「……ったく、冗談じゃないぞ」 俺は野原に座り込む。それと共に、2本の剣も消え去った。 ……周囲には、オイルと血の臭いが入り混じった、筆舌にし難い臭気が漂っている。 「さて、どうしたものか」 とりあえず追手を退けたが、安心出来るような状況ではない。 インダストリアル・トラストが消滅しない限り、すぐ次の追手が放たれるはずだ。 「本部に協力を要請しますか? とても、私達だけの手に負える事件ではないと思いますが……」 「う〜ん……」 アーリアの意見はもっともなんだが……ブルーノの影響力を考えると、今の異端審問部は信用に値する組織とは言い難い。 ココの安全を確実なものにするためにも、出来れば俺達だけの力で何とかしたい所だ。 「ココ、どうすればいいと思う?」 ほとんどヤケクソで、ココに訊いてみる。 「とりあえず、お腹がすいたね」 「…………」 ……ああ、そうだな。腹が減ったよ、まったく。 |
異端審問官のおしごと4 大根メロン |
「――はぐはぐ」 店の1番高いパスタを注文し、それを大きく口を開けて食べるココ。俺は窓から外を見、溜息をついた。 ……ありがとう、アーリア。お前の資金援助がなければ、俺は発狂していただろう。 ちなみにそのアーリアはひよこ号を護っているため、ここには来ていない。 「つまり、インダストリアル・トラストはその時空間スキャナーとやらでお前の反応を探り、追っているんだな」 「うん、そう」 「何でお前なんだ? 素直に銀の鍵――が内蔵されているひよこ号――の反応を探れば、手っ取り早いだろ」 「銀の鍵は時空間から外れちゃってる代物だから、スキャンには引っかからないんだよぉ」 「……ああ、そういう事か」 となると、敵はスキャニングでひよこ号を発見する事は出来ないって訳だ。だから、ココを狙う。 ひよこ号はアーリアが移動させてどこかに隠したはずだから、奪われる可能性はゼロに近いと言っていいだろう。 つまり俺は、ひよこ号の事を気にせず、ココの護衛に集中出来る。これは大きなプラスだ。 「よし、どうにかなる気がしてきたぞ」 そうと決まれば、俺も何か食べよう。いい加減、貰い物の賞味期限切れ食品ばかりじゃ身体と精神に悪い。 俺が特製シィフードピザを注文しようとした、その時。 「……ん?」 妙な、気配を感じた。 これは、間違いなく―― (――敵っ!?) 「店の包囲、完了しました」 その報告に、黒服の少女が小さな笑みで答える。 タケシとココが食事している店の周囲は――店内からは死角になるような配置で、武装した兵士らしき者達が取り囲んでいた。 「戦力は?」 「兵士が34名。スパイダーも17機用意してあります」 「十分ね」 少女は携帯無線機を通じ、兵士達に言う。 どこか冷めた、感情を感じさせない声で。 「目的はココ・エイトゴッドの確保。それ以外の人間は、一般人も例の異端審問官も……蹴散らして構わないわ」 「イエッサー!」 「――戦争るわよ。戦いの歌を聞かせてあげなさい!」 突如、店内に何かが投げ込まれる。 ……ああ、窓際の席を選んでおいて本当に良かった。 俺はココを抱き抱えると、窓を破って外に飛び出す。 次の瞬間、店内に凄まじい閃光と轟音が炸裂した。 特殊閃光音響手榴弾。特殊部隊なんかが突入時に、相手の視覚と聴覚を奪うために使用する物だ。 ……それ以前に、まともに喰らったら視覚・聴覚より先に意識が吹っ飛んで、しばらくは夢の国から帰って来れなくなるだろうが。 ココは……ダメか。完全に気絶してる。まぁ、店の中の客達よりはマシだろう。 (さて、急いで逃げないとな) 店内に突入せずに待機していた兵士達が、俺にアサルトライフルの銃口を向けていた。 俺はココの身体を抱えると、<贖罪の釘剣>の力を一気に引き出し、逃走を開始する。俺の足元で、銃弾が弾けた。 「それにしても……」 重い。ココが重い。 気絶している人間というのは、自力で体重を支えようとしない。手足や頭がバラバラに動くから、運び辛い事この上ないのだ。 