰りたい。 「しかし数日前、この基地でトラブルが発生したのです。ミサイルの制御システムが暴走を始め、核ミサイル発射のカウントダウンを始めてしまったのですよ」 「システムが暴走? カウントダウンをストップさせる事は出来ないの?」 沙羅が、川瀬さんに問い掛ける。 「暴走時にパスワードが書き換えられてしまっていて、システムにアクセス出来ないらしいのです。無論、ストップも出来ません」 「……原因は? 内部犯? それとも、外部からのクラッキング?」 「ええ、問題はそれなのですが……」 川瀬さんはちらりと、永美の方を見た。 「どうも、初めから予定日になると暴走するように設定されていたらしいのです。バグではなく、意図的に」 つまり、システムの設計者はこの状況を自ら作り出したという事か。 一体、何のために? 「目的は不明なのです。ただの遊びなのかも知れませんし」 「ねぇ、その設計者って何者なの?」 「それは……」 ぼくの言葉に対し、押し黙る川瀬さん。彼女にしては珍しい。 何か、言えない理由でもあるんだろうか。 「……かつて、ミズ・パーフェクトと呼ばれた天才少女なのです。この場では、それ以上の事は言えません」 ――がつん、という音がした。 永美の額が、思い切り机にぶつかった音だ。 「ど、どうしたの?」 「……何でもありません」 『何も訊くなオーラ』を全身から発散する永美。 ぼくはそれに凄まじい恐怖を感じ、そそくさと退いた。 「その月面基地から、報道クラブへと依頼が来ているのです。核ミサイル発射を阻止してほしい――と」 何で、報道クラブにそんな依頼が来るんだ。 「発射までの時間は、もう長くないのです。大至急、アルル達は報道クラブ専用宇宙船で月に向かうのですよ。そう、この愛しい地球を護るために」 川瀬さんの芝居がかったセリフはどうでもいいけど……『報道クラブ専用宇宙船』って、何? 「ではホクトさん、沙羅さん。出発するのですよ」 ……で、やっぱりぼくも行くんですか。チクショウめ。 「皆さん、乗ってくださいなのです」 ぼくの目の前には、SF映画に出てきそうな宇宙船がスタンバイしている。 ……まさか、本当に宇宙船があるとは。 2034年にもなれば宇宙旅行もそう珍しいものではないが、それでもやはり一部の富豪や権力者の道楽にすぎないのだ。 ――なのに、高校の部活動に宇宙船。 「永美殿は連れて行かないのでござるか?」 沙羅が首を傾げる。 この場には、ぼく・沙羅・川瀬さんしかいない。 「永美さんには、もしもの時のために部室に残ってもらうのですよ」 ……『もしもの時』? 「ささ、早く出発するのです」 川瀬さんはぼくを船の副座に、沙羅を副座の後ろにある席に座らせると、自らは操縦席に乗り込んだ。 「……川瀬さん、免許は?」 当然だが、宇宙船を運転するには免許が必要である。 川瀬さんはその問いに鼻で笑うと、 「ちゃんと持ってるのですよ。ほら」 1枚のカードを、ぼくに差し出した。 第一種普通宇宙航行船免許証。カードには、川瀬さんの簡単なパーソナル・データが記されている。 ――なるほど、確かに免許だ。 「納得してもらえたのですか?」 「うん。それで、この免許はどうやって手に入れたの?」 「香港の闇業者に造ってもらったのです」 やっぱり偽造か。 そもそも、川瀬さんの歳じゃ免許は取れないし。 「じゃ、そろそろ行くのですよ。耐重力スーツを着て、ベルトを締めてくださいなのです」 ……そう言いつつ、川瀬さんは生身である。 「時間がないので、ちょっと急ぐのですよ。かなりの重力がかかると思うのですが、スーツを着てれば死にはしないでしょう。ま、ブラックアウトくらいは覚悟してほしいのです」 ちなみにブラックアウトとは、強烈なプラスGを受ける事により血液が下半身に集まり、視界を失ったり失神したりする現象の事だ。 ……って、おい!!!? 「ちょっと、川瀬さん――」 「ア、アルル殿――」 「では、離陸なのです」 ぼくと沙羅の声も虚しく、船が発進し、地面から離れてゆく。 天に向けて、船が加速する。 (う、ぉぉおお、おおぉぉおお……っ!!?) 重力により、身体に内臓が潰れるかのような負荷がかかる。 声を出そうとするが、肺がまともに働かない。 そして、視界が暗くなってゆく。 ――しばらくその状態が続いた後、ぼくは意識を手放した。 「う、ん……」 「あ、気が付いた?」 目を醒ますと、沙羅がぼくの顔を覗き込んでいた。 「お、ようやく復活したのですか。ホクトさんが眠っていた間に、もう到着寸前の所まで来たのですよ」 窓ガラスの向こうには、輝く月が見える。 どうやら、ぼくはかなり長い時間気絶していたらしい。 「お兄ちゃんは軟弱でござるなぁ。女人の拙者より回復が遅いとは。ニンニン」 「…………」 ……沙羅は体重が軽い分、ぼくよりも重力の影響が小さいはずだ。 「ま、とにかく……あれが月なんだね」 普段は夜空の上に小さく見える星がこういう風に目の前にあると、ちょっぴり感動する。 「綺麗だね」 沙羅が呟く。 だがそれに対して、 「綺麗……なのですか。でも、アルルはあまり好きじゃないのです……」 渋い顔で、川瀬さんがそう答える。 「月とその狂光は、夜に潜む者どもの象徴。アルルは、それを狩る者なのですから」 「……何でシリアスキャラを気取ってるの?」 「……ホクトさん。そういう事は、思っても言っちゃダメなのです」 川瀬さんは、大きな溜息を吐いた。 ぼく達は格納された船から、基地内部へと降り立つ。 ピカピカした、近未来風の建物だ。 川瀬さんは基地の所員とロシア語(だと思われる)で何事か会話すると、 「皆さん、制御室に行くのです」 その所員と共に、ぼく達を制御室へと案内した。 「うわぁ……」 思わず、LeMUの中央制御室を思い出す。 室内は様々な機材で埋め尽くされ、数人の所員がそれを操っていた。 正面のディスプレイには、ミサイル発射までのカウントダウンが表示されている。 ――あと、17時間。 「さて、拙者の出番でござる。ニンニン」 ぼく達を案内した所員の指示により、他の所員がコンソールから離れる。代わりに、沙羅がそこに陣取った。 ……なるほど。確かに沙羅の知識と技術なら、カウントダウンを解除する事が出来るかも知れない。 「じゃ、ホクトさん。アルル達はここから離れましょうか」 「え、どうして?」 「ここにいても、出来る事は何もないのです」 沙羅は『ロシア製にしてはよく出来てるでござるなぁ』とか何とか言いながら、コンソールを操作したり、工具で分解したりしている。 ……確かに、ぼく達に出来る事は何もなさそうだ。 「――さ、行くのですよ」 「母なる地球から離れて暮らすというのは、なかなかストレスが溜まるものなのです。なので、この基地には娯楽施設がたくさんあるのですよ」 ぼく達の正面には、その娯楽施設とやらが広がっている。 ゲームセンターとテーマパークを足して2で割ったようなもの――とでも言えばいいんだろうか。 「という訳で、遊ぶのです! YEAH!!」 ……何が『YEAH!!』だ。 川瀬さんはぼくの腕を掴むと、もの凄い勢いで駆け出す。 「じゃあ、まずはあれなんかを――」 だが突然、川瀬さんの動きが止まった。 急停止だったため、ぼくの身体は前方に投げ出される。 自動車事故の時にシートベルトをしていないと、フロントガラスを突き破って外に飛び出してしまうらしいが……まさにそんな感じだ。 「――はっ!!」 ぼくは猫のように受身をとる。それにより、最悪の事態は免れた。 ……我ながら、惚れ惚れする。 「……急にどうしたの?」 呆然と一方向を見つめている川瀬さんに声をかけるが、答えは返ってこない。 ぼくも、その方向に眼をやる。 ――そこには。 「……ッッ!!!?」 見慣れた、白衣の女性がいた。 「た、た、た、た――」 川瀬さんの声が、震える。 「田中優美清春香菜ぁぁぁああああああッッ!!!?」 川瀬さんの絶叫により、田中先生がこちらに振り向いた。 「あら、ホクトに亞留流じゃない。何でここに? やっぱり、例のミサイル関係?」 「ええ、そんな所です。今、沙羅がカウントダウンの解除に挑戦していますよ。田中先生は?」 「私も同じよ。もっとも、私達は制御システムではなく、ミサイルそのものをどうにかしようとしたんだけど……ダメだったわ」 田中先生は再びぼく達に背を向け、ゲームの続きを始める。どうやら、ブラックジャックらしい。 「ハッ! 所詮、田中研究所なんてその程度なのです。報道クラブを見習うのですよ」 「沙羅頼みのくせに、偉そうな事言うわね」 「う……っ!!」 川瀬さんの言葉が詰まる。いいぞ、もっと言ってやれ!! 「……何と言われようと、沙羅さんがうちの優秀な部員である事に変わりはないのです。ま、あなたは機械を相手にブラックジャックやってるのがお似合いなのですよ」 「…………」 田中先生が、川瀬さんを見る。 まるで、槍のような――鋭い眼光。 「そう言われてもね……そろそろ機械の相手も飽きてきたのよ」 その視線を受けつつも、川瀬さんは余裕を失わずに言う。 「……アルルと勝負したいとでも言うつもりなのですか? ラスヴェガスのカジノを一夜にして壊滅まで追い込んだ、このギャンブラー・アルルと?」 「別に、無理してまでやらなくてもいいわよ。敗けると分かってる戦に挑むのは愚かだしね」 「誰が敗けるのですか! いいでしょう、勝負なのですッ!!」 田中先生が、ニヤリと笑った。 「罰ゲームはどうする?」 「敗けた方が土下座なのですよ」 「土下座……いいわね、それでいきましょう」 ゲームが、開始される。 「そう言えば、そろそろ『アレ』を返しなさいよ」 「返してほしければ、力ずくで奪り還せばいいのです」 「その言葉、いずれ後悔させてあげるわ」 ……もう、勝手にして。 ヒートアップする2人とは対照的に、どんどんダウンするぼくのテンション。 ブラックジャック対決を見物するのも面倒になり、ぼくはトボトボとその場から離れていった。 しばらくしてから戻ると、川瀬さんが死人のような表情で佇んでいた。田中先生の姿は見えない。 ……ああ、これは敗けたな。 「川瀬さん、生きてる?」 彼女の死んだ眼がぼくを見る。……怖い。 「……ホクトさん、アルルはもうダメなのです……」 川瀬さんの口から、ふよふよと魂魄が出て来る。戻してやるべきか、このまま天に送ってやるべきか迷ったが……とりあえず、前者を選択した。 宇宙船を運転出来る川瀬さんがいないと、ぼく達は地球に帰れないからだ。 「そろそろ制御室に行くよ。ミサイルがどうなったか気になるし」 「ふぇ……」 ぼくは川瀬さんの身体を引き摺りながら、制御室に向けて歩き出した。 制御室に入ると、沙羅が死人のような表情で佇んでいた。 ……ああ、これは失敗したな。 正面のディスプレイでは、相変わらずカウントダウンが続いている。 「むむむ、沙羅さんでもダメだったのですか……」 川瀬さんが唸る。 ……復活早いのは、もう気にしない事にした。 「沙羅、生きてる?」 「……お兄ちゃん、私はもうダメだよ……」 沙羅の口から、ふよふよと魂魄が出て来る。すぐに、身体の中に押し戻してやった。 「まぁ、まだ時間は十数時間あるのです。それだけあれば――」 ――その時。 川瀬さんが全て言い終える前に、基地内に警報が鳴り響いた。 「な、何事なのですっ!!?」 ディスプレイのカウントダウンが消える。代わりに、月から地球までの軌道が表示された。 ……そしてその軌道の上には、月から地球に向かって動き始めた1つの光点。 ミサイルが……発射された!!!? 