「はぁ……はぁ……」
 荒廃した街の中を、鈴を鳴らしながら少女が走る。
「逃げ……なきゃ……」
 少女は苦しそうに息をしながらも、足を止めない。ただひたすら、走り続ける。
 ――後方から、何かの音。
「……っ!」
 少女が眼を向けると、そこには鋼鉄の蜘蛛がいた。
 蜘蛛は機械とは思えないようなスムーズな動きで、少女の進路を塞ぐ。だがそれは、無駄に終わった。
「えいっ!!」
 少女は隠しておいた穴から、地下に飛び込む。
 そこには、1台のタイムマシンがあった。
 ――それに内蔵されているものこそ、奴等の狙い。
 少女は、父親と約束していた。アレを、奴等には渡さないと。
 蜘蛛が地下に入り込んで来る前に、少女はそのタイムマシンに乗り込む。
 そして、一気に発進した。
 蜘蛛を体当たりで弾き飛ばし、空へと――空に現れた門へと、向かう。
 開かれる門の扉。少女を乗せたタイムマシンは、その中に消えた。



「……逃がしたか」
 黒服の少女が、上空の門を眺めていた。
 彼女はPDAを取り出し、指示を出す。
「時空間をスキャンして、あの娘が逃げた座標を特定しなさい。すぐに追うわよ」
 黒服の少女は、再び空に眼をやる。
 ――だがすでに、門は跡形もなく消えていた。


異端審問官のおしごと3
                              大根メロン


「――では、報告は以上です」
 教皇庁ヴァチカン、教理聖省の一室。
 俺はそこで、青山礼香の狩りに関しての報告をしていた。
 そう。今、俺からの報告を受けている者こそ――黙示録四騎士の青白き騎士にして異端審問部の長、パトリック・オブライエン枢機卿。
「……ふむ、ご苦労。フラナリィ司祭、君は実に良くやってくれた」
 パトリックは眼鏡の奥から、理知的な瞳を向ける。
「君の活躍は、私も高く評価している。今後も頑張ってくれたまえ」
「……では、俺はこれで」
 報告を済ました俺は、さっさと部屋から逃げようとする。
 ……だが。
「ああ、待ちたまえ。君に少し相談したい事がある」
 ――逃げられなかった。
「……何です?」
「ニィアルラ司祭から私に要望が来ていてね。君の意見を聞きたい」
 うわぁ、かなり嫌な予感。
「彼は、異端審問部の修道女全員にネコミミを付けるべきだ、と主張しているが――」
「却下してください」
「……そうか」
 残念そうにするな。
「なら次だ。これもニィアルラ司祭からでね。修道女全員にメイド服の着用を――」
「……却下してください」
「……メイド服さえも、君の感性には合わないのか。なら巫女服――」
「異教の装束着せて仕事させんなッ!!」
 くそっ、これだからこの男の相手は嫌なんだ……!
 巫女服着てる修道女って、根本的に間違ってるだろうッ!!
「何故だ? 巫女服だぞ? 君の心に萌えはないのか?」
「いや、それは……って、そういう問題じゃないだろ!」
 パトリックは、わざとらしく溜息をつく。
 くそ、何かムカツクなぁ。
「なら、どうすれば良いというのだね?」
「今まで通りでいい!」
「……君が修道女服萌えなのは私達も良く理解している。だが、常に変化を求めなければ萌魂が満足しないはず――」
「もうお前黙れッ!!」
「――ぐべふッッ!!!?」
 パトリックの顔面に、俺の鉄拳が炸裂する。
 変態枢機卿は漫画のように鼻血を噴きながら、ぶっ飛んでいった。
 ……まぁ、いつもの事である。



「……お疲れ様です、フラナリィさん」
 部屋から出た俺に、アーリアが真摯な瞳を向ける。
 ……上司に仕事の報告をするだけで、そこまでされる俺って一体。
「そう思うなら代わってくれ」
「無理です」
 無理と来たか。
「ま、いいや。今日の俺は寛大だからな」
 そう、明日は待ちに待った日なのだ。