剣の力がなかったら、俺達は逃げる事すら出来ずに捕まっていただろう。 まぁ、それはともかく。 「繁盛してる店にスタングレネードなんぞを投げ込むとは……完全に狂ってやがる」 あの連中はインダストリアル・トラストの追手なのだろうが、やる事がメチャクチャだ。 俺は通行人の隙間を縫うように、道を駆け抜ける。 「――ッ!?」 前方に、道を塞ぐような形で車が現れた。荷台に乗った兵士が俺に向かって、ライフルから銃弾をばら撒く。 ……どうやら、待ち伏せしていたらしい。敵は俺達が店から無事脱出する事を予測し、なおかつ逃走ルートまで読んでいた事になる。 通行人の悲鳴。彼等は完全にパニック状態だ。無理もないが。 「くっ……ここは休日のローマだぞ!? 一般人を巻き込む気かよッ!!」 俺は、兵士達との間合いを詰めようとする。近距離では、ライフルなど意味をなさない。 ……だが。 兵士達はすぐにライフルを手離し、ナイフを取り出す。 「――うおっ!?」 そのナイフに身体を裂かれる直前でUターンし、再び間合いを取る。間一髪だ。 ……やばい。こいつ等、かなり戦い慣れしてる。 しかも後ろから、店を襲った連中が追いついて来た。いや、最初から挟み撃ちにするつもりだったのかも知れない。 さらには、鋼鉄の蜘蛛――スパイダーが出現する。その数、1、2、3……15機か。 「……掛け値なしに大ピンチ、だな」 せめて、ココだけでも――いや、無理だ。どうやったって、逃げる事なんて出来ない。 くそっ、どうすれば……!!? ――殺せばいいでしょう? 「な……っ!?」 頭の中に、声が響く。 この、気味の悪い声は――! ――黙示録の赤き騎士には、蠱毒をさせる力が与えられているのですから。 「ブルーノ! 何を言ってる!!!?」 俺が大声で問い返すと同時に、ソレは始まった。 スパイダーの銃口が火を噴く。だがそれは、別のスパイダーに撃ち込まれた。 1人の兵士が、手榴弾のピンを抜く。彼は大勢の味方を道連れに、木っ端微塵となった。 「何だ……これは」 ――同士討ち。言葉にすればそうだろう。しかし、これほど異様な同士討ちがあるだろうか? 狂ったように、敵の数は減ってゆく。最後の1機となったスパイダーが、最後の1人となった兵士を射殺した。 そして、俺の意思とは無関係に<贖罪の釘剣>が顕現する。 剣は真っ直ぐ飛んで行き、最後のスパイダーを貫いた。 「…………」 剣が、そして俺が――この場で死んだ者達の命を、貪欲に吸い上げてゆく。 ――フフ……それが、貴方の力ですよ。 ……何て事だ。こんなに不快な気分になったのは、生まれて初めてかも知れない。 ぴちゃんと、足元から嫌な音がする。 地面は、血で赤く染められていた。 だが黒服の少女はそれをまったく気にせず、歩み続ける。 「……これは、さすがに予想外の事態ね」 兵士24名、スパイダー15機――全滅。しかも、同士討ちとしか思えないような死に様で。 しかし、少女の本能と経験が告げる。これは、敵の仕業だと。 「どうやら、相手は未知のマジックを使うみたいよ。なら……手加減するべきではないわね」 少女の背後で、残っている兵士達が笑った。 「テリィとケヴィンのメンテナンスは?」 「完璧です、大尉。いつでも戦場に出せますよ」 「そう、頼もしいわね」 少女はそう答えると、機械を操作している兵士に眼を向ける。 「ココの反応、まだ見付からないの?」 「それが……おかしいのです」 兵士は、困惑した表情で少女を見返す。 「……どういう事?」 「ココ・エイトゴッドの反応がスキャンに引っ掛かりません。このローマ、この時代から、消えたとしか思えないのです」 「銀の鍵を使用した痕跡は?」 「ありません。時空間転移を行った訳ではないようです」 「…………」 その驚くべき事実を聞かされても、少女の表情に変化はなかった。 「……なるほど、考えたわね」 「うにゃ……?」 ココが、不可思議な声を上げる。どうやら、目を醒ましたらしい。 「おう、起きたか」 「……タケピョン?」 