「カウントダウンはフェイクだったの!!!?」 沙羅が叫ぶ。 そうか、カウントダウンはフェイク――くそ、どうして気付かなかったんだ! 皆が絶望を抱え、ディスプレイを眺める。地球のどこかが核の炎で焼き尽くされてしまうのに、ぼく達はこうして突っ立ってる事しか出来ないのか。 ……だが。 「――ホクトさん、行くのです!」 誰かがぼくの手を握って、走り出した。 確認するまでもない。川瀬さんだ。 「か、川瀬さん!? 一体どうしたのっ!?」 「ボケっとしてる場合じゃないのですよ! ミサイルをどうにかするのですっ!!」 「――えぇっ!?」 川瀬さんに手を引かれながら辿り着いた場所は――格納庫。 彼女はぼく達が乗ってきた宇宙船の副座にぼくを放り込むと、自分も操縦席に飛び乗った。 エンジンが始動し、あらゆる電子機器が活動を開始する。 『ア、アルルッ!? 何してるの!!?』 通信機から、沙羅の声。 「沙羅さん、緊急発進するのでハッチを開いてほしいのです」 『だから、何をしてるの――何をしようとしているのっ!?』 「幸いにも、この船には小型ミサイルが4発も積んであるのですよ。それで、発射されたミサイルが地球に落ちる前に――破壊するのです」 『……ッ!?』 沙羅が、息を呑んだのが分かる。 でも……そうか。今から追いかければ、どうにかなるかも知れない。 ――少なくとも、制御室でボケっとしてるよりはマシだ。 「沙羅、ぼくからもお願い。ハッチを開いて」 少しの沈黙の後、 『……分かった』 沙羅は、そう返してきた。 駆動音と共に、ハッチが開き始める。 「……ねぇ、川瀬さん。どうしてぼくを連れてきたの?」 ぼくは疑問に思った事を、川瀬さんに尋ねた。 彼女は笑いながら、 「ホクトさんとアルルはコンビなのですから」 と、楽しそうに言う。 ……だが。 「この無限の宇宙に誓って、ぼくは君とコンビを組んだ覚えはないよ?」 「……前にも言ったような気がするのですが、そういう事は思っても言っちゃダメなのです」 川瀬さんが、再び大きな溜息を吐いた。 暗黒を貫くように、船が宇宙空間を突き進む。 しばらくすると、前方にミサイルが見えた。 「ミサイルをレーダーと肉眼の両方で確認したのです」 『映像はこっちにも届いてるよ。ミサイルには近接信管が付いてるから、無理な接近はしないで』 「了解なのですよ」 川瀬さんは操縦桿を操り、ミサイルをロックオン。 そして――小型ミサイルを発射した。 「ありゃ、結構簡単に決まったのですね」 川瀬さんはぽかんとした顔でそんな事を言うが、 「……いや、ダメみたいだよ」 すぐに、ぼくはそれに気付いた。 ミサイルのブースター――そのノズルが、突然向きを変える。 「な、何なのです!?」 それによってミサイルは推力の向きを変え、急激に方向転換。 小型ミサイルはその変則的な機動に対応出来ず、ミサイルを外してしまった。 「――す、推力変更ノズルッ!?」 「ミサイルにベクタースラスト……凄いね」 凄すぎて呆れる。 「そんな……でも、人が操縦している訳ではないのですよ? いくら接近する小型ミサイルを感知しても、あんな完璧な回避が出来るはずは……」 「きっと、人の代わりにAIか何かが操縦してるんだと思う」 「――ッ!!?」 ……しかし、そうなると厄介だ。 「ねぇ、川瀬さん。君が宇宙空間に飛び出して、あのミサイルを蹴り壊すっていうのはどう?」 「……ホクトさん、本気で言ってるのですか? アルルは一応人間なのですよ?」 いや、結構本気なんだけど……やっぱり無理か。 って言うか、『一応』って。自覚あるのか。 『……お兄ちゃん、アルル。漫才してる場合じゃないよ』 何故か、沙羅の声が刺々しい。……ぼくとしては、漫才してるつもりなんてないんだけど。 「――ッ!? ホクトさん!!」 突然、川瀬さんが大声でぼくを呼んだ。 