 ――第7の日に、神は御自分の仕事を完成され、第7の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。

 つまり安息日。即ち日曜日。休日、休日、休日。
 労働と邪神と変態枢機卿に蝕まれる俺が、唯一安らげる日なのである。
「あははははははは……♪」
 俺はルンルンとスキップしながら、その場から去って行く。
 ……アーリアが俺を眺めながら涙ぐんでいたが、どういう意味なのかは分からなかった。



 ――翌日。
「ふぃ〜!」
 俺は草の上に寝転がり、思い切り手足を伸ばす。
 ――ここは、Circo Massimoチルコ・マッシモ
 紀元前7世紀から6世紀頃に作られた、古代ローマ最大の円形競技場だった場所だ。……今は、普通の野原だが。
 周りには、俺と同じようにここの空気を吸いに来た人々が集まっている。
「……お?」
 その中に、見知った顔を見つけた。
「――アーリア?」
 俺の呟きが耳に届いたのか、彼女はこちらの存在に気付く。
 そして、俺の方に歩み寄ってきた。
「こんにちは、フラナリィさん。こんな所で会うなんて……奇遇ですね」
「そうだな。ま、俺達はこの狭い世界で生きる者同士。そういう事もあるさ」
 アーリアは俺の言葉に少し笑うと、隣に座る。
「いい天気ですね」
「ああ」
 俺達の視界を埋め尽くしているのは、青い空。それはとても澄み切っており、美しい。
 だが――。
 この空の下に棲む者達は、美しいものばかりではない。
 その代表選手が、あのブルーノ・ニィアルラだ。
「…………」
 アーリアも、俺と同じような表情で空を見上げている。
 俺と同じ事を考えたのか、俺が考えている事に気付いたのか――。
「やはり、信じられませんね」
「……ブルーノの事か?」
「そうです」
 無理もない。突然、あいつは邪神だなんて言われても信じる事など出来ないだろう。
 俺だって『あの家』に生まれてなきゃ、そんな話は笑い飛ばすはずだ。
「信じなくてもいいさ。だが、覚悟はしておいた方がいい。邪神云々はともかくとしても……あいつが危険な存在だって事は、お前も分かってるだろ? いずれ、何か仕掛けて来るぞ」
「はい」
 ……まぁ、どれだけ覚悟をしても無駄なような気がするが。
 一撃で魂を砕かれて、恐怖と狂気の世界に堕とされるだけだろうしな。
「……って言うか、安息日にまでこんな話をするのは止めよう」
「そ、そうですね」
 俺は暗くなった気持ちを明るくするために、再び大空に眼を向ける。
「……へ?」
 だが、そこには異物があった。
 ――それは、空に浮かぶ巨大な門。
「フラナリィさん、あれは……?」
 ……アーリアにも見えてるって事は、幻覚じゃなさそうだな。
「分からん。とにかく警戒しよう」
 無意識の内に、俺の手には赤き剣が、アーリアの手には白き弓が現れる。怪異に遭遇した時の条件反射だ。
「…………」
 まるで戦闘時のような、緊張感。
 ――そして。
 ゆっくりと、門が開いた。
「……は?」
 思わず、俺達の口からマヌケな声が漏れる。
 ――ひよこだった。そうとしか言葉に出来ないくらい、ひよこだった。
 門の向こうから現れたひよこ型の乗り物(みたいなモノ)が、地上に着地――と言うより、落下する。
「……どうします?」
「とりあえず、見に行ってみよう」
 俺達はひよこ型マシンに近付く。
 すると、自動的にひよこのドアが開いた。
 俺達は恐る恐る、中を見る。
「女の子……?」
 アーリアの呟き通り、ひよこの中には目を回しながら気を失っている女の子の姿があった。
 年齢は10歳前後くらいだろうか。もしかしたら、それより下かも知れない。
 ――女の子が身に付けている鈴が、リンと鳴った。
「……アーリア。パトリックに連絡して、ここを霊的封鎖だ」
「はい」
 アーリアはPDAを取り出し、電話をかける。
 ……やれやれ、俺には休む事すら赦されないのか?