キョロキョロと、ココは周囲を見廻す。 ふふ、さすがに圧倒されているようだな。 「……ここは?」 「聞いて驚け。サン・ピエトロ大聖堂だ」 そう、聖ペテロの墓所上に存在する世界最大の教会堂。 普段は一般人も入れるのだが、今は俺達だけの貸切状態にしてもらっている。敵の追撃から逃れるためだ。 「おお〜……」 ココが、感嘆した様子で言う。 美しい彫刻や絵画。計算され尽くした採光と照明。あらゆる美術が、この聖堂を芸術――いや、そんな言葉では表せない域へと昇華させているのだ。 これほど荘厳な建築物は、全宇宙を探し回っても他に存在しないだろう。 「建築家達の魂と積み重ねられた歴史が、ここに結界を生み出しているんだ。スキャニングくらい、いくらでも欺ける」 俺は誇らしげにそう言った後、話を変えた。 「で、ココ。連中は何者だ?」 「……ほえ? 連中って?」 あ、そうか。気絶してたから知らないのか。 「追手に襲われたんだ。お前は、それによって気を失ったんだよ。あいつ等……間違いなく軍人、あるいは軍隊経験者だ」 あやうく、殺される所だった――という言葉は、呑み込んでおく。……その後の展開も、あまり話したい事じゃないからな。 「何か心当たりはないか? ココ」 ココは、すぐに答えてくれた。 「ツグミン達だ……」 「……ツグミン?」 ココは緊張した面持ちで、言った。 「その追手は多分、ツグミン――ツグミ・スモールタウン大尉が率いる部隊。元アメリカ軍人の人達だよ」 「スキャナーに反応がないという事は、超心理学隔離領域――いわゆる結界の中に逃げ込んだという事よ」 黒服の少女――ツグミ・スモールタウンは、まるで講義のように兵士達に話す。 「それも、かなり強力なヤツにね」 「……なら、探し出す手段はないと?」 1人の兵士が、ツグミに問う。 だが彼女は、それを否定した。 「そういう訳ではないわ。簡単な事よ――このローマの中で、時空間スキャナーから逃れられるような結界が張られている場所は、何処だと思う?」 兵士達に、理解の表情が浮かぶ。さらには、戦いの愉悦に満ちた笑みも。 ツグミは、それに応える。 「――進軍するわよ。何としてでも、ココを捕らえなさい。たとえ、かの教会堂を灰塵にしてでも……ね」 「2170年に第三次世界大戦が勃発した原因は、中東のテロ国家――ザルナンがアメリカに対してテロを仕掛けた事だったの」 俺は黙って、ココの話に耳を傾ける。 「テロリストは大統領や各省長官を初めとするアメリカの要人達を、同時刻に何人も暗殺したんだよ」 ……それは恐ろしい。そんな事になったら、国がまともに機能しなくなるだろう。 「当然、アメリカは報復攻撃。ザルナンは史上類を見ないほどの石油産出国だったから……その利権なんかも絡んで、世界中の先進国がアメリカに味方した」 「…………」 「でも、ザルナン側にも多くの国が付いたの。ザルナンはそのオイルマネーで、第三世界の国々に莫大な支援をしていたから」 「……世界が、真っ二つに分かれたんだな」 それが未来に起こると思うと、気が重くなる。いや待て、多世界解釈だ多世界解釈。 ……まぁそもそも、2170年には俺はもうこの世にいないだろうが。 「でも終戦後に、恐ろしい事実が判明したの」 「――?」 恐ろしい、事実……? 「開戦の原因となった同時暗殺は、ザルナンによるものではなく……ツグミンの部隊による、偽装テロだという事が判明したんだよ」 「な……っ!!?」 「噂では、ホワイトウィンドっていう組織から依頼を受けて、偽装テロを行ったみたい」 大戦勃発の原因が偽装テロ……あまりにも笑えない話だ。 「ツグミン達はすぐに軍から姿を消し、アンダーグラウンドな世界に潜った。そして、今では――」 「……インダストリアル・トラストに雇われて、お前を追っているって訳か」 常軌を逸している奴等だとは思っていたが、まさかそこまでとは。 だが、連中が紛れもなく一流である事は分かった。常に護衛に護られている要人を同時暗殺するなんて、簡単に出来る事じゃない。 