「な、何!? どうしたの?」 「ミサイルが……」 「――え?」 ぼくは前方に眼をやる。 そこには、信じられない光景が広がっていた。 「な……っ!?」 ミサイルが――跡形もなく、消えていた。 『そ、そんな……』 沙羅の声が震えている。 『ミサイルが、ミサイルが……』 「沙羅、落ち着いて。何があったの?」 『…………』 沙羅が、深呼吸する音。 『消えたミサイルが――地球のすぐ近くに現れてる』 ――っ!!!? そんな……ミサイルが瞬間移動!? 「……量子テレポーテーションによる空間転移――くっ、そんな事まで出来るのですかっ!」 何だかよく分からないが、川瀬さんはこの現象について理解してるらしい。 「川瀬さん、どうするの!?」 「決まってるのですよ! ――永美さんっ!!」 『――はい』 通信機から、地球の部室にいるはずの永美の声。 彼女の声はこんな状況でも、まったくいつも通りの平坦な声だ。 「部室の時空間転移装置を使って、この船をミサイルの所まで転移させてくださいなのです!」 『了解しました』 ……えっと? 「川瀬さん、どういう事?」 「簡単に言えば――ミサイルが瞬間移動したのと同じシステムで、この船をミサイルの元まで瞬間移動させるのですよ」 「……そんなオーヴァー・テクノロジィが報道クラブにあるのか……」 「とは言っても、元々報道クラブにあった時空間転移装置は不完全なものだったのです。それを、永美さんが完成させたのですよ。さすがなのですね」 永美、君は何者? 『――転移プロセス開始。11秒後に空間転移します』 「ホクトさん、覚悟してくださいなのです」 「……何を?」 ……嫌な予感が。 「転移に失敗した場合、意識だけがこの宇宙に取り残されたりするかも知れないのですよ」 「――えぇっ!?」 何それっ!? 「ま、待って――」 『――転移プロセス終了。空間転移、開始』 「うぇああああああっ!!!?」 ――ぼく達は、粒子と化した。 「う……っ!?」 ぼくが眼を開くと、船の前にはミサイルがあった。 そして――青い地球。 『情報転送率100%――転移完了です』 ……どうやら、空間転移とやらは無事に成功したらしい。 「まったく、気が小さいのですねぇ」 川瀬さんが溜息まじりに、そんな事を言う。 ……ぼくは君ほど、神経太くないんだよ。 『……ホクトさん』 響く、永美のか細い声。 何だか、いつもと様子が違う……? 『決して、死なないでください』 「……ぼくの事、心配してくれてるの?」 少し感激だ。 『いえ、ホクトさん自身はどうでもよいのですが』 「…………」 ……どうでもよいって……。 『貴方が亡くなったら、あの人が泣くと思いますから』 あの人……? 「じゃあ永美さん、アルル達はミサイルへの攻撃を再開するのです。あんなポンコツ、すぐにブッ壊してやるのですよ」 『――御武運を』 「奇殺ァァァァァァァッ!!!!」 川瀬さんは妙な叫び声を上げながら、ロックオンしたミサイルに小型ミサイルを発射する。 叫んだ所で、ミサイルに命中する訳ではないと思うんだけど――ほら、避けられた。 「うぅうう……っ!」 「……無駄撃ちは止めようよ。数には限りがあるんだから」 この船に積まれている小型ミサイルは、残り2発。とても多いとは言えない。 「じゃあ、どうするのですっ!?」 川瀬さんの声には、焦りが感じられる。 ここはやっぱり、ぼくが何とかしなくてはならない。 「ねぇ、川瀬さん――運命をぼくに任せる事が出来る?」 「……へ?」 川瀬さんはきょとんとした眼で、ぼくを見る。 だがしばらくすると、逆に訊き返してきた。 「……ミサイルを何とか出来るのですか?」 「保障は出来ないけれどね。このまま何もしないよりは、いくらかマシだと思う」 「…………」 川瀬さんはムムムと唸っていたが、しばらくすると決意したような瞳で、ぼくを見た。 