「安息日に働くのは、立派な涜神行為だと思うんだが」
「いつまで文句を言っているんですか。それに、手早く解決すればいい事ですよ」
 俺とアーリアは、変わらず野原にいた。目の前には、変わらずひよこが転がっている。
 周囲に人の姿はない。霊的封鎖がされているのだから、一般人が入って来れないのは当然なんだが……俺達以外の異端審問官の姿もない。
 つまり、このひよこ事件(仮名)は俺とアーリアの担当になった、という事だ。押し付けられたとも言う。
「って言うか、これは異端審問官の仕事じゃないだろ」
 ……そんな事を言っても、後の祭なのだが。
「で、その子の具合はどうなんだ?」
「命に別状はありません。落下のショックで気絶しただけのようですね」
「そうか」
 俺はひよこの中に入り、女の子の顔を覗き込む。
 ……目を醒ましたら、色々と話を聞かなきゃならないな。
 と、そんな事を考えた瞬間。
「……ん?」
 ――女の子が、突然眼を開いた。
「…………」
 しばらく見詰め合う、俺と女の子。
「……キス5秒前?」
「断じて違う」
 これが、俺とこの子の最初の会話である。



 その後――女の子の誤解を解き、さらには何故かブチ切れたアーリアを落ち着かせ、どうにか事情聴取を始める事が出来た。
 だが……女の子から放たれたのは、言葉という名の電波だった。
「ココの名前はココ・エイトゴッド。年齢は14歳。趣味はぷっぷくぷぅー」
 ぷっぷくぷぅー……? って、14歳!? マジかっ!?
「そして驚くべき事に、『ちょーのーりょくしゃ』なのだ! ぶいっ!!」
 ……ダメだ、これ以上の会話は命に関わる。
「後は任せたぞ」
 俺は爽やかな笑顔と共に、アーリアの肩を叩く。
 アーリアも、微笑みを返してくれた。
 その寒気がするような微笑みを翻訳すると、『逃げたら殺しますよ』である。
「……それで、ココ。お前は一体、どこから来たんだ? あの門は何なんだ?」
 アーリアの殺意に敗け、俺はそそくさとココへの質問作業へと戻った。
「ココはね、西暦2187年――つまり、未来から来たの」
「…………」
 ドラ○もんか、お前は。
「……どうやって?」
「このかっちょいいタイムマシン、『ひよこ号』に乗ってだよ」
 ああもう、何処からツッコミを入れればいいんだ。
「……帰るか」
「……そうですね」
 貴重な安息日を、これ以上電波娘のために使ってやる事なんて出来ない。
「むぅ、信じてないなぁ〜?」
 信じられるか、この阿呆。教皇庁ヴァチカンに邪神がいるって話の方がまだ信じられる。
「このひよこ号には『シルヴァー・キィ・システム』が搭載されていて、それによって時間移動を可能にするんだよぉ」
「はいはい――」
 俺はココの話を適当に聞き流そうとしたが、聞き逃しちゃいけない言葉がある事に気付いた。
 ――シルヴァー・キィ・システム?
「……おい、ココ」
「なぁに?」
「そのシルヴァー・キィ・システムとかいうのは、あの『銀の鍵』と関係があるのか?」
「関係があると言うか……銀の鍵そのものと、それをコントロールするための魔術回路。それが、シルヴァー・キィ・システムなんだよ」
「――ッ!!? じゃあ、このひよこ号とやらは銀の鍵を内蔵してるのか!!」
「うん、そのとーり」
 だとすれば、時間移動くらい容易いはずだ。
 ココが2187年から来たという話も、それなら信用出来る。
「フラナリィさん、銀の鍵とは?」
 アーリアが、俺に尋ねてくる。
「無茶苦茶簡単に説明すると、次元の狭間に存在する神の力を借りる事によって、あらゆる時間や場所に移動出来るようになる道具……といった所か」
 実際には、そんなに単純なものではないが。
「ほら、ひよこ号は門の向こうから現れただろ? あの銀の鍵の門は、その神が顕現したものさ」