「せめて、あいつ等がここに来る前に対策を練らないと――」 だが。 「――っ!?」 爆音と衝撃が、大聖堂を襲った。 「…………」 ……来たよ、オイ。 しかし、どうしてこんなに早くここが分かったんだ? スキャニングには、絶対に引っ掛からないはずなのに――ああ、そうか、そうだよな。スキャナーから逃れられるような場所なんて、この大聖堂しかないよな。 ……俺のバカ。 「タ、タケピョン……」 「ココ、俺から離れるなよ」 だがいくらあいつ等でも、歴史的建築物であるここを攻撃したりは……いや、するだろうな。いつの世だって、価値ある遺物を破壊するのは戦争と軍人の仕事だ。 このままじゃ、ここが戦場になる。それだけは避けなければ。 ……くそっ、なら出ていくしかないって事じゃないか。 「仕方ない。外に出るぞ、ココ!」 「う、うん……!」 俺達は大聖堂から外――サン・ピエトロ広場に出る。 そこでは、10人ほどの兵士が待ち構えていた。 そして――1人の少女。 「……あんたが、ツグミとやらか?」 「ええ。初めまして、タケシ・フラナリィ司祭」 「……御丁寧にどうも、大尉」 名前知られてるし。 「…………」 俺は何気なく、大聖堂の方を見てみる。……屋根の一部が、綺麗に崩れていた。 敵の中には、バズーカを持ってる奴もいる。どうやら、さっきの爆発はこれみたいだ。 「おいおい……やってくれたな。修繕費が俺の給料から引かれたらどうしてくれる」 「安心していいわ。死人に給料は払われないから」 殺す気満々かよ。 「文明人らしく、誠意ある交渉で解決しようとは思わんのか?」 「ココを渡しなさい。いえ、銀の鍵の在り処を教えてくれるだけでもいいわよ?」 「嫌だ」 「交渉決裂ね」 ……あれで、『誠意ある交渉』のつもりなのだろうか? 「あまり、時間を取ってられないの。何しろこれは、インダストリアル・トラストのナイアーラ社長直々の命令だから」 ……ナイアーラ社長、か。 「お前、その社長の正体分かってるのか?」 「ええ、勿論」 うわぁ、こいつ最悪。 「さて、そろそろ無駄話は終わりにしましょう」 「もう終わりか? なかなか楽しいぞ、無駄話」 「仕事のために楽しみを犠牲にしないといけないなんて、悲しい事よね」 兵士達が、武器を構える。 やれやれ、平和的解決はやっぱり無理か。 「……やる気がないの? さっきは、あれほど殺したのに」 「確かに、あれは俺がやった……んだと思うが、少なくとも俺が意図した事じゃない」 「なら、誰の意図なのかしら?」 「お前も知ってる奴だよ」 俺はさり気なく、ある物を取り出す。 ツグミが俺の動きに気付いて攻撃命令を出す前に、それを敵に向かって放り投げた。 「――ッ!?」 兵士達の目の前でそれは破裂し、周囲を煙で包む。 「煙幕……!」 煙の向こうから、ツグミの声。だが構っている場合じゃない。 俺は煙の中に跳び込み、兵士達を倒してゆく。煙が晴れる前に全員を倒せるかどうかは微妙だ。 とにかく、切迫していた。 だから、ココがいつの間にかいなくなっている事にも……気付かなかった。 「へぇ……やるじゃない」 煙が去ってゆく。立っているのは俺とツグミだけだ。 ……よし、第一関門突破。 「言っとくが、殺しちゃいないぞ。気絶させただけだ」 手足を折っといたから、目を醒ましても動けないだろう。 「何故? 殺せばいいじゃない。ここは戦場よ」 「勝手に戦場扱いするな」 「人と人が争えば、そこは戦場なの。殺すか殺されるかの世界よ」 「カトリックの人間に人殺しを進めるんじゃない。これでも、俺は神に仕える身だぞ」 「私の部下にも、カトリックはいたわ。皆、よく働いてくれた――あなたに殺されるまではね」 ツグミの両サイドに、2機のスパイダーが護るように付いた。 俺は何も言わず、左側のスパイダーに赤き剣で斬りかかる。いくら相手がこいつ等でも、もう遅れは取らない。 ――しかし。 「ぐ……ッ!?」 そのスパイダーは足を振り、俺を弾き飛ばした。