「何だかよく分からないのですが、分かったのです。まぁ、猫の手でも借りたいような状況なのですからね――ホクトさんの手でも我慢するのです」 ……酷い事を言われているような気がするのだが、気のせいだろうか。 「……まぁいいや、始めるよ」 「アルルはどうすればいいのですか?」 「ぼくが指示した時に、ミサイルを攻撃して」 「分かったのです」 「…………」 ぼくは2つの眼を閉じる。 今、2つの眼は必要ない。開くべきは第三の眼だ。 「……第三の眼……天から世界を見下ろす、『ノルンの眼』……」 川瀬さんが、ぼくを横目で見ながら呟く。 ――そういった2つの眼を開いていなければ得られないはずの情報が、脳に送り込まれてくる。 「……!」 突然、ミサイルと船の距離が広がった。おそらくは、加速用のブースターを点火したのだろう。 ……さっきから、小賢しいミサイルだ。 「くっ……こんなに距離を開けられたら、ロックオンも出来ないのですよ!」 「ロックオンしなくても、小型ミサイルを撃つ事は出来るでしょ?」 「それはそうなのですが、ロックオンしなければ自動追尾をせず、まっすぐ飛ぶだけなのです。それじゃ――」 「大丈夫だよ。何も問題ない」 ぼくはそう言い、意識を集中した。 無数に枝分かれしている平行世界。その中から、ミサイルに小型ミサイルが命中する未来を検索し、その未来に辿り着く最善の方法を視る。 だけど、それだけではダメだ。分岐するこの世界の中では、最善の方法を用いてもその未来に辿り着くとは限らない。 ――だから、妄想する。 観測者の強固な思念は、自分を、そして世界を創り変えてしまう――という話を、どこかで聞いた。プラシーボ効果だったか、ピグマリオン効果だったか、それとも別の何かだったかは忘れてしまったけど。 至高の観測者と視点を重ねているぼくは、それが可能なはずだ。そして、望む未来を手にする事が出来る。 ぼくは今、量子力学を越え――ラプラスの悪魔となった。 「――川瀬さん、撃って」 何も言わず、川瀬さんは小型ミサイルを発射した。 当然、それは避けられる。だが―― 「――命中」 避けた先には、放たれていたもう1発の小型ミサイル。 感知が間に合わないギリギリのタイミング。時間の隙間を縫うように、それはミサイルに襲いかかった。 加速によって小回りが効かなくなった今のミサイルに、小型ミサイルを回避する術はない。 「…………」 川瀬さんは信じられないといった表情で、その光景を眺めている。 宇宙には空気がないから、爆音も衝撃も伝わっては来ない。 だがミサイルは、爆発と共に破片となり――宇宙に散らばった。 「ふぅ、上手くいったね……」 こんな事もあろうかと、前にココから眼の使い方を教えてもらったのだが――早速、役に立ったようだ。 ……ココから物事を教わるという事がどれほど大変な事なのかは、各自で想像してほしい。 「さ、川瀬さん。帰ろう」 「……え? あ〜……」 川瀬さんは言い辛い事でもあるかのように、ポリポリと頬を掻く。 ……もはやお馴染みとなった、嫌な予感がする。 「えーっと……当初の予定では、月の基地でこの船に燃料を補給するはずだったのですよ」 「……それで?」 「ですが、補給前にこうして飛び出して来たので――」 「もう、燃料がないんだね?」 「はい、そうなのです。ぶっちゃけ、月には帰れません。しかも……この船、地球の重力に捕まっちゃってるのですよ」 「……つまり、このまま大気圏突入?」 「そういう事になるのです」 「…………」 大気圏突入というのは、極めて難しい。突入角度が深すぎれば摩擦熱で燃え尽きてしまうし、浅すぎれば宇宙に弾き返されてしまう。 要は――今のぼく達が無事に大気圏突入を果たすのは無理、という事だ。 「このまま、ジ・エンドなのですかねぇ……」 ……うそぉ!? 