 しかし……銀の鍵の門、か。ハガレンを思い出すなぁ。
「フラナリィさん……」
 地の底から響くような、アーリアの声。
「……何だ?」
 俺はようやく、自分のミスに気付いた。
 ……アーリアの眼が、かなり怖い。
「どうして、そんなに異端の知識が深いんです?」
 ……さて、どう誤魔化そうか。
「異端を狩る者は、何が異端かを正しく判断しなければならない。だから、異端審問官が異端について知っているのは当然――」
 ここまで言って、俺は1つ溜息をついた。アーリアの視線は冷たい。
「――っていう言い訳は、通用しないんだろうな」
「当然です」
「…………」
 頭をクシャクシャと掻く。
 あまり、いい話ではないんだが……仕方ない。
「……親父が、英国でも5本の指に入るオカルティストなんだよ」
「――っ!?」
「家には、禁断の書物や物品が山のようにあった。もちろん、銀の鍵もな。そういうのから学んだんだ」
 その中でも特に記憶に残っているものは、金銀のアラベスク模様を施した黒檀装丁の大冊だ。
 それこそは、かのアブドゥル・アルハザードが著した、『死霊秘法ネクロノミコン』の原本オリジナル――
「……ッ」
 ダメだ。そこから先は、考えない方がいい。
「……フラナリィさん?」
「何でもない。気にしないでくれ」
 俺は頭を振り、不健全な思考を頭の中から追い払う。
「親父の話だったな。親父は、組織の運営なんかもやっていた。その組織の名は、『D∴I∴D∴』――闇の中の闇ダーク・イン・ダークネス。いわゆる魔術結社ってヤツだな」
「……凄い方なんですね」
 呆れてる。アーリアが呆れてる。
 ……俺だって、好きでそんな父親の子に生まれた訳じゃないぞ。
「んで、当時かなりの権威を持っていたD∴I∴D∴は、その勢いで日本に支部ロッジを作ろうとしたんだ。だがそれが原因で、お袋の実家と揉め事が起きた」
「…………」
「そして親父とお袋が出逢う。紆余曲折の末に、2人はゴールイン。俺誕生。そういう事だ」
 アーリアの眼が点になる。
「……後半、随分と端折りましたね」
「よく知らないんだよ。知りたくもないしな」
 それにしても……魔術結社の首領と陰陽術者の間に生まれた俺が、教皇庁ヴァチカンの異端審問官とは。まったく、難解な家庭だ。
「しかし、そうなるとフラナリィさんの御父上は――」
「ああ、異端審問部俺達の敵って事だ。だが……D∴I∴D∴とは関わらない方がいい。親父は正真正銘、魔術師の王。地獄ゲヘナを擬人化したような奴だからな」
「…………」
「それに、幸いにも連中は黒魔術結社って訳じゃない。ほっといても、基本的には無害だよ」
 ――そう、基本的には。
 奴等は悪事を目的とする事はないが、目的のために悪事に手を染める事はあるのだ。
(ま、そんな事を考えても仕方ないか)
 俺がどれだけ悩もうと、それでどうにかなる訳じゃないしな。
 『イモムゥ〜♪ イモムゥ〜♪』とかいう謎の言葉を発しながら地面を這いうねるココを見ていると、心配事なんて莫迦らしくなってくる。
「ほら、ココ。まだ話は終わってないぞ」
「ほえ? まだ、何かあるの?」
「ああ、1番重要な事を聞いていない」
 ココが、俺を見上げた。
「――お前、どうしてこの時代に来たんだ?」
「……!」
 ココの表情が変わる。さっきまでとは打って変わって、暗い表情だ。
 もしかして、訊いちゃいけない事だったのか……?
「――逃げてきたの」
「……え?」
「ココ、追われてて……2187年から、逃げて来たの」
 追われている……?
「……ココちゃんを追っているのは、誰なんですか?」
 アーリアの言葉に、押し黙るココ。
 少し経った後、彼女は口を開いた。
「――『インダストリアル・トラスト』」