斬撃を避けようともせず、的確に俺の隙を突いて。 この2機、火器を撃ちまくるだけのスパイダーとは違うのか……!? 「驚いた? そのテリィとケヴィンは、私の部下の中でも1番の実力者だった者達よ。たとえスパイダーとなった今でも、その戦闘センスは衰えを知らないわ」 「……面倒な相手だ」 「さっさと殺されなさい」 ツグミの言葉と共に、2機のスパイダーが駆けた。 1機はまるで2本の前足を腕のように使い、肉弾戦を仕掛けて来る。 もう1機は適当な間合いを取り、正確な援護射撃。 ……なかなかのコンビネーションだ。やり辛い。 「だが、悪いな」 蠱毒によって強大な力を得た俺にとっては、もはや障害にはならない。気に喰わない話だが。 赤き剣で、俺に殴りかかろうとしているスパイダーを頭から真っ二つにする。それを認識する間さえ与えず、もう1機も斬り捨てた。 後は、あいつ1人――! 「――ッ!?」 その時、銃弾の雨――いや、嵐が俺に襲いかかった。 俺は逃げながら、ツグミが持っている銃に眼をやる。 ――M134ミニガン。いわゆるガトリング・ガンという奴だ。 1秒間に100発もの7.62mmNATO弾を発射する、ギャグのような代物である。 反動も凄まじいはずだが、ツグミはそれを軽々と扱っているようだ。ターミネーターか、あいつは。 「うおおおおおおおっ!!!?」 必死で躱し続ける。弾が当たったら、『無痛銃』の仇名通り、痛みを感じるヒマもなく挽肉だ。 数秒後、銃撃が止まった。1度に大量の弾丸を発射するから、弾切れも早いのだ。 ツグミは、M134を放り投げる。 「……往生際が悪いわね」 それに答える、精神的余裕がない俺。まだ心臓がバクバクいってる。 「……てめぇ、あんな武器使うなよ」 「なら、アンチ・マテリアル・ライフルで狙撃した方がよかったかしら? あまり趣味じゃないけど」 「…………」 ……そんな事をされたら、俺は確実に死んでいただろう。 「いい加減、楽になりなさい」 「――ッ!!?」 ツグミの拳が、俺に突き刺さる。 吹っ飛んだ俺の身体は空気を貫き、そのまま大聖堂の壁に叩き付けられた。 「が、っは……!?」 ……何だ、今の馬鹿力は? ガトリング・ガンを自由自在に操っていた事といい、明らかにおかしい。 あいつ、本当に人間か? 「……私の先祖は、強力な化生らしいわ」 俺の疑問に答えるように、ツグミが話し始める。 「その血が、私には強く発現している。それが、高い身体能力と不死性をもたらしているの」 「先祖返り、ってヤツか」 ツグミが、僅かに微笑む。 「ねぇ、あなたは私を殺せる?」 「お望みなら、やってやるさ」 ……話が早くていい。 こいつは、人のカタチをしているだけ。中身は生粋の化生だ。 ――なら、滅ぼすに限る。 「神より与えられし我が赤き剣の斬れ味、その身で知るがいい」 広場を決戦の場とし、向かい合うタケシとツグミ。 彼方から、その様子を見物する者がいた。 「そろそろ、この事件も終わりが近付いて来ましたね」 それは、悪夢の使徒。それは、背徳の異端審問官。それは……貌の無い神が持つ、千の仮面の1つ。 ――ブルーノ・ニィアルラ。 「さぁ……<贖罪の釘剣>を抜きなさい、赤き騎士よ。貴方の色に相応しい、血塗られた剣を」 「――ぐぁッ!?」 ツグミのミドルキックが、俺の脇腹に直撃した。 俺は円を描くように、距離を取ろうとする。 だがツグミは俺の動きを読んで、一定の間合いを保つ。つまり、俺は逃げる事も出来ずにボカスカ殴られる訳だ。 別に、殴られるのはいい。だが捕まったら最後だ。あっという間に関節を極められて――あるいは壊されて――行動不能に追い込まれるだろう。 ……とは言え、当然殴られ続けるのも困るのだが。 俺は殴られた時、わざと踏ん張らずに吹っ飛ぶ。そのまま、体勢を立て直した。 どうにか、相手の間合いから離れる事が出来たようだ。 「……まったく、猫みたいにチョコマカと動く奴だ」 「その例えは止めてくれる? 悪いけど私、猫は嫌いなの」 「じゃあ、『鼠みたいにチョロチョロと動く奴だ』」 「それはOKよ」 ――いいのか!? 「ところで、どうするの? さっきから私のワンサイド・ゲームのような気がするんだけど?」 「それはお前の気のせいだ。俺の攻撃は確実にヒットしてる」 「…………」 ツグミの腕から、一筋の血が流れる。 「……全然、気が付かなかったわ」 「斬られた事すら気付かせない。それが剣聖の業なんだよ」 「でも、どう考えてもあなたの方がダメージ大きいわよね」 「……な、何の事だが分からんな」 とりあえず笑って誤魔化す。おそらくは無意味だが。 ツグミの返答は、パンチという形で返ってきた。 「…………」 ブルーノの表情が、微かに変化する。人間の言葉を使って表現するなら――苛立ち、が1番近いだろう。 「……何故です?」 彼の眼には、変わらずタケシとツグミの闘いが映っている。 初めはやられるばかりだったタケシが、少しずつ有効な攻撃を当て始めていた。ツグミの動きに慣れてきたようだ。 ツグミの方は、倒しても倒しても起き上がるタケシに驚きを感じているらしい。 ――黒い神父は、苛立ちを募らせる。 「何故、<贖罪の釘剣>を抜かない?」 あの剣を使えば、どんな相手だろうと一撃でこの世から滅す事が出来る。なのに、タケシはそれをしない。 ブルーノには、それが理解し難かった。外なる神々の一柱たる自身に理解出来ない事がある――それを認められず、さらに苛立つ。 もう1度、同じ言葉を繰り返す。 「何故……<贖罪の釘剣>を抜かないのです、赤き騎士!?」 その問いには、答えが返ってきた。 「――彼がタケピョンで、彼女がツグミンだから」 「……!?」 その声の主は、ココ・エイトゴッド。 彼女はブルーノの背後に立ち、絶対の真理を語る。 「それが分からないのなら、君なんて取るに足らない存在だよ。這い寄る混沌」 「…………」 俺はツグミを見ながら、ふと思う。 ――どうして、あいつはあんなに嬉しそうに闘うのだろう? 命の駆け引きを楽しむ者は、そのギリギリのラインでしか生死を感じられない者だ。 ――自分が生きてると証明するには、どうすればいい? 殺されればいい。死ぬという事は、その瞬間まで生きていた事を意味する。 ……少なくとも、ツグミはその答えに辿り着いたのだろう。 「本末転倒、だな」 「……何?」 「死んだ後に生きていた事を証明しても、結局は死んだんだから意味ないだろ」 「――!」 ツグミの顔が強張る。俺の見透かしたような発言が気に入らなかったらしい。 「……あなたに何が分かるのよ? 教会のテロリスト」 「俺にだって、分かる事はあるさ」 こんな仕事をしていると、色々なものを見る。見てしまう。 「つまりは、生きているか死んでいるかさえ曖昧なんだろ。先祖返りした者は、はっきり言って人間じゃない――ほとんど、不死者同然だからな」 「…………」 「人間の器に、化生の力。そんな矛盾したモノを抱えて、まともに生きていけるはずがない」 ツグミが、笑う。 酷く薄っぺらい、嘲笑うかのような表情。 「なら、理解出来るでしょう? まともに生きられないのなら……せめて、まともに死にたい。それが生の証明になるのなら、尚更」 「分からんね。まともな生き方が出来ないのなら、まともじゃない生き方をすればいい。少なくとも、俺はそうやって生きて来たぞ」 「妄言ね」 ……うぅむ、このままじゃ平行線だ。 「じゃあ、こうしよう。まずは闘って、勝敗を決める」 「それで?」 「――勝った方の理論が正しい。どうだ、単純明快でいいだろう?」 「……何を訳の分からない事を」 ブルーノの視線が、ココを射貫く。 だがココは少しも怖気ず、言葉を返す。 「知らないの? マンガやゲームだと、ヒーローとヒロインが出逢うだけで運命なんて変わっちゃうんだよ?」 「物語と現実は違います。現実は、いつだって人に優しくはない」 「それでも、物語は現実の一部。現実から生まれたもの。そこには、必ず意味があるの」 「…………」 ココとブルーノは、再び決戦場に眼を向ける。 タケシは赤き剣の柄の底で、思い切りツグミの頭を殴りつけた。石と石がぶつかったような、鈍い音が響く。 ツグミがよろける。だが彼女は倒れる前に、タケシの身体に1発の拳撃を打ち込んだ。 とても人体から出たとは思えない音が、タケシの身体からした。まるで、風船が破裂した音のようだ。 タケシとツグミは同時に力尽き、その場に倒れ込む。2人仲良く、意識を失ったらしい。 「……相討ち、だねぇ」 ココはブルーノに視線をやり、言う。 「計画が狂っちゃったね。本当は、ツグミンをタケピョン――ううん、<贖罪の釘剣>への贄にするつもりだったんでしょ?」 「別に問題はありませんよ。イレギュラーが1つや2つ発生した所で、巨大な流れは変わりません」 「ねぇ、バタフライ効果って知ってる?」 「……いちいち揚げ足を取らないでください」 ブルーノは、空を見上げる。だが、彼は空を見ているのではない。 空の向こう側、世界の向こう側――因果の果てを、視ている。 「――今回は敗北を認めましょう。今後、インダストリアル・トラストが貴方達に害を与える事はありません」 「動きを抑えるくらい、Nyarla社長なら簡単だもんね? Nyarla神父」 ココの言葉には答えず、黒い神父はひとり呟く。 「……枢機卿やD∴I∴D∴にも、本格的に動いてもらわなければ」 その時、ブルーノはココの視線が自分の足元に向いている事に気付いた。 彼は、ココの視線を追う。 「にゃあ」 1匹の黒猫が、するりと歩み寄って来ていた。 微笑みを浮かべ、ブルーノはその場にしゃがみ込む。そして、黒猫を撫でてやった。 「……ツグミさんは、猫が嫌いだと言っていましたね。こんなに可愛らしい生き物を好きになれないとは……まったく、理解出来ません」 彼は勝手に、心の中でその黒猫に『黒すけ』という名を付ける。 そして、ある事を思い出した。 「フフ……」 その貌に、神には似合わない感情の色が浮かぶ。 それは愛すべき親友への憧憬か、それとも憎むべき怨敵への憤怒か――ココには、判断出来なかった。 「……そう言えば、あの男も猫が好きでしたね」 ――あの事件から数日後。俺達は、ようやく落ち着きを取り戻した。 ココの話によると、インダストリアル・トラストは彼女の追跡を中止したようだ。理由はサッパリ分からないが……ココがそう言っているのだから、そうなのだろう。 そして何故か、彼女は未来へと帰らず、この時代に残っている。まだやらなければいけない事があるらしい。 ココは今、俺の知り合いが切り盛りしている教会で、孤児達と一緒に暮らしている。 ツグミは……俺が目を醒ました時には、すでに消えていた。まぁ、また会う事もあるだろう。そんな気がする。 ……そして、俺は。 「フラナリィさん、生きていますか?」 「半分くらいはな」 相変わらず、アーリアの一緒に労働していた。 ……前回の休日が潰れたせいで、かなりヤバい状態である。 ああ、眠くなって来た。 「パトラッシュ、俺をネロの所に連れて行ってくれ……」 「――!!!? ア、アンチ・クライストに組するつもりですかっ!!!?」 「……そのネロじゃねえ」 そんなバカな話をしていると、目的地が見えて来た。 「ほら、アーリア。急ぐぞ」 「あ、はい」 ――ま、その内いい事もあるだろう。仕方ない、また6日働くか。 |
あとがきだったもの こんにちは。大根メロンです。 これにて、ツグミン編は終了。本当は1つにまとめるはずでしたが、長くなったので3と4に分断。 ……にしても、ココがやけに真面目。もうココじゃない(汗) それと今後、田中先生の出番はあるのだろうか。 まぁ、つぐみ・空・ココといった武視点ヒロインは全員揃っているので、別に出なくても――うわ何だお前達、手を放(以下削除) …………。 ……デハマタ(やけに機械的な声) |
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