『……次からは、もう少し考えて行動してほしいでござる』 基地の沙羅が、溜息と共に言う。 「善処するのです。ですから、その『次』とやらにどうにかして行けるようにしたいのですが」 『少ない残りの燃料でも通れる大気圏突入ルート、計算しておいたでござるよ』 「……ほへ?」 ディスプレイに、なにやら複雑な図面が映し出される。 これが、そのルートなのだろう。 「――おぉぉおおおッ!?」 『コンピューター制御でその軌道に乗せれば、多分大丈夫でござる』 「あ、ありがとうなのですっ!」 『礼には及ばんでござるよ。ニンニン』 「ホクトさん、もうすぐ大気圏突入なのですよ」 「うん」 「地球のどこに落ちるかは、はっきり言って分からないのです。何しろ、正規のルートではないのですからね」 「そうだろうね」 「ですが――」 川瀬さんは自分の胸を、ポンと叩く。 「どんな場所に落ちても、絶対にアルルがホクトさんを護りますから。安心してほしいのですよ」 「逆に安心出来ないような気もするけど――まぁ、頑張ってね」 ぼくが笑いながら言うと、川瀬さんも微笑みながら答えた。 「……はい、頑張るのです」 青い地球に、近づいて行く。 ――ぼく達は、大気圏に突入した。 「釣れないね……」 「釣れないのですねぇ……」 ぼくと川瀬さんは、同時に呟く。 ――大気圏に突入したぼく達は、海に着水。その後、船から脱出し、こうしてゴムボートで漂流しているのである。 今はお約束のように釣りをしているが、お約束のように釣れていない。 「今日で何日目だっけ?」 「3日目なのです。救難信号を出しているのですから、そろそろ救助が来てもいい頃だと思うのですが……」 「3日目かぁ……ん?」 噂をすれば影――とでもいうように、船が近付いて来るのが見えた。 「川瀬さん、船がっ!」 「おぉっ!」 ぼく達は大きく手を振ったりして、自分達の存在をアピールする。 だが、その必要はなかったようだ。船は真っ直ぐ、こっちに近付いて来る。救難信号をキャッチしているのだ。 船が、ゴムボートの横に止まる。 ――そして。 「あら、思ったより元気そうね。ホクト、亞留流」 その中から、現れた人物は―― 「田中先生っ!?」 「田中優美清春香菜っ!!!?」 「助けに来てあげたわよ。末永く感謝しなさい」 田中先生は不敵な笑顔で、ぼく達を見た。 「あ、貴方如きに助けてもらう必要はないのですよッッ!!」 「なら、ぼくだけ助けてもらおうかな」 「……へ?」 いや、そんな不思議そうな眼で見られても。 ぼくは川瀬さんをゴムボートに残し、ロープを使って船に上がった。 「助かりました、田中先生」 「無事でよかったわ。じゃ、帰りましょうか」 「はい」 船が、動き出す。 放心していた川瀬さんは正気を取り戻し、 「ま、待つのですーーーーーーーッッ!!!!」 泳いで、船を追いかけて来た。 「……ホクト、どうする?」 「全速力で振り切ってください」 スピードアップする船。 「ふ、振り切ってくださいって……ホクトさん、どうしてそんな悪い子になっちゃったのですかっ!!!?」 「1000%あんたのせいよ」 ぼくは田中先生の言葉に頷くと、船内に入る。 後ろから聞こえて来る川瀬さんの絶叫は、とりあえず無視する事にした。 「ホクトさんの裏切り者〜〜ッッ!!!!」 ……世界は、今日も平和だ。 |
あとがきの進化系であるもの こんにちは、大根メロンです。まだ生きてます。 さて、報道クラブです。最近こればっか書いてるような気がしますが、きっと気のせいです。 今回の舞台はついに宇宙。もう訳が分かりません。 次は、異世界でしょうかね(投げやり) ……さて、『異端審問官のおしごと2』を書かなきゃ(汗) ではまた。 |
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