「インダストリアル・トラスト……だって?」
 その名前なら、俺も聞いた事がある。何だったっけか……?
「有名な企業ですね。本社はアメリカのフェデラル・ヒルにあります。……少なくとも、この時代では」
 アーリアが言う。
 そうだ、思い出した。
「フェデラル・ヒル、か。確か、<星の智慧派>の教会があった所だな」
「<星の智慧派>……?」
 俺の言葉に、アーリアが反応する。しまった、また余計な事を言ったか。
「異端の一派だ。詳しく知りたければ、ブルーノに訊け」
 ブルーノなら、<星の智慧派>に関するありとあらゆる事を教えてくれるだろう。
 何しろ、奴は――
「……やっぱりダメだ、アーリア。ブルーノには絶対に訊くな」
「は、はぁ?」
 コロコロと変わる俺の話に、困惑するアーリア。
 悪いな。世の中には、知らなくてもいい事――いや、人類ヒトが知ってはいけない事があるんだ。
「それで、どうしてお前はインダストリアル・トラストに追われているんだ?」
「……インダストリアル・トラストの目的は、ひよこ号が積んでいる銀の鍵。ココから銀の鍵を奪って、それを複製・量産するつもりなの」
「な――っ!?」
 未知の要素だらけの銀の鍵を複製・量産……未来の技術力なら、そんな事が出来るのか?
 はっきり言って、俺の理解を超えている。
「そして、量産した銀の鍵を材料にひよこ号みたいなタイムマシンを作って、販売する計画なんだよ。それなら、従来の量子テレポーテーションを応用したタイムマシンに比べ、より低コスト、より小型のものになるから」
「それは、いい事じゃないのか?」
「それだけなら、いいんだけど……インダストリアル・トラストは、それの軍事利用を企んでいるんだよ」
 ……なるほど。
 インダストリアル・トラストの手に銀の鍵が渡ったら、史上最悪の死の商人が誕生する事になりそうだな。
「……もうすぐ、ココがいる座標――この時代、この場所を見付けて、追手を放つと思う」
「…………」
 大体、状況は理解出来た。
 問題は、これからどうするかだ。
「アーリア、どうする――って、やる気満々だな」
 彼女の瞳には炎が宿り、その手にはしっかりと白き弓が握られている。
「当然です。その追手とやらを追い払って、ココちゃんを助けましょう」
「短気だな……ま、俺も同意見だが」
 インダストリアル・トラストの追手とやらが何者かは知らないが、こっちだって常人じゃないんだ。どうにかなるだろう。
 俺はココの頭に手を置き、クシャクシャと撫でてやる。
「ほへ?」
「という訳で、俺達がお前を護ってやる。感謝しろよ」
「……!」
 ココは一瞬だけ驚いた様子だったが、すぐに輝くような笑顔に変わり、
「ありがとう、タケピョンにアーリアさんっ!」
 と、元気よく言った。
 アーリアは『さん』付けなのに、俺は仇名かよ。
「……って、あれ?」
 ――俺達、ココに名前を教えたっけ?
 アーリアの方を見てみたが、彼女はこの違和感に気付いていないようだった。
 ……俺の思い違いか?
「う〜ん……」
 俺が、記憶の糸を辿り始めた――その時。
「――っ!!!?」
 何の前触れもなく、ソレは野原に現れた。
 一目見た感想は……大きな鋼鉄の蜘蛛、といった所か。それが、7機。
「……ココ、あれは何だ?」
「2153年にインダストリアル・トラストが開発した、自律思考型八足歩行戦車――通称『スパイダー』。第三次世界大戦の時に米軍が使用し、莫大な戦果を上げた機体だよ」
「……御丁寧な解説、どうもありがとう」
 あのスパイダーとやらが、例の追手という事か。
 ……さすがに、そんなモノが来るとは思わなかったな。
「逃げるか、アーリア」
「ダ、ダメですよ! 何を言ってるんですかっ!!」
「あれを相手に、どう戦えというんだ。対人兵器ですらないだろう」
「だ、大丈夫です、フラナリィさんならっ!!」
「アーリア、俺の眼を見て話せ」
 ……しかし、逃げても追って来るだろうしなぁ。
 ま、何にしろ早く動いた方がよさそうだ。スパイダーどもは散開し、俺達を取り囲もうとしている。
 仕方ない……闘るしかないか。
「アーリア、ココとひよこ号を護れ!」
「……! はいっ!!」
 囲まれる前に跳び出し、1機に赤き剣で斬りかかる。
 くそっ、最近こんな事ばっかりだっ!!
「――、――、――」
 スパイダーは斬られる前に、その姿からは想像も出来ないような俊敏さで身を躱す。
 それと同時に、他のスパイダーどもが俺に向かって一斉砲火。
 銃弾、砲弾、榴弾、ミサイル、レーザー――雨霰のように、降り注ぐ。
「こんのっ……舐めんなっ!!」
 俺はこの身を巡る呪われた血から力を引き出し、人間離れしたスピードでそれを避けた。
 ……今だけは、この忌まわしい力に感謝だ。
 その勢いのまま、1機に向かう。
 だがそのスパイダーは機械とは思えない柔軟さと足捌きで、俺の攻撃から逃れる。
「……何だ、こいつ等?」
 おかしい。あまりにも、動きが生物めいている。未来の技術力と言われればそれまでだが、何か納得出来ない。
 ……自律思考型、って話だったな。もしかして、AIがとんでもなく優秀なのか?
「おい、ココ! このガラクタどもは、一体どんなAIを積んでいるんだ!?」
 ココに向かって、叫ぶ。
 だが彼女から返って来たのは、不可解な言葉だった。
「……AIを積んでいる訳じゃないよ」
「――はぁ?」
 バカな、AIなしでどうやって自律思考するんだ。
 AIの代わりがあるのか? しかし、そんな物が――
「――まさか」
 俺の頭を、嫌な想像が駆け巡る。
 ……いや、いくらなんでもそれはないだろう。さすがに無茶苦茶だ。
 俺は自分の考えに笑う。まったく、くだらない。
 ――だが次のココの言葉が、俺の想像を全肯定した。
「人間の脳。スパイダーには、人間の脳が積まれているの」
「……ッッ!!!?」
 俺とアーリアの顔に、隠しがたい嫌悪が浮かぶ。
「脳だけじゃない。脊髄を初めとする、神経系も移植されてるんだよ」
「ああ畜生、やっぱりそうかよ! 何て悍ましい兵器なんだっ!!」
 怒りに身を任せ、向かって来た1機の足を斬り落とす。
「――、――、――」
 ……無機質なはずのカメラアイが、苦痛に歪んだように見えた。
「ココ、こいつ等を人間に戻す事は出来ないのかっ!?」
「……無理だよ。脳は薬品と手術のせいで人間らしい思考は出来てないし、元の身体はバラバラにされて臓器密売業者なんかに売り払われてるんだから」
 ココが、顔を俯かせる。とても……とても悲しそうな表情だ。
「くそ、くそくそくそっ!!!!」
 インダストリアル・トラストめ……! 人間を何だと思ってやがるッ!!!
「――<贖罪の釘剣>ッ!!」
 俺の怒りに応えるかのように、手の中に<贖罪の釘剣>が現れる。
 剣を思い切り振り下ろしただけで、2機のスパイダーが紙クズのように斬断され、宙を舞う。
「……ッ」
 同時に、俺の身体がさらに軽くなった。斃したスパイダーの力を取り込んだのだろう。
 ……それは、こいつ等が紛れもなく生きている証拠だ。チッ、胸糞悪い……ッ!
 俺は左手に持った赤き剣で、1機の頭を貫く。さらに、右手の<贖罪の釘剣>で3機を吹き飛ばした。
 ……スパイダーの斬られた断面から、血が噴き出す。血を流す機械なんて、そんなグロテスクなモノを見る事になるとは夢にも思わなかった。いっそ夢なら、どれほどいいだろう。
「最後の1機は……!?」
 辺りを見廻すが、姿はない。
 こういう場合は、大体――
「――上かっ!」
 見上げるが、少し遅かったようだ。
 猛スピードで落下してくるスパイダーを、迎撃する事も躱す事も出来ない。
 ……だが俺が潰されるより早く、光の矢がスパイダーを弾き飛ばし、破壊――いや、絶命させた。
「……主よ、彼等に永遠の安息を。アーメン」
 アーリアが、静かに十字クロスを切った。




 あとがきだとよいもの
 テーマはカトリック、テーマはカトリック、テーマはカトリック――よしっ!(何だ)
 こんにちは、大根メロンです。
 さて、3です。こうなったら、最後まで短編だと言い張ります。意地でも。
 今回で、黙示録四騎士が全員登場。パトリックは司祭にする予定でしたが、話の流れで枢機卿に。すげぇ出世。
 ……と言うより、彼を書く日が来るとは思っていませんでしたが。
 そして、ココ出現。かなりSF入ってますが、クトゥルー神話、そしてEver17はSFである事を忘れてはいけません。ココ、ティンダロスの猟犬に気を付けなさい(何)
 ……いや、テーマはカトリックですよ?(説得力絶無)
 では4に続きます。ココを追う、黒服の少女の正体は